第3話 リサ、求愛される?
第三話 リサ、求愛される?
1
「リサさん!女子高校生を続けるつもりなの……?」
首飾りにつけている『鈴の形のメダル』が、音のしないベルを鳴らした。シャム猫のリズは、女子高生のリサに変身して、探偵のパトロンというべき、お金持ちの未亡人、大森清子の屋敷を訪ねた。
「大森さまのご迷惑でなければ、もう少し、この格好を続けたいと思います……」
「そう……、実は、校長先生からも、卒業までいて欲しい!って言われたのよ!成績優秀。運動能力も抜群。創立以来のスーパーガールだそうね……?」
大森清子のつてで、リサは清子の縁者の娘。父親が海外勤務になったため、短期間の転校生として、K女子高に通うことになった、という設定だ。
「特に、器械体操は、体操部の誰よりも凄いそうね?校長先生が、オリンピックに出れる!って言ってましたよ……」
体育の授業で、体操部のエースが模範演技をしたのだ。まずは、床運動。側転からバック転をして見せた。体操教師が、リサに側転をするようにと言ったので、リサは、側転からバック転を軽々と連続してやって見せた。着地も完璧。対抗意識を露わにして、体操部のエース、ミワが捻りを加えた、床運動の連続技を披露した。リサはそれらをいとも簡単に、しかも、完璧にこなして見せた。
「リサ!君は、前の学校で、体操部だったのか……?床だけじゃない、平均台と跳馬、段違い平行棒もやって見せてくれ!」
体育教師は、体操部の顧問だったので、体育の授業はそっちのけで、リサの体操能力のチェックし始めた。
すべての種目で、高校生離れの演技だった。特に跳馬では、2回転、2回捻りの大技を完璧な着地とともに披露したのだ。
それだけではない。一学期の期末テストで、五教科、全て満点だったのだ。
(しまった!やり過ぎた……)
と、リサは反省したが、成績の噂は、夏休み前に全校に広がっていた。
「残念なことに、インターハイの予選は終わっているから、リサさんを体操部員として参加させることはできないそうね……?」
「ええ、それで、予選を突破しているバレーボール部から誘いがあったのですけど……。団体の、しかも球技は、チームワークがありますから……、お断りしました……」
「まあ、リサさんは、本当は、二十歳なんだから、インターハイは出てはいけないわ!」
「はい!ところで、奥さま、ベルを鳴らした、ご用は?探偵のご依頼ではないのですか……?」
「そうだったわ!実はその校長先生からのご依頼よ!リサさん、夏休みのご予定は?」
「わたしは、探偵助手ですから、本来は夏休みなんてないのですけど……」
「そうだったわね……。じゃあ、その夏休みに、合宿に参加して欲しいのよ……!」
「合宿?何処かの体育クラブの強化合宿ですか?」
「いえ!学業優秀な生徒を集めて、受験対策の夏季合宿よ!毎年、理事長の別荘に、先生と生徒を集めて行っているのよ……」
※
「リサが合宿に呼ばれるのは、当然ね……!」
一学期の終業式が終わった教室で、同級生のレイカが言った。
「レイカも呼ばれたんでしょう?」
「まあ、何とか、滑り込みでね……。副担任の川村先生から、内定だけど、予定を空けているように、って言われたわ……」
「まさか、当然の結果よ!それで、あとのメンバーは……?」
「まだ、確定してないのよ!今から、職員会議があって、候補者を選ぶんだけど……、担任の山元先生と、B組担任の高梨先生が退職したでしょう?D組の三上先生も、自粛中だし……、それに、校長先生が、今回は、合宿参加の人選方法を変える、って言ったそうなのよ……」
「ふうん……、それで、例年は何人が参加しているの?」
「12名よ!成績順なら、うちのクラスから、3名は参加するはずなんだけど……」
「わたしとレイカと、シノかモモね……?」
「そうね……、シノは国語が苦手で、モモは、数学が苦手だけど、あとの教科は、トップ・ファイブに入るわ……」
「まあ、レイカには、及ばない、か……」
「リサが、キミコやセツたちの脅迫から、助けてくれなかったら、期末テストは、散々だった気がするわ……」
「少しは、『名・探偵助手のリサ』が、お役に立てれて、よかった!ってことね……?何人かの生徒と先生には、気の毒だったけど、ね……。そうだ!妹のユイカはどうなの?停学処分だったそうだけど……?」
「期末テストは、受けれたわ……。授業の内容は、わたしのノートを貸してあげたから、落第はしないと思う……」
「もともと、成績優秀だったんでしょう?『砂かけババァ』のお気に入りだったそうだから……」
「まあ、新体操部の中では、わたしの次の成績ね!わたしより、人付き合いは、上手だし……」
「付き合う相手を間違えたのね?キミコやセツたちに、そそのかされて……、まあ、主犯格ではなかったようだから、停学で済んだ、ということね……」
「父親が、圧力をかけたんだと、思うわ……。父親は、県議なのよ!でも、次の選挙では、落ちるわね……。不倫がバレて、母と離婚したから、お祖父さんの支援が受けれなくなるから……」
レイカの母方の祖父は、県議会の議長を務めた、議会の長老だったらしい。
「ご両親の離婚は、決まったの?ユイカは、父親が引き取る、って訊いたけど……?」
「不倫の相手にも、家庭があって、ね……。そっちは、離婚までにはならなかったみたいなの……。まだ、お子さんが、小さくて、母親が必要だから、って、ご主人が許してくれたらしいわ……。で、父は、ヤモメ暮しが決定したのよ!ユイカは、父親っ子だったから、父親が可哀想になって、大学を卒業するまでは、父親と同居することになったのよ……。戸籍は、母親のほうになっているけどね……」
「あらあら、ユイカは複雑な立場にいるんだねぇ……」
「とりあえず、合宿は五日後よ!選抜メンバーには、個別に連絡が明後日までにあるそうよ!リサは、確定だそうだけど、ね……」
2
「さて、全員そろったな?」
五日後の朝、合宿に参加が決まった生徒と、引率の教師が、校舎の玄関口に集合している。引率の責任教師は、A組の担任の梅本太郎という、国語の教師だった。
講師を務める教師が5名。生徒は、12名。それと、スクール・バスの運転手を務める、体育教師の総勢18名が、バスに乗り込んだ。いや、もうひとり、というか、一匹。トラ猫のフーテンが、巧みに身を隠し、バスの後方の座席裏に忍び込んでいた。
(これが、成績優秀な選抜メンバーなの……?剣道初段のアキがなんで、居るのよ?成績優秀なわけがないわ……!)
不良グループのひとり、竹刀を今回は、袋に入れて、荷物と一緒に抱えてきたのは、B組のアキだ。仲間のカナとヨウコは、さすがに、いない。
そして、もうひとり、意外な生徒がいる。リサの隣の席にいる、目立たない、ハルという娘だ。
(ハルが?シノとモモを差し置いて、選ばれたの……?)
クラスの3位を争う、シノとモモは、参加していないのだ。
(ええっ!落第確実、って言ってた、ミホがいる……?何なの、この人選は……?)
リサのE組からは、リサとレイカとハルだ。他にリサが顔に覚えがあるのは、アキとミホ。そして、新体操部のマネージャーをしていた、トッコという娘。面識はないが、眼鏡を外したレイカそっくりの妹、ユイカだけだ。あとの5名は、名前を知らない。
「変わった人選ね……」
と、リサの座席の隣に座ったレイカが呟くように言った。
「レイカも、そう思う?どう見ても『成績順』の人選では、ないわね……」
「噂だけど、ね……。校長先生が、この合宿を出席不足で、落第しそうな生徒と、成績不良だけど、性格の良い生徒の救済に充てる計画なんだって……」
「なるほど!ミホとアキは、前者で、ハルは、後者ってことね?ユイカは、どうなんだろう……?」
「ユイカとトッコは、成績優秀組よ!我々の班になるはずよ!」
「あとの5人は……?」
「ふたり、ミッチとヒロコは、成績優秀よ!あとの3人が、救済組かな……?」
※
「なんで、こんな山奥に合宿所があるの……?」
「合宿所というより、ここは理事長の別荘なのよ……」
「こんな不便な場所で?風光明媚?でもないわよねぇ……」
「これも、噂だけど……、理事長さん、スキーの選手だったのよ!雪の少ない四国で、スキーができる場所が、この山の斜面……。冬にここで、集中的に練習していた!って話よ……」
スクール・バスに揺られて、数時間。バスは山道をクネクネと登って、愛媛県との県境に近い、山麓にある、理事長の別荘に到着した。生徒12名のうち、4名と、教師ひとりが、車酔いで、『鬼太郎(ゲゲゲ)袋』のお世話になった。
合宿に使うだけあって、建物は立派で、かなり大きい。左右に客用の部屋。真ん中に、食堂と会議ができる部屋。別棟があり、かなりのスペースの温泉施設があった。管理人の夫婦が迎えてくれて、ひとまず、割り当ての客室に荷物を入れたところだ。
あまりに山奥の、隣家も見えない、これといった観光地でもない場所に、リサは、呆れて、同室のレイカに訊いたのだ。それに、レイカは聞きかじりのネタを披露したのだった。
「ねえ、リサ!天気予報を聞いた?大型の台風が近づいているらしいわよ……。足摺岬辺りへ上陸しそうな進路だって……」
「そういえば、ナマ暖かい風と、真っ黒な雲が広がってきたわね……」
部屋の窓から、外を眺めながら、リサが呟いた。
「あのう……、わたし、お邪魔じゃないかしら……?この合宿に呼ばれるなんて、あり得ないんだけど……」
そう、おずおずと言ったのは、三人部屋のもうひとり、クラスメートのハルだ。
「邪魔なわけないでしょう?クラスメートだし、ハルとわたしは、友達でしょう?」
「そうよ!わたし、ハルちゃんでよかった!あとのメンバーは、同室にはなりたくない人ばかりだから……」
「ありがとう……、ふたりの迷惑にならないようにするから、よろしく、ね……」
「大丈夫よ!迷惑になんてならないわ!いえ、ハル!あなた、この合宿で自己主張をするべきよ!だって、12名の選抜メンバーに選ばれたんですもの……、殻を破るチャンスよ……!」
「それ……、何でわたしが選ばれたのか、よくわからないのよ……。川村先生からの連絡で、メンバーに選ばれたから、学習道具と、体操服を持って、学校の正門前に集合しなさい!って……。選ばれた理由は、先生にもわからない!ってことなのよ……。成績優秀ではないし、ね……」
「期末テストの成績は?変なこと訊くけど、赤点ではなかったの……?」
リサは、てっきり、落第予定者の救済メンバーに入っているのでは?と考えたのだ。
「赤点?赤点なんて、取ったことないわ!全教科、平均点よりは上よ!ただし、これ!といった得意科目もないけど……」
「じゃあ、今回の選抜メンバーの決定方法は……?成績は、関係なし……?」
3
「どう?レイカ、選抜メンバーの決め方に、何かわかったことがある……?」
食堂に集まった12名の班分けが、梅本から、発表された。3人一班。リサは、D組のユイカとB組のヒロコ。レイカは、D組のトッコと、C組のミッチとの組み合わせになった。
「わたしたち、6人の班は、成績優秀なメンバーね!時間割を見ても、5教科をまんべんなく、指導する態勢になっているわ!」
「つまり、例年通り!ってことよ、ね……?あとの6人が、異例ってこと、ね……?ハルは、不良剣士のアキと、A組のカンナ、って娘ね?カンナって、どんな感じの娘なの?」
「わたしと、正反対よ!『お嬢!』って呼ばれているの……。我が校のお姫さまのひとりよ……!」
と言ったのは、ハルだ。
「お姫さまのひとり?じゃあ、ほかにもお姫さまがいるの……?」
「生徒じゃなくて、先生に、ね……。しかも、ふたりよ!」
と、レイカが答えた。
「へえ?先生の中にお姫さまが、ふたり……?」
「ふたりとも、この合宿に参加しているわ!数学担任の吉永百合!『コ足らずのお姫さま』って呼ばれているわ……!」
「コ足らず?どういう意味なの……?」
「女優の『吉永小百合』に『小(こ)』の字が足りないからよ……」
「なるほど……!で、もうひとりは、英語の担任教師なのね……?この合宿に参加しているってことは……?」
「そう!キャサリン・江村・ハーパー女史!アメリカ人の父親と、日本人の母親を持つ、アメリカ生まれのハーフよ!『ブロンド姫』って呼ばれているわ!」
「リサさんもハーフ でしょう?お父様がフランス人?」
「まあね……、英語もフランス語も話せないけど、ね……。あとひとり、この合宿に参加している、女性教師がいるわよね……?川村芳美、うちのクラスの副担任。社会科担当。彼女も若いよね……?3人とも、若くて、美人で、独身よ、ねぇ……?」
「川村先生は、我が校の卒業生よ!ただ、苦学生だったみたい……、成績はトップで、授業料免除の特待生!大学も推薦入学……!奨学金制度を利用した!って聞いているわ……」
「男性教師も若いわよ、ねぇ……?梅本太郎は、二十五歳。理科担任の明石憲剛は、二十四歳。体育担任の藤堂康介は、二十三歳よ!もちろん、全員独身……!イケメンに、インテリに、肉体派……。これって、集団見合い?って勘繰られるよ、ね……?」
「リサ!それって……、『名・探偵助手』の、かなり当たる確率の高い、『勘!』ってやつなの……?」
※
「リサさん!お風呂、終わったの?わたしは、これからよ……!」
別棟の温泉施設の脱衣場で、風呂上がりの髪を乾かしているリサに、声をかけてきたのは、欠席が多い、小宮ミホだ。
「うん!いいお湯だよ!お肌がツルツルになったみたい……。ところで、ミホは、この合宿に選抜された理由は、聞いているの……?」
「うん、キャサリン先生から、出席日数の不足分を合宿に参加すれば、三倍の日数がプラスになるから、って……。確かに、わたしの班のふたりも、そんな感じよ……」
「あとのふたり、って、どんな生徒?」
「B組のユメコは、病弱で、しょっちゅう、発熱して、医務室に行ってた娘よ!今日も車酔いで『鬼太郎袋』のお世話になっていたわ……。もうひとりは、A組の問題児よ!チエっていうんだけど……みんな『チェッ!』って、舌打ちしたみたいに呼んでいるわ……」
「問題児?って不良なの……?B組のアキのような……?」
「アキたちは、武闘派。喧嘩や脅しが専門よ!チエは、売春しているって噂よ!従兄にヤーさんの卵がいて、そいつとツルんで、大麻を売ったりしているんじゃないか!って噂もあるの!本当の法律違反をしている、ワルよ……!ただし、証拠がないから、退学にはならないのよ……」
「ええっ!そんな犯罪者まで、救済処置の対象になっているの……?校長先生だか、理事長だかは、知らないけど、人選を間違えているんじゃないの……?」
「わたしも!だけど、問題児は、留年して欲しくないのよ!早く、卒業して欲しいんだ!と思うよ……」
(なるほど!そういう人選があるのか……?と、したら、アキもそのひとりね……。じゃあ、ハルと『お嬢!』は、どういう人選なのかしら……?)
「ねえ、リサさん!この合宿で、事件が起こりそうなの?探偵が休暇を取ると、その避暑地なんかで、殺人事件がよく起きるでしょう?探偵が事件に巻き込まれるパターンよ、ね……?」
(はあ?オトが好きな、ポアロや金田一耕助じゃあ、あるまいし……、わたしは、名探偵じゃなくて、『名・探偵助手』なんだから……)
「事件が起きたら、わたしを助手に使ってくださいね?この前は、失敗しちゃったから……、リベンジしたいんです……!」
(お断りだよ!お前を助手にするのも、事件に巻き込まれるのも、ね……!だから、今回は、テレパシーや読心術は封印しているんだよ……!)
4
「姉御!合宿っていうのは、お祭りみたいなモンですかい?」
「フーテン!何を言っているんだい?今回の合宿は、勉強するんだよ!遊びに来ているんじゃないよ……!」
温泉施設から、本館への渡り廊下にトラ猫のフーテンが現れ、リサに話しかけたのだ。
「へぇ~、でも、風呂上がりに、若い男女が、抱き合って、接吻していましたぜ!いや、その先は見てねぇが、接吻だけで終わりそうになかったですよ……!」
「若い男女?男は、教師の三人のうちのひとりだろうけど……、女は……?」
「女は、金髪でしたよ!」
「金髪?それじゃあ、キャサリンか……。男は?」
「運転手ですよ!」
「ああ、体操部の顧問の、藤堂康介か……。それなら、別に問題には、ならないよ!独身の成人の男女だから、自由恋愛さ!場所と時間さえ間違わなければ、ね……。それより、生徒たちを見張っておくれ!特に、問題児は、竹刀を担いでいる、アキと、薬を隠しているかもしれない、チエって娘のふたりだよ……」
「ふたりは、別々の部屋ですよ!まあ、隣だから、大丈夫(でぇじょうぶ)だと思いますけど、ね……。そしたら、見張ってきますぜ……」
そう言って、フーテンは姿を消した。
渡り廊下の先は、食堂に繋がる休憩スペースで、小さなテーブルと椅子が数個並んでいる。
「リサさん!リサさんって、猫と会話が出来るの……?」
渡り廊下との境のガラス戸を開くと、ジュースの入ったコップを持ったハルが湯上がりなのか、タオルを首にかけて立っていた。
「猫と会話?」
リサが首を傾げる。どうやら、ガラス戸越しに、渡り廊下を歩いてくるリサを見ていたようだ。足元にいたトラ猫も眼に入ったのだろう。
「ああ、渡り廊下に、猫がいたわね……。野良猫かな?餌が欲しかったんじゃないの?わたしは、猫は好きだけど、猫語は話せないわ!英語やフランス語以上に、ね……!」
と、リサは誤魔化したのだ。
「リサさん!ちょっと、いい?座って!リサさんに、訊いて欲しかったことがあるの……。レイカには、あまり聞かれたくない話なのよ……」
ハルはそう言って、近くのテーブルにリサを導いた。
「リサさん!今から話すことは、不思議なことだけど、決して嘘じゃないのよ!夢の話でもない!わたしが経験したことなの……」
手にしていたコップのジュースを呑み干して、ハルは語り始めた。
「猫に関したことなのね……?」
と、リサは尋ねた。もう、話の内容はわかっている。
「そう!実は、山元先生が辞めることになった、あの事件の時のことなの……。夜中にわたしの寝室に猫が現れたのよ……。キジトラ猫っていうのかしら?縞模様の猫だったわ……」
猫は人語でハルに話しかけた。自分は、死んだ猫で、その魂が曾孫の身体に憑依しているのだ。だから、人語がわかり、喋ることが出来るのだ!と言った。
「ハルというんじゃね?悩み事があるようじゃな?学校でのことかな?どうじゃ?この爺イの化け猫に話をしてみないか?少しは、気が休まるかもしれんぞ……」
そう言って、光る瞳で見つめられて、ハルは、ポツポツと、学校での出来事を猫に語った。
「その翌日に、保田先生や高梨先生が退職することが発表されて、続いて、山元先生も辞めることになって……。あの猫は、それを知っていて、わたしの元へ来たんじゃないか、と……」
「それは、偶然だ!と思うな……。でも、猫が喋ったことは、信じるよ!猫って、賢いらしいから……、特に、歳を経た猫は『猫又』になるとか、聞くし……。ハルの寂しがりなことを何かで察して、話しかけてくれたのよ!もっと、自分を表に出しなさい!という、激励だったかもしれないよ……!」
「わかったわ……!あの猫は、リサさんのお遣いだったのね?リサさんの周りに、不思議と猫の姿が見えるもの……。ミホが、リサさんは、猫を犬みたいに操れる!って言ってたわ……!探偵としてでしょうね?もちろん、秘密よね?だけど、リサさんにお礼が言いたかったの……。わたしみたいな、『超ネクラな娘』を友達!って呼んでくれたことに……。だから、あの猫も、リサさんからの贈り物、と、勘違いだとしても、思っていたいの……。ありがとう、リサさん……!」
と言い残して、ハルはテーブルを離れた。
(キチエモンの行動が、誤解されているようだねぇ……。それと、わたしが猫を遣うことが、少なくとも、ミホとハルには、知られてしまった……。それを実際に目撃したのは、セツとエリのふたりだけのはずなんだけど……?どちらかが、退学する前に、喋った!ってことか……?)
