第48話「三邪神、アップルフィールドにて記念撮影」

「いやーお待たせして悪いね。どうもどうも、うちの女神様の銀行員兼広報担当になったグレイマンです」


「はあ。……はあ?」



 個別面接から戻ってきたミスター納豆からそんな挨拶をされて、スズナは目をぱちくりさせた。

 自分より後から来た奴がいきなり権力中枢にがっつり食い込んでる……!


 そもそもスズナがカズハを探して旅してきたのは、コボルト愛を語り合うためだけではない。新貨幣という最強の儲け話に誰よりも先に一枚噛むためだ。自分の能力にそれなりに自信のある彼女は、よもやこんなうさん臭さの塊のような糸引き納豆スマイル男に先を行かれるとは思っておらず、どういうことなのかとカズハを見やった。


 が、駄目……! カズハはふんすと胸を反らしてグレイマンを見ている。



「それで貴女の処遇ですが……」



 いけっ! 我がスポークスマン! 言葉の暴力でなぎはらえー!



「大歓迎です! うちの女神様は友達がいないので、ぜひ仲良くしてあげてください!」


「あれえ!?」


「ワーイヤッター!!」



 カズハが嘘つき野郎に目を剥くと同時に、スズナが歓声を上げながらカズハに飛びついてきた。そりゃもうギュンという残響音を残す勢いで手を取り、ぶんぶんと上下に振っている。



「裏切ったな! 初手から裏切ったなお前!!」


「ハッハッハ、私に裏切るなというのはナマケモノに怠けるなというようなものだと言ったじゃありませんか」


「早えよ! もうちょっと信用させてから裏切れよ!! 具体的にはこの子なんとかしてから裏切ってよ!!」


「いいじゃないですか、仲良くしましょうよ!」


「そうですよ、仲良くしてください。あ、この子はツンデレ気味なのでそっけない態度を取ると思いますが、気難しい子猫だと思って構い続けるといいですよ」


「はーい♪」


「裏切者めがーーーっ!!」



 たった3人しかいないのに、早くも人間関係がカオスじゃねえか。

 グレイマンについてきたコボルトは、額を押さえて溜息を吐いた。




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「これが交換券の材料の金のリンゴですか……!」



 黄金の実をつける大樹を見上げながら、スズナは驚嘆の声を上げた。

 真っ白な幹から伸びた枝先に金のリンゴを実らせる威容は、到底この世のものとは思われない。北欧神話に伝わる、神々に永遠の若さを与えるという黄金のリンゴの樹はあるいはこのようなものなのか。

 この地の原住民たるコボルトにとっては至高の美味の源であり、人間にとっては貨幣の源でもあると思えば、まさしく神樹という他ない。

 この平原にはこのような神樹が12本も点在しており、制した者に無限の富をもたらす地となっていた。



(こんな神立地を見つけ出して、誰よりも先に支配するなんて……。この子、発想力だけでなくとてつもない強運の持ち主……!)



 仲良く一方的におててをつないだカズハを、スズナはまじまじと見つめた。


 すみませんね、この神立地は養殖モノなんですよ。

 まさかこのコミュ障女神が数週間前にワールドを震撼させたデュプリケイターを拾ったとはスズナはさすがに気付いていないし、ましてや神樹を雑に増やすという罰当たり行為をして目の前の光景を作ったとも思うわけがない。


 これからのファイアホイールには必要だからとグレイマンに説得されて、貨幣の元になる金のリンゴまで案内したカズハだが、デュプリケイターのことは決して口を割る気はないし、コボルトたちにも神樹を増やしたことは固く口止めしてある。


 まあコボルトが口を割ることは絶対にない。元々コボルトたちは黒の女神と同程度に自分たちに実りをもたらしてくれる神樹を崇めていたが、カズハが神樹を増やしたことで信仰は完全に黒の女神に傾いていた。黒の女神にとっては神樹は雑に増やせる程度のものでしかないのだ。


