第11話 彼女の秘密に、揺れた。

 おおよそ真面目な女子大生であるカヌキさんこと香貫かぬき深弥みやは、無類の映画好きであり、特にホラー映画を好んで観ている。そんなカヌキさんは、大人っぽいけれどちょっとばかしワガママなミヤコダさんこと都田みやこだ架乃かのとお付き合いをしていて、古い一軒家で同棲生活を送っている。

 そんな二人のなり初めなどは、さておいて。


_____



1


 遅番のバイトが終わって家に帰ってきたミヤコダさんの目に飛び込んできたのは、うっとりとした表情で、血まみれグチャドロの映画を見てる恋人の姿だった。

 

 わたしのこともそういう目で見てほしいんだけど。


 しかしながら、カヌキさんは、画面に映っている血まみれのピエロを熱い目で見ているばかりで、ミヤコダさんには気付かない。ミヤコダさんは、ダイニングから覗くようにして、画面とカヌキさんの顔をかわるがわる見ていたが、ピエロのやってることが酷すぎて、ちょっと見るに耐えなくなって、ダイニングに戻り、お茶を沸かすことにした。


「……この間、二人で『イット』観たじゃないですか。あれで、ピエロの殺人鬼っていいなあ、って思って。すごいんですよ、この映画、2016年の作品なのに、敢えて、 CG使ってなくて、なんかこう、70年代テイストで……」


 よっぽど面白かったらしく、カヌキさんは、ミヤコダさんに感想を滔々と話す。目をキラキラさせて。いや、なんかさっき逆さ吊りにした女の人を糸鋸みたいので……(以下略)。

 そんなにピエロがいいなら、今度二人でハンバーガーを食べに行こうよ、なんてミヤコダさんは思い、そして、自分が映画の中の殺人ピエロにまで嫉妬していることに気付いてしまう。


「どうかしました?」

 ミヤコダさんの反応がないのにカヌキさんが気付いた。

「あ、ごめんなさい。一人で語っちゃって、バカみたいですね」

 そう謝ったカヌキさんの顔が曇ってしまったのを見て、ミヤコダさんはため息をつく。


「ほんと、ほらぁ映画が好きよね、あなた」

「まさか、知らなかったんですか?」

「……他の誰より、わたしが一番、知ってる」

 ミヤコダさんのその答を聞いて、カヌキさんがにっこりと笑ってくれた。


 この映画バカは可愛すぎ。




2  


「お茶、淹れたから、飲もうよ」

 ミヤコダさんがそう言うと、カヌキさんは、はいと返事をして立ち上がり、デッキからブルーレイディスクを取り出して、ケースに入れると、それを仕舞おうとブルーレイがたくさん入っている戸棚を開けた。

 ディスクはかなりたくさんあって、その大半がホラー映画だ。


「たまには、ほらぁじゃないのも見れば?」

 ミヤコダさんも後ろから戸棚を覗き込む。

「ほらぁじゃないの、ってどの辺にあるの?」

 ミヤコダさんの指先が、棚の隅っこの方にあるディスクの方を向いた。背中のラベルに何も書いていないけれど、クリアグリーンのプラスチックのケースがあった。


 バタン!

 

 カヌキさんは、戸棚を閉めた。

 明らかに、ミヤコダさんから隠そうとした。


 何?


「お茶、飲みましょ」

 カヌキさんは、ミヤコダさんをダイニングへと引っ張っていく。


「ねえ、何?今の何の映画?」

「昔の、映画です」

「なんてタイトル?ほらぁ?」



「……秘密です」





 ミヤコダさんはとても動揺してしまった。

 カヌキさんにあからさまに隠し事をされたことに。


 別に恋人だからって、全てを曝け出す必要なんてない。そんなこと、ミヤコダさんだって分かってる。

 大したことじゃない、たかが映画のタイトルだ。

 でも、隠されたら気になるに決まってる。


 秘密にされた。


 そのことでミヤコダさんは、とても過敏になってしまった。

 いつものカヌキさんと何かが違うような気がして、不安になってしまう。


 夜になっても


 いつもよりカヌキさんの声が少しだけ大きい気がする。

 いつもよりカヌキさんが少しだけ積極的な気がする。

 もしかして、感じてる振りしてるの?

