とまれ彼女は映画を語る

うびぞお

第1話 映画エッセイなんて、書けないと思ってた。

 おおよそ真面目な女子大生であるカヌキさんこと香貫かぬき深弥みやは、無類の映画好きであり、特にホラー映画を好んで観ている。そんなカヌキさんは、大人っぽいけれどちょっとばかしワガママなミヤコダさんこと都田みやこだ架乃かのとお付き合いをしていて、古い一軒家で同棲生活を送っている。

 そんな二人のなり初めなどは、さておいて。



「ねえ、深弥みやは、なんで映画を観ているだけなの?」

 1階のダイニング。夕食後、日本茶を急須から湯呑みに注いでいるカヌキさんを見ながら、ミヤコダさんは尋ねた。長めのスカートで、片足を椅子に膝立てて、その膝に肘と顔を乗せている。もう片方の足の太腿が内側から丸見えだ。下着は見えそうで見えなくて、却ってあざとい状況になっている。


 色気の叩き売り、


 カヌキさんは、そんな言葉を飲み込んでから答える。

「観る、で十分だからですけど、それ以外に何をすればいいんですか?」

「そうね、例えば、SNSに感想を書く、とか」


「書きません」

 すぐさまカヌキさんは断言した。

「語彙に乏しい私の、実験レポートみたいな、面白くもない文章なんて誰も読みませんよ」

 さらに、その理由を追加する。


「わたしは読むわよ」

架乃かのなら直接話した方が早いし、何なら一緒に観て、その場で感想聞いてますよね」

 そうなんだけどさ、とミヤコダさんは唇を尖らせた。

「あなた、こんなに映画が好きなのに、それをわたしみたいな映画のこと何も分からない人間しか知らないのって、なんだか勿体なくて」

 ずっ、とカヌキさんは一口だけお茶を啜る。


「私、映画のこと、そんなに知らないですよ」


 




 ……


 ……


 ……




「……ごめん、フリーズしたわ」

 ミヤコダさんが我に返った。

「あなたが映画を知らないなら、わたしは何一つ知識というモノを持っていない、と言うことになるわよ」


 それを聞いて、カヌキさんがかすかに頬笑んで、少し冷めたお茶を一口飲んだ。

「大袈裟。観てる映画の本数が人より少し多いだけです」

 カヌキさんが見ている映画の本数は、統計的に見ても平均より有意に高いのは明らかだろう。ジャンルが若干偏ってるにしても、とミヤコダさんは思いつつも口にせず、カヌキさんに続きを促す。


「大抵の情報はネットで手に入りますし、観てる本数も、映画についての知識も考察も、凄い人は本当に凄いじゃないですか。ただヘラヘラ楽しんで観てるだけの私が、映画のことで偉そうな能書を垂れるって、なんかみっともないです」


「なんで、そんなに卑屈なこと言うの?」

 ミヤコダさんは手を伸ばして、カヌキさんの前髪を人差し指と中指でさらりとすくった。

「あなたって、わたしに蘊蓄傾ける時は、いつもと違って、自信満々な生意気な顔してるって自覚ある?」

 カヌキさんは小さく、2、3回だけ首を振る。

「自覚ないんだ」

 自分が本当に好きなものを語る時の人の目は輝いている。

 カヌキさんも瞳をキラキラさせながら、ぐちゃぐちゃ血みどろの特撮の説明とか、遊びで人間に取り憑いた無慈悲な悪魔の話をする。表情と内容が噛み合ってないのがなんとも言えないが、ミヤコダさんは、映画を語る時のカヌキさんのことがとても好きだ。ミヤコダさんにはそういう語りたいものが何もないだけに余計にそう思うのかもしれない。

 ミヤコダさんが前髪から額に手を移すと、カヌキさんの眼鏡に指が当たる。眼鏡のレンズの向こうに、映画を愛してやまない瞳があって、今は、そこにミヤコダさんが映っていた。


「それに、架乃かのは、私を映画を観てるだけにしてくれてないと思うんですけど……」

 カヌキさんが少し恥ずかし気に、ミヤコダさんに、歯向う。

「確かに」

 ミヤコダさんが、二人で映画を見た後のいつもの自分の振る舞いを振り返ると、大抵はに及んでいる。それは映画を観た後の深弥が可愛すぎるのが悪い、と言い訳しながら、話を戻す。



「……深弥みやは、わたし専属の映画解説者ってことか」


「それじゃ駄目ですか?」


「駄目な訳ないでしょ」


 ミヤコダさんは、カヌキさんの額に当てていた手で、カヌキさんの前髪をかきあげて、もう片方の手で眼鏡を外してテーブルに置く。それから、その手をテーブルに置いて体重を掛け、テーブルの90度隣に座っているカヌキさんに顔を近付けた。




 ねえ、ただ観ているだけでおしまいなんて、つまらないじゃない?







 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 こんにちは。うびぞおです。


 ハリウッドの大作を映画館で見るのが好きです。と言っても、コロナ禍以降、映画館に余り行かなくなり、最近は時間の余裕もなく、もっぱら家でBS放送やその録画を観ていることが多くなりました。 

 さて、カクヨムであれこれと読ませていただくようになってから、映画好きを自称している者として、自分も映画のレビューとかエッセイとか書いてみたいと思うようになりました。が、カヌキさんに代弁してもらったとおり、観てる数が多いだけで、自分には、さして面白いレビューなぞ書けないと思って諦めていました。


 そんなうびぞおですが、『怖い映画を観たら一緒に夜を過ごそう』という、ホラー映画をネタにした恋愛モノの物語を書きました。最近になって、番外編と称した短編をいくつか書いたところ、これが映画の紹介とかレビューみたいになってることに今更ながら気付いて、こういう形なら映画エッセイっぽいモノを自分でも書けそうだとようやく決意できました。面白いかどうかは別として。


 カヌキさんとミヤコダさんがいちゃつきながら交わす映画話に、うびぞおの映画感想だかボヤきだかを付け足したもの。そんな形で映画エッセイみたいなものに挑戦してみようと思います。

 


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