第11話「星下瞭原の浪漫紀行」

「ふんふんふ~ん、ピークニックピクニック~♪」



 <ナインライブズ>のクランハウスの裏庭で、カズハは火にかけられた壺の中身をぐるこーんぐるこーんと混ぜ合わせていた。


 ピクニックに出かけると言っていたはずのカズハが裏庭で何故か壺をかき混ぜているのは、別に頭がおかしくなったわけではない。彼女が言うところの“ピクニック”に行くために必要なアイテムを、錬金術スキルで製作しているのだ。

 本職はテイマークラスの彼女だが、アイテム係として必要なスキルを取るためにアルケミストクラスもある程度育てているので、そこそこのレア度のアイテムなら自作できる。金丼さんと戦うために使ったブレスポーションも、彼女のお手製だった。


 ある程度火が通ったところで、カズハはアイテムボックスから肝になるアイテムを取り出す。

 現在絶賛巷をお騒がせしているレアアイテム、ゴールデンエッグだ。



「どぼーん♪」



 転売詐欺によって現在3億ディールの相場に値上がりしているそれを、カズハは惜しげもなく壺の中に沈めた。そしてさらに壺をぐるこーんぐるこーん。

 やがて壺の中身が黄金色に輝き始め、さらに混ぜていくうちに光は柱となって壺から立ち上り……。やがてカッと一際眩しく光ったかと思うと、壺の中の液体がかき消える。

 いや、正確にはひとつのアイテムとして形を成したのだ。


 カズハは壺の中に手を突っ込み、中身を取り出す。

 それは虹がぐるりと円形を成したかのような、奇妙な形のアイテムだった。

 手に取ったアイテムをぐるぐると回していろんな角度から眺めてから、カズハは満足そうに頷いた。



「うん、いい出来! “ドリームゲート”は初めて作ったけど上手にできたね」


「がるがる」



 彼女の横で作業を見守っていたバウバウウルフのガルちゃんが、褒めるように頷く。



「でしょ? これならピクニックもきっと成功するよ」



 そう言ってカズハはさらにアイテムボックスから別のゴールデンエッグを取り出して地面に置き、それを虹の輪の向こう側から眺めた。



「さあ、“ドリームゲート”起動! ゴールデンエッグの世界へレッツゴーだよ!」



 彼女がそう言うと、虹の輪がぎゅるるるっと高速で回転を始め、あっという間に大きくなる。そしてカズハの姿を小さく縮小しながら輪の中に吸い込み、きゅぽんと音を立ててゴールデンエッグの中へと入れてしまった。

 そしてカズハが中に入ったと同時に、ゴールデンエッグも消失する。


 誰もいなくなった裏庭には、人ひとりが通れそうなサイズの虹色のゲートだけが残されていた。




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 ベルベットを天に敷き詰めたような蒼暗い空には、ありえないほどにぎっしりと星々が輝いて地上を照らす。中には星と星の間に線が引かれ、天にありながら星座となっているものもあった。

 地には無数に枝分かれした道が地平線の向こうまで広がり、旅人にどの道を行くかを問うている。分岐点には白い標識が掲げられているようだが、そこに記された文字は日本語どころか、人類がこれまで生み出した言語ですらない。


 それらの標識の行き先は“無限の可能性”。


 あらゆる装備品を強化するアイテムの素材となり、あまねくアイテムを強化するゲートの素材でもあるもの。

 ゴールデンエッグというアイテムが持つ属性を迷宮として具象させた空間、それがこのダンジョンだった。



「へえー、これがゴールデンエッグの中の世界か~」



 テンション上がるな~というワクワク顔で、カズハは珍しい景色を見渡した。



 ゴールデンエッグを素材とするアイテムは、すべての装備品を確定で強化する“ゴールデンハンマー”だけではない。

 使用者をアイテムの中の世界……アイテムダンジョンに導く“ドリームゲート”もまた、ゴールデンエッグを素材とするアイテムだ。


 ドリームゲートで侵入できるアイテムダンジョンは、アイテムごとに出現する敵や拾えるアイテムの種類が決まっているものの、基本的にその配置はランダムに設定される。いわゆるローグライクダンジョン、日本人には『不思議のダンジョン』という呼び名の方が通りがいいだろうか。


 外の世界とは違って珍しいモンスターに出会える可能性があるし、様々なアイテムが床落ちしているので思わぬお宝に巡り遭えることもある。しかもダンジョンをクリアすると元のアイテムの表記が『+1』となり、効果量や対象範囲がアップするのだ。

