第二話② 苦痛と命をもって償え(後編)


 銃を持った犯人達の両手は、手首から先が吹っ飛んでいた。皮が剥げ、肉が飛び、骨が砕けた。


 全裸の犯人の右手には、かろうじて、手の甲の骨が残っていた。手首の骨に繋がって、プラプラしている。


「――――――――――――――――――――――!?」


 犯人達の、言葉にならない悲鳴が響いた。彼等の出血量は、怪我の大きさに比べて多くない。両手を吹き飛ばしたエネルギーの弾丸が、血管を掏り潰したのだ。とはいえ、決して少ない出血量ではないが。


 咲花以外の五人のSCPT隊員が、それぞれ一人ずつ、犯人を捕らえた。犯人は全員、手首から先を失った。手錠が架けられないので、組み伏せて捕らえるしかない。もっとも、犯人達に、抵抗する気力などないだろうが。


 まだ組み伏せられていない犯人の一人に、咲花は近付いた。下半身が裸の犯人。両膝をつき、失った両手を見て呻いている。目には、涙が浮かんでいた。


 咲花はしゃがみ込み、犯人の胸ぐらを掴んだ。彼に顔を近付ける。


「言いなさい。銃を入手したのは、あんた達の中の誰?」


 咲花の質問に答えず、男は泣きながら呻いている。


 咲花は、男の鼻っ柱に頭突きを食らわせた。ゴンッという、鈍い音。男の鼻から、大量の鼻血が出てきた。


「死にたくないならさっさと答えて。銃を入手したのは誰?」

「あ……うあ……」


 男は、手を失った腕で、仲間の一人を指し示した。咲花達が突入したときに、被害者を犯していた男。


「わかった。じゃあ、もういいわ」


 咲花は、男を放るように離した。立ち上がり、男から一メートルほど距離を取った。外部型クロマチンの弾丸が威力を発揮するため、必要な距離。


 指先を、男の膝に向けた。エネルギーの弾丸を作り出す。男の右膝に向かって放った。


 グチャッという音と、ゴリッという音が混ざって聞こえた。咲花の弾丸を受けた男の膝が、手首と同じように吹き飛んだ。


「――――――――――――――――――!!」


 両手と右膝を失った男が、悲鳴を上げた。呼吸を荒くし、涙目で咲花を凝視してきた。


「な……んで? さっき、答えたら……助けて……くれるって……」


 咲花は、冷たく男を見下ろした。助けるつもりなどなかった。最初から。


 周囲には、虚ろな目をした女性達。正気を失い、ひたすら「ごめんなさい」と繰り返す女性もいる。二階には、殺された人達が運ばれている。


「あんたは、許しを請う人を助けたことがあるの? あんたに殺された人や暴行された人は、あんたに何て懇願したの?」


 男の顔がさらに青ざめたのは、出血のせいだけではないはずだ。彼はボロボロと涙を流し、首を横に振った。


「……いやだ……やめて……」

「鬼畜の懇願なんて、聞こえない」


 容赦なく、咲花は犯人の頭を打ち抜いた。犯人の手や膝を撃ったときとは違い、破裂する力よりも貫通力を高めた弾丸。


 弾丸は、男の頭を貫通した。


 外部型クロマチンの弾丸の威力は、概ね、44マグナムと同等程度と言われる。もちろん、技術の練度や込めるエネルギーの量によって違いはあるが。


 頭を打ち抜かれた犯人は、その場で仰向けに崩れ落ちた。ゴトンと、床に頭が打ち付けられた。


 咲花は表情を変えず、間も置かず、一気に四発の弾丸を生成した。


 銃の入手をしたのは、全裸の男。犯行の詳細や銃の入手経路を聞き出すためには、あの男だけ残っていればいい。


 生成した弾丸を、咲花は撃った。隊員に捕らえられている犯人達の頭に、ことごとく命中した。


 全裸の男を残し、犯人を全員殺した。


「……」


 リビングの中が、沈黙に包まれた。


 同僚のSCPT隊員達は、咲花が犯人を殺したことについて、何も言わない。分かっていたのだろう。咲花が、事件について証言させる者を除いて、犯人を皆殺しにすると。


 そして、咲花の行動は、警察内で問題視されないことを。


 咲花は、被害者の女性達に目を向けた。先ほどまで「ごめんなさい」と繰り返していた女性は、虚ろな目で咲花を見ていた。生気のない表情で床に転がっている女性達に、特に変化はなかった。つい先ほどまで犯されていた女性は、声も出さずに涙を流している。


 何の前触れもなく悪意に見舞われ、欲望の捌け口にされ、尊厳を粉々にされた女性達。


 本当は、彼女達に手を差し伸べたい。もう大丈夫だと伝えて、抱き締めたい。負った傷は決して小さくないけど、生きている限りは前に進める――そう、教えたい。


 でも、それは自分の役目じゃない。人を殺した手で抱き締めても、彼女達の傷は癒えない。むしろ、別の恐怖を与えるだけだ。


 咲花は、隊服の懐からスマートフォンを取り出した。トップ画面にある、SCPT隊員専用の通信アプリを開く。強力なネットワークセキュリティーが施された通話アプリ。


 隊長の藤山に連絡する。

 彼は、一回目のコールですぐに対応した。


『はい、もしもし?』

「片付きました。報告のあった六人の犯人、全て確認済みです。ただ、激しく抵抗されたため、やむなく、一人を残して全て殺してしまいました」

『うん。そう。まぁ、仕方ないねぇ』


 藤山の返事は軽かった。


 犯人のほとんどを殺害した。本来であれば、大問題となる結果だ。しかし、咲花の行為について、問題となることはない。だから藤山も、軽く受け流した。


『で、被害者はどうなの?』

「その件で至急対応をお願いしたくて、連絡しました」

『うん。何をすればいい?』

「現時点で、命のある被害者を四人確認しています。全員、女性です。彼女達を、至急保護してください」

『おっけー。分かったよぉ。刑事課の人達にお願いするねぇ』

「あと、被害者の保護は、女性にしてもらうようお願いします。外に出る際は彼女達の顔を隠せるよう、配慮もお願いします。その意味は察していただけたら」

『わかったよー』

「私は、このまま二階の様子を確認します。この騒ぎで人が動く気配がないので、二階には、犯人に殺された被害者以外はいないと思いますが」

『うん。よろしくねー』


 会話を終えて、通話を切った。


 二階には、被害者のご遺体が放置されているのだろう。生き残った女性達と同じく、突然の悪意に晒された人達。決して許すことの出来ない犯行。


 リビングの端に、玄関に出るドアがある。そのドアノブに手を掛けたところで、咲花は、やり忘れていたことを思い出した。


 一人生き残った犯人に目を向ける。両手を失った彼は、恐怖で泣いていた。泣きながら、SCPT隊員に連行されていた。両腕をきつく縛られ、血止めをされて。


 咲花が突入したときに、女性を犯していた犯人。


 咲花は弾丸を一つ生成した。直径一・五センチほどの弾丸。威力は少し弱める。貫通力よりも、破裂させる力を強めた。


 リビングのドアを開けながら、咲花は弾丸を放った。


 弾丸は、犯人の男性器に直撃した。肉片を飛び散らし、血液を撒き散らし、彼の性器が破裂した。


「――――――――――――――!!」


 下衆によく似合う、汚い悲鳴。この男がした蛮行に比べれば、性器が破裂する程度の罰など、生温い。


 本当は嬲り殺しにしてやりたいが、犯行の詳細を吐いて貰う必要がある。殺すわけにはいかない。


 男の悲鳴を背に、咲花はリビングを出た。

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