第31話「ろくでなしクルーズ(前編)」
オークション前のデフレ景気の頃の時間軸です。
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「借金を抱えたロクでなしのクソッタレども、ようこそ我が船へ! これからてめえらが借金を返済しおわるまで、ここがお前らの家だ!」
見るからにイカついひげ面の船長から開口一番にそんなことを言われ、ロックは内心これはとんでもないところに来ちゃったぞ……と戦慄した。
ロック・D・ナッシはどこにでもいるような、人間アバターのしがない商人だ。
人と違っていることがあるとすれば、ギャンブルが大好きなことと数十億単位の借金を抱えていることだろう。おっと早くも名が体を表してるな?
今ならゴールデンエッグの相場が上がってるから、これにつられて全体的にインフレの波が来るぞ、というネタを情報屋から買った彼は、喜び勇んで先物取引に手を出した。
よーしパパ、レバレッジ25倍でがっぽり儲けちゃうぞー!
先物取引について詳しく説明するとめちゃめちゃ長くなるし、そもそもつまんないのでここでは触れない。まあざっくり言うと金貸しから大金を借りて株を買うようなもんである。株と違うのはレバレッジという危険度を設定したら身の丈を越えた超絶ハイリスク&ハイリターンになることだろう。死ねる。
そして到来した未曽有のデフレ! アイテム大幅値下がり! 強制ロスカット!!
全財産をはるかに超えたえげつない額の借金!! 突然の死!!!
「いやあああああああ! 死にたくない! 死にたくないのおおおおおおお!!!」
泣き喚きながら掲示板に書き込んでせめてもの逃避を図るロックだったが、現実は非常である。
突如としてマイルームに現れた黒服たちに拘束され、身動き取れなくなったロック。そんな彼の視界にシステムメッセージが表示される。
≪このメッセージが表示された貴方はラッキー! 簡単なミニゲームで借金返済しちゃお☆ 海と山どちらが好きか選択してください≫
システムちゃん最後だけ真顔になるのやめてちびっちゃう。
そう、借金を背負った者が突き付けられる悪名高い罰ゲーム、マグロ漁船or鉱山奴隷である。
借金背負わされてる時点で何がラッキーじゃいという感じだが、巨額の借金をあっという間にチャラにできるのは実際お得。何しろゲーム中で個人がまっとうな手段で数十億を稼ごうと思ったら、かなりの時間を交易に費やさなければならない。
それをたった10時間ほどで返済できてしまえるのだ。そう、マグロ漁船ならね。
ちなみに鉱山奴隷の方はマグロ漁船よりも時間効率が悪く、拘束時間が長い。マグロ漁船はキツい代わりに効率もいいと、人間のクズ仲間が言っていた。
そんなんマグロ漁船一択じゃんね!
秒で後悔した。
始終左右に揺れる視界! 立ち上る生臭い磯の香り! 油断すると壁に叩き付けられそうな足元の揺れ!
リアルに再現された荒波の海へようこそ!!
「うっぷ……」
「がはは! 吐くなよ新入り! 甲板を汚したら掃除してもらうからな! さあ、シャバに帰りたけりゃマグロを釣って釣って釣りまくりな!」
NPCの船長はガハハハと笑い、船の両舷に設置された
「さあ行きな!」
「えっ、チュートリアルとかは……?」
「こんなミニゲームにチュートリアルなんぞいらねえだろ! 見て覚えな!」
まさかチュートリアル作るのめんどくさかったんか?
運営のやる気を疑いながらも、ロックは釣り竿に近づいて、他のプレイヤーの様子を観察することにした。
するとちょうど目の前にある竿がぐいーっとたわみ始めたではないか。
「君、その竿引いてるよ」
「えっ……あの……」
「早くそこのクランクを回すんだ!」
近くにいた漁師に促され、ロックは慌ててウインチのクランクに飛びつくと、必死でぐるぐると回し始めた。しかしこれが固い。見かねた漁師が一緒にクランクに手を添えてくれた。2人がかりでぐるぐると回すと、ギリギリと音を立てて鋼鉄の釣り糸が海中から引き上げられていく。
この船で採用されているのは古式ゆかしい一本釣り漁法。リアルでのマグロの重さは実に100キロを超える。これを人力で引き上げるのはいかに筋骨たくましい漁師といえど生易しいことではない。そこで機械の力を使ってマグロを引き上げるのだ。
大きく揺れる足元を踏ん張って、ロックは必死にクランクを回し続ける。すると……。
突如ざばぁ!と海面を割って、巨大なマグロが中空に跳ね上げられた。水しぶきを顔じゅうに浴びながら、いっそ神聖さすら感じさせるその青々と輝く魚体を眺める。
これを俺が釣ったのか……! ロックは驚愕と同時に感銘を受けずにいられなかった。
「何してるんだ! さあ、早く銛を!」
「えっ?」
「トドメを刺すんだ! 殺されるぞ!!」
マグロはその魚眼を蠢かせ、ギラリとロックを見据えた。
棲み処である母なる海から自分を釣り上げた不届き者に天誅を……!
