第2話 リサ 入学する?

       1

「今日から、このクラスに転校してきた、大森リサ君だ!」

「リサです!よろしくお願いします!」

K女子高、三年E組の教室。教壇の上から、シャム猫のリズが変身している、『名・探偵助手のリサ』が、セーラー服にお下げ髪姿でお辞儀をした。

パチパチパチ、と疎らな拍手が鳴らされる。歓迎の視線より、明らかに、敵意と嫉妬を帯びた、何十という波動がリサに注がれる。

(何で、女子高なの?共学なら、マドンナ、間違いないと思うんだけど……)

と、リサは四十数人のクラスメイトを見回しながら、心の中でつぶやいた。

「じゃあ!席は……、ハルの隣だ!」

担任の山元郁次郎が、後方窓際の席にいる、おかっぱ頭に度のきつい眼鏡をかけた少女を指差して言った。

「よろしく!」

と、リサはハルと呼ばれた少女に挨拶をする。ハルは、怯えたように身を縮め、聞こえないくらい小さな声で、

「こちらこそ……」

と、言った。

(暗い娘ね!恋人なんて、いるタイプじゃあないわね……。最初に会話したのが、こいつか……、友達には、なりたくないわねぇ……。さて、と……、このクラスの中に、犯人に繋がる人間がいるのかな……?)

「リサさん!あなたに高校生になってもらいたいのよ!」

シャム猫リズの首飾りに着いた『鈴のレリーフ』の発信音に呼び出されて、『名・探偵助手リサ』に変身している二十歳ほどの女性に、そう言ったのは、大森清子。お金持ちの未亡人で、素人探偵の荒俣堂二郎のある意味『パトロン』だ。

「高校生?わたし、一応、二十歳なんですけど……?未成年だと、入れない場所、とかが、あるもので……」

リサは、年齢不詳なのだが──シャム猫リズの歳なら、二十歳過ぎくらいか?猫の寿命は、とうに越えている──小学五年生の清子の孫、日仏混血、大森ルナの十年後の姿をモチーフに変身しているのだ。

「大丈夫!リサさんは、とてもお肌が綺麗だし、若々しいわ!セーラー服がよく似合うと思うのよ!学校の方は私立の女子校で、理事長 も校長先生も、わたしの知り合いだから、転校生として、入学させて貰えるのよ……!」

「つまり、その女子校で、何か事件が発生して、捜査のために、わたしが生徒として、いわゆる『潜入捜査』をして欲しい!とおっしゃるのですね……?」

「そう!それよ!潜入捜査!さすが、名探偵だわ!」

「奥さま!名探偵は、荒俣堂二郎です!リサは、『名・探偵助手』ですわ!勿論、女子高生くらい、変身するのは、朝飯前ですけど……、その事件というのを、お話しいただけますか?どなたからのご依頼なのでしょうか……?」

「依頼人は、島崎若菜(わかな)さん。半月ほど前に娘さんの栞(しおり)さんが亡くなったの……」

「亡くなった?つまり、『殺された!』。殺人事件ですか……?」

「いえ!自殺よ!お風呂場で手首をカミソリで……ってらしいわ。世間的には、病死よ……」

「なるほど!その自殺の原因を調べて欲しいのですね?」

「そう!本当に察しがいいわ!」

と、清子は驚く。リサの特殊能力、テレパシー、読心術を用いれば、簡単なことなのだが、その能力は、1%も発動していない。彼女は、あくまで、人間の探偵を愉しんでいたいのだ。

「遺書は、なかったのですね?原因がわからない……、しかし、その原因は学校にある!と思われる、何かが遺されていた……か……?」

「そうなのよ!栞さんの机の中に『幸福の手紙』が何通も……!」

「幸福の手紙?それが自殺の原因に繋がるのですか……?ごめんなさい!わたし、その『幸福の手紙』っていうものが、よくわからないのですけど……」

「あら?若い方なら、ご存知かと思ったのだけど……、昔は『不幸の手紙』だったのよ!『この手紙を受け取った人は不幸になる!災いを避けたければ、同じ文面の手紙を十人に、出さないといけない……』って文面よ!」

「まあ!まるで脅迫状ですわ、ね?何が愉しいのかしら……?郵政省の策略ですか?では、幸福の手紙は?反対に『幸せになる!』という文面なのですね……?」

「そう、幸福になる……。ただし、同じ文面の手紙を十人に出さないと、反対に災いがやってくる……。しかも、数日以内という、期間まで限定されているのよ……!」

「あら!それじゃあ『不幸の手紙』と一緒じゃないですか……?燃やしちゃえばいいでしょう?」

「ダメなの!手紙を読んだ時点で、呪いが発生しているのよ……!だから、不幸の手紙は、読まずに燃やす人が増えて、途切れてしまったの……。でも、幸福の手紙は、見た目は、明るい封筒だから、開いてしまう……。呪いが怖いし、幸福になる!という文面だから、つい、親しい友人に送ってしまうのよ……」

「ひどい!呪いの連鎖が世界中に広がりますよね……。人間は、自分だけが不幸になるのは恐ろしいから……。でも、十通手紙を出せば、呪いは降りかからないのでしょう?罪悪感は生まれるけど……、実害はないはずですよ、ね……?」

「十通出したら、倍の二十通の手紙が届いたのよ……!そして、自分が手紙を出した友達の一人のお家が、火事にあったのよ!そのことが、栞さんの日記に書かれてあったの。日記には、『幸福の手紙』を始めたのは、同級生か、その周辺にいるはずだ!という、栞さんの憶測も書かれていたのよ……!」


「姉御!何で、そんな『まどろっこしいこと』をするんです?同級生のひとり、ひとりを首実検して、心の中を読み解けば、簡単に事件は解決できるでしょうが……!」

昼休み、校庭の隅にあるコンクリート製のベンチで、リサは弁当を広げている。その足元に、大きなトラ猫が寄ってきて、リサに話しかけた。

「透視能力は、封印さ!それじゃあ、つまんないだろう?探偵助手として、潜入捜査しているんだよ!人間並みの能力で、事件を解決したいのさ!」

「じゃあ!オイラは不要ですね?オイラの能力を使っちゃあ、普通の探偵とは、言えませんから、ねぇ……!」

「フーテン!お前、そんなこと言っていいのかい?大森の婆さんからの依頼で、彼女の人脈とお金を使って、あたしがこうして女子高生になっているんだよ!オトとリョウのばあちゃんと、大森の婆さんは、仲良しなんだ!将来的には、孫同士が結婚して、親戚になるんだよ!『鰹節かけご飯』の恩を感じていないのかい?」

「そ、そんなこと、ありませんぜ!オイラは、協力したいんです!姉御が拒絶しないなら、ね……!」

「じゃあ、図書室へ行って、『幸福の手紙』を書いている生徒とか、友達と会話をしている娘とか、いないか、探(さぐ)っておいで!あたしは、この学校で『デカイツラ』をしている、不良生徒を探してみるよ!悪いことをするのは、性格も成績も悪い奴に決まっているからね!」

「姉御!ゾロ(=リョウ)からの伝言ですぜ!怪しくないような奴が、一番、怪しい!って……」

「なるほど!じゃあ、隣に座っている、ハルって娘が一番怪しい、んだ……?」

「ねぇ、ハルさん!この学校では、『幸福の手紙』って、流行っていない?前の学校で、流行っていて、大変だったんだよ……!」

放課後、教室の掃除当番になったリサが、ハルに気安い口調で尋ねた。

「幸福の手紙?し、知らない!わたしに手紙をくれる人なんて、いないから……」

「どんな手紙か、噂くらいは訊いたことがあるでしょう?すごく、イヤな感じの手紙なのよ!わたしは、燃やしちゃったけど、ね……!」

ハルの反応は、微妙だった。そこでリサは、もう少し、話を膨らましてみたのだ。

「噂くらいなら……。でも、わたしはもらってもいないし、書いてもいないわ!この学校じゃあ、流行っていないのよ、きっと……」

と、ハルは否定的な意見を述べた。

「何?手紙?例の『幸福の手紙』のこと?」

と、同じ『掃除当番』の女子高生が、聞き耳を立てて、ふたりの会話に割り込んできた。

「マユ!」

と、その女子高生の側にいた、もうひとりが、会話を遮るように、名前を呼んだ。

「トモコ!隠すことじゃあないでしょう?もう、先生の耳にも入っていて、全面禁止の通達が出る!って噂よ!トモコももらったのよね……?」

マユと呼ばれた少女が、もうひとりの少女に詰め寄る。すると、開け放たれていた、教室の扉から、かなり年輩の女性が現れ、

「何の話をしているの?早く、掃除を済ませなさい!リサさん!あなた、転校してきたばかりで、我が校の校風に馴染んでいないでしょうけど、根拠のない、噂話はしないように、ね!特に、学問に支障をきたすようなことは、禁止ですから、ね……!」

と、命令口調で言った。

「あれは、誰?」

その女性が踵を返して、背中が見えなくなったのを確かめて、リサが尋ねた。

「三上サクラ!家庭科の先生で、隣のD組の担任よ!」

と、トモコが教えてくれた。

「あだ名は、妖怪『砂かけババァ』。生徒指導主任で、新体操部の顧問。我が校の創立第一期生らしいわ!不人気投票したら、ベストスリーは、間違いないわね……!」

と、マユが追加の情報をくれた。

「砂かけババァ?何処かで訊いたことのあるあだ名ね……?『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくる、妖怪じゃなくて……」

「あら?リサさん、一高の『砂かけババァ』を知っているの?もう退職したそうだけど、梅沢園子先生が、そう呼ばれていたのよ!ウチの兄貴が、一高卒だから……。三上先生は、梅沢園子の姪になるのよ!つまり、二代目『砂かけババァ』なのよ!」

(砂かけババァ……!確か、マサの天敵ね!前にフェリーで会った婆さんね!二代目ということは……、要注意人物か……?)


      3

「人間に変身して、一番厄介なのは、トイレね……!いちいち、こうして『個室』に入って、鍵を掛けないと、いけないんだから……」

放課後、探偵活動を開始する前に、三階にある女子トイレにしゃがんで、リサは独り言を呟いている。三階を選んだのは、あまり生徒が利用しないからだ。今から、シャム猫に戻るか、リサのままで活動するか、を検討しているのだ。生徒に話を訊くなら、リサ。行動を探るなら、リズのほうが便利だからだ。

「まあ、フーテンの報告を訊いてから、シャム猫に戻るか、リサのままでいるか、を決めるか……」

そう思って、トイレの水を流そうと、レバーに手を伸ばす。

「あれ?何の音かしら……?」

静かだったトイレの中に、微かな物音がした。

「アッ!ウッ!イィッ……」

「何?人間の声よね……?誰かいるのかしら……?」

リサはトイレの入口に一番近い個室にいる。個室は四つ並んでいる。その一番奥の個室から、その声にならない音は聞こえているようだ。

「アッ!イィ!イク……!」

(イク?今、『行く!』って、聞こえたけど……?)

