第13話「万能にして制限ガチガチの複製機」

「うん、全ての街を調べてみたけど間違いない。やっぱりこのアイテムはこれまで誰にも発見されたことがないわ」



 カズハがゴールデンエッグ+10の世界から発見した機械卵……“デュプリケイター”をテーブルに置いたエコ猫は、そう結論付けた。



「お姉ちゃんはすごいなあ。そんなこともわかっちゃうんだ」


「すごいのはカズハちゃんの方だよ。こんなものを見つけ出しちゃうなんて」



 ほへーと感心するカズハに、エコ猫は苦笑を返す。


 実際大したものだと思う。

 なにしろ2000万人ものユーザーがいるMMOで、未知のアイテムを発見するなど尋常なことではない。とっくの昔に実装済みの仕様は限界まで掘られ、すべてのアイテムは発見しつくされ、新しいアイテムやエリアの実装を待つだけの“枯れた”コンテンツだと思われていたのだ。

 誰もが攻略Wikiを読み漁り、ワールドに存在する資源リソースを知り尽くしたうえで、それをいかに効率的に奪い合うかのマネーゲーム。それが『ケインズガルド・オンライン』であったはずである。それが、実はこんなアイテムが隠されていようとは。


 なのにその第一発見者ときたら、にこにこ笑顔でこんなことを言う始末。



「私はいい使い道わかんないから、見つけたら全部お姉ちゃんにあげるね!」



 これである。


 別にカズハだって、このアイテムの価値がまるでわかってないわけではない。

 だってどう考えたって“ヤバイ”。

 間違ってもそのへんで拾ったゴールデンペットフードを増やすのに使っていいものではない。ゴールデンペットフードだって貴重なアイテムだし、いくらだって欲しいが、しかしたかが消費アイテムに使うにはもったいなさすぎる。

 だからモノの価値がわかるお姉ちゃんに丸投げしちゃおう!ってなわけである。


 そしてモノの価値がわかるお姉ちゃんは、カズハにぽいっと無造作に渡された瞬間に顔を引きつらせた。



 



 『ケインズガルド・オンライン』というMMOがどういうゲームかを考えれば、絶対に存在が許されない類のアイテムだ。

 何故ならこのゲームの根幹は“マネーゲーム”。金にせよ、資源にせよ、拠点にせよ、何らかの価値があるものを他人との駆け引きで争奪するところに醍醐味がある。売買、交換、PKと駆け引きの方法もいろいろあるが、最終的に自分のクランが持つ価値の総量を増やすことがゲームの目的なのだ。

 つまり他プレイヤーとの駆け引きが大前提にある。


 なのに、この機械卵はその前提を完全に否定している。

 他のプレイヤーの干渉を一切受けずに、手持ちのアイテムを簡単に複製できる。しかもほぼ隠しエリアに近いとはいえ、床落ちで無限に拾える。……それではあまりにもバランスを壊し過ぎる。

 ババ抜きで他人のカードを引く代わりに、好きなカードを自分の手札に出現させられるようなものだ。そんなことができたらゲームにならない。


 だから運営はこんなアイテムを許してはならない。

 マネーゲームをテーマにする以上は、ワールドに存在する金と資源を合わせた“価値”の総量は運営が厳格に管理する必要がある。ユーザーが勝手に価値の総量を大幅に増やせてはいけないのだ。それはたやすく世界の崩壊を招いてしまう。


 だというのに、こんなアイテムが目の前に存在してしまっている。

 まさかここの運営に限って、うっかりデバッグアイテムを隠しエリアのアイテムテーブルに設定したまま忘れてました、なんて間抜けなことはするまい。


 ということは、結論はひとつ。

 『試されている』。



 猫目を細めながら、エコ猫は機械卵を持ち上げて明かりに透かす。

 ぐるぐると回転を続ける物言わぬ歯車の狭間から、刺すような視線を感じる気がする。それはきっと気のせいではない。


 このアイテムの説明文を読み返す。



『其の力を何に使うのか。機械卵が試すのは、お前の可能性だ。』



 ユーザーに“お前”と語り掛ける、あまりにも挑発的なフレーバーテキスト。

 数千を超える他のどのアイテムにも、このようなテキストは類がない。

 唯一このアイテムだけそうなっているのなら、そこにはきっと特別な意図がある。


 このアイテムを手にしたものがどう使うのか、このテキストを書いた“誰か”はそれを見ている。


 たとえば思いつく中で一番の下策――単に高価な装備品を増やして売るだとか。あるいはこのアイテムの存在を攻略Wikiなり匿名掲示板なりに書き込んで高く買ってくれる相手を探そうとするだとか。

 そんな“つまらない”使い方をしたら、きっとこのアイテムは即日で最初からなかったことになる。そうじゃないのだ。期待されているのは、もっと“面白い”可能性。


 何よりそんな退屈な使い方はエコ猫自身が許せない。

 自分が遊びたいのはもっともっと面白いゲーム。なのに自分は金丼さんという格好のおもちゃを与えられておきながら、既存の概念にとらわれてそれを使いこなせなかった。

 ……実際のところは十分に世間の度肝を抜いたのだが、エコ猫はもっともっと面白い使い方があったはずだと自分の発想力不足を嘆いている。


 そこへいくとカズハはすごい。エコ猫が縛られていた市場価値という概念をガン無視して、自由に遊んだ結果“デュプリケイター”というもっとすごいおもちゃを見つけ出した。

 そこからエコ猫が受けた衝撃たるや。まるで「だめだよお姉ちゃん金卵きんらんをそんな使い方しちゃ」とお手本を見せつけられたようだった。


 姉として負けるわけにはいかない。もっともっと面白い使い方を考えなくては。

 そうでなくては、自分を信じてすべてを預けてくれるカズハに釣り合わない……!


