第50話「コボルト農場の朝」

 征服派コボルト農場の朝は早い。

 お日様が昇るのと同じくらいの時間に当番のコボルトが金色に輝く銅鑼をかぁんかぁんと鳴らすと、宿舎に使われているテントから農民コボルトたちが起き出してくる。



「朝だべー! みんな起きるベー!」


「ふあぁ……まだ眠いべよー」


「いいから起きるべ。神様に叱られるっぺよ」


「働かざる者食うべからずだべ、朝飯食いたけりゃ働くべ」



 寝癖がついた毛を軽く掌で梳きながら、コボルトたちはのそのそと畑に向かう。

 彼らのプラントは複数の征服派プレイヤーが集落を潰して作ったもので、百人以上ものコボルトたちが共同生活をしながら農業に従事していた。



「おらたちコボルト~♪」


「大好きなのは甘いもの~♪」


「神様のためにえんやこら~♪」


「おいしいつぶつぶとうもろこし~♪」


「食べたきゃ働けえんやこら~♪」



 コボルトたちは歌いながら青々と実った作物の様子をチェックしていく。

 水を撒き、病気の苗は引っこ抜き、栄養が足りなければ追肥して、害虫を見つけたらむしって駆除する、そういう地味な農作業を繰り返す。


 このプラントで主に生産されているのはグレイトヘンプという名称の新大陸特産の植物だ。ヘンプというのはいわゆる麻のことだが、この作物は亜麻の一種らしく、極上のリネン繊維を精製できる。

 極上リネン繊維からは旧大陸産の金属鎧などよりも防御力の高い布鎧を生産することが可能なのだ。ついでに重量もめっちゃ軽いので、完全上位互換である。金属鎧より強力な布鎧って何なんだよ……と思ってしまうが、MMORPGの装備品はそういうものだと理解するしかない。追加コンテンツで実装された装備品の性能が従来の装備品を凌駕するのは当然のことなので。この繊維が旧大陸にもたらされれば、装備品にも大革命がもたらされることだろう。

 海を越えて持ち帰れれば、の話ではあるが。



 数時間が経ったころ、今度はプレイヤーが金色の銅鑼を鳴らして畑のコボルトたちを呼び寄せる。



「おい、犬ッころども! エサの時間だ、とっとと集まりやがれ!」


「わーい!」


「ご飯だべー!」



 農夫コボルトたちは短い尻尾をパタパタと振って、リヤカーの周囲に集まり始める。

 プレイヤーが引いてきたリヤカーの中に積まれているのは、山盛りの茹でとうもろこしだ。このプラントとは別のプラントから運ばれてきたもので、朝イチで採取されたばかりのものを塩水で雑に煮たものである。調理スキルがほぼ必要なく、LV1であろうと簡単に大量生産できるのがポイントだ。



「おい、ちゃんと行儀よく並べ! 配給は順番だ!」



 じゃらじゃらと銀アクセを大量にぶら下げたガラの悪いモヒカンプレイヤーががなり立てると、コボルトたちはささっと行儀よく列を作った。モヒカンの分際が行儀よくとか抜かしてんじゃねえよ。

 モヒカンからとうもろこしを受け取ったコボルトたちは、大喜びでそれにかぶりつく。



「うめえべ~!」


「とれとれのとうもろこしは甘いべな~」


「ちょっぴり塩味が付いてるのも甘さを引き立てるべ~」


「こんなうめえもんを毎日食わせてくれるなんて、神様は優しいべ~♪」



 ハグハグととうもろこしを食べるコボルトたちは、大喜びで尻尾を振った。

 別に品種改良とかしなくても新大陸のとうもろこしは最初からスイートコーン並みの糖度がある。特に獲れたてのとうもろこしの糖度は果実を軽く上回っているのだ。甘いものが大好物のコボルトをも満足させる魅力があった。



「このとうもろこしもぷらんてーしょん、ってやつで作られたんだべなあ」


「植物をでっかい畑でみんなでお世話したら、みんなが満足するだけの量を作れるんだべ。やっぱり神様はすごいべ~。おらたちが部族ごとに暮らしてた頃は、こんなに効率よく作物作れなかったべよ~」


「んだんだ。毎日とうもろこしを食べられるのも神様のおかげだべ~」



 けぷっと可愛らしくげっぷをしたコボルトは、モヒカンに向かってひれ伏して感謝を示す。



「いつもありがとうございますだ~。神様のおかげで飢えることなく暮らせますだよ~」


「お、おう」



 モヒカンは多少ひきつった顔で彼らの崇拝を受け取ると、視線を合わさずに頷いた。なんとなく居心地悪そうである。



「ところで神様、お昼ご飯はなんだべ~?」


「ちっ……タコスだ」



 舌打ちしながら発せられたモヒカンの言葉に、コボルトたちがどよめきを上げる。



「わーい! タコス大好きだべ~!」


「あれもうまいべな~!」


「ええい、はしゃぐな犬っころども! 食いたけりゃこの後もきびきび働け!」


「はーい!」



 コボルトたちにエサを支給したモヒカンは、食べつくされた芯を載せたリヤカーを転がして去っていく。

 こうして毎食コボルトたちにエサを配るのだけは、管理者である彼の仕事だった。別にエサの配給もコボルトに任せてしまってもいいのだが、それだと本気でプレイヤーにやる仕事がなくなってしまう。

