第19話 彼女に、風が吹いたら。

 おおよそ真面目な女子大生であるカヌキさんこと香貫かぬき深弥みやは、無類の映画好きであり、特にホラー映画を好んで観ている。そんなカヌキさんは、大人っぽいけれどちょっとばかしワガママなミヤコダさんこと都田みやこだ架乃かのとお付き合いをしていて、古い一軒家で同棲生活を送っている。

 そんな二人のなり初めなどは、さておいて。



 ______



「ブラジルで蝶が舞うとテキサスで竜巻が起きる映画」




 いつものごとく彼女が映画を観ていたので、わたしが何の映画か尋ねたら、そんな返事が返ってきた。わたしが顔を顰めたのに気付いた彼女はちゃんと粗筋を教えてくれた。


「不幸な境遇で育った主人公が、自分にタイムリープ能力があることに気付いて、好きな女の子と幸せになるために人生を何度もやり直そうとするんですけど、仲々うまくいかないって映画です」


 主人公イケメンじゃんなんて思いながら、わたしは彼女の隣に腰掛ける。

「うまくいくんでしょ」

「観てれば分かります」




 うーん、なんか切ない。


 見終わって、そう思って、ため息をついて、寂しくなって、横から彼女に抱き着く。

「誰が何度タイムリープして人生をどうやり直しても、わたしは絶対あなたの隣にいるわよ」

「ははは、きっとそうですね」

 彼女は抱き返さずに、指でわたしの背を撫でる。


「私たちの場合は」

 彼女の指がわたしの背骨を辿って行ったり来たりする。


「……広いアフリカ大陸を飛ぶ1匹の虻」


 彼女の声に合わせてわたしは目を瞑って想像する。


 ふーんと宙を飛んでいた虻が黄金色の何かを針で刺す。

 それはライオンで、隠れてバッファローの群れを狙っていたライオンは、針に刺された痛みで走り出す。

 飛び出したライオンにバッファローの群れが驚いて走り出す。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。

 群れの前には大河が流れていて、バッファローは何匹も何匹も流される。


 ……


「で、あなたは今、私の隣にいるってわけです」


 偉く壮大に始まった割に、彼女の想像力は早々に尽きて、ほぼ省略された。だけど、代わりにわたしの胸に熱が溢れる。


「要は、風が吹けば桶屋が儲かる、って話ね」



 風情がないと拗ねた彼女の耳元に、わたしがふっと息を吹き込むと、微かな声をあげて彼女が震える。





 確かに、蝶が舞うくらいの小さな風がキスのきっかけになる。






 ★☆

 ネタにした映画「バタフライ・エフェクト」(2004)


______



 こんちは、うびぞおです。

 今回は、既に公開した短編の再録とネタにした映画の似非エッセイとなります。KAC2024、カクヨムアニバーサリーチャンピォンシップというイベントの、お題に沿って888字以上の短編を書くという課題をクリアしようというものです。

 2024年第1回の追加の題は、「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』でした。どうしろと?! どうしたらいいのか、かなり悩みながらネットをあちこち見ていたら、バッファローの群れが川に落ちるという話を読んで、川が流れて、海になって、日本の海に繋がって、最後は、カヌキさんとミヤコダさんに辿り着いたらいいなあ、と思いました。

 つまり、「風が吹いたら桶屋が儲かる」という物語を作ればいいんだな、となりました。次は、そういう映画はないかいな、となり、すぐに思い付いたのが「バタフライ・エフェクト」でした。「風が吹いたら桶屋が儲かる」は、「ブラジルで蝶が舞うとテキサスで竜巻が起きる」と同じ意味だとうびぞおは思ってます(違う?)。


 この映画のイケメン主人公は、アシュトン・カッチャーさんという俳優です。最近、見ないです。今はイケオジになってるでしょうか? 16歳年上の人と結婚して離婚して落ち目になった人らしいです。残念だ。

 カヌキさんが粗筋しゃべってるとおり、主人公がタイムリープ能力を駆使して、初恋の女の子を幸せにしようと奮闘するんですが、どの世界線でも不幸になってしまうので、もう諦めちゃえ!って感じの話です。こういうリセットものって何回繰り返しているうちに、上手く修正されてだんだん状況が改善される筈なのに、毎回綻びてしまうのが、もどかしい話でした。最終的に彼女はおそらく幸せになっているので、メリーハッピーエンドっていうことになるんでしょう。

 結構面白いリセット型のタイムリープSF映画です。


 人生、失敗や後悔が多くて、取り返しのつかない失敗の記憶に苛まれる夜は、今の記憶を持ったまま、リセットして過去をやり直したいと思うことは少なからずあります(いや、しょっちゅうかもな)。だからこそ、タイムリープ&リセットの物語は面白いんでしょうね。

 ただ今は、たくさんの後悔の中に、宝物もいくつか見付けられたので、結局は今のままでいいやと思えるようになりました。そう言えるのは、なんだかんだ幸せなんですね。


 さて、この短編は最低ラインの888文字で書きました。888文字にこだわってしまったので、分かりにくい話になってしまい、もちょと文字数を増やした方が上手く書けたかなあという後悔があります。

 ですが、

「誰が何度タイムリープして人生をどうやり直しても、わたしは絶対あなたの隣にいるわよ」

というミヤコダさんのセリフは気に入ってます。ミヤコダさんは、右手と心の中にエロ親父が住んでいるので、美女設定なのに男前な口説き文句を言わせられて楽しいです。

 


 次回は、本編に出てきた映画「サスペリア」(2019)についての似非エッセイの予定です。もちろん、いつものごとく、現段階では一文字も書いてません。

 よろしければ、この映画でミヤコダさんとカヌキさんの話を書いてみろ、みたいな映画リクエストください。……お願い。

 さて、今回はニチアサ更新でした。よろしければ、また来週もお目にかかりましょう。

 今回も読んでくださってありがとうございました。



うびぞお

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