第42話「グリーンキャップにしてやらあ!」

「味付けどう? 濃くないかな」


「ううん、おいしいよ! 今日は運動もしたから、味が濃いくらいがうれしいな」



 銀華の作った晩御飯がみるみる千幸のお腹に消えていく。

 引きこもりとはいえ育ち盛りの中学生、千幸は割とよく食べる方だ。家の中で少々運動させるようにしているので、不健康に太っているということもない。


 おいしそうにパクパクとご飯を頬張る妹を見ながら、これだけおいしそうに食べてくれると作り甲斐もあるなーと銀華は頬を緩ませた。

 まあ作ったといっても、彼女がやったのは野菜の皮を剥いてお肉をパックから取り出し、調味料を投入するだけだが。今どきの調理マシンは材料さえ投入すれば、AIが全自動でおいしい料理にして出してくれる。洗浄までやってくれるので本当に手間がかからない。

 親が遺してくれたこの物件は執事AIが料理、掃除、洗濯と家事を全部やってくれるので大変助かっている。そうでもなければ、学生にして重度のMMO廃人の姉妹の生活は早々に破綻していたことだろう。



「今日の冒険はどんな感じ?」


「今日はねー、レッドキャップの巣を潰してきたよ!」



 ピーマンの肉詰めで白米をかっこみながら、千幸はニコニコと笑顔で物騒なことを口にする。

 レッドキャップというのは、チッキを襲っていた赤い帽子を被った小鬼のことだ。

 コボルトたちによればあの小鬼は彼らの天敵と言えるモンスターで、彼らの狩場を荒らして餌となる弱いモンスターを根こそぎ狩り尽くしていく。おかげでコボルトたちは食事に困窮するし、レッドキャップは食えば食うほど数を増やしていく。


 まだ集落が襲われることはないが、一人で外に出た女子供が襲撃されることはある。チッキも集落近くの洞窟にある祭壇を手入れしようとしたところを襲われたそうだ。このくらい集落に近いなら一人で出歩いても平気だろうと思ったとのことだが、結果は知っての通り。この分だとファイアホイール村がレッドキャップの大群に襲撃されるのも時間の問題だったのだろう。

 コボルトを襲ってどうするのかというと、毛皮を血で染めて彼らのシンボルである赤い帽子を量産するのだそうだ。ふざけやがって。


 当然こんなモンスターを放置しておけるはずもない。

 カズハは狩人をしているコボルトたちを引き連れると、森にある奴らの巣を強襲した。やることは簡単、例によってヒッポちゃんに騎乗してピーちゃんに歌ってもらい、その歌声に誘われてのこのこと巣穴から出てきたレッドキャップを手あたり次第に轢き殺す。


 本来のレッドキャップは、森の中での隠密を得意とする凶悪なモンスターだ。視界の悪い木々の中に潜み、鋭利な刃物や毒を塗った弓で襲撃する。襲われる側にしたらどこから奇襲されるかわかったものではないし、木々の間に隠れているから広域魔法でまとめて始末することも難しい。しかも不利になったら逃げるので根絶させることも困難。

 雑魚モンスターの代名詞・ゴブリンのような見た目をしているが、その本質は森に潜む暗殺者集団だ。とにかくタチの悪いモンスターなのである。


 しかしカズハにはそんなこと関係ない。森の近くでファッキン死神バードが歌えば、その歌声に誘われてブチギレてのこのこと森から出てくる。木々の間に隠れられない彼らなど、まるで怖くない。ただのカカシですな。

 いや、カカシと呼ぶには凶悪な面相をしているし、ギイーーッと耳障りな絶叫を上げながら刃物を手に飛びかかって来たり、弓で撃ち落とそうとしてくるのでまだだいぶヤバいモンスターなのだが。しかもどんだけ繁殖していたのか、100匹以上は軽くいた。対してコボルトは女子供含めて30人ほどしかいないので、本当に危機一髪だったのかもしれない。コボルトが平原を棲み処にしているのでなければ、あっという間に滅ぼされていただろう。



「ほらみんな、見てないで撃って撃って! ボクが惹きつけている今がチャンスだよ!」



 戦車カバが次々にレッドキャップを肉塊に変えていくのを唖然とした顔で見ていたコボルトたちは、カズハの言葉にハッとして弓をとった。思い切り引き絞って矢を放てば、カズハにヘイトを奪われているレッドキャップたちの後頭部がパァンとスイカのように弾ける。ビューリホー……!

 何がレッドキャップだよ、お前らに流れる緑の血でグリーンキャップにしてやるぜ!


