第46話「弟子の押し売り、ご用心」
「あの神様、ようやくお出かけなさったべか」
「変な神様だったべなあ」
ファイアホイールから離れた集落で、狩りを終えたコボルトたちはのんびりと世間話に興じていた。
話の肴にされているのは、つい昨日まで集落に滞在していた奇妙な
それはもう変な神様だった。まず、コボルトたちを見ても何もしようとしない。
コボルトたちも最近あちこちに神様が現れては、部族を実質的に支配していることは知っているのだ。それが征服であれ、守護であれ、アプローチが違えど支配していることには違いない。征服であれば彼らを脅して働かせ、守護であれば彼らに文明と技術を与えて働かせる。違うのは財産が支配者個人に帰属するか、コボルトたちに帰属するかだ。
ところがこの神様は奪いも与えもしない。
コボルトたちの言葉に興味を抱き、ひたすらその言葉を書き留めていくばかりだ。おかげで言葉はペラペラになったものの、肝心のその言語スキルを支配に生かさなかった。
何に使ったかといえば、もっぱら遊びだ。球を転がして棒を倒す遊びとか、小さな矢を投げて的に当てる遊びとか、ゴム毬を蹴っ飛ばす遊びとか、そういうことばかりコボルトに教えて日がな一緒に遊び惚けていた。
「他の部族に来た神様は土を耕して食い物を作る方法とか、水車とかいう大きなものを川に作って小麦を粉にする方法とか教えてくれたんだべ?」
「それかおらたちがいっぱい働けるように、ぷらんてーしょん? とかいうのを作って管理してくださるかだべなあ」
「そういう役に立つことはなーんも教えてくれなかったべ」
しかしコボルトたちはあの神様のことを嫌いではなかった。
子供たちは神様を慕って後を追いまわし、神様が教えてくれる遊びにきゃっきゃとはしゃいで喜んだものだ。
大人たちはごく潰しの神様を困ったものだと見ていたものの、その飄々としてとらえどころのない悪く言えばいい加減な性格は、別の側面から見れば日々を愉快にしてくれた
そんな神様が集落を離れると宣言したのはつい先日のこと。
隣村のコボルトが持ってきた金色の交換券を見た彼は、交換券を発行している女神様に会いに行くと言い出したのだ。
会ってどうするのか、とコボルトたちは思う。黒の女神様はコボルトたちに多くの実りを与えてくれる、それはそれは立派な神様だ。日がな一日遊び惚けているだけのごく潰しの神様が会いに行ったところで、足を引っ張る未来しか見えない。
そもそもあのちゃらんぽらんな神様が黒の女神様のところまでたどり着けるのだろうか? 途中でふらふらと興味を引かれたものについていって、迷子になるのではないか。
そんなわけで神様を心配した村の若い者が、案内兼お目付け役についていくことになった。神様がふらふらと迷子にならないように、ちゃんと引っ張って行ってあげるのだ。
プレイヤー多しといえども、コボルトたちに迷子を心配された奴はそうそうおるまい。
「ちゃんと迷子にならずにたどり着けたらいいべなあ」
「んだんだ。後はちゃんと無事に帰って来てくれればええべ」
「あの神様がいねえと、子供たちが寂しがるからよう」
そう言って、コボルトたちは笑い合ったのだった。
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「黒の女神様、弟子にしてください!」
「えぇ……」
突然押しかけてきたプレイヤーに、カズハは心底嫌そうな顔を向けた。
アップルパイ交換券がバラまかれてから多くの守護派が犯人探しに乗り出したが、カズハの元までたどり着けた者はそう多くはなかった。
コボルトたちに交換券を渡すとき、女神様は恥ずかしがり屋だから
そこでプレイヤーたちは自分の手でカズハを探そうとしたが、多くの者は鉱山を持つプレイヤーが犯人だろうとアタリをつけた。リンゴの皮から金属ができると想像できた者はいなかったようだ。そりゃそうだ、想像出来たらちょっと頭がどうかしとる。
プレイヤーたちは近隣に鉱山を持つ者はいないかと探りを入れたが、結局犯人が見つかることはなかった。そもそも彼らだって手探りの状態で、ようやく自分のコボルトたちを農業体制に移行させたところなのだ。自分たちが新大陸のどこにいるのかもわからないし、征服派が近くにいればそちらに警戒する必要もある。
黒の女神の居所は気になるが、近隣にいないか調べることくらいしかできない。
いずれ詳細な地図が作られるくらいに新大陸の状況がわかってきたら、黒の女神の居所も明らかになるだろう。
ほとんどのプレイヤーは、そこで捜索を打ち切って目の前に山積みになった自領の問題へと忙殺された。彼らには自領を放置してまで黒の女神を探す理由がなかった。
しかし目の前のプレイヤーは違った。