リサは身体を震わせ、シャム猫のリズに戻ると、個室の壁を駆け登り、仕切りの上を音もなく移動して、一番奥の個室を覗き込んだ。

(あらあら、女子高生になると、こんなところで『オナニー』をするのね……。あれ?この娘は……?確か、レイカ……、クラスの優等生だったはずよね……?わたしほどじゃないけど、可愛いし、彼氏がいてもおかしくないのに……)

「ミニャー!」

と、ちょっと変わった猫の鳴き声の『声帯模写』を、校庭の隅の欅の木の下のベンチで英語の教科書を読みながら、リサが発した。フーテンを喚ぶ合図だ。

「姉御!喚びましたか?」

いつの間にか、大きなトラ猫がベンチの下に現れて、人語を喋った。

「ああ、また、お前に調べて欲しいことができてね……。それで、図書室とか、生徒の集まる場所で、何か耳寄りな情報はなかったかい?」

フーテンのほうには視線を向けず、教科書のページを捲りながら、リサは尋ねた。

「姉御!本気(マジ)で勉強しているですかい?」

「ああ、これかい?いや、今日の英語の授業の終わりに、高梨って教師が、変な笑顔を浮かべたのさ!気になって、チラッとその笑顔の訳を探ってみたら、明日の授業で『抜打ちテスト』をするつもりらしい。別にテストの成績なんて、探偵活動には関わりないけど、いい点数を取ったら、クラスの中で話題になる……!つまり、情報集めのきっかけになると思って、さ……」

「それって、読心術を使っちゃった!ってことですよ、ね……?」

「いいんだよ!事件捜査に使っていないし、ほんの表層の思念だけだよ!高梨の深層意識は探っていないよ!たぶん、卑猥な情報が大部分を占めるだろうからね!授業中、用もないのに、あたしの側に来て、胸の辺りばかり見ているんだよ!まあ、あたしの『美貌』と、『ボディーライン』は、『罪』だけど、ね……」

「姉御がヘロモン出しすぎ、なんじゃねぇんですか?それより、図書室での盗み聞きですが……」

「おお、そうそう、それを訊かしておくれ……」

「ある女子生徒が本を読んでまして、ね!名前は……、シノってあとから来た娘が呼んでました。そのあとから来た娘は、モモって名前……。そのふたりの会話に『幸福の手紙』っていう言葉が出てきたんでさぁ……」

「ほほう、やっぱり、噂になっているんだね……?シノにモモか……、あたしのクラスの娘だね!」

「どうやら、ふたりとも手紙が届いていたらしくて、結局十人のクラスメートに手紙を出したようです。ふたりが十人ずつ……、延べ二十人ですが、かなり重複していて、実際は十四、五人に手紙が届いたようですね……」

「その受け取った十四、五人が、また手紙を書いたら……」

「ほぼ、クラス全員……。来なかった生徒は、よっぽど影が薄い娘ですぜ……!」

「あたしの隣のハルって娘は、貰ってない、そうだから……、友達がいないんだろうねぇ。可哀想だから、あたしが友達になってあげるか……」

「それより、探偵が優先ですぜ!オイラに調べて欲しいこと、ってのは……?」

「そうだった!実は、三階のトイレでね……」

と、リサはレイカの行為を語る。

「へぇ~、人間のメスっていうのも、面倒な生き物ですねぇ……」

「その行為が、本当に、性欲を癒すためのモノなら、別にどうってことなかったんだけどね……」

「ええ!違うんですか?」

「誰かに、命令されて、していたのさ!その行為で汚れたパンティを誰かに渡していたんだよ!その誰かは、あたしのクラスの娘じゃなかったんだよ!その娘が言ったのさ!『これは、高値がつくよ!』ってね……。『幸福の手紙』以外にも、この女子高は、『あくどい』ことを企む輩がいるようなんだよ……」


      4

「ひょっとして、リサさんですか?」

フーテンが足元からいなくなったタイミングで、ベンチに座ったまま、英語の教科書を捲っていたリサに、女子生徒が声をかけてきたのだ。

「そうだけど……、あんたは……?」

と、リサは、視線をその娘に向けながら尋ねた。

「やっぱり、リサさんだ!探偵助手っていってたから、成人した方だと思っていました!まだ、高校生だったんですね?しかも、わたしと同学年で、同じ学校に転校してくるなんて……!」

「あっ!あんた、小宮ミホ!そうか、あんた、この学校の三年生だったわね?」

「そうです!先日は、わたしの父親の件で、お世話、というか……、お騒がせしました……」

ミホは、神戸にいる父親のもとから、昨日帰って来て、今日から登校し始めたことを語った。

「リサさん!さっき、大きなトラ猫がいませんでしたか?この学校では見かけない猫でしたよ!リサさんの足元で、何か、語りかけているような……。まあ、猫が喋るわけはないけど……」

「そういえば、野良猫が足元に近寄っていたね……。お弁当の鰹節の匂いでも、したのかねぇ……」

「わたし、てっきり、リサさんが猫語が話せて、野良猫と会話をしているのか?と思ってしまいました」

「まさか!英語も話せないのに……」

と言って、リサは英語の教科書をこれ見よがしに閉じた。

「英語の勉強していたのですか?リサさん、ハーフなんでしょ?」

「でも、日本生まれで、両親は離婚、父親とは、ほとんど会っていないし、日本語以外は、喋れないわ……」

と、リサは架空の身の上話を伝えた。

「で?この学校に転校してきたのは、探偵の仕事のためなんでしょ?内偵捜査?わたしにできることがあったら、協力しますよ!どうせ、留年は決定的だから……」

「あたしが探偵助手ってことは、内緒だよ!実は、『幸福の手紙』について調べているのさ!あんた、もらったことないかい?」

「幸福の手紙!わたし、もらいましたよ!すぐに燃やしましたけど……。担任の三上先生が、クラス会で、『燃やせば、呪いも浄化される!破かず、燃やしなさい!』って言ったから……」

「なるほど、あんたは、D組か……?妖怪『砂かけババァ』なら、手紙の呪いなんて、『蛙の面にしょんべん』だろうねぇ……」

「プッ!リサさんって面白い!でも、リサさんのE組は流行ってしまって、噂では、自殺した娘がいるそうですよ!」

「なるほど、噂になっているのか……?しかし、噂の域を出ていない……?クラスメートがひとり死んだというのに……」

「ああ、そういうこと……?リサさんの調査って、栞のことね?でも、栞は病気で亡くなったって訊いているわよ!自殺としても、『幸福の手紙』が原因じゃないと思うな!」

「病気?いや、自殺する原因に心当たりがあるのか?」

「噂は、ね……!どう?わたしを助手に雇わない?無報酬でいいわ!リサさんには、借りがあるから、ね……」

      ※

「へえ~、それで、ミホさんを助手にしたの……?」

その日の夕方、リサはシャム猫リズに戻って、オトとリョウの家に来ている。

「まさか!探偵を甘くみているんだよ!危険を伴うんだ!それと、素人が変な探りを入れたら、わたしの捜査に支障をきたすだろう?内偵捜査なんだから……。で、きっぱり、お断りしたのさ!」

「素人、ねぇ……?リサもマサさんも『素人探偵』なんだけど、ね……。まあ、相手がどんな悪党だか、わからないから、危険なことは、確かね……!」

「無駄だな……!」

と、ちゃぶ台で宿題を済ましながら、リョウがポツンと言った。

「無駄?リョウ!何が無駄なの?」

「リサさんが断わっても、ミホは探偵を始めるよ!リサさんが島崎栞の死に関して、捜査していることを知ってしまったから、ね……」

「それは、マズイわ……!」

「まあ、深入りしない程度の情報収集なら、放っておいてもいいけど、危険地域に入ると、ヤバいね……」

「どうすれば、いいの?」

「フーテン!君しかいないよ!君の忍びの術で、闇の中から、ミホさんを見張るんだ!危険が迫ったら、例の手首か足首に『噛みつき攻撃』を仕掛けるのさ!『鰹節かけご飯』の報酬に、ふさわしいだろう?」

「ケッ!またゾロのオダテってやつかよ?まあ、俺なら、簡単過ぎるミッションだけど、よぅ……!」

「不安ね……!フーテンが噛みついた人間のほとんどは……、死んじゃうのよ……!」

「姉貴!前回の詩子さんは、無事だったよ!警察のお世話には、なったけど、ね……」

「まあ、フーテンの呪いは、消え失せたことを祈る、か……」


      5

「はい!教科書を仕舞って!今から、復習のためのテストを始める!」

「ええっ!」

「ウソ……?」

「朝の一時間目から……?今日一日が暗くなるジャン!」

翌日の一時間目の英語の授業。リサの予知どおり、高梨という、英語担当教師の宣言と、生徒たちの非難の声が、三年E組の教室に響いた。

生徒のブーイングは、この教師にとっては、快感らしい。イヤらしい笑みを口元に浮かべ、プリントを前の席の生徒に配っていく。

(こいつ、『S』だな?要注意人物に加えておこう……)

リサは、配られた問題用紙を後ろに回しながら、高梨の頭の中をほんの少し、テレパシー能力を使って、覗き込んだ。

テスト問題は、簡単な和訳と、反対の英訳文の問題と、日本の諺(ことわざ)を英語では、どういう表現をするのか?という問題だ。『郷に入っては郷に従え!』と、『覆水盆に返らず』だった。

(簡単過ぎるわね……。これなら、カンニングすることもないわ……)

リサは、問題と答を高梨の脳内から、事前に読み取っていたから、ほぼ間違いない回答を書いていく。クラスの優等生である、レイカの回答を透視能力で読み取れば、完璧だった。

残り時間が少なくなった頃、リサはもて余した意識をレイカに向けてしまった。

(あらあら?優等生が、全然回答できていないわ!昨日のことで頭がいっぱいね!授業なんて、上の空、か……?)

「ようし!そこまで!ペンを置いて!後ろの者!答案用紙を回収!」

高梨の勝ち誇ったような声が、教室に響いた。

「イヤだぁ!全然、わからない……!」

「タカナシじゃなくて、『情けナシ!』か、『容赦ナシ』だよ!」

と、誰かが言った。

「ちゃんと、授業を訊いていたら、わかる問題だったぞ!これに懲りたら、授業中の態度を改めるんだな……」

高梨が、回答用紙をまとめながら、そう言った時、授業終了のチャイムが鳴った。

(おやおや?今回の『抜打ちテスト』は、自らの授業が面白くない、という、評価への報復か……?最低な奴だね……!)

「レイカさん!テスト、どうだった?」

次の授業は、理科で、実験を行うため、理科教室に移動する。その途中の廊下で、リサはレイカの背中に声をかけた。

「あっ!リサさんか……、全然ダメだったよ……。リサさんは……?」

と、一瞬驚きの表情を浮かべ、作り笑顔から、再び、暗い顔になって、レイカは尋ねた。

「まあまあね!実は、前の学校で、諺のおんなじテストがあったんだ!だから、ラッキー!って感じよ!レイカさん!今日、お昼、一緒にお弁当を食べない?」

「お弁当?いいけど……、どうして、わたしと……?」

「だって、わたし転校生だから、まだ友達がいないんだもの……。クラスの中では、レイカさんが一番、気が合いそうなんだ!成績も優秀みたいだし……。その眼鏡を外したら、結構、美形だし………」

「び、美形?わたし、ブスだよ!」

レイカは顔を赤らめて、赤い縁の眼鏡に手を当てた。

彼女は、どちらか、といえば『まるぽちゃ顔』だ。だが、鼻筋は綺麗で高く、口元は『チャーミング』。瞳は二重まぶたの、少しタレ目ながら、大きな眼だ。色白で、肌も艶やか……。それを隠すように『度の強い丸い眼鏡』が、目立っていた。

「友達になってくれたら、ひとつ願い事を叶えてあげるわ!」

「願い事?」

「そう!レイカさん、今のテスト、散々だったでしょう?」

「えっ?どうしてわかるの?」

「顔に書いてあるわ!」

「そうなの……。まったく、書けなかったの……『0点』よ!生まれて、初めての……」

「そのテストを『やり直し』させてあげるわ!」

「ええっ?無理よ!答案用紙は高梨が持って行ったわ!今頃、採点中よ!それとも、『時間を巻き戻す!』っていうの……?」

「高梨先生は、二時間目に、D組の授業よ!採点は、たぶん放課後ね……。わかるでしょう?その間に、職員室から、あなたの答案用紙を返してもらって、正解を書き込んで、また、元に戻せばいいのよ……!高梨先生には、内緒で、ね……。」

「無理よ!答案用紙は、『鍵の掛かる場所』に保管しているわ!たぶん、職員室の金庫よ!必ず、誰かが職員室にいるし、金庫の鍵は、開けられないわ!」

「まあ、ダメ元でしょう?わたしが職員室から、答案用紙を返してもらってくることができたら、お友達になってくれるわね?」

「ええ………、そんな奇蹟が、もし起きたなら……」

「じゃあ、次の理科の授業中に、わたしは、お腹が痛くなって、医務室に行くわ!レイカさんも、後から、同じように医務室に来てね……。答案用紙をその間に返してもらうから……」


「リサさん!本当にテストを元の金庫に返してきたの?」

「当たり前よ!一旦、返してもらっただけだから、元に返さないと、意味がないでしょう……?」

「どうやって、金庫から取り出して、また返したの?魔法を使ったみたいね……?」

「企業秘密よ!まあ、少しネタをバラすとね……、職員室って、授業中は、ほとんど先生がいないのよ!だから、そのひとりに催眠術をかければ、金庫を開けてもらえるの……」

「催眠術……?凄いね!おかげで、0点は免れたわ!」

 昼休み、リサとレイカは、校庭の隅のベンチでお弁当を拡げている。2時間目の理科の実験の授業中に、仮病を使って、ふたりは時間差で医務室に入った。リサは、シャム猫に戻り、テレポート能力で、職員室の金庫の中に侵入して、レイカの答案用紙を持ち出した。レイカは白紙に近いその回答に、正解を書き加えた。リサは、その回答用紙を元の場所にテレポートで送り返したのだった。