 一方、スズナにおててを握られたカズハは、とてつもなく嫌そうな顔をしていた。

 ぐいぐいパーソナルスペースに入って来られるのが不快だし、何よりスズナのことをロリコン中年おじさんの擬態だと思っているからだ。人間に化けて獲物を狙う系のクリーチャーが懐いてきているという気分で、ニコニコとあどけない顔で手を握ってくる美少女を見ている。



「なるほどねえ。こりゃ面白い作物だ」



 うんしょうんしょと金のリンゴが入った籠を背負って樹から降りてきたコボルトからひとつもらって、グレイマンは指先で金のリンゴを弾いた。キィンと澄んだ音を立てるのを見て、こりゃ生でかじるのは無理だなと肩を竦める。



「それで、キミは交換券をどうやって改良する気?」



 何度手を振り払おうとしてもしつこく握り直してくるスズナに辟易しながら、カズハはグレイマンに尋ねる。



「そうですな、まずはちゃんとした鋳型を作りましょう。まだ技術的に金型は作れないから、砂型でやるのがいいでしょうな」


「うん、あの交換券もそうやって作ったからね」



 原始的な鋳型というのは砂を固めて作るというのは、銀華が教えてくれたのだ。

 粘土を混ぜた砂で四角い穴を作り、そこに金のリンゴの皮を融解させて流し込み、文字を彫り込めば交換券の完成となる。もちろんカズハひとりでやるのは物量的に限界があったが、コボルトたちは教えられればその工程を完全にトレースできた。

 コボルトたちの学習能力は非常に高く、一度教えればどんな技術でもあっさりとモノにできてしまうのだ。カズハがあっという間に交換券を流通させられた理由がこれだった。まさしく生きたリモート・マニュピレーター作業機械。中身はAIなのだからそりゃそうだ。


 単調作業を延々やらせることになるので目が死なないかとカズハは心配していたが、コボルトたちはどれだけ単調な作業でもつまらなさそうな顔をすることはなかった。むしろ遊びでもするようにキャッキャと喜んで作業に臨み、それが効率的であるほど目を輝かせる傾向にあった。

 おそらく征服派の元でプランテーション農業に従事させられているというコボルトたちも、似たような感じで作業を楽しんでいるのだろう。



「簡単に真似ができないよう、細かい意匠を施した鋳型にしましょう。少しは贋金の妨げになります。それから製造ナンバーを焼き入れます。同じ数字のものが大量に持ち込まれたときに、それを弾くことができますからな」


「でも遠隔地で流通してる贋金を止めることはできませんよね? だって遠隔地にいるコボルトたちは、何が本物か知らないんですから」



 カズハの手を追いかけていたスズナが、口を挟んでくる。

 彼女の言う通り、贋金の抑止は扱う者が本物の貨幣がどういうものか知っていて初めて成立するものだ。極端な話、そこらの木片を四角く切って「これが巷で流通している交換券だよ」と言われたら、本物の交換券を見たことがないコボルトはそれを信じてしまうだろう。



「集落にひとつずつ見本を配り、保存させるのですよ。集落を支配するプレイヤーでも取り上げられないように強く言い聞かせて、これとそっくり同じものじゃないとアップルパイとは交換してくれないよと教えれば、粗雑な贋金は彼ら自身が弾くようになります」


「なるほど。その見本が置かれている場所までが私たちファイアホイールの経済圏ということになるわけですね」


「左様ですな」



 スズナの言葉に頷くグレイマンに、カズハは白目を剥いた。



「……この子今、私たちファイアホイールって言った」


「それが何か?」


「ハハハ、女神様は諦めが悪いですなあ。りんご族の村を嗅ぎ付けられた時点で、もはや味方に抱き込むという選択肢しかなくなったのですぞ。頭ではわかっておられるのでしょう、大人しく飲み込みなされ」


「感情が拒絶反応を起こしてるんだけど!?」



 手を振りほどこうと暴れるカズハの手を、スズナはがっしりと握り込んだ。

 その目はこの子猫可愛いなあ♥と言っている。こんな絶望的な百合ップルある?


