第2話 彼女のために、その愛は動き出す。

 おおよそ真面目な女子大生であるカヌキさんこと香貫かぬき深弥みやは、無類の映画好きであり、特にホラー映画を好んで観ている。そんなカヌキさんは、大人っぽいけれどちょっとばかしワガママなミヤコダさんこと都田みやこだ架乃かのとお付き合いをしていて、古い一軒家で同棲生活を送っている。

 そんな二人のなり初めなどは、さておいて。



 1 万年筆


 二階の自分の部屋からミヤコダさんがバタバタ降りて来た。

深弥みやぁ、わたしの万年筆知らない? 」

 カヌキさんはキッチンで朝食を食べていたが、その騒がしい声に呆れたように、手元のトーストから目を上げた。

「知りませんよ」

「そうよね、ごめん、ご飯の支度続けて」

 謝りながらミヤコダさんはトートバッグにペンケースをしまう。

「万年筆って、あれですか?大学進学祝いに叔父さんから頂いた」

「そう、それ」

 ミヤコダさんの叔父さんは観光地でペンションを自営していて、二人は長期休暇になると泊まり込みのアルバイトで手伝いに行く。叔父さんはカヌキさんにとっては映画仲間でもある。数少ない大事な物だけは大切にするミヤコダさんは、叔父さんからもらったその万年筆を大切にしていた。叔父さんからの贈り物でもあるし、その書き味や描かれる線の雰囲気がとても気に入っていて、使うことがなくても、いつもペンケースの中に入れているのをカヌキさんも知っていた。

「ぃやんなるなー、自分がバカで。大学で失くしたとしたら見つからないだろうな」

 ちょっと悲しそうなミヤコダさんにカヌキさんは少し絆される。

「今日、帰ってきたら一緒に探しましょうか?」

「ううん、いい。深弥、今夜は映画を観る予定でしょ」

「映画はいつでもいいんですよ」

「違うわ、わたしが一緒に観たいの」

 しょげてた筈のミヤコダさんは、ニヤリと笑うとカヌキさんの頬に口付けた。

「じゃ、先に行ってるねー。今日もお互い、おベンキョ頑張りましょ」

 ちょっと頬を赤らめて固まったカヌキさんを置いて、万年筆のことなど忘れたようにミヤコダさんは家を出て行った。

 今日も朝から振り回されて、カヌキさんはそっと息を吐く。



 2 どっち?


 二人の家の1階は、バストイレ、ダイニングキッチン、そして、居間兼視聴覚室兼寝室だ。その部屋には、大型テレビと、ソファーベッドが、どん、どん、と鎮座している。ソファーベッドは今はソファーの形状だ。実にシンプルな、カヌキさんが映画を観るための部屋となっている。

 アルバイトからミヤコダさんが帰って来ると、テレビの前でカヌキさんが胡座をかいて腕組みをしている。そのポーズは似合わないと、ミヤコダさんは思いながら声を掛けた。

「ただいま、どうしたの? 何悩んでるの?」

「あ、おかえり。架乃かのを待ってました」

 カヌキさんはミヤコダさんを振り返る。待たれた!嬉しい!! とミヤコダさんは瞬間舞い上がるが、すぐに、これは罠かもと、思い直す。


 怖い映画か、嫌んなるくらい怖い映画か、泣きたくなるくらい怖い映画か?

 何がわたしを待ってるんだ?!


 などとたじろいでいるミヤコダさんを見て、カヌキさんは首を傾げたが、すぐにミヤコダさんが怯えていることに気付いて、にっこりと可愛らしく、実に可愛らしく微笑んだ。

「2本、あるんです。どっちを観るか選んで下さい」

「ど、どんな話なの?」


「えっと。高精細AIを搭載した、まるで本物の人間の少女みたいな、……ロボット? 人形? みたいのが色々学習して、……親友? ご主人様? 的な人間の少女を幸せにするために悪戦苦闘する話です」

「どっちが? 」


「両方」


「え?」


「両方。洋画と邦画とありますが、どっちがいいですか? 」


「え、あらすじ同じなの? どっちかがリメイクってこと? 」

「ははは、観れば分かりますけどね、どっち? 」


 それ、どっちも観たくなるヤツじゃない


 かくして、ミヤコダさんは、どちらかを選ぶ、のではなく、どちらを先に見るかを選ぶこととなった。

 今日もカヌキさんにしてやられて、ミヤコダさんはため息をつく。



 3 シンギュラリティーって


 技術的特異点のこと。人工知能が人間を凌駕することによる変化を指すとかなんとか。


 玩具会社に勤めるロボット研究者の主人公が、両親を事故で失った姪を引き取ることになり、自身の開発したAI人形に姪の世話を任せようとする。人間そっくりに作られたその人形は、託された姪を守るために全ての邪魔者を排除していく。


「……怖いっていうか、残酷なシーンはあんまりないから、そんなに怖くはないんだけど。明らかに人間ではないのに、人間の真似をしているのが不気味。人形のくせに人間以上に執着強すぎるわ」

 でも、やっぱり怖かった……とミヤコダさんは消えそうな声で呟いて、ぶるりと肩をすくめた。

「なるほど、そうですね。怖さより、人間に近いのに絶対に人間でないものの気味悪さの方が強いかもしれない」

 並んで座っていたカヌキさんは、見終わって力の抜けたミヤコダさんの肩にポスンと頭を乗せて、また、すぐに離れた。短い温もりに少しがっかりしながらミヤコダさんが立ち上がる。