「じゃあ、約束どおり、友達になってくれるわね?」

「もちろんよ!わたしのほうから、お願いするわ!親友になってください!」

と、言って、レイカはこの日一番の笑顔を浮かべて、右手を差し出した。

「ありがとう!それじゃあ、親友になった『お祝い』に、もうひとつの悩み事を解決してあげるわ……!」

「もうひとつの……?どうして、わたしに悩み事のあることが、わかるの……?」

「簡単な『推理』だわ!レイカさんが、抜打ちテストとはいえ、あの程度の問題に、まったく答が書けないはずがないわ!少なくても、和訳くらいは、勘で書けるはずよね?英文訳も、まったく答えられない問題では、なかったし……。体調が悪い、というより、まったくテストに集中できていなかったみたいね……?どう?その集中できなかった訳を、話してくれるかな……?親友として、力になりたいのよ……!」

「ご、ごめんなさい!それだけは、親友でも話せないのよ……!」

レイカは、顔を強張らせ、食べかけの弁当箱を両手に抱え、立ち上がった。

「じゃあ、ひとつだけ!それは、『幸福の手紙』と関わりがあるの……?」

リサはそう尋ねながら、レイカの心の中に、意識を侵入して行った。

「幸福の手紙?リサさん!あなた、何を調べているの?まるで、探偵みたい……?」

「姉御!いいんですかい?あの娘は、被害者ですぜ!放っておく手は、ねぇでしょう、が……?」

レイカが、校舎へ逃げるように駆けて行ったのと入れ換わりに、リサの足元にフーテンが現れた。

「いいんだよ!レイカの秘密の一部は、覗けたから、ね……」

「おや?読心術は、使わねぇんじゃなかったんで……?」

「構わないだろう?少しくらいは、ね!それが、『名・探偵助手のリサ』のリサたる、由縁なんだから……!」

「まあ、オイラは、否定も肯定もしませんけど、ね……。それで?レイカの心の中を覗いてみた成果は……?」

「とても、口には出せないことさ!オトやリョウには、絶対、内緒だよ!」

そう言って、リサはテレパシーで、フーテンの頭に、『声にできない情報』を送った。

「ええっ!授業中に……?『大人のオモ✕✕』を……?」

「バカ!口に出すんじゃないよ!ここは、学園内だよ!」

「しかし、ひどいですね?それも強制されてのことですよ、ね……?授業に集中なんて、デキッコねぇや……!」

「レイカは、誰かに弱味を握られているんだ。脅されて、相手の言いなりに、淫らな行為を強制させられている……」

「その相手、とは……?」

「そこまでは、覗かなかったよ!犯人捜しの楽しみが失くなるだろう?フーテン!お前の活躍する場面を、取り上げたくは、ないから、ね……」

「へへ、任せてください!レイカが、これから会う人物を、突き止めりゃあいいんでしょう?」

「そうだね!ところで、ミホの方は、どうしている……?下手な捜査はしていないだろう、ね……?」

「今のところは、授業に出ていますよ!ただ、休み時間に、姉御の隣の席のハルって娘に、一言、二言、話しかけていましたね……。内容は、よくわからなかったですよ!最近の女子高校生が使う、隠語みたいで……。『パイ』だか、『バイ』だか、って、ね……」

「ハルとミホ?クラスが違うのに……?そうか、あたしが医務室にいた時に、会っていたんだね……。よし!ハルの方は、あたしが注意しているよ!フーテンはレイカの方を頼むよ!レイカは、あたしを警戒しているだろうから、ね……」


「あんた!リサっていう転校生だね?」

放課後、三階のトイレに向かっている、リサの背中に声をかける生徒がいた。

「そうだけど……、あんたは?うちのクラスじゃないね……?」

「チョイと、顔を貸しな!あんたに会いたいって人がいるんだよ!」

「イヤだね!名前も名乗らない人間の言う事に、従うバカはいないよ!『知らない人について行っちゃあ、ダメ!』って、子供の頃から、言われているもんでね!」

「何だって?人を『小馬鹿』にするつもりかい?転校生に、我が女子高のシキタリを教えてやるんだよ!黙ってついてきな!」

「シキタリなら、校長先生と、理事長さんから訊いているよ!イヤだと言ったら、どうするつもりだい?あんた、力ずくってタイプじゃ、なさそうだよね……?」

 リサは相手の体型を眺めながら、そう言った。その娘は、ショートカットの髪で、やや小柄な体型だった。スカート丈が長いから、スケバンを気取っているようだが、どうみても、下っ端の『遣いパシリ』としか思えなかった。

「ほおぅ!断る、っていうのかい?度胸があるね?じゃあ、それなりの覚悟もあるんだね?」

「ああ、あんたがあたしを連れていけなくて、制裁を受けるくらいの度胸も覚悟もあるつもりだよ!用があるなら、本人が直接あたしに会いにおいで!と、伝えときな!わたしは、トイレに行く途中なんだよ!バイバイ……!」

 リサは片手を振って、そう言うと、近くのトイレに飛び込んだ。

 女子生徒は、その後を追いかけて、トイレの個室を順番に覗く。

「あれ?何処にもいない?窓から出れるわけがない!ここは、三階だから……」

(ふふふ……、隣の部屋にテレポートしたとは、考えつかないよねぇ……。さて、リズに戻って、あんたの黒幕の元に、案内してもらおうかな……)

      ※

「なんだって!リサって転校生は、そんなデカい態度だったのかい?カナ!あんたの脅しが足りなかったんじゃないかい?」

「トイレに入ったから、出てきたら、ビンタを喰らわしてやろう!と思ってたんだよ!なのに、消えちまったんだ……!」

「消えた?幽霊じゃあるまいし……。真っ昼間から、寝ぼけるんじゃないよ!」

「ヨウコ!ホントなんだよ~!あいつ、マジでヤバい奴かもしれないよ!前の学校で、『番』でも張っていたんじゃないかい?」

そういう会話を、三人の女子生徒が交わしている。場所は、体育館裏の淋しい校庭だ。三階のトイレの近くで、リサと張り合っていたのは、カナという名前らしい。そのカナと会話をしているのは、柔道部か相撲部が似合う、巨漢の女子だ。名前はありふれた、『ヨウコ』というらしい。もうひとりは、痩せた、背の高い、ロングヘアーの女子だ。無口なのか、会話に加わってこない。

(コイツら、この学校の、いわゆる『不良達』だね……?でも、女番長(スケバン)って、感じはしないわ、ねぇ?カナと序列が変わらないみたいだから、まあ、構成員か……)

リサは、シャム猫のリズに戻って、カナのあとをつけてきた。今は、三人のいる校庭に植樹されている、桜の木の陰にいて、三人の様子を伺っているのだ。

「まあ、仕方ないさ!相手をみくびって、カナひとりに任せたのが間違いだった……。明日は、三人で、固めるんだ!少々、手荒に扱うことになっても、ね……」

今まで無言だった、痩せ型の女子生徒がポツリと言った。

「ふん!アキか、わたしだったら、ひとりで充分だろうけどね!柔道と剣道の初段同士だから……」

と、ヨウコがカナを軽蔑するか、自慢するかの口調で言う。

(カナにヨウコにアキか……。どうして、バカなトリオは、チビとデブとノッポなんだろうねぇ……)

リズがため息をついていると、三人はその場を離れるように、バラバラの方向に散っていった。

(一番ヤバそうなのは、アキだね!少しあとをつけてみるか……)


「あらあら、とても『勉強好き』とか『本好き』には見えないのに、やってきたのは、この学校の自慢の図書室かい……?」

リズがあとをつけてきた、アキというノッポの女子生徒がやってきたのは、最近できた、新館の二階部分を占める図書室だった。一階は展示室。三階は食堂。四階はトレーニング室や美術室。放送室、会議室がある。屋上はテラスになっていて、大きなプランターに、四季折々の草花が植えられている。垣根越しに、市内を一望できるようになっていた。各階を繋ぐ、エレベーターが設置されている。

アキは、図書室に入ったが、本を探す素振りはなかった。机に向かって本を読んだり、教科書を開いている生徒の間を縫うように歩き、ひとりの生徒の机に、さりげなく小さなメモを置いた。そして、図書室から出て行った。

(あの娘に何か連絡したんだね……。なかなか、黒幕にはたどり着けないようだねぇ……。おや?あの娘は、うちのクラスの娘だ!確か……レイカの隣の席の……、キミコだったか……)

キミコは、置かれたメモを周りを気にしながらゆっくりと開いた。

リズは遠隔から、透視能力を使って、その文章を読み取る。

(またまた、特殊能力を使ってしまったよ!普通の探偵って、難しいよねぇ……。さてと……、文面は……?)

『リサという転校生、捕まえられず。要注意。明日、強制的に連行予定』

そう書かれていたメモをキミコは細かく破って、備え付けのゴミ箱に棄てた。

(あら?棄てちゃったわ!黒幕に届けないのね……。この娘が黒幕とは思えないんだけど……?)

本棚の並んだ陰から、リズは周りに注意を払っている。キミコに近づくか、キミコが近寄る人物は、現れないまま、時間が過ぎていく。

「姉御!こんなところにいたんですか?レイカは下校しましたぜ!帰り道をつけるか、どうかを、確認にきましたよ……」

音もなく、トラ猫のフーテンが傍らに忍び寄ってきて、囁いた。

「登場人物というか、容疑者というか……、見張らないといけない人間が増えていくわねぇ……。やっぱり、警察のような組織的な捜査機関が羨ましいわねぇ……」

「姉御!いいことを教えましょうか?」

「なんだい?いいことって……?」

「いや!こいつは、ゾロの提案なんですが、ね……。姉御が特殊能力を使わないなら、マサがやったように、『猫の手を借りる』って方法がある……って……」

「猫の手を借りる?その猫があたしだよ!あっ!そうか!『猫屋敷』の連中だね?三毛のサンシロウとか、キジトラのキチヤとかは、活動できるわね!スターシャとサファイアは、特殊能力を使ってしまうから、今回は助(すけ)は、頼まないでおこう……」

「あと、フィリックスとハチに、オイラが助を頼めますぜ!」

「ああ!フィリックスなら、戦力になるね!ハチはいらないよ!よし、明日から、三毛とキジトラと黒猫の三匹を使って、組織的な捜査を始めるよ……」

「姉御!ハチも使ってやりましょうよ!フィリックスの相棒として、足が速いから、『遣いパシリ』には、最適ですぜ!」

「お前が、そういうなら、連れておいで!でも、ハチが『探偵』って言葉を理解できるのかねぇ……」

「姐さん!ごぶさたしております……」

「すまないねぇ!助を頼んだりしてさ!」

黒猫のフィリックスがシャム猫のリズに挨拶している。場所は、リズとフーテンの住処。小さな稲荷神社の社の中だ。六匹の猫が集まっている。額に八の字の模様がある、雑種のハチ。三毛猫のオスのサンシロウ。曾祖父のキチエモンが憑依している、キジトラ猫のキチヤが、フィリックスの後ろに控えている。

「しかし、姐さんが人間に化けて、しかも、『探偵助手』をしているなんて、驚きましたぜ!噂では、何件もの事件を解決しているそうで……」

「ああ、最初は、オトとリョウの従兄のマサの助太刀をしたのさ!人間って奴らは、欲が深いし、いろんな『しがらみ』を抱えている……。それを調べていたら、退屈しないんだよ!フィリックス!盗みより、断然面白いよ!」

「へえ!わたしも退屈していましたんで……、喜んで協力させていただきます!ハチも喚んでくださって、張り切っていますよ!」

「それじゃあ、今から、手順を説明するよ!みんなには、それぞれ見張って欲しい人間がいるんだ!つまり、容疑者の数が多くて、ねぇ……」

リズは、前回の事件で、ミホの母親から預かっていた、女子高校の名簿を開く。

「この娘に、この娘……、それから、こいつだよ……」

リズが指名したのは、不良グループのアキとカナとヨウコ。リサのクラスメートのレイカとキミコとハル。そして、ミホと高梨だった。

「こいつらの中に、『幸福の手紙』を始めた人間がいる……、あるいは、その人間に深く関わっている奴がいる……!もうひとつ!レイカにイヤラシイ行為を強制している奴に繋がりがある人間がいるんだ!怪しい行動を見かけたら、あたしにテレパシーを送っておくれ!わたしは、リサに戻って、女子高生の実態調査を進めているから、ね……」


