第17話 彼女は消えたり、なんかしない。

 おおよそ真面目な女子大生であるカヌキさんこと香貫かぬき深弥みやは、無類の映画好きであり、特にホラー映画を好んで観ている。そんなカヌキさんは、大人っぽいけれどちょっとばかしワガママなミヤコダさんこと都田みやこだ架乃かのとお付き合いをしていて、古い一軒家で同棲生活を送っている。

 そんな二人のなり初めなどは、さておいて。




 …はぁ…ぁ……


 カヌキさんが小さく、でも深く、息を吐いて、ミヤコダさんに背中を向けるようにして寝返りを打った。

 薄明かりの中、カヌキさんの白い背中にミヤコダさんは目を凝らす。


 浮かび上がる肩甲骨と背骨の凹凸おうとつの影。

 肩甲骨の下にうっすらと肋骨。

 なだらかに腰まで下がり、腰骨に向かって上がっていく稜線。

 さらりと黒髪が枕に流れて、三角形にうなじがこぼれ出る。


「……きれいね…」


 ミヤコダさんの気持ちがそのまま呟きになって、カヌキさんに届いた。

「何がですか?」

 カヌキさんは、顔だけ仰向けに戻って、ミヤコダさんを流し目で見る。

 その目尻には、さっきまでの余韻が残っていて、ミヤコダさんはふっと鼻を鳴らす。

「深弥の背中がきれいって言ったの」

「ははは、ご冗談を」

「あなたは知らないでしょうけど、本当にきれいなの」

 そう言われたカヌキさんは、またくるりと寝返りを打ってミヤコダさんを見る。

 きれいだと言われた背中を見せないように。

 それはそれで胸が丸見えだったりするのだけど。

「あなたの背中の方がずっとずっときれいですよ」


 カヌキさんに褒められて、少し舞い上がってしまったミヤコダさんは、ここで大きな失言をしてしまう。



「ね、深弥、きれいなほらぁ映画ってあるの?」





 ピキーーーーン


 という金属音が響く瞬間だった。



「あります、あります、ありますよ!!」

 やらかした、とミヤコダさんが思った時には遅かった。

「ちょっと待ってて下さい。シャワーを浴びてきます」

 満面の笑顔でカヌキさんは、腰の下に敷いてあったバスタオルを体に巻いて、駆け出すようにお風呂場に向かった。

「ちょ、ちょっと待って」

 ミヤコダさんは後を追う。

「そのタオルで体拭かないでよ、わたしも一緒にシャワー」「わかってます!」

 ミヤコダさんのセリフに被せるようにカヌキさんの声が返ってくる。早く映画を観たくて急いている時のカヌキさんだ。


 ああ、次は、映画なんて観れなくなるくらい、抱いて抱いて鳴かせて抱き潰さないと。


 ミヤコダさんが、卑猥で物騒な情熱をたぎらせたことにカヌキさんは気付かなかった。




 ピロートークで大失敗したミヤコダさんの隣にはカヌキさんが座る。

 なぜか、白いシーツを頭から被ってお化けみたいになっている。

「深弥、何そのシーツ?」

 おそるおそるミヤコダさんが尋ねると、カヌキさんがにーーーーっこり笑う。

「こういう感じで観たい映画なんです」

 大きなテレビの画面が家の映像を映した。


 きれいな、ほらぁ映画ねえ。


 自分で言っておいて、ミヤコダさんはそんな映画があるのか半信半疑だ。何しろ、カヌキさんから見せられる映画は、大抵、血飛沫の中、手足や内臓が乱れ飛ぶようなヤツだ。


 林の中の一軒家に暮らし始めた若い夫婦。しかし、夫は事故死してしまい、妻は彼にシーツをかける。シーツをかぶった男だった者は起き上がって家に帰り、妻のそばにいる。妻も誰も彼には気付かない。妻が出ていき、次の住人が出て行き、それでも彼は家に居続ける。

