第9話 彼女が、つまらないと言った。

 おおよそ真面目な女子大生であるカヌキさんこと香貫かぬき深弥みやは、無類の映画好きであり、特にホラー映画を好んで観ている。そんなカヌキさんは、大人っぽいけれどちょっとばかしワガママなミヤコダさんこと都田みやこだ架乃かのとお付き合いをしていて、古い一軒家で同棲生活を送っている。

 そんな二人のなり初めなどは、さておいて。





「ごめん、架乃かの。吉原に緊急で呼び出されました」


「ええええええええ」


 とミヤコダさんは「え」8文字分の不満を表明する。なぜなら、この週末は午前中から二人で出掛けて、どこかで美味しいランチでもと予定を立てていたからだ。ただ、ミヤコダさんにしてはたったの8文字分だったのは、吉原さんからの呼び出しということは、十中八九、実験データがなんたららら、という用事であって、遊びの誘いではなく、ましてや色恋なぞではない。吉原さんは、カヌキさんの同じ学部学科の同級生だ。ミヤコダさんもそれは分かっている。分かっているけれど。けれど。ど。怒。℃

 そんな忸怩たる表情のミヤコダさんを見て、しばらく吉原と架乃を会わせないようにしようとカヌキさんは決意した。


「頑張って、午前中で片付けてきますから」

「むうう、絶対だよ!」

 ほっぺたを膨らませて拗ねているミヤコダさんをカヌキさんは可愛いと思う。


「じゃあ、午前中に一つ、お願いがあるんです」

 カヌキさんが、あざとく小首を傾げて、ミヤコダさんをじっと見詰めると、チョロくもミヤコダさんは引っかかる。内心では、何かやばそうだという予感はするが。

 カヌキさんは、ミヤコダさんの腕を引っ張って、居間兼視聴覚室兼寝室に引き摺り込んで、ソファーに座らせた。

「この映画、観ておいて下さい。架乃の感想を聞いてから自分も観るかどうか判断しますんで」

「ふぇ?」

 カヌキさんはテキパキと上映準備をしてしまうと、予告編だけは一緒に観た。


 二人の少女が森に行方不明になり、無事、発見されたが、二人には明らかに恐ろしい変化が起こっていた。恐ろしい形相に変わり、椅子に背中わせに縛り付けられる二人。何が起きたのか。親達はどうするのか。そして、訪れる一人の老女。

 最後にタイトル。


「ぎゃ…!」

 ミヤコダさんは小さく悲鳴を上げる。なぜなら、そのタイトルは以前にミヤコダさんが泣くほど怖がった映画だったのだ。50年も前の映画だというのに。

「あの映画の正統派続編、だそうです。しっかり観ておいて下さいね。じゃ行ってきます」

 すがるようにカヌキさんに手を伸ばしたミヤコダさんだったが、カヌキさんはその手をすり抜けて、大学に向かってしまった。取り残されたミヤコダさんは悩む。

 絶対、怖い。

 一人で観るなんて、やだ。


 しっかり観ておいて下さいね


 そう言ったカヌキさんの笑顔が目にチラつく。可愛い顔をして、見れるものなら見てみろと、ミヤコダさんをけしかけもしている。

「もう、憎たらしい」

 と、愛しく思いながら呟き、ミヤコダさんはリモコンのスタートボタンを押すのだった。



「ただいま」

 帰って来たカヌキさんが見たのは、ダイニングでマグカップを片手に読書しているミヤコダさんだった。ミヤコダさんが読んでいるのは図書館で借りてきた専門書のようだ。

「おかえり」

 本を読んでいる時の顔も、本から顔を上げたミヤコダさんの顔も、いつもどおり綺麗だとカヌキさんは思う。少し微笑むだけだと整いすぎているので作り笑いに見えるくらいだ。

 怖がりそうな映画だったんだけど、結局、怖くて観れなかったのかな?