※
「リサっていうんだって?姉さんから訊いたけど、探偵の助手をしているんだって、ね……?ということは、キミコとセツとエリが退学させられたのは、あんたの所為だってことだよねぇ……?」
ハルの背中を見送っていたリサに、レイカの妹のユイカが話しかけてきた。湯上がりなのだろう、ハルと同じようにタオルを首にかけて、ジャージ姿だ。新体操部のレギュラーだっただけあって、背は高くないが、均整のとれたボディーラインをしている。顔はレイカそっくりだ。双子の姉妹と勘違いしてしまう。ただし、レイカは眼鏡をかけているが、ユイカはかけていないから、パッと見では、ユイカのほうが美少女だ。
(毒があるわね……!それとも、『綺麗な花には、トゲがある!』ってことかしら……?レイカのほうが、少し暗いけど、知的だわ……!)
と、リサはユイカを観察して、心の中で呟いた。
「三人に『退学』の罰を与えたのは、校長先生初め、職員会議での裁定よ!悪いことをしたのだから、それなりの罰は仕方ないことよ、ね……?ユイカさんだっけ?あなたは、停学ですんだそうね?反省しているんだ……?」
「反省?バカらしい!そんなことするかよ!ちょっとしたゲームが、『ゲーム・オーバー』になっただけさ!キミコたちは、運が悪かったんだよ!あんたみたいな、お節介が登場したおかげでね……!理事長の娘の保田先生がバックにいるから、安心していたんだよ!まさか、彼女がクビになるとは思わなかったよ……!」
「ユイカ!同級生を脅迫して、いやらし行為を強制することが、ゲームだった!っていうのかい?あなたは、実の姉さんを被害者にしたんだよ!」
「フン!あいつが、バカなのさ!校長にバラす!って、仲間を裏切ろうとしたんだ!だから、山元先生を脅して、山元先生に惚れていたあいつとのキスシーンを写真に撮ってやったのさ!」
「山元先生の弱味は、栞との関係だったんだね……?」
「そう!あんたは、栞の自殺を調べていたんだそうだね?だとしたら、まだ完璧じゃないね……!山元先生との関係だけが、栞の自殺の原因じゃない!もちろん、キミコたちに染みつきのパンティを強制された所為でもないよ……!闇は、まだ深いんだよ!『名・探偵助手』さん……」
5
「雨が酷くなってきたわね……」
消灯の時間が近づいて、窓のカーテンを閉めようと、窓際に立ったリサが独り言のように呟いた。その時、雷鳴が、稲光りとほぼ同時に響いたのだ。
「キャー!」
と、同室の二段ベッドに座っていた、レイカとハルが、悲鳴のハーモニーをあげる。
「台風の所為ね!積乱雲が発生しているんだわ……!まだ、足摺岬には上陸していないはずだけど……?強風域に入ったのかな……?」
リサは、そう言って、暗い空を見上げる。また、稲光りが窓を照らす。雷鳴は、かなり遅れて聞こえた。
「カーテンを閉めて……!わたし、雷が苦手なの……」
と、レイカが青い顔をして言う。
「わたしもよ……!リサさんは、平気なの……?」
「まあ、雷が好きな女子は、あまりいないわね……。特に、こんな山の中だと、高い木に落雷する可能性があるから、火事になるかもしれないし……」
「いやだぁ!山火事になったら、逃げ場がないよ!リサさん、怖いこと言わないで!眠れなくなるじゃない……!」
「このどしゃ降りの雨だから、山火事にはならないと思うけど……、倒木や土砂崩れが発生してもおかしくないわね……」
「リサ!怖い話ばかりね!本当に眠れないわ!一緒に徹夜してもらうわよ……!」
「そうよ!ベッドでひとりじゃ眠れないわ!三人で床に寝ころびましょう!」
「そうね!ベッドのマットを床に敷いて、川の字になって寝ましょう!リサが真ん中よ……!」
ハルの提案にレイカが賛同して、三人はそれぞれのマットを外し、床の上に並べた。その時、また雷鳴が轟いて、照明灯が消えた。消灯の時間までには、十五分以上あるのに……。
「停電のようね……?懐中電灯は?すぐ出せる……?」
と、リサは冷静な判断をして、ふたりに尋ねた。
「うん!夜中にオシッコに行くかもしれないから、出しておいたよ!」
と言って、ハルは懐中電灯のスイッチを入れた。
「ハル!あんたはエライ!レイカ!あんたも懐中電灯を出しておきな!夜中だし、この天気だから、停電は復旧しそうにないからね……」
ハルの手にした懐中電灯の光で、レイカとリサもバックから懐中電灯を取り出し、ライトが点くことを確認した。
「よし!乾電池を無駄に使わないように、枕元に置いて、寝ることにしよう……!たぶん、眠れないから、徹夜になる覚悟でね……!」
※
「そうだ!レイカとハルに訊きたいことがあったんだ……!」
また雷鳴が轟いて、レイカとハルがリサの両腕を掴んだタイミングで、リサは会話を切り出した。
「栞が自殺した原因さ……!わたしが探偵助手として、そのことを調べていたのは、知っているだろう?」
「うん!その結果、悪いことをしていた、キミコや、高梨先生が学校を辞めたんだよね……?」
と、左側のハルが答えた。
「栞は、山元先生と男女の関係になったのよ!それをネタにキミコたちに脅かされて、いやらしい写真を撮られたって、ユイカが言ってたわ……」
と、右側のレイカが、リサに身体をくっつけながら言った。
「それよ!ユイカが、お風呂上がりに会って、栞の自殺の原因は、それだけじゃあない!まだ、闇は深い!って言ったのよ!山元先生は、独身だから、栞が卒業して、少なくとも、成人したら、結婚することはできたはずよ!山元先生は、その気だったみたいだから……。いかがわしい写真も原因のひとつでしょうけど……、もっと別の原因があったんじゃないか……と思うのよね……!だとしたら、わたしの仕事は終わっていないのよ……」
「わたしがユイカに訊いたのは、そこまでよ!最近、話をしていないんだ……」
「ハルは?何か思い当たることはない?些細なことでいいのよ……?」
「わ、わたし?わたしは、栞と親しくなかったし……」
「そうだ!ハル!あんた、D組の小宮ミホを知ってる?この合宿にも参加しているんだけど……」
「ミホさん……?ええ、二年のクラスが一緒だったわ……!それと、幼稚園と小学校が同じなの……。中学校は、あの娘は公立に行って、わたしはここの中等部に入ったから、別だったけど……」
「つまり、幼なじみ、ってことね?あなた、ミホがわたしの仕事を勝手に助太刀していて、栞の自殺の原因をあなたに訊きにこなかった?『パイ』だか、『バイ』だか、って言ってなかったかしら……?」
「ええ!ウソ!リサさんとレイカは、その時、医務室にいたはずよ……!ミホがそのことを誰かに喋るはずがないわ!どうして、リサさんが知っているの……?」
「わたしは『名・探偵助手のリサ』だって、言っているだろう?情報源は内緒だけど、いろいろと、情報を仕入れているのさ!ハル!あんたとわたしは友達だろう?何事も隠さずに話しておくれよ……」
「うん!パイっていうのは、いやらしい写真のことで、『オッパイ丸見え』ってことらしいの……。バイっていうのは……」
と、ハルは躊躇するように、言葉を止めた。
「バイというのは……?」
6
「ねえ!ユイカ、来ていない……?」
部屋のドアがノックされて、隣の部屋にいる、D組のトッコとミホが懐中電灯を片手に尋ねた。
部屋割りは、三人一部屋。D組とE組は三人が合宿に参加しているから、一部屋にいる。あとのA、B、C組は、二名ずつ参加していて、A組のふたりが、別れて、お嬢のカンナがB組、チエがC組のふたりと同室になっているのだ。
「いや!来ていないよ!ユイカがいなくなったのかい?」
と、リサがドアを開けたままの状態で答えて、反対に質問したのだ。
「うん!消灯前に、トイレに行く!って出て行って、帰ってこないのよ……。そのあと、すぐに、停電になったから……。ユイカは懐中電灯を持ってないから、部屋を間違えて、隣に入ったんじゃないか、と思って…」
と、新体操部のマネージャーをしていた、元レギュラーのトッコが、心配そうに言った。
「停電になる前……?そしたら、だいぶ時間が経っているわね……?トイレは、食堂の手前と、温泉施設に行く手前にあるわよ……!ここからだと、食堂のほうが近いわね……」
「リサさん!一緒に行って……?停電で周りは、真っ暗だし、雨の音はひどいし……。トッコは、ひどく怖がりなのよ……!」
と、ミホが両手を合わせて言った。
「違うでしょう!ミホがこんな夜は、山姥が現れて、若い娘の肝を食べる!なんて、怪談噺をするからでしょう……!」
と、トッコがミホの言葉を否定するように言ったが、顔色は青ざめていた。
「山姥、ね……!面白そうね……。ユイカが見つかったら、みんなで、怪談噺をして、徹夜をしましょう!」
「レイカ!あんた、結構、能天気なのね………?」
「ユイカは、生理の時、出血が多いのよ!たぶん、それで、トイレが長くなっているのよ!そうでないなら……」
「そうでないなら……?」
「コウスケと、エッチをしているかも、ね!」
「コウスケ?それって、体操部の顧問の藤堂康介先生のこと……?」
※
「このトイレには、いないわね……」
と、懐中電灯の光で食堂脇の女子トイレをひとつ、ひとつ確認し終えて、リサが言った。あとの四人は、廊下に固まっている。
「あっちの女子トイレを探してみるか……」
「そうね!あの時間帯だと、他の生徒や先生が使っていて、ナプキンを替えるのだったら、人の来ないほうを選ぶかも……?」
「トッコなら、そうする、ってことか……?まあ、部屋にいても、退屈だし、五人もいたら、山姥も襲わないだろうし……」
「リサさん!ミホの怪談を膨らますのは、やめて!雷は、止んだけど、風雨は、益々、酷くなってきたみたいよ!」
リサを先頭に、五人はムカデ競走のように、前の人間の腰に両手を当てて、連なったまま、食堂の横を通り抜け、温泉施設に繋がるスペース脇にある女子トイレに向かった。
「あら?誰かいるわ!懐中電灯の光が……」
先頭のリサがそう言って、懐中電灯をトイレの入口に向けた。その入口から、懐中電灯を下げて出てきた人物も、リサの懐中電灯に気づいて、光をこちらに向けたのだった。
「あなたたち、五人も揃って、何をしているの?トイレなら、食堂脇にあるでしょう……?」
そう言ったのは、E組副担任の川村芳美だった。
「先生も、トイレなら、あっちが近いはずですよね……?」
と、リサが尋ねた。
「ちょっと、出血したのよ!生理は、終わったと、安心していたんだけどね……。経血が着いていたら、恥ずかしいから、こっちのトイレを使ったのよ!それで?あなたたちは……?」
「ユイカを探しているんです!停電前にトイレに行ったきり、帰ってこなくて……。暗くて怖いから、E組と協力して、探しにきたんです!」
と、トッコが正直に答えた。
「先生!そこのトイレに、誰かいませんでしたか?」
と、リサが尋ねた。
「いないわ!わたし、一応、全ての個室を覗いてから、一番奥を使ったから……。ナプキンをつけたりしていたから、かなりの時間がかかったけど、その間も誰も入って来なかったわよ……」
川村先生の言葉を疑うわけではないが、リサはトイレの中に懐中電灯の光を当てた。個室の扉は、全て開いていた。
「さて、どうする?トイレにはいない……、となると……、お風呂場に行ってみる?出血が酷くて、身体を洗っているかもしれないわね……?もうひとつの可能性を除くと……」
「あら?ユイカさんも、生理中だったの?それなら、可能性があるわね!ここのお風呂は、一晩中入れるから……。ただし、電気風呂は、停電で、ただのぬるま湯になっているはずよ……」
川村先生はそう言って、生徒の先頭に立って、温泉施設へと向かった。渡り廊下の外は、猛烈な雨がガラスを叩いている。
施設の扉を開き、女湯の脱衣場へ入る。
「あら?誰かいるのかしら?ジャージと下着が脱いであるわ……!」
川村先生の懐中電灯の光が、脱衣場の床に散らばった衣類を見つけた。
「先生!おかしいですよ!すぐ側に脱衣籠があるのに、床にこれほど、ばら撒くように、女の子は脱ぎませんよ!後から、誰かが来るかもしれないのに……!」
と、リサが自分の懐中電灯で、脱衣場の床を照らしながら、言った。
「そうね……」
と、教師が言った時、
「ユイカ!いるの……?」
と、トッコが、浴室の扉を開けながら、言った。
その手にした懐中電灯が、先ほど、教師が言った、電気風呂の浴槽を照らした。
「きゃあ〜!」
という悲鳴が、浴室の湯気にこだました。
「ユイカ……?首を絞められた跡がある……」
7
「け、警察に連絡だ!」
梅本太郎が、死体を見て叫ぶように言った。
「落雷で、電話線が切れたようで、電話は繋がりません!」
と、管理人の羽佐間杉作が言った。
「だったら、藤堂君に頼んで、車を出すんだ!」
「この嵐の中をですか?おそらく、倒木で、道は通れませんよ!土砂崩れも発生しているかもしれません……!」
と、杉作の妻の竹子が言った。
「何だって!じゃあ、我々は、この別荘に缶詰状態なのか……?殺人鬼が側にいるんだぞ……!」
と、梅本は怯えるように、杉作に詰め寄る。
「先生!落ち着いて!確かに、ユイカを絞め殺した、殺人犯は、ここにいますわ!この台風のおかげで、逃亡できないですから、ね……!我々が成すべきことは、これ以上、犠牲者を出さないことと、犯人を突き止めることですよ!」
「リサ君!何で君がここにいるんだ?生徒は、各部屋で待機するように!と伝えたはずだ……!」
「危険ですよ!各部屋にいるより、食堂に全員を集めるべきです!トイレには、三人で行くこと……!それをご提案にきたんですよ!」
「そうね!梅本先生!リサさんのいうとおりですわ!一箇所に全員そろっているほうが安全です!特に、台風が直撃しそうな状況ですから、生徒が不安にならないように……」
と、川村芳美がリサの提案を受け入れるように促した。
「わかった!生徒にそう伝えよう!アナウンスも停電で使えない!川村先生!先生方に、手分けして伝えてください!」
梅本が、芳美に頼んで、自らは、ユイカの死体がそのままの、浴槽を見つめていた。
リサも、芳美のあとに続いた。渡り廊下の途中に、フーテンが現れた。
「姉御!殺人事件に、なりましたね……?」
「フーテン!怪しい奴は、いなかったかい?」
「オイラは、アキとチエを見張っていましたからね……。ふたりとも、一度、トイレに行っただけでしたよ……!」
「トイレ、ね……!この事件は、トイレが問題になるんじゃないだろう、ねぇ……」
※
「犯人が見つかるまでは、単独行動は、禁止だ!最低でも、三人で行動するように……!それと、授業も中止だ!温泉も利用できない!テレビも停電だから、映らない!トランジスター・ラジオをかけておくが、どうも電波の受信が不良だ!食事は、冷蔵庫が長くは使えないから、野菜が中心の献立になる!夜は、ベッドのマットを食堂の床に並べて敷いて寝ることにする!以上だ!」
そろそろ、夜明けの時間になる頃、十一人の生徒と、四人の教師が、食堂に集まり、梅本先生が、これからの行動について、徹底している。
「先生!わたしたち、いつまで、ここにいるんですか?早く、帰りたい……!」
「ミッチ!最もな意見だが、外は台風だ!今日一日は、こんな状態だ!台風が過ぎても、土砂崩れがあったらしい。道が通れるようになったら、すぐに帰ることにするけど……、今は未定だ!三日はかかると思っていたほうがいい……!」
「みんな、協力して、この状況を乗り切るのよ!そのためには、元気を出さないといけないわ!もし、気分が悪くなったら、早めに申告してね!ユメコさん!大丈夫よね……?」
と、川村先生が声を上げた。
「おおい!犯人を見つけたぞ!こいつに間違いない……!」
そう言って、食堂にやって来たのは、藤堂康介だ。一緒にいるのは、明石憲剛。そのふたりに腕を掴まれて、オレンジ色のヤッケを着た、髭面の年齢不詳の男が連れてこられた。
「犯人、って何のことです?僕は、昨日、雨が振りそうになったから、ここの管理人さんにお願いして、薪なんかを置いてある物置小屋に泊まらせてもらった者です!四国カルストを回って、ここの近くで、キャンプをする予定だったんですけど、天候が悪化したものだから……。迷惑は、かけないつもりです……!」
男は、確かに、昨日管理人の杉作に、許可をもらって、物置小屋で一夜を明かしたようだ。しかし、犯人ではない!との証明はできない。アリバイなど、あるはずがないのだから……。
「この合宿のメンバーに、殺人犯がいるはずがない!犯人は、部外者!イコール、君しか、いないんだよ!警察がくるまでは、君を拘束させてもらうよ!」
インテリの明石が、銀ぶちの眼鏡に右手の人差し指を当てて、言った。そして、ロープで、男を後ろ手に縛ったのは、藤堂康介だった。
(まあ、怪しい男といえば、怪しいわね……。だけど、犯人とは、思えないのだけれど……。そもそも、明石先生の推論は、我々、合宿参加組に、犯人がいない!という、根拠のない前提条件付きなんだよなぁ……)
8
「ああ〜!ヒマだなぁ……」
「リサ!ヒマだなんて、言っちゃあダメよ!一応、自習時間ってことになったんだから……」
生徒たちは、食堂内の椅子やソファに座って、教科書やプリントの問題に取り組むふりをしている。誰も、上の空状態だ。
台風の暴風域に入って、停電が続いているし、窓は閉めっぱなしだから、冷房のない部屋は、標高の高い山の中とはいえ、蒸し暑い。部屋の灯りは、ロウソクとランプだ。とても、勉学に励む状況ではないのだ。温泉施設は、現場保護のため、封印されている。警察に連絡をしようにも、電話は不通。道路は土砂崩れがあったようで、こっちも不通だ。緊急連絡用の無線機も、バッテリー切れ。台風が過ぎたあと、徒歩で、誰かが下山して、救助を頼むしか、方法はなさそうだった。
