第19話「ただ青ざめた砂漠の月だけが、この夜の惨劇を見つめていた」

 タクラビ砂漠のとある洞窟の奥に、<天麩羅騎士団テンプラナイツ>のクランハウスはあった。


 通常、多くのクランは都市の中にクランハウスを構えるものだ。ショップへのアクセスもしやすいし、街から街へのファストトラベルにも便利だ。街中はPK不可の“白”ゾーンだから安全も保障されている。賃料は払わなくてはいけないが、これらのメリットを考えればむしろ当然といえる。


 それでも<天麩羅騎士団>がフィールドに本拠地を構えるのは、彼らがPKクランだからという一点に尽きる。主な狩場としている小オアシスにほど近く、奪ったアイテムを持ち帰るのに便利でアクセス良好。もし返り討ちに遭っても、ここがリスポーン地点となるのですぐに復帰できる。そして洞窟の奥に隠されているから見つかりにくい。賃料もいらないのでお財布に優しい。

 彼らにとってはとても居心地のいいねぐらなのだ。日当たり不良なのと、“赤”ゾーンなのが難点かな。いつでも狩場の獲物を強襲できて、さらに見つかりづらい場所となると選択肢はこの洞窟しかなかったのだ。


 そんな洞窟の一室で、クランマスターのウィルフレッドはジョッキを呷り、空になった器をダンッとテーブルに叩き付けた。



「ああ、畜生! 思い出してもムカムカする! あんな大きな獲物をみすみす取り逃すなんて!」



 ジョッキの中身はキンキンに冷えたエールだ。ただし絶対に酔わない。本物のエールの味を再現しているが、倫理上の規約で酩酊感は得られないように調整されている。

 酔わないエールでやけ酒しながら、ウィルフレッドは吠える。



「お前らもお前らだ、ルーターに徹しろと言っただろう! 何を勝手にキルしようとしてんだ、せっかくのホワイトネームを無駄にする気か!」


「だ、だって……。僕たちそれじゃいつまでも半人前じゃないか。僕たちだってPKして商人狩りに参加したいよ」


「諸君らがそんな欲を出したから、せっかく犠牲になった仲間が無駄死にになったんだぞ! 彼が失った装備品を弁償できるのか!」


「それは……」



 エコ猫を得意満面に煽り散らしておいて、あっさりMPKされたイキリルーター君がしょんぼりと肩を落とす。


 確かに拾い屋だけしてるのはつまらないだろう、それはウィルフレッドにも分かる。しかしそれはそれ、役割分担というものだ。チームプレイに徹してくれないと困る。

 とはいえ、彼らが不平等を感じているのなら、それを抑えつけたままだとまた同じことをしかねない。

 ウィルフレッドは冷えたエールを口に含み、なんとか自分の怒りを宥める。



「……まあいい。そろそろ諸君らも昇格させてもいいと思っていた」


「えっ! それじゃあ、僕たちも前線部隊に!」


「してやってもいいが、仲間に迷惑をかけて昇格というのでは誰も納得しないだろう。だから諸君らにはふさわしい手柄を立ててもらう必要がある」


「は、はあ……?」



 理解が及んでいないルーターの様子に、これを昇格させていいものかとウィルフレッドは一瞬思い悩む。できる者なら自分からこういう手柄を挙げてみせます、と売り込むところだろうに。そういう気が回らないから、彼らは拾い屋しかやらせてもらえないのだ。

 しかし、一度口にしたことだからとウィルフレッドは続けた。



「連中……<ナインライブズ>は、帰りもあの道を通るはずだ。黄金都市から産出される美術品や貴石は、よその街で高く売れるからな。僕たちはそこを狙う。奴らはもう小オアシスで休憩はしないだろうが、強襲を仕掛けるぞ。そのときに幹部の首を獲れば、前線部隊への配属を考えよう」


「ほ、本当ですか!」


「ああ。エコ猫をはじめ、あいつらは商人だ。戦闘力は高くない。諸君らの腕でも十分殺せるはずだ」


「やった! 願ってもないです、僕は恥をかかせたあいつらに復讐してやりたくて仕方ないんだ! 特にあのゴスロリ女、絶対ぶっ殺してやる!」


「俺もだ! 折角の儲けのチャンスを、あのクソ猫に邪魔された! あいつらが大人しく死んでくれれば、今頃装備を新調できたのに!」


「私はあいつらに装備を奪われた! 昼も夜も必死に頑張って旅人から身ぐるみ剥いで、ようやく貯めた金で買ったというのに……こんなのってないよ! あんまりだよ!! あいつらは盗賊以下の存在だ!!」



 鏡見たことないんか?


 オイオイと涙を流しながら<ナインライブズ>への恨みを口にする騎士たちに、ウィルフレッドはジョッキを掲げて朗々とした声で呼びかけた。



「泣くな、諸君! その嘆きを彼らへの義憤へと変えて立ち上がろう!! 明日の栄光のために、あえてここに誓いの杯を傾けよう!!」


「おおっ!」


「我らが<天麩羅騎士団>の輝かしい勝利のために!!」



 騎士たちは立ち上がり、ある者は椅子や机の上に登り、ジョッキを掲げて意気を挙げた。かんぱーい!!



