小説家、異世界へ転生す

「ユウマ……ユウマ……ゴメンね……」



優しい声の女性が俺の顔を覗き込みながら語りかけてくる。


女性の顔はわからない。



「また……この夢か」



おそらくこの夢の中の女性は、俺が産まれてすぐに家を出て行ったらしい母親なんだろう。


父さんは母親の話をしたがらない。


理由は分からないけど、もしかしたら出ていったのではなく、病気か何かで死んでしまったのかもしれない。


まぁとにかく父さんが話したくない事を無理に聞く必要はないだろう。


異世界に転生してもう17年。


俺は7年前、10歳の頃に前世の記憶を全て思い出し、この異世界を旅するための準備を続けてきた。


今はこの小さな村、『シックザール』で父親、そして小さなホワイトドラゴンのルルと一緒に暮らしている。


もう慣れてしまったのでサラリと言ってしまったが、さすが異世界……ドラゴンとかも存在しちゃってるんだよね……


そしてなぜ俺が転生前と同じユウマと呼ばれているかというと、母親が俺を身ごもった時、両親が同時にユウマと名付けるようにとお告げのような夢を見たらしい。


まぁきっと神様の取り計らいなのだろう。


それにしても平和である。



「大変だーー!エビルボアが村に向かって突進してくるぞーー!」



村人の一人であるカイルの叫び声だ。


俺が転生したこの世界には、俺やこの村の人達のような人族、様々な獣のような姿を持つ獣人、エルフ、精霊や魔族が存在する。


その他にも地球と全く同じ見た目の虫や動物も存在するが、いまカイルが叫んでいたエビルボアは『魔物』だ。



「エビルボア……黄色か。カイルも黄色だけど……お、他の村人たちも集まってきたから余裕だな」



他の村人たちには無い能力らしいが、俺には相手の力量、まぁレベルのようなものが色で分かる。


生き物は全てオーラのようなものを持っており、臨戦態勢を取ると体外に放出されるようなのだが、俺にはそのオーラの色が見えるのだ。


これも転生特典の一つなのかな?