「レイカ!そう言うけど、リサの言うことも、もっともだわ!だって、犯人は捕まえたんでしょう?もう一箇所にいる必要はないでしょう?わたし、部屋に帰って、眠りたいわ!昨夜(ゆうべ)は、徹夜よ……!」
と、言って、トッコは生あくびをした。
「あの、髭面の男が、本当に犯人なの……?先生の部屋に監禁しているらしいけど……」
「まあ、あいつのいた、物置小屋は、温泉施設に近いから、犯行に及ぶことは、できそうね!ただ、あいつとユイカの接点がないよねぇ……。この天候だと、ユイカが物置小屋に行くはずはない。男が、温泉施設に入るには、一度、本館を通る必要があるのよ!温泉施設への入口は、その、渡り廊下だけだから、ね……!ひとつ、煙突があるけど……、まあ、ハシゴがあっても、難しいわね……」
「じゃあ、リサは、あいつは犯人ではない!と、思うの?そしたら、犯人は……?」
「いくら、わたしが『名・探偵助手』だとしてもよ!現場検証も、死亡推定時刻もなし!では、推理もできないよ!」
「でも、事件は発生しているのよ!昨夜の消灯時間少し前から、わたしたちが死体を発見するまでの間に、よ……!」
「アリバイ、というなら、この五人には、あるわね!部屋にいたんだから……」
「そうね……!トッコとミホが共犯者でなく、わたしたち、E組の三人が、共謀したのでないなら、ね……!本当は、生徒と先生と、管理人夫婦、個々の証言を取りたいんだけど……、警察じゃないから、難しいわ!夜中といっても、真夜中ではない!雷がうるさかったから、ほとんど、起きていたんじゃないかしら……?ユイカのように、トイレに行った者もいるはずよ、ね……」
「あっ!そうね……。それなら、簡単よ!生徒の行動なら、ここで、訊けばいいわ!夜中にトイレに行った人!手を挙げて!って、ね……」
「ハル!あんたは、エライ……!」
※
「なんだ!みんな、トイレに行ったんだ……。しかも、個別に……?」
「アリバイは、なし!」
「でも、温泉施設まで行って、ユイカを殺して、帰ってくる時間があるのかなぁ……?」
「ミホ!殺人現場!イコール、死体発見現場!とは、限らないわよ!わたしは、殺人現場は、別の場所のような気がするの……。あのユイカのジャージと下着の散らかりかたが、腑に落ちないのよ!あれは、ユイカ以外の人間が置いたもの……。そんな気がするの……」
食堂の片隅の六人掛けのテーブルと椅子。E組の三人とD組のふたりがランプの灯りを囲んで会話をしている。
「ちょいと!リサ!今、夜中にトイレへ行ったか、どうか?って訊いてたよね?あれは、我々の中に、ユイカを殺(や)ったモンがいる!ってことなのかい……?」
五人のテーブルに近づいてきて、そう尋ねたのは、竹刀を肩に担いだ、長身のアキだった。
「いや!それもあるけど、ユイカを見た者がいないか?と思って、さ……。あの時間帯なら、みんな、懐中電灯を持っているだろう?その灯りが目につくはずなんだよ!ユイカが本当にトイレへ行ったのなら、懐中電灯を持っていないから、懐中電灯を持っている人間に近づいてくるはずさ!」
「誰も、ユイカを見てないね……?」
「ああ、だから、ユイカはトイレに行かなかった可能性が高いのさ!」
「なら、トイレに行く!と言って、何処へ何をしに行った、っていうんだい……?」
「さあね……?それは、これから調べることだから、ね……。ところで、アキは、事件に興味があるのかい?」
「藤堂と明石が捕まえた男が、犯人じゃないのかい?リサ!あんたは、探偵助手なんだろう?殺人事件も経験しているんだろう?早く、解決しておくれよ……!わたしは、お嬢を護らないといけないんだから、ね……!」
「お嬢を護る?お嬢って、カンナのことよね?何でアキが、カンナのボディー・ガードをしているの?」
「理由は、知らないよ!ただ、校長から、この合宿に参加して、お嬢に危険が及ばないようにして欲しい!それを条件に、今までの不祥事は、不問にして、卒業させてあげよう!と、言われたんだ……!わたしが、この合宿のメンバーに選ばれたのは、そのためさ……」
「校長先生から、カンナを護るように、言われた……?じゃあ!この合宿には、最初から、危険があった?ってことなの……?」
9
「リサ君!ちょっと、いいかな?」
昼食が終わっての休憩時間。リサは英語の教科書を捲っていた。そこへ、梅本が現れ、話しかけてきたのだ。
「はい?何の御用でしょう?」
と、リサは教科書を閉じながら、上目遣いで尋ねた。
「あの、犯人と思える男なんだけどね……。食事をさせたんだよ!おとなしく、監禁されることには、同意したんだ!警察がくれば、無実とわかるはずだから、と本人が言ってね……。おとなしくしているから、大森リサという、生徒を呼んできて欲しい。その娘と話がしたい。事件解決につながるかもしれないから……、というんだよ……!」
「ええっ?あの髭面の男がわたしの名前を知っていて、話がしたい!と言っているんですか……?」
「リサ君!心当たりがあるかい?あの男と顔見知りとか……?」
「全然!心当たりはありません!でも、興味はあります!話をしてみようと思います!」
「リサさん!罠よ!話をしたい!なんて言って、リサさんを人質にするつもりよ!」
「ハル! 確かに、その可能性もあるわね!でも、あの男がわたしを名指ししたことを考えると、そんな単純な目的とは、思えないわ……。大丈夫よ!わたしは『名・探偵助手のリサ』なんだから、わたしを人質になんか、誰だろうと出来はしないんだから……」
※
「あっ!マサが言ってたとおりだ!ルナちゃんが大人になった容姿だね……?」
と、両手を身体の前にロープで手錠のように縛られている髭面の男が、教師の宿泊用の部屋に、リサが入ってくるなり、声をかけたのだ。
「マサ?あんた!荒俣堂二郎の知り合いかい?しかも、大森ルナのことも知っているようだね……?」
「あっ!先生!申し訳ないけど、リサさんとふたりだけにしてくれませんか?ここからは、探偵社の秘密の会話をするもので、ね……!つまり、依頼人の秘密を部外者には、聞かせられないもので、ね……」
「探偵社?なるほど……!先生、この人は、わたしが助手を務めている、名探偵・荒俣堂二郎の関係者ですわ!危険はありませんから、わたしが呼ぶまで、ふたりきりにしていただけますか……?」
「大丈夫か……?何かあったら、大声を出すんだよ……!」
と言って、梅本は部屋を出て行く。和室の畳の上で、リサと男は向き合って座っていた。
「それで……?あなたのお名前は……?マサさんとは、どういうご関係で、何が目的なのですか……?」
「ふうん……?オトちゃんが言うには、リサさんは、読心術を使えるから、驚くかもしれない!ってことだったけど……、読心術は封印しているんだね……?」
「オトのことも知っているの?」
「そう、リョウ君も、飼い猫のオッド・アイのスターシャも、ね……!」
「なのに……、わたしとは、初対面……?」
「そうだね!僕の名前は、ヒロ!荒俣堂二郎こと、マサ君とは、高校時代の同窓生さ!『ミステリー同好会』という、部活仲間だよ!」
「ミステリー同好会のヒロ?じゃあ、マサと、文化祭で漫才をした、あの『オクテ同士』のヒロさんかい……?」
「おやおや!リサさんにまで、オクテの伝説が伝わっているのか……?マサよりは、僕のほうがマシだったんだけど、ねえ……!」
「でも、マサと同学年なら、二十歳か二十一だろう?その髭面は……?あっ!付け髭なのね……?」
「そうさ!だって、探偵だぜ!変装は『お約束』だろう?」
「探偵?じゃあ、本当に探偵として、活動中なの?何を調べているの?」
「もちろん!この合宿の秘密さ!さっそく、殺人事件が発生したようだね……?」
「合宿の秘密?この合宿に何か怪しい……、『陰謀』とか?があるってことなの?それを誰から訊いて、誰の依頼を受けて調査にきたの……?」
「話のスタートは、大森清子さんだ!つまり、君をこの合宿に推薦した人物だ!」
「ルナちゃんのおばあちゃんが、陰謀を企んでいるの?まさか……?あり得ないわ!」
「違うよ!依頼人が大森清子さんなのさ!」
「依頼人?それなら、わたしに探偵を依頼するはずよ!」
「しかし、君はもう、この合宿に参加していた……。だから、マサに依頼したんだ……。でもマサは、大学の夏季講座で忙しくてね……。夏休みで、帰省している僕に、お鉢が回ってきたんだよ……」
「大森のおばあちゃんは、何時、この合宿に陰謀らしきものがあることを知ったの?つまり、わたしがこの合宿に参加が決まったあとよね……?しかも、出発間際……?」
「なかなか、鋭いね!そのとおりだ!君が出発する朝だよ!君を推薦した手前、彼女は、合宿に参加するほかのメンバーを知りたかった。理事に名を連ねているから、校長に電話して、確認したんだ……。そして、驚いた、ね……!去年までとは異なる、選抜だったから、ね……。そこで、君に連絡しようと思ったんだが、時間的に、余裕がなかった。慌てて、オトちゃん家へ行ったのさ!そこに、マサと僕がいた!ってわけだ!つまり、そこにいた人間で、暇な者は、僕ひとり……。いや!本当は、暇じゃないんだ!デートの約束があるんだよ!まあ、四日後だけど、ね!彼女がその日、帰省するんだ!だから、四日後には、事件を解決して、帰らないといけないんだよ……!」
「ヒロさんのデートの予定は、事件には関係なさそうね?それで、大森のおばあちゃんは、どんな陰謀があるって言ったの?」
「それは、わからない!ただ、自分が推薦したリサさんに、危害が加わったら、申し訳ない!ってことらしい……。ただし、漠然とした不安ではないそうだよ!この合宿の人選、生徒も先生も、作為的だ!というんだ!この前の、高梨先生と保田先生が退職した事件の続きなんじゃないかって……!それなら、リサさんを巻き込んだのは、自分だから、リサさんを護る義務がある!ってことらしいよ……」
「この前の続き……?なるほど!学園の闇は、高梨、保田ルートだけではない!ってことか……?ユイカは、それを知っていた!だから、合宿に選ばれて……、そして、殺された!口封じ、ね……」
10
「あら?電気がついてる!停電が治ったの?」
食堂にリサが帰ってくると、ひとつだけ、天井からぶら下がっているライトが点灯していたのだ。
「元の電気は、停電したままよ!」
と、教科書を閉じながら、レイカが答えた。食堂には、ほかに人影はなかった。
「昔、この建物ができる前に、小さな建物があったそうなの……。その当時は、電線が来てなかったから、電気を自家発電していたそうよ!谷川の水を利用した、『水力発電』で、ね……。管理人の杉作さんが、それを覚えていて、機械を回したら、電気が通ったのよ!ワット数とか、アンペア数の関係で、今のところ、部屋の電灯をつけるだけなんだって……」
「なるほど、自家発電ね……!それで、生徒たちは……?各部屋に帰ったの?」
「そう、ローソクやランプの油のほうが、備蓄がなくなってきたから、部屋のライトのほうがいい!ってことになって……。みんな、寝不足だし……。先生たちも生徒側の部屋に移ったのよ!交代で、廊下を巡回することになったそうよ……」
「ハルは?まさか、部屋にひとりじゃないだろうね……?」
「D組のふたりが、わたしたちの部屋に移ってきたのよ!だから、四人部屋に五人になっちゃったんだよ!」
「ミホとトッコね?まあ、そのほうが安全ね!ほかのクラスは、そのままなの……?」
「C組のユメコが気分が悪くなって、元のD組の部屋に、吉永先生と一緒にいるよ!」
「じゃあ、C組の部屋は?ミッチとA組のチエのふたり……?」
「今は、キャサリン先生が一緒にいるはずよ……。夜になったら、B組と同室になるかもしれないわね……」
「梅本先生は、髭面の男を見張っているし、藤堂先生は、温泉施設へ続く、渡り廊下の前のスペースにいるわね……。明石先生と川村先生は……?」
「それぞれの部屋で、仮眠しているはずよ!夜間は、交代で巡回する予定だから、先生たちは、休憩しないと、身体が持たないよ!」
「まずは、生徒の安全が最優先だから、ね……」
「ところで、髭面の男と何を話したの?あいつ、何者?リサを知っていたんでしょ?それだけで、怪しいわよね……?」
「あいつは、マサの……、あっ!つまり、わたしの上司というか、探偵の友達だったのよ!」
「探偵の友達?じゃあ、何か、事件の捜査をしているの……?」
「まさか!偶然よ!でも、犯人ではないわ!ユイカとも、学校とも、関係がない人間なのよ……」
リサは、ヒロの正体を曖昧なままにしておくことにした。犯人に警戒されないために……。
(犯人の目的は、ユイカを殺すことではないはず……。ユイカはわたしに、学園の闇のことを話しかけた所為で、口封じにあっただけ……。この合宿の目的は、別のところにあるはずよ……)
※
「リサ!オシッコに行かない?」
消灯時間になる前、リサにレイカが語りかけた。
「そういえば、ハルやミホ、トッコもいないわね……?」
D組のふたりは、二段ベッドで。E組の三人は、床にマットを並べて、寝る予定で準備をしていたはずだ。
「みんな、寝る前にトイレか、歯磨きに行ってるよ!リサが帰ってくるのが遅かったから……」
「ああ、ごめん!一応、戸締りとか見てきたんだよ!先生たちの巡回のルートも確認しておきたかったし……」
と、リサは単独行動の理由を語った。しかし、単独行動の真の目的は、フーテンに夜間の警戒を頼むためだった。
「フーテン!今夜、きっと何かが起こるよ!それが、何で、何時、何処で、かは、わからない……。みんなが寝ている部屋の廊下から、食堂、トイレ、温泉施設につながる渡り廊下まで……。けっこう広い範囲を見張るんだよ!何かあったら、猫の鳴き声をあげるんだ!わたしには、それで充分だから、ね……!」
そうリサが言うと、フーテンは、闇の中にその姿を溶かして行ったのだ。
「あらあら!トイレは行列ができているね……!仕方ない、もうひとつのトイレに行くか……」
食堂脇のトイレには、順番待ちの生徒がいた。個室は三つしかないから、すぐには空きそうにない。リサとレイカは、渡り廊下の手前にある、もうひとつのトイレに向かった。
「あら?アキもこっちのトイレかい?」
もうひとつのトイレの前に、竹刀を担いだアキが立っていたのだ。
「お嬢が、夜用のナプキンをするっていうんだ。生理になったみたいでね……。あっちのトイレは、順番待ちだったし、ナプキンの処理を見られたくないから、こっちにきたんだよ!」
「ふうん、生理の出血が多いのかい?アキも大変だね!わたしたちは、オシッコだけだよ!空いている個室を使っていいかい?」
「お嬢は、真ん中を使っているよ!左右は空いているから、勝手にしな!わたしは済ませたから、ね……」
そう言って、アキは、道を空ける。リサが、中に入ろうとした時、視線の先に、異常を感じた。
「あれ?渡り廊下の先に灯りが見えたようだよ……?」
「灯り?渡り廊下の先は、温泉施設だ!立ち入り禁止だろう?何処かの灯りが反射したんだろう……?」
「まだ、停電中だよ!隣家はないし、嵐もだいぶ収まったから、雷でもないし……、レイカ!わたし、様子を見てくるから、先に、済ましておきなよ……!」
「リサ!ひとりで、大丈夫?」
「レイカ!ここにいて、お嬢を見ていてくれ!わたしがリサと一緒に行くから……」
「アキ!後ろから、リサを襲ったりしないでしょうね……?」
「けっ!こいつが、そんな隙を見せるモンか……!わたしのほうを心配しておくれよ!」
「ならいいけど……、気をつけて、ね……!」
11
「どうやら、女性用の脱衣場に小さな灯りが見えるわね……?懐中電灯の光のようだわ!」
リサとアキはゆっくりと脱衣場のドアに近づいていく。そして、ドアに耳を当てて、中の物音に注意を払った。
「こ、こんなところでするのか……?死体がそこにあるんだよ……?」
と、怯えるような声がした。
「誰かいるね……?男のようだけど……?男が女性用の更衣室で、何をする気だろう?」
「しっ!アキ!静かに……!気づかれるよ!」
「気づかれても、向こうには、出口がないんだ!向かってきたら、わたしがこいつで、仕留めてやる!何なら、乗り込むか?怪しいのは、中の奴だよ!」
「もう少し、様子を伺ってからにしな!何でここに入ったのか、知りたいんでね……!」
と、リサはもう一度、耳をドアに当てた。
「怖いの?死体よ!幽霊じゃないわ!何なら、確かめてみる?」
と、女性の声がして、浴室のガラス戸が開く音がする。懐中電灯の光が動いた。
「な、無い!死体がないぞ!」
「嘘?床に転げ落ちたんじゃないの?」
「いや!何処にもいない!死体が消えている……」
小さな声だが、ドア越しに男女の会話が聞こえた。
「アキ!行くよ!」
リサがそう言って、脱衣場のドアを開けて、中に飛び込む。懐中電灯の光を浴室との境に向ける。
「梅本先生!吉永先生!何をしているんですか?ここは、立ち入り禁止にしているはずですよ……!」
「リサ君?君がどうして……?」
と、先に男が驚いた声をあげた。
「それより、大変よ!ユイカさんの死体がないのよ!浴槽にも、何処にも……!」
吉永百合が、ライトを浴室に向けながら、怯えるように言った。リサは、ゆっくりと側に寄り、自分のライトで、浴室を確認する。女性用の浴室は窓もない。ほぼ完全な密室?出口は、脱衣場から、渡り廊下だけだ。誰かが死体を運び出したとすれば、渡り廊下を通らねばならない。
(死体が歩いて行くにも、同じだよねぇ……?停電で、灯りがないとしても、誰にも見つからずに、大胆な行動をするかなぁ……?)
