第12話 VSゴブリンキング

『ゴブリンの動作を解析……成功

 思考領域へ反映します』


 思考が分裂する。

 普通思考と、敵の未来行動の解析結果を受け取る思考の二つに分裂した。

 人間には決して処理することができない領域での思考が、迅速に、正確に、精密に行われる。


 しかしながら、解析してなおゴブリンキングの動きはブレてしまって未来が良く視えない。

 解析が導き出す未来は、敵の心音、筋肉の動き、呼吸、視線を参考にしてしている。

 すなわち、俺の眼ではまだ敵の情報を捉えるには不十分らしい。

 また、自分の非力さが分かる。

 

 しかし、己の非力さを嘆いていてもどうしようもない。

 今は持てるカードで戦うしかないないだろう。


 ふう、と息をつく。

 自身の心音が聞こえるまで極限まで集中。


「…………」


 腰を低く落とし、相手の動向をうかがう。

 

 数秒、互いは睨みあう。


 長い、長い時が過ぎる。

 たかが数秒、されど数秒。

 数秒を侮るなかれ。

 解析という情報解析スキルがある時点で、俺独りでの数秒に比べると、俺たちの数秒は大きな価値を持つのだ。


「ギギギャ」


 瞬間、解析が動き出した。


『0.5秒後、ゴブリンキング動きます』

 

 来た!


 脳内に響く声に従い、駆ける。

 解析が付与した身体強化により、高速で接近。

 動き出すゴブリンキングの懐に潜り込む。


「ギッ!?」


 小柄で、筋肉量的に不利な少女に見える俺は、奴の眼には非力に映っていたのだろう。

 意表を突かれたとばかりに、驚きの声を上げた。


「油断したな!!!」


 生物は、動作を始めるときに主体的になる。

 攻撃に専念することにより防御という概念から一時的に思考領域から消え失せるのだ。


 拳に全力で身体強化を付与し、その腹に叩き込む。


「ブギャッ!!!」


 ビリビリとした衝撃とともに、奴は吹き飛んだ。

 魔力は惜しまない。 

 魔力総量の少ない俺なのだが、魔力を惜しんで負けるくらいならば惜しむような真似はしない。

 全力で乗せれるだけ魔力を乗せた一撃を喰らった奴は血を吐いた。

 跪くゴブリンキング。


「効いてるッ!」


 あの時とは違う。

 俺は、奴に一撃を与えることができた!

 戦える!

 戦えている!


:一発入った!

:マジで?

:勝てるんじゃね?

:余裕で草ww

:強い

:油断するな

:生きてる!


 一撃を喰らったゴブリンキングは、当然ながらそのまま終わる訳もなく、憤怒に染まった表情で起き上がった。


『危機を感知、回避を推奨します』


 脳内に警告音が響くと同時に、高速でゴブリンキングの拳が迫る。


 ヤバい!

 あれを喰らうのはヤバい!

 全身の背筋が逆立ち、生命の危機を訴える。


「スキル発動!!!」


 【流体化】+【筋肉質】を同時発動。

 発動部位は……背中。

 グニャリ、と背中に連なる骨々が蠢くと同時に流体化した部位が筋肉となる。

 それを後方へ射出。

 触手がダンジョンの壁に突き刺さり、俺を引っ張る。


 すんでのところでゴブリンキングの拳を回避することに成功した。

 

「グギャ!?」

 

 避けることができた。

 回避、攻撃ともに成功した。

 これならば……勝てる。

 それに、プランはまだまだある。


 本当に、俺は変わったんだ。

 あの時とは違う。

 俺は戦えるんだ!

 

 しかし、油断はするな。

 俺とあいつはまだまだ大きな差がある。

 今のはまぐれだ。

 だから、冷静に考え続けろ。


 俺は、乾いた唇を舐めた。



 おかしい。

 ゴブリンキングは違和感を覚えていた。

 否、おかしいという言葉は似つかわしくない。

 目の前の白髪の少女は異常だ。


 いつもの様に、ダンジョン内を徘徊していたら、偶然少女に出会った。

 少女は、いつもの人間とは違い、小柄で弱そうな見た目だった。

 何故か全身の細胞が『こいつを殺せ』と沸き立った。

 だから本能に従い少女を殺さんと目の前に立ち塞がった。


 ゴブリンキングは負けたことが一度もない。

 今まで出会ってきた冒険者は皆、殺してきた。

 中には、死にたくない、だとか涙を流しながら地を這いつくばる人間もいたが全員殺してきた。

 故に、己の力を信じていた。


 だからこそ、今のこの状況に苛立っていた。

 今まで数多もの冒険者たちを葬ってきた自身の攻撃が届かないではないか!

 どういうことだ! 

 何が起こっている!?

 焦るゴブリンキング。


 繰り出す攻撃はすべて確実に少女を屠る物だ。

 当たれば内臓破壊どころでは済まない。

 全身粉砕骨折、脳破壊。

 相手は戦闘能力の総てを失う攻撃だ。

 しかし、当たらなければ意味はない。

 どれだけ攻撃を振るおうとも当たらないのだ!