 たとえばHPを回復するアイテムなら回復量が上がり、一度に回復できる対象が1人からPT全員に拡大するといった具合に。

 装備品を強化するならゴールデンハンマーを、消費アイテムを強化するならドリームゲートを作ってくれという運営の意図が見える仕様だった。


 しかし、現在のところゴールデンエッグはもっぱらゴールデンハンマーの素材として使用されるばかりで、ドリームゲートはイマイチ人気がない。

 理由は単純で、流通量が少ないが故に非常に高価だからだ。


 時価1億ディールもする高価な素材なのだから、1度使えばなくなってしまう消費アイテムより、何度でも使える装備品に使う方がお得と考えるのは当たり前のことだった。しかもどんな装備品でも強化できる万能素材だ。

 最上品となれば数百億で取引される伝説の武器防具でもノーリスクで強化できるのだから、多くの者はこちらを選ぶだろう。


 もっとも、世の中奇特なプレイヤーはいくらでもいるし、何だって調べたがる検証勢だって存在する。

 そうしたプレイヤーの手でアイテムダンジョンの仕様は解析されており、アイテムによっては絶景と呼べる幻想的な風景が広がっていることも明らかにされていた。



『ご主人、見とれてはいけない。ここは既に敵地。いつ野良モンスターが襲ってくるかわからぬ』



 影からずるりと這い出てきたドンちゃんに警告され、カズハはのんびりした顔で頷く。



「わかってるよー。でもドンちゃんがいれば、ワンパンでやっつけてくれるでしょ?」


『無論。ご主人には爪一本触れさせぬ』



 家ほどもある大きさになったドンちゃんは、ふんすと鼻息を荒げながら巨大な頭を縦に振った。



「警戒スキルはガルちゃんに任せるね。モンスターの臭いがしたらすぐ教えて」


『お任せを、主様。新入りには負けぬ働きをお見せしましょう』


『ふっ。レア度の低いおまえに期待などしていない。警戒だけしているといい』


『なんだと』



 がるがるぐるると、ちっぽけな犬もどきと巨大な金龍がバチバチと火花を散らしてにらみ合う。サイズも戦闘力も差がありすぎてあまりにも滑稽な構図だったが、ドンちゃんの鼻息ひとつで吹き飛びそうな雑魚モンスターが怯まずににらみ返しているだけで褒めていいことなのかもしれない。

 もっとも、彼の主人は褒めるどころか叱ったが。



「こらっ、ケンカしちゃダメだよ! みんな得意なことが違って、みんな役に立つの! 長所を生かして協力しなさい!」


『……はい』


『面目次第もありません』



 しゅんと頭を下げるドンちゃんとガルちゃん。


 そのとき、ふとガルちゃんが鼻を動かし、がばっと身を伏せながら吠えた。



『むっ……敵の気配。そちらの標識の影です!』



 すると近くにあった標識の影が膨れ上がり、たちまち複数の影に分かれたかと思うと、ずずっ……と音を立てて身を起こした。


 鳴り響く戦闘BGMのイントロ!

 厚みを得た影が平面から立体へと軸を得て、ギラギラとした瞳と深淵のように昏い大顎を開きながら侵入者へと襲い掛かる!



「ドンちゃん、【ミスティック・ディザスター・ブレス】だ!」


『ぐるるるるるるるっ!!!!』



 きゅいん、きゅいん、ちゅどーん!


 金色の光の奔流が、地面を抉り取りながら影たちをあっという間に蒸発させた。

 ちゃららーんと雑魚戦終了のSEが鳴り響き、BGMが再び幻想的なフィールド曲へと戻る。


 あまりにも楽勝すぎて戦闘描写などするまでもない。

 開幕全体攻撃でワンパンである。



「ドンちゃんすごーい!」


『この程度の敵、当然の結果である』



 主人の言葉に涼しい顔で返しながら、ドンちゃんは得意そうに鼻を鳴らす。



「ガルちゃんもよく気付いたね、えらいなあ!」


『お褒めに預かり光栄です』



 騎士のような凛々しいことを口にしつつ、ガルちゃんは尻尾を振り回しながら、ほめてほめてと言わんばかりにハッハッと舌を出していた。



『まあ……我も奇襲を受けては開幕での殲滅が難しいからな。おまえもよくやったと言っておこうか』


『……確かに自慢するだけのことはある威力です。そのブレスは認めておきましょう』



 顔を背けながらも互いを褒める2匹に、カズハはニコニコと笑顔を浮かべる。



「うんうん、仲良しの力だね。この調子でどんどんいこう!」




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 それからカズハ一行は、尽きせぬ星々の下をのんびりと旅して歩いた。