 コボルトたちが弓で自分たちを狙っていることに気付いたレッドキャップがギャッギャッと声を上げて仲間に注意を促し、数匹が襲撃者たちに凶悪な面相を向ける。



『何なのどこを見ているの? ピィが歌っているのに失礼しちゃうわ無礼だわ! ピイの歌だけ聴いていてピイの方だけ向いていて! 素敵な華麗なコンサートはまだまだ続くの続行よ!』



 しかしピーちゃんにすぐさまヘイトを強引に奪われ、タゲをカズハに向けられてしまう。当然コボルトたちからしたら隙だらけフィーバータイムだ。ここまで来ると最早本気でファッキン死神バードというあだ名は冗談でも何でもなく、レッドキャップを死に誘うおぞましい何かだった。コボルトたちの神話体系に、黒の女神に仕える小鳥の姿をした死神が書き加えられるのも遠い日のことではあるまい。



「さあ、復讐の刻だ! こいつらに殺された家族の仇を討ってスッキリしよう!」



 カズハの言葉に後押しされ、コボルトたちはガルガルと小さな牙を剥いて次から次に矢を放った。それはもう必死に、腕の腱がイカれそうになってもやむことなく。

 なにせほっといたらカズハ1人で全部轢き殺してカタがつきかねないので。もう全部あいつ1人でいいんじゃないかなという無双ぶりだったが、このままでは神様が復讐対象を駆逐してしまい、復讐し損ねて終わってしまう。それはさすがに矜持が許さないし、神様に自分たちも戦える民なのだと示したかった。

 もっとも、カズハにとってはコボルトたちの戦力テストとレベリングに過ぎないのだが。採点は……うーん、<守護獣の牙ガーディアン・ファング>の新入りよりだいぶ落ちるくらいかな? 今後に期待!


 森から出てくるレッドキャップがいなくなったところで、カズハは森に踏み入って巣穴を調査した。戦える個体はすべて釣り出せていたらしく、抵抗はまるでなかった。

 森の木々の皮は剥がれ、おなじみの動物型や昆虫型のモンスターも姿を現さない。どうもすべてレッドキャップが食い尽くしていたらしい。もはや完全な死の森と化していた。生態系破壊も甚だしい、見かけたら絶対に駆逐しなくてはいけないモンスターだ。

 森の奥でレッドキャップの居住区を発見。粗末なテントの中にまだ戦えない幼体がいたので全部始末して、テントはひとつ残らず念入りに叩き壊した。

 最終的にテントの残骸をひとところに集め、ドンちゃんの究極ブレスで塵に変えてフィニッシュ!



「ヒャッハー汚物は消毒だ! やっちゃえドンちゃん!!」


『光になれえええええええええええっ!!』



 ここまでやってようやく付近のレッドキャップの根絶に成功した。

 『ケインズガルド・オンライン』ではフィールド上のモンスターは巣を破壊することで、駆逐することが可能だ。他のプレイヤーが狩れなくなるから潰すのはやめろというプレイヤーもいるが、村や街を大きくするためには周辺のモンスターの巣を破壊することは必要不可欠である。

 モンスター側も繁殖して新しい巣穴を作り、拠点を襲うこともあるので決して駆逐されるだけでもない。初心者層がいなくなった低レベル帯の地域では、狩る者がいなくなったモンスターが増殖して村を壊滅させることもあり、限界集落の悲劇と呼ばれている。


 まあそれはともかく、コボルトたちはついに長年彼らを苦しめてきたレッドキャップの脅威から解放されたのだ。



「というわけでレッドキャップの件はこれでおしまい。いやーしばらく緑色のモンスターとかひき肉とかは見たくないかな」


「…………」



 それピーマンの肉詰め食べながらよく言えるな、という言葉を銀華は飲みこんだ。



「じゃあこれでコボルトの集落は安全が確保されたということでいいのかな」


「そうだね、話を聞く限り他に危険なモンスターもいないみたいだし。これまではモンスターもレッドキャップが全部狩り尽くしてたんだって。だから今後の危険は、他のプレイヤーに絞られたと言えるよね」


「そうね。まだ他のプレイヤーとは出会う気配はない?」


「ないねー。コボルトたちには他の村へお使いに出して情報を集めてもらってるけど、近くの村はまだプレイヤーが占領していないみたい」


「そう。じゃあこないだの作戦会議どおりに進めようか」


「ああ、スタートダッシュで守護する村を増やすっていう話ね」



 銀華が作戦会議で話した、他のプレイヤーに攻められないための手段。

 それは急速にカズハの勢力圏を拡大して、おいそれとは攻められないようにしようという手だった。

 しかし、銀華にもそのためにどうすればいいかという方法までは思いつけていない。

 これが“征服”なら話は簡単だ、武力を見せつけて支配下に収めてしまえばいい。カズハにはレッドキャップの巣を駆逐するだけの戦闘力があるし、どうもコボルトたちの伝承にある黒の女神とかいうおっかない破壊神と重ねられているようで、畏怖も簡単に稼げる。