 そして、時すら超えて、彼がようやく望みを叶えたときに、彼が被っていたシーツが床に落ちた。



「ふ、ぐ……」


 シーツを被ったカヌキさんを背中からギュッと抱きしめながらミヤコダさんがポタポタと涙でシーツを濡らし、くぐもった声が上げた。

 哀しかった。

 新しい男と愛する妻は家を出て行ったが、妻を追わずに二人が暮らした家に残り続けた幽霊。妻に付いていくのではなく、妻と過ごした家に残っていた。


 いつか

 深弥もわたしを置いて出て行って、

 わたしだけがこの家に残されたりするのだろうか。


 ミヤコダさんのそんな想像は止まらない。


「深弥、深弥はいなくならないよね」


 ミヤコダさんは腕の中のシーツに包まれたカヌキさんをギュッと抱きしめた。



 しかし、


 シーツは手応えなく、ミヤコダさんの腕の中でそのまま、ぐしゃっ潰れる。

 え!

 と思ってミヤコダさんが、腕を広げると、シーツはそのまま床に落ちて、白い布の塊になる。


 映画の幽霊が消えた時のように


 消えた







「……架乃、架乃」

 名前を呼ばれて、ミヤコダさんが目を覚ました。

「わたし、寝てた……?」

 シーツを体に巻いたカヌキさんが、ほっとした表情を見せた。

「寝ながらぼろぼろ泣いてるから、起こしましたよ。嫌な夢を見たんですか?」

 ミヤコダさんの額をカヌキさんが撫でて、もう片方の手でシーツを手繰り寄せて、涙を拭く。

「深弥は、いなくならないよね」

「あはは、この家が壊されたら出て行きますけどね」


 二人の住む古い家は数年後に取り壊される予定だ。


「それまでは、一緒にいて下さい」

 うんうん、と頷きながら、ミヤコダさんはカヌキさんをギュッと抱きしめた。

 今度はシーツが落ちることはなく、ミヤコダさんは安心する。




 半年後、ミヤコダさんがカヌキさんを置いて、この家を出ていくなんて、まだ二人が知らなかった頃の話。




 ★☆★☆★☆★☆★☆


 ネタにした映画

『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』(2017)


 久しぶりに、ちょいエロな感じで短編を書けて楽しかったです。

 背中がきれいな話を書きたくて、きれいなホラー映画を考えてネタにしました。


 この映画、日本での公開は2018年だったんですが、うびぞおが観たのは、割と最近で、少なくとも、『怖い映画…』を書き終えた後だったんです。惜しかった。色々使えたような気がします。

 いやあ、いい映画なんですよ。これ。

 言ってしまえば未練を残した地縛霊が成仏する物語なんですけどね(笑)。日本だったらもっとおどろおどろしい話になるでしょうに、なぜか美しく壮大な話になってます。アメリカにも地縛霊ってあるんかいなーと思いましたが、カラッとしてるんで地縛霊って感じじゃないかな(家系ホラーは地縛霊だな、そういえば)。それに、シーツを被った幽霊がなんか微妙に可愛いです👻。

 幽霊が出てくるから無理やりホラーってことにしましたけど、ホラー映画というよりは、ゴースト・ファンタジーって感じです。ほぼ怖くないので、怖い映画が苦手な方にも見ていただければ。



 次回は、本編に出てきた映画「落下の王国」についての似非エッセイの予定です。もちろん、いつものごとく、一文字も書いてません。

 よろしければ、この映画でミヤコダさんとカヌキさんの話を書いてみろ、みたいな映画リクエストください。ホラーじゃなくてもいいけれど、肝心なのは、うびぞおが見たことのある映画かどうかだけ。まだ、お一人しかリクエストがないので寂しいです。

 今回はニチアサ更新でした。よろしければ、また来週もお目にかかりましょう。

 今回も読んでくださってありがとうございました。



うびぞお


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