第二話① 苦痛と命をもって償え(前篇)


 三月の北海道札幌市。


 周囲は、溶けかけた雪でグチャグチャになっている。

 空から舞い落ちる、湿った雪。あいにくの空模様。暗い空には、月も見えない。


 時刻は、午後九時。


 北海道警察刑事部特別課のSCPT部隊は、住宅地にある一軒家の付近にいた。


 捜査一課の刑事が、張り込んでいた一軒家。


 張り込み対象の家の中には、犯罪行為を繰り返してきた男達が立て籠もっている。暴力団でもなく、暴走族でもない。いわゆる半グレ。


 犯行が判明したきっかけは、一本の通報だった。小声で助けを求める電話。ナンバーディスプレイには、携帯電話の番号が表示されていた。


 しかし、対応したオペレーターが、通報者の話を最後まで聞くことはなかった。


 電話の向こうから、サイレンサー付きの銃声らしき音。直後、電話をしてきた者の声が途絶えた。すぐに、ツー、ツー、という話中音。通報者の携帯電話が破壊されたのだと想像できた。


 電話の主の声は、中年の男性と思われる。各携帯会社に、番号の照会とGPSによる居場所の特定作業が行われた。個人情報保護の観点から、携帯電話の持ち主の情報が開示されるまで、丸一日かかった。


 場所の特定が行われると、捜査一課の刑事が捜査に向かった。とはいえ、通報時に銃声と思われる音が聞こえたので、犯人の潜伏場所に突入はしない。


 潜伏している場所が特定されると、すぐにSCPTに出動要請がかかった。


 捜査や張り込みを行った刑事から、SCPTに、調査した情報が提供された。


 家の中に潜伏している犯人は、おそらく六人。いずれも、二十代~三十代と思われる。家主の男性やその妻、息子は、すでに殺されて二階に運ばれていた。娘は、犯人達に暴行を受けていた。家主の家は、犯人達に乗っ取られたのだ。


 それだけではない。


 犯人達は、拉致した女性達を家に連れ込み、代わる代わる暴行していた。銃で脅し、恐怖で硬直させて。拉致されている女性の数は、刑事が確認できただけでも三人。


 もうすぐ、突入が開始される。


 SCPT隊員が乗っている、黒塗りのワゴン車の中。周囲には、刑事達が乗った覆面パトカーが、三台停まっている。


 作戦指揮をする隊長の話を聞きながら、笹島ささじま咲花さきかは、背中まである長い髪を束ねた。黒い隊服。ややブラウンの瞳。幼い頃は、姉に似て美人だとよく言われていた。防具となるヘルメット等は着けていない。クロマチン能力者であるSCPT隊員には不要な物だ。銃弾も刃物も、能力を使えば防御できる。


 隊長は、家の中の見取り図を広げている。リビングの窓を割って突入し、一気に犯人達を制圧する。最優先は人質の命。しかし、当然ながら、犯人達を殺さずに確保することが求められている。


 もっとも、咲花には、そんな命令に従うつもりなどなかった。


 隊長である藤山ふじやま博仁ひろひとは、車内のクロマチン能力者達を見回した。


「みんな、大丈夫? 体調は問題ない?」


 人間の限界を超えた力を発揮する、クロマチン能力者。そんな能力を使うため、エネルギーの消費量も多い。当然、しっかりと食事を取っていなければ、存分に能力を発揮できない。


 車内にいるクロマチン能力者は、口々に「大丈夫です」と返事をした。突入するのは、咲花を入れて六人。隊長は突入せず、車内で報告を待つ。


「じゃあ、突入しようか」

「はい」


 隊員達が、揃って返事をした。

 咲花も小声で返事をした。


 ワゴン車から出る。突入する一軒家の死角に停めた車。夜の闇に紛れて家に接近する。


 作戦は単純だった。リビングの窓から突入して、一気に犯人達を無力化する。銃を奪い、人質を保護し、犯人達を確保する。


 家の近くまで行くと、張り込みをしている刑事がいた。


「お疲れ様です」


 小声で声を掛け合った。


 咲花達が来ると、張り込みをしていた刑事は引き上げた。覆面パトカーに戻り、待機するのだ。


 この辺りは、一軒家が建ち並んでいる。犯人達が潜伏している家は、玄関のドアが道路に面している。突入経路となるリビングの窓は、隣家と向き合う位置にあった。先ほどの刑事は隣家の住人に協力を依頼し、つい先刻まで、その家で張り込みをしていた。だから、対象の家の様子を明確に報告できた。


