第20話「実況! 経済崩壊序曲!」

「うん、存在した痕跡の欠片も残さず消せって言ったよ。確かに言った」



 <暗剣殺>が持ち帰ってきた、<天麩羅騎士団テンプラナイツ>の討伐証明となる団長の白銀鎧を前に、エコ猫は頭を抱えた。



(だからって誰がエンドレス溶岩火刑で心をへし折って、アジト諸共焼き尽くせって言ったのよ。いくらなんでもやり口が残忍すぎるでしょ)



 そんな喉元まで出かかった言葉を必死に飲み込む。

 エコ猫としては別にそこまで徹底的に破滅させてほしかったわけではなく、ちょっとボコボコにして砂漠から出て行ってもらえればそれでよかったのだが。いやマジでそこまで怒ってたわけじゃないんだって……。


 鎧を手渡してきたラブラビは、いつも通りの虫も殺さぬ笑顔を浮かべているが、心なしかニコニコ度が強い気がする。これきっと褒めてもらえると思ってるんだろうな……。

 彼女を傷つけないように、エコ猫は頑張って笑顔を作った。



「……いい仕事ね。依頼を文字通りにきっちり遂行してくれた」


「まあ、もったいないお言葉です」



 ラブラビはめちゃめちゃほんわかした笑顔で、両の手のひらを合わせた。



「私の口利き、お役に立てましたでしょうか?」


「うん、すごい助かる。これで計画は一段……いや、二段三段くらい一気に進んだよ、うん」



 一段二段三段と数字を増やすたびに、ラブラビはぱぁぁぁっと笑顔を明るくしていく。段階式の蛍光灯か何か?

 ラブラビはにこにこと機嫌よく笑いながら、エプロンの前に両手を添えた。



「また怨みを晴らしてほしい方が出てきましたら、ぜひお声がけください。私、マスターのために頑張って口利きさせていただきますね!」


「ああ、うん。そうだね……」



 私、そんなに他人を恨みそうな人間に見えてるの?

 なんだかちょっぴりショックなエコ猫だった。



(ああいや、そうか……。基本的に怨みを晴らすという前提で動いてるから、必然的に暗殺手段が残忍なやり口になるのか……)



 むしろ一部始終を聞いた感じだと、これもしかして私の怨みを晴らしてるんじゃなくて、ラブラビの怨みを晴らしてるんじゃなかろうか? 団長を始末したときのセリフからして、そうとしか思えないのだけれど。一体自分はこれからこの子にどう接すればいいんだろうか。


 エコ猫はそこで強引に思考を打ち切って、事態を前向きにとらえることにした。



(いや、でもよく考えたらこれで正しいんだ。連中を砂漠から追い出すには、とことんまで心をへし折って、アジトを世界から抹消するしかなかった)



 何しろこの世界には本質的に“死”がない。

 HPがゼロになったら状態異常としては死亡にはなるが、それは厳密には死とは呼ばない。他者からの蘇生手段で復活できるし、あるいはリスポーン地点へと送られるだけだ。

 極論ではあるが、リアルなら話して分かり合えない相手でも、殺してしまえば自分の意向を無理やり通すことができる。しかしMMOは少しばかり痛めつけたとしても、結局は相手もすぐに復活するから、暴力で意向を通すことは難しい。

 どうしても暴力で言うことを聞かせたいなら、徹底的に心をへし折るしかないのだ。それも残忍なやり口であるほど、恐怖心を植え付けるには効果的だと言える。


 ここまでやれば、連中はもう二度と砂漠で暴れようとは思わないだろう。

 これで懲りずに復讐を企むくらいの根性があれば、今頃彼らはもっと大成していたはずだ。


 エコ猫は溜息を吐くと、鎧をアイテムボックスに収めて立ち上がった。



「じゃ、これを持って交易所長と交渉に行きますか」


「お供します!」



 相変わらずニコニコ笑顔のラブラビは、嬉しそうにエコ猫の後ろに続いた。

 うーん、正直今はこの子に後ろ取られたくないなあ……。




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 交易所長との交渉はめちゃめちゃスムーズに進んだ。

 正直その鎧が本当に<天麩羅騎士団>のものである証拠はあるのか、といった難癖でも付けられるのではないかと予想していたのだが、何故だかすんなりと認めてくれたのである。