※
「リサ君!吉永先生と、僕が脱衣場にいたのは、だね……、ユイカの死体が気になって……」
リサとアキ、そして、梅本と吉永は、渡り廊下を引き返し、休憩スペースのテーブルに座った。
「先生!嘘はいけませんよ!まあ、おふたりとも、独身ですし、恋愛は自由ですけど……、あそこは立ち入り禁止ですから、ねぇ……」
「そう、立ち入り禁止だから、誰も来ないでしょう?他にできる場所がないのよ!外は嵐だし……」
「けっ!そんなに、エッチが我慢できないのかよ!情けねぇ教師だぜ!」
と、アキが軽蔑した口調で言って、顔を背ける。
「あら?アキさん、ここにいたの?」
と言って、お嬢こと、カンナとレイカが歩み寄ってきた。
「リサ君、アキ君!我々のことは、内密に……、頼むよ……!悪いようには、しないから、ね……。さてと、巡回を続けるかなぁ……」
そう言って、梅本は立ち上がり、食堂のほうへ足早に向かった。
「最低な奴だな!吉永先生!何であんな奴を選ぶんだ?あんたなら、男は選び放題だろう……?」
と、梅本の背中を見送って、アキが百合に尋ねた。
「あら?『コ足らずのお姫さま』と、イケメンさんが、そんな関係でしたの?美男美女は、破綻するって言いますよ!男を顔で選ぶのは、どうかと思いますわ……」
「梅本は、遊び相手のひとりよ!ちょっと、遊んであげたら、あっちが夢中になってね……。まあ、イケメンで、あっちのほうもそこそこ、大きいから、ストレス解消になるのよ……!でも、これまでね!あんたたちに知られたから……!じゃあね!早く、お部屋に帰りなさい!もうすぐ、消灯時間になるわよ……!」
と、言って、百合も食堂のほうに向かった。
「あいつも最低だね!わたしは、教師の中で、吉永がクラスの副担任だし、こんなわたしを白い目で見なかったし、一番マシだと思っていたのに……!」
「まあ、美人と周りから評判になると、思いどおりの恋愛は難しいのよ!すぐに噂になるから……。特に先生だと、ストレスも貯まるわ!アキ、大目に見てあげなさい!教師だって人間、いや、『メス』なんだから……。ねぇ、リサさんなら、わかるでしょう……?美人は、『ツライ!』ものよねぇ……」
(はぁ?あんたと一緒にしないでくれる!わたしは、恋愛より、探偵なんだよ!ユイカの死体の行方のほうが、心配なんだよ!フーテンは、何をしているんだい……?)
12
「なるほど!ユイカが生きていた可能性もあるのか……?」
と、ヒロが頷いた。場所は、食堂の隅、渡り廊下につながる、休憩スペースに近いテーブルだ。リサは、フーテンに手紙を咥えさせて、ヒロが監禁?されている部屋に忍び込ませた。トイレに行くふりをして、お互い、食堂にやってきたのだ。リサはヒロに、温泉施設での出来事を語った。
「そうなのよ!ユイカの首には、紐のようなもので絞められた跡があったの!顔もどす黒かったし、ましてや、全裸でしょう!死んでいる!と決めつけて、身体には触れていないのよ……」
と、リサが死体発見時のことを説明する。
「そうすると、考えられることは、ふたつ!ひとつは、ユイカは殺されかけたが、完全には死んでいなくて、蘇生した……。もうひとつは、ユイカ自身が死体のふりをして、君たちを翻弄した……」
「さすが!ミステリー・マニアね!マサもたぶん、そう言うわ!でも、ユイカが生きているとしたら、よ……、今、何処にいるの?外は嵐、中は、この渡り廊下を通るしかないのよ!」
「たぶん、温泉施設だね!君たちは、女性用の浴室と脱衣場は調べた……。しかし、男性用の浴室や更衣室は、あまりきちんと調べていないんじゃないかな?特に、脱衣箱の中までは……」
「じゃあ、今も男性用の更衣室にいる!ってこと?」
「あるいは、また、女性用に帰ったかもしれないよ……!」
「行ってみましょう!」
「僕は、部屋に帰らないと、また怪しまれるんだけど、ね……。まあ、リサさんをひとりで行かすわけにも、いかないか……」
「大丈夫よ!わたしが証人になってあげる!トイレで寝ていた!って、ね……」
休憩スペースから、渡り廊下に入ったところに、フーテンがいた。
「姉御!危ないですぜ!温泉施設の横の斜面が崩れ出しましたぜ!大きな土砂崩れが起きそうですよ!」
「おやおや、やっぱり、このトラ猫は人語を喋るのか……?オトちゃんが、それとなく、驚かないでね!って言ってたよ!あのスターシャって白猫も、人の言葉がわかるようだったし、ね……」
「馬鹿野郎!緊急事態だから、喋ったんだ!この渡り廊下も危ないぜ!」
「本当だ!地響きがしているよ!引き返すよ、ヒロさん……!」
※
「全員揃っているか……?」
と、食堂の中央で梅本が叫ぶように言った。
温泉施設の横の斜面が崩れ、大量の土砂が建物と渡り廊下を襲った。温泉施設は脱衣場が完全に土砂で埋り、渡り廊下はその一部が破壊されて、温泉施設には、入れない状況だ。しかも、まだ斜面が崩落する可能性もあるのだ。
「ユメコは部屋にいるはずです!熱があって薬を飲んだから、熟睡しているんです……!」
と、ミッチがその場にいないユメコについて語った。
「ハルは……?」
と、リサはもうひとりの姿が見えない生徒の名を口にした。
「それが、おかしいのよ……!地響きがして、廊下に出た時、ハルが急に『猫がいる!』って言って、廊下を駆け出したの……たぶん、元の先生たちが泊まっていた客室のほうに行ったと思うわ……」
と、レイカが答えた。
「猫?どんな猫だった?」
「わたしは、猫は見てないわ……!ミホとトッコは……?」
「部屋を出たのは、ハルが最初で、わたしとミホは、レイカの後だったから……、ハルの後ろ姿をチラッと見ただけよ……。猫なんて見てないわ!」
「あとは……、明石先生とキャサリン先生か……?ふたりは、巡回後の就寝中のはずだな……?」
「そうですね!僕と交代しましたから……。起こしてきましょうか?」
と、体育教師が言った。
「いや!あっち側の部屋は、山側ではないから、安全だろう……。とりあえず、みんなは、今の宿泊している部屋にいることにしよう!」
「先生!わたし、ハルを探してきます!」
そう言って、リサは梅本の許可も取らずに、教師が宿泊していた客室のほうへ駆け出した。五つある客室の一番手前は、和室で、ヒロが監禁されていた部屋だ。今は誰もいない。二番目は梅本たち男性教師がいた部屋。こちらも和室で、誰もいなかった。三番目からは洋室で、三人の女性教師がそれぞれ一室を利用していた。もちろん、今は生徒側の客室に移動しているが、荷物は一部そのままになっていた。だから、三番目と四番目はドアに鍵がかかっていて、中に人のいる気配はない。
その一番奥、五番目のドアだけ、鍵がかかっていなかった。
(ここは、キャサリン先生が使っていた部屋ね……、鍵がかかってないのは、荷物がないから……?それとも……?)
リサは、ドアノブを右手で掴んで、ゆっくりとドアを押した。部屋は灯りがない。その闇の中でも、猫としてのリサの瞳は部屋の中を見て取れた。
(ウッ!血の匂い……!ハルが倒れている……!もうひとり、いるわ!血の匂いは、そっちからね……?マズイ!誰か来る!この現場を見たら、ハルが明石先生を殺した!と思われるわ!超能力は、封印していたけど……、緊急事態よ、ね……!)
13
「フーテン!おまえ、ずっと食堂の隅で、ヒロと一緒にいたんだよね?」
「ええ、怪しい行動をする奴がいねぇか?ヒロって野郎と見張ってイやしたぜ!姉御に呼ばれるまでは、ね……。それより、なんで、こんな厠(かわや)にいるんです?ハルを探しに、教師の泊まっていた部屋のほうへ行ったはずですよね……?こっちは、反対側……?」
リサとフーテンが話をしている場所は、渡り廊下の手前にある女子トイレだ。リサがハルを探しに行った客室とは、反対側とは言えないが、食堂の中か側を通過しないと来れない場所だ。
「説明しているヒマがないんだ!この個室にハルを入れている!眠っているけど、すぐに眼を醒ますかもしれない!おまえは、見張っていて、起きたら、人語を喋っていいから、わたしが来るまでここにじっとしているように言っとくれ!」
「喋っていいんですかい?」
「ああ、ハルは、キチエモンと話をしているから、驚かないよ!じゃあ、頼んだよ!」
「姉御は、どちらへ……?」
「殺人現場さ!それと、我々以外に、猫がいるかもしれない……!それとなく、警戒しておくれ……!」
そう言うと、リサは身体を振るわせ、シャム猫のリズに戻り、一瞬のうちに姿を消した。テレポート能力を使ってハルを客室から、かなり離れた女子トイレに運び、再び、明石先生が血を流していた部屋の隅の闇の中へ跳んだのだ。闇に潜むには、シャム猫のほうが便利だった。
シャム猫リズが部屋の闇に侵入した時、明石の血だらけの身体を、一筋の懐中電灯の光が照らしていた。リズの優れた視力は、その逆光線の向こうに、梅本太郎の強ばった顔を捕らえていた。その後方には、川村芳美先生が、震えていた。
(おやおや、死体発見者に選ばれたのは、また、こいつか……?)
リズが闇から部屋のドアを眺めていると、芳美の背後からもうひとり人間が現れ、ドアの側の電灯のスイッチを入れた。自家発電の電気は、この部屋にも通じているのだ。リズは、テレポート能力を使って、廊下の暗闇に跳び、リサの姿に変身した。
「先生!無闇に部屋に入らないで!一応、死体か否かを確かめますから、ドアの側にいてください!」
ふたりの男女の教師を差し置いて、明石の身体に近づいたのは、髭面の男、ヒロだった。
「き、君……!」
と、梅本が迷いながら、ヒロに声をかけた。
「川村先生!何かあったのですか……?」
リサが教師の背後から、今来たふりをして尋ねる。
「あっ!リサさん!あなたを探しにきたのよ……!そしたら、明石先生が……」
「明石先生が……?まさか、死んでいる?なんてことは……?」
「そ、そのまさか?なのよ……」
リサは、驚いた表情をわざと浮かべて、ふたりの教師の身体をかき分けて、部屋を覗き込んだ。
「後頭部を何か鈍器で殴られ、意識を失ったあと、首の動脈をカミソリのような刃物で斬られたようだな……」
と、死体の側にしゃがんでいたヒロが振り向きながら呟いた。
(鈍器に刃物?じゃあ、ハルの仕業ではないわ、ね……)
※
「電話は、通じない……。警察には連絡できませんね……?崖崩れも起きているから、車はもちろん、徒歩で一番近くの集落にも行けそうにない……。しかし、殺人犯がこの建物の中にいることは、ほぼ間違いないですね……!」
明石先生の死体を確認して、ヒロは一旦暗い廊下に出、ふたりの教師とリサに向かって言った。
「どうすれば、いいんですか……?」
と、梅本が尋ねた。
「我々ふたりに、捜査をさせていただきませんか?探偵として……」
と、ヒロが梅本に提案する。
「我々ふたり?」
「そう、僕とリサさん……、名探偵、荒俣堂二郎の助手のふたりに、です!この現場は、警察が来るまでは、鍵をかけて保存しましょう!我々にできることは、証言を集めることです!僕とリサさんに、生徒や先生方の聞き取りをさせてください!それで少しは、犯人に近づけるかもしれません!それより、犯人にプレッシャーをかけることができるでしょう、ね……」
「生徒ひとりひとりに聞き取りをするんですか?神経質な生徒もいますよ!殺人事件の捜査の聞き取りですから……、とても平常心ではいられないわ……!」
女性教師が否定的な言葉を発した。
「川村先生!何もしないで、すぐ側に『殺人犯』がいる!というプレッシャーより、何かを語ることのほうが、生徒にとっては楽だと思いますよ!警察の取調室じゃあないんだし、わたしとヒロさんに話すだけですから……」
と、今度はリサが初めて意見を述べる。
「リサさんは、証言だけで犯人を特定できるの……?探偵助手ってことだけど、殺人事件を捜査したことがあるの……?」
「もちろん!『名・探偵助手のリサ』ですもの……!」
と、リサは軽く拳で胸を叩きながら言った。
「そうだ!リサ君!ハルは見つかったのか?君はハルを探しにこっちに向かったんだよね……?僕と川村先生は、君ひとりで行かすのは危険だ!と思って、後を追いかけたんだ!そしたら、この部屋のドアが開いていて……、ってことなんだが、ね……」
「わたし、途中で、トイレに行きたくなって……、ひょっとしたら、ハルもトイレじゃないかと……」
と、リサは語尾を濁らしながら、言い訳するように言った。
「ああ!じゃあ、最初から、こっちへは来なかったのね?食堂を出て、トイレのほうへ行ったんだ……?それで、ハルさんは、いたの……?」
「ハルはいませんでした。たぶん、もうひとつのトイレじゃないか?と思います!ほかに行く場所がないから……」
(こんな、『見え透いた嘘』が通用するのかねぇ……?まず、ハルを探しに行くことにするか……。予想どおり、あっちのトイレで、疲れて眠っていた!ってことにするか……)
14
「梅本先生と川村先生は、生徒たちを食堂に集めておいてください!わたしとヒロさんでハルを探しに行きます!ハルが見つかったら、学習用に使う予定だった会議室で聞き取り調査を行います!」
食堂へ引き返しながら、リサは今後の展開について語った。
「わかった!じゃあ、僕と川村先生は生徒たちに説明しているよ!ハル君のほうは頼んだよ!」
そう言って、梅本は食堂へ入って行く。リサは食堂の隣の控えルームから、女子トイレに向かった。
「フーテン!異常はないかい?」
と、トイレの個室の前で、リサが小声で尋ねた。
「姉御!待ってましたぜ!ハルが眼を醒まして、大変なことになりかけてましたぜ!大声を出されちゃあマズイんで、こっちから事情を話してしまいましたよ……」
個室のドアの上にトラ猫がその大きな身体を乗っけて、リサの頭上から、人語で語りかけた。
「おやおや、ハル君にもフーテンが喋れることをバラしたのか……?まてよ?リサさん!君はハル君がここにいることを知っていたようだね?じゃあ、なんで、あっちの教師たちが使用している客室のほうに行ったんだ……?」
「あっちには死体がある……、ハルは安全な場所においておく必要があるでしょう?だから……よ!」
「じゃあ、リサさんは、死体を発見していて、側にいたハル君をここに運んだ!ってことかい?僅かな時間に……?誰にも見つからず……?この距離を……?」
「そういうことになるわね……!ヒロさんには、いずれ教えるから、今は不問にしていてね!それより先に、ハルのほうよ……」
そう言って、リサは中から鍵のかかった個室をノックする。
「ハル!大丈夫?わたしよ!リサ!トラ猫から、少しは状況を訊いたかしら?また、事件が起きたのよ……」
すると、トイレのドアが開いて、青い顔をしたハルが現れた。
「リサさん!夢じゃないのね……?猫が喋った……」
「前に、キチエモンって化け猫のジジィが喋っただろう?猫は賢い!って、教えたはずだよ!」
「この汚い猫は、リサさんの飼い猫なの?」
「汚い……?姉御!こいつに噛みついてイイですか……?」
「あっ!ごめんなさい!大きくて、額に傷痕があるから……、野良猫だと思ったの……。飼い猫みたいに、お手入れをしていないようだから……」
「まあ、野良猫には違いないね!風呂も嫌いだから……、確かに、汚いね……!でも、いい漢だよ!わたしの相棒だから、ね……!ハル!それより、あんた、何か見なかったかい?あんた、『猫がいる!』って言って、たぶん、その猫について行ったんじゃないかい?」
「猫?ええ!廊下に猫がいて……、まるで『ついて来い!』って感じで、わたしを見つめて、廊下を駆けていったの……。キャサリン先生の部屋の辺りで消えてしまって……、中を見たら、人が倒れていて……。懐中電灯で照らしたら……、明石先生だった……。そのあとは、気を失ったみたいで、眼が醒めたら、眼の前にこのトラ猫がいて……」
「その猫って、どんな猫だった?毛の色とか、模様とか……?」
「懐中電灯の光で見えた時は、黒猫と思ったわ……。金色の眼をして……。ただ、真っ黒じゃなかった……」
「真っ黒じゃない?灰色かい?それとも、キジトラのような模様があったのかい?」
「ううん!前を駆けて行く背中にライトを当てていたのよ……。その背中に白い部分があったの……、そうだ!ちょうど、トランプのハートの形だったわ……」
※
「リサさん!その黒猫に心当たりがあるのかい……?」
と、ヒロが尋ねた。そこは食堂と廊下を挟んだ会議室だ。今から、生徒と先生たちとに、個別に聞き取りをする予定なのだ。
「まあ、世の中に黒猫なんて沢山いるし、背中に白い模様がある奴もいるよ……。わたしの知っている黒猫に、ちょうどそんな模様の奴がいるけど……。偶然、だと思うな……」
「その猫は、リサさんの周りにいるフーテンのような仲間ではないんだね?誰かの飼い猫かい?」
「飼い猫じゃない!と思う……。わたしが知った時は、野良猫だったわ……」
「知った時?会った時、じゃあなくて?」
「わたしは、直接会っていないのよ……、会ったのは、フーテン!」
「フーテンが出会って、その容姿をリサさんに伝えた?ってことは、何か事件と関わりがあった、ってことだよね?」
「事件?ああ、でも、わたしが探偵助手になる前のことだし、その黒猫が事件と関わりがあったか、は、わからないままだよ。ヒロさん!なんでその黒猫に、そんなに関心を持つの?」
「なんで?さあ、なんでかな……?マサやオトちゃんの周りに、不思議な猫が多いからかな……?フーテンやスターシャ以外にも、不思議な能力を持つ猫がいてもおかしくないからね……。だから、何者かが、猫を遣って、ハル君を殺人現場に導いた?とは考えられるだろう?まあ、それもひとつの仮説としておこうってことさ!じゃあ、聞き取り調査を始めよう!」
「そうね!何事も決めつけないで、不思議な現象も否定しないで……、事実を追及して行きましょう……」
15
「おい、リサ!なんでおまえと、この髭面の男が、あたしたちの取り調べをするのさ!」
最初に会議室に登場した女子生徒はアキだった。部屋に入るなり、椅子に座ろうともせず、詰問してきたのだ。
「あら?アキが最初なの?わたしは、お嬢こと、カンナさんを呼んだんだけど……?まあ、いいわ!ふたりとも椅子に座って……!わたしとこちらのヒロさんが、取り調べじゃなくて、聞き取り調査をすることになったのは、我々が探偵助手で、事件捜査の経験があるからよ!」
と、リサはアキの後ろに控えている、カンナのほうに視線を向けながら、アキの質問に答えた。
「探偵助手?こいつは、おまえの仲間だったのか?何の目的で、ここへ来たんだ……?」
「まあ、座りなさい!アキさんだったね?君はなかなか正義感?いや、義務感というべきか……、が強いようだね……?」
と、ヒロはアキの質問には答えず、まず、ふたりの生徒を椅子に座らせた。
「義務感?」
「そう!君は、校長先生に頼まれて、カンナさんの身辺を警護するために、ここにいる!片時もはぐれずに……だよね……?」
「あら?アキさんは、わたしを警護していたの?なんだ!わたしといい仲になりたかったのでは、ないのね……?」
「いい仲?カンナさんの周りには、そういう『いい仲』になりたがる生徒が多いってことかな……?」
と、ヒロが尋ねた。
(何?カンナの言う『いい仲』って、どういう仲よ?ヒロさん!意味がわかっているの……?)
