第51話「プレイヤーは誰も戦争を望んでいません」

 トウモロコシの芯を焼却処分したモヒカンは、その足でプラントからほど近い場所にある練兵場へと向かう。



「せいっ! やあっ!」


「ほら、腰が入ってないぞ! こうするんだ! ほらっ!」


「うっす、教官!」



 早朝の練兵場では、ランニングと朝食を終えた兵士コボルトたちが武器を手に模擬戦を行っていた。

 むくむくの小型犬種たちがぶかぶかの鎧と兜をかぶり、頑張って剣や槍を振り回している姿に、モヒカンの口元が思わず緩む。しかし兵士コボルトたちがモヒカンに視線を向けたのに気付くと、すぐにその笑みを引っ込めて憮然とした表情になった。



「何見てんだ犬っころども。訓練に集中しやがれってんだ」


「うっす! 失礼しましたッス!」



 モヒカンに口汚く叱られたコボルトたちは、慌てて視線を正面に戻すとひときわ激しく武器を振り回し始めた。


 彼ら兵士コボルトたちこそが、征服派の軍事的主力だ。

 征服派はプラントを建造し、高品質な武器防具を製造している。いずれも新大陸の植物から生産できるもので、たとえば今目の前で訓練しているコボルト新兵が装備している服は極上リネンから、槍はシロガネの樹という樹木の枝から加工したものだ。ただの軽装備に見えるが、旧大陸でクラフトされる高品質装備を軽く上回る性能がある。


 栽培した植物からこうした高品質な装備品を作れることを知った征服派は、大喜びで手近なコボルトの集落を攻め落として回り、彼らを生産プラントに集めて高品質装備の大量生産に着手した。

 が、ここに致命的な問題があった。

 征服派は守護派に比べると少数派で、所属するプレイヤーの数自体が少ないのだ。プレイヤー全員に装備品を行きわたらせたとしても、数が全然余った。むしろプラントが稼働する限り、どんどん増えていく一方だ。旧大陸へ輸出できるわけでもない。


 処分に困った征服派は、コボルトたちを兵士として徴用して、彼らに装備品を与えることにした。

 もちろんこれには征服派内部での反論も大きかった。

 奴隷に武器を与えて、反乱でも起こされたらどうするんだと危機感を覚える者。

 いたいけなコボルトたちを戦争の道具とするのは心が痛むと半ば篭絡されている者。


 様々な意見が飛び交ったが、結局彼らはコボルトを兵士として徴用することを選んだ。守護派に数で負けている以上、コボルトたちを軍事力として数えるしかなかったからだ。



「ほら、どうした! 私を殺す気でかかってこい! そんな弱腰じゃ何も守ることはできんぞ! 私を家族を殺す敵だと思って一撃入れてみろ!」


「や……やああああああーーーーっ!!」



 すらりとした美青年の教官の言葉に発奮したコボルトが、剣を手に飛びかかる。

 かなりの瞬発力を伴った一撃だったが、教官はこともなげに木剣で兵士の足を撃った。



「足元がお留守だ!」


「あうっ」



 脚を薙ぎ払われ、軽く転がされたコボルト。

 そんな彼に、教官は片目を閉じながら嘆息する。



「体幹がまだ弱い。足を撃たれたくらいで怯むな。片足を失っても私の喉笛を食いちぎるくらいのガッツを見せろ」


「うっす……」


「が、瞬発力はなかなかのものだった。あれで不意を突けば大型獣モンスターも致命傷を与えられるかもしれん。このまま修練を重ねろ」


「うっす!」



 教官に叱られてしゅんと垂れさがり、褒められてピンと跳ね上がる忙しい尻尾を、モヒカンはじっと眺めていた。

 そんな彼に、教官が歩み寄ってくる。



「どうした、フジワラ? 私に何か用か?」


「ああ、邪魔して悪いなノーバディ。ちょっと相談に乗ってもらいたいことがあってよ」



 モヒカンは強引にコボルトの尻尾から視線を切ると、教官の顔に視線を向けた。

 藤色の長髪に切れ長の瞳、すらりとした長身の絵に描いたような美青年。女方めがた役者のような濡れた色気を漂わせながらも、そこには確たる芯が感じられ、柔弱な印象は受けない。極上リネンから編まれた布の帷子かたびらを身にまとい、新大陸産の木剣を手にした軽装備だが、相対すればぶわっと毛が逆立つ威圧感を伴っていた。

