第41話「神の契約とアップルパイ」

「めがみさま これ ささげる」



 チッキは深々と頭を下げながら、金のリンゴがいっぱいに詰まった籠をカズハの前に差し出した。


 黄金色に輝く不思議な皮を持つリンゴ、トキワアップル。

 チッキの集落の特産品でもあり、他部族との物々交換では食べれば1年寿命が延びる、という触れ込みをしている。収穫してもいつまでも瑞々しいし、見た目もとても綺麗だからそれっぽい。しかし実際はとてもおいしく長持ちなだけで、寿命を延ばす効果はないんじゃないかなとチッキは思っている。


 集落の若い衆が物々交換のタネにと採取してきたものだが、珍しいもののようだしこれなら女神様に捧げるにはふさわしいのではなかろうか。

 というか、この集落でコボルトの命以外に女神に捧げるに足るような代物なんてこれくらいしかなかった。



「めがみさま これ じまんの りんご とても おいしい」


「む…… それは…… いや たしかに」



 籠ごと全部捧げる孫娘に口ごもる長老だが、結局彼女の成すように任せた。そもそもチッキは巫女であり、神事に関する一切は彼女に委ねられている。彼女を巫女に任じた長老であっても、口出しする権利はない。


 暗所でもキラキラと光り輝くリンゴを見たカズハは、ふわーっと目を丸くした。



「これすごいね、食べられるんだ!? 皮に金が混じってるのかな? 皮だけ剥いて高熱で溶かしたら純金が抽出されたりするんじゃ……」



 なるほど、こんなものは旧大陸では見たことがない。

 こんな特産品が産出されるのなら、新大陸を巡る争奪戦になるのは当然だ。恐ろしいことにたまたま訪れた村ですらこれなのだ。一体どれだけのレアアイテムがこの大陸に眠っているのか想像もつかない。文字通りの金のなる木というわけだ。



「籠ごともらっちゃっていいの? 本当に?」


「いい めがみさま よろこぶ コボルト うれしい」


「わあ……! ありがとう! 早速皮を剥いて実験してみたいな。あ、でも実を捨てるのももったいないよね。かといって一人じゃ食べきれないし……」



 そこまで口にして、カズハはいい処分方法を思いついた。

 せっかくだからみんなに還元してしまおう。

 知らない相手と仲良くなるには一緒に食卓を囲むことだってお姉ちゃんも言ってたし。

 でもそのまま切るだけじゃ芸もないし、おもしろくないな。

 ようし、ここは旧大陸の料理を見せてあげよう!


 といっても、カズハに料理スキルなんてものはない。何しろリアルではただのひきこもり女子中学生だし、ご飯はいつもお姉ちゃんが作ってくれる。甘やかされまくりである。

 しかしカズハにもたった一つだけ作れる料理があった。

 そう、アップルパイだ。

 料理のりの字も知らないカズハでも、アップルパイは作れるのだ。そう、錬金術ならね!


 ポーションを製造できるようになるために、いやいやスキル上げした【錬金術】だが、そのレシピの中にはアップルパイが存在した。

 作り方は簡単、錬金釜にリンゴと小麦粉と砂糖を入れてぐるこーんぐるこーんとかき回すだけ。それだけで何故か表面パリパリ中身しっとり生地サクサクの、焼き立てアップルパイが完成してしまうのだ。

 原理は不明である。恐らく25メートルのプールの中にパーツを適当に投げ込んだら精密時計が組み上がるような現象が起こっているのではなかろうか。人類誕生レベルの奇跡かな?

 まあ間違いなくスタッフの中に往年の超名作錬金術RPGの熱心なファンがいたのだろう。


 黄金の皮を丁寧に剥き、純白の身を晒したリンゴを他の素材とまとめて錬金釜にin。幸い錬金釜はドリームゲートを作ったときのままアイテムボックスに放り込まれていた。整理が雑ぅ! だがナイスゥ!

 小麦粉と砂糖はこの集落に存在した。近くの集落に野生の小麦やサトウキビを収穫して物々交換に出しているところがあるらしい。

 貴重なものということだが、女神権限でそれを供出してもらう。みんなに還元するんだからいいじゃんねの精神だ。


 得体のしれない釜に惜しげもなく集落の貴重な資源を投げ込む女神に、長老はあわあわと白い長毛を震わせる。

 その横でチッキは興味津々に女神の奇跡を見学し、村人たちは何事かと遠巻きにカズハを囲んで様子をうかがっていた。

 多くの人に注目されているとアガってしまうカズハだが、コボルトたちは獣人だしAIだし、先ほど家族と宣言したこともあって特に気にならない。


 しばしぐるこーんぐるこーんと錬金釜をかき回していたカズハは、額の汗を拭うとふうと息を吐いた。直後、錬金釜から眩い光が溢れ出し、空に向かって立ち昇る。コボルトたちが口々に奇跡だ! 神の御業だ! とどよめく中、カズハは釜の中に手を差し入れると、その中身を掲げた。



