第12話「スーパープレミアム品質のペットフード」

「えーと、ゴールデンエッグ+1でドリームゲートを作った場合……と」



 気になったので、カズハは早速攻略Wikiを調べた。

 企業Wikiでは案の定まったくスルーされているので、匿名掲示板の有志や個人が作っている攻略Wikiを掘っていく。



「企業Wikiって情報うっすいのにどうして検索のトップに来るんだろうなあ。AIで弾かせてくれたらいいのに」



 ……なんででしょうね!

 メーカーによっては企業Wikiに攻略資料を渡していて非常に攻略情報が充実しているところもあるが、『ケインズガルド・オンライン』の運営は基本的に攻略情報を企業Wikiや出版社に公開していない。ユーザーが調べた情報がすべてという、非常にストイックな姿勢を貫いている。不便だというユーザーもいれば、そこがいいというユーザーもいるようだ。


 十数件ほど攻略Wikiを漁って、求める情報にHIT。



「『ゴールデンエッグ+1を使ってドリームゲートを作ると、敵がより強くなった世界に入ることができます』……と」



 情報が記載されていたのは、個人運営の攻略Wikiだった。

 探せば何でも先人が調べてくれてるもんだなあ、とカズハは感心した。なにせ全世界ユーザー数2000万人もいるのだから、誰かが思いつくようなことは別の誰かが既に試しているに決まっているのだ。


 管理人はカズハと同じ疑問からゴールデンエッグ+1をドリームゲートに使用してみたらしい。すると世界の風景には特に変化がないものの、出現する敵は数段強くなっていた。検証によってHP・攻撃力はおよそ通常の2倍と判明。


 床落ちや敵のドロップは特に変化なし。体感では少しいいものが出やすい気もしたが、10回ほど挑戦して統計を取ってみたところ、データ上は特に有意な質の差は見られなかった。しかしこの手の統計は10回やそこらでは母数が少なすぎる。最低でも100回、できるなら1000回、1万回と試行しなければ正しい確率分布は割り出せまい。


 管理人はもっと調査したかったが、ゴールデンエッグが手に入りづらすぎるのと、一緒に調べてくれていたメンバーが飽きて同行してくれなくなったので現状断念しているとのこと。記事の末尾には検証データの提供・一緒に調査してくれるプレイヤーを募集中!と書かれていた。



「なるほどなー」



 他の攻略Wikiも当たってみたが、ドリームゲートについてはこの記載が一番詳しかった。どのサイトも攻略記事ライターの興味は、どこの狩場が一番稼げるかとか、どの交易路が一番利益が出るかといったところに集中しているようだ。まあ、読者が一番知りたい情報はそこなのだから仕方ないか。

 なお今一番ホットなのは金丼さんテイム情報だが、今のところ成功したところはないようだ。


 どうしよっかなとカズハは頬杖を突く。

 誰かと一緒に調査するというのはごめんだけど、実際自分の目で+1の世界を見てみたくはある。


 普段のおどおどした態度や、パーティーで冒険に行ったときの頼りなさから、クランの仲間からは内向的で無気力と思われがちなカズハだが、実際のところは真逆だ。

 本来は好奇心が強く、気になったことは自分の目で確かめたくて仕方ないタチだ。しかし人間がとにかく嫌いで、他人の目が気になって仕方ないので、誰かと一緒だとまったく本領を発揮できないのである。


 そんな彼女にとって、ソロで冒険できるテイマークラスは大変相性が良いものだった。動物さんたちとお話しできるし、ずっと可愛がっていられるし、まったく何の不満もない。特に彼らと一緒に行く冒険旅行ピクニックは、カズハの何よりの楽しみだった。最近はドンちゃんという強力な仲間も加わり、旅先の選択肢も大きく増えている。


 カズハがどうしよっかなと迷っているのは、ゴールデンエッグをさらに消費することや、敵が2倍強いことへの恐れが原因ではなく、ピクニック先が2日連続同じ場所だとみんなが飽きないかなという一点に尽きた。