「正統派続編、どうでした?」

 カヌキさんは、これは観てないんだろうな、と思いつつ尋ねてみる。


「50年も前の原点の続きって、登場人物を再登場させればいいってもんじゃないし、……サブリミナルっていうんだっけ、一瞬怖い顔が挟まるやつ。あれの真似を粗製濫造するのは逆効果なのね。全然怖くないし、却って食傷……って、何よ、その顔?」


 カヌキさんは、とても微妙な顔をしていた。

 ミヤコダさんが「怖い、何よ、これええ」以外の感想を話せるようになっていることが、何だか自分のことを理解してくれたようで嬉しくて、でも、逃げるくらい怖がってくれることを期待していたのに、全然怖がってくれてなくてがっかりもしていて。

 嬉しいけどガッカリ。カヌキさんはそんな矛盾した二つの感情を表情に表そうとして、なんとも表現し難い顔付きになっている。


「あの、怖くなかったんですか?」

「怖いとこもあったけど、50年前の原点の怖さの足元にも及ばない」

 うわ、言い切った、とカヌキさんはちょっと目を丸くする。

深弥みやが、よく言うアレ。『続編にうまいものなし』ってやつ、分かったわ。つまんなかったもの」

 そう言って、ミヤコダさんが手招きをしたので、カヌキさんはトコトコとミヤコダさんの座る椅子の横に立った。

「架乃がそこまで言うってことはハズレですね」

 ミヤコダさんは、横に立ったカヌキさんの腰に手を回す。

「あなたなら、どんなんでも楽しめるんじゃない?」

「ははは、そうですね。あなたの感想を聞いたら、逆にどれだけハズレなのか気になります」

 ミヤコダさんは、ぽすんと、カヌキさんのお腹に横顔を寄り掛からせた。

「でも、本編、続編に関係なくて」

 顔をお腹にすり寄せるので、カヌキさんはその頭をそっと抱えた。



「あなたが一緒に見てくれない映画は、わたし、きっと全部つまんないわ」






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 ネタにした映画

 エクソシスト 信じる者(2023)

 エクソシスト(1973)


 こんちは、うびぞおです。


 カヌキさんが「続編にうまいものなし」とよく言いますが、「正統派続編はさらににまずし」と言うお話でした。一つ当たると続編が有象無象に湧いて、どの続編も面白くないというのは、よくある話です。

 第1作から大きく乖離せず面白さをうまく活かしつつ、新しい面白さを足す。第1作の土壌があるということは、アドバンテージでありながら、ハンディキャップでもあるわけで。だから、面白い続編を作るのって凄く難しいんだろうと思います。

 第1作で生き残った主人公を安易に出して、2作冒頭で元主人公を死なせて、第1作そのものを台無しにしてしまってガッカリとか。

 第1作の怖い人が、第2作、第3作でも頑張ってはくれるんだけど、劣化コピーになってくとか。

 そも続編というのもおこがましい、全くの別ものだとか。

 まー、よくある話です。

 でも、「おお、この続編はやるな!」と思うこともあるので、何度ハズレにがっかりしても、第1作が良かった作品の続編を見続けることになってます。


 さて、というわけで、70年代ホラーの金字塔である「エクソシスト」の正統派続編を名乗る新作。

 楽しみにしてたんですよねえ。「エクソシスト」は今観ても怖いくらいですし。

 ちなみに、シリーズとしては6作目らしいです。全部は見てないですけど、うびぞお的には続編で面白かったのはテレビシリーズの「エクソシスト」くらいです。

 何をもって正統派続編というのか分かんないですけど、今回の注目点は、50年前の第1作の主人公、悪魔に取り憑かれた娘の母親が出演するってところが正統派続編たる所以ゆえんなんでしょうか。その母親役の女優さんは、

 なんと御年齢90歳!の名女優。

 ちなみに、うびぞお、またも主人公を勘違いしていたんです。悪魔に取り憑かれた娘が主人公だと思ってたら、その母親の方が主人公だったんですね、ははは。



 観ました!



 で、前の主人公が出てればいいってもんじゃないな、

 って思い知らされたわけですよ。今ここ。


 かなりガッカリしたんですが、その理由をつらつら書くよりも、その怒りをパワーにして短編を書いた方が生産的だよな!

 というのが今回の似非えせエッセイでございました。

 気になるという方は、1973年第1作と、2023年新作をぜひ見比べてみてください。

 第1作は後世に残る名作ホラーです。


 うびぞおが頑張って次の話を書けたら、また来週。次回は、本編でネタにした映画の似非エッセイになると思います。

 今回も読んでくださって、ありがとうございました。


 うびぞお


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