 彼の名はノーバディ。征服派の練兵場で新兵育成を担当している教官だ。


 なお、彼に話しかけたモヒカンの名は怒髪天フジワラという。

 天を衝くように逆立つモヒカンだから怒髪天なのはいいとして、フジワラはどっから来たんだよ。ちなみに別にリアルネームが藤原だとかそういうことは一切ない。なんか語呂が良かったので適当に付けたのだった。


 水も滴る美青年と銀アクセじゃらじゃらのモヒカンの組み合わせは控えめに言ってインパクトが凄まじく、これがリアルならお前らどういう関係だよと首をひねらざるを得ないだろう。



「しばし離れる。お前たちは訓練を続けろ」


「うっす!」



 敬礼するコボルトに見送られて、ノーバディとフジワラは無言で歩き去っていった。



「……相変わらずフジワラさんはいかつくておっかねえッス」


「でも怖い教官にあんな態度をとれるんだからすげえッス」


「リネンプラントで農民たちを冷たい態度でこき使っているって話ッス」


「ふえぇ……」


「おい、お前たち! サボるんじゃねえッス!」



 教官がいなくなった途端に私語を始めた兵士コボルトたちに、まとめ役のコボルトが声を上げる。その声に尻を蹴られるように、兵士たちはあわあわと模擬戦に戻っていった。




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 やがて教官室として使われているテントに入ったノーバディとフジワラは、座布団に腰を下ろす。フジワラのプラントで生産されたリネンで作ったものだ。防具の生産に使うだけでは消費しきれなくて、低品質なものはインテリアや寝具に加工され始めていた。



「で、話とは?」


「俺はもう……限界だ……!!」


「……またその話か」



 血が滲まんばかりに拳を固く握り、ワナワナと震えるフジワラにノーバディは溜息を吐いた。



「まあいい、愚痴なら聴こう。言ってみろ」


「俺は! いつまでコボルトたちに辛く当たらなくちゃいけねえんだよ!!」



 腹の奥底からの怒声が、ビリビリとテントを震わせる。

 ノーバディは細い肩を竦めると、首をゆっくりと横に振った。



「仕方あるまい。コボルトたちを初手で怖がらせたのはお前だ」


「だってよぉ! 可愛い毛玉が向こうから無防備に走り寄ってくるんだぜ! 擬態型の凶悪モンスターかと思うじゃねえか、ここの運営のやることだぞ!」



 フジワラはファーストコンタクトに失敗した手合いだった。

 モヒカンに黒いライダースーツ、銀アクセじゃらじゃらのコワモテの外見に加えて、ナメられたら終わりだと言わんばかりの強気の態度。これでコボルトに威圧的に接した結果、普通に怖がられてしまい、システムによって征服派に組み込まれてしまったのだ。


 もっともフジワラにも言い分はある。

 まず未知の新エリアにいきなりワープで放り出されて過敏になっていたし、コボルトたちは新モンスターかもしれないという警戒があった。ときおりユーザーの予想を裏切るギミックを組み込んで来るのがここの運営なのだ。

