幸せな別れ
俺は知っていた。
父さんが俺との稽古以外でも時間さえあれば剣を握り、振り続けていたことを。
田舎の村でただただのほほんと暮らしている訳では無い。
いつ何があってもいいように、常に備えているのだ。
「いつも通り身体強化魔法は使っていいんだよね?」
「ああ、お前の魔法は特別だからな。身体強化だけで頼む」
「じゃあ制限時間は5分で」
「うむ。まぁ5分が限界なのは俺の都合なんだがな。とにかく全力でこいユウマ!」
父との最後の稽古のため村はずれの草原に向かっていると、話を聞きつけた村人たちが集まってきた。
なにやらどちらが勝つか燻製肉だの野菜だのを賭ける話で盛り上がっているようだ……ルルも村人たちの輪の中にいる。
「おーい、見るのは構わんが皆巻き込まれんようにあまり近寄るなよーー!」
村人たちに声を掛けながら、父は静かに剣を抜いた。
いつにも増して父さんの体から放たれるオーラが研ぎ澄まされているのが解る。
父さんのオーラの色は緑……
俺は他人のオーラを見ることができ、そのオーラの色で大体のレベルのようなものが解る。
俺がこの異世界で出会った生物のオーラの序列は
白 < 青 < 黄 < 緑
そう、父さんは俺の知る限り最強のオーラを放っている。
かたや俺のオーラの色はというと……白だ。
普通に考えれば蟻が象に挑むようなものだけど、せっかく転生したのに旅立つ先があの世じゃ笑えない。
「身体強化魔法、使わせてもらうね」
剣を構え、体内に巡る魔力に意識を集中する。融合……融合……融合…………
『オーバードライブ!!』
ユウマのオーラが激しく渦巻く……が、色に変化はなく白いままだ。
魔法で強化してもオーラの色は変化しないらしい。
「準備はいいなユウマ?いくぞ!」
開始の合図とともに10メートルは離れていただろう父さんの剣先が目の前に迫る。
くぅっ、身体強化魔法無しでこの速度ってどうなってんだよ!
右に躱し……ちゃだめだ!確実に左脚での追撃がくる!左に躱しつつ回転しながらバックブローの要領で振った剣が空を切る。
いない!?上か!?全身に寒気が走る。
上じゃない!下だっっ!!
屈みながら切りつけているのにとんでもない力が剣に乗っている。
ギリギリ剣で受けた俺の体は思い切り飛ばされてしまった。
どうやら本当に今日の父さんは一味違うようだな。
どれくらいの時間こうして剣を交えているのだろう。
途中まで聞こえていた村人たちの声が全く届かないほど2人は戦いに集中していた。
次の瞬間、アランが片膝をつき苦しそうに言葉を発した。
「すまんユウマ……5分だ」
俺もその場で仰向けに倒れ込む。
しんどーー!