これまでの17年間で把握している限りでオーラの序列は


白 < 青 < 黄 < 緑


といった感じだ。


同じオーラの色同士だからといって必ずしも互角って訳じゃなさそうだから、実戦となったらオーラの色だけじゃ優劣は決められないけどね。


ちなみに一般的な人族のオーラは白だ。


最近は全く見ないけど、稀にこの村にくる行商人や旅人は魔物と対峙していても白色だけだった。


雇われの護衛や冒険者みたいな人でも白か、たまに青オーラの人がいるくらいだ。


エビルボアは猪のような魔物だけど、前世の記憶にある猪よりも5倍はデカい。


おそらく白オーラ30人くらいで立ち向かったとしても、あのエビルボアには勝てないだろう。


そう……ここの村人たちのレベルは異常に高いのだ……


そうこうしている内に無事エビルボアは討伐されたようだ。


今夜はご馳走だな。



「最近は魔物が凶暴化してこれまでよりも強くなった気がするんだよなぁ……はぁ、疲れたぁ」



カイルが汗だくでボヤいているが、最近になって魔物が強くなっているのは事実だと思う。


半年ほど前まではエビルボアのオーラは青色ばかりで、黄色オーラの個体なんて見たことが無かった。



「ただいまユウマ。村に魔物が出たと聞いたけど大丈夫だったか?」


「おかえり父さん。エビルボアが出たけど、カイル達が討伐してくれたよ」



籠いっぱいの山菜を持った父が帰宅した。


今夜は肉も野菜も大量にありつけるな。


俺の父、アランはもともとこの村の人間ではなかったけど、母と結婚してから安住の地を求めてこの村に行き着いたそうだ。


村人たちは何かの信仰なのか、それともただのオシャレかは解らないが、体の至る所にタトゥーがある。


父さんも胸にタトゥーがあるが、きっとここの村人たちに合わせて彫ったものだろう。


なんと言うか、申し訳程度に彫ってある感じだ。


俺も背中に羽のようなタトゥーが彫られているが、いつ彫られたかは記憶にない。


そして実はけっこう気に入っている。


前世じゃ自分にとって縁遠いことだったし、性格的にも一生関わることのないものだっただろう。


異世界だからこそ、俺自身すんなり受け入れられてるんだと思う。



「旅の支度は順調なのか?」


「うん。父さんからは剣を、村の人達からは体術をみっちり仕込まれたし、魔法の鍛錬も毎日してきたからね」



転生特典で魔力が尽きないスキルを持つ俺は魔法を使い放題だ。


通常、魔力切れを起こしてしまうと最悪の場合は昏倒してしまうらしいが、俺は一生体験することがないだろう。



「世界を見てまわる……それがユウマの夢だもんな。それで、いつ発つんだ?」



父が寂しそうな表情をしていることが声で分かる。


そりゃそうだよな。


俺を産んですぐ母がいなくなって、今度はその俺までいなくなっちゃうんだもんな……



「旅立ちは一週間後に決めたよ」


「お前もとっくに成人しているんだ。自由にやりたい事を全力でしてきなさい」



この世界では15歳で成人となるので、17歳の俺はもう立派な大人だ。


とは言え、父にとっては俺が何歳になっても子供のままなんだろう。


俺は前世でも親になったことはないが、きっと親心ってのはそういうもんなんだと思う。


その日の夜は予想通り、エビルボアの肉料理に父の採ってきた山盛りの山菜で宴がひらかれた。


ルルも美味しそうに肉を食べているが、ドラゴンのくせに生肉よりも調理した肉の方が好きらしい。


長いこと人間と暮らしているからなのかな?


その宴の席で旅立ちのことを村人たちにも伝えたが、酒に酔ったカイルが泣きながらずっと抱きついてきて本当に参ったよ。


家に戻るとすぐ、椅子に腰掛けながら父さんが口を開いた。



「ユウマ、ルルのことなんだが、一緒に連れて行きなさい」



驚いた。


ルルまでいなくなったら本当にこの家には父一人だけになってしまうからだ。



「たしかにルルは俺に懐いてくれているけど、父さんは本当にそれでいいの?」


「本当は少し寂しいんだがな……本来ホワイトドラゴンは人に飼われて暮らすような存在ではないんだ」



そこから父さんはルルの生い立ちについて話し始めた。


俺が産まれる少し前に、このシックザールの村の近くに瀕死のホワイトドラゴンが舞い降りたこと。


そのホワイトドラゴンが最期の力を振り絞って産み落とした卵を、村人たち全員で守り続けたこと。


そして、俺が産まれた日にルルもその卵から孵ったこと。


俺とルルは種族は違えど兄妹みたいなもんだな。


大昔、凶暴化したドラゴン達に多くの種族が苦しまされてきた時代、ホワイトドラゴンだけが自我を保ち、他種族と共に凶暴化したドラゴンと戦った歴史があるらしく、そこからホワイトドラゴンは神聖化されてるようだ。



「この大陸の北の最果てに、ドラゴンの聖地『ドラへ山』がある。そこにルルを連れて行ってやってくれ」



旅の友がいるのは嬉しいし、もちろんOKなのだが……父さん?なんか俺に旅立ちの日取りを聞いた時よりも寂しそうな声してるのはどうして?


てか泣いてるしーー!


何はともあれ、旅の同行者ができたな。



「ルル、ドラへ山までの間だけどこれからもよろしくな」



ルルは嬉しそうな鳴き声を出しながら俺の胸に飛び込んできた。


それを見て父さんは更に泣き出した……父さん……


それからの日々は本当にあっという間で、気がつけば旅立ち前夜になっていた。


明日からまだ見たことのない景色や生き物との出会い、出来事が待っていると思うと興奮が止まらない。


ルルをドラへ山に連れて行くこともそうだし、転生の時に神様と話した神器をたくさん見つけることも忘れちゃだめだな。


そしてこの異世界での冒険を小説に書く!これこそが俺の夢!


父さんから貰った魔法のポーチに荷物は入れ終わったし、日記も書いた!今夜はしっかりと寝よう。


まだ見ぬ未来を想像しながら、ユウマはルルと眠りについた。



「ユウマ……ユウマ……ゴメンね……」



う、う~ん……相変わらずまた母親らしき女性の夢だ。


出発の朝だってのにモヤモヤした気持ちのまま朝食の準備をしようと部屋を出ると、剣を握りしめ真剣な表情をした父、アランの姿があった。



「ユウマ、最後の稽古だ。今日は剣聖と謳われたこの父の本気を見せてやる」



そう……父さんは昔、先代勇者パーティーにいた剣士。


しかも世界最強の剣士……剣聖と呼ばれていたのだ……

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