第1話 許嫁に捨てられた日
中等部の頃のオロフは縮れた金髪をぼさぼさに伸ばし、自信のない
「僕は魔術の才能はないみたいだ、クラリス。簡単なパワーストーン作りも失敗した。タロットカードも間違えてばかりだ。ああ……こんな落ちこぼれで、僕の未来は真っ暗だよ」
クラリスの暮らす国では、一般的な魔術を使えることが貴族の最低限のたしなみで、その能力に応じて将来の立場が違ってくる。
貴族の爵位や階級は形式的なもので、領地の大きさによって多少の貧富の差があるだけだ。
そんなものより魔術のグレードの方がずっと重視される。
厳格な実力主義の国だった。
「……オロフはそのままでいいわ。魔術なんて使えなくても……田舎の領地で静かに暮らしていけば……いい。……わ、私は……そんな暮らしの方が好きよ」
手入れされていない枯れ葉色の髪を背中で適当に結わえ、渋みのある金緑の瞳をしたクラリスは、たどたどしい言葉で
クラリスもオロフも、それぞれの実家にささやかな領地を持つ田舎貴族だ。
豊かさや華やかさはないかもしれないが、田畑や果樹園の収穫を喜びながら細々と暮らしていくことはできる。
「ああ。君はなんて素朴で純粋な人なんだ、クラリス。クラスの他の女達ときたら、魔術のグレードだけで人を差別して僕を馬鹿にする。あいつらは人として本当に大切なものなんて何も分かっちゃいないんだ。君以上に素晴らしい女性はきっとこの先見つからないだろう」
そんな風に言ってくれるオロフの言葉が救いだった。
クラリスは、ある病を持っていた。
話す能力はあるのだが、特定の場面で話さない、話せない病だ。
原因は分からないが、幼い頃から病弱でほとんどベッドの上で過ごし、両親以外と接する機会がほとんどなかったことも要因の一つかもしれない。
実家では両親以外とは話せなかった。
それなのに十二歳で母が亡くなり、緘黙はますますひどくなった。
心配した父は、クラリスの虚弱体質が改善したのを機に、魔術学院の中等部で同じ年代の子どもの輪に入れば良くなるのではと、不安ながらも入学させることにした。
けれど病がそんなに簡単に治るわけがない。
クラリスはいつも独りぼっちだった。
相変わらず誰とも話せず無言を貫く日々を過ごす中で、気長にクラリスに声をかけ続けてくれたのがオロフだった。
そうして少しずつ少しずつ、オロフとだけ話すことができるようになった。
オロフがクラリスと許嫁の約束を交わしたいと申し込んできた時、父は気を許して話せる相手ができたのだと大喜びした。
そんな相手はクラリスには二度と現れないと思ったのだろう。
こうして二人が高等部に上がる前に、両家の間で
そんな二人は魔術がさっぱり使えなかったのだが、お互いに
だが高等部は座学重視の今までとは違う。
高等部では本格的な実践魔術に進み、三か月ごとにクラスはグレードで選別される。
今まで以上に
オロフは魔術の能力を切望するようになり、自分を追い詰めていた。
クラリスは自分のことはさておき、オロフをいつも勇気づけ、励ましていた。
そんな中で、オロフは突然魔術の才能を開花したのだ。
それと同時に、少しずつ少しずつオロフは変わってしまった。
そうしてついにクラスメートの前で宣言された。
「僕はどうかしていたよ。君程度の女性で妥協しようなんて、本当にバカだった。まあ、まだ許嫁は口約束の段階だったから婚約
両脇には、今までオロフのことを無能呼ばわりしてバカにしていた令嬢達がにやにやと笑いながら
ほんの少し前まで、人として大切なものなんて分かっちゃいないとオロフが評していた華やかな令嬢達だ。彼女達に腕を組まれて、オロフはすっかり鼻の下を伸ばしている。
(オロフ、どうして……)
クラリスは、許嫁のあまりにもな豹変ぶりに唖然とした。
だが、本当は分かっていた。
いつかこんな風に言われる日が来ることを。
高等部に入ってから少しずつオロフの言動に違和感を覚えていた。
最初はささいな違和感だったものが、どんどん大きくなって、今では疑いようのないものになっていた。
きっかけを作ったのはクラリスかもしれない。
そう。あの日。
高等部に進んですぐのイリュージョンの授業。
あの日、ふとクラリスの中で芽生えた願いによって、運命が大きく変わってしまったような気がしていた。
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