「ふふ…、秘密よ!でも、何人かは、わたしの下僕(しもべ)になったわ……。気持ちがよくなる、というか……、快感が忘れられなくなる、というか……?あら、秘密なのに、喋り過ぎたわ!これから先は、ご想像にお任せするわ、ね……」
カンナはウィンクをしながら、人差し指を唇の前に立てて、そう言った。
「ところで、わたしを一番目に、その聞き取り調査の対象にしたのは、何故?わたしは常にアキさんと一緒にいたから、人殺しなんてできませんわよ……!」
「別に、容疑者調べではないんだ!僕たちが知りたいのは、動機なんだよ!ユイカさんと明石先生が殺されたわけ、ってヤツだね……!」
「そんなこと、わたしにわかるわけがありませんわ!少なくとも、わたしはおふたりに恨みなんかないですわよ……!」
「恨み?じゃあない!と思うよ……!まだ、初期段階だけどね……。僕には、この合宿自体が、そもそも、犯罪の計画の一部のような気がするのさ……!まあ、台風で、ここが孤立することまでは、計画の中にはなかっただろうけど、ね……」
「つまり、合宿に選ばれたメンバーは、犯人によって選ばれた、ってことかい?」
「ほほう、アキさんもなかなか、名探偵だね?そう!その可能性がある……。ただし、全員とは限らない……!」
「つまり、犯人によって、計画的に選ばれた人間がいる!そのひとりが、『お嬢』だってことだね……?」
「そうなんだ!校長先生がカンナさんに何か危険がある!と考えたのは、人選に違和感があったからだろう……。つまり、カンナさんには、身の危険となる何かがあるってことだよね?カンナさん!それを教えてくれないか?誰かが、君に危害を加えようとする、それだけの理由があるはずなんだよ……?」
(ヒロさん!結構いい推理しているじゃない!マサより、名探偵かも……?)
※
「カンナさんには、思い当たることがない!か……?」
と、カンナとアキが部屋を出たあとにヒロが呟いた。
ヒロの問いに、カンナは笑って、『お嬢』と呼ばれている、わたしに危害を加えようとする輩(やから)など、いるわけがありませんわ!校長先生の思い過ごしですわ!と言ったのだ。
「あるけど、隠している!か、カンナ自身には、それほど危険なこととは考えられないことがあるかもしれないわね……?カンナが言ってた『いい仲になりたがる!』ってヤツが、気になるわね……?」
と、リサが意見を述べる。
「いい仲だろう?親友になる……?いや、彼女は下僕(しもべ)になった!って言ってたから、女王様のように、崇めるってことかな?まてよ……?『気持ちよくなる』とか、『快感』とか……言ってたよね……?じゃあ、性的な快感を得られる!ってことかな……?僕の苦手な範疇だ……!」
「いやだ!女子高生が、性的な興奮で、下僕になる?『団地妻』とか、『ヤクザ』とかの映画ならともかく……」
と、リサは最近流行(はやり)の映画のポスターを思い浮かべながら言った。
「ヤクザ?確か、誰かの従兄弟にヤクザのタマゴがいる!って言わなかったか?」
ヒロがその言葉尻を捕らえて尋ねる。
「ええ、チエって娘の話の中に、噂としては、ね……」
リサは、ヒロに合宿に参加している生徒の情報を前回の会話の際に話していたのだ。もちろん、チエのことも……。
「その娘、売春とか、大麻を売っている!とかの話もあったよね……?」
「まあ、ミホが言ってた、噂話だよ!」
「大麻を使えば……、下僕になるくらいの快感か、快楽が……、得られるかも、しれない、よね……?」
「ヒロさん!大麻って、麻薬でしょう?そんなものが、学校内に持ち込まれるわけがないわ!定期的に『持ち物検査』をしているし……」
「学校外なら……あるかもしれないよね?噂話だ!としても、ミホさんが、『大麻』と言ったんだろう?『薬(ヤク)』とか『アンパン』じゃなくて……。だから、それにチエやカンナ……、いや、ユイカに明石先生も絡んでいたら……」
「口封じをする!ってこと……?」
「そうさ!『名・探偵助手のリサ』に尻尾を掴まれないうちに、ね……」
「わたしの所為……?なのか……」
16
「ちょっと、噂話を聞き取りしているだよ……!『誰かと誰かがいい仲』だとか、『誰かが変なことをしている』とか……、何でもいいんだ!」
ヒロが女子生徒に質問している。アキとカンナのあとは、ミッチとヒロコ、トッコにミホと続いた。
「チエの噂を話したわね……」
と、リサが感想を述べた。
生徒たちへの聞き取りは、夜間でもあり、短時間で行うよう梅本に言われていた。
「ミホさん以外は、売春の噂だけ……。ミホさんだけが、大麻の噂をしたね……。それより、トッコさんの噂話には、驚いたよ!体育教師の藤堂康介先生が、リサさんに惚れ込んで、恋人との噂があったキャサリン先生と、ひと悶着あった!って……?トッコさんは、新体操部だから、体操部の顧問の藤堂先生の行動は、よく眼につくらしいね……?」
「イヤだぁ~!噂よ!体育の授業で、わたしがちょっと遣りすぎて、驚かせちゃったのよ!オリンピック選手並のワザをお目にかけたから……。それで、インターハイは間に合わなかったけど、国体には間に合う!指導させてくれ!オリンピックを目指そう!って言い始めたのよ!キッパリとお断りしたわよ!ただ、まだ、諦めていないみたいで……、それで、噂になったと思うわ……」
「それとも、トッコさんが藤堂先生のことが好きで、キャサリン先生との仲を壊す目的で、噂を広めたのかな……?」
「トッコが藤堂先生を……?あり得なくは、ないわね……。でも、藤堂先生とキャサリン先生が仲違いしている、とは思えないわよ!フーテンが事件発生前に、ふたりが熱い抱擁とフレンチ・キッスをしているところを目撃しているんだから……」
「なるほど、先生たちにも、カップルが出来ているんだね?」
「そう、梅本先生と吉永先生……」
「では、残った明石先生と川村先生は、どうなっているのかな……?」
「ふたりにそんな感じはないわね……」
「ところで、生徒六人に聞き取りをしたんだけど、ひとり、ヒロコさんは、何も話さなかったね……?まったく、事件には興味がない!って感じだったけど……、彼女はどんな立場で、どんな性格なのかな?部活とか、は……?」
「彼女は、B組の優等生よ!部活は、していないわね……。あまり詳しくは知らないけど……。ヒロさん、ヒロコが気になるの……?」
「B組で合宿に参加しているのは、彼女とアキさんだけだろう?アキさんは、カンナさんのボディーガードだから、彼女はひとり孤立している、って思ったんだ!レイカさんとよく似たタイプだよね?眼鏡をかけているけど、外すと美人だ!僕の幼なじみのルミに似ているね……、日本的な美人だね……」
「ルミさんって、マサと同期の『ミステリー同好会』の会長でしょう?小野小町風の美人だそうね……?ははぁ~ん!ヒロさん、ああいうのが、好みなんだ……?」
「残念!僕の好みは、可愛いタイプだよ!リサさんは、モロ、タイプだな!でも、僕には、彼女がいるから……」
「ああ、マサから訊いたことがあるよ!ヒロさんの勘違いの『ラブレター事件』のことは、ね……。それより、ヒロコが無関心なのは、彼女は成績、勉強のほうに集中しているんだと思うよ!レイカより、学年で成績優秀だそうだから、この合宿で、受験勉強に加速をつけたかったのに、停電と事件で、集中授業が中止になった。そっちのほうが気がかりなんだろう、ね……」
「なるほど、合宿の本来の目的は、まったく達成できていないから、ね……。さて、生徒の残りは……?」
「レイカとハルは、わたしが訊けるから、チエとユメコよ!ユメコは、ちょっと無理かな……?チエを単独で来てもらう?」
「先に先生がたの聞き取りをしようか……?チエの担任は梅本先生。副担任が藤堂先生だったね?チエの情報をまず、ふたりに尋ねてみよう!」
「ヒロさんは、チエが怪しい!と思っているの?」
「怪しい?というか、得体がしれない!っていうか……?噂が本当なら、事件と何か関わりがありそうだよね……?」
「確かに!チエがこの合宿のメンバーに選ばれた理由も知りたいわね……。人選に犯人の計画が大いに反映している!としたなら、とくに、ね……」
※
「チエが、この合宿に選ばれた理由?それは、更正が目的だな?アキとハルとチエがその対象だ!」
と梅本が言った。
「ハルが更正の対象?」
「あの娘は、更生というか、気が弱くて、悪い輩に遣われるんだ!だから『幸福の手紙』を広めたり、キミコやエリに脅かされて、悪事を手伝っていた!まだ、確実ではないが、チエが行っている『売春』に手を貸しているんじゃないか?との疑いもあるんだよ……!」
「ハルが、売春に?まさか……!」
「売春をしているわけじゃないよ!チエのアリバイ造りに協力、というか、利用されているようなんだ!チエが売春の斡旋をしているのは、ほぼ、間違いないんだが、アリバイがあったりして、確定できない!ハルがチエの身代わりになっている可能性があるんだよ……」
「そういえば、チエとハルは、体型が似ている……?」
「ふたりは、又従姉妹に当たるんだよ!ふたり、ひと役をしている可能性があるんだが、我々は警察ではないから……、調査には限界があるんだ……」
そう言って、梅本は、フッとため息をついた。
「梅本先生!去年までは、合宿に参加するのは、優秀な成績の生徒だけ、だったそうですが?それが今年変更になった理由は?誰かのご意向なんですか?」
と、ヒロが尋ねる。
「ああ、職員会議でね……、高梨先生や山元先生、ほかにも何人かが関わった不祥事があったから、生徒の更正の場に合宿を利用しようという意見が出てね……、理事長に打診したら、是非、そうしなさい!ってことになったんだよ……」
「それで、人選は?」
「三年生のクラス担任が、それぞれクラスの問題児を選出して、六人を選んだ……」
「あとの三人、ミホとユメコとカンナも問題児なんですか?」
「ミホとユメコは、出席日数が足りないのを、是正するためだ!カンナは、問題児というより、影響力がある生徒なので参加させたようだ……、クラスメートだから、チエとの関係もあるんじゃないかと、疑わしく思われて、ね……」
「その『更正』って、具体的にどういう形で行うつもりでしたか?」
「まず、藤堂先生が、スパルタ式で、身体を鍛える!三人の女性教師が、モラルの指導。座禅や滝行も予定していた!つまり、身心共に鍛え直す!ってことだよ!」
「あらあら、台風が来なかったら、彼女たち、大変な目にあっていたのね……」
と、リサは事件と関係のない感想を述べる。
「それで、チエが売春の斡旋をしているのは、ほぼ、間違いないんですね?では、大麻を売っている!とか、使っているという噂は、どうですか?信憑性がある噂なのでしょうか……?」
と、ヒロが事件に関わる質問を再開する。
「大麻?そんな話は、聞いていないが……?噂があるのかね……?」
「いや、ちょっと確認しただけです!最後にひとつ……。売春を斡旋しているなら、実際身体を提供している女性と、買春をしている男がいるはずですよね?その女と男とは、学園の関係者なのですか……?」
「い、いや……、それも確認が出来ていないんだ……」
「可能性は……?高い?ってことですね……?」
17
「ハルとミホが話していた、『パイ』は、『オッパイ』のパイ!『バイ』は、『売春』のバイだったのね……」
と、梅本が会議室を出ていったあと、リサが呟くように言った。
「梅本先生は、買ったほうの男に、心当たりがありそうだね……?」
と、ヒロが梅本との会話の中で感じたことを伝えた。
「たぶん、高梨先生は、そのひとりよ……!もしかしたら、梅本先生自身も経験者かも、ね……?」
「明石先生も……だろう?」
「そう!次に聞き取りを行う、藤堂先生も怪しいわ!ね……?」
「つまり、この合宿の人選は、生徒だけじゃなく、先生の選択にも、犯人の思惑が反映している!ってことか……?」
「としたら、女性の先生たちも……、怪しいってことになるわよ……」
「誰が関係者で、何の関わりのない人間がいるのかさえ、わからなくなったね……」
「全員、関係者と思って調べるしかないわね……。わたしとヒロさん以外は……」
そうリサとヒロが話していると、会議室のドアが小さく開いて、
「姉御!どうも様子が変ですぜ!」
と、暗闇に瞳を光らせたトラ猫が人語で話しかけた。
「おや?フーテン、何が変なんだい?」
と、リサが尋ねた時、
「た、大変だ!と、藤堂先生が……!」
と、梅本が会議室のドアが壊れそうなくらい、激しい勢いで、部屋に飛び込んできた。フーテンはそのドアの隙間から、廊下に飛び出していた。
「先生!藤堂先生がどうしたんです?」
と、リサが訊いた。
「明石先生が死んでいた部屋で……、死んでいる……」
と、梅本は怯えるように言った。
「えっ?キャサリン先生が使っていた部屋で……?鍵をかけて、出入り禁止にしていたはずですよね……?」
「リサさん!とりあえず、その部屋へ行こう!死体を見つけた状況は、その場で確認すればいい!」
と言って、ヒロは懐中電灯を手に、会議室を出た。
(やっぱり、マサより、ヒロさんのほうが、頼りになるかも……)
※
「頸の頸動脈を鋭い刃物で斬られている……」
「その前に、後頭部を鈍器で殴られているわ!明石先生と同じね……」
血に染まった床に仰向けになった体育教師の死体を眺めながら、ヒロとリサが呟いた。
「それより、明石先生の遺体は、どうしたんだ?殺人現場を保存するため、死体もそのままで、部屋に鍵をかけたはずだよね?」
ヒロが疑問に感じるのも無理はない。その部屋にあるはずの明石の死体がなくなっているのだ。その明石の死体の代わりに、藤堂の死体がある!という状況なのだった。
「誰かが、処分した!ってことよ、ね……?ユイカの時と同じ……?」
「まさか!明石先生が生き替えった?わけないよね……?あの死体がお芝居だった、とは考えられないよ……!」
「誰が死体を処分したの?いくら、停電中だとしても、よ!成人男性の死体を、簡単に運び出せる?外は、まだ雨がひどいのよ……?」
「なら、この建物の何処かに、死体を隠したんだろうね……?」
「何のために?そんなリスクを冒してまで、死体を隠す必要があるの……?」
「さあ?犯人の都合なんだろうけど、僕には、想像できないなぁ……。ひょっとしたら、『名・探偵助手のリサ』に、死体をじっくりと眺められたら、犯人の正体がバレる!とでも考えたのかな?ほら、リサさんは、金庫破りや、下着泥棒を現場をひと目見ただけで見破ったそうだから……」
(えっ?それは、リズの超能力を使ったからよ……。それを知っているのは、オトとリョウ……?大森のおばあちゃん……?)
