第2話 クラリスの願い①
クラリス・ゴールド・メリンが暮らすネンデールは少し変わった国だった。
六つの大陸に分かれていて、それぞれが独立した君主を持ちながら連合して一つの国家を名乗っている。
正式名称はネンデール君主国連邦だった。
クラリスの君主国は中央に位置する神の国だ。
神の国は連合国家の中心であり首都ゴッドタワーを持つ。
そして六大陸の中で最も領土が小さく、軍隊も持たない国だが建国以来一度も侵略されたことはない。なぜなら……。
神の国の王家は、尊い神王の血筋だからだと言われている。
つまり普通の人間が持ちえない、不可思議で絶大なパワーを持っているのだ。
そのパワーを恐れ、他の五君主国はゴッドの称号を奪おうなどと考えない。
この中央君主国への絶大な
しかし不可思議なパワーは、王家だけしか持てないわけではない。
ネンデールでは人は誰しも魔術の力を持つものだと教えられている。
訓練次第で、誰でもある程度の能力を身につけることができる。
その訓練機関として建てられたのが、首都ゴッドタワーにあるネンデール国立魔術学院だ。
唯一の魔術教育機関であるこの学院に入学できるのは連合国家の王族と貴族のみだ。
平民以下には、法律で魔術の使用は禁止されている。
貴族は基本の魔術を使えなければ
魔術の使用は貴族の特権なのだ。
だから魔術学院にも平民は入学することができない。
ただ、使用を許可されている貴族だが、誰もが同じグレードの魔術を使えるわけではない。
訓練と努力で多少はグレードが上がることもあるが、たいていは持って生まれた才能だった。
王族のように生まれつき才能を持つ血筋であれば、その能力は幼少時から発現しているらしいが、普通の貴族達は魔法学院での訓練で少しずつ開花するか、たまに高等部の実践授業に入ってから突然覚醒する者もいる。
オロフはまさにそのタイプだった。
◇
「さあ、皆さん。中等部までで魔術を使うにふさわしい道徳心と精神力、魔導書を理解するだけの読解力、数秘術を発動できる数理力、そしてパワーを込めて使いこなせる基礎体力を身につけてきたことでしょう」
高等部での最初の授業で、カミア導師がにこやかに告げた。
「中にはすでに出身地のムスターを受け取っている生徒もいるようですね」
カミア導師は30人ばかりいる生徒を見回して目を細めた。
ムスターとは真ん中に輝石をはめた、六芒星の形をした黒いチャームのことだ。
全部で六種類の輝石がついたムスターがある。
一定基準の魔術を習得した者は、中等部の段階で得意科目のムスターを受け取っていた。
得意科目とは、ほとんどが出身地に特化した能力のものだ。
ネンデールには北から右回りに、銀の国、水の国、森の国、火の国、大地の国の五大陸があり、真ん中に魔術学院のある神の国がある。
そしてそれぞれの国には魔術の得意分野があった。
例えば、水の国は雨を降らせたり、水でイリュージョンを創り出したり、水で防御壁を作ったり、グレードの高い者ならば津波を起こしたり、大規模な洪水さえ引き起こすことができる者もいるらしい。
洪水はさすがに王家の血筋のような限られた人だけらしいけれど。
水の国出身の生徒はこのような水魔術が得意で、生まれつき能力が備わっている者もいる。
そういう生徒は中等部ですでにグレードの認定を受けて、水魔術を表わすブルーターコイズの輝石がついたムスターをもらっていた。
クラリスはちらりと隣の席で
オロフは水の国出身だが、もちろんまだブルーターコイズのムスターをもらえていない。
オロフの向こう隣には、同じ水の国出身のスイミーがムスターを
そして自慢するようにオロフにムスターを見せつけていた。
悔しそうに唇を噛みしめるオロフに、クラリスは心を痛める。
(また落ち込んで心を乱さなければいいけれど……)
オロフは真面目な努力家でクラリスにはとても優しい人だけれど、少し物事を深刻にとらえ過ぎて悲観的なところがある。
そして他人の評価をとても気にする人だ。
(ムスターなんて別になくてもどうってことないわ)
実際、クラリスもムスターを持っていない。
神の国出身の生徒は魔術に優秀な生徒が多く、ほとんど一つ以上のムスターを持っているので、本来ならオロフよりもクラリスの方が落ち込まなければならないはずだった。
けれどクラリスは自分のことよりもオロフの方が心配になる。
オロフはクラリスの許嫁になってから、ムスターを手に入れることにひどく固執していた。
口ぐせのように「神の国出身の君と許嫁になれたんだ。僕は君を幸せにするためにムスターを全種類手に入れるよ。僕達をバカにしていたやつらを見返してやるさ」と言っていた。
クラリスが許嫁になったことで責任を感じてくれているのだと嬉しい気持ちもあるものの、そのせいでオロフの心の負担が大きくなってしまったようで不安になる。
二人きりの時に、クラリスが「ムスターの数なんてどうでもいい」といくら言っても、オロフは納得しなかった。
クラリスは、バカにしている人達のことだって別に見返したいとも思っていないのに。
そう言っても、オロフは「我慢しなくていいんだよ。君が本当は心の中でどれほど悔しい思いをして、やつらに復讐してやりたいか僕はちゃんと分かっているよ」と答えるのだ。
口数の少ないクラリスの言葉を勝手に代弁してしまう。
それはオロフの思っていることで、クラリスは復讐なんて考えてもいなかったのだが、最近の彼はどんどん思い込みが強くなっていて心配だった。
だからクラリスは思ったのだ。
(オロフの才能が開花して、せめて一つだけでもムスターが手に入ればいいな。そうすれば、きっとオロフの気持ちも安定して、以前の優しいオロフに戻ってくれるわ)
そう。
クラリスは心からそう願ったのだった。
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