「昨日のテストの答案用紙を返す!」

二時間目の英語の授業が始まり、高梨が教壇の前に立って、プリントの束を広げた。

「ひどい成績だ!しかし、満点の回答もある!レイカ!さすがだな……!」

高梨が、イヤラシイ笑顔をレイカに向ける。

「それと、もうひとり!満点だ!」

高梨が『タメ』を作った所為で、教室内に微かな私語が聞こえた。誰が、そのもうひとりの満点者なのか?と憶測が飛び交っている。

「リサだ!」

と、高梨が宣言する。

「ええっ!」

「ワォ!」

「スゴ!」

いろんな、驚きと賞賛、そして、嫉妬を含んだ声が溢れた。

「先生!おかしいです!」

と、後ろの席にいる生徒が手を挙げながら言った。

「エリ!何が『おかしい』んだ?リサ君が満点なのが、驚きなのかね?」

「イエ!リサさんではなくて……、その……レイカのほうです……」

「レイカのほう?レイカなら、いつも、満点か、それに近い点数だよ!お前は、今回も、三十点だったが、な……、まあ、平均点だから、安心しろ!」

「ハハハ!エリ!三十点?上出来ジャン!あたしは、十点だよ!」

と、エリの隣の生徒が言った。

「でも……レイカは……」

エリは、周りの視線が自分に集中しているのに気がついて、それ以上の発言を躊躇してしまった。

(なるほど!エリは一番後ろの席だから、回答用紙を集めて行った。レイカの答案をチラッと見て、ほぼ白紙だったことを知っていたんだ……。待って?答案は裏返して、集めるから、白紙なんてわからないよね……?)

リサは、心に引っ掛かるものを感じて、エリと、レイカに視線を送る。

(そうか!エリは知っていたんだ!レイカは授業に集中できない状況だったってことを……)

「あんた、いったい、どんな手を使ったんだい?まさか、高梨を『タラシ込んだ』なんて、器用な真似はしてないよね……?アレをアソコに入れたまま、テストで満点が取れるわけがない!あたしが答案用紙を集めた時、あんた、必死で我慢していたよ、ね?イキそうだったんだろう……?」

昼休み、校庭の隅でレイカとエリは二人きりで会っている。

「エリ!その話、わたしにも詳しく、訊かせてくれないか?」

「えっ?リサ!何処から現れたんだい……?」

突然、エリの背後にリサが登場して、エリに声をかけた。その場所は、校舎からも、運動場からもかなりの距離がある。エリは周囲には、充分注意を払っていた。リサの姿はもちろん、視界の中に人影はまったく、なかったのだった。

リサは、無言で微笑みながら、右手人差し指を宙に向けた。

「なんだって?欅の木の上にいたのかい?」

確かに、エリとリサの側には、大きな欅が一本生えている。しかし、一番下の枝までは、かなりの高さがあり、梯子でも使わないと、登れそうになかった。

「エリ!レイカに『いかがわしい行為』を強制しているのは、あんたなのかい?それとも、あんたは『三下』のツナギ役かい?あんたの上にいる、黒幕は、誰なんだい?教えてくれたら、今回は、見逃してあげるよ!それとも、少し、痛い目に会いたい、かえ……?」

「リサ!あんたいったい何を企んでいるんだい?前の学校で、番でも張っていたのかい……?でも、この学校じゃあ、デカイ態度はしないほうがいいよ!レイカのことなんか、放っておきな!それが、あんたのためだ!綺麗な顔のままで、いたかったら、ね……」

「ふうん……、やっぱり、この学校にも悪い連中が、群れているんだね……?前の学校じゃあ、その連中を壊滅させてきたのさ!まあ、おかげで、喧嘩両成敗ってことで、自主退学になったけど、ね……」

「前の学校とうちじゃあ、レベルが違うよ!正義ぶるのは、止しにしときな!この学校じゃあ、正義は力なんだよ!」

「そうかい?ますます、邪魔をしたくなったよ!エリ!白状してもらうよ!その組織のことを、ね……!」

リサの瞳がキラリと光り、エリに近づく。

「寄るんじゃないよ!それ以上、動いたら、レイカの顔をカミソリで、刻むからね!」

エリは、左手で、レイカの右腕を掴み、右手の人差し指と中指に挟んだ、カミソリの刃を、レイカの頬に向けた。

「ああぁ……、フーテン!お前の見せ場だよ……!」


     10

「レイカ!大丈夫かい……?」

「あっ!リサさん、わたし、気を失っていたのね……。エリは?」

「レイカ、あなたが気にすることじゃないわ!ここは、医務室よ!エリにカミソリを向けられて、あなたは気を失ったの……エリは、わたしが『とっちめて』やったわ!訊きたいことがあるから、ある場所に監禁しているのよ……。さて、わたしは授業があるから……。医務室の保田先生に頼んでいるから、放課後まで休んでいるといいわ!授業が終わったら、迎えにくるから、一緒に帰りましょう……」

リサはそう言うと、医務室のベッドの横の丸椅子から立ち上がり、ベッドに横たわっているレイカの身体に、薄い毛布のケットを掛け直して、仕切りのカーテンから、ベッドを離れた。

エリのカミソリを持った手に、フーテンが噛みつき、リサはテレポート能力を使って、エリを欅の大木に飛ばした。勢いがついて、幹にぶつかり、エリは気を失った。今、彼女は、手錠と、猿ぐつわをはめられ、リズの住処の稲荷神社に転がっている。そのことは、レイカには内緒にしておく必要があった。

「フーテン、あとは頼んだよ!あたしは、次のターゲットに会ってくるからね……」

カーテンとベッドの狭間に隠れている、トラ猫に、視線を向けることなく、リサは命じて、医務室をあとにした。

「姐さん!不味いことになりそうですぜ!」

医務室を出たリサに、廊下の曲がり角から、黒猫が現れ、声をかけた。

「不味いこと……?フィリックス!お前は、ミホを見張っていたんだよね……?」

「ええ、そのミホって娘が、探りを入れていることを、姐さんが言ってた、スケバンの三人組に感づかれて、体育館裏で、脅されちゃいましてね……。あっさり、姐さんのことを『探偵助手』だって、バラしちゃいまして……」

「ほおぅ……、まあ、遅かれ早かれ、ミホから、誰かにそのことは、伝わる!と思っていたよ……!それで?ミホはどうした?」

「三人のうちの、デカイ女が、ミホを殴ろうとしたんで、噛みついてやりましたよ!それで、ミホは、その隙に走って逃げました。あとの二人のうちの『ちっこい娘』は、ハチが足首に噛みついて、戦力外になりました……。ただ、ノッポの女は、竹刀を構えて、隙を見せなくて……。その娘が、ひとりで、姐さんを探していますよ……!」

「なるほど……。やっぱり、アキって娘は、剣道の腕がいいようだね?フィリックス!不味くはないさ!いや!上出来だよ!一対一なら、アキだろうが、あたしの敵じゃあない!またひとり、捕虜ができる、ってもんだ……!フィリックス、あたしのことは、大丈夫だから、キミコって娘を探っておくれ!あの娘が、黒幕に一番近い位置にいそうだから、ね……」

       ※

「あんたが、リサってゆう『転校生』だね?あたしは 、アキってゆうもんさ……。話があるんだ。ここじゃあ、マズいんでね。ちょっと、顔を貸しておくれ……」

放課後、レイカを医務室に迎えに来たリサに、医務室の手前の廊下で、長身の女子生徒が竹刀を肩に担いだ姿で声をかけた。

(おやおや、わたしが探す手間を省いてくれたようだね…………)

リサは、心の中で微笑んで、

「あんたひとりかい?カナとか、ヨウコは一緒じゃないのかい?」

と尋ねた。

「ふうん、ミホが言っていた『探偵助手』ってのは、本当のようだね……?何を探って、どこまで、知っているか、訊きたいもんだね……」

「それは、教えられないよ。探偵ってのは、秘密主義なんだよ。あんたも、自分たちの悪だくみのことは、教えてくれないだろう?」

「ふふふ、面白いやつだね!どうだい、あたしの仲間にならないかい?探偵なんかより、ずっと、面白いし、実入りもいいよ!」

「お断りさ!あたしは、群れるのは嫌いでね……。それより、話の場所を変えよう!ほら、下級生が、変な目でこっちを見ているよ……」

リサはそう言うと、アキに背を向けて、廊下を歩き出す。そして、校庭の欅の大木の前で立ち止まり、後をついてきた、アキのほうへと振り向いた。

「ここなら、邪魔は入らないよ!どうだい?話し合うかい?それとも、その竹刀にモノを言わせるかい?」

と、リサがアキの肩に担がれている竹刀に顎を差しながら訊いた。

「話し合いなんか、する気はないんだろう?何を使うのか知らないけど、得物があるなら、早く出しな!それとも、空手か、合気道でも、使えるのかい?わたしの得物は、これだよ!一応、段位は貰っているから、ね……。死なない程度には、してあげるよ……!」

そう言いながら、アキは、竹刀を正眼に構える。

「たかが、剣道初段だろう?わたしの相棒のマサは三段の大人にも負けないよ!そのマサでさえ、わたしの身体に、竹刀の先も触れられないよ!嘘だと思ったら、本気で、打ち込んでおいで……!」

「マサ?一高のマサのことか?刑事の息子の……?」

「おや?マサは、剣道の世界では、有名人なんだね?一高は卒業して、今は大学生で、荒俣堂二郎って変名で、探偵をしているのさ!わたしは、その助手!『名・探偵助手のリサ』って呼ばれているんだよ……!」

「そうか!マサの関係者か……?面白い!兄貴の仇を討たせて貰うよ……!」

「兄貴の仇?マサが誰かに、仇呼ばわりされるはずなど、ないと思うけど、ねぇ……?」

「あたしの名前は、嶋岡アキ!兄貴は、トオルっていうんだよ!荒俣堂二郎の助手なら、名前を聞いたことがあるだろう?一高の一学年下さ!」

「アッ!『透明人間』の山崎カヅオの従弟……。旧姓が『恵美』で、母親が嶋岡洋史と再婚して、嶋岡姓になったんだ……。アイツに妹がいたのか……?」

「あんた、ずいぶん詳しいねぇ……?あんたも、兄貴の事故死に、関係していたのかい?真湖って義理の従姉の母親を脅迫していて、立山の山小屋で、荒俣って探偵に追い詰められて、逃げる途中で、崖から落ちたって、その娘に聞いたよ……。荒俣堂二郎って探偵が、一高のマサってことは、あんたが『透明人間』って言ってた、カヅオが教えてくれたんだよ……!」

「透明人間さんは、元気なんだね?」

「ああ、真面目に大学に通っているよ!それで?あんた、まだ、あたしの忠告に従う気はないんだね?じゃあ、死なない、一歩手前……、三ケ月ほど入院するくらいに『ボコボコ』にしてあげるよ……」

「どうぞ!遣れるモンならね……」

リサは両手をダラリと身体に沿って垂らしている。剣道をしているアキにとっては、隙だらけ。

(何だ、こいつ?武道も素人?喧嘩なれでもない……?フェイントなんてしなくても、上段から面が取れる……)

有段者にとっては、かえって不気味だったが、アキは一呼吸して、竹刀を振り上げると同時に、大きく前に踏み込んだ。

竹刀がしなって、

(よし!面!一本!)

そう思った瞬間……、竹刀に手応えはなく、それは空を斬っていた。

「あんた!何処に撃ち込んでいるんだい?あたしの頭なら、ここだよ!」

面打ちをした状態のまま、静止しているアキにリサが声をかけた。リサは、竹刀の左、肩幅分の場所に、元の姿勢で立っている。

瞬時に、アキは見事な足さばきで後退して、リサから距離を取った。

(何が起きた?まさか、わたしが目測を過って、アイツの左に……?いや、上段からの面だ!数ミリの誤差ならあっても、肩幅の誤差は、あり得ない……。アイツが動いた?動けば、それにわたしは反応しているはずだ……)

「どうしたの?剣道って、一発撃ち込んだら終わりなの?先攻、後攻とかあるのかしら?」

(何、馬鹿なことを言っているんだ?剣道を知らないのか……?いや、挑発しているんだな……。よし、次は、フェイントをかけて、二段撃ちをしてやる……!)