「ヒロさん!それ、誰からの情報なの?」
「もちろん、大森清子さんからの情報さ!僕が探偵役に決まった時に、大森さんがリサさんのことを褒めまくって、とにかく、リサさんの能力を信用して、協力して欲しい!ってことだったんだよ……!」
(やっぱり、大森のおばあちゃんか……。としたら、校長先生や理事長さんにも、伝わっているのかも、ね……)
18
「リサ!わたし、見ちゃったのよ……!」
藤堂先生の遺体をそのままにして、部屋に鍵を掛けて、リサとヒロは会議室に帰ってきた。その扉の前にヒロコが立っていて、リサの袖を引きながら、そう言った。
「見ちゃった?ヒロコ、何を見ちゃったの?」
そうリサが問いかけて、そのあと、周りに視線を送り、
「とりあえず、部屋に入りましょう!」
と、ヒロコとヒロを会議室に招き入れた。
「わたし、さっき、この部屋を出て、トイレに行きたくなって、ミッチと別れたの……。トイレから出てきた時、藤堂先生が廊下を歩いていたの……」
「藤堂先生が?どっちに向かってだね?」
と、ヒロが尋ねる。
「先生たちが泊まっていた部屋のほうへ……」
「ひとりで……、かい?」
「いえ!もうひとりいたわ!藤堂先生より、前を歩いていたから、顔は見えなかったけど……、藤堂先生の持っていた懐中電灯の光で、背中側が見えたの……。金色の髪が……」
「金色の髪?つ、つまり、キャサリン先生ってことか……?」
と、ヒロが顎髭を撫でながら、呟くように言った。
「待って!ヒロコ、そのふたりは、それから何処かの部屋に入ったの?」
リサが、言葉の途切れたヒロコに追求の問いかけをする。
「知らないわ!わたし、ミッチたちのいる部屋へ、急いで戻ったから……」
「わかったわ!ヒロコ、このことは、誰にも喋っては、いけないわよ!まずは、キャサリン先生に尋ねてみましょう。キャサリン先生は?ユメコの部屋にいるはずよ、ね……?」
※
「わたしは、ずっとこの部屋にいたわよ!そうね……、川村先生が、明石先生が殺された!って知らせてくれたあとは、誰にも会っていないわ……」
ユメコの寝ている部屋は、生徒たちの部屋の一番奥。リサとヒロは、ヒロコを部屋に帰して、その部屋を訪ねた。
キャサリン先生は、ユメコの眠っている二段ベッドの側のテーブルに、座椅子を置いて座っていた。
「ユメコは?ずっと眠ったままですか?」
と、リサが尋ねる。
「ええ、川村先生が熱冷ましを飲ませたわ……。睡眠効果と安定剤の効果もある『お薬』みたいね……。それで?また、何か事件があったの?」
キャサリン先生の質問にヒロが藤堂先生の死体が見つかったことを伝えた。
「えっ!康介が……?」
と、彼女は驚愕の声をあげた。
「先生はずっとこの部屋にいたのですね?トイレとか、外に出ませんでしたか?」
ヒロが探偵役となって、聞き取り調査を開始した。
「トイレには、一度いったわ……。でも、数分間よ!」
「何か、異変に気づきませんでしたか?誰かの姿を見た!とか……?」
「川村先生が廊下にいたから、トイレに行くから、ユメコのことを頼んで……、それだけよ……」
と、彼女は他に誰にも会わず、異変も感じなかったことを伝えた。
「先生!藤堂先生が殺されたことについて、その……、誰かに恨みを買っていた!とか、金銭、または、女性問題で、揉めていた!なんてことはなかったですか?」
「恨み?揉め事?何でわたしに訊くの?彼とは、単なる、職場仲間よ……?」
「おふたりは、恋愛関係ではなかったのですか?」
「はあ?わたしと康介が……?誰かがそんな噂をしているの?」
「い、いや!噂というか……、おふたりが、抱擁しているシーンを見た!という話がありまして……」
「あり得ないわ!わたしは、『面クイ』なのよ!それに、お付き合いしている別の方がいるのよ!康介とは、無理ね……」
(おやおや……、それじゃ、フーテンが見たキスシーンは……?)
19
「川村先生に確認したら、明石先生が殺されたことをキャサリン先生に伝えに行った後、廊下に出てすぐに、キャサリン先生がトイレに行くから、と声をかけてきたそうだ。数分で帰ってきたというから、キャサリン先生の話に嘘はないね……」
食堂脇のテーブルに座っていたリサに、ヒロが川村先生の証言を伝えた。
「ヒロさん、どう思う?フーテンが温泉施設の陰で金髪の女性と藤堂先生の濃厚なキスシーンを見た!っていうのよ……。それがキャサリン先生でないなら、今回のヒロコが見た『金髪の女性』も……」
「そう考えるべきだな!金髪なんて、カツラをかぶれば、誰でも変身が可能だから、ね……」
「つまり、黒髪の……、先生でも、生徒でも、よね……?」
「そうだね……、生徒じゃないことを祈りたいけどね……。容疑者が絞り込めない状況には、変わりがない!か……」
「でも、不思議過ぎるわ!さっきも話したけど、死体がふたつも消えてしまったのよ!ユイカは、死んでいなかった可能性もあるけど、明石先生は、確実に死んでいたわよね……?いくら停電で、暗闇が多い状況とはいえ、死体を移動させるなんて、不可能に近いし、やっぱり、意味がわからないわ……」
「これは、仮説だけどね……。あの死体があった部屋に、秘密の通路があって、ドアを使うことなく、死体を移動することができた……!っていうのは、どうかな?」
「あっ!それって、アリかも……?」
「と、したら、犯人は、この別荘のことに詳しい人物になるよね……?」
「別荘に詳しい人物?持ち主の理事長さん?」
「もちろん、そうだけど、ここにいる人間の中だと……」
「管理人夫婦……?」
「まあ、夜も更けたし、みんな就寝したようだ!続きは、明日にしよう……」
※
「秘密の通路?ハハハ、そんなもの、この別荘にはありませんよ!それより、雨が上がったら、周りの状況を確認して、最寄りの派出所まで連絡に行く必要がありますよ!誰が行くのかな?男の先生は、梅本先生だけになったんですよ、ね……?」
翌朝、厨房にいる杉作に、ヒロがストレートに質問して、その答えが返ってきたのだ。
(秘密の通路はない!か……、嘘ではなさそうね……)
リサはほんの少し、読心術を使って、杉作の頭の中を覗いてみた。
(あれ?わたしを見て、警戒心を抱いているわ……。隠したいことがあるの……?)
覗きを終える瞬間に、杉作の頭の中に違和感をリサは感じたのだ。
(何か……?庭?土砂崩れを心配しているの……?)
リサのテレパシー能力の、ほんの片隅に、杉作の頭に浮かんだ景色が見えた。
杉作が背中を向け、厨房の手伝いに戻る。
「ヒロさん!ちょっと外の様子を見に行きましょう!」
と、リサは言って玄関に向かう。台風は夜中に通りすぎて、雨も小降りになってきているが、まだ朝の光はほの暗い。
「まだ、麓の警察に行くのは無理だよ!」
と、足早に廊下を進むリサの背中にヒロが声をかけた。
「違うよ!ちょっと確認したいことがあるのよ!」
リサは下駄箱でスニーカーに履き替えると、閂(かんぬき)がかかっていた玄関のガラス戸を開いて、表に飛び出した。
建物に沿って、裏側の温泉施設との境に向かう。そこは、山の斜面に近く、土砂崩れが発生している場所だった。
「ひどいね!温泉施設に土砂が押し寄せて、建物が半壊している……。僕が泊まった物置小屋もほぼ全壊だ……」
と、リサの背中からヒロが言った。
「物置小屋の隣に、ビニールハウスがあったのね?」
リサがバラバラに壊れたハウスの骨組みと、風に揺れているビニールの切れ端を指さしながら言った。
「そういえば、あまり大きくないハウスがあったなぁ……。家庭菜園でも、していたのかね……?」
と、ヒロが物置小屋に案内された場面を思い返しながら言った。
リサはヒロの言葉に応えず、ハウスの骨組みのある場所に近づくと、地面に埋もれかけている赤い花をつけた植物の茎を拾いあげた。
「この花は?芥子……?」
リサが赤い花をヒロに見せる。ヒロはリサの足元から長く伸びている、葉っぱが七枚に分かれた──『天狗の団扇』を思い浮かべる──緑の植物に視線を向けて、呟いた。
「こ、ここに生えているのは……?ひょっとして、大麻草……?」
20
「フーテン!この赤い花と葉っぱ、それと、この手紙をオトに届けるんだ!もう、わたしたち素人探偵には、手に負えない事件だよ!マサの父親か、知り合いの北村刑事に頼むしかないからね……」
別荘の会議室に戻って、リサはノートのページを破り、ペンを走らせた。その手紙を庭で採取した植物と一緒にビニール袋に入れ、オトに届けるようトラ猫のフーテンに命じたのだ。
庭で見つけた植物は、芥子の花だ。ただ、栽培が禁止されているものなのか?あるいは、ポピーの一種で栽培が許されているものなのか?は、ヒロにもわからない。ましてや、大麻草かもしれない植物も麻の一種なのかも?くらいしか、ヒロには知識がなかった。しかし、いずれも、麻薬の原料になるかもしれない植物なのだ。専門家に確認するしかなかった。
「ガッテン、承知ノ介!」
と、トラ猫が時代劇のようなセリフを喋った。
「しかし、何十キロも離れた場所へ猫が手紙を届けられるのかい?電話回線が復旧するのを持つほうが早くないかい……?」
と、ヒロが言った。
「ケッ!何言ってやがる!『狐の秘術(=テレポート)』で、ひとっ飛びだぜ!」
「キツネのヒジュツ?」
「フーテン!要らぬ無駄話はいいから、跳んでおゆき!」
リサがそういうと、フーテンは袋を咥えて、ヒロの眼の前から姿を消した。
「き、消えた……?ドアも閉まったままなのに……」
「あいつは、特別な猫なのよ!忍犬ならぬ、忍猫よ!」
リサは自身のテレポート能力を隠して、フーテンの忍(しのび)の秘術だと説明した。
「まあ、人語を喋るから、ただの野良猫じゃないことは、わかるけど……、まるで、テレポートをしたようだった……。超能力を持った猫……、『エスパー・キャット』なのか……?」
(あらあら、ミステリーマニアなのに、非現実な『S F・ファンタジー』も、受け入れるのね……)
※
「イテェ……!姉御も、いくら緊急だからって、もう少し着地の場所を選んでもらいたいぜ!」
オトとリョウが朝食を摂りながら、テレビのローカルニュースを視聴していると、土間に小さな渦巻きとともに、大きなトラ猫が現れ、上がり框に身体をぶっつけた。
「おや?リョウ!何か言ったかい……?どこかに膝でもぶっつけたのかい……?」
オトやリョウがフーテンに声をかける前に、先に食事を済ませて、後片付けをしていたふたりの祖母がそう尋ねた。
「アッ!ちゃぶ台に……、足を……、ね」
と、リョウは咄嗟にごまかしのセリフを口にした。
「大丈夫かい?おや?トラちゃん(=フーテン)!来てたのかい?最近顔を見せないから、心配していたんだよ!保健所にでも連れていかれたんじゃないか?って……。お腹、空いているんだろう?すぐに、鰹節かけ御飯を用意してあげるよ……!」
土間にいるフーテンを見つけて、祖母はそう言うと、御櫃の中の暖かい御飯を鉢に盛り、鰹節をたっぷりかけて、フーテンの前に置いた。
「さあ、ゆっくり、お食べよ!台風でろくなものも食べてなかっただろう?」
祖母はそう言って、フーテンの大きな頭を撫でた。
「なんていい婆さんだ!涙が出てくるぜ!」
ムシャムシャと、鰹節かけ御飯を食べながら、フーテンが独り言のような言葉を発する。
「フーテン、その優しいおばあさんの心臓に悪いから、人語を話す時は周りを気にしてね……」
「おっと!クイン(=オト)の言うとおりだ!婆さんには長生きしてもらわねぇと……。姉御がリサのままだから、猫語よりも人の言葉を喋るほうが多くてな……」
「まさか、ヒロさんの前で喋ってないでしょうね?」
「で、大丈夫(でぇじょうぶ)だよ!ヒロって奴は、口が固そうだから……」
「やっぱり……」
「それより、台風はどうだったの?ほら、ニュースであっちのほうでも、被害が出ている!って……。停電が発生しているし、道路もあちこちで通行できなくなっている!って言っているよ……。まあ、他にも被害が出ている地域があるから、ほとんど民家のないあの辺りは、復旧は後回しだろうけど……?」
と、リョウがテレビの画面を見ながら尋ねた。
「そうだった!飯を喰っている場合じゃなかった!姉御から緊急連絡だ!こいつを預かってきたんだよ!」
と、言って、フーテンは土間に落ちていたビニール袋を咥えてオトの前に差し出した。
「何?赤いお花のプレゼント……?」
「バカ言ってんじゃねぇぜ!そいつは麻薬の原料になる植物かもしれねぇんだ!しかも、殺人まで起こったのに、台風で、電話は使えねぇし、道路も通れねぇ!連絡手段は、『狐の秘術』しかなかったんだよ!」
「麻薬に殺人?女子校の合宿で……?」
「姉貴!声が大きいよ!リズさんは超能力を封印しているんだろう?本来なら、僕かスターシャにテレパシーを送るはずなのに、ヒロさんが一緒だから、それはまずいし……。ほら、手紙が入っているよ!先ずは、それを読んでからだよ……!」
21
「おや?サンシロウにキチヤも一緒かい?フーテン、ご苦労だったね……」
その日の夕刻近く、停電が続いている別荘の食堂脇の休憩室に、リサはひとりテーブルでお茶を飲んでいる。そこにフーテンと二匹の猫が現れたのだ。オトの家からテレポートしてきたのは、三毛猫のサンシロウの能力だ。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ!リズの女子高生もなかなか板についてきたのう……。超能力をほぼ封印して、事件を解決するのは、大変じゃろう……?まあ、『化け猫』相手では、助手がフーテンだけでは……、と思って、助太刀に来たぞ……!」
「化け猫相手?キチエモン!それはどういう意味だい……?」
若いキジトラのキチヤに憑依しているキチヤの曾祖父、キチエモンの言葉に対してリサは、そう問いかけた。
「やはり、気づいてなかったか?スターシャが言(ゆ)うには、この別荘に、化け猫が居るそうじゃ!黒猫が二匹!背中に白い毛で、トランプのハートとスペードに似た模様のある猫じゃそうな……」
「黒猫が二匹?ハートとスペードの模様?それは、フィリックスの姉と弟のクロエとブラッドのことかい……?」
「名前までは、スターシャにはわからない……!じゃが、そんな化け猫が、この世にそう何匹も居るとも、思えんが……?」
「クロエとブラッド……、地球外生命体のスカラのエネルギーで『超能力』を手に入れたんだったね……。フィリックス同様に催眠術で、人を操る能力があったっけ……?」
「それは、リズがまだリサには、なれなかった頃のこと……。奴らもその能力を高めているかもしれんのう……」
「姉御!フィリックスの姉弟が悪さをしているなら、俺が懲らしめてやりますよ!それより、クイン(=オト)からの伝言を聞いてくださいよ……!」
と、フーテンがリサとキチエモンの会話に割り込む。
「そうだったね!オトからの伝言を訊こうじゃないか……」
「まず、姉御の恋人の北村って刑事に連絡して、ここの状況を伝えました。電話が一瞬通じた!ってことにして、殺人と土砂崩れが起きている!ってことだけ伝わって途切れた……と、ね……」
「なるほど!ここの状況をどうやって知り得たか?説明するのに、電話が一瞬だけ通じて、また切れたことにしたのか……。さすが、オトだね!」
「まあ、ゾロ(=リョウ)に言わせると、いつもの『ミステリーなら、こうなったら面白い!』って発想だそうですが、ね……」
「それより、さっき、北村刑事のことを『わたしの恋人!』って言わなかったかい?なんであいつがわたしの恋人なんだよ!」
「姉御は、あいつと『ラブホ』ってところへ入ったじゃないですか?まあ、トランプをしていただけですけど……。クインに言わすと、まったく好きでもない異性とは、仕事でもそんなところには、絶対入らない!って……。姉御はまあ、どうでも、北村って野郎は、姉御にベタ惚れですぜ!電話で状況を伝えたら、かなり焦って、空を飛んで行きそうでしたぜ!ヘリコプターを用意する!って……。まあ、ヘリは、他にも被害が出ている地域に使われていて、予備はないようですが、ね……」
「ああ、北村さんなら、無理矢理でも、チャーターしそうだね……」
「それと、例の花と葉っぱですが……、マサの大学の専門家に見せたところ、間違いなく、栽培が禁止されている『芥子』と『大麻草』だそうです。麻薬の原料になるそうで……。ただ、栽培しているから、麻薬を作っている!とは限らない、って言ってました……」
「チエが大麻を売っている!って噂と、あの大麻草が関係しているのかもしれないねぇ……。チエの従兄っていうチンピラのことや、ここの管理人の身元調査には、まだ時間がかかるだろうから、北村刑事さんが来るのは、明日かな……?」
※
「道は完全に土砂と倒木で、塞がれている。まだ、山肌から、水が溢れている場所もあって、土砂崩れが起きる可能性もあるね……。電柱が倒れて、電線が切れている場所もあったし……」
「じゃあ、当面は、ここに籠城!ってことね……?」
夕食の時間近くになって、周りの状況を調べに行っていたヒロが帰ってきて、食堂の片隅でリサに調査結果を話している。
「フーテンは、オトちゃんのところへ着いたのかなぁ……。オトちゃんから、警察に連絡してもらうしか手がないようだ……」
「ふふ、フーテンは、帰ってきたわよ!知り合いの刑事さんに連絡がついたようよ!ただし、警察も他の地域の被災で、ここを優先してもらえるかどうか……」
「へぇ~!もう往復できたのか?流石、忍び猫だね!」
「それと、例の芥子の花と大麻草も専門家の鑑定結果を報せてくれたわ!間違いなく、麻薬の原料になる、栽培禁止の植物ですって……!」
「そっちの鑑定も済ましたのか……?で?先生や生徒たちは?そろそろ、夕食の時間だろう……?」
周りに視線を向けながら、ヒロが尋ねた。生徒も先生も姿が見えない。
