第16話 洗脳(笑)

「スー、スー」


 一間の呼吸。

 極限の集中。


 さて、話は変わるが俺が剣を使えなさそうに思った人、手を上げなさい。

 そこいらの素人がいきなり剣を握って「痛い目をしても知りませんよ?」なんてイキった文言を吐いたのを見て、あちゃー痛すぎィ、みたいな事思った人、怒りませんから手を上げなさい。


 ……よし、素直でよろしい。

 正解だ。

 俺はド素人だ。

 初めて剣を握った人間がいきなり剣を振るえるようになるとでも?

 いや、振るえるわけがない。

 当たり前だろ。

 

 でもさ?

 いきなり剣を投げられて、切りかかられるって……あのシチュエーションでイキらずに居られると思う?

 いや、居られないね。

 漢はイキってなんぼだ。

 いやね、カッコよさと筋肉を選ばずして何を選ぶんや?って感じ。

 

 あ、あれ?

 筋肉?

 どうして、今、俺筋肉なんて言葉が脳内に流れた?


 それに、”漢ならカッコつけろ”みたいな事、どうして考えた?

 俺、そんなのが好きな人間だっけ?

 ほのぼの、酒を飲んで、まったり配信をするのが好きなんじゃなかったっけ?

 そもそもどうしてこんなコラボしたのだ?

 カッコいい衣装を仕立てて貰いたいんだっけ?

 ん?どうして、俺はそんな事を……?

 どうして……どうして?


 正体不明の事象に、心がざわめく。

 

 い、いや、今は余計な事を考えるな。

 目の前の人間に勝つことだけに集中しろ!


「シッ!」


 地を蹴り、宙に躍り出る。

 スキルを発動し、地面に吸着。

 そちらへ体を引っ張り、天中殺を決める。


 剣の扱いは知らずとも、こうして重力を乗せた一撃を放てば、打撃武器として十分な威力を発揮する。


 流石に、この剣は受けられまい。

 したらば回避の先にスキルで筋肉を飛ばして拘束してチェックメイトだ。

 逃げ場はないぜ、グへへ……。


「ふんッ!」


 と思ったら真っ向から剣を受けられた。

 全くの予想外の行動パターンを取られた。


 互いの剣が衝突し、ギリギリと凄まじい金属音が響く。

 

「マジかよ!?」


:マジですw

:筋肉はすべてを解決する(洗脳済み)

:はいはい筋肉筋肉

:筋肉に勝てる訳ないんだよなぁ

:最強!筋肉最強!

:なんだ、ここのコメント欄!?

:筋肉教で草

:筋肉は裏切らない!!!


 受けられるのは、不味い!

 追撃が来る!

 すぐさま回避を行おうとするも……。


「隙だらけですよッ!」


 スキル発動よりも先に、剣を叩き込まれる。

 なんとか剣を挟んで防御するも、吹っ飛ばされる。


 数回バウンドし、壁に激突。


「うっ、グッ」


 これが……筋肉……か。

 凄まじい力だ。

 体が軋む。


 なんとか体を起こし、次のプランを考えようと思考を巡らせんとしたその時だった。


「──あなた、まだ考えていますね?」


「……?どういうこと、だ?」


「思考は、確かにあなたに指針を齎します。しかし、確かな道は示しません。あなたがすべきことはなんですか?分かっているはずですよ」


「俺が、すべきこと?」


 ……何を言ってるんだ、この人は?

 分からない、分からない。 


「そうです。あなたがすべきこと」


「……?」


「そうですか……分かりませんか……そうですね、少し、話をしましょう」


:始まったw

:始まるぞwwww

:来た来たw


 鎌倉さんは、明後日の方向を見た。


「──あなたは、どうして冒険者を始めたのですか?」


「……俺が、冒険者を始めた理由?」


「ええ、冒険者という仕事は常に危険が付き纏いいます。いつ死んでもおかしくない職業です」


 確かにその通りだ。

 なんなら、俺は一度死んでいる。


「では、どうしてそんな事を始めたのですか?普通、余程の理由がなければ冒険者になどならない筈ですよ?」


 どうして、俺は冒険者を始めたのか?

 えっと、副業して金を得るため……?

 生活が苦しいから、配信をしてたんだっけ?

 で、あわよくば皆にちやほやされたくて……。


「──違いますよ。あなたがすべき事はそんな事ではありません」


「……俺の、すべきことは……」


 その時だった。

 網膜の裏に、一瞬だけ何かが映った。

 本当に、ずっと前の記憶だ。

 掠れてしまって、よく思い出せない記憶。

 でも、その光景は確かにあった物だ。


 周りには子供たちがはしゃいでいる部屋で、俺は独りだった。

 本当に、ずっとずっと前の記憶。


 その時に見たんだ。

 S級冒険者が次から次へと襲い掛かる魔物と戦う動画を。

 確かに、その時感じたんだ。

 カッコいい、って。


「そうか……俺が、すべきことは……」


 分かってた。

 ずっと前から分かっていた。

 だから冒険者を始めた。

 そして配信者になった。


「ようやく、あなたのすべきことが分かったようですね……流石は素晴らしい筋肉を持つだけあります。ようやく、筋肉トレをすべきと理解したようですね」


「いや、別に筋肉トレはそこまで関係ないと思うんですけど……?」


「ん……?」


「え、いや、俺はカッコよくならなきゃだめだなー、って」


「え?」


「え?」


:え?

:ええ?

:????

:ええ?

:え?

:はい?

:え?


 ……ん?

 なんか、話が嚙み合わないぞ?


「普通、冒険者になる理由なんてお金が欲しいからとかだと思うんですけど……ええ?」


:意味不明の状況に筋肉大好きマンが困惑しているw

:困惑www

:コラボ先が意味不明すぎてwww

:そこは世俗的なんかいw

:世俗的で草

:訳分らんw


「え、お金が欲しいから冒険者って始める物なんですか……?」


「普通、そうじゃないんですか?お金が欲しいから筋トレを始めると思うんですけど……?」


「お金が欲しいから筋トレを始める!?」


「そうですよ、お金が欲しいから強くなりたい、で、筋トレを始めるんです」


「いやいや、それだけじゃないでしょ、冒険者を始める理由って!?」


「ええ、そうなんですか?」

 

 あれ、なんか会話が噛み合わな過ぎて鎌倉さんが敬語を使い始めたぞ?

 なんか俺、変な事言ってる、のか?

 お金が欲しいから冒険者って始める物なのか!?


:キャラ崩壊w

:あららw

:認識がおかしいねんw


「ま、まあ、確かに、カッコよくなるのにも筋トレは、必要?なのか?」


「う、うん、そうですね……」


「…………」


「…………」


 き、気まずい!

 なんて言えばいいの、これ!?

 

「えっと、ゴフンゴフン。今の剣のやり取りで、なんとなくREさんの筋肉の事が分かりましたっ!」


 あ、いつものキャラに戻った。


「あ、うん、そうですね。すっかり忘れていましたが、俺も、カッコいい服を仕立てて貰いたくて筋肉大好きマンさんとコラボしたんですしね!」


「そうですっ!デザイン用紙を持ってくるので、待っていてくださいっ!」


:締まらないなぁw

:きん、にく?

:筋肉が

:なんか……うん

:初めて見る光景に困惑w

:草

:いや、草


 そして、締まらない空気のまま俺は鎌倉さんと仕立てのデザインを考えてもらったのだった。

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