渦巻く疑念

この世界はかつて 魔族 対 その他の種族 での長きに渡る戦争が続いていた。


100年戦争と呼ばれたこの争いは、先代勇者と先代魔王の話し合いをきっかけに終結。


世界不戦条約が締結され、魔物のみが全世界共通の敵となったのだった。


だがしかし、今まさにこの世界不戦条約が破棄されようとしていた……


魔族領、魔王国の一室でワイングラスの割れる音が激しく響き渡る。


魔王国四天王の一人、ザガンが怒りに巨躯を震わせていた。



「モウ我慢ならん!宰相だかナンダカ知らんがあのシュベルトの小僧……10年ドコロか20年にもナロウかというのに同じ話しかセヌ!!」


「ザガン、人族の寿命は短い。アノ宰相は人族の中ではモウだいぶ年老いているカラ、小僧ではないのダヨ」



眼鏡の奥に鋭い眼光を放ちながら冷静に説明しているのは、同じく四天王の一人であるネビロスだった。



「そんなコトはどうデモいい!10数年だ!魔王様ノ行方が分からなくなってカラこんなにも経つんダゾ!!」



世界の一部の者達には既に周知の事実となっていたが、現魔王の所在が掴めない状況が続いていた。


そしてザガンがこれほど怒り狂っている理由が、人族たちにとっては厄介なものだった。


それは魔王だけでなく、現勇者も同時に行方不明となっていたからだ。


この勇者と魔王は世界中で認知されてるほど仲が良く、まさに親友の仲であったのだが、人族を嫌うザガンには面白くない話だった。


そこへ来て勇者と魔王が同時に世界から消えてしまう事態……ザガンは勇者、ひいては人族や他の種族らが結託して今回の件を引き起こしたのではと考えていた。


大陸のほぼ中央に位置する大国、シュベルト王国で勇者は暮らしていたため、国王の命を受けたグリアス宰相が諸々の対応を続けているのだが、人族と魔族にとって芳しい状況には程遠い。


そしてさらに!そこへ畳み掛けるように新たな問題が魔王国で起きたのである。



「魔王国を離レテいたリリスが戻って来てクレタのは嬉しい……ダガな、ダガ魔王様に続き妹君マデ行方不明だと!?」


「ソウだね。リリスが戻り久しぶりに四天王が全員揃っタト思った矢先に、今度は魔王様ノ妹君が……バラムが探しに出たけど、無事ダトいいのダヨ……」



四天王リリスの名を口にしたザガンは少し落ち着きを取り戻してきたようだ。


数日前から行方不明となった魔王の妹を捜しに出たのは四天王の一人バラム。


本来であれば大規模な捜索隊を組むような事態ではあるのだが、そうも出来ない事情があった。


現魔王は妹をとんでもなく溺愛していたため、異性を近付けるのを極端に嫌っていた。


世話係の数名のメイドと、有事の際に妹を守れる者として四天王の中ではバラムしか妹の顔を知らなかったのだ。


ザガンとネビロスがやり取りをしている部屋の上、その部屋の窓辺で息を飲むほど美しい魔族、リリスが悲しそうに南の夜空を見上げていた……



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「してグリアスよ、あの者たちは冷静でいてくれているのか?」



王の間、玉座にて威厳を放つはシュベルト王国国王、レイジス・シュベルトである。



「恐れながら国王様、四天王ザガンの怒りはもう私めでは抑えがきかぬ所まできているかと……不戦条約の話まで出る始末でして……」



国王レイジスは悲しみに満ちた目で大きく、深く溜息をつく。



「人族はもちろんだが、私は魔族や他の種族の者たちにも無駄な血は流させたくないのだ……勇者と魔王、どこへ行ってしまったのか……」



どうやらシュベルト王国の国王は権力を笠に着るような愚かしい人間ではないようだ。


魔王から友と信頼される勇者が留まる国なのだから当然かもしれない。


国王の御前、グリアス宰相の後ろで片膝をつき頭を下げているのは、女性ながらも王国の誇るプラチナ聖騎士団を率いる団長である。


どうやら国王の慈悲深い言葉に感動しているようで、無言でプルプルと体を震わせていた。


「我が国にも多くの魔族が平和に暮らしてくれている。だが避けたい状況となる可能性もある故、ヴァルハイトに使者を送る準備をせよ」


「多種族共生国家ヴァルハイト……なるほど!さすがは国王様!すぐに手配いたします!!』



レイジスの心中は非常に複雑なものだった。


なにか違和感があるのだ。


というのも、世界不戦条約の締結には先代魔王が深く関わっている。


現魔王はもちろんだが、魔族たちにとって先代魔王は人族の感覚で言えば神にも等しい存在。


そんな先代魔王が関わった条約の話を、いくら怒りに任せてとは言え四天王が簡単に口にするのだろうか?


魔王国で何かが起きているのかもしれないと、そうレイジスは訝しんでいるのだった……



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森の中を何やら楽しそうに歩く人影、そこにはユウマとルルの姿があった。



「なぁルル?やっぱりさぁ、このペンダント母さんの形見だと思うんだよなぁ」



ルルはよく分からないといった表情で首を傾げる。



「だってさー、こんな綺麗なペンダントを髭もじゃの爺さんがしてたなんて俺信じられねーよw」



疑いを抱く者がここにも一人……

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