「どう? また同じところでもいい?」


『不満などございません。主様の望まれるところ、いずこなりとも付き従いましょう』


『我は構わぬ。あの程度の雑魚、すべて消し飛ばしてやろう』


『あそこのお星さまは綺麗で綺麗だから好き。ピィほど綺麗じゃないけれど、ピィのがずっと綺麗だけど』


「よし、じゃあ行ってみようか」



 テイムモンスターたちが頷いたので、カズハはいそいそとピクニックの支度を始めるのだった。





 結論から言うと、HPと攻撃力が2倍になったところで、ドンちゃんの前ではまったくお話にならなかった。

 ドンちゃんの開幕究極ブレスを浴びたシャドウビーストは、曇天の切れ間から差し込む陽光を浴びたようにみるみるうちに消え失せる。まだまだ余裕でオーバーキルであった。


 もし彼らのお得意の奇襲攻撃を仕掛けられれば、いかにドンちゃんといえど危なかったかもしれないが、ガルちゃんが奇襲をすべて無効化したのでまったくどうということはない。カズハは始終鼻歌を歌いながら、ルンルンピクニック気分で最後まで進んだ。


 ボスモンスターでさえもドンちゃんの究極ブレスで一撃である。

 あまりにも相性が良すぎた。



「ボスドロップは……“影のワンド”か」



 効果説明には右手装備、知力+10、闇魔法+15、失明・拘束状態を無効化といったテキストが書かれていた。闇系の魔法を扱えるダークマージクラスなら垂涎の効果ではあったが、



「うーん、いらないなー」



 カズハはぽーいと雑にアイテムボックスへ放り込む。基本的にテイマークラス以外はやる気がなく、使ってもアルケミストクラスくらいしか興味を持たないカズハには、どうでもいいアイテムでしかなかった。


 ふとアイテムボックスの中を覗いて今回の戦利品を確かめてみるも、やはり攻略Wikiにあった通り、大したアイテムは拾えていない。

 景色は本当に綺麗で、出現する敵も弱っちいのだが、アイテム面での収穫はまったくおいしくなかった。これでは攻略Wikiのライターも行く価値なしとみなして当然だ。少なくともアイテムの質が良くなるなどの報酬がなければやっていられないだろう。



 +1の世界から戻ってきたカズハは、右手に収まっていたゴールデンエッグ+2に目を落とす。+の数値が上がっていた。


 このゴールデンエッグ+2を使ってアイテムを作るとどうなるのかも、先の攻略Wikiには書かれてあった。

 ゴールデンエッグ+2を使ってゴールデンハンマーを作ると、武器の強化値が+3されるようになる。つまり、ゴールデンハンマーを3つ作ったのと同じだ。ゴールデンエッグを3つ使うことになるので、別に何の得にもならない。


 そしてゴールデンエッグ+2でドリームゲートを作ると、今度は出現する敵の強さが3倍になるらしい。拾えるアイテムの質は特に変化なし。おそらく無制限に+の数値は増えていき、敵の強さも比例して強化していくだろうと書かれていた。

 どうやらそこで調査は打ち切られてしまっているようだ。

『敵が強すぎて現状のパーティでは+4が限界。今後新しい装備や強化システムの解禁があれば太刀打ちできるかもしれないが、果たして行く価値はあるのか……?』『Wikiの充実のためとはいえ、こんなことに大金突っ込んで無理ゲーやらせるのはやめろ。もう付き合わねえぞ』といったディスカッションが、コメント欄に書かれていた。



「ふーん、そっかあ」



 じゃあ+4の先に何があるのか、調べずにいられないよね!







「うーん……ゴールデンエッグの今後一か月分の生産を担保に、複数のクランから出資を募ってみるか?」



 エコ猫は最近ずっと何やら考えているようで、ログインしているときも家にいるときもうんうん唸っている。



「その資金を元手に大キャラバンを編成して、ワールド中の拠点からプラチナシティに交易品を運び込むことで一気にシェアを塗り替える……。うーん、でも既存の商人クランから一斉攻撃されるかなあ。でもちまちま一地方ずつやっても後で警戒されるだろうし。とはいえ用立てられる資金も金卵きんらん一か月分が限度かな」



 何やら大きなマネーゲームに手を出したいらしいのだが、構想が大きすぎてなかなかまとまらないようだ。

 まあでも、お姉ちゃんが楽しそうだからいいかとカズハはエコ猫をスルーした。

 実際皮算用しているエコ猫は、頭を抱えながらも時折ニヤニヤとキショい笑みを浮かべており、楽しんでいるだろうことは伝わってくる。遠足は計画しているときが一番楽しいものなのだ。