 繰り出す攻撃に対して、形状変化した流体物を発射することで巧みに躱す。

 

 左フック。

 それに対して少女は地面に伏せ回避。


 さらに逃げた先に下段蹴りを叩き込む。

 逃げ場はない、かと思われたが少女は飛び跳ね空中に躍り出る。

 

 それを待っていた、とばかりに右手に持つ棍棒を空中に躍り出た少女に叩き込む。

 今度こそ逃げられない、かと思われた。

 少女は右手を変質させ、ダンジョンの壁に流体物を射出。

 ギリギリのところで回避した。


 まただ、またこれだ!

 ゴブリンキングは、苛立つ。

 不快だ。

 自分の攻撃が当たらないという事はすさまじく不快だ!


「ギギギギギ……!!!」


 殺したい。

 目の前の小柄な子虫を叩き落としてやりたい!

 ぐちゃぐちゃにして、残酷に殺してやりたい!


 怒りに視界が赤く染まっていく。


 しかし、と気づく。

 子虫の攻撃はそこまで脅威ではないじゃないか。

 先ほどの拳による攻撃は、中々に痛かったが、それでも命に関わる物じゃない。


 魔物における死、とは核である魔石が破壊されることだ。

 すなわち魔石が破壊されることはない。

 だからこそ、直接魔石に影響を与えない打撃攻撃は無意味なのだ。

 バールによる攻撃も然りだ。


 そう、相手に攻撃は当たらないが、負けることはない。

 別に焦る事でもない。

 子虫が尽かれて動けなくなったところを、ぐちゃぐちゃにしてやればいいだけだ。


「ググググ……」


 ただ、待てばいいだけだ。

 子虫が疲れるのを待てばいいだけ。

 そう思うと、目の前の子虫が哀れに見えてくる。

 弱者というのは可哀そうなものだな。 

 どれだけあがいても強者にその拳は届くことはないのだから。

 

 心が躍るのを感じる。

 少女が、命乞いしながら、絶望にその表情を染めるその姿を思い浮かべ、下種せた笑みを浮かべるゴブリンキング。

 戦闘のさなか、すでにゴブリンキングは自身が勝利した際の事を考えていた。


 しかし、それは大きな勘違いである、という事実に数秒後気づく。




 俺がゴブリンキングに勝つことは、普通に考えて厳しい。


 そもそも、武器がないのだ。

 敵の魔石を砕く物がない。

 俺が現状持っているバールも、ゴブリン如きならば十分なのだが、目の前の巨体のゴブリンキングの魔石を砕くには力不足。


 ましてや、拳なんてもっとだ。

 例え身体強化を施したとしても厳しいだろう。


 ならば、どうするか? 

 俺は考えた。


 正面から戦って勝てないなら、正面から戦わないのみ。

 王道ではなく、邪道で勝てばいいのだ。


「…………」


 俺は、ノープランで戦っていたわけじゃない。

 意味なく拳を振るっていたわけじゃない。

 

 総て、この時のために計画的に行っていたのだ。


「スキル発動!」


 すると、ゴブリンキングは動かなくなった。

 否、動けなくなった。


「ギギッ!?」


 なにが起こったのか、という表情をするゴブリンキング。


:え?

:マジかよ!

:天才だ!

:すげえええええ!!!

:やばっw


 奴の手足には、俺の筋繊維化した流体物質が纏わりついていた。

 しなやかで強靭なそれは、無理やり引っ張っても意味はない。

 戦いの最中、俺は攻撃と回避を何度も何度も繰り返した。

 攻撃と回避のたびに、奴の手足に俺の体の一部を張り付ける。


 そして、気づかれぬよう、慎重に小分けにして張り続けた。

 気づかれたら終わりだったのか、幸いなことにゴブリンキングは怒りと油断に我を失ってくれていた。

 結果、こうしてゴブリンキングを拘束することに成功する。


 あとは……簡単だ。


「スキル……発動」


 動けなくなったゴブリンキングに近づき、その口の中に流体化した俺の一部を注ぎ込み続ける。


 魔物といえども生物だ。

 酸素を失えば死ぬ。


 ドクドクと次から次へと注ぎ込まれ続ける俺の一部。

 

「ギ、ギャ!グ、ググ、グ!」


 変な音を立て、涙を浮かべながら白目を剥くゴブリンキング。


 哀れに暴れるも、意味はない。

 強固に拘束されているから。


 やがて、ゴブリンキングは動かなくなった。

 

 絶命したのだ。


「……はは、勝った」


:すげえええ!

:言葉を失ったw

:いや、マジかよ

:そんな戦い方アリ!?

:やっべなwwww


 力が抜け、腰から崩れる俺。


 しばらく、俺は勝ちの余韻に浸り続けた。



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【あとがき】

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