第30話「表と裏とおもてなし」

 黄金都市シェヘラザードは未曽有の活気で沸き返っていた。


 先日のデュプリケイターを巡る大騒動の末に、<ナインライブズ>の手中に転がり込んできた黄金都市の支配権。

 さらに都市政府から吸い上げた1兆1630億ディールと、<アルビオンサーガ>の落札額の900億ディールという大金。

 そして交易で得た650億から金卵買い占めに使った分を除いた全額をツッパして買い占めた大量の素材。

 これらを活かして、エコ猫は黄金都市への投資を行った。


 投資といっても、都市そのものに金を渡したわけではない。一応都市の首長に金を渡すことで生産物の産出量を増やす“投資”コマンドというものがあるのだが、これはちっとも効率が良くない死に機能として知られている。

 首長に金を渡すと「いい心がけだ。都市の活性化に使わせてもらうぞ」という定型句とともに都市の成長度が上がるのだが、数億ディール渡してもらえる交易品が1個増えるくらいの効果しかない。それなら新しく村でも買収した方がよっぽどマシだった。あまりにも効率が悪いのでプレイヤーの間では首長がピンハネしてるに違いないと言われている。黄金都市の場合はきっと例のメスガキ女王のアイスクリーム代に消えるのだろう。


 エコ猫の投資とは、プレイヤーの招集である。


 たとえばそのひとつが、黄金都市を拠点とするクラフタークランの結成。

 デフレからインフレに反転したジェットコースター相場で悲鳴を上げる鍛冶師や錬金術師はワールド中に溢れ返っており、これまで拠点としていた街では素材を買えなくなって路頭に迷う者が現れていた。


 彼らは購入した下級素材から上級素材や装備品をクラフトして、それを別のプレイヤーや市場に売るという利鞘で稼いでいる。しかしどうにも下級素材の仕入れ値とクラフト品の売値という小さな家計ミクロ経済にしか目が向かない者が多く、デフレとインフレというワールドの大きな流れマクロ経済の荒波に翻弄され溺死しかけていたのだ。

 良い製品は作れるのに、世間の流れがわからないから景気の大きな変動についていけなくなって、不渡り手形を出す街工場の社長さんのようなもんである。


 エコ猫はそういった食いっぱぐれたクラフターたちに、黄金都市で活動してくれたら素材も資金も提供しますよと呼びかけた。

 しかし黄金都市が位置する砂漠は最近のアプデで追加された高難易度エリア。デススコルピオンなどの凶悪なモンスターやPKがうようよしている“赤”ゾーンを突破しなければたどり着けない。中堅レベル帯の生産職で簡単に踏破できるような道のりではない。

 そこでエコ猫は戦闘クランを護衛として雇い、近隣の街から黄金都市へのツアーを組んだ。一度黄金都市にたどり着けば、以降はファストトラベルでいつでも他の都市から黄金都市へワープできる。これにはクラフターたちも大喜びで、こぞってツアーに参加した。参加者の中には黄金都市へのファストトラベルを解禁することだけが目的で、黄金都市に拠点を変えるつもりがない不届き者も混じっていたが、エコ猫は特に排除することなく受け入れた。

 黄金都市で商売するプレイヤーが増えるだけでも<ナインライブズ>の得になるからだ。売買額の一部は税金として懐に入るし、人の集まりはさらに多くの人を呼ぶ。<ナインライブズ>にとって拒む理由がない。多人数の非戦闘員を護衛しなくてはならない戦闘クランは、負担が増えて大変な目に遭ったが。



「いやー、ホント助かるよ。<アルビオンサーガ>様様だね!」


「う、うむ……役に立っているようで何よりだ」



 黄金都市の中心、“水晶楼クリスタルパレス”のほど近く。移転した大きなクランハウスの応接室で、ホクホク顔のエコ猫を前に一人の女性がひきつった愛想笑いを浮かべていた。

 茶色がかった髪に碧色の眼を持ち、左目には薔薇の文様が描かれた眼帯。藍色のサーコートに黒の肩鎧と手甲を装備して、腰回りに巻き付けた2本のベルトでサーベルを左右に1本ずつ固定している。そして両腕には彼らのクランの秘宝である腕輪“ミスト・オブ・メリュジーヌ”が輝いていた。


 <アルビオンサーガ>のクランマスター、ルイーネである。

 彼女のクランは今、非戦闘員たちを黄金都市まで案内するツアーの護衛を一手に引き受けていた。

 何故彼女たちがそんなことをする羽目になったのか。

 一言でいえば資金難だ。先日のオークションでクランの共有財産が消し飛んだ上に、調子に乗ってワッショイワッショイしたクランメンバーたちは、後先考えずに私財を二束三文で市場に売り払ってしまっていた。