「おお、これは間違いなく<天麩羅騎士団>のもの! お見事です、本当に一夜にして討伐していただけるなんて思いもしませんでした!」


「…………」


「ささ、契約書はこちらに! ……な、何かご不満でも……?」



 どことなくビクビクした感じの所長の顔を、エコ猫はじっと眺めた。

 必死にラブラビの方に視線を向けないようにしている所長に、エコ猫は顔を寄せて囁く。



「昨日何があったか、知ってますよね」


「な、何も知りません。私は何も見ていません」



 どうやら昨夜の惨劇を見ていたのは、青ざめた砂漠の月だけではなかったようだ。

 果たしてあの場に間諜がいたのか、あるいはAIがちょっとシステムにズルして覗いていたのか。どちらなのかは知らないが好都合。

 エコ猫はちらりとラブラビに視線を向けてから、所長にぼそりと囁いた。



「……800億」


「わ、わかりました。そのお値段で結構ですので! お願いです、どうか勘弁してください……!」


「わあ、ありがとうございます! いいお付き合いをしましょうね!」


「はは……ははは……」



 震えながら揉み手する所長の姿に、<ナインライブズ>のクランメンバーは全員が頭の上に?マークを浮かべた。一体全体何を怯えているのかわからない。一夜明けたら何故だか<天麩羅騎士団>も壊滅したことになっているし、まったく謎しかなかった。


 エコ猫はにこにこと微笑むラブラビの視線を背中に感じながら、なるほどなあと頷く。



(マフィアの親分って、こんな気持ちなんだろうな……)



 恐怖ってお金になるんだ! ひとつ賢くなったね!!




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 さて、800億の収入から150億をラブラビに支払って、残りは650億。

 ここから350億を<守護獣の牙ガーディアン・ファング>に弁済する契約をしているから儲けは300億ということになるが、返済日は3週間後の月末だ。

 つまり今月中は650億ディールの金を好きにできるということになる。


 黄金都市への交易を成功させてから1週間後、エコ猫は満を持して引き金トリガーを引いた。



「じゃ、そろそろ本題の錬金術といきますか」



 顔をパァンと叩いて気合を入れようとしたエコ猫だが、両手が肉球なのでぷにゅっとした感覚が顔に広がってしまった。

 一瞬苦笑を浮かべてから、代わりに両手を叩いて気合を入れる。カズハはそんな姉のケモノしぐさにほわぁーと笑顔を浮かべながら、数基のカメラドローンを所定の位置に配置した。



「カズハちゃん、撮影の準備はいい?」


「いつでもいいよー。バーンといっちゃおう」


「よぉし! では実況スタート!」



 日曜日の午後、エコ猫は全世界に向けて実況動画を配信した。

 タイトルは『奇跡の複製アイテム・デュプリケイター発見!!』



「はーいみなさん、お久しぶりです。<ナインライブズ>のクランマスター、エコ猫でーす!」



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〇出たなクソ猫

〇複製アイテムって何?チート?

〇のこのこBANされに来たんかワレ

〇運営さんこいつです

〇何が金丼印のテイムボールじゃ!さっき100億分の1って開発者がゲロったぞ!金返せや!

〇↑運営に煽られてるだけなのに自分が吐かせたみたいなこと言ってて草

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「この度私たち<ナインライブズ>は、なんとアイテムを複製できるアイテム“デュプリケイター”を見つけちゃいました! しかも同時に“2個”発見しちゃったんですね!」



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〇は?

〇嘘乙

〇デマ垂れ流してんじゃねーぞ

〇そんなの攻略Wikiに書いてないんだが?

〇マジかよすげー

〇今頃新発見のアイテムなんてあるわけねーだろ

〇どこで見つけた!吐け!

〇今すぐ入手情報を公開せえや!!

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「効果のほどを疑う方も多いと思いますので、本当にもったいなくて断腸の思いですが、特別にここで使っちゃいましょう! 複製するアイテムはこちら! じゃーん、今話題のゴールデンエッグでーす!」



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〇嘘くせーなーんか嘘くせー

〇おうやってみろや

〇おいやめろバカ! 使うな、今すぐそれを俺に売れ!

〇使わないで! 買います! プラチナシティの交易所前で待ってます!!