アキは摺り足で、右に移動しながら、竹刀の先を上下に揺らす。

「小手!」

っと、気合いを込めた声を発して、竹刀を振る。それは、小手から、面への二段攻撃。右足を踏み込み、中段から上段。一瞬で竹刀の軌道を変えて、リサの右側頭を狙い打ちした。

「バキッ!」

っと、鈍い音がして、竹刀が割れた。リサの後ろにあった欅の大木に、撃ち込んだ竹刀が当たってしまったのだ。本来なら、リサの身体に当たっているはずだ……。

「下手くそだねぇ……」

その嘲笑の声に振り向くアキの顔に、黒い物体が飛びかかってきた。その勢いで、アキは、欅の幹に後頭部を打ちつけて、そのまま崩れ落ちてしまった。

「あらあら、剣道有段者なのに、フィリックスの体当たりも、避(よ)けきれないのかねぇ……」


11

「姐さん!これで四人も拉致したことになりますぜ!」

リサは、アキの両手を背中に回し、手錠をかけ、猿ぐつわをはめると、エリと同様に、稲荷神社の社殿に飛ばした。その後、医務室に戻り、レイカを自宅まで送って行った。

社殿に帰ると、リズに戻り、先に帰っていたフィリックスが声をかけたのだ。

社殿の中には、エリとアキのほかに、カナとヨウコも同じように転がっている。後のふたりは、キチヤのサイキック能力とサンシロウのテレポート能力で、捕虜にされてしまったのだ。

「フィリックス!お前の催眠術能力は少しは回復したかい?」

フィリックスは、エスパーキャットで、人間を催眠術で操る能力を持っていた。それを使って、宝石のルビーを専門に盗んでいたのだが、瞳の色を濃く変えられて、その能力を失っていた。

しかし、この稲荷神社の社殿の地下には、地球外生命体の宇宙船が着陸した空間があり、その空間のパワーと、地球外生命体が作った丸薬によって、猫の寿命も、特殊能力も飛躍的に向上することができるのだ。リズが人間に変身できるのも、その所為だった。フィリックスの能力も、次第に回復していた。

「このガキどもくらいなら、自在に操ることができますよ!単純なアホばかりですからね……。で?何をさせるんです?」

「普通に日常の生活をしてもらって、その一日の行動を放課後、わたしに報告にくるようにして欲しいのさ!二、三日間でいいんだけどね……」

「なるほど、催眠術にかかっていることを自覚できないけど、ある時間帯だけ、命令に従う、ってやつですね?面白い!難しいそうですが、やってみましょう……」

「こいつらの首に、この鈴の形のペンダントを着けさせる。音はしないんだが、特殊な信号で、本人には音がしたように感じるんだ!『パブロフの犬』のように、その音で、催眠術の効果が始まるようにしておくれ……!」

フィリックスは、無言で了解した、と頷く。

「姉御!何でそんな回りくどいことをするんです?今、催眠術で、黒幕のことを訊き出したら、それで解決するでしょう?特殊能力を使うんだから……」

「フーテン!それじゃ、『探偵助手』にならないんだよ!催眠術で自白なんて、ルール違反なんだよ!」

「でも、結局、催眠術を使うんでしょう?同じだと思うんですが、ね……」

「催眠術の使い方が、違うんだよ!直接的ではなく、こいつらの、行動を調べるだけなんだから、ね……。本来なら、こいつらをずっと見張っていればいいんだけど、ほかに見張る必要がある人間が多いから、こいつらには、自ら、報告をしてもらうのさ……!」

「こいつらのほかに……?」

「レイカとハルとキミコ……。それと、レイカのパンティを持っていった生徒がいるんだ……。もうひとつ、黒幕は、生徒とは限らない……。これは、オトからの忠告だけど、ね……」

「レイカ!どう?まだ、あんたを脅している人間のことを話す気には、ならない?」

翌日、一時間目が終わった休み時間に、トイレに向かったレイカをつけていったリサは、トイレの洗面台の前で、鏡に写ったレイカに背中越しに尋ねた。

レイカは、鏡の中で、首を横に振った。

「レイカ!実は、一昨日の放課後、このトイレで、あなたが、オナニーしていたのをわたし、知っているのよ……」

リサのその言葉に、鏡の中のレイカの顔が強張る。

「そのあと、あなたがパンティを誰かに渡していたことも……。あの娘、名前、何だったっけ……?A組の……?」

と、鏡のレイカに、リサはゆっくりと話しかける。

「リサ!もうヤメて!わたしのことは、放っておいて……!」

首を大きく振る仕草をすると、レイカはそう言って、リサの脇を通り抜けて、トイレから走り去った。

(ゴメンね!レイカ!あなたの頭の中を少し覗かせてもらったわ……。アイツの名前は、セツ!A組で、新体操部のマネージャーをしていた……。レイカも新体操部に入っていたんだ……。エッ!新体操部の顧問は……、二代目『砂かけババァ』だったわよ、ね……?)


12

「あら?E組の転校生のリサさんね?あなた、新体操に興味があるの?それとも、前の学校で、新体操部だったの?」

放課後、体育館の一部を使って、新体操部が部活を始めていた。その様子を見学にきたリサに、マネージャーらしい女子生徒が声をかけたのだ。

「いえ、新体操は、見るのも初めてです!ただ、K女子高の『新体操部』は、有名ですもの、ね……」

「そうよ!県下で、一番早く、新体操部ができたのが、我が校だし、県体では、創部依頼、連覇中よ!ただ、今年は……、あぶないのよ……。新興のT高が、今年はツブが揃っているのよ……。ウチは、三年生のレギュラーが、何人もヤメちゃったの……。ちょっと、もめ事があってね……」

マネージャーをしているのは、D組のトッコといって、元、レギュラーだったのだが、足首を怪我をして、選手を辞め、マネージャーになったらしい。

「A組のセツって、マネージャーしていたんじゃなかったっけ……?」

「あらあら、もう噂になっているの……?その、セツって娘がもめ事の元凶のひとりなのよ……!あっ!ダメ、ダメ!砂かけババァから、箝口令が出ているのよ!これ以上は、内緒なの……」

トッコが人差し指を唇に当てる。そこへ、レオタード姿の生徒が近づいてきた。リサの同級生のエリの隣の席の娘だ。英語のテストが10点だった……、モコと呼ばれていたはずだ。顔は、たいして美形ではないが、レオタード姿のスタイルは、なかなかのものだった。

「リサさん、探偵の助手をしてるんやってね?D組のミホが、ヨウコに脅されて、バラしたらしいよ!新体操部には、D組がヨウケおるから、噂になってるよ!栞のことを調べているんだ、ってのは、ホンマ?だったら、キミコとA組のセツを調べるとエイよ!新体操部の恥じになるけど、連中は、我が校の癌やから、ね……」

「モコ!そんなこと喋ってしまって、砂かけババァにバレたら、レギュラーから外されるよ!」

「あたしが、レギュラーから外される?誰がレギュラーになって、T高と、まともに戦えるっていうン?元のレギュラーで残っているのは、あたしとあんただけ……!あんたは怪我しちゃって、県体出場は、絶望やろう……?」

「キミコもレギュラーだったの?」

と、リサが尋ねた。

「そうよ!あと、レイカと、ユイカも、ね……」

「ユイカ?それは誰?何組……?」

「あら?リサ、知らへんの?ユイカは、レイカの妹よ!年子で、同学年。双子みたいなものよ!砂かけババァの超お気に入りよ!クラスはD組よ……」

「ユイカ?ユイカなら、休みだよ!もう三日くらいかな……?体調が悪いみたいだね……。まさか、『できちゃった』ってことはないと思うけど……」

D組の教室で、掃除当番で居残りの生徒が、リサの問いかけに答えてくれた。

(できちゃった?まさか、この女子高では、妊娠してしまった娘が、何人もいるのかしら……?)

「あんた、E組の、転校生?ユイカに何の用?」

「ユイカの姉のレイカに返すものがあって、ね……。レイカが先に帰ったみたいだから、ユイカに頼もうか、と……」

と、リサは咄嗟に出任せを言った。

「ダメダメ!姉妹といっても、あのふたりは、同居してないよ!レイカは母親に、ユイカは父親に引き取られたのよ!今、離婚の調停中……!」

(おやおや……、両親が離婚で、年子の姉妹が別居状態……?レイカは、家庭にも複雑な問題があるのか……)

掃除当番の娘に、礼をして、リサは校舎を離れる。校庭のいつものベンチに腰をおろして、数学の教科書を開いた。担任の山元が、明日の授業で、『抜き打ちテスト』をするつもりらしい。リサは、また、教師の頭を少しだけ、覗いてしまったのだ。テストの問題は五問。教科書の例題がそのままのような問題だ。

「おやおや……、シャム猫のリズが、こんなに、高校生活を満喫しているとは、思わなんだ……!」

リサの足元に、キジトラ猫が近づいてきて、年寄臭い言葉を投げかけた。

「なんだい?キチエモン!探偵ってやつは、成り切る必要があるんだよ!」

「いや!悪く言っておるのではないぞ!ワシは、今のリズが好きじゃ!以前の女王さま気取りで、野心家だったリズより、何倍も魅力的じゃ!おそらく、オトとリョウの姉弟の影響であろうが……」

「キチエモン!いつから、易者になったんだい?リズは今でも『野心家』さ!探偵助手として、事件を解決することに、燃えているんだよ!確かに、オトとリョウの影響だけどね……。あのふたりの純粋な好奇心が、羨ましいと思ったんだよ……」

「善(よ)き哉(かな)、善き哉……。いや、その探偵の仕事じゃ!ミホという娘は、休んで、おる。ヨウコたち三人組に脅されて、リサの正体をバラしたから、どちらにも、顔向けができんのじゃろう……。三人組は、今日はおとなしく過ごして、おった。特に怪しい行動も、誰かに接触もしていないようじゃ!」

「姉御!レイカも、今日は何事もなく帰宅しましたぜ!ハルって娘も帰ったみたいですよ……」

トラ猫のフーテンが、ベンチの陰から、声をかけた。

「姐さん!キミコって娘は、図書室にいますよ!ひとり、キミコに接触した生徒がいました。キミコが、『セツ』って呼んでいましたよ!ふたりの話の内容は、よくわからないんですけど……『バイ』か『パイ』は、しばらく、ヤメにする!ってキミコがセツに呟いていました……」

「バイか、パイ……?確か、ミホとハルが同じような会話をしていたって……。フーテン!確かに、お前、そう言った、よね……!」


13

「三年A組のセツさんですよね?」

翌日の放課後、三階のトイレで、小用を済ませたセツに、お下げ髪の少女が声をかけた。

「そうだけど……?あんたは?見かけない顔だね……」

お下げ髪の少女は、もちろん、K女子高の制服姿だ。細面(ほそおもて)で、スッキリした一重の目。鼻筋は高く、唇はキリッとしまっている。日本的な美形である。

「一年生のルミといいます……」

「一年生?中学は、別の学校だったのかい?」

K女子高は、中学部もあり、ほとんど、中高一貫の学校だ。ただし、高校受験で、他の中学校から入学してくる生徒もいる。顔の広い──特に美形の生徒の情報には、抜かりのない──セツが見かけない、美形の生徒だったから、その数少ない、高校受験組だと思ったのだ。

「はい!受験して入学しました。わたし、病気がちで、入学式にも出ていないんです!クラスでも、ほとんど目立たないし、友達もいません……」

セツの心を見透かしたように、少女は、問われもしないことまで答えた。

「ふうん、そうなの……?それで?ルミさん、わたしに何の用だい?」

「実は、これを買って欲しいんです……!」

そう言って、ルミは鞄の中から、透明のビニール袋を取り出した。

「何だい?それは……?」

「わたしの……、パンティです!アレをして、アレの付いた……、ホヤホヤのやつです……」

「な、なんだって……?アレのアレって……?つまり、『オナった』ってことだよ、ね……?」

「そうです……」

「ちょっと、待って……!そのアレの付いたパンティを、わたしに売りたい!というのかい……?」

「ええ!新体操部のマネージャーをしていた、三年A組のセツさんが、シミ付きのパンティを、そういうものを欲しがる男性に高く売りさばいている、って訊いたものですから……。わたし、お金が欲しいんです!」