 エコ猫はぎゅっと機械卵を握り、心の奥底から湧き上がる決意を噛みしめる。



 まあ妹は厄介そうだからお姉ちゃんに丸投げしちゃえとしか思ってないし、今だって部屋の隅でガルちゃんのふかふかお腹を枕にくつろぎながらマンガ読んで笑ってますがね。



「ぐるるー」


「え? だめだよドンちゃんのウロコ堅いし。枕にするならやっぱりガルちゃんのお腹がいいな」


「がるぅん♪」


「ぐるるる……!」



 得意げに鼻を鳴らすガルちゃんと、剣呑な視線を向けるドンちゃん。そのにらみ合いに、思わずエコ猫はまたクランハウスを壊されるんじゃないかと警戒の視線を送った。



「……その2匹大丈夫? なんか険悪な関係なの?」


「大丈夫だよー。2人ともいつも通りだから」


「そうなんだ。それならいいんだけど」



 ん? 普段からこうならそれは険悪な関係ということなのでは……?

 エコ猫は首を振って、頭に浮かんだ疑問を振り払った。考えないようにしよう。


 さて、それにしても。



「……どう使おうかなあ。どうするのが一番面白いか」


「ぱっと思いつくのは、とにかく高価な装備品を複製して増やすことですね」



 顎にもふっとした指を添え、秘書のラブラビが口を開く。

 エコ猫からの信用厚い彼女は、ないしょの計画を立案するときの一番の相談相手だ。

 レッカとクロード? あんなチンケな小悪党どもを大事な話の場に混ぜるわけねえ。

 クランの今後を左右する大事な話は、いつもエコ猫とラブラビの相談で決めている。カズハも部屋の隅でゴロゴロしているが、特に意見もしなければ訊かれもしない置物扱いである。そもそもお金の話に興味がないので。


 ラブラビは指を立てて話を続ける。



「装備品を市場で調達するのがもったいなければ、有力なクランからレンタル料を払って借りてもいいかと。レンタル料以上の売却額で売れれば、莫大な利益が出ます」



 彼女が装備品を挙げたのは、このゲームで一番高価なアイテムだからだ。中でも特定のボスが落とすレア素材を集めて作られる最高レアの武器ともなれば、数百億ディールはくだらないだろう。プレイヤーにとって最高のお宝になるので他のプレイヤーに売却されるケースは滅多にないが、とある廃人が引退するときに放出した最高レアの武器は確か500億ディールで取引されたはずだ。


 しかしラブラビの提案を聞いたエコ猫は、うーんと首をひねる。



「利益は出るだろうけど、あんまり面白みはないかなあ。もっとワクワクするような要素がほしい。それに、装備品を増やすのはあんま良くない発想だと思うんだよね」


「どうしてです? ボス戦を周回する苦労も、高レベルの鍛冶師に装備を作らせる手間も省けますよ」


「だから、それが良くないの。だってそれってゲームする意味なくなるじゃん。運営はやり甲斐を奪う使い方を絶対に許さないよ。少なくとも“デュプリケイター”をいくつも世の中に出回らせるのはNGかな」


「……ああ、なるほど」



 エコ猫の言いたいことを理解して、ラブラビが頷く。



「ゲームの楽しみを奪う使い方はダメ、ということですね?」


「そゆことそゆこと。こいつはゲームの寿命を縮める劇薬だかんね。過剰に投与したらユーザーが誰もいなくなっちゃうよ」



 たとえばボスドロップを集めて強い武器を作れるエンドコンテンツがあったとして、いきなりその結果である強い武器だけ手に入る手段が別にあるなら、誰がエンドコンテンツをハムハムと周回するだろうか。

 期待されているのはゲームの価値を目減りさせる使い方ではなく、ゲームの価値を増大させる使い方なんだろーなーとエコ猫は考えている。



「でもそれだと、使い方は結構限られてきますよね。“何でも複製できる”という割に、見えない制約が意外と多いというか」


「まあ、実際やるなって明確に言われてるわけじゃないし、私の推測に過ぎなくはあるんだけどね。でも多分そうだよ。何をやってよくて、何をやっちゃいけないかの線引きを含めて、こっちにボール投げてきてる感あるな」



 エコ猫は肉球の上で機械卵をくるくると回しながら、猫ひげをピクつかせた。



「ルールを私が決めていいなら、高い武器を増やして売って儲けるってのはNGかな。そんなの全然面白くないもん。もちろん私は商人クラスだからお金儲けが最終目的になるけど、もっと別の方法で儲けたい。もっとみんなを巻き込んで、あっと言わせるやり方でがっぽがっぽ稼ぎたいんだよね。それこそ、このアイテムを作った奴もぶったまげるくらいに」