 あれは何座かなーと天に浮かぶ星座を指差し、分岐路に行き当たっては棒を倒して進む道を選ぶ。

 モンスターと出会えばドンちゃんが一発で消し飛ばし、たまに標識の下に落ちているアイテムを拾いながら、カズハは自由気ままに旅路を闊歩する。


 孤独感などまったく感じない。高度な人格AIが搭載されているドンちゃんとガルちゃんは話し相手になってくれるし、なんなら互いに会話さえするのだ。

 主人であるカズハ以外のプレイヤーにはフィルターがかかっていて言葉が通じないが、ここには人間はカズハしかいないので何の問題もない。気の置けない友人たちとワイワイおしゃべりしながら、星空の下のピクニックを満喫できた。



「ちょっとここらへんで休憩しよっか」



 ビニールシート型の結界アイテムを敷いたカズハは、テイムモンスターとランチタイムを楽しむことにする。


 ドンちゃんには骨付き黄金ミート。ガルちゃんにはマンガ肉。

 ナイチンゲールのピーちゃんも呼び出して、自分用のサンドイッチを少し分けてやる。



『なんでおまえは働いてないのにメシを食べるのだ』


『なんですかなんですか! じっとしててもお腹は空くのです! そもそもピィは可愛いので、存在してるだけですでにご主人様を楽しませているのです!』


『ドンの言う通りだ、あなたも働くべ……いや、働かなくていい。どうせ脚を引っ張りますからね』


『なんですかなんですか! ピィを足手まといみたいに言わないでください! 役に立ちます立ちますよ、今はそのときではないだけです! 何なら歌いますか、美声を披露しましょうか!』


『やめろ! 野良の連中を呼び込む気か!』



 ファッキン死神バードことナイチンゲールの歌声【キュリオスハミング】は、野良モンスターを呼び寄せる歌声で強制エンカウントを引き起こすスキルである。

 こんな調子で何らかのデメリットがあるスキルしか覚えないので、何も知らない初心者が可愛い小鳥さんだと思ってテイムすると、悲惨な目に遭うのだった。なのに見た目だけはモンスター屈指の愛らしさ。


 ちなみに敵として遭遇した場合は、遠慮なく歌ってモンスタートレインを引き起こすわ、敵モンスターを回復するわで非常に厄介極まりない。運営の悪意を感じるモンスターコンテストでは不動の1位。ファッキン死神バードのあだ名は伊達ではない。



『あなたは何もしなくていい。黙ってパンくずを食べていなさい』


『何もしていないのにご主人の手からメシをもらうとは。ずるくないか』


『ずるくないです、ないですよ! ピィは可愛いので可愛がられるのです』



 テイムモンスターたちがワイワイとはしゃぐのに頬を緩ませながら、カズハは満天に広がる星空をゆったりと眺める。



「うん、来てよかったなー」



 ゴールデンエッグの中に幻想的で美しいダンジョンが広がっていることは、前々から口コミで知っていた。奇特なプレイヤーがアップした動画も見たことがある。その風景に魅せられたカズハは、ぜひ一度自分の脚で訪れてみたいと思っていたのだ。


 しかしその入場料となるドリームゲートがあまりにも高価で、これまでなかなか手が出せなかった。それが思いがけずドンちゃんをテイムしたことで、憧れていた風景をこの目で観光するチャンスに恵まれたのだ。


 出現する雑魚モンスターは結構手ごわいという噂だったが、それもドンちゃんが全部やっつけてくれた。



(本当にありがとう、ドンちゃん)



 この星空をプレゼントしてくれたドンちゃんに、カズハは心から感謝した。




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 帰還ゲート前で待ち構えていたボスモンスターは、砦ほどもある巨大な影の怪物だった。

 その姿は影たちの王様といった感じで、立派な髭をたくわえ、王様が持つようなワンドを携えている。彼がワンドを振ると無数の影たちが召喚され、一斉にカズハたちに襲い掛かった。