「……うっ?」



 乾杯を終えた後、誰かが呻き声を漏らした。

 いや、それしか声が出なかったのだ。

 喉の奥から赤い液体が口いっぱいに滴ってきたから。



「な、なんら。かららがふごかな……」


「し、したがまわらへえ……」


「ごほっ、ごほっ……な、なんだこりゃ……」



 騎士たちは突然の不調に戸惑い、互いに吐血する相手と顔を見合わせる。

 ウィルフレッドが慌てて自分のステータスを確認すると、そこには“麻痺”“猛毒”を知らせるステータス異常アイコンが点灯していた。



「ら、らんちょう……。あの、その胸に生えてるの、らんです……?」


「胸……?」



 ウィルフレッドが視線をステータスウィンドウから自分の胴体に向けると、左胸からは銀色に輝く刃が突き出ていた。



「あれ……これ、僕、死んで」



 ウィルフレッドがそう言った瞬間、心臓から刃が引き抜かれ、首に向かって致死の斬撃が叩き込まれた。倫理表示がオフなら、首がすぽんと落ちている一撃。


 即座に死亡判定となったウィルフレッドの胴を後ろから蹴り飛ばし、黒ずくめの装束に身を包んだ刺客が姿を現わす。顔にはガスマスクのような覆面をしており、両の腕にはカタールアラビア短剣の中でもジャマダハルと呼ばれる、腕にはめるタイプの両刃の暗器をはめていた。刺客が軽く腕を振ると、ウィルフレッドの血が床に飛び散る。



「……ああ、これでいいか。忘れないうちに証拠の品を回収しておかねば」



 刺客は小さく呟くと、ウィルフレッドの遺体があった場所に転がる白銀の鎧を拾い上げる。その突然の凶行に、騎士たちが息を呑む。



「なっ……」


「ら、らにもの……」



 呂律が回らない騎士たちは必死に腰のものに手を伸ばすが、麻痺した体は持ち主の言うことを聞いてくれない。

 その隙を突いて刺客はすかさず別の2人に飛びかかり、1人の首を落としながらもう1人に回し蹴りを放ち、たまらず転倒した彼に馬乗りになると暗器でその心臓を貫いてトドメを刺した。



「か、かちこみら!!」


「であえであえ! らんさつしゃ暗殺者だ!!」


「ぷはっ……! パラディン、【レストア状態回復魔法】を! 急げ!!」



 そんな彼らを一瞥すると、刺客は机の上へと飛び乗り、さらに騎士たちの一人に向かって暗器を振り下ろしながら跳躍! 喉に暗器を突き刺し、もう片方の手で腹部を貫いた。



「さすがはデススコルピオンの毒。経口摂取でもなかなかの効果が出るものだ」


「こ、こいつ……飲み物に毒を……。いつの間に!」


「よくも団長を!!」



 騎士たちの中にいた状態回復魔法の使い手が、慌てて全員の状態を回復する。

 ようやく復調した彼らは、刺客を取り囲んで袋叩きにしようと殺到した。



「ほい、【サフォケイション酸欠魔法】」



 そうしてひとところに集まってしまった彼らに、背後から酸素を奪う魔法がかけられる。

 バカな、どうして……!? 瞬間的に呼吸ができなくなり、視界がぼやけるエフェクトが表示される中、彼らは激しく動揺した。魔法詠唱を不可能にしつつ、行動を阻害する強力なスペルだが、極めて射程が短くて触れられる範囲にしか使えないはず。

 一体どうして……。


 そう思いながら振り返った騎士たちの1人が、背後にいた白銀の鎧の男の顔を見つめる。



「……誰だ、お前は……?」


「刺客だよ」


「右に同じく」



 見慣れない男の横に立っていた、白銀の鎧をまとったあどけない少年騎士が、酷薄な瞳で彼を見ながら剣を振りかざす。

 その少年騎士の顔も、彼は見たことがない……。

 そう思いながら、彼は致命傷を受けて息絶えた。


 裏切者がいる!? 酸欠の魔法を食らって混乱した騎士たちは、一斉にそちらの方に注意を向ける。



「どこを見ている、阿呆ども」



 次の瞬間、ジャマダハルが空を裂くように閃き、血の華が咲いた。





 後の虐殺は細かく語る必要もない。

 裏切者の存在に混乱しきった騎士たちは、ロクな抵抗もできないまま命を刈り取られていき、やがてクランハウスで動いているのは襲撃者3名だけになった。


 白銀の鎧に身を包んだ男は、軽薄そうな笑みを浮かべながら着込んだ鎧を見下ろす。プレイヤーネームはオレンジ色で“JOKER”と表示されている。



「まったく、お間抜けさんだねえ。奪われた鎧を着こんだだけで、楽々忍び込めちゃうなんてさ。おかげで尾行するのも楽だったよ」


「暴れ甲斐もなかったな。ヴォーパルが仕込んだ毒入りの酒で乾杯を挙げてくれるなんて、本物のバカだろ」



 あどけない顔立ちの少年騎士もそれに頷く。同じくプレイヤーネームはオレンジ色で、名前は“KID”。

 そんな彼らに、覆面を外した黒ずくめの刺客が鋭い瞳を向ける。白く長い髪を束ねた女性で、その瞳は紅く鋭い。黒装束と見えたのはボディスーツで、女性らしい盛り上がりとすらりと伸びた肢体が煽情的な美しさを醸し出していた。オレンジで表示されたプレイヤーネームは“Vorpal”。