〇待って! 10億で買います!!

〇俺は100億出すから!!

〇真偽も確かめないで買いに走るとかアホかこいつら?

〇↑お前がアホ 本当なら金卵ごときに使っていいアイテムじゃねえんだよ!

〇でも金卵に使うってことはやっぱ偽物じゃねーの?

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「それでは、よーく見ててくださいね。こちらのゴールデンエッグにデュプリケイターを使うと……ほら、どんどんデュプリケイターの歯車の回転が速くなってきました! 来ますよ来ますよ!」



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〇!?

〇ほほー

〇ぎゃあああああああああ!!!

〇なんかカッコいいなこの機械卵

〇マジかこんなエフェクト見たことねーぞ

〇フェイクだよフェイク、録画動画を加工して垂れ流してるだけ

〇明らかに加工映像 騙されるお前らはアホ

〇超レアアイテムががががががががががが

〇もう1個は使うなよ! 俺が買うから絶対使うなよ!!

〇へー金卵増やせるの? めっちゃええやん

〇金卵ごとき増やしてる場合かよ、無駄遣いにもほどがある

〇これがあればウチのクランのアレが2つに……

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「はい、どーん!! ご覧の通り、光に包まれたデュプリケイターが変化して、ゴールデンエッグが2つに増えました!!」



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〇!?!?

〇マジかよ

〇すげー

〇だからフェイクだって言ってんだろお前ら本当にアホだな

〇おうエコ猫 録画じゃないってんならコメ返ししてみせろや

〇俺は信じねーぞ

〇俺は信じるから1億で売って

〇100億出すから!!

〇エコ猫モフモフでかわいい

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「んー? フェイクじゃないですよ? 映像加工もしてません。リアルタイムですよこれ。何ならいくつかコメントを読み上げてみましょうか。『マジかよ』はい、マジです。『俺は信じるから1億で売って』1億じゃ売れませんねー。『エコ猫モフモフでかわいい』ありがとうございまーす♪」


「はい、ご覧の通りです。ま、別に信じないなら信じないでいいですけどね。大儲けのチャンスをフイにするだけですから」



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〇なんだあ? リスナーにケンカ売ってんのかあ?

〇ちょっと黙ってろコメが流れる

〇大儲けのチャンスって何?

〇俺は信じるから儲けさせて

〇いいから売ってくれって言ってんだろ

〇取りに行くから早く入手方法教えろください

〇エコ猫prprしたい

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「それではここで皆さんに超お得なお知らせがあります。残ったこちらのデュプリケイターですが、ご希望の方にお譲りしてもいいかなーって思ってます」



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〇タダか!? タダだよな!!

〇俺だ! 俺に寄越せ!!

〇何? 視聴者プレゼントってこと?

〇ぽっくん!ぽっくんにほしいのおおおおおおおおお!!!!

〇1億出すから譲ってくれ

〇10億だすからこんな雑魚どもに渡すな!!

〇ビジネスのお話をさせてください! TELL送ります!!

〇俺に寄越せ!

〇はいはいはいはいはいはいはいはいほしいでーーーーす!!!!!

〇もったいつけんな今すぐ俺に送れ!!

〇私のだよ!引っ込んでろお前ら!

〇攻略Wikiの者です。お話を聞かせてください。

〇エコ猫お嫁さんになって

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「はいはい、落ち着いて。コメント欄がすっごい勢いで流れてて読めなくなってますよ。……ただですね、私もこのアイテムにいくらの値段を付けたらいいのかなって迷ってるんですよ。何しろね、これってもう“可能性の塊”じゃないですか? さっきはたった3億のゴールデンエッグに使っちゃいましたけど、これは数百億もする超レア武器だって複製できちゃえるんですよ。クランご自慢の家宝に使ってもよし、別の人にもっと高値で売りつけるのもよし。そりゃもうなんだって増やせるんだから、逆に値段が付けられないですよね」



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〇それはそう

〇お前ら落ち着け

〇それわかってて金卵に使ったのかよ

〇僕は1億!