「そ、それは誰から、仕入れた情報だい……?」

「それは、言えません……!ただ、新体操部に関係のある人です……」

「新体操部の……?なるほど、箝口令が出ていても、『人の口に戸は、立てられぬ』ってこと、だよね……?」

「買って貰えますか……?」

「ちょっと、あんた、誰に訊いたか知らないけど、シミの付いたパンティなら、誰のものでもいい!ってわけじゃないんだよ!」

「はい!美形か、可愛いか……、アイドル系じゃないと、売れないんですよね……?でも、わたし、中学時代、ラブレターが、下駄箱から溢れたこともあったし、同級生ばかりか、先輩や、他校の男子生徒からも、交際を申し込まれたんですよ!それがイヤになって、高校は、女子高を選んだんですから……」

 そう言われれば、顔だけではない。ボディ・ラインも男の視線を浴びるタイプだ!幼さの中に、魔性の妖艶さがある。

「そ、そうなの……?いえ!あんたのパンティが売れない!って言っているんじゃないのよ!パンティには、顔がないから……、つまり、どんな娘が履いていたものかを証明しないと、売れないのよ……。そのパンティも、あんたのものじゃなくて、何処かの婆さんのものかもしれないでしょう?」

「つまり、証明書がいる、ってことですね?どんな方法で、証明書を付けるのですか……?」

「簡単よ!そのパンティを履いて、オナってる写真を添えるのよ!あんた、わたしの前で、その行為をしている写真を撮らしてくれる?」

「あら?新体操部の方は、レオタード姿の写真を添えたそうですけど……?」

「それは、最初の頃のことよ!買い手が、だんだん、要望をエスカレートさせてきてね!全員がレオタード姿じゃあ、気に入らないのよ……高く売りたいなら、過激な写真がいいわよ!パンティを履いてないほうが、もっと、喜ばれるわ……」

「じゃあ、その、買い手を教えて貰えませんか?どんな写真が、ご所望か、直接、お訊きしたいですね……」

「ダ、ダメよ!それは……、秘密なの……」

「なるほど!我が校の男性教師が、お得意様なんですね……」

「あ、あんた!どうして、それがわかるの……?あんた!いったい、何者……?」

「姉御!また、読心術を使ったんですかい?パンティの売買に、男性教師が絡んでいることは、セツの頭を透視して、知ったんでしょう……?」

「いいんだよ!それくらいは、普通の推理か勘でわかる範疇だよ!セツは、カマをかけられて、自白してしまった!と、後悔しているよ……!それに、男性教師ってくらいで、具体的な名前までは、探っていないんだ……。まさか、校長先生を含む、全員ってことはないだろうから……。そして、セツの後ろにいるであろう、黒幕のことも、ね……」

校庭のベンチで、数学の教科書を広げているリサの足元に、フーテンがいる。数学の授業は、山元先生が休んだため、延期になったのだ。リサは、ルミという架空の一年生から、元のリサに戻っている。つまり、ついさっきまで、セツにパンティを売り込もうとしていたのだ。ルミのモデルとなった女性は、マサの高校時代の同窓生で、『ミステリー同好会』の会長をしていた、ルミという、『小野小町』風?の日本的な美人だ。以前、変身した実績がある。

「姐さん!キミコとセツが話をして、アキとヨウコに、『ルミという一年生に制裁を加えて欲しい』と、頼んでいましたよ!」

黒猫が新館の校舎から走ってきて、リサの足元で囁いた。

「ははは!居もしない、架空の一年生に、どうやって、制裁するんだろうね……?」

「キミコとセツのグループと、アキたち三人組は、別の組織みたいですよ!キミコがアキたちのことを、『オツムの出来は、たいしたことはないけど、武闘派だから、ね!馬鹿と鋏は……だよ!』って言ってましたよ!」

 と、フィリックスが報告を続けた。

「アキたちは、男子高なら『不良グループ』って呼ばれている輩だね!今回の『幸福の手紙』とか『シミ付きパンティ』には、直接関わっていないようだ……。エリは、どうだい?キミコたちのグループではないのかい?」

「エリは、写真部のようじゃ!」

 今度は、キチエモンが憑依している、キジトラ猫のキチヤがリサの足元に現れた。

「写真部?それじゃあ、キミコたちとは関係ないのかね……?キミコたちは、新体操部を辞めた連中なんだろう?」

「関係あり!じゃな……。レオタードとかいう、はしたない格好の写真を撮って、現像するのが、エリの役割じゃ!最近は、もっといかがわしい写真も現像しているようじゃよ!トイレの中とか、誰かと誰かの、キッスシーンとか、な……。どうやら、その写真を脅迫に、利用しているようじゃな……!写真館には、出せないようなシーンばかりじゃ!」

「盗撮をしている?それをネタに脅迫……?もしかしたら、レイカの弱みは……、そいつかもしれないね……」


      14

「リサさん!その格好は、何ですか?」

 県警前の喫茶店に、リサは顔見知りの北村刑事を呼び出した。顔を合わせた彼の第一声が、そういう言葉だった。

「シィ〜!わたしは今、高校生なのよ!潜入捜査!わかるでしょう?」

「あっ!そうですね!探偵助手ですから、変装とか……。でも、よく似合っていますよ!二十歳っていうのが、嘘だったと思うなぁ。生年月日、誤魔化してなかったですか……?」

「二歳くらいは、簡単に誤魔化せるのよ!もともと、リサは可愛いタイプだから、ね!」

「確かに、可愛いです!」

「ありがとう!それより、お願いがあるのよ!北村刑事さんにしかできないことなの……」

「事件の捜査ですか?誰かの身元調査かな……?」

「残念!それも、お願いするかもしれないけれど、今回は、わたしの恋人になって欲しいのよ!マサは、大学の講義で忙しいし、オトが焼き餅を焼くと、不味いから、ね……」

「こ、恋人?はい!ならせてもらいます!デートするんですね?例え、擬似体験でも、リサさんとデートできるなんて、夢のようです!」

「仕事は?大丈夫……?」

「大丈夫も何も……、大事件ですよ!課長には、事件の予兆があるって言っておきます!この前の少女拉致事件のこともありますし、リサさんからの情報、ということで……」

「そう、じゃあ、早速行動開始よ!実は、ある女性にチクっているのよ!リサが『不純異性行為』をしているって、ね……。もちろん、ガセよ!囮捜査なの……」

「囮捜査?じゃあ、そのガセネタに食いつく魚がいるんですね?でも、不純異性行為って、何をするんです……?」

「もちろん、あなたとこれから、『ラブホ』へ行くのよ……!」

      ※

「やっぱり、マズイですよ!警察官が、未成年と性的行為をするなんて……!」

郊外の有名なラブホの、鏡が天井を被っている、回転ベッドの脇で、汗をかきながら、青年刑事が言った。

「いくつか訂正させてね!わたしは、二十歳よ!未成年ではない!あなたもわたしも独身!恋愛は自由よ!それに、ラブホに入っただけ!セックスどころか、キッスも、抱擁もしないわ!しかも、目的は事件捜査のため……!ノー・プロブレム(=No Problem)!」

「それで、魚は、食いついたのですか……?」

「もちろん!わたしたちが、この建物に入った状況を、望遠レンズ付きの一眼レフで撮影しているわ!」

「それなら、すぐにそいつを確保しないと……!出ましょう……!」

「あのね!浮気調査っていうのは、入ったところだけじゃあダメなのよ!コトが終わって、出てくるところも撮らないと、決定的な証拠にならないのよ!入っても、何もしないで、すぐに出てきたら、浮気じゃなくて、ホテルのロビーでお話をするつもりだったのが、ホテルを間違えた!って言い訳されるでしょう?」

「そんな言い訳しますか、ねぇ……?」

「例えばの話よ!探偵は、そこまで、慎重に調査をするってことよ!」

「じゃあ、朝まで、張り込みをするのですか?」

「まあ、『ご休憩』時間を過ぎれば、間違いないわね!だから、入った時刻が写るように、何処かに、時計を写しておくのよ!終了する時も、ね……!」

「では、僕らも『ご休憩』時間をここで過ごすのですか……?」

「そうね!トランプでもする?将棋の駒はないし、ふたりで麻雀はできないし……!そうだ!せっかくだから、お風呂に入る?もちろん、別々によ……!」

「遠慮します!ポーカーでもしましょう!お金は賭けないで……」

「それは、つまらないわね!ポーカーをするなら、何か賭けないと……!そうだ!三回負けたら、一枚ずつ、服を脱ぐことにしましょう!誰も見てないから、『スッポンポン』になったら、お仕舞い!ってことで……」

「リサさん!ちょっとトイレに行ってきます……!」

そう言って、ブリーフ一枚の姿で、北村刑事は、トイレに向かった。ポーカーが進み、最後のブリーフになって二連敗。後がなくなったのだ。

リサは、セーラー服の上着を脱いで、上半身は、下着が覗けているが、まだ、スカートを履いている。つまり、勝負は圧倒的にリサが優勢なのだ!特に、リサが上着を脱いでからは、無敗だった。

「姉御!こんなところで、いつまで遊んでいるんです?セツとエリがシビレを切らしてますぜ!」

突然、リサの足元にフーテンが現れた。

「おや?フーテン、なかなか、グッド・タイミングだね!キチヤに透視能力なんてあったっけ……?」

「フィリックスですよ!催眠術の能力と透視能力は近いそうですぜ!オイラを狐の秘術で飛ばしたのは、サンシロウですけど、ね……」

「なるほど!サイキック能力か……。あっ!刑事がトイレから帰ってくるよ!」

「あいつ!イチモツに自信がなくて、スッポンポンになるのが、不安なんですぜ!フィリックスが言ってましたよ……」

「いらないことを、覗くんじゃないよ!男は、顔じゃあないし、アレの大きさでもないんだよ!ハートさ!あの刑事さんは、いい漢(おとこ)だよ!さあ、わたしもオシッコをして、写真を撮られに行くとするか……」

「じゃあ、オイラは外で待っていますぜ!」

「ああ!飛ばしてやるよ……!」


15

「いい写真が撮れていたかい……?」

翌日の放課後、写真部の現像室のドアの前で、リサがふたりの女子生徒に声をかけた。

「リサ!あんた、いつの間に部室に入ったんだい?鍵がかかっていたはずだよ……!」

と、エリが驚きの声を上げる。

「わたしが、探偵助手ってことは、ご存知だろう?鍵なんて、開けるのは、簡単さ!」

「フフ!まあ、どうでもいいよ!あんたにいいモノを見せて上げようと思ってたんだ!探しに行く手間が省けた、ってもんだよ……!」

と、セツが言った。

「そうさ!あんたらの手間を省いてやるのと、あんたらの悪巧みを暴いて、終わりにしてあげよう、と思ってね……」

「悪巧み?終わり?ははは!終わりになるのは、あんたのそのデカい態度だよ!転校生のくせに、いろいろと、鬱陶しいんだよ!」

「生憎だけどね……!その写りの悪い写真をネタに、あたしを脅かそうって考えているなら、お門違いだよ!その写真は、あたしと刑事さんとが、あんたらの悪巧みの遣り方の証拠にするために、仕掛けたワナなのさ!あんたらが、盗撮して、女子生徒を脅迫しているって、悪巧みの証拠として、ね!」

リサの強い口調に、ふたりは怯(ひる)んで、セツは持っていた写真を思わず背中に隠そうとした。

「アイタ!」

と、セツが叫ぶ。隠そうとした手に痛みが走ったのだ。その手から、写真が三枚、ひらひらと舞った。写真が床に着く前に、何かが床を走って、写真が消えた。

「はい!ご苦労さん!」

リサが、膝を折って、写真を咥えている、大きなトラ猫の頭を撫でる。そして、写真を受け取った。

「ね、猫……?あんた、猫を使えるのかい……?」

「猫って、賢い生き物なんだよ!この子だけじゃあないよ!あんたたちが保管している、脅しに使っている写真のネガも……」

そう言って、リサは、ふたりの後方を指差した。

「写真のネガ……?」

驚きながら、ふたりはその指の差し示す部屋の隅に視線を移した。

部屋の隅の暗がりに、足先だけが白く、全身が艶のある黒い体毛に被われた猫が、濃いブルーの瞳を輝かせて、口に封筒を咥えて立っていた。

セツとエリの視線を受けたのを、合図としたかのように、黒猫はジャンプして、ふたりの視線を横切って、リサの足元に着地したのだった。

リサは、その咥えられていた封筒を受け取り、中身を確認する。

「これは、一部のようだけど、レイカの恥ずかしい写真だね!可哀想に……。こんな写真をネタに、いかがわしい行為を強制されていたんだね……!島崎栞にも、同じように脅迫していたんだね!自殺の原因は、『幸福の手紙』じゃあなかった……。栞の自殺の原因を隠蔽するために、『幸福の手紙』を流行らせたんだ、ね……」