 咲花を先頭に、SCPT隊員達は現場の家の前まで来た。玄関のドアに面した、家の外壁に張り付く。その体勢で、ちらりと、リビングの窓がある家の側面を覗き込んだ。


 リビングから、明りが漏れている。かすかに聞こえる、男達の馬鹿笑い。人を傷付け、人としての尊厳を奪い、悦楽を覚える下衆共。


「いくよ」


 小声での、咲花の指示。他の隊員が頷いたことを、気配で感じた。


 咲花は、道警本部の中でも、屈指の実力を持つクロマチン能力者だ。外部型クロマチンの能力者。自身のエネルギーを体外に放出し、物理作用を起こせる能力。その能力の高さは、全国でも五本の指に入るとさえ言われている。


 咲花自身、自分の能力には絶対の自信を持っていた。絶対の自信を持てるほどの努力を重ねた。今の自分でも勝てないと思うクロマチン能力者は、思いつく限り、一人しかいない。六年前に突如失踪した先輩。


 咲花は行動を開始した。


 他の隊員も咲花に続いた。


 カーテンすら閉められていない、リビングの窓。


 咲花は広範囲の外部型クロマチンを展開し、衝撃派のように放った。ガシャン、と音が響いた。窓全体が、一気に割れた。


 同時に、家の中に突入する。


 リビングには、十人の人間がいた。


 下半身裸の男が三人、床に座っている。全裸の男が一人、虚ろな目をした女性の上で腰を振っている。ラフな服装の男が二人、ソファーに座っている。この六人の男が犯人だろう。


 ソファーにいる二人は、銃を手にしていた。


 女性は四人いた。男に乗られている、虚ろな目をした女性。裸で床に身を投げ出し、やはり虚ろな目をした女性が二人。もう一人の女性は、床に座りながら目を覆い、壊れた機械のように「ごめんなさい」と繰り返している。


 ザワリと、咲花の心で感情が湧き上がった。胸を焼き焦がすような、強い気持ち。苛立ち、嫌悪、憎悪、憤怒。


 咲花に続いて、他のSCPT隊員も突入してきた。


 銃を手にした犯人二人は、咲花達に向って発砲してきた。


 下半身裸の男達も、傍らにあった銃を持ち、こちらに向けてくる。


 女性に跨がっていた男は、慌てて彼女から離れた。キョロキョロと周囲を見回す。脱ぎ捨ててある服の付近に、銃がある。その銃に視線を止めると、手を伸ばした。


 真っ先に発砲してきた、犯人二人の銃弾。数発、咲花を含めたSCPT隊員に命中した。


 しかし、効果はない。


 内部型クロマチンの能力者は肉体強化するため、銃弾など効かない。外部型クロマチンの能力者は、体の周辺に防御膜を張り、銃弾を防ぐ。


 他のSCPT隊員より早く、咲花は攻撃を開始した。右手に集中。クロマチン能力により、一気に六発、エネルギーの弾丸を作り出す。


 複数の弾丸を作り出すのは、高難易度の技術である。ベテランの外部型クロマチンの能力者でも、二、三発がせいぜいだ。


 五発以上の弾丸を一気に生成、放出できる人物を、咲花は、自分以外には一人しか知らない。


 作り出した六発の弾丸を、咲花は、犯人達の手に向かって放った。彼等の、銃を持った手に。


 弾丸には強めの力を込めている。命中すれば、原型を留めずに手を吹き飛ばすほどの。


 咲花が弾丸を放った直後、リビングに音が響いた。水風船を叩き割ったような音。直後に、ビチャッという水音が耳に届いた。

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