第四話③ 市内銀行籠城事件(後編)


 犯人達は無言だった。不服そうに、咲花から目を逸らした。彼女の声は聞こえているだろう。聴力の面でも、スタングレネードの効果は消えてきている。


「答える気はないんだ?」


 やはり、犯人達は無言。ただ、犯人の一人が、大きな舌打ちをした。逸らした視線を咲花に戻し、憎々しげに睨んでいる。


 舌打ちをした犯人に、咲花は顔を近付けた。


「誰も話してくれないし、せっかくだから、アンタに話してもらおうか」


 咲花は、今の今まで無表情だった。氷のような印象を抱かせる美女。しかし、今になって、初めて彼女の表情が動いた。


 薄く冷たい笑み。


 咲花は立ち上がり、舌打ちをした犯人から少し離れた。彼女の手から犯人の足までは、一メートル少々の距離。


 咲花の手の周囲が、歪んで見えた。


 その直後。犯人の右足脛が吹っ飛んだ。ボンッという破裂音と、骨が砕けるバキッという音。双方の音が混じり、響いた。


 飛び散った血。肉片。砕けた骨。

 脛を失って、犯人の右足は体から切り離された。


「――――――――――――――――――――――!?」


 言葉にならない悲鳴が、銀行内に響いた。耳をつんざくような絶叫。


 黙り込んでいた他の犯人達は、一気に青ざめた。全員、後ろ手で手錠を架けられているため、指を差すことはできない。そのため、犯人のうちの四人が、顎や身振り手振りで一人を指し示した。


「こいつだ! こいつが、今回のことを計画したんだ!」

「絶対に上手くいくからって、こいつに言われて! 成功して海外に逃げれば、億万長者だって!」

「借金も返せるって、こいつに言われたんだよ!」

「俺はやりたくなかったんだ! ただ、こいつに脅されて、仕方なくやったんだ!」

「お前等! 何言ってんだ! お前等だって乗り気だっただろうが!」


 咲花の、暴挙と言える行為。その直後の、犯人達の醜い争い。


 信じられないことが目の前で起こり、亜紀斗は呆然とした。

 数秒の後、なんとか我に返った。


「笹島さん! アンタ、何やって――」


 犯人に暴行をして証言させるのは、立派な違法行為である。


 亜紀斗は咲花に詰め寄ろうとした。

 だが、他の隊員に肩を捕まれた。


「佐川君。いいから」

「何がいいんですか!?」


 肩を掴んできた隊員をひと睨みした後、視線を咲花に向けた。


「笹島さん! アンタ、何やってんだ!?」


 咲花は、亜紀斗の声など無視していた。


 彼女の目の前では、足を吹き飛ばされた犯人が、体を丸くして呻いている。


 咲花は、主犯と思われる犯人に聞いた。


「アンタが、銃の入手経路とか、今回の犯行の全部を知ってるんだ?」


 主犯は黙り込んでいる。他の犯人達を睨みながら。


 咲花は、犯人達に向かって左手を掲げた。


「じゃあ、こいつに聞けば概ねのことが分かるし。もういいか」


 咲花の左手周辺の景色が歪む。弾状に、五つの歪み。その歪みは真っ直ぐの軌道を描き、一瞬で消え去った。主犯以外の犯人の、胸を貫いて。


 五人の犯人が、その場に倒れ込んだ。ヒューヒューという、高い呼吸音。呼吸困難になり、苦しみに悶えている。咲花の放った弾丸が、犯人達の肺を貫いたのだ。


「どけっ!」


 自分の肩を掴む、隊員の手。それを振り払い、亜紀斗は咲花に突っかかった。接近し、彼女の胸ぐらを掴んだ。


「アンタ、何やってるんだ!?」

「ゴミの廃棄」


 当たり前のように、咲花は答えた。予め用意された模範解答のように。


「こいつらが殺した人数は一人。かなり高い確率で、裁判になっても死刑にはならない。だったら、殺しておくべきじゃない? こんな奴等がシャバに出てきたら、何するか分からないし。生きてても他人に害しか与えないゴミなんだから」


「そんなことは分からないだろ!? こいつらは罪を犯した! だからこそ、更生させて、これからの人生は贖罪と他人のために生きるべきなんだ!」


 咲花は鼻で笑った。


「こんなゴミにも人権があるとでも言いたいの? 人の人権と尊厳を踏み躙った奴等に? 人の命を簡単に奪った奴等に?」


「違う! 許されないことをしたからこそ、犯した罪の大きさを自覚させて、償いながら生きさせるべきなんだ!」


「こんな奴等が、罪の大きさを自覚? 償わせる? もしかしてアンタ、性善説とか信じてるタイプ?」


 胸ぐらを掴む亜紀斗に、咲花は、小馬鹿にするような視線を向けていた。


「そんな綺麗事で、殺された人の気持ちは晴れるの? 殺された人の、家族の気持ちは? 消えない傷を心に負った人の気持ちは? 何年か後に、このゴミ共をシャバに戻したとして――また別の被害者が出たら、どうするの?」