 スズナはカズハの可愛さを存分に愛でながら、視線を向けずにグレイマンに口を開く。


「ところで、私はこのアップルパイ本位経済には致命的な弱点があると見ています」


「ふうむ? なんですかな」


「アップルパイは生ものということですよ。それを徒歩で美味しいまま持ち帰れる距離までしか運べないし、冷蔵技術も輸送技術もない。だから向こうから食べに来てもらう他ないけど、それもモンスターに襲われるという危険を伴います。この通貨を新大陸中に広めるにしても、その弱点をどう解決しますか? 銀行家さん」


「ああ、そのことですか。確かにそれは私も懸念していましたが、こいつを見て打開策が見つかりましたぞ」



 そう言って、グレイマンは金のリンゴを掌の上で転がした。



「女神様。このリンゴ、加工しない状態でなら結構長持ちするのでは?」


「あ、うん。そうらしいよ。皮を剥かない状態ならいつまでもおいしい保存食として、遠くの村まで需要があったんだって」


「ならば問題は解決です。この状態で遠隔地まで運び、現地で調理して交換に応じればいい。そうすれば経済圏を広げられるでしょう」



 おお!とスズナがグレイマンに視線を向け、感嘆の声を上げた。



「なるほど! 銀行の支店を開設するわけですね!」


「左様です。もちろん銀行自体が他のプレイヤーに襲われないように武装させ、金のリンゴの輸送ルートも確保しなくてはなりませんが」


「その支店1号店は、ぜひ私に任せてください! 輸送ルートも確保できるよう、私がコボルトたちに武装させます」


「ふうむ。貴女にできるのですかな?」


「もちろん! 任せてください、私はこう見えて武闘派なので!」



 スズナはえへんと薄い胸を張り、自信たっぷりな顔をしている。



「頭も切れる武闘派って、インテリヤクザってことぉ?」


「私のような可憐な女の子を見てどうしてヤクザって単語が出てくるのかわかりませんが、ぜひ私を頼ってください女神様!」


「はっはっは、なーに。国家というものの本質はヤクザですよ。他のプレイヤーをどかして我が意を通すためには暴力に長けた者が必要なのです。加えて頭もいい者が創設に携わってくれるのなら、ありがたいことではありませんか」



 誰も聞いてないと思って好き放題言いやがる。



「国家はヤクザ……意思を通すには暴力が必要……」



 カズハのそばで聞き耳を立てていたチッキが反芻するのを見て、グレイマンについてきたコボルトががしっとその腕を握り、首を横に振った。



「やめろ、あの神の言うことは聞くな」


「えっ、でも神様だし……」


「あれは悪神だ、耳を貸すと心を乗っ取られるぞ」



 ナイスゥ! 神との付き合い方をよく理解しておられる。


 グレイマンについてきたコボルトの少年は、自分がチッキの腕を握っているのに気付くと、慌ててぱっと手を離した。



「ご、ごめん。痛かったか?」


「ううん、大したことないよ」



 そう言いながら白い毛に包まれた腕をさするチッキの姿に、コボルトの少年は頬を染めてどぎまぎとそっぽを向いた。


 パシャパシャパシャパシャ!!

 その2人のやりとりを目ざとく見ていたスズナが、両手で四角くフレームを切り取りながらスクショを撮りまくっていた。



「いい、いいよー! そのやりとり尊い! ああ~またコボルトちゃんコレクションが増えるんじゃ~!!」



 カズハとグレイマンも、ニヤニヤして自分のおつきを見ている。



「な、なんだよっ! 神様たちは神様同士でお話してろよっ!」


「もう、神様になんて口のきき方するの! あなたも神祇官なら、ちゃんとわきまえないとダメでしょ!」


「え……? 俺が怒られるのかよ……」



 チッキに叱られた少年が、しょんぼりと耳を伏せる。

 その様子に、一層興奮してパシャりまくるスズナ。

 カズハもちゃっかりとチッキと少年のツーショットを写真に残すことにした。



 パシャッ。



 こうして銀行支店の創設という、のちの新大陸経済の根幹となる大政策はスクショの撮影音と共に幕を開けたのだった。

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