 エコ猫が何も言ってこないので、カズハはゴールデンエッグを遠慮なく浪費することにした。12時間ごとにドンちゃんがゴールデンエッグを産むたびに、カズハはより敵が強くなった+の世界へのピクニックを敢行。


 +3の世界は何事もなく終了。

 +4の世界も大して変化はなかった。少しだけアイテムの質がよくなったかな?くらいの感じはあったが、ただ運が良かっただけかもしれない。

 なお、モンスターは相変わらずドンちゃんが一撃でやっつけてくれた。



 変化は+5の世界から現れた。



 ある標識の下に落ちていた見慣れない金色の缶詰を拾い上げて、カズハは目を見張る。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【ゴールデンペットフード】


どんなモンスターも大喜びで完食する、栄養も味もプレミアムなごちそう。

肉食モンスターでも無機物モンスターでも食べられるペットフードって何かって? 

成分は知らない方がいいよ!


テイムモンスターに食べさせると、レア度が1つ上昇する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 おほーーっ!

 大興奮のカズハは、思わず缶詰を頭上に掲げて舞い踊った。


 こんなアイテムは初めて見たけど、かなりイケてるレアアイテムなのでは?

 これを食べさせれば、レア度の低いガルちゃんやピィちゃんもより活躍できるはず!


 元々見た目重視でモンスターをテイムしているカズハの手持ちは、かなり弱い。

 攻略Wikiで推されているような、いわゆるテンプレ構成のモンスターは何も持っていなかった。だって強いと言われてるモンスターって、スケルトン系とかゾンビ系とか、やたらグロいアンデッドばかりなんだもん。麻痺毒やら死んでもターン経過で復活やら強力な能力を持っているとはいえ、カズハは可愛くないモンスターにはまるで興味がない。しかしカズハが好む可愛い動物モンスターは、これがどうにも弱いのだ。まあ現実的に考えたら、ただの動物がアンデッドに勝てるわけないわな……。


 喜び勇んだカズハは、早速ガルちゃんに食べさせてみた。



『はぐはぐはぐはぐ! こりゃうまい! こりゃうまい!!』


『……我の方が貢献しているのだから、一口くらいいただいていいのではないか?』



 皿に盛られたキラキラ輝くペットフードを、ばくばくばく!と凄まじい勢いで平らげていくガルちゃん。ドンちゃんは指を咥えてそんな同僚を羨ましそうに見ている。

 どうせなら2つ見つけてから2人に1つずつ食べさせれば良かったかな……。カズハがそんなことを思っていると、皿までぺろぺろ舐めていたガルちゃんがぴくっと体を震わせた。



『むむっ! 進化の気配! 主様、今なら上位のモンスターになれそうです! なっていいですよね! なりますよ!』


「えっ!? すごい! あ、でもちょっと待って……」



 カズハは能面のように無表情になり、ガルちゃんに光のない視線を向けた。



「……間違っても人型になったりしないよね? ケモミミついただけのイケメンになって人間の言葉しゃべったりするようなら、全力でキャンセルするけど」


『あ、いえ……普通にケモノのままですけど……』


「ならいいよ! 進化しちゃおう!! どんなのになるのかな、楽しみー!」


『我が主の闇は深い……』



 光に包まれるガルちゃんは俄かに緊張した顔つきになって、だらだらと脂汗を流す。進化したはいいが、主の気に入らない姿になったら捨てられやしないかと今更になって気になってきた。いや、いくらなんでもそんなことはないよね。信じてますよ主。

 ……信じていいんですよね?