 こんなにぴったりとくっついてるのに、間には布一枚もないのに、なんだか、いつもより少し遠い。


 秘密からわたしの気を逸らすために?

 そんなことを思ってしまう。


「……どうしたの?」

 何かを察知したカヌキさんに問われて、ミヤコダさんは困ってしまう。

「ねえ、さっきの、秘密の映画のタイトル、教えて」

 隣に体を倒しながら、ミヤコダさんは率直に頼んでみた。

「それじゃ、秘密になりませんよ」


 わたしに秘密を持たないで


 そんなことは言えない。

「どうして教えてもらえないの?」


「……だって、恥ずかしいから」



 えええええ? 恥ずかしいほらぁ映画?!




4 


 翌日。


 一緒に暮らしているし、ブルーレイの戸棚に鍵がかかってる訳ではないから、いつでも、秘密の映画のタイトルを知ることはできる。

 できる。

 が、かと言って、それで失うのは信頼だし、愛情も減りそうだ。

 それに、こっそり見るのはミヤコダさんの性に合わない。


 恥ずかしいほらぁ映画って。

 すっごいエロいほらぁ映画? 

 アダルトビデオみたいにベッドシーンばっかり出てくるとか?

 ゴーストと悪魔がくんずほぐれつするとか?

 それってほらぁ映画として成立するのかな?

 いや、映画の中のベッドシーンが過激でも割と平気で見てるわよね。


 何なの、秘密の映画って?



「何してんですか?」

 戸棚の前に立ち尽くしているミヤコダさんに気付いて、カヌキさんが声を掛ける。

「何でもな」

「秘密、そんなに知りたいんですか?」

 何でもないと言おうとして、先に釘を刺された形になる。


「わたしの秘密も、一つ教える」

 質問に答えず、とりあえずミヤコダさんは、カヌキさんに、ちょっと交渉を持ち掛けてみた。

「別に、私はあなたの秘密なんて知りたくないです」

 カヌキさんはにっこり笑って冷たいことを言う。

「知りたくないのぉ?」

「だって、どうせ大した秘密はないでしょ。そうですね、高校の時『黒ひげ危機一髪』で脱衣ゲームやって、人前で下着だけになったとか?」

「!! え、なんでそれ知ってるの?」

「……マジ、ですか?」


 結局やっぱりミヤコダさんはカヌキさんから冷たい視線を向けられた。





 数日が経った。

 今度は、カヌキさんが困ってしまっていた。


 ミヤコダさんが、萎れているのだ。


 もちろん、相変わらず、しっかりと外見をお洒落に整えてはいる。だから、パッと見にはわからないかもしれないが、カヌキさんにはわかる。いつものような輝きが今のミヤコダさんにはないのだ。

 食欲も落ちてしまっている。酒量も気持ち減った、それはいいことだけど。

 何と言っても、カヌキさんを抱きしめる手に力が入っていない。


 自称、人一倍狭量で嫉妬深い女は、こんな些細なことでもしおしおになってしまうらしい。


 その原因が、たかだか自分の秘密だと思うと、余計に複雑だ。

 しかも、その秘密が、割と大した秘密ではないことくらい、当のカヌキさん自身が一番よく知っている。


「もう、どうして、こんなに極端なんですか、あなたは?」


 カヌキさんがそう言うと、ミヤコダさんは、しおらしく上目遣いでカヌキさんを見る。


「どうしてって、……わたし、どうしてなのかな」



 それだけ、私のこと好きだって、思っていいですか?


 カヌキさんは、そう思ったけれど、それは口にしない。

 その代わり、ミヤコダさんの手を引っ張って、今兼寝室兼視聴覚室へ連れ込み、ソファに座らせる。

 それから、すぅっと頬を撫でて、戸棚を開けて、秘密のブルーレイを出して、デッキにセットした。


「高校の時、テレビで観た昔の映画なんです」





 ロンドンに住む11歳の少年ダニエルは、同じ学校の少女メロディに恋をする。メロディもダニエルが好きになり、学校をさぼって海辺に行く。そして、二人はみんなの前で結婚を宣言する……