 可愛い姿をして油断させてから殺しにくるモンスターかもしれないと警戒するのは、フジワラに言わせれば当然のことだった。

 もっとも、今回の場合そう警戒させること自体が運営の罠だったわけだが。



「おかげで俺はコボルトに怯えられ、本国からは人でなし扱い! 四方八方が針のむしろだよ、どうすりゃいいってんだ!」


「ああ、本国の姫がお前を除名するだのなんだの怒ってるという話か。あれ、その後どうなったのだ?」


「どうもこうも、俺を切れないなら姫が抜けるつって取り巻きの幹部を連れて出て行ったよ」



 フジワラは深い深い溜め息を吐いた。

 ここで言う姫とは、もちろん高貴な身分のプレイヤーとかではない。女性という立場を利用して取り巻きにちやほやされたがるプレイヤーのことだ。

 ノーバディは顎に細い指を当てると、ふうむと唸った。



「私が思うに、それは別にお前のせいではないだろう。元々その姫はクランを離れて、自分を女王とするクランを立ち上げたがっていたのではないか? お前は口実ダシに使われただけだと思うがね」


「俺もそう思ってるよ。以前から自分の言いなりにならない俺のことを気に入らないカンジだったからな。だが、クランに残った連中はそうは思っちゃくれねえ。クランから実力のあるプレイヤーが大量離反したのは俺のせいだって、すげーギスギスした感じになってるよ。こりゃクランがこのまま残るかどうかも怪しいぜ」



 少し前に思わず掲示板に愚痴ってしまったが、それで何の解決になるわけでもない。

 このままクランが解散したら、フジワラは宙ぶらりんの立場に置かれることになる。

 コボルトたちを強制労働されているのも、旧大陸に残したクランのためだというのに。そのクランからは一方的に悪人扱いされ、可愛いコボルトたちを愛でることもできず、フジワラはフラストレーションがたまりまくっていた。

 そう、フジワラはコボルトを可愛がりたくて仕方ないのに。



「まあクランのことはこの際いい。それよりコボルトだよ! 俺はいつまで我慢しなきゃいけねえんだ!!」


「……我慢も何も、優しく接すればいいではないか」


「優しくしようとしたら、怯えて逃げられるんだよ!!」



 モヒカンの巨漢が猫撫で声を出して近づいてきたらそりゃ逃げるだろうよ。

 普段はコワモテで恐れられているのだからなおさらである。

 その怯えた視線を向けられるのが辛いから、フジワラはことさらにコボルトたちに冷たく接しているのだ。悪循環であった。



「見た目に似合わずナイーブな奴だ」


「うるせえ! ナメられたらおしまいなんだよ!」



 正直、その外見アバターを変えるのが一番手っ取り早いんじゃないかなあ。

 とノーバディは思っているが、アバターは自己表現なので他人が気軽に口を出すのもはばかられる。仕方なく愚痴を聞いてやるほかないのだった。



「俺はコボルトと仲良くしたいだけなんだ……。なのにあいつらは俺を恐れる。どうして……!」



 どうしても何も、見た目と態度が悪いからだよ。

 ノーバディは真実を突き付けるのも気の毒で、目を泳がせた。



「あー……でも、美味い飯を作ってやっているんだろう?」


「ああ。他にすることもねえしな。おかげで料理スキルだけがみるみる上がっていく。ここに来るまで料理なんかしたこともなかったってのによ」



 自嘲するようにフジワラは唇を歪めた。



 征服派は装備品を大量生産するにあたり、プレイヤーたちに分業を呼び掛けた。

 征服派に所属するプレイヤーたちでそれぞれ特化したプラントを管理して、その生産物を交換し合うことで大量生産を可能とし、征服派全体を強化しよう! そして来たるべき守護派との決戦に備えるのだ!

 フジワラももっともな主張だと思い、この呼びかけに応えてリネンプラントの管理を割り振られた。重要拠点であるため、練兵場も隣接されていざというときの防備も万全だ。フジワラは自分が期待されていることを実感し、鼻が高かった。このプラントで強力な布鎧を量産し、守護派を蹂躙してやろうじゃないか!