 一応名目上は管理者の仕事はエサの支給とコボルトの監視ということになっているのだが、コボルトは監視などなくても勤勉に働いていた。人間の奴隷ならなんとかして手を抜こうとするものだが、人間であるプレイヤーの予想とは裏腹にコボルトは命じられた仕事になんら不服を言うでもなく、どれだけ単調な仕事だろうが重労働であろうが、手を抜くことはなかった。

 むしろ楽しみながら作業に臨んでいるし、1日3食の食事にも大喜びで過ごしていた。

 一応彼らはプレイヤーの奴隷という扱いなのだが、特にその待遇に不満があるわけでもないようだ。



「いやあ、ここは天国だべなあ」


「んだんだ」



 食事を終えて作業に戻っていくコボルトが呟いた言葉に、別のコボルトが頷いた。



「レッドキャップみてえな危ない魔物は神様が退治してくださるし、狩りに失敗してその日飯抜きで飢えることもねえべ」


「農業は楽しいし、効率もいいべよ」


「神様は効率がいい仕事ができるように整えてくださるから助かるべ~」



 モヒカンに管理されている農夫コボルトたちは、彼に本気で感謝していた。


 何しろ彼が現れる以前、コボルトたちの生活は熾烈な生存競争の中にあった。

 コボルトの毛皮と血で赤い帽子を作る猟奇生物レッドキャップをはじめ、コボルトをおいしいエサだとしか認識していない新大陸のモンスターの襲撃。狩りの対象となる草食モンスターもいずれも高レベルで、原始的な弓矢では倒すのが困難。農業をやるにしても技術が未熟で、あくまでも狩りの不足を埋める程度しかできず、彼らは食料問題に悩まされていた。


 大地に根差した狩猟生活、といえば現代人にとって聞こえはいいだろうが、要は明日飢えやモンスターの牙で死ぬかもしれないサバイバルライフだ。弱き者は淘汰されるしかない食物連鎖に組み込まれた生活を余儀なくされる。


 ところがモヒカンたち征服派プレイヤーが現れると、状況は一変した。

 確かに彼らは部族を解体し、コボルトたちを弱者として蔑み、日々労働に従事させた。しかし、コボルトたちはそれでモンスターの危険から遠ざけられ、毎日の糧を安定して受け取ることができるようになったのである。

 プレイヤーたちをまさしく救いの神として崇めるのも当然のことと言えよう。


 もちろん神々は恐ろしい一面もある。

 何しろコボルトたちを悩ませてきたモンスターを一方的に駆除し、巣を焼き払って根絶するだけの戦闘力を持っているし、機嫌が悪いとコボルトを殴りつける者もいる。他の集落からきたコボルトによれば、コボルトたちを集落ごと虐殺した邪神もいるらしい。

 しかしプラントを管理する神々は、礼拝して敬ってさえいれば無駄にコボルトに危害を加えることもないということを、コボルトたちは学習していた。



「さ、あっちの畑の麻は収穫しどきだべ」


「んだんだ。午後までは収穫して、昼飯食ったら精製してリネンにする作業だべな」


「神様が手本を見せてくれたから、おらたちにもまねっこできるべ」



 コボルトたちはワイワイと楽しそうに過酷な農作業へと戻っていく。

 ふと、その中に雑談が混じった。



「……ところで、知ってるべ? なんか守護派の集落で、アップルパイってのが出回ってるらしいべ」


「アップルパイ? なんだべ、そりゃ」


「なんかすっごく甘くておいしい食べ物だって」


「ああ、なんか交換券ってのがあったべな。金色のきらきらした板だべ。うちの神様が集めて鋳溶かして、銅鑼にしちまったけど」



 目覚ましやエサやりの招集に使われる銅鑼に、悲しき過去……!


 農夫コボルトたちは、不思議そうな顔で小首を傾げる。



「でもよう、とうもろこしも甘くてうまいべ」


「タコスもおいしいべな」


「それに守護派っていうけど、うちの神様だっておらたちをモンスターから守ってくださってるべよ? 何が違うんだべ?」


「さあ? おらもわかんねえっぺ」


「おらたち、今の生活に不満はねえべ。今の暮らしを捨ててまでアップルパイってのを食べたくもねえっぺよ」


「んだなあ」



 そう言ってコボルトたちは笑い合い、楽しい作業へと戻っていくのであった。


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すみません、今回ちょっと短かったので明日も投稿します……。

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