 軍勢を率いて襲い来るその姿は、まさしく影の獣を統べる大王と呼ぶにふさわしい……。


 つまり光のブレスにはめちゃめちゃ弱い。



「ドンちゃん、ブレス」


「ぐるるー」



 ちゅどーんと吹っ飛ばされ、ボスモンスターは死んだ。スイーツ。



「ここのダンジョン、風景は本当にすっごくいいんだけど、モンスターが可愛くないのとアイテムがあまりおいしくないのが欠点かなあ」



 出てくるのは影をモチーフにしたモンスターばかりだった。絵本に出てくる影のオバケのようなコミカルな見た目で、見ようによっては愛嬌がなくもないのだが、カズハはリアルな動物を可愛いと感じるタイプなので好みに合わなかった。なお、ドンちゃんは動物の範囲に含まれる。


 ボスドロップは“影の王冠”というレアアイテムだった。

 装備すると影のモンスターを召喚して、従わせられるというもの。戦闘中に敵の四肢を縛って拘束したりできるらしい。

 しかし元からテイムモンスターだよりで戦っているカズハには、あまり恩恵がなさそうだ。今のカズハには戦闘中2体のモンスターしか従わせられないし、それならドンちゃんとガルちゃんで十分だろう。



「お姉ちゃんへのお土産にしよっかな」



 鼻歌混じりにボスドロップをアイテムボックスに放り込んでから、カズハはくるっと背後を振り返った。


 相変わらず広がる満天の星空。無数の分岐路から選び取り、歩んできたこれまでの道。うん。いいピクニックだった。



「また来よう」




 帰還ゲートに飛び込むと同時に前の前に広がる、極彩色の道。

 それはあまり直視しない方がいいもののような気がして、瞳を固く閉じる。




 やがて瞼越しに感じる光が弱まる。

 目を開けば、そこは出発した場所と同じ、クランハウスの裏庭だった。


 ふと右手に何かを握っている感覚を覚え、目を向けるとそこには黄金に輝く卵が握られている。



 “ゴールデンエッグ+1”。



 クリア報酬として“+1”が付いていた。

 攻略Wikiによれば、“+1”がついたゴールデンエッグを素材にしてゴールデンハンマーを作ると、使用時に強化値が通常の1ではなく2上がる……という記述があったと思う。検証勢は何でも試すものだ、えらいなあ。


 しかし、この強化値アップには実際のところ何の意味もない。

 何故ならゴールデンエッグを+1にするためには、ゴールデンエッグを材料とするドリームゲートが必要だからだ。強化値を2上げるのならば、ゴールデンエッグを2つ使ってゴールデンハンマーを2つ作っても同じこと。むしろアイテムダンジョンをクリアする分、余計に手間がかかる。


 だから攻略Wikiにも『時間の無駄の上に、非常に強いモンスターが出現するアイテムダンジョンをクリアしなくてはならない。珍しい風景を見たいのでもない限りはやらないことをオススメする』と書かれていた。

 非常に強いモンスターが出るというのはウソだったけど、まあ確かに無意味だよねと思う。



「この+1のゴールデンエッグはどうしよう。無印よりもっと高く売れるかなあ? まあ、お姉ちゃんにあげちゃえばいいか」


「ぐるるぅ」



 サイズが縮んだドンちゃんが、お好きなようにと言わんばかりに喉を鳴らす。

 【ステルスネーム】の常時発動をONに戻した今は、スキルポイントが足りなくなるのでドンちゃんも本来の強さを発揮できないのだ。


 そんな可愛いサイズのドンちゃんの鼻先を撫で、カズハはクランハウスに歩き出そうとして……。

 ふと、頭によぎったことを呟いた。



「……じゃあ、+1のゴールデンエッグでドリームゲートを作るとどうなるんだろ?」




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【シャドウビースト】


特定のアイテムダンジョンにのみ出現するモンスター。

出現エリアが非常に限定的だが、分類上は一般モンスターとして扱われる。

物陰に潜んで奇襲するスキルを持っているうえに、物理攻撃を無効化するスキルを常時発動している。さらに必ず複数体で襲い掛かるため、極めて危険。

影だけに光属性の攻撃には弱いが、光魔法頼りでダンジョンを乗り切るには大量のMP回復アイテムが必要になる。


攻略Wikiには『光属性の魔法を使える魔導士クラスと、気配察知スキルを持つスカウトクラスなしで戦うのは無謀。ソロ攻略はほぼ不可能に近い。このモンスターが出現するアイテムダンジョンにはそもそも潜らないことを推奨する』と記載されている。

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