 そのときフジワラは……いや、征服派は気付いていなかったのだ。

 守護派と戦わなくてはいけない理由など、別段存在していないことに。


 確かに初期段階ではプランテーションの土地と労働者を確保するために、周囲の守護派に噛みついて奪い取ったりはした。

 征服派という強大なる一大帝国を築き、新大陸に覇を唱えることを夢見ていた。


 しかし、やがて気付く。

 大量生産を行い、強力な装備品を量産したまではよかった。

 だが、それをどうやって海の向こうに持って帰る? 装備品を積むための船はどこにある? 航路はどうする?

 装備品の大量生産という成功は、旧大陸で待っているクランにそれらを届けることによってはじめて達成されるのだ。守護派と戦うことなんてどうでもよかった。そんなことよりも、守護派より先に船を造り、航路を発見することの方が本当は重要だったのだ。

 それに気づいた征服派は、慌てて船舶を作るためのプラントを建造し始めた。


 こうしてフジワラとこのプラントは征服派にとって注目に値しなくなった。

 いや、もちろん重要な拠点であることは確かだ。征服派が守護派に対して持っているアドバンテージは生産力と装備品の優越性にある。ここが守護派に奪われでもしたら大打撃をこうむるのは間違いない。いずれ旧大陸との連絡がつけば、そのときこそ装備品の生産拠点として輝くだろう。

 が、あくまでも現時点の最優先は船舶部品の生産拠点と港の確保だ。


 そして、プラントの管理者は本当にやることがなかった。

 コボルトは指示さえしておけば、監視するまでもなく勤勉に働いてくれるからだ。


 だからフジワラは暇つぶしに全力を費やした。周辺にコボルトを襲うモンスターがいると知れば自ら制圧しに行き、ついには根絶やしにした。危機から救われたコボルトたちが感涙にむせび、喝采と感謝の声を上げる中、フジワラは呆然とした表情をしていた。

 ああ、これでまたやることがなくなった。


 そんな彼の現在のマイブームは、料理だ。

 畑で取れた作物を手間暇かけて加工して、コボルトたちにふるまう。

 コボルトたちは美味しいものを食べている間、幸せそうな顔をしてくれる。それを観察するのがフジワラの生きがいになった。リアルで料理本を取り寄せ、ネットでレシピを漁り、貧相な食材のラインナップから少しでもおいしい料理を作れるように全力を費やした。

 ただただ寝て過ごすなんて考えは毛頭ない。常に何かをしてスキルLVを上げ続けていないと死んでしまうのがMMOプレイヤーというものだ。マグロの生きざまかな?



「はあ……征服派にも貨幣があればよかったのによ。そしたら大枚はたいてでもうまい食材を集めて、あいつらに振る舞ってやったんだが。買い物ができないってのは不便で仕方ないぜ」



 そう言ってフジワラは嘆息する。


 征服派では貨幣が誕生しなかった。

 いや、もちろんみんなこぞって貨幣を作って、流通させようとはしたのだ。

 しかし彼らの作ろうとした貨幣には、何の裏付けもなかったのでまるで価値がなかった。


 貨幣というものは、“信用”があってこそ初めて成立するのだ。

 誰もが価値を認めるものであって、その価値は簡単には変動せず、どこでも普遍的に使用できて初めて貨幣として流通する。

 発行する者の気分次第でいくらでも刷れたりしてはいけないものなのだ。それは簡単にインフレを招いてしまう、信用できない貨幣に他ならない。


 しかも征服派は一枚岩ではない。彼らはあくまでも旧大陸にひしめくクランからの先遣隊だ。旧大陸に帰れば商売敵なのである。そんな状況で他のクランが発行した貨幣を受け入れるなど、できるわけがなかった。

 現在の征服派でもっとも発言力があるのは<アキンズヘブン>から飛ばされてきたセヤカッテ・クロウという人物だが、彼は別に<アキンズヘブン>において重鎮ではない。末端の構成員がたまたまワープで飛ばされてきただけで、決断力やカリスマ性に欠けている。所属している<アキンズヘブン>が三大巨商だからなんとか征服派の中枢にしがみついているが、そうでなければ誰も彼の言葉には耳を傾けないだろう。