2人のもとに駆け寄ってきた村人たちは大盛り上がりの様相だ。
中でもカイルの興奮具合はすごい。
「あのアランと引き分けるなんて本当にユウマはとんでもねーよ!」
いやいや、俺は身体強化魔法を使っているし、そもそも5分の制限時間があるからギリギリ引き分けに持ち込めてるだけで……
父さんが戦える時間は約5分。
それ以上は戦えない。
かつて俺がまだ産まれる前のこと、戦いの中で呪いを受けてしまい全力を出せる時間に制限ができてしまったらしい。
一体ナニと戦ったのかは分からないけど、呪いが制限時間の原因だ。
「ユウマの使った魔法、オーバードライブだっけ?俺も使えたらなぁ」
カイルが目を輝かせている。
オーバードライブは俺が創ったオリジナル魔法で、この世界でこの魔法を使えるのはおそらく俺だけだと思う。
俺の持つ固有スキル、つまりこの世界で俺のみが使用可能なスキルは
・無限魔力 (魔法使い放題)
・想像 (イメージした魔法はだいたい使用可能)
この2つ。
オーバードライブは
・攻撃力アップ魔法
・防御力アップ魔法
・感知力アップ魔法
・速度アップ魔法
この4つの魔法を想像のスキルでそれぞれ25回重ね掛けしたものを融合した、まさにチート魔法だ。
だけど実はまだ発展途上の魔法なのだが、その理由は俺の持つ魔力の最大値だ。
固有スキル無限魔力により魔力が尽きることは無いが、俺の魔力最大値はかなり低い。
例えば魔力最大値が10だとしたら、10以下の魔力で使える魔法は使い放題だが、消費魔力11以上の魔法は1回も使用できない。
魔力最大値がもっと上昇すれば、より強力な魔法を重ね掛けしたり融合できるようになるから、まぁ伸び代ですねーって感じで前向きには考えてるけどね。
そもそも通常は重ね掛けの効果も2回が限界で、それ以上は効果がないらしいんだけど、おそらく想像のスキルのおかげで俺自身に使用する場合は有効のようだ。
他人に対してオーバードライブを使用しても、強化魔法2回分までの効果しかないのはちょっぴり残念ポイント。
複数の効果を一気に付与できるから便利ではあるんだけどね。
自分で言うのもなんだけど、チートすぎる……
オーバードライブは4つの強化魔法を合計100回重ね掛けしているけど、それ以上の重ね掛けは現実的じゃない。
それ以上は魔力を練り込むのに時間が掛かりすぎるから、魔法の発動時間を考えると実践でまともに使えるのはその辺りがいいところだろう。
「父と子の激しい別れの挨拶は済んだようじゃのう」
村長のダンダ爺ちゃんが声を掛けてきた。
俺にとって本当の爺ちゃんみたいな存在だ。
これから先、良いこともそうでないことも必ず起きる。
それが人生というもの……爺ちゃんの言葉はなんか重みがあるな。
他の村人たちも全員が一様に声を掛けてきてくれて、この村で育ったことを本当に幸せだと感じた。
「おぉユウマ!忘れてたがお前に渡す物があったんだ。ちょっと待ってろ」
息を整えたアランが小走りで家に戻り、何かを手にし戻ってくる。
「役に立つかは分からんが御守りとでも思ってこれを持って行け」
アランの差し出した掌の上には、まるで海を閉じ込めたような輝きを放つ、美しいブルーの宝石が付いたペンダントが乗っていた。
中央のブルーの宝石の中に、色とりどりの小さな勾玉のような石がたくさん入っている。
この見た目……明らかに女性もの……!!!!
「父さん!まさかこれは母さんのかた」
形見と言いかけた所でアランが食い気味で答える。
「いいや、父さんの戦友だった荒くれ者の髭もじゃ爺さんの形見だ」
こんな綺麗なペンダントが髭もじゃ爺さんの形見ーー!?しかし父さんの戦友ってことはまさか……
「先代勇者パーティーの一人、大賢者マーリンが持っていたアイテムだ」
大賢者マーリンと言えばこの世界のおとぎ話にも出てくる大魔法使いで、得意とする光魔法は一瞬で100体以上の魔物を消滅させたと伝えられている。
「家の中で埃を被っているより、お前と一緒に冒険した方がそのペンダントも、そしてマーリンのやつも喜ぶだろうよ」
大賢者が持っていたアイテムを身に着けるなんて……正直なところ緊張でしかないけど……うん、でもなんか本当に守られてるような気分になるな。
「父さんの戦友の形見……大切にするよ!」
ペンダントを首にしっかりと掛け、ルルと一緒に父と村人たちに別れを告げる。
冒険は楽しみだし、今生の別れって訳じゃないのにやっぱり少し寂しいもんだな。
俺とルルは村が見えなくなるまで何度も何度も振り返り、その度に何度も何度も手を振り、まだ見ぬ未来へと出発した。
意外と俺って引きずるタイプなのかもしれないな……
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