「それはまた、無理難題をおっしゃいますね」


「そうだねえ。自分でもどうすればいいかわかんないや」



 目を閉じてぽんぽんと自分の肩を叩きながら思考をめぐらせるエコ猫と、そんな彼女の横でうんうん唸るラブラビ。

 そんな2人をよそにゴロゴロしていたカズハは、ふとマンガのページをめくる手を止めて思い出したように言った。



「あ、そうだ! ねえお姉ちゃん、ゴールデンペットフードもっと欲しいんだけど、あれってどっかの街で売ってたりしないかなぁ」



 カズハはまるで空気を読まない子だった……!

 しかし気分転換になりそうだと、煮詰まったエコ猫はその話題に乗っかる。



「いや、それも未発見アイテムなんじゃないかな。攻略Wikiでも見たことないし。手元にサンプルがあれば調べられるけど、持ってる?」


「うん! ピーちゃんのおやつにしようと思って1つとっといたの」


「……ファッキン死神バードに食べさせると、もっと厄介になりそうだなぁ」



 黄金色に輝く缶詰を受け取りつつ、エコ猫は先ほどしまった算盤をアイテムボックスから取り出した。

 “天眼の算盤”という名を持つそのレアアイテムは、先ほどデュプリケイターを調べるときにも使われたものだ。



「……うーん、どの街でも取引価格は1ディールだね。ということはやっぱり未発見なんだと思うよ。それか、見つけた人が誰にも教えずに使っちゃってるかだけど。でもテイマークラスじゃなければ需要がないから売るはずだし、未発見の線が強いかな」


「そっかあ。毎日のおやつにできたらいいなって思ったのに残念だなー」



 姉妹の会話を聞いて、ラブラビは不思議そうに首を傾げる。



「なんで天眼の算盤を使って、ワールド全土で未発見だってわかるんですか?」



 ラブラビの知る限り、天眼の算盤の効果は【かざしたアイテムの市場取引価格を知る】だったはずだ。未発見かどうかを知るという効果はなかったと記憶している。

 するとエコ猫はああ、そんなことかと呟いてぴっと指を立てた。



「市場取引価格って、要するにその街でNPCに売ったときの価格のことなんだけどね。これってプレイヤー間の取引価格を参照してるのよ。正確にはそのアイテムの市場での在庫数や、街の流通貨幣量を加味した額になるんだけど、基本的にはプレイヤーの間で高値で取引するほどNPCに売ったときの値段も高くなるわけ」


「ええ、それは知ってますけど……」



 そこまでは『ケインズガルド・オンライン』の基礎知識だ。交易や作ったアイテムの店売りをする際には絶対必要となる知識である。このゲームではプレイヤーの取引を基準として街ごとにアイテムの取引額が決まっており、各街での相場の把握は商人クラスとしてやっていくうえでの基本中の基本であった。

 何をいまさらといわんばかりのラブラビの顔を見ながら、エコ猫は続ける。



「んじゃその街でプレイヤー間の取引履歴がないアイテムは、NPCに売るといくらになると思う?」


「あ……なるほど」



 ぽむ、とラブラビはモフモフの肉球を打ち合わせる。



「1ディールになるんですね?」


「そゆことそゆこと。その街で過去3か月にわたってプレイヤー間の取引がないアイテムは、そうなるわけ。だからすべての街で市場取引価格が1ディールのアイテムということは、これまで全プレイヤーが取引したことがない……つまり未発見ってことになるわけよ」


「へえー。お姉ちゃんすごーい! 頭いいー!」



 カズハに褒められたエコ猫。涼しい顔を装っているが猫ひげがピクピクと跳ねている……!



「ま、それほどでもないけどね! カズハちゃんに比べたらお姉ちゃんなんて……」



 そこまで言って、ぴたっとエコ猫は動きを止めた。



「……あ。面白いこと思いついちゃった」





 その日から<ナインライブズ>は活動を休止する。

 しばらくの間沈黙を守り続け、そして2週間がたったある日……。


 エコ猫は世界に向けて“デュプリケイター”の存在を公開したのだった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


お友達のミツバチさんがPixAIでラブラビ、ゴリミット、ヨッシャカッシャのイラストを作ってくれました!


ラブラビ

https://imgur.com/m2vnuAf


ゴリミット

https://imgur.com/9e3rFf9


ヨッシャカッシャ

https://imgur.com/PxPtRR0


本当にありがとうございます!!

いやーラブラビの腋のえっちさすごいわ、超美少女じゃん……。


作者はゴリミットさんはオーバーウォッチのウィンストンみたいなのイメージしてたけど、こういう細マッチョなのもいいですね。

と思ったけど、右下脱いだらすごいな……着痩せするんですね♥


しかしこんなケモノアバターで冒険や商売できるVRMMOあったらやってみたいよなあ。

クランのケモノキャラの周囲ぐるぐる回るだけで1日終わるぜ。

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