 結婚式を挙げた二人がトロッコに乗って美しい草原を駆けていくラストシーンは有名だ。


 映画に見入ってしまい、つい、ほっこりしてしまったミヤコダさんが、はたと我に返る。


「……これ、ほらぁじゃないじゃない!?」


「私、ホラー映画だなんて、言ってません」


「これなら別に隠さなくても」


「血みどろホラー映画が大好物の私が、実は、こんなに純愛ものの映画が大好きだなんて、今更、恥ずかしくて言いづらかっただけです」

 

 純粋な恋

 そんなものは存在しないとカヌキさんが知った頃、たまたま観た映画の中に、とても、とてもきれいな恋があって、心を惹かれたのだ。11歳の二人の、本当にお互いのことが好きなだけの恋。結婚式も、駆け落ちも、こんな恋も、存在しない。そして、もしも現実だったら、きっと成就しない。そんなことは分かってる。だからこそ、そんな恋に心惹かれて止まない。

 それゆえ、名作なのだ。


 ちょっとだけ頬を染めて、そんなことを解説したカヌキさんはミヤコダさんから目を逸らした。でも、同時に、秘密を明かして、ミヤコダさんが安心してくれたことを感じ取り、ホッとする。


 そして、一方、ミヤコダさんの方も、カヌキさんにこんな一面があったなんて初めて知った。

 映画好きも複雑だ。


「……可愛い」


 ミヤコダさんはカヌキさんの耳元でそう囁いた。

 ちょっと遠くにいるように感じていたカヌキさんが、ギュンッと自分の胸の中に飛び込んでくるのをミヤコダさんは感じた。








 きっと、これからも色々な秘密が幸せに暴かれていく。






 ★☆★☆★☆★☆★☆


 ネタにした映画

 テリファー(2016)

 小さな恋のメロディー(1971)



 こんちは、うびぞおです。

 カクヨムコン9 短編賞創作フェス用にお題「秘密」で書いた短編でした。

 うびぞおはホラー映画じゃなくたって、お話作れるんだよーって知ってほしいと主張する短編でもありました。果たして、書けてるでしょうか?

 

 再録した短編が3000文字超えなので、解説は短めに行きまーす。


「テリファー」、やたら残酷で怖いです。ピエロ恐怖症になること請け合い。不気味な(なのに仕草は妙に可愛い)ピエロが突然現れて、ひたすら人を残酷に殺すだけみたいな映画です。とにかく不条理で、そこに理由や意味を求めてはいけない。ここまで突き抜けて残酷で不条理だと却ってスッキリするというか、怖いっていうかただただ酷いっていうか。でも、そこが魅力。

 そして、失神者も出たとか宣伝されてたような続編ですが、例によって、続編にうまいものなし、でした。しょぼん。


「小さな恋のメロディー」、こちらは、とにかく主人公二人の子役が美少女と美少年であると言うだけでも名作です(笑)。この作品が好きな理由は短編の方に書いたとおりです。大人になってしまうと、相手を好きなだけの純粋な恋なんて存在しないことは否応でも分かります。そのことの是非は置いておいて、トロッコに乗って去っていく小さな恋人たちを見て、「こんなことあるわけない」とか「どうせ捕まって怒られるんだろう」とか「あと何年かしたら別れる」とかとか思ってしまうのが大人の残念なところです。でも、そんな風に思うということは、それは、この二人のような恋ができないことへの嫉妬や寂しさへの負け惜しみのようなもので、内実、そんな恋ができないことへの悔しさとか憧れがあるということなんじゃないでしょうか。「小さな恋のメロディー」を筆頭に子供同士の恋愛映画はそんな純粋な恋への憧憬を思い起こさせてくれます。もちろん今さら純粋になれやしませんが、純粋さに憧れる気持ちは持ち続けていたいとは思います。

 うびそおも、カヌキさんのようにホラー映画しか観てないだろうとどうにも誤解されていそうですが、恋愛映画も見るんですよ(邦画のアイドル恋愛映画はほぼ観ません)。ちなみに、好きな恋愛映画は、『グリーンカード』(1990)です。偽装結婚から始まる恋の映画です。


 次回は、本編でネタにした映画について思うこととなる予定です。

 なぜかニチアサ更新です。よろしければ、また来週もお目にかかりましょう。

 今回も読んでくださってありがとうございました。



うびぞお



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