 一応戦闘チームの装備は手元に残すという最後の一線は守られているし、街や村も所有しているのでまた立て直すことはできるのだが、それには少々時間がかかる。それに商業メンバーの私財も補償してあげなくてはならない。ほぼ彼らが勝手に投げ売りしたとはいえ、クランの躍進を願っての行動であることは事実。彼らに報いなければ、クランは空中分解してしまう。それに加えて3か月後にはエコ猫に400億ディールを返済しなければ、せっかく増やした“ミスト・オブ・メリュジーヌ”を抵当として渡さなければならない。

 累計して考えると、これから稼がなくてはならない額は1300億では効かない。特に商業チームが売った私財の補償がヤバい。凄まじいインフレが来ているので、デフレ時に売った品物を買い戻すための差額がえげつないことになっているのだ。


 熱狂の銭祭りの代償は大きかった。ぶっちゃけ詰みに近い。

 祭りで精魂使い果たしてぐったりしている彼らに、さらにハードなボス戦周回を命じて酷使しなくてはならないのか……。

 死んだ魚のような目で絶望に打ちひしがれるルイーネ。そんな彼女の肩を、背後から肉球付きの手でポンと叩く者があった。



「オークションお疲れ様。いい稼ぎ口があるんだけど、話を聞く気ない?」



 ある意味で<アルビオンサーガ>を崖っぷちに追いやった元凶、エコ猫であった。

 彼女が持ちかけた商談の条件はこうだ。


 ①<アルビオンサーガ>はこれから行う黄金都市への案内ツアーの護衛を引き受け、それが無事に達成されるたびに<ナインライブズ>は護衛費を支払う。

 ②<アルビオンサーガ>はツアーに自分のクランの商業チームを参加させて交易を行ってもよい。

 ③<アルビオンサーガ>はツアー参加者を脱落させずに黄金都市まで誘導しなければならない。ただしツアー参加者の交易品は守る必要がない。誘導の指示に従わないツアー参加者も見捨ててよい。


 戦闘力はあっても金に困っていたルイーネは、この話に一も二もなく飛びついた。

 それが数日前のこと。

 護衛費を得たルイーネはそれを元手に商業チームに交易品を買わせ、彼らをツアーに同行させる形で交易でも利益を出した。さらにその金を元手に交易品を買って、ツアーに同行して運んで……。これを繰り返す形で、大分経営は持ち直してきている。

 とてもありがたい話だった。


 しかし、ルイーネはどこか居心地の悪さが拭えない。

 <アルビオンサーガ>は護衛と交易で儲けているが……。



「<ナインライブズ>は本当にこれでいいのか?」



 ルイーネはハーブティーの入ったカップを机の上に置くと、ついに疑問を口に出した。エコ猫は眉を八の字にしながら小首を傾げる。



「何かこの商談に不満でも?」


「不満はない。ないから不気味なのだ。何故、私たちにだけ蜜を吸わせる? <ナインライブズ>側が交易品を運ばないのは何故だ」


「需要と供給かな。インフレでモノが不足してるとはいえ、あんまり運びすぎたらすぐ値崩れしちゃうからね。だから今はキミたちの経営再建を優先する。ツアーが落ち着く頃にはキミたちの経営も持ち直してるだろうから、そのときになったらウチの交易を再開しようかな」


「……それだ。何故我々を厚遇する? 調子に乗って身を持ち崩すような連中、支援する理由はあるのか? 確かにこの腕輪を抵当に入れているが、こいつを現物で手に入れるチャンスでもあるだろう」



 右腕に嵌めた“ミスト・オブ・メリュジーヌ”を見せつけるルイーネに、エコ猫はコリコリと額を掻いた。



「いやぁ、ウチは商業専門だからねえ。装備品はあんま必要ないんだ。むしろそれを装備したキミたちの戦闘力の方を重視してるかなあ」


「……我々に恩を売って傘下に収めたい。そういうことか?」



 キュッと瞳をすぼめて警戒の色を見せるルイーネ。

 エコ猫は肩を竦めると、片目をつぶってポンポンと自分の肩を叩いた。



「いや、別に傘下に入らなくたっていいよ。私たちの関係はあくまで対等、キミたちにあれしろこれしろって指図するつもりはない。この商談が気に入らなかったら打ち切ってもらったっていい。私が提示した取引に乗るも乗らないも、キミたちの自由だよ」