「リサさん!あなたの目的は何なの?確かに、新体操部の一部の生徒が、イジメ行為をしていたのは、わたしも知っているわ!だから、強く注意をして、レギュラーから外すという処分もしたのよ!そう!生徒の処分については、わたしが校長先生に一任されているの!生徒の、しかも、事情をよく把握していない『転校生』のあなたが、関与する問題ではありませんよ!」

職員室の一角で、リサは『砂かけババァ』から、叱責を喰らっている。写真部の部室にあった数十枚の怪し気な写真を、校長室に持ち込んだのだが、生憎、校長は留守。職員室にいた『砂かけババァ』に呼び止められて、事情を訊かれたのだった。

(丁度いい機会だわ!砂かけババァが、事件にどのくらい関与しているか、確かめれば、関与している男性教師も絞り込める!オトが言ってたとおり、関係者は『生徒とは限らない!』という展開になってきたようだから……)

しおらしく、視線を下に向けたまま、リサは次の展開を考えている。

「三上先生!実は、わたし、探偵なんです!自殺した、島崎栞さんのお母さまに依頼をされて、栞さんの自殺の原因を調べているんです……!」

「探偵?何を言っているの?下らない三流小説の読み過ぎね!栞さんは、自殺じゃなくて、病気だったのよ!」

「それは、表向きのこと、栞さんも脅迫をされていて、『いかがわしい行為』を強制されていたんです!」

「そんな証拠があるの!」

「証拠の写真は、全て処分したはずだ!と、おっしゃるのですね?残念ながら、先生の知らないところに、一枚、写真が残っているんですよ!」

「な、何を言っているの……?それじゃあ、わたしが写真を処分するように命じたように聞こえるじゃないの……?」

「命じたんでしょう?セツとキミコに、『罪一等減』を約束して……。箝口令を敷いて、教育委員会、その他に、公になっては、私立学校の存続に関わる……。第一期生の三上先生としたら、大問題ですもの、ね……!」

「何を証拠に……!証拠を見せなさい!証拠もなく、憶測で物を言うと、名誉毀損よ!タダでは、済まないわよ……!」

「三上先生!叔母さまの梅沢園子、元(もと)先生に、お訊きしては如何ですか?教え子の中に『ミステリー同好会』のマサって、優秀な、正義感の強い、刑事の息子がいたことを、覚えていらっしゃいますよ、きっと……。そのマサさんが、わたしの探偵長なんですよ!『犯罪研究家・私立探偵 荒俣堂二郎』。わたしは、その助手。『名・探偵助手のリサ』っていうです!名刺をお渡ししておきますわ!何か、事件の解決でお困りの時は、『大森清子』さまを通じて、ご依頼していただけますから……」

「大森清子?ウチの理事で、大口の寄付をしてくださっている……?」

「そう!わたしが転校生としてこの学校に潜入捜査できたのは、大森清子さまのご尽力ですわ!証拠、証拠とおっしゃいますが、大森さまが、この事件の真相を知ったら、どうなることでしょうね……?我が探偵社は、実績からいっても、大森さまから、絶大な信頼を得ているのですから……。そのレイカさんの写真を初め、セツさんやエリさんの証言だけでも、信用していただけますわ!栞さんの写真も、すぐに手に入れて見せますよ!『名・探偵助手のリサ』を、甘く見ないでいただきたいですね……!」

「わたしを脅かす気……?取引をするってことかしら……?」

「そうゆうことになるかしら?公にせず、事を穏便に終息させたかったら、わたしの捜査にご協力していただきますわ!いえ、邪魔さえしなければ、間もなく、事件は解決できると思いますから、ね……」


17

「オトやリョウには、見せたくないんだけど、ね……」

 砂かけババァに、強い口調で宣言したリサは、証拠の写真を持ってオトの家を訪ねた。

 そこには、フーテンのみならず、フィリックスとハチ、サンシロウにキチヤがいて、既に『鰹節かけご飯』をご馳走になっていた。事件の進捗状況をフーテンがオトに喋っていて、写真部の部室で、いかがわしい写真を見つけたことが知れ渡っていたのだ。

「大丈夫よ!いかがわしい写真と、訊いているから、どんなイヤラしいポーズでも平気よ!」

 と、オトが言った。

「じゃあ、これなんか、どうかな……。キッス・シーンよ……!」

 リサがテーブルの上に置いたのは、セーラー服の少女が、スーツ姿の男性とキスしている写真だった。

「こんなので、脅迫できるの?相手の男性が妻帯者で不倫しているなら、男性を脅すことはできそうだけど……。リサ!全部出しなさいよ!事件解決にならないわよ!」

 年下なのに、オトが命令口調で言った。渋々、リサは学生カバンから、封筒に入った、写真をオトに手渡した。

「きゃあ!キスの続きがあるのね!男の手が……、スカートの中に入っているじゃない……!」

「こっちは、シャワールームの写真よ!盗撮というより、完全にオープンね……!モザイクをかけるべきだわ!」

「これは、学校のシャワールームなの?」

「去年のインターハイに新体操部が参加した時のものらしいわ!試合が終わって、開放感に溢れていたのね……」

「カメラマンは?」

「写真部のエリよ!新体操部に帯同して、競技中の写真を撮っていたらしいわ……」

「女子ばかりだから、ハメを外してしまうこともあるのね……」

「そうね!授業中も暑いと、スカートを捲って、『下敷き』で、パタパタ扇ぐんだよ!ふざけて、オッパイをツンツンするし……。男子生徒がいないと、節操がなくなるんだね……。オトは、共学の高校に行くんだよ!」

「まあ、K女子高に行く気はないわね……」

「このキッス・シーンの場所は何処なの?それと、男の人は、顔がわからないポジションだね……」

 と、リョウが最初の一枚を手にして尋ねた。

「リョウ!何か問題があるの?場所とか、ポジションとか……?」

「そうか!何処かの密室よね!屋外ではない!壁が金属みたいだし……。不倫というか、内緒で逢瀬をしていたはずよね!カメラマンは何処にいたの?どう見ても、隠しカメラの映像じゃないわ!でも、一枚だけじゃなくて、連写でもなくて……。きっちり、何カットも撮影しているわ!撮られていることに気づかないなんてことがあるのかしら……」

「オト!それじゃあ、この写真は、盗撮じゃなくて、撮影していることを知っていた……?」

「いえ!ちゃんと、ポーズを決めて、カメラマンもモデルも、納得のいく写真を撮ったのよ!脅迫に使うことにしたのは、後から、ってことね……」

「ねえ!これ、レイカさん本人かな……?レイカさんのヌード写真の耳の形と、キスシーンの女性の耳の形が、違う気がするんだよなぁ……」

「耳の形?あら、本当だ!でも、顔はレイカよ!全体は写ってないけど……」

「ねえ!レイカさんに姉妹はいないの……?」

「あっ!いた!年子で同学年の妹……。ユイカ……。顔は知らないけど、多分、そっくりでもおかしくないわ、ね……」

「でも、これがユイカの写真なら、レイカを脅迫する材料にはならないわよ……」

「その答えが、この写真さ!」

リョウが数ある写真の中から、一枚を抜き出して、ちゃぶ台の上に置いた。それは、眼鏡を外したレイカと、スーツ姿の男が驚いた顔をカメラに向けている写真だった。

「この写真が、どうしたの……?」

「この女性は、本物のレイカさんだよね?耳の形が、はっきりではないけど、シャワールームの写真と似ているし、アゴの下のホクロの位置も合っている……」

「リョウ!何が言いたいの?」

と、リサが結論を急かすように尋ねた。

「なるほど……!キスシーンから、そのあとの行為の写真の中で、この一枚だけが本物……。あとは、ユイカをモデルにして、撮影したものね……。よく見たら、男の服の模様が違っているわ!」

「流石、姉貴!ところで、この男は誰なの?この一枚だけ、顔が、少しだけ写っているよ、ね……」

      ※

「先生!お加減は如何ですか……?」

狭いアパートの一室。畳の部屋に布団を敷いて、若い男性が横になっている。枕元には、湯冷ましの入ったグラスと、風邪薬なのか?処方薬の包みが、丸い盆に乗っている。

セーラー服姿の少女がふたり、その枕元に正座をしていて、お下げ髪のほうが、声をかけたのだ。

「見舞いにきてくれたのか……?ちょっと風邪を拗(こじ)らせてね……。心配させたかな?二、三日休養したから、大丈夫だよ……」

ゴホゴホと咳き込んで、起き上がろうとして、また横になった。

「そのまま、横になっていてください!今日は、お見舞いではなく、先生の病(やまい)を癒しに来ました……」

「病を癒す……?リサ君!君がかい……?何か、特効薬でも持ってきた、っていうのかい……?」

「山元先生!先生のお身体の不調の原因は、これでしょう?」

リサは一枚の写真を手に摘んで、山元先生の横を向いた顔に差し出した。それは、あのレイカの驚いた顔が写っている写真だった。

「こ、これをどうして、君が……?」

「先生!わたし、探偵なんです!正確には、探偵助手です!実は、栞さんのお母さまからご依頼を受けて、栞さんの自殺の原因を調べていたんです!」

「栞の自殺……?やっぱり、栞は病気じゃなくて、自殺だったのか……?」

「先生!先生と栞は、恋人同士だったんでしょう?この写真はこのレイカと、新館のエレベーターの中で、キッスしているシーンをエリが撮ったものですよね?先生は、撮影されることを事前に知っていた……。それで、顔が写らないポジションにいた……。もちろん、キミコやセツに脅かされての行為でしょうけど……。その脅迫の元は、先生と栞の密会の現場を写真に撮られたから……」

「リサ!君は何処まで、知っているんだ?」

「ほぼ、九割は……。ただ、キミコたちが主犯格ではない!黒幕がいるはずなんです!そいつの正体がまだわからないんですよ……。三上先生ではない!でも、先生の中に、犯罪に関わっている人物がいるはずです!先生!ご存知ですよね……?」

「キミコたちのしていることを知っているのか……?その元締がいる、と思っているんだね……?残念だが、僕は知らない……。知っていても、教えられないよ!大勢の生徒たちが迷惑することになるから、ね……。栞のように、死を選ぶ生徒ができるかもしれない……!彼女たちも卒業する……。それでことは、静かに終息するんだ……」

「元締が教師だったら、キミコたちが卒業しても、次の在校生が引き継ぎますよ!」

「教師?元締は、生徒ではなく、教職員の中にいる、というのか……?いかがわしい写真や、生徒のパンティを買っているだけじゃなくて……」

「あら?パンティを買っている先生を知っているんですね?そいつは、元締ではないですよ!誰ですか?」

「言えないよ!現場を見た訳じゃない……!」

「まあ、想像できますよ!高梨先生とか……」

 リサの指摘に、反論の言葉はなかった。

「つまり、高梨先生は、お得意さま。元締ではありませんね!山元先生!K女子高で、元締になれるくらいの権力を持っているのは、誰ですか?例えばですけど……、先生の中に、権力者の関係者……、息子さん、なんていませんか?」

「権力者の息子……?」

「あっ!心当たりがありますね?誰ですか?レイカはどう?心当たりがある……?」

「レイカ!あっても、喋るな!何人もの、学友が悲しい思いをすることになる……!」

 ガバっと、布団から上半身を起こして、鬼の形相で山元先生は、レイカに言い放った。そして、また咳込んで、床に伏した。

「先生!間違っていますよ!先生の行為を『臭いものに蓋をする!』って言うんです!『事なかれ主義』とも……!わたしも我が探偵社のメンバーも、最も嫌いな言葉ですわ!それは、犯罪者と同じ!共犯者ですわ!」