「2本目を観る前にお茶を淹れるわ」

「ありがと」

「でも、次は、同じようなあらすじの日本の映画よね。邦画のホラーって、こういう直接的に殺戮する系より、精神的にじわじわ襲ってくる系が多いって印象なんだけどなあ」

 ぶつぶつ言いながらお茶の支度をしにいくミヤコダさんを見送って、カヌキさんは次の映画の準備をした。うっすらとほくそ笑みながら。


 主人公の通う高校にぶっ飛んだ少女が転校してきた。スペックは高いが空気の読めない転校生は、実は、主人公の母親が開発した、ちょっぴりポンコツなAIだった。「あなたは今幸せ?」そう尋ねる転校生は、主人公を幸せにしようと奮闘を開始するが…


「ホラーじゃないじゃない! アニメじゃない!! ついでに言えば、ちょっとミュージカル入ってるー、しかも、ハートウォーミングな話じゃないのおお」

 ミヤコダさんが喚くが、カヌキさんはすんっと澄ましている。

「私はホラーだなんて一言も言ってませんから」

「……何が悔しいって、本当に、あらすじが似てるっていうか、共通点が多いってことよ。オチまで同じような感じだし。なのに、全然違う映画なんだもん! 」

「でしょ」

 なぜかカヌキさんが自慢気だ。


「必ずではないんですけど、機械文明が発達して機械が人間を滅ぼそうとするSF映画は多いですし、確か、日本のアニメでもよくある話です。でも、同時に、日本では、進化した機械が友達や家族になる話も多いんですよね」

「ああ、青い猫型ロボットとか」



 4 そして、万年筆


「あ、そういえば、これ」

 そう言って、カヌキさんは、ミヤコダさんが探していた万年筆を渡す。

「ソファーの隙間に入り込んでたの、見付けました」

 ぱあぁっとミヤコダさんの顔が明るくなり、そして、くしゃりと笑って、両手で万年筆を握りしめる。そして、ミヤコダさんは「ありがとう」とお礼を言いながら、ぎゅっとカヌキさんを抱きしめた。

「この万年筆さん、架乃のことを心配して、私に見付けさせたのかもしれませんね。万年筆が進化して、架乃のために何か頑張ってくれるかもしれませんよ」

 可愛いことを言うなー、なんて思いながらミヤコダさんは、カヌキさんの髪に頬擦りする。

 そして、はた、と思い当たる。

「ねえ、深弥」

 呼ばれたカヌキさんが何ですか?というように少しだけ首を傾げる。


「それじゃ、進化シンギュラリティじゃなくて、付喪神つくもがみよ」



 カヌキさんと一緒に笑うミヤコダさんの手の中で、万年筆が揺れた。







☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★

ネタにした映画

「M3GAN ミーガン」(2022)

「アイの歌声を聴かせて」(2021)




 こんちは、うびぞおです。


 「怖い映画を観て一緒に夜を過ごそう」完結後も、愉快痛快なホラー映画(コメディー映画じゃないよ)を観て、ああ、カヌキさんとミヤコダさんで使いたかったな、と思うことが何回かありました。その1本が「ミーガン」です。

 「ミーガン」は、そんなに怖くない(うびぞお比)ホラーです。なんでか肉弾戦? になっちゃう辺りでは、必死に笑いを堪えたくらいです。

 ミーガンは悪い顔した人形にしか見えないし、AIのくせに性格が悪いし、子供にも犬にも容赦ないしで、最初から好感を持てない悪役仕様なので、実は、思ってたほど人間に近いという不気味さは感じませんでした。非人間的なものが人間に近付き過ぎると、好感が嫌悪感に転じるという「不気味の谷」という現象がありますが、うびぞおからすると、非人間的過ぎるミーガンには全く好感を持てなかったので、不気味の谷現象は発生しませんでした。ですが、ご主人様のためにヤンチャしすぎるミーガンを見ていると、今度は逆に、愛すべき悪役令嬢ヴィラン(笑)としての好感が発生するという現象が起きました。実に続編が楽しみです。

 思い出したんですが、「ターミネーター」など、進化した人工知能が人類を滅ぼそうとする物語は珍しくないですが、ロボットがご主人様大好きすぎて人間の体を手に入れて添い遂げるという進化なのか退化なのか分からない「アンドリューNDR114」という映画もあります。故ロビン・ウィリアムズの主演作品で、観た時はなんかいい映画だと思ったんですが、今思うとやや珍妙……。

 さて、美少女型のロボットが、ご主人様である少女のために頑張る! という点が「ミーガン」と共通する「アイの歌声を聴かせて」もついでに紹介しました。転校生であるシオンが歌い踊りながら柔道するシーンをYouTubeか何かで観て、ちょっと面白そうだと思って観に行ったら、予想外にいい映画でびっくりしました。友情あり、恋あり、親子愛ありのてんこ盛りで、脇役まで魅力的でした。キャラクターデザインは今風ではなく、地味な方だけれど、作画も良かったし。全体的に甘くて良い子すぎるのが欠点かもしれませんが、そこがいいんです。あと、予告とか映画の序盤では、シオンの甘ったるい感じの声がわざとらしくて苦手だったんですが、中盤からは、その声の浮世離れ具合が却っていい塩梅になっていったのが印象に残ってます。

 時間が余っていたら、この2本を観て、本当にあらすじが同じと言っていいのか確認してみて下さい。ジャンルは全然違いますが、意外なくらい共通点があると、うびぞおは思いました。

 ミーガンもシオンもダンスが上手だし!




次回は、明日の朝6時に公開です。


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