「それが気持ち悪いと言っているのだ。やっていることが半端ではないか。お前の恩の売り方は、人の行動を縛ろうとする者のそれだぞ」


「あー……なるほど。潔癖なんだねぇ」



 エコ猫はソファーに座り直すと、ハーブティーで口を湿らせる。



「わかった、正直に言おう。私は傘下は欲しくない。商売仲間が欲しいんだ」


「どう違う? 対等であるかどうか、ということか?」


「そうだね。加えて言うなら、責任も持たない。私はキミたちに依頼をしたいとは思っているけど、命令はしない。だけどキミたちが潰れそうになったときに支えることもしない。潰れてもらっちゃ困るから手助けはするかもしれないけど、助ける義務は持たない。ウチの損が大きくなると思ったら見捨てるよ」



 本当にぶっちゃけてきやがった。

 そこまで本音を語られるとは思っていなかったルイーネは、目を白黒させる。



「随分と正直だな……」


「そういうのがお好みでしょ?」



 エコ猫は喉の奥で小さく笑うと、机の上にカップを置いた。

 こちらを見据える彼女の姿は、質素な調度品でまとめられた応接室と非常にしっくりきていた。この部屋には黄金都市でもてはやされている華美な装飾品は何一つとして置かれておらず、調度品はいずれも地味なものばかりだ。しかしそれはシンプルながらも品の良さを醸し出しており、調和のとれた空間を作り出していた。

 ルイーネはこの部屋の雰囲気から、エコ猫がどのような人物なのかが伝わってくるような気がした。それは決して世間で言われているような、他人を利用して自分だけが儲けることを最優先する独善的な人物像のものではなかった。


 エコ猫は瞳を閉じると、呟くように言葉を続ける。



「今キミたちに案内してもらってるクラフターたちのクランもそう。私は彼らを支援して、黄金都市で頑張ってほしいと思っている。だけど、彼らの経営に口を出すことはしないし、彼らが潰れそうになっても支えはしない。生きるも死ぬも、彼らのゲームプレイだ」


「何故だ? 傘下に収めてしまった方がメリットがあるだろうに」



 それこそ<EVE連合>や<アキンズヘブン>がそうしているように。彼らは傘下のクラフタークランに命令を出して、必要な物資を緊急増産させることが可能だ。逆に特定のアイテムを生産させず、相手クランの妨害をすることもできる。

 エコ猫は小さく笑うと、首を横に振った。



「つまんないんだよね、そういうの。ゲームでまで他人に強制されて、ああしろこうしろって命令されるのって嫌じゃん?」


「それは、まあ……」



 ルイーネは口ごもる。クラメンに金稼ぎを命令して反発されたことは記憶に新しい。



「それに、そういう自分のところで何でもかんでもやろうっていう体制はいざっていうときに柔軟性を欠く。よっぽどのカリスマ性がなかったらまとめきれないよ。職人1人1人まで一番上が何を考えてクランを動かしてるのか浸透させるなんて不可能だもの」


「うむ……」



 それもルイーネがつい最近経験したばかりだ。緊急時で露見した商人と戦闘チームの温度差は、危うくクランを解散へと追いやるところだった。



「自分の下につく人間を増やすってことは、彼らの面倒を見なくちゃいけないってこと。そういうの面倒だし、いざってときに弱い。だから、私は傘下を増やすつもりはないよ。私の下につくのは20人の可愛いクラメンだけで充分なの」


「だが、それではこの後が立ちいくまい。お前はこの黄金都市をどうするつもりなのだ。この後商業圏を広げていくなら、20人の商人では制御できんだろう」


「だからあなたに護衛を頼んで、経営再建させてるんでしょ」



 エコ猫はにっこりと微笑むと、脚をゆっくりと組んだ。



「同盟を結びませんか、ルイーネ」


「同盟?」


「そう。私はこの黄金都市を中心として、新たなる商業圏を形成したい。そこでは上も下もなく、加盟するクランはすべて平等。盟主は黄金都市の支配者がやらなくちゃまとまれないから私がやるけど、加盟クランへの命令権は持たない。そういう形で共存共栄を目指す、ゆる~い互助同盟をやりたいのよ」


「ふうむ」



 ルイーネは腕を組み、思考を巡らせる。

 ……正直に言えば、メリットしかない話だと思う。

 大陸の趨勢は三大巨商がどう動くかで固まりつつある。いずれ三大巨商のどこかが中央に打って出て、豊富な資金力と軍事力で中央の日和見主義者たちを制圧し、プラチナシティに王手をかけるだろう。おそらくは<EVE連合>と<アキンズヘブン>が手を結んで北と西から中央に攻め入り、最終的に決裂して一騎打ちで決着をつける。