「綺麗事なんかじゃない! 罪の自覚も償いも、これから、こいつらがすべきことだ! 被害者や被害者遺族が納得できるまで! たとえ永遠に納得を得られなくても、納得してもらえるまで続けるから償いなんだ!」


 咲花の胸ぐらを掴む、亜紀斗の手。亜紀斗はその手に、さらに力を込めた。


「罪を犯し、罪の重さを知っているからこそ、罪のない世の中を築けるかも知れない! その可能性を潰すな!」


「それが綺麗事だって言ってるの。凶悪犯罪者の再犯率って知ってる? あいつらは後悔も反省もしない。罪の重さなんて、永遠に気付かない。新しい被害者を生むだけ。被害者に傷を残すだけ」


「再犯率を減らすのも、俺等の役目だろうが! 犯罪者に罪を自覚させて!」


「だからこうやって、こいつらに、罪の重さを自覚させたでしょ? ほら、肺を打ち抜かれて苦しんでる。こんなふうに殺されてもおかしくないことをした、って思い知らせてやったんだけど?」


 咲花に肺を打ち抜かれた犯人達は、顔を土気色にしていた。薄目になり、白目を剥いて痙攣している。


「ねえ。こんなことしてていいの? もし本当にこいつらを助けたいなら、救急車でも呼んだら? まあ、たぶん、助かったとしても植物状態だろうけど」


「――!」


 亜紀斗は咲花から手を離した。携帯電話のダイヤルキーで、一一九をタップした。


 発信のアイコンをタップしようとしたところで、声を掛けられた。


「あー、亜紀斗君。大丈夫だよ。救急車はもう手配したから。まあ、間に合うかは分からないけど」


 声の方を向くと、藤山が銀行内に入ってきていた。咲花が割った窓から。他にも、現場検証をする刑事達が来ている。


 隊長は、のんびりとした足取りでこちらまで来た。周囲を見渡す。荒らされた銀行内。すっかり怯えている主犯。咲花に打ち抜かれた犯人達。


 しばし視線を泳がせた後、藤山は、責める様子もなく咲花に聞いた。


「んで、咲花君」

「はい?」

「今回は、どうしてこんなことになったの?」

「こんなこと、とは?」

「いや。だからねぇ。この犯人達。後ろ手で拘束してるから、抵抗もできないでしょ? どうして撃ったの?」


 再度、咲花は鼻で笑った。


「手元が狂ったんです。事件の詳細を聞こうと思って、ちょっと脅すつもりで、外して撃とうと思ったんですけど。当たっちゃいました」

「全員、綺麗に肺を貫通してるみたいだけど? まるで狙い澄ましたみたいにねぇ」

「もの凄い偶然ですね」


 さらりと、咲花は言ってのけた。


 藤山は溜め息をついた。そのまま、この場にいる隊員達に目配せをする。


「とりあえず、僕達の仕事はここまでだからねぇ。撤収しようか」

「ちょっと待ってください! 隊長!」


 亜紀斗は藤山の肩を掴んだ。納得できない。


「いいんですか!? 笹島さんは、犯人を――」

「はい、ストーップ」


 藤山は、亜紀斗の前にてのひらを差し出してきた。彼の顔には、いつもの笑み。どこか胡散臭い笑み。


「亜紀斗君。とりあえず撤収。詳しい話は、帰ってからしようか。できれば個別に。美佳君と愛奈君も、人質の女の人と一緒に、もう戻ってるしねぇ」

「……」


 納得はいかないが、亜紀斗は引き下がった。撃たれた犯人達のために、もう救急車も手配しているという。それならば、この場で亜紀斗にできることは、もうない。


「わかりました」

「うん。それじゃあ、帰ろうか」


 銀行に入ってきている、大勢の刑事達。

 入れ替わるように、亜紀斗達は銀行から出た。


 咲花は、いつもの表情に戻っていた。

 藤山は、普段と変わらず穏やかそうだ。

 他の隊員達は、どこか気まずそうにしている。


 ――噂は本当だった。


 警備車に向かって歩きながら、亜紀斗は、異動前に耳にした噂を思い出していた。


 道警本部に、異常なほど犯人の殺害率が高いSCPT隊員がいる。氷のような冷たい印象を抱かせる、圧倒的に強い美女。


 亜紀斗はその噂を、話半分に聞いていた。もしそんな奴がいるなら、単なる殺人狂ではないか、と。そんな奴が、懲戒免職にもならずに隊員を続けられるはずがない、と。


 けれど、実在した。


 しかも彼女は、単なる殺人狂などではなかった。


 冷静に、事情を聞くべき犯人だけを残した。人質の女性行員を退出させる際は、彼女達に、可能な限りの配慮をしていた。


 傷付いた人質を配慮する、正しい行動と判断。犯人を意図的に殺害するという、異常な行動。


 咲花に対して、亜紀斗は複雑な印象を抱いていた。

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