「あ、あおーーん!!」



 ガルちゃんの姿が青い光に包まれ、彼は体の奥から湧き上がる力を噛みしめるように吠えた。そして……。



≪おめでとう! ガルちゃんはクレセントセイバーに進化した!!≫



 青く輝く体毛に、三日月型の円刃のような形の鋭い牙。体長は2メートルほどに大きくなり、精悍な顔立ちはどこから見ても狼のもの。

 名前だけはウルフだけど、見た目はただの秋田犬もどきでしかなかった進化前に比べれば、名実ともに狼と呼んで差し支えない姿となっていた。



『え、ええと……どうでしょうか……』



 ガルちゃんの周囲をぐるぐると回って毛並みを確かめているカズハに、ガルちゃんはドキドキしながら尋ねる。可愛くなくなったからいらないって言われたらどうしよう……。

 カズハはうん、と重々しく頷くと、おもむろにガルちゃんに抱き着いた。



「わーーっ! カッコいいよガルちゃん!! 毛並みもふかふかだね! 進化したてだから毛も柔らかいのかな? これからも頑張ってね!」


『お任せください、主様!』



 内心でほーっと安堵の息を吐きながら、ガルちゃんはがるがると喜びの声を上げる。

 カズハはしばらくガルちゃんに抱き着いて、思う存分ふかふかを堪能。特にお腹の毛が柔らかくて気に入ったらしい。今度ここを枕にしてお昼寝してみようと心に決める。



 ともあれ、これでカズハにとってこのダンジョンを周回しない理由はなくなった。

 ゴールデンペットフードが床落ちしている限り、存分にハムハムハムスターのように周回する価値がある。

 これまで見たことのないアイテムだし、市場でも攻略Wikiでも名前を見かけたことがないから結構なレアアイテムだと思うが、1度でもドロップしたものは何度でもドロップしうる。仮にドロップ率が0.01%程度しかなかったとしても、狙わない理由はない。


 ちなみに売るという選択肢はまったく頭になかった。

 テイマークラスならいくら出しても欲しい垂涎のアイテムだが、それはカズハも同じこと。手に入る側から自分で使うつもりでいる。



「よーし、どんどん行くよ! おいしいご飯をいっぱい見つけて強くなろう!」


「ぐるるー」


「がるぅ!」



 美味しい餌に釣られて意気上がるペットたちの声とともに、カズハは拳を振り上げる。

 +5の世界で初めて発見したのだから、おそらく+5の世界からアイテムテーブルが変化している可能性が高い。

 そしてこういうもののお約束として、+が上がるほどドロップ率は上がるはず。


 次の日も、そのまた次の日も、カズハはゴールデンペットフードを探してより+の高い世界に潜り続けた。

 当然侵入者を撃退しようとさらに強いモンスターが出現して、+6の世界からドンちゃんの開幕究極ブレスでもギリギリ耐えられそうになってしまう。

 しかし途中で新しいゴールデンペットフードを見つけたので、これをドンちゃんに食べさせたところ、種族は変わらなかったもののレア度が上がった。レア度が上がると特定のステータスが強化されるらしく、光属性攻撃倍率が上がってくれたおかげでブレスが強化され、ワンパンし続けることに成功する。


 その後もゴールデンペットフードを見つけるたびにドンちゃんとガルちゃんに食べさせていると、ガルちゃんが【勝利への咆哮】というPT全体対象の攻撃力バフスキルを習得した。戦闘開始と同時に最速発動する優れモノだ。

 この組み合わせでさらにブレスのダメージが上がったので、ボスモンスターもワンパンすることができた。


 ゴールデンペットフードの床落ち率は結構高めに設定されているようで、カズハはホクホク顔だ。逆にそれしか注目するようなアイテムはないが、カズハにとってはそれだけで十分。むしろアイテム全部ペットフードでいいや。もっと拾えないかな。




 そして+10の世界に到達したとき。



 カズハは標識の下に見慣れないアイテムが落ちているのを見つけた。

 透明な卵形の球体の中に、無数の歯車が回転している不思議な外見。

 まるで機械でできた卵のような、どうにも言い表しようのないアイテムだった。


 なーんだ、ペットフードが良かったのに……。

 そう思いながらカズハは機械卵を手に取り、説明文をチェックする。

 そして、弾かれたように目を背けた。



 見てはならないものを見てしまったような顔で、じっと機械卵に目を落とす。

 やがてごくりと唾を呑み込み、もう一度その説明を読み返した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【デュプリケイター】


『其は万物の可能性の終着点。何物でもなく、何物にも成り得る無色の力。

其の力を何に使うのか。機械卵が試すのは、お前の可能性だ。


消費することで、どんなアイテムでも1つ複製する。』

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