〇これでウチのエースの超レア武器増やしたら2人に持たせられるな

〇嫌な予感がしてきた

〇完全勝利したエコ猫UC

〇エコ猫ってエロね【このIDは削除されました】

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「ですから、私は考えました。これはオークションで一番良い値段を付けてくれた方に譲ろうと。ただしデュプリケイター自体には値段を付けません。本当に値段を付けられるようなアイテムじゃありませんからね。出品するのはこちら、“デュプリケイターで増やしたゴールデンエッグ”です。このゴールデンエッグに一番の値段を付けてくださった方に、デュプリケイターを無料でお譲りしましょう!」



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〇金取んのかよ!? くそったれ!

〇それってデュプリケイターだけじゃなくてゴールデンエッグもついてくるってこと?

〇ん? それって抱き合わせ商法なんじゃ……

〇エコ猫さん! 抱き合わせは違法ですよ!

〇訴えられたくなかったら俺にタダで寄越せ

〇まあオークションは妥当

〇これは厳しい戦いになるな……

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「え? それは抱き合わせ商法じゃないかって? 別にいいじゃないですか。リアルでは法律で禁止されてますけど、ゲーム内でやっちゃいけないなんて法律にもゲーム規約にも、どこにも書かれていませんよ。嫌なら買わなければいい、それだけです。欲しい方だけチャンスを掴んでいただければ、私はそれで構いませんから」



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〇はあ? やっぱケンカ売ってんのかオメー

〇いちいち挑発してくるじゃん

〇まあ確かにゲーム内の商取引を規制する判例もないし、違法ではないわな

〇いやーこんな挑発されたら、おじさんちょっと黙っていられないなー

〇わからせてやりたい

〇エコ猫ちゃん可愛い……肉球ぷにぷにしたい……

〇↑こいつ……この短時間でID再取得を?

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「はい、そんなわけでオークションは来週の土曜日の正午から! 会場は黄金都市シェヘラザードの大広場になります! 奮ってご参加ください!」



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〇あと1週間しかないの!?

〇もうちょっとお時間いただけませんか

〇普段から金庫に金貯めてない貧乏人どもはどけ! これは金持ち専用なんだよ

〇あの……低レベル帯だとシェヘラザード行くの大変なんですけど……

〇俺この前<天麩羅騎士団>ってPKクランに身ぐるみ剥がれたわ

〇1週間でどれだけ稼げるかなあ

〇もっと早く言ってよおおおおお!

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「あ、こういうのもなんですけど、これ本当にすっごいマネーゲームになりますからね。数十億とかじゃちょっと無理ですよ。落札したいなら最低100億は必要じゃないでしょうか。私ならそれくらいの値段は付けると思いますね。ええ、みなさん頑張って大金を確保したうえでご参加くださいね。即金じゃないとお渡ししませんので」(ニヤついた笑み)



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〇ビキッ!!

〇メス猫ちゃん、ちょ~っとおじさんの預金甘く見ちゃったねえ……

〇100億あれば足りるのか、ヨシ!

〇↑俺200億持ってくんで足りんぞ

〇取り方教えてくれたら100億だすよ?

〇攻略Wikiの者ですこの後メッセ送りますのでよろしくお願いします

〇金持ちたちの負けられない戦いが始まる……

〇エコ猫ちゃんの煽り笑顔すこ

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「オークションの様子も実況しますので、お時間はあるけどお金がないという方もぜひ楽しんでください! チャンネル登録もよろしくお願いしまーす!!」



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〇誰が登録するかボケ!!(ポチッ)

〇100回登録ボタン押した

〇↑結局登録解除してて草

〇ええやん金持ち頂上決戦楽しみにさせてもらうわ

〇実際どんくらいの人が集まるんだろうな

〇今から全力で金を作らないと

〇忙しくなってきやがった! クラメン全員招集や!

〇あそこで手に入るアイテムなのか検証しなきゃ……

〇こいつ、何を企んでいる? 本当に金が欲しいだけか?

〇エコ猫ちゃんまたね

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 そして、経済は崩壊へと歩み始めた。




――――――――――――――――――――――――――――――――

やっと時系列が追い付いた……。

整理するとこうなります。


<怒涛の1か月の流れ>


ドンちゃんをテイム

↓10日後

デュプリ発見

↓1週間後

黄金都市へ交易

↓1週間後

デュプリを実況公開

↓1週間後

デュプリオークション開催

↓(数日経った月末)

<守護獣の牙>への返済予定日

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