 <アキンズヘブン>が価値を保証する貨幣を征服派の基軸通貨とすべきという主張をしているが、それはあくまでも<アキンズヘブン>のスポークスマンとしての言葉でしかなく、魅力に欠ける操り人形の言葉をはいそうですかと受け入れる者は少なかった。


 そこへ行くと<ファイアホイール>の交換券は絶妙だ、とフジワラは思う。

 あれの価値を認めないコボルトなんていない。食べられるそばから消えてリサイクルされるので、価値も極めて変動しにくい。完璧に近い、非常に優れた貨幣だ。

 だからこそ征服派にとって危険だ。

 守護派のコボルトを魅了してやまない金のアップルパイの味を知られたら、征服派はコボルトの支持を失って瓦解しかねない。

 交換券が出回ろうとするそばから回収し、鋳溶かして銅鑼にしているが、果たしていつまで防ぎきれるだろうかと内心ひやひやしている。


 何しろ、彼が管理するリネンプラントは<ファイアホイール>の目と鼻の先にある。

 黄金のリンゴの樹が立ち並ぶアップルフィールドのすぐ西側が彼の勢力圏なのだ。

 こっそりと忍び込んだ平原で12本の神樹が金色の実をつけているのを見たときは、絶望のあまり表情が消えた。

 彼は知らないうちに、守護派の最重要拠点との水際に立っていたのだ。


 見方を変えれば貨幣流通の喉元に、練兵場という軍事拠点を伴って刃を突き付けているとも取れるのだが、こんな状況に追いやられている本人としてはたまったものではない。


 彼自身、料理なんてしてる場合かよと思わなくもないのだが、だからといって守護派に対して何かをできるわけでもない。下手に妨害工作でもしようものなら逆ギレして守護派全体が襲い掛かってくる危険がある。それは征服派と守護派の全面戦争の火種になりかねない。

 なんだってお互いの陣営の最重要拠点がノーガードで顔を突き合わせてるんですかね。

 そして、全面戦争となれば矢面に立たされるのはコボルトたちだ。

 フジワラは苦いものを口にしたかのような渋面を作り、静かに首を横に振った。


 そんなことは絶対に見過ごせない。

 自分たちが戦う分にはいい。どれだけ重傷でも痛みはなく、死んでもすぐ甦る。

 だがコボルトたちは違う。死んだらそれっきりの、ひとつしかない命だ。

 ましてや自分たち人間の都合で、コボルトたちを戦乱に巻き込むなんてできない。



「……コボルトってさ、今からでも武装を取り上げられねえのかな」


「誰にものを言っているんだ。私は練兵場の教官だぞ?」


「お前以上に誰がいるんだよ。直接コボルトを指導してるのはお前だろ」



 暗い顔で呟くフジワラに、ノーバディは溜息を吐いた。



「できるわけがないではないか。どのみちコボルトには自衛のためにも武装が必要だ。あの子たちをくそったれの虐殺厨や肉食モンスターの好きにさせるのか?」


「ああ、そうか。そうだな」



 数日前、虐殺厨が泣くまでボコボコに痛めつけたことを思い出し、フジワラは頷いた。

 面白半分にコボルトを殺戮して回る、いわゆる“生き物嫌い”なプレイヤー。ゲームのキャラだからと好き放題に無抵抗なコボルトを嬲り殺す彼らは、システム的には征服派に分類されているが、決して主流派とは相いれない存在だ。

 そもそも主流派はコボルトから搾取することはしても、無意味な殺戮を決して許容しない。コボルトは重要な“資源”であり、彼らを無駄に殺すことは征服派全体に対する反逆に他ならないからだ。