「お前たち、長話をしている場合か? ここは奴らのクランハウスだ、すぐにリスポーンしてくるぞ。キッド、アレは仕入れてきただろうな」


「はいはい、ちゃんと買ってきましたとも」



 そう言いながらキッドがアイテムボックスから取り出したのは、白いブリキ缶だった。ただしもちろんただの缶ではない。中にはボコボコと溶岩が煮えたぎっており、掲げるだけで真っ赤な光が周囲を染めている。通常なら溶けてしまうはずの缶は超高熱にもびくともせず、中の溶岩を静かにたたえていた。



「えーと、リスポ地点は……多分このへんだな。おいジョーカー、やってくれ」


「えー、全部燃えちゃうよー? ちょっと家探ししてからでよくなーい?」


「馬鹿なことを言っている場合か。もうリスポーン明けだ。色気を出してないでとっととやれ」


「へいへい。隊長殿は真面目なこって。【サブシデンス地盤沈下】!」



 冷徹な口調で命令するヴォーパルに肩を竦めながら、ジョーカーは魔法を発動する。

 途端にクランハウスの床が激しく震動。指定された範囲が1メートルほどくぼみ、穴を作り出した。

 そこにキッドがバケツを傾け、中身の溶岩をごぼごぼと穴に注ぎ込んでいく。



「50億ディールもしたんだ。ホットなダンスを楽しんでくれよな」



 そのアイテムの名は“インフィニットラーヴァ”。中に蓄えられた溶岩は触れる者に即死レベルの炎属性ダメージを与え、接触したアイテムは瞬時に消滅する。

 さらに放置しておくと溶岩の周囲にある可燃物すべてを炎上させ、塵に帰すというとびっきりの危険物。一応これでモンスターを倒すことも可能だが、倒したところでドロップしたアイテムは瞬時に燃え尽きてしまうので実入りはない。

 用途として考えられるのは、ひたすらに破壊工作一択。あまりの危険性から、街中での使用はシステム側に禁止されている。まともな店での取引もできず、黄金都市などの一部の大都市の闇市でのみ購入できる禁制品だ。



 そこからの地獄絵図は、あまりにも恐ろしくて詳細な描写を憚られる。


 ただ、リスポーンした騎士たちは直後に溶岩へとダイブし、即死すると同時にすべての装備とアイテムをロスト。何もかも失ったうえで、リスポーンするたびに溶岩へと突き落とされる無間地獄を味わった。炎属性ダメージ無効の魔法をかけようとする者もいたが、燃え盛る溶岩はその発動を許さずに即座に命を奪う。

 繰り返される蘇生と即死に、やがて彼らは絶望と共にリスポーンを諦めた。


 唯一の救いがあるとすれば、その繰り返しにも限界があったことだろう。

 溶岩からの飛び火はクランハウス内の家具に燃え移り、何もかもを燃やし尽くしていく。やがてすべてが燃え尽きれば、この場所はクランハウスではなくなり、リスポーンもできなくなるからだ。街中にクランハウスを構えていれば、あるいはせめて“赤”ゾーンでさえなければ、こんな目に遭うこともなかっただろうに。


 最後の瞬間、裸でリスポーンしたウィルフレッドは、絶望の涙にくれながらヴォーパルを睨み付けた。



「どうして、こんな酷いことを……? 僕たちが何をしたって言うんだ……」


「貴方は一人の少女を悲しませ、怒らせるべきでない方を怒らせた。私にとって理由はそれで充分です」



 ヴォーパルの暗器が、一閃と共に炎に包まれる男を切り裂いた。


 溶岩の赤い光に照らされながら、銀の刃を口に添えるヴォーパル。その刃は、あたかも尖りに尖った兎の牙のように。



「……さあ、夜明けまでに残りすべてを焼くぞ。奴らが存在した痕跡の欠片も残すなというオーダーだ」



 <暗剣殺>。気学における九星の最凶の方角を示す、死の象徴を名に冠するPKクラン。彼らは依頼以外で暗殺に及ぶことはない。怨みを晴らしたいという依頼があったときのみ、彼らはその刃で依頼対象の一切合財を滅ぼすという。

 彼らの素性や、普段の活動を知る者はいない。ただ、どこかにいるという口利き人を通してのみ、依頼することができると噂される。




 やがてすべてが終わり、かつて<天麩羅騎士団>があった場所がただの溶岩をたたえた洞窟になり果てたとき、3人の人影が洞窟から出ていずこかへ去った。

 最早<天麩羅騎士団>がこの場所に戻ってくることは二度とあるまい。


 当事者以外、誰もこの夜に何があったかを知ることはない。

 ただ青ざめた砂漠の月だけが、この夜の惨劇を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る