「できたぁ♪ カズハ特製アップルパイだよ!」



 そこにあったのは、おいしそうに湯気を立てるパリッパリのアップルパイ。

 いや、心なしか表面が金色に輝いている気がする。おかしいな。金色の皮は全部剥いたはずなのに、中身にも微妙に成分が混ざってるのかな? まあいいか。


 カズハはアップルパイをナイフで切り分けると、チッキと村長(本当は長老)に差し出す。



「さあ、めしあがれ。おいしいよ!」


「お……おお?」



 見たこともない料理に躊躇する長老。そんな彼とは対照的に、チッキは遠慮なくパイを手に取ってかぶりついた。



「お……おいしい! すごく すごい おいしい! こんな あまいもの たべたことない!」


「おお……」



 孫娘の言葉に、村長はごくりと唾を飲み込むと意を決したようにアップルパイを口に運ぶ。



「!」



 瞬間、真っ白な眉毛に覆われた瞳がクワッと見開かれた。



『う・ま・い・ぞーーーーーーーーーーっ!!!』



 背景に荒れ狂う波濤を漂わせ、口から黄金色のビームでも吐きそうな勢いで長老が絶叫する。



『なんたる美味! 口の中にサクサクの感覚と、すさまじい甘味が広がる! これだけの甘さは若い頃に口にした蜂蜜……いや、それ以上! こんなうまいものがこの世にあったとは……! これはまさに神様の食物に違いないわい!!』


『…………!!!』



 長老の叫びを聞いた集落のコボルトたちが、涎を垂らさんばかりの顔になる。いや、実際に口からだらだらと涎が零れていた。ベーキングされた焼き立ての小麦と熱されたリンゴの甘い香りが、否が応にも食欲を刺激する。

 火を通したリンゴは水分が飛んで甘味がさらに凝縮され、非常にいい香りがするのだった。



「さあさあ、みんなのもあるよ! 元はみんなの村の食材なんだから、遠慮せずに食べてね」



 カズハが差し出したアップルパイに、コボルトたちは大喜びで殺到した。

 そのパイのおいしいこと! 旧大陸の美味を初めて味わったコボルトたちは、その味にすっかり夢中になった。

 トキワアップルは確かにおいしい。母なる大地の恵みの中で至上といって差し支えない。しかしそれはあくまでも果実の中で一番という範疇に収まる。しかし女神様が加工すると、こんなにもおいしい神の食物に変わる! 

 小麦と砂糖もそうだ。小麦粉は薄くガレットにして食べるし、お祝いの日にはガレットの味付けに砂糖を使う。だが女神様はそれをもっとおいしくする方法をご存じなのだ。間違いなく食べ物としてのランクが1段……いや、数段違う。


 アップルパイをお腹に収めたコボルトたちは、幸せそうにお腹を撫でる。

 さすがに30人ほどの村人たち全員を満腹にさせるほどの量は用意できなかったが、与えた衝撃は相当なものだった。

 なんておいしい……もっとほしい……。


 ふと、カズハの前に跪くチッキを見て、誰もが同じように膝を折る。



「めがみさま おんちょう かんしゃ」


「いいよいいよ、みんなが持ち寄った素材だし」



 そう言いながら、カズハは自分の分にとっておいたパイを口に運ぶ。

 ……あれ、これすごくおいしいな!?


 以前にもエコ猫に披露しようとアップルパイを錬成したことはあるが、あれよりもずっとおいしい。小麦も砂糖も旧大陸で手に入るものよりも数段質が劣っているはずなのだが。リンゴの質があまりにも良すぎるのだろうか? リアルの有名洋菓子店にも劣らない味になっている気がする。有名洋菓子店のアップルパイとか食べたことないけどなワハハ。

 ふと、視線を感じたカズハは、小さい子供が足元に近寄っているのを見つけた。

 指を咥えて物欲しそうな顔をしている。

 母親と思しきコボルトが慌てて子供を連れ戻そうと真っ青な顔で駆け寄ってくるが、カズハはそれを手で制して、子供に自分のアップルパイを渡した。

 大喜びでパイにかぶりつく子供の頭を撫でてやる。欲しければ自分でまた作ればいいだけのことだし。それよりもこんな可愛い生き物を撫でられて超うれしい!

 子供はパイを食べられて幸せ、カズハは可愛い子を愛でられて幸せ。WIN-WINだな!


 子供の母親は血の気の失せた顔でガタガタと震えているが、何しろ女神の供物には幼い子供が一番いいと伝承にあるので仕方ないことだろう。



「めがみさま これ もっと ほしい」



 あまつさえ子供が無邪気におかわりを要求している。

 これには大人たちも、平伏しながらだらだらと脂汗を垂れ流した。コボルトごときが神に要求するなど……! しかも神は生贄をとらないと約束してくれているのに、それを頭に乗った要求。怒りを買って族滅の憂き目にあっても当然だ。

 コボルトたちの寿命が確実に1年以上縮んだ。あれーおかしいねー、寿命が延びるリンゴ食べて縮んじゃったねー。


 コボルトたちが恐々と震える中、カズハはニコニコと上機嫌で子供を撫でくり回す。



「そっかー、じゃあまた作ってあげるね。材料さえ用意してくれたら、おなかいっぱい作ってあげられるよ」


「ほんとー!? わーい」



 巫女の権限を犯した子供は、後でギャン泣きするほど詰められるとも知らずにうれしそうにはしゃいでいる。この子はもう将来的に巫女の候補にするしかないな。そうしないと宗教的な正当性が保てなくなる。

 そんなことを考えながら、チッキは深々と頭を下げた。



「めがみさま この おんちょう また いただけるのは ほんとう?」


「え? うん、本当だよ。せっかくだから、次はもっと素材を用意してね。あ、そうだ! 折角だからもっと大勢のコボルトを集めてアップルパイパーティとかいいよね!」


「しょくざい あつめる コボルト あつめる わかった」



 ゴクリ……と誰かが喉を鳴らした。

 それは集落のコボルト全員の喉から鳴ったものかもしれない。



 ここに神との契約は成った。



≪報告:<ファイアホイール>に属するコボルトの忠誠度が最大になりました≫



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


長老やチッキが『』で語っている部分は複雑な語彙が含まれており、

カズハの言語LVが低いため全部を理解できていません。

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