 だから彼らの悪行を認識次第、征服派は“猟犬”を放つ。

 フジワラも先日、ノーバディと共に“猟犬部隊”となることを命じられ、件の悪質プレイヤーを追い詰めて痛めつけた。具体的には何度も殺して相手のリスポーン地点を割り出し、最後にノーバディが持っていた溶岩バケツでリスポーン地点の洞窟を満たして、もう二度とコボルトを殺さないと泣いて誓うまで念入りに焼き殺した。

 なんでそんな物騒なものを持っていたのか、ノーバディは涼やかに笑うばかりで結局吐かなかったが。


 ああいった悪質なプレイヤーから身を守るためにも、コボルトには自衛できる戦力を与えなくてはならない。数日前にそう確信したばかりだというのに。



「……戦争は嫌か、フジワラ?」


「嫌だよ。俺一人が戦うのならいい。だがコボルトを巻き込むのはダメだ」


「そうか、私もだよ」



 涼し気にそんなことを言う教官に、フジワラはようやく今日初めての笑顔を浮かべた。それはいざとなれば指揮官として前線に立つ男への皮肉な笑いではあったが。


 ああ、まったくなんて理不尽なんだ。本当にめちゃくちゃだ。

 理不尽といえば、征服派そのものがそうだ。


 貨幣が存在せず、住民を労働させ、成果物を公共の利益の元に分配する社会。

 それは共産主義と呼ばれる政治形態だ。

 コボルトたちはみんながみんな、征服派のコボルトたち全員が幸せになることを信じて日々労働に勤しんでいる。それは共産主義の理想社会ではなかったか。

 マルクスが見たら拍手喝采し、レーニンは落涙するだろう。スターリンは地獄で樹を数える仕事に忙しいからそれどころじゃないな。


 まったく、なんで俺たちは経済をテーマにしたゲームで共産主義なんかやってるんだか。まあ、とにもかくにもだ。



「戦争なんかしたくねえよなあ。<ファイアホイール>だっけ? 東にいる連中がこのまま大人しくしてくれねえかな」


「相手次第だが、動くまいよ。向こうだってわかっているはずだ。ここと彼らが事を構えれば、征服派と守護派全体を巻き込んだ大戦争になる。まともな思考があれば、戦いたがるはずがない。そもそも我々と戦う利益は、向こうにもないからな」


「本当に、そうあってほしいもんだぜ」



 そう言って、重要物資生産プラントの管理者と練兵場の教官は力なく笑い合うのだった。




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 その日、隣のリネンプラントからタコスをおすそわけされたコボルト兵士たちは、予期しないタコスパーティーに喝采を上げた。



「わあータコスだタコスだ!」


「タコパっス! 楽しいっス!」


「このサルサっていうの、辛くておいしいッス!」


「リネンプラントの畑で育てられてるトマトとトンガラシを使ってるらしいッス」


「フジワラさんは料理上手ッス! こういうの作ってくれるから大好きッス!」



 キャッキャと騒ぎながらサルサソースをタコ生地に盛れるだけ盛り、コボルトたちは鍛錬でペコペコになったお腹にタコスを詰め込む。

 やがて彼らは丸くなったお腹をさすり、ころころとその場に大の字になった。



「はあー、お腹いっぱいっすー」


「毎日チャンバラして、お腹いっぱいご飯食べれて、本当に幸せっすー」


「フジワラさんや教官と出会えてよかったっすねー」



 そんな中で、誰かが言った。



「お隣のコボルトたちは、こんな楽しい生活ができないの可哀想っすね」


「そうっすね」


「チャンバラも楽しいし、タコスもこんなにおいしいのに」


「あいつらにも、僕たちの楽しさを分けてあげるべきじゃないッスか?」



 そして誰かが頷いた。



「それは、とてもいい考えッス」


「でしょ?」



 地獄への道は、善意で舗装されている。

 人類の歴史において数多くの事例が示すように、人類の子である彼らも、また。



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遅れてもうしわけない。

昨日短かったなーと思いながら書いてたら、昨日の2倍の文量になってました。

長いけど許して……。

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