「事なかれ主義で、結構……!生徒を晒しものには……、できない……!」

「負の連鎖は、何処かで断ち切らねばいけないんです!『不幸の手紙』や『幸福の手紙』を燃やすように、ね……!」


      18

「保田先生!少しお話を聴いて貰えませんか……?」

「何?体調が悪いの……?」

K女子高の医務室。白い医務服を着た若い専任教師、保田ユカリが丸椅子に腰を降ろした女子生徒──3年E組のリサ──に尋ねた。

「頭が痛いんです……」

「あら?何時から?」

「二、三日前から……」

「生理は……?始まっていない?」

「生理は一週間前に終わっています!わたし、生理痛はないほうですから……」

「じゃあ、風邪かな?熱は……?」

「ありません!平熱です!」

「そう……、それじゃあ、ストレスかな?勉強疲れかもしれないわね……?お薬を飲んで、少し休むといいわ!ベッドは空いているから……。軽い鎮静剤があるから……」

そう言って、保田ユカリは薬箱から白い錠剤を取り出し、コップに水を入れて、リサに差し出た。リサは素直にそれを口に入れた。

そして、医務室のベッドに横になると、スヤスヤと寝息をたて始めたのだった。

(フフフ……!睡眠薬はよく効くわね……!さて、お得意さんに連絡するか……。ご希望の獲物が手に入った、ってね……)

そう呟くと、医務室を出て、職員室に向かう。男性教師のひとりに手招きをして、無言のまま、医務室に帰ってくる。

数分後、医務室の扉を開けて、その男性教師が入ってくる。

「先生!リクエスト頂いていた、素敵な獲物が罠に掛かりましたよ!睡眠薬が効いていますから……、フフ……お楽しみくださいね……」

「リサが……?ベッドで寝ているのか?それで?何処まで可能なんだ……?」

「まあ!イヤラシイ!本番はダメですよ!写真とペッティングまでですね……。時間は、十五分。お値段は、通常の倍になりますよ……!」

「いいとも……!リサの裸を拝めて、ナメナメできるんだ!安いもんだよ……!」

「本当に、お好きですよねぇ……。一番奥のベッドですよ!声は出さないでくださいね!白い液は、出してもいいけど、ちゃんと、事後処理はしてくださいね……!」

(まったく!あれが聖職に携わる人間かねぇ……?わたしが生徒時代から、イヤラシイ眼をしていたけど……)

医務室の机に向かって腰を降ろし、目覚まし時計の文字盤を眺めながら、ユカリは心の中で呟いた。

ユカリは、K女子高の卒業生で、大学を卒業後、すぐに母校の職員になった。去年の春のことだ。中学、高校時代は、新体操部のエースだった。大学でも続けたが、レベルの差を感じ、焦って無理をして、アキレス腱を切った。手術して、リハビリをしたが、レギュラーにはなれない、と挫折感だけが残った。

(まあ、三上先生も歳だから、新体操部の顧問、監督には、黙っていてもなれる……。若い後輩たちを指導するのも、悪くないわね……)

と、就職先に母校を選んだ。教職課程を選択し、保健体育の教員資格を取る。就職は大きなコネがあり、問題なく採用された。

希望に溢れた母校への就職だったが……、四年前とは、違っていた……。風紀が乱れていたのだ!医務室に相談にきた、最初の生徒は、『生理がこない』と言った。相手を訊くと、担任の先生だ、と答えた。その娘は、中絶をさせた……。その後も、妊娠した生徒や、その疑いで悩む生徒が続いた。若い男性教師と恋愛関係になる生徒が複数いるのだ。それを止める力も権利も彼女にはなかった……。告発はできなかったのだ……。

(そうだ!若い男性教師の汚点を掴んで、それをネタに、生徒にチョッカイを出せないようにすればいい!新体操部の部員を使えば、助平な男どもの首に首輪を着けることができるわ……)

正義感で始めたのに、結果は、別の方向に進んだ。妊娠する生徒は、ほぼいなくなったが、脅迫するという快感を覚える生徒が増えた。そして、自らも……。黒幕としての権力に魅いられていた……。お金よりも……。その快感が……。

ユカリが、机に向かって回想をしている頃、助平な男性教師は、ベッドの端に立って、ベッドの上に薄い毛布のケットを頭から被っているヒト型を眺めていた。

(おやおや、頭から毛布を被って……、白いソックスから、ふくらはぎが、丸見えじゃないか……。フフ、では、足元から毛布を捲らせて貰おうかな……。スカートの中は、どんな模様のパンティを履いているんですか?リサちゃんは……)

舌舐りをしながら、毛布に手をかけて、一気にそれを捲った。

「何をするんですか!」

と、女性の声がしたあと、

「ギャア~!」

という悲鳴が、医務室に鳴り響いた。

「高梨先生!声を出さないって約束でしょう……!」

と、ユカリが苦言を言って、ベッドのある仕切りのカーテンを開けた。

「さて?これから、事後処理が大変だわねぇ……」

そういう声が、ユカリの背中から聞こえてきた。

「リサさん!あなた、いつの間に……?じゃあ、ベッドにいるのは……、誰……?」


19

「それで?事後処理は、どうしたの……?」

と、オトが尋ねた。

「二代目『砂かけババァ』が、校長先生と理事長に報告して、事件に関わった者を処分するようよ……」

リサは、シャム猫のリズに戻って、猫用のグラスにミルクを入れてもらい、喉を潤しながら、オトの問いに答えた。

「ベッドに寝ていたのが、その二代目だったわけか……?」

と、宿題を済ませながら、リョウが確認する。

「睡眠薬は、口に含んだけど、すぐにテレポートさせて、トイレに流したの。三上先生は、叔母の初代『砂かけババァ』に相談というか、わたしとマサのことを確認に行ったのよ!そしたら、園子婆さんが、コンコンと説教したらしくて、『マサとその仲間は、正義感の塊。教師として、目先のことより、大局的な判断をしなさい!自分の地位など棄てるつもりで……!』って諭されたそうよ!それで、わたしに協力したい!って申し出があって、医務室でわたしと入れ替わって、学園の癌を自らの眼で確認したのよ……!」

「マサさんや、『ミステリー同好会』のメンバーは、梅沢先生のお気に入りだったものね……。特に、みどりさん……」

「そうね……、過去の行いが『功を奏した』ってことね……」

「それで、学園の黒幕は、医務室の主任、保田ユカリ先生だったのね?でも、彼女にそんな権力があるのかしら……?」

「保田ユカリは、理事長の娘なのよ!しかも、歳をとってから生まれた、溺愛の娘さんだそうよ……。孫に近い年齢差があるわ!」

それから、リズは、ユカリの学生時代や就職のこと、生徒を守る目的で、男性教師の弱みを握る計画をしたこと。それがエスカレートしたのは、キミコやセツ、それにユイカたち新体操部のメンバーが暴走したためだったことを語った。

「高梨のような、助平な教師から、生徒を守るつもりが、いつの間にか、その助平さを利用して、支配者になろうとしたのか……」

「まあ、悪いのは、生徒に手を出した、若い教師ね!山元先生も、栞と、したらしいわ!自殺の原因が自分にあると、悩んでいたところへ、転校生のわたしが、栞のことを調べていることを知って、体調を壊してしまったらしいわ……!」

「それで、栞さんのお母さんには、なんて報告するの?」

「それより、『幸福の手紙』は、何処から始まったんだい?」

と、リョウが尋ねた。

「幸福の手紙が栞の自殺の原因ではなかったのよ……。原因は、山元先生とキスをしていた写真で、キミコに脅かされて、レイカと同じように、いかがわし行為を強制されたのよ!医務室で睡眠薬を飲まされて、恥ずかしい写真も撮られたらしいわ……レイカも同じ被害に合うところだったのよ!幸福の手紙は、三上先生の発言で、焼くことを徹底したから、収まったのよ!ただ、栞さんの自殺を受けて、また流行(はや)らしたらしいわ!原因をカムフラージュするために、ね……。栞さんの机にあった手紙の束は、お葬式にきたクラスの誰かが、入れたもののようね……」

「その『誰か(=Who?)』を知りたいわ、ね……」

「処分が決まったそうよ……」

二日後、セーラー服姿のリサが、オトに言った。

「保田ユカリと、高梨は退職処分。キミコとセツとエリは退学。ユイカは、停学よ!それと、山元先生は、自主退職。三上先生も退職願を出したそうだけど、校長先生と理事長が受理しなかったわ……。あと、パンティを買っていた三人の教師は、減俸処分だそうよ……。ただし、公表はしない……」

「結局、事件はうやむやか……?」

と、リョウが鉛筆をちゃぶ台の上に転がしながら言った。

「でも、学園内の癌は、一掃できた……。『名・探偵助手のリサ』の役目は、まっとうできたわよ、ね……?」

「まあ、姉貴の言うとおり、事件といっても、刑事事件じゃないからね……。一件落着!かな……」

「でも、例の誰かは……?」

と、オトが最後の疑問を口にした。

「幸福の手紙のことなら、ワシが知っておるぞ!」

と、キチヤに憑依しているキチエモンが、『鰹節かけ御飯』を食べながら言った。

「ええっ!キチエモン、いや、キチヤのサイキック能力で、かい……?」

「犯人は、ハルじゃよ!最初に手紙を出したのもハル!栞の机に大量の手紙を入れたのもハルじゃよ……」

「ハル……?やっぱり、一番目立たないやつが犯人ね……。わたしの勘は的中、ね……!でも、キチエモン、ハルが白状したの?」

「リズに頼まれて、ワシはハルを見張っておったのじゃよ!昨晩のこと、ハルの寝室に忍び込んで、あの娘と話をしたんじゃ!キチエモンという『曾孫に憑依している化け猫』として、な……」

「あら?それは、本当の正体を現したことになるんじゃないの……?」

「大丈夫じゃよ!彼女は、誰にも話さない……!話したとしても、誰も信じてくれない、と思っておる!夢でも見たんじゃない?と、な……」

「そうか……、友達、いないし、真面目に話を訊いてくれる先生もいないのよ、ね……。可哀想な娘ね……」

「それで?キチエモンを化け猫とわかって、会話をしたんだね?」

「そうじゃよ、リョウ!彼女は寂しがり屋で、臆病なのじゃ!だから、かえって、現実離れの化け猫と話をすることに興味を示した……。ワシは、ハルに学校の出来事を話すように、促した。ポツリ、ポツリと数少ない思い出を語り出した……。『幸福の手紙』のことは、内緒の話だ!と言って語ったんじゃよ!学校で一番最初に手紙を書いたのが、自分だと……。従姉妹の通う学校で流行っていたそうじゃ!悪気はなかった……。クラスメートの反応を見たかった……。誰かが自分に手紙を書いてくれる……と期待して、のう……」

「まあ!それはひどいけど……、哀しい結果が、自分に帰ってきたのよ、ね……。クラスメートのほとんどに、手紙が蔓延したのに、自分には一通も届かなかった……」

「そうじゃよ!そして、手紙は燃やされ、沈静化したんじゃ……」

「それで?栞さんの机に大量の手紙を入れたのもハルなの、ね……?」

「それは、セツとユイカに頼まれたそうじゃよ!三上という先生は、幸福の手紙の最初の一通を手に入れて、その筆跡が、ハルのものだ、と知っていた……。ハルに口頭で注意をしているところを、ユイカは訊いていたんじゃ……。栞の自殺の原因を誤魔化すために、ハルを脅して、遣らせたのじゃな……」

「可哀想だけど、自業自得ね……」

「結局!そっちも『あやふやなままで』幕引きかな……?リズ、女子高生になるのも、終了だね?」

「あら?探偵助手の仕事は終了だけど、女子高生を終了するつもりは、ないわよ!だって、リサってもともと、年齢不詳だし、十八歳で、美人の女子高生!って設定も面白いんじゃない?それに、ハルとレイカの友達になるって約束したんだもの……、しばらくは、『女子高生のリサ』を続けるわ……!」

「善き哉、善き哉!可愛いリサが、ワシは大好きじゃ!」

「オイラも、女子高に侵入して、女子高生のクダラねぇ会話を聴くのが、楽しいですぜ!」

「何だい?キチエモンもフーテンも、何処かの『高梨』って名前の助平と、同(おんな)じじゃあないか……」

  了

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名・探偵助手リサの事件簿 Ⅰ @AKIRA54

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