ぐるりと中空を泳いで旋回すると、マグロはすさまじい勢いでロックへと突進を仕掛けた! ダンガンマグロのスキル【バレットチャージ】だ!!
「ぐあーーーーーーーっ!?」
「し、新入り君ーーーっ!!」
100キロ以上もある巨体の突進を胴体に受け、ロックは死んだ。
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「いやあ、大変な目に遭ったねえ。まあこれも洗礼だよ。初めてマグロ漁をした新人は、大体マグロの突進か尻尾ビンタで死ぬんだ」
医務室のベッドでリスポーンしたロックの前で、先ほどの漁師がケラケラと笑っていた。
灰色の髪にひょろりとした体格、軽薄そうな笑みを顔に張り付けた優男だ。自分と同じくゴム長にゴム手袋、ゴムのエプロンを身に付けており、頭にはキャップを被っている。
「マジっすか。言ってくださいよ、マグロぱねえ」
「あれはモンスター扱いだからね。釣り上げたら即座にエラに銛を突き刺すんだ。そこが弱点だから、一撃で死ぬよ」
「それも言ってくださいよ……」
ベッドから身を起こしたロックは、うっぷと口元を抑える。
「おやおや、気分が悪いのかい? キミが海賊クラスか漁師クラスなら、今すぐ【船酔い耐性】にスキルポイントを振った方がいい。視界の揺れが収まるよ」
「いえ、自分商人なんでそういうの持ってないッス」
「そうか。まあ漁師ならマグロの2本も釣り上げればすぐにクラスLVも上がって習得条件を満たせるさ」
「え、じゃあ釣り上げるまではずっとこの揺れに我慢しないといけないんスか?」
「そんな君にいい魔法がある」
優男はにっこりと笑うと、懐から小さなワンドを取り出した。
「【
そう言う彼の足元を見ると、確かに微妙に床から浮いている。
思わぬ朗報にロックは喜色を浮かべた。
「マジっすか、早速かけてくださいよ!」
そんなロックの目の前に、優男は片手を広げる。
意味不明な男の動作に、ロックは小首を傾げた。
「……?」
「5本だよ、5本。まさか人に何かしてもらってタダで済ませようなんて思っちゃいないだろうね?」
「金取るのかよ! くそったれ!! そもそも俺無一文どころか借金持ちっスよ!」
「そりゃそうだよ、ここにいるからには借金持ちに決まってる。しかしこの船では借金の融通が可能なんだ。具体的には、俺の借金の一部を君が肩代わりすればいい。なーに、どうせマグロを釣れば借金なんてすぐ返せるんだ。刑期が多少伸びる程度で船酔いを防げるんならお得な話だろ?」
親切な漁師だと思ったらぼったくり魔導士だった……!!
しかし他人の借金を肩代わりするという言葉のイメージは最悪だが、確かにそれほど重いペナルティでもないなとロックは思い直す。
「この船でも売買システムはあるからね。背負っている借金を増やせば、この通り装備品でもアイテムでも何でも買えるんだよ。まあ多少シャバより高くはつくけどね」
なんということだろう。無一文を通り越して借金を背負うまで行くと、今度は借金で買い物ができてしまうのだった。資本主義の裏技……!
「……わかったッスよ。それで5本って、500万くらいッスか?」
「桁が2つ違わないかい? 5億だよ5億」
「たっけえよ!! イカれてんのかお前!? 俺のシャバにいたときの全財産3億だったんスけど!?」
「だってこの船なら数億くらい1時間で返せるだろ? サービスには場所と時に応じた相場ってものがあるのだよ。それが読めないなら社会の負け犬になるしかない……おっと失礼、読めないからここに送られたのだったね?」
「チッ……。わかったよ、5億だな」
トレードウインドゥを開いて5億の借金を融通する。
なんとこのゲームのトレードは借金まで受け渡しできるのだ。地獄である。
借金が5億軽くなった優男は、親指と中指で丸を作ると、にこりと笑った。
「まいどあり。ああ、ちなみに有効時間は15分だ」
「後からそういうこと言ってんじゃねえッスよ!?」
「なに、15分以内にマグロを2本仕留めて漁師クラスをLVアップすればいいだけさ。失敗したらまた5億払って買いたまえよ。いくらでも掛け直してあげよう!」
「ちっくしょう! こうしちゃいられねえ、釣りだ釣り! うおおおおおお!!」
「はははは、イキがいいな新人君。俺も手伝おう、コンビの方が楽だぞ」
ずかずかと甲板に戻っていくロックの後ろを、優男の魔術師が追いかけていく。
魔術師のネーム欄には“いんぽす太”と記載されていた。
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