アバター名はスズナ。やや紫がかった艶のある黒髪を腰まで伸ばした人間の少女で、あどけない顔立ちをしている。背中には天使のような翼がついたランドセルを背負っていて、これは短時間の飛行能力を付与する効果があった。ただデザイン的に似合うアバターが限られているのであまり人気はない。ぶっちゃけ装備を許されるのはロリ系美少女アバターくらいだろう。目の前の彼女のように。
スズナには黒の女神を探さなくてはならない明確な理由があり、捜索の手を決して緩めることはなかった。四方八方のコボルトの部族を自ら訪ね、拝み倒して物で釣り、ついに黒の女神の元までたどり着いたのだ。
りんご族の集落に設けられた自分のテントで事務仕事をしていたカズハは、アポなしで突然やってきたこの少女に押しかけ面接を受けることになった。
スズナは自分の胸の前でぎゅっと拳を握り、意気込みを力説する。
「私はコボルトちゃんが大好きなんです!! コボルトちゃんたちのもふもふの中に埋もれて仮眠するのは天国ですし、愛らしい笑顔を見てるのが最高に幸せです!!」
「あ、はい」
意気込みというかやべー奴じゃん。
語るのが弟子入り動機じゃなくてコボルト愛じゃん。
「コボルトちゃんいいですよね!! 特に頭に花冠を載せてあげたときが最高に可愛いと思いませんか!! 私は思います!! 写真フォルダがコボルトちゃんでいっぱいになってきて、この前サイズ調べたら4GBありました!! これからもっと増えます!」
「はい」
お前フラワーじゃん。
「コボルトちゃんは地上最強にカワイイ!! 黒の女神様もそう思うでしょう! 思いませんか!!」
「それは思う……」
「ですよね!!! 貴女なら同意していただけると思っていました!!」
フラワーもといスズナは、黒の女神というコボルト愛同志の前でふんすっと鼻を鳴らす。お前『ふーむ……これは見極めないといかんな』とか意味深な書き込みしてたけど、黒の女神のコボルト愛を確かめにきたんか?
ただでさえ人見知りなカズハは、異様に圧の強いコボルト信者に気圧されてすっかり怯えてしまっていた。先ほどから相槌マシーンになっている。
正直いきなり乗り込んできてコボルト愛を絶叫する人間はかなり頭おかしいので早く帰ってほしい。見た目が深窓お嬢様系のロリでも怖いものは怖い。というか、VRMMOでロリキャラ美少女をアバターに選ぶ手合いは大体中身がロリコンのオッサンなので深入りしてはいけないと体験則が刻まれている。ロリ美少女の中の人も美少女なんてケースはほぼないのだ。
カズハだってお姉ちゃんの趣味だから人間の女の子アバターなだけで、特に縛りがなければ男の子か獣人をアバターに選んでいた。
まあそれはそれとして、ロリキャラには警戒が必要だ。特に仕草があざといロリキャラを見かけたら用心せい。往年の非VRなら口調を演じるだけでロリキャラになりきれたが、VRでは細かい仕草まで気を配らなくては擬態がままならない。そしてそこまで演じきれる手合いはもはや魂がロリキャラであって、つまるところやべー奴なのである。
じゃあ推定ロリコン中年の上にコボルト愛までインストールしていたら? 超やべー奴だよ。
そんな超やべー奴に押しかけられたカズハは、彼女がまくしたてるコボルト愛を真っ青な顔で聞かされていた。
「ですので! 私はコボルトちゃんの心からの笑顔が見たいんです! だからアップルパイを焼いてコボルトちゃんを笑顔にしたい!!」
お、やっと本題に入ってきたぞ。
スズナはぎゅっと拳を握りしめ、苦悩の表情を浮かべた。
「……だけど、私にはコボルトちゃんを笑顔にできなかった。方々の集落を訪ねて素材を集め、コツコツと料理スキルを上げてようやくアップルパイを作れるようになった。だけど、アップルパイを食べたコボルトちゃんたちは心からの笑顔を見せてはくれなかった。確かに笑顔は見せてくれた! でも! 『これはこれでおいしいけど、なんか違うなあ』……そんな微妙な
「えぇ……?」
「なので、弟子にしてください! 私も金のアップルパイを焼いて、コボルトちゃんを笑顔にしたいんです!!」
「そんなこと言われても……」
カズハにとっては青天の霹靂としか言いようがない。
別にカズハは大したことはしていない。単に錬金術スキルで作った普通のアップルパイだ。違いがあるとしたら金のリンゴを使っていることくらいだろう。
なので素直に教えてあげた。
「うちで取れるリンゴで錬金術スキルを使って作れば簡単に作れる……」
ごにょごにょ。
蚊の鳴くような声で呟くカズハに、スズナはずいっと身を乗り出した。
「錬金術でアップルパイを!? なるほど! それとリンゴに秘密があるんですね!」
「秘密ってほどでも……」
いや、秘密だ。
金のリンゴでコボルトの好みドンピシャのアップルパイを作れることはともかく、金のリンゴの皮で交換券が作られていることは大きな秘密である。これだけはバラしちゃいけないとお姉ちゃんにも重々言い含められていた。いずれどうしたってバレるとしても、可能な限り秘匿しなくてはいけない。
「貴女のリンゴ、どうか譲っていただけませんか! もちろんタダとは言いません、私が供出できる資源となら何とでも交換します!」
「ええと……それは……」
カズハは目を泳がせた。
ここで金のリンゴを渡すのは絶対にまずい。皮を剥いて渡せばいいのかもしれないが、鑑定スキルを使われると説明文から金の皮を持つリンゴだということがバレてしまう。そうなると交換券の材料に行き着くのにそう時間はかかるまい。
断固として突っぱねたいところだが……。
「ぁぅぁぅ……」
カズハは見知らぬ人間の前では途端にポンコツになってしまうのだ。
誰も見てないところだと最高にイキってるんですけどね。
こうもぐいぐい押されると、押しの弱いカズハはたじたじで拒否することができない。困り切った顔で、カズハはテーブルの上に視線を落とす。
釣られてテーブルの上の紙を見たスズナは、ふぅんと喉を鳴らした。
「……さすがは黒の女神様。誰よりも早く地図を作り上げているのですね」
「!」
カズハは慌てて地図を手に取ると、見えないようにぐるぐると巻き取った。
そう、カズハが今やっている事務仕事。それは地図の編纂だった。
アップルパイ目当てに
どこに山があって川があり、他の集落はどこにあってそれは征服派なのか守護派なのか。一人一人の持つ情報は断片であっても、それらを集積すれば大きな情報となる。大勢のコボルトたちから聞き出した地理情報を図面にまとめればそれは地図となる。
そして地図とは非常に重要な戦略資源だ。現代のようにそこらの書店やネットで簡単に誰でも地図が手に入る時代だとピンとこないかもしれないが、戦略を練るうえでこれ以上に役に立つものはない。なんなら現代でも軍事上の重要拠点のありかは地図に記載されることが禁止されているほどだ。
<ファイアホイール>において金のリンゴと同程度に秘匿しなくてはならない重要資源、それが新大陸地図なのである。
まずい、バレた。
カズハは内心で冷や汗をかく。
貨幣の鋳造がバレるのはまあいい。いずれはバレることだし、バレたところで問題はない。だってその頃には既に守護派に貨幣が普及してしまっているから。
一度普及した貨幣を止めたら、困るのは守護派だ。
新世界の造幣局となることで、守護派にとって絶対に潰せない存在となる。
それがカズハとエコ猫の立てた、最強の生存政略だった。
だが、地図はまずい。
貨幣を作っていることがバレても攻めてくるやつはそうはいないだろうが、地図だけはまずい。これはどうあっても奪い取る理由がある。
スズナはにっこりと笑顔を浮かべると、背中に手を回してとんっと軽く一歩を踏み出す。
「貴女が用心深い方だということは知っています。だってコボルトちゃんたちに所在を口止めして、今も【ステルスネーム】で名前を隠されているくらいなんですから。でも、おひとりですべてを回すのは困難ですよね? 私みたいに予期しない来訪者が凸ってきたら、こうして簡単に秘密が露見しちゃう。でも、大丈夫。私がお味方しますよ。自分で言うのもなんですが、こう見えても結構有能だと思うんです」
「……」
地図を後ろ手にして椅子の上で身じろぎするカズハに、スズナは笑顔のままずいっと身を乗り出してくる。絶対に逃がさないぞと言わんばかりの勢いで。
「私を弟子にしてくださいますよね?」
「それは……」
そのときだった。
「少々お待ちください。そういう押し売りの仕方は感心できませんな!」
「! あなたは!」
テントの出入口をずいっと押し上げて、一人の男が入ってくる。
場違いなシルクハットに、スーツを着込んだ若い男。丁寧に撫でつけられたグレーの髪とうさんくさい笑顔が逆光に照らされる中、彼はワンドを握った手でシルクハットをちょいと持ち上げた。
「……誰?」
「って女神様も知らないんですか!?」
胡乱気なカズハの声に、スズナは目を剥いた。
そんなカオスをもたらした帽子の男が愉快そうに哄笑をあげる。
「ふははははははははははは!!! 御機嫌よう、通りすがりの銀行員です! 君の作った貨幣には不備がある、私が完璧なものにして差し上げよう!」
あーもう、どうしてくれんだよこのカオス。
名状しがたい惨状に、彼を案内してきたコボルトがそっと目を覆った。
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