 ルイーネの中ではそういう未来予想図が組み立てられていた。


 ではルイーネの<アルビオンサーガ>はそれに対抗できるかといえば、おそらくできない。経営を再建しても無理だ。大クランとはいえ、巨商たちに比べれば資金力が違いすぎる。かといってこれから巨商に成り上がることも難しい。

 だが、ここに第四の巨商が生まれればどうか? それも一番乗りに馳せ参じたとなれば発言力も確保できる。上も下もないとエコ猫は言っているが、それはあくまで建前。人間の集まりである以上、どうあがいても上下関係は出る。そして自分のクランが上に組み込まれるのであれば、願ってもない話だ。

 ここから逆転を狙うなら、この話に乗るべき。それが嫌なら、三大巨商のいずれかに尻尾を振って、傘下に組み込まれるしか勝ちの目はない。


 残る懸念は、エコ猫を信じるかどうか。

 本当に四つめの巨商にのし上がれるのか。互助同盟という約束を守ってくれるのか。<アルビオンサーガ>を切り捨てることなく、忠に報いてくれるのか。


 ……そしてルイーネは、この応接室をもって判断材料とした。

 エコ猫の言葉ではなく、応接室に顕われた彼女の心根を信じようと思ったのだ。

 この素朴で調和のとれた精神性なら、ルイーネは信を置けると感じた。



「わかった。<アルビオンサーガ>は同盟に参加しよう。願わくば我々の忠義が報われんことを」


「ありがとう! 貴女の英断に栄光を以て応えましょう」



 エコ猫の差し出した手をがっしりと掴み、ルイーネは彼女の瞳を挑戦的に見据える。その視線を、柔らかで頼もしい猫の瞳が静かに見つめ返していた。



「……それで? 同盟の一員として、我々は何をすればいいのだ。ツアーの護衛だけをやらせるために、この話を打ち明けたわけではなかろう?」


「うん。同盟商業圏を構築するための次の一手に貴方たちが必要なんだ」


「ほう……次の一手とは?」


「砂漠を根城にするPKクランの一掃」



 エコ猫は瞳をギラリと光らせながら、計画を明かした。



「商業圏内でPKクランをこれ以上好き勝手させられない。現在、<守護獣の牙ガーディアン・ファング>と<We can fly!!>から戦力を雇って、討伐部隊を組織する計画を練っているの。<アルビオンサーガ>もそれに参加してほしい」


「なるほど……随分大掛かりな話だな。この砂漠を根城にしているPKクランは高レベル帯、それに奴らは叩いても叩いても復活する。追い出すのは並大抵の苦労ではないが」


「大丈夫。ちゃんと追い出す方法は見つけてあるから。巣穴を物理的に“焼け”ばいいだけだよ。“バケツ”までは使わなくていいけど、使うなら費用は負担するから安心してね」


「……焼く? バケツ?」



 その単語にピンと来ないルイーネは、不思議そうに小首を傾げる。



「まあいい。戦力になればいいのだろう? 任せておけ」


「うん、今後ともよろしく頼むわね!」



 数日後、溶岩地獄にエンドレスダイブさせられるPKたちの苦悶の断末魔がトラウマになるとも知らず、ルイーネは頼もし気に胸を叩くのだった。




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 ルイーネが帰った後、ラブラビがティーポットが乗ったワゴンを押しながら応接室に入ってきた。

 冷たくなった主人のカップに温かいハーブティーのお代わりを注ぎながら、穏やかな微笑みを向ける。



「商談はうまくいきましたか?」


「うん。おかげで納得して同盟に入ってくれたよ」


「おもてなしに満足していただけたようでよかったです」



 ラブラビの言葉に頷くと、エコ猫は部屋に並んだ質素な調度品に視線を向けた。



「いやあ“第三”応接室を選んでよかったねー」


「ええ。お客様のお好みに合わせたおもてなしが、商談の基本ですもの」


「そのためにデカいクランハウスに引っ越したわけだし。この調子で加盟クランを増やしていきたいねえ」


「はい。お客様をリサーチして、新しい応接室も増設していきましょう」


「ところで、次の商談の応接室はどこ?」


「権威に弱い方のようですので、“第一”で財力を見せつけて差し上げるのがよろしいかと」


「あそこかぁ……ギンギラで悪趣味なんだよねー。ま、いいや。これを飲み終わったら移動するか。ラブラビもどうぞ」


「ええ、いただきます」



 温かなハーブティーを飲みながら、主従はまったりと微笑み合うのだった。

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