 だがカズハは“守護”派だからそうもいかない。コボルトたちが征服派やモンスターの脅威にさらされていなければ守護する名目が立たないからだ。

 どうにかして平和的にコボルトたちを傘下に収める方法があればいいのだが、銀華にはそれを解決する策を思いつけなかった。とりあえず顔を売りに挨拶に行ってみたら、くらいのアドバイスしかできず、銀華は内心忸怩じくじたる思いを抱えていた。

 姉としてロクな策を授けてあげられない自分が情けない。


 もっとも千幸はまだ周囲にプレイヤーが来てないなら全然余裕、とのんきに構えているのだが。生臭い政争や商業戦争よりも、気楽に冒険している方が千幸は楽しいのだ。



「それよりね、金のリンゴの木も案内してもらったんだよ。村からちょっと離れた丘の上に1本だけあってね、すごく綺麗だった!」


「そっかあ、いいもの見れたね」



 嬉しそうに冒険談を報告する千幸に、銀華は優しい瞳で微笑み返す。

 ……まあ、生臭い闘争が楽しいのはあくまでも自分の趣味。千幸は冒険してる方が楽しいのだし、私と同じような闘争を押し付ける必要もないのかもしれないわね。

 銀華は内心でそう呟いて、無邪気な妹の冒険談に耳を傾ける。

 いいんですかお姉ちゃん、その子の話は生臭くはないですけど血腥ちなまぐさいですよ。



 天敵・レッドキャップの殲滅に抱き合って喜ぶコボルトたちは、カズハを黄金のリンゴの木まで案内してくれた。本来は彼らの聖地であって余所者は決して立ち入らせはしないが、何しろカズハは彼らが崇める女神であり、レッドキャップ殲滅の最大の功労者なのだ。

 丘の上にそびえる大きな樹には、確かに金色の果実が実っていた。

 コボルトの1人がカズハの見ている前で、するすると樹に登っていく。墜ちたら大怪我は免れないだろうに、命綱もなしでよくやるものだ。むしろ見ているカズハの方がハラハラしたが、コボルトたちにとっては慣れたものらしい。

 あっという間に金のリンゴをもぐと、また降りてきてにっこりと笑顔で差し出してきた。


 女神と口をきけるのは巫女だけというルールがあるため言葉は交わしてくれないが、カズハはありがとうと口にしてコボルトの頭を撫でる。

 コボルトは最初びっくりしていたが、やがてトロンとした瞳になってきゅーんと甘えた鳴き声をあげる。大人のオスがこんな情けない声で鳴くんですねぇ。

 そんな彼を見て、周囲のコボルトたちが羨ましそうな顔をしていた。


 彼らの視線をスルーして、カズハはしげしげと金のリンゴを眺める。トキワアップルという名前のリンゴだが、返す返すも不思議な果実だ。軽く爪で叩いてみるとキンキンと硬質な音がする。どうやら本当に皮部分に金属が含有されているようだ。なのに中身は真っ白でとてもおいしく、健康に害があるわけでもない。

 この皮を溶かしたら金属が取り出せるのだろうか?



 そう思ったので実際にやってみた。



「おお……金の延べ棒だ」



 錬金窯から取り出されたインゴットに、カズハはごくりと唾をのむ。

 まさか本当にリンゴから金が取り出せるとは思わず、さすがのカズハもこれはすごいものを見つけちゃったかもとワクワクを抑えられない。

 しかしそれを鑑定してみたところ、なーんだとカズハは肩を竦めた。



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【オレイカルコス合金】


プラトンの著作『クリティアス』に登場する伝説の金属。

アトランティスに存在したとされる幻の金属である。

銅と亜鉛を配合した合金であり、つまりただの真鍮。

黄金ではありません。

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 真鍮とは黄銅とも呼ばれる合金で、日本では5円玉の材料としても使用されている。

 鋳たばかりの黄銅は純金のようにピカピカと光り輝いているが、もちろん価値は低い。旧大陸に持ち帰ったところで、大した価値はつかないだろう。


 せっかく作ったのだから何かに使いたいが、あいにくカズハはテイマーと錬金術くらいしかスキルを伸ばしていないので、工芸品に加工することもできない。錬金術でもこれを使えそうなレシピはあてがないので、持ち腐れになるだろう。

 見た目は本当にピカピカして綺麗なんだけどなあ。



「だからね、思ったんだ。綺麗でコボルトには物珍しいだろうから、これは近くの村にプレゼントとしてあげちゃおうかなって。そうしたら物々交換で有利になるかもしれないし、顔も売れるんじゃないかなって」



 そう語る千幸の顔を、銀華はまじまじと見つめた。

 ああ、本当に。この妹は、いつも私ごときのちっぽけな考えの上を行く。



「それだよ、千幸ちゃん」


「それって?」


「このアイデアで、世界を変えよう」



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すみません、冒頭のくだりにミスがあったので少し手直ししました。

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