「それが、梅本先生が、過労と寝不足で倒れちゃって……。生徒の中にも体調が悪い娘が何人かいて、ね……。三人の女史が看病中……!食糧も残りが不安な状況らしいわ……」
と、リサが現在の状況を説明した。
「なるほど、この二日間、まともに睡眠時間をとれていない娘が多いから、ねぇ……」
「熟睡しているのは、ユメコくらいよ!」
そういえば、ユメコが起きたところをリサは見ていない。食事はお粥のようなものをキャサリン先生が部屋へ運んでいたようだ。
「リサさんは、大丈夫かい?」
「ええ、昨夜(ゆうべ)は熟睡していたし、今はアドレナリンが半端ないから……!ヒロさんは?少し、横になったら?探偵の仕事は、警察が到着してからになりそうよ……!」
「見張りをしなくて、大丈夫かい?連続殺人の、まだ続きがあるかもしれないよ……」
「見張りは大丈夫よ!フーテンの仲間たちが、暗闇の中で眼を光らせているから……」
「フーテンの仲間?エスパーキャットがまだいるのかい?」
「ええ!ただし、敵側にも、二匹ほど……、いるみたいだけど、ね……」
「敵側?つまり、犯人は、猫を使っている……?そうか!ハルくんが見た、ハートの模様がある、黒猫のことだね?」
「そう……、そいつは、メス猫!厄介な黒猫がもう一匹。スペードの模様のオス猫が、ね……」
22
「ユメコの具合が悪い?じゃあ、川村先生に相談して、また熱冷ましの薬を飲ませたらどうかな……?僕も体調が悪くてね……、とても生徒の面倒を見ている余裕がないんだ!」
男性教師の最後のひとりとなった梅本太郎は、ひとりの部屋で遅い夕食を、やっと食べ終えたところだった。夕食といっても、おにぎりと漬物だけだったが……。
「川村先生も、ずっと徹夜状態で、今、やっと寝たところなんですよ!吉永先生は、吐き気と頭痛でダウンしてしまったし、梅本先生は今回の合宿の責任者でしょう?頑張って、薬をユメコに飲ませてください!今、ユメコはトイレに行っているんです。そこで気分が悪くなって……」
「元気な生徒はいないのかね?リサ君は、手伝ってもらえないのか……?」
「生徒には、頼めませんよ!みんな、疲労困憊なんですから……」
「わかったよ!君も一緒に来てくれるんだろうね?熱冷ましは、僕も貰ったから、間に合うよ……」
と、梅本は、だるい身体を無理して立ち上がり、部屋をあとにした。
停電が続いているため、廊下の照明はない。水力利用の自家発電にも、限界があるようだ。懐中電灯の光を頼りに、食堂脇のトイレに向かう。
「ユメコ君!大丈夫かい……?」
女子トイレのドアを少し開けながら、梅本が声をかけた。その時、彼の後頭部に衝撃の鈍い音がして、彼は声を飲み込んだまま、トイレのドアの前に倒れていった。
彼の背中に立っていた人物の右手にカミソリの刃がキラリと光った。
「これで、ひとまず目的は完了だ……」
右手のカミソリが、倒れている梅本の顔に迫る。
「ギャア~!」
その右手の親指の付け根に衝撃と痛みが走り、彼女は悲鳴を上げ、カミソリを落とした。
「フーテン!ご苦労様……!キャサリン先生!そこまでですよ……。いや、キャサリン先生じゃなくて、どうやら、化け猫のようだね……?もう一匹は、ユメコに変身しているんだね……?」
※
「化け猫?なんの噺なの?リサさん……。まあ、お伽噺なんてどうでもいいけど、邪魔はしないで頂戴。あなたには、関係ないことよ!この梅本も、明石も、藤堂も、ゲスの極みよ!殺されて当然の野郎どもなのよ……!」
「まあ、三人の男性教師がどんな悪さをしたかは、知らないよ!言葉にできないほどのイヤらしいことだってことは、想像できるけど、ね……。ただ、なんで、キャサリンに化けているんだい?クロエの姐さんが、さ……?」
「な、なんだって……?そ、そのクロエ、って名前を……、どうして……?」
と、ブロンドの髪の女性が大いに動揺し始めた。
「クロエのことかい?猫屋敷に生まれたクロウとシズカの子供がクロベー。そいつに三人の子供ができた。姉がクロエ。真ん中がフィリックス。末弟がブラッド。黒猫三兄弟だそうだね?地球外生命体、我々は『スカラ』と呼んでいる宇宙猫のエネルギーで、超能力を得たようだ……。だから、一種の化け猫さ……!」
「猫屋敷のことから、黄金虫に乗っていた不思議な猫に似た生き物のことまで知っているのか……?いったい、お前は何者なんだ……!」
「おや?ご挨拶だねぇ……、わたしを知らない、とは……。この猫なら、ご存知だろう?あんたが父親の名前で呼ばれていた時に会っているはずさ……」
リサの言葉に、視線を足元に向けると、その闇の中から、大きなトラ猫が顔を見せた。
「姉御!こいつが本当にクロエって黒猫なんですか?猫の匂いがしませんぜ……!」
「人間の女性は、化粧とか香水の匂いがきついから、ね……。それ以上に、変身能力が優れているのさ……」
「人間の言葉を喋るトラ猫……?ま、まさか……、その猫が『姉御』と呼ぶのは……シャム猫のリズ……?」
「ふふ、その問いには、答えられないねぇ……。ご想像にお任せ、だよ……!」
「ヤバい!ブラッド!跳ぶよ!」
ブロンドの髪の女性が、トイレのほうに向かって怒鳴った。それと同時に、女性の姿が消えて、一瞬リサの懐中電灯の光の中に、白いハートマークの黒猫の姿が写った。
「姉御!あいつも『狐の秘術』が使えるみたいですぜ……!逃げられましたぜ!」
「ふふ、テレポートってやつは、到着地点をきちんと決めてから跳ぶんだよ!あいつら、慌てて自分の能力で跳んだつもりだろうけど、わたしの能力で、着地地点をこっちで決めてやったのさ……!」
「何処へ跳んだんです?」
「前にお前が跳ばされた場所さ!猫屋敷の檻の中……。ただし、お前の入った檻じゃない。宇宙猫のプリンスが作った、超能力を遮断する、特別な檻の中に、ね……」
23
「それで?事件は解決したの?」
翌日の夕刻、シャム猫のリズが鰹節の欠片(かけら)を、トラ猫のフーテンは鰹節かけの御飯を食べている。もちろん場所は、オトとリョウの姉弟が住む家のいつものテレビとちゃぶ台がある部屋だ。
「まあ、殺人を企てた、クロエとブラッドはプリンスの作った檻に捕まえたから、連続殺人事件は、終結よね……」
と、オトの問いにリズが答えた。
「よくわからないなぁ!なんで、クロエとブラッドが、K女子校の若い男性教師を殺害したんだ……?動機とか、目的とかは解明できたのかい?」
と、リョウがテレビのニュースを途中で消して、リズに尋ねた。ニュースでは、K女子校の合宿施設から、ヘリコプターによる、生徒、先生の救出劇が流されていたのだ。
「まだ、詳しい事件の解明はできていないのよ!今朝、ヘリコプターが飛んできて、血相を変えた北村刑事さんが、わたしの無事を確認したら、事件のことは、ヒロさんに訊くから、すぐに病院へ……!ってことになったのよ。まあ、病気に近い先生や生徒がいたから、ヘリコプターで救出できて良かったんだけど、ね……。殺人現場の調査にも立ち合えないままよ!結局、死体は見つからずの状況らしいわ……」
「死体が見つからず?つまり、ユイカさん、明石先生だけじゃなく、藤堂先生の死体も消え失せた!ってことかい?」
「そう、だから、北村刑事が把握した事件は、梅本先生の後頭部を殴って気絶をさせた『傷害事件』と、芥子と大麻草の『不法栽培』だけみたいよ……」
「まあ、死体はクロエっていう超能力猫が、テレポート能力を使って、何処かへ移動させたのよ、ね……?でも、さっきリョウが言ってた、動機、目的は謎だわ、ね……。誰かが、クロエを遣って殺人をやらせた……ってことかしら……?黒幕がいる!って気がするよ、ねぇ……?」
「それって、やっぱり、わたしが解決しないといけないことなの?わたしは、探偵の依頼は受けてないのよ……!」
「大森のおばあさんから依頼を受けたのは、マサさんで、マサさんの代理がヒロさんでしょう?つまり『荒俣探偵社』が依頼を受けた事件よ!『名・探偵助手のリサ』しか、この難事件は解明できそうにないわね……。ヒロさんは、明日、デートの約束があるそうだから……」
「ああぁ~!最初に小宮ミホが言ってたとおり、探偵が休暇で訪れた場所で事件に捲き込まれるパターンか……。超能力を封印したままじゃあ、自信ないよ……!」
「もう、封印を解けばいいさ!ヒロさんは、デートで忙しいから、僕が手伝うよ!夏休みの宿題は、後回しにして、ね……」
※
「スズカと待ち合わせの時間なんだよ!」
「何時に?何処で……?」
「ルノアールって喫茶店に十時……」
「ここからだと、走れば、十分ね!では、残り十五分で、刑事さんとのやり取りを訊かせてくれるかな……?」
翌日の午前九時半を過ぎた時刻。県立図書館のロビーで、ヒロとリサ、それにリョウが会話をしている。
ヒロはこれからデートなのだが、事件のあった合宿所から帰ってきたのは、朝の六時過ぎだった。ヘリコプターは、夜明けにならないと飛んでくれなかったのだ。
「北村刑事さんに訊けばいいだろう?」
「刑事さんは、まだ現場検証中!それでなくても、『死体のない殺人』と、『作られていたか、どうかわからない麻薬取締』の事件を担当しているのよ!しかも、道路は不通。電話も通じない山奥で、ね……」
「リサさん!時間が勿体ないよ!ヒロさん!簡潔に質問に答えて、ね……。まず、殺された三人の死体は見つかったの?」
「いや!藤堂先生の死体があった部屋の鍵を開けると、死体は消え失せていた。施設内と周辺を、数人の警察関係者が探索したけど、見つからなかった……。重機がないから、土砂に埋まった温泉施設の一部や物置小屋は、まだ調査ができていないけどね……」
「じゃあ、もうひとつ!ヘリコプターで救出されたメンバーの中に、キャサリン先生とユメコさんはいた?」
「えっ?変な質問だね……?リサさんも入れて、生徒は11人。先生は4人がヘリで救出されて、一旦、病院で健康状態をチェックするって、北村さんが言ってたよ……!何回かに分かれたけど、その15人は名簿で確認したはずさ……」
ヒロは、クロエがキャサリン先生に、ブラッドがユメコに変身していたことは知らない。だから、リョウの質問に違和感を覚えたのだ。
(キャサリン先生とユメコも現場にいた……?ならば、クロエはずっとキャサリン先生に変身していたわけでは、なかったのかもしれない、な……)
「ありがとう!その病院は、県立病院だよね?県警からも近いし……」
と、リョウは心の中のつぶやきを止めて、ヒロに確認をした。
「そうだね……。あれ?リサさんは?病院に行かなかったの?」
「わたしは健康状態に問題なかったから、ヘリの中で、お断りしたのよ……。一緒に搬送された、レイカとハルとミホとトッコは、念のために、検診を受けたみたいね……」
「他に質問は……?もう時間だ!」
「確認だけど……、合宿所内で、大麻とか麻薬は、なかったんだよね……?」
「僕がヘリに乗るまでは、見つかっていないね……。じゃあ、これで……」
と、ヒロは言って立ち上がる。
「デートが終わったら、僕ん家(ち)に電話してね!」
玄関に向かうヒロの背中に、リョウが声をかけた。
「明日の朝になるよ……!」
背中を向けたまま、片手を上げて、そう言うと、ヒロは図書館を出て行った。
「あいつ……!今夜も、ほぼ、徹夜状態か……?」
と、リサが独り言のように呟いた。
「ヒロさんとスズカさんは、婚約しているんだよ!久しぶりのデートだから……夜も、ね……」
「リョウ!あんたは、ルナと、そんな関係になっちゃあダメよ!婆さん同士が結婚させるって言ってても、ね……」
「まさか……!まだ、手も握ってないよ!」
「あら、あら……、そうだった、あんたは、マサに似て、『大』が付く『オクテ』だったわねぇ……」
24
「猫屋敷に監禁した、クロエとブラッドから、何か訊き出せたの?」
と、オトが尋ねた。
ヒロと別れたリサとリョウは、その足で猫屋敷へ向かった。ただし、リサは屋敷の前まで。シャム猫のリズとしては、過去に対立していた経緯を気にしているのだ。
リョウひとりで屋敷に入り、屋敷の主人の黒猫のクロウと地球外生命体の黒猫に似た居候?のプリンスに会った。今回は、事前に、クロエとブラッドを捕らえる作戦を彼らと打ち合わせていたから、訪問の挨拶もそこそこで、すぐに二匹が別々に入った檻の前に案内された。
「プリンスの力でクロエとブラッドの超能力を無力にしたんだよ……!」
と、オトの問いにリョウが答える。場所はいつもの、ちゃぶ台がある部屋だ。シャム猫のリズは、リサのまま、オトの祖母に挨拶をして、お茶を飲んでいる。トラ猫のフーテンは、何気ない様子で、毛繕いをしていた。
「つまり、普通の黒猫になっちまったから、僕の質問に答えられないんだ……。人間の言葉が喋れないし……」
「あらあら、じゃあ、事件は『闇の中』ってこと……?」
「プリンスが、能力を消し過ぎたから、少し、人語が理解できて、喋れるくらいまで復活させる!って約束してくれた……。ただし、微調整しながら、脳波を調べたりする必要があるから、二、三日かかるそうなんだよ……」
「仕方ないわね……、超能力を悪事に利用するのは、許されないことだから、ねぇ……。クロエが単独で、K女子校の教師の殺害を企てた、とは考えられない……。黒幕か、あるいは、依頼人がいる、と思うのよ……」
「まあ、いくら超能力を手に入れたからって、猫が自ら人殺しを、しかも特定の男たちを、特定の場所と時間に……、なんて、ね……」
「オト、これからどうしたらいい?黒幕を突き止める方法を考えてよ!」
と、お茶を飲みほして、湯飲みをちゃぶ台に置きながら、リサが尋ねた。
「難しいわね……。警察と協調して、捜査に介入できたらいいんだけど……、警察に、殺人犯人は黒猫です!なんて、言っても信じてもらえないし、ね……」
「その前に、殺人事件が本当に起きていたのか?警察に納得させなきゃいけないんだよ!死体がないんだから、ね……」
「金田一耕助なら、どうする?」
「待つわね……、クロエが証言できる状態になるまで……」
「ねえ、連続殺人は終わったのかな……?梅本先生は、生きているんだろう?未遂に終わったから……」
「リョウ、クロエを捕まえたから、事件は終わったんじゃないの?」
「リズ!黒幕か依頼人が、まだ生きていて、梅本先生への殺意が、まだ燃えているとしたら……、別の方法で殺害を企てる、可能性があるよ!」
「そうね!リョウの言うとおりよ!クロエは、謂わば『殺人請負人』、プロの殺し屋よ!依頼人は、次のプロを雇うか、あるいは、自らが『実行犯』になるか……」
「クイン!そいつは、またいつもの『ミステリーなら、こうなったら、面白い!』って噺じゃあねぇのか……?」
毛繕いをしていたフーテンが、会話に入ってきた。
「おや?トラちゃん!あんた、人の言葉が話せるんだね!」
突然、お盆に煎餅の入った鉢と、急須を乗せて、オトとリョウの祖母が現れた。
「ば、婆さん!訊いていたのか……?」
※
「大丈夫だよ!腰を抜かしたり、心臓が止まったりは、しないよ……!」
フーテンが人語を喋る現場を見てしまった祖母を、オトとリョウは心配して、大丈夫か?と訊いたのだ。
「薄々、感じていたんだよ!トラちゃんは賢いから、きっとわたしの言葉がわかる!って、ね……」
そう言いながら、祖母はフーテンの頭を撫でる。
「婆さん!俺は、婆さんが世の中の人間で一番好きだぜ!長生きしてくれよ……な……!」
「はいよ!トラちゃんも、ね……。そうだ!スターシャも喋るんだろう?もう、わたしに隠すことはないよ……」
と、座布団の上に丸くなっている、白猫にも声をかけた。
「実を言うと、ね……、大森さんに相談されてたんだよ!猫って人の言葉がわかって、中には、喋ることのできる猫がいるのかしら?って、ね……。ほら、ルナちゃんが最初に飼っていた黒猫、クロベーって猫は喋っていたそうだよ!今飼っているサファイアも、人の言葉が、わかるらしいよ……!だから、うちのスターシャも、その友達のトラちゃんも、喋れるんじゃないかと、思っていたんだよ……」
「おばあちゃん!こんな汚いドラ猫は、友達なんかじゃないわ!サファイアは、わたしの姉さんだけど、ね……!」
「あらあら、スターシャが喋った!かわいい声だわ!オトが幼稚園の頃の声に似ているよ……!」
「婆さん!俺も、こんなコマッシャクレた白猫とは、友達になんてなれねぇぜ!」
「あら?ふたりは、親戚じゃあないの?生まれが近いから、賢いのかと思ったよ……?トラちゃん!もう、野良猫稼業は辞めて、この家の家族にならないかい?縛られるのが、イヤなら、いつだって外に出て、いいからさ……!最近、野良猫狩りが現れて、保健所に連れていかれる猫が増えているんだよ!わたしゃあ、野良猫だって生き物なんだから、そっとしといてあげればいいと思うんだけど、ね……」
「婆さん!俺を心配してくれていたのか……?大丈夫だよ!俺は捕まったりしねぇよ!それに、俺には、守らなきゃならねぇ、姉御がいるんだ……」
「ああ、あの綺麗なシャム猫さんだね?だったら、一緒にここで暮らしたらいいよ!あの娘も賢そうだから、人の言葉が喋れるんだろう?まあ、すぐに、とは言わないよ!シャム猫さんと相談して、さ……。良ければ、いつでもおいで……。おや?お惣菜のお客さんだ……!」
玄関脇の惣菜売場に、客の呼ぶ声がして、祖母はその場を離れた。
「なんて、いいおばあちゃんなの?あんまり親しくない、わたしまで、一緒に暮らしたらいい!って……。オトとリョウが真っ直ぐに育ったのは、あのおばあちゃんのおかげね……?」
「姉御!姉御が泣くなんて、初めて見ましたぜ!」
「リズさん!フーテンと一緒にここで暮らさない?わたしもリョウも大歓迎よ!」
「そうだよ!二階の部屋が空いているから、リサさんは、下宿人になればいいよ!あの稲荷神社に、リサさんは似合わないだろう……」
「そうだ!リサさんは、今、何処に住んでいるんだっけ?K女子校の生徒だから、住所が稲荷神社!ってわけには、いかないよね……?」
「女子高生になってからは、大森のおばあちゃんの別宅に、お世話になっているよ!学校からいつ連絡があるかもしれないから、ね……。一応、大森リサは、大森清子の親戚ってことになっているから、さ!稲荷神社は、しばらく、留守にしているよ……」
「留守にしている……?何か変よ?稲荷神社でパワーを感じるわ!誰かが、願い事をしている……?」
と、座布団に丸くなっていた、オッドアイの白猫がリサの言葉に反応した。
「スターシャ?何かの予知かい?」
「違うわ!現在進行形よ……!」
25
「誰も居ませんぜ!周りに変わった様子もねぇようだし……」
白猫のスターシャの予言めいた言葉に、不審を感じて、住処にしていた寂れた稲荷神社へ、リサとリョウとフーテンは、テレポートしてきた。まずは、フーテンが辺りを調べて、社殿の陛(かざはし)から、声をかけた。
「いや!少し違っていることがあるよ!ほら、社殿の横の桜の枝に、御神籤が数枚結ばれているよ!社殿の前に、赤い御神籤を売る箱を大森の婆さんが、この春に設置して、桜の若木を植えたんだよ……」
「本当だ!狐の石像だけじゃあ、寂しかったから……、ルナちゃんのおばあちゃんも、太っ腹だね……。お賽銭箱は、もとのままか……」
「賽銭箱?あれ?姉御!賽銭が結構入っていますぜ!わあ!万札が入ってらぁ……!」
「何だって?一万円札をこんな寂れた神社の賽銭箱に入れる、バカがいるのかい?」
社殿への階段を登って、リサが賽銭箱の隙間を覗いた。
「あんたたち!何をしているの?お賽銭を盗むつもり……?」
急に、神社の境内に女性の声がした。リサとリョウが振り向くと、和服姿のおばあさんが、赤い鳥居の側から、こちらを睨んでいた。
「いえ!僕たち、この神社にお参りにきて、お賽銭を入れるところなんです……。鳥居も、狐の石像も、御神籤の箱も、飾られた鈴も、新しいのに、お賽銭箱だけが古くて……、間違いなく、これでいいのかな?と……」
と、リョウが咄嗟にしては、かなり信用できそうな『デマカセ』を言った。
「あら?そうなの?本当ね……!このお稲荷さんは、古くからあるんだけど、戦後は寂れてしまってね……、誰も参拝に来なくなって、時々、怪しい光がしたり……。そうそう、去年だったわ!『猫神様』って得体のしれない、神様か、新興宗教かが、この神社に現れてね……。何人か、御利益をいただいたそうだけど、怪しい宗教だったみたいで、すぐにいなくなったのよ……。もともと、お稲荷さんを祭っていたんだから、変な宗教に利用されないように、大森さんという、お金持ちが寄付を集めて、鳥居や、狐の石像なんかを作ったのよ……。でも、お賽銭箱だけは、以前からある、それを使うことになったの……。何故か、その箱は、社殿と一体化しているみたいだから……」
と、老婆は、社殿の前に歩みを進めながら、この神社の由来を語った。その事件の当事者が目の前の若いふたりだとは、まったく考えもしなかった、だろう……。
「お詳しいんですねぇ?ご近所の方ですか?」
「まあ、近所でもないけど……、少しは、その時に寄付をしたのよ……。ちょっと孫娘が、大森さんのお孫さんと同級生になったし、さっき話した、猫神様の御利益を得た女とも、関わりがあって、ね……」
「えっ?大森さんのお孫さん?というと、大森ルナちゃんですよね……?」
「あら?ボク、大森さんのお孫さんを知っているの?」
「ええ、同級生ですし……近所に住んでますから……。ということは、おばあさんのお孫さんも、僕の同級生ですよね……?」
「まあ、奇遇ね!孫は、レイコっていうのよ!千光士麗子よ……」
「レイコさんのおばあちゃん?あっ!僕は、リョウといいます。とても仲良くしていただいています……」
「まあ、あなたがリョウ君?ええ、レイコから、訊いているわよ!オクテで、かわいい男の子……。お姉さんが、美少女で成績優秀で、ラヴレターがクツ箱から、溢れだす、というかたなんですって……?そうそう、飼い猫が、オッドアイという珍しい白猫だそうね?わたしは、猫より犬のほうが好きなんだけど……」
(オクテでかわいい……、姉のほうが印象深いんだ……。次が飼い猫、か……)
「おばあさま、千光士さんと、おっしゃるのかしら、お名前は……?先ほどの猫神様の御利益があったかたって、どうゆう御利益があって、あなたさまと、どんな関わりがあるのですか……?」
リョウが言葉につまったタイミングで、リサが会話に入った。
「あら?あなた、大森さんのお孫さんによく似ているわね?ルナちゃんには、お姉さんはいないはず……?それと、わたしは千光士ではありませんよ!川村美津という名前よ!」
「川村美津さま……。わたしの名前は、大森リサ。大森のおばあちゃんとは、遠縁になります。ルナちゃんとは、従姉妹の又従姉妹くらいの関係かしら……?」
シャム猫のリズは、ルナが十年、歳を重ねた未来の姿をモデルに『名・探偵助手のリサ』に変身している。ただ、最初はブロンドに近い髪の毛だったのだが、今は黒に近いダークブラウンだ。長さも、ルナより長い、セミロングのお下げ髪にしている。高校生らしい髪型だった。
「あら、やっぱり、血のつながりがあるのね……。そう、さっきの質問の答えよね……。猫神様の御利益があったのは、田辺名香さんっていう女性よ。農家の奥さんで、旦那さんが、病気して、家計が火の車になったのよ。そこで、『苦しい時の神頼み』で猫神様にお願いしたら、お金が入った巾着袋が枕元に置かれていたそうよ……!」
(ああ、フーテンが、お賽銭を集めて持って行った『お名香さん』って貧乏人だね……)
「そのお金で、旦那さんを病院に入院させた。旦那さんは、すぐに健康になったのよ!まあ、栄養失調だっただけだから……。その病院の院長がわたしの亭主ってわけよ……!だから、お名香さんから、猫神様のおかげだ!って訊かされていたの。猫神様はすぐにいなくなったけど、何故かこのお稲荷さんには、パワーがある!って評判になって、主人の知り合いの病院の先生。そうだ!レイコのお友達のミチコさんのお父さんよ!その方と大森さんが中心になって、こんな寂れた稲荷神社が復活したのよ!わたしも多少、寄付をさせていただきましたのよ!そしたら、また、すぐに御利益があったの!大森さんとお知り合いのおばあさんが、ルナちゃんがお母様の仕事の関係で、転校する予定だったのに、離れたくないから、何とかしてください!ってお願いしたら、願い事が叶ったのよ……!」
(どれもこれも、僕たちが関わった!っていうか、リズさんと僕が起こした事件だなぁ……!それにしても、よく喋るおばあちゃんだ……)
※
「ふうん、去年の事件で、あのお稲荷さんが有名になったんだ……」
と、オトがお煎餅を噛りながら言った。
「有名というか、一部の人間の間で、噂になっているらしい。つまり、大森のおばあさんとウチのばあちゃんの御利益の噂が、大元みたいだよ……」
「ルナちゃんのお母さんが、出版社に認められて、仕事が安定したから、引っ越す必要がなくなったんだったよね……?」
「あれは、わたしが、石像に閉じ込められている、シダーとルシファーに命じて、出版社をうまく動かしたのさ!」
「そうか!シダーとルシファーは、人間のためになる願い事を叶えれば、罪が少しずつ軽減されるんだったね……」
「じゃあ、ウチのおばあちゃんたち以外にも、御利益を受けた人がいるのかしら?」
「いるわよ!わたしとフーテンがいる時、財布とか、定期入れとかを失くした女の子が来たから、ルシファーに透視能力を使って、探させて、うまく見つかるようにしたよ!」
「そうでした!オイラがそれを警察にそっと届けたり、その娘の枕元に置いたりしましたね……!」
「だから、女の子たちが、たまに参拝に来るようになったわね……」
「そう!男子高校生が来たけど、彼女が欲しい!だの、先生とセックスしたい!だの、下らねぇ願い事をするから、どんぐりを二、三個、頭にぶつけてやりましたぜ!だから、願い事をするのは、女の子、そうだ!女子高生が多いですぜ……!」
「でも、その娘たちは賽銭箱にお札は入れないよ!いつも五円か、精々、百円玉だ!」
「でも、御神籤の販売機ができたんでしょう?誰が管理しているのかな?神主さんなんていないよね……?」
「ああ、それを川村って婆さんがしているのさ!ただし、賽銭箱は、開けられないらしい……」
「リズとフーテンが留守の間に、女の子の参拝客が増えたのよね……。御神籤が桜の枝に何枚も結ばれていたんでしょう?」
「まあ、噂は徐々に広まるものだから、ね……」
「その時の願い事は、どうなるの?リズがいないと、御利益はないの?」
「いや!シダーの奴が、かなり人間の気持ちがわかってきて、善良で叶えてあげられる願い事は、ルシファーを使って叶えているかもしれないね……」
「ルシファーを使う?でも、ルシファーも石像に閉じ込められているんでしょう?」
「テレパシーや、催眠術で、周りの猫や犬なんかを利用しているんだと思うよ!だから、簡単な、失せ物を探しだすことしか、叶えられないはずさ……」
「ねえ、もしもよ……、女子高生が、悪い先生を殺して欲しい!と、まあ、殺して、まではいかなくても、バチを与えて欲しい!ってお願いしたら、叶えてあげようとするかな……?」
「姉貴!それ、例の『ミステリーなら、こうなったら、面白い!』ってことだよね……?まさか……、その願い事を叶えるために、クロエとブラッドをシダーが使った!なんて、言わないよ、ね……?」
「だって、クロエとブラッドの超能力は、シダーから与えられたものよ!クロエが直接人間から『殺し屋』の依頼を受ける可能性と、シダーからの指令の可能性と、どっちが大きいか、な……?」
26
「それで、リサさんは、事件を解決できたのかい?」
翌日、眠そうな顔で、ヒロがリョウに尋ねた。場所は、県警本部前の喫茶店だ。
「K女子校の男性教師殺人事件は、まあ、うやむやだけど、終息しそうだよ!犯人も動機もわかった……」
「なんか、歯切れが悪いね?まさか犯人が逃亡した……?」
「ヒロさん!口は堅いよね?絶対内緒の話だよ!婚約者のスズカさんにも、内緒にできるっていうのなら、真相を話すけど……、無理なら、これから、北村刑事さんに伝える範囲しか教えない!」
「ええっ!スズカにも内緒……?無理かもしれない……。いや!僕も男だ!ここまで関わった事件の真相を訊き逃すわけには、いかないよ!男の約束!絶対内緒にするよ!」
(無理だな……、スズカさんには、話す!な……!まあ、スズカさんのほうが、拡散はしないだろうから、そこまでの秘密で収まる、か……)
「ヒロさん!超能力って信じる?」
「ああ、SFの世界だね?僕は、SFも好きだよ!」
「現実の世界に、テレパシーとか、サイキック能力とかを使えるものがいる!ってことを信じる、か?って訊いているんだよ!」
「信じるよ!今回の事件も死体が消え失せたし……」
「じゃあ、話すよ!今回の事件、犯人は、その超能力を持つ猫が犯人なんだ!」
「ね、猫……?超能力を持つ猫が人を殺した……?」
「ヒロさん!声のトーンを落としてね……!まあ、お客さんは、少ないけど……」
「わかった!リサさんが、敵に超能力を持った黒猫が二匹いる!って言ってたけど……、そいつが犯人だったんだね……?でも、何故?猫が人殺しなんかを……?」
「ここからが、なお、重要な秘密事項だよ!地球外生命体、まあ、簡単な表現だと宇宙人が、いるんだ……、ただし、危険な存在でも、敵対関係でもない!今は、神社の石像に閉じ込められている……」
「宇宙人?つまり、UFO?ますます、SFの世界だ……」
「その宇宙人、神社に訪れる人たちの小さな願い事を叶えてやっている。超能力を駆使してね……。自らは、動けないから、テレパシーを使って、猫や犬を操って、ね……。今回の事件は、その神社にお願いに行ったK女子校の関係者の願い事を叶えてやることだったんだ……」
「願い事が、人殺し?つまり、復讐して欲しい!ってことか……?」
「そう!報復だね!」
「じゃあ、殺された二人の教師と、殺されかけた、梅本先生は、その願い事をした人に、復讐されるほどひどいことをしたんだね?ユイカさんは、それを知ったから、口封じのために殺されたのか……。いったいどんなひどいことをされたんだ?そいつは、誰なんだ……?」
※
「北村刑事さんには、なんて説明するの……?」
と、オトがお煎餅を噛りながら尋ねた。
「殺人なんてなかった!ってことよ……」
と、リサが答えた。
「そうね!実際、殺人事件は、未遂、というか、狂言に過ぎなかった……」
「三つの死体は、すべてブラッドが変身して、誰かに見せるためのものだった……」
と、リョウも煎餅に手を伸ばしながら、会話を繋げる。
「ブラッドの野郎、変身する能力が中途半端というか、未熟で、動く人間には、化けられねぇ。寝ている、ユメコか、死体になるしかできなかったんですぜ……!」
と、鰹節の欠片を噛りながら、フーテンが嘲笑うかのように言った。
「だから、死体はいつもひとつだけ……、前の死体は、消えるしかなかったのよね……」
「殺された!と思われた三人は、頭を殴られて、気を失ったあと、去年ルシファーが封印されていた、古い八幡宮の社殿に監禁されているんでしょう?それじゃあ、誘拐拉致事件になっちゃうよ!だから、なんて北村刑事さんに説明するの?」
「監禁といっても、縛られているわけじゃないのよ……。逃げようと思えば逃げることは、できたの……」
と、リサが言った。
「素っ裸でね!しかも、ユイカさんは髪を切られた状態。二人の教師は、眉毛を片方剃られた状態……。恥ずかしくて、外に出られない!食事は、いつの間にか、運ばれて来るし、それに、メッセージが添えられていて、『反省すれば、出してやる!三日間は、大人しくしていろ!』って書かれていた……」
と、リョウが説明する。
「でも、三人は、山の中の合宿所にいたんでしょう?それが、街の郊外の八幡さんにいる!それをなんて説明するの?って訊いているのよ……!」
「合宿所には、いなかった!つまり、合宿所にいた三人は、贋者だったってことにするんだよ!」
「ええっ?無理があるでしょう?殺人現場を見た人間がいるのよ……」
「三人の死体を見たのは、梅本先生と川村先生……。ひとりは、被害者……。いや、復讐されるほうの対象者……」
「もうひとりは……?そうか……、依頼人……。いや、神頼みをした人間か……?」
27
「例の芥子と大麻草だけどね……」
と、北村刑事がコーヒーカップをソーサーに戻しながら言った。
「管理人の羽佐間杉作の言うには、自生していた芥子が綺麗だったので、温室の中で育てたそうだ。大麻草は、勝手に生えたんだってさ……!まあ、麻薬を作った痕跡はなかったから、厳重注意で、解決したよ!施設の持ち主が、持ち主だから……ね……大きな事件には、しない!ってのが、上の判断なんだろうけど……」
施設の持ち主は、K女子校の理事長、県の医師会の会長でもある保田豪之助なのだ。まあ、忖度されてもおかしくはなかった。
「では、K女子高校の合宿所では、事件性の事柄はなかった……。台風の影響で停電や通信機器の不具合、倒木や土砂崩れによる、通行止め以外……」
と、県警前の喫茶店で、北村刑事に向かい合ってコーヒーを口にしていたヒロが確認をした。警察への対応は、一応探偵役だったヒロの担当になったのだ。
「ヒロ君だったっけ?リサさんの友人らしいけど、殺人が発生したなんて、デマだったんだろう?まあ、先生のうちの二人は、三人の死体があったと、知らされていたけど、死体は見ていない!と言っている。あとの二人は、夢を見たようだ!あるいは、催眠術にかかった感じだった!と言っているんだ……。台風の雨、風、それに、雷。異様な雰囲気だったから、と、ね……」
「なるほど、集団催眠現象か……。あり得ますね!」
と、ヒロは肯定的に頷いた。心の中では、
(ウソ臭いけど、ね……)
と、つぶやきながら……。
「さっきまでに、訊き取りをした生徒の何人かも、死体を見た者はいなかったよ!ユイカという娘が、電気風呂で死んだふりをしていた!と言ってたがね……」
(ユイカの死体らしきものを見た生徒は、リサ君を除くと、トッコだけだったはずだ……)
と、ヒロはリサから訊いていた、女風呂での出来事を思い浮かべていた。
「そうか……!僕は、そのユイカさんの場面は見ていないので……。まあ、何事もなく、警察問題にならないのであれば、探偵社として、依頼人に報告できます……」
ヒロは、北村刑事が事件を大袈裟に解釈して、連続殺人事件が続いている!なんてことにならなくて、ほっとしている。このまま、リョウから訊かされている真実は語らなくて済みそうだった。
「依頼人は、大森清子さんだったっけ?何か合宿中に不測の事態が起きないか、心配していたそうだね?まあ、『老婆心』で収まって良かった!ってことだ!ははは、大森のおばあさんだけに……」
じゃあ、僕は忙しいから……、リサさんに宜しく!と言って、北村刑事は、喫茶店をあとにした。
(ふう!警察のほうは、事件性なし!で、無事解決か……。最後の梅本先生の後頭部打撲事件も、寝ぼけて、トイレのドアにでも、ぶつけた!ってことにしたんだろうなぁ……。あとは、K女子校の内部問題だから……。さて、僕の役目は、ここまで!スズカと今夜こそ……!)
※
「ねえ、リサ!あれは台風の影響で集団催眠にかかったってことなの?何か納得できないよ……!でも、誰も死んでなかった……、ユイカも髪の毛をほぼ坊主刈りにされただけだったし、明石先生と藤堂先生も無事のようだし……」
夏休みの半ば、リサとレイカとハルの三人は、K女子校の図書館にいる。合宿でできなかった、課題を済ませているのだ。
「一番不思議なのは、合宿していた別荘から、三人がいなくなったことよ!何処にいたの?ユイカに訊いたけど、はっきりとした記憶はないんだって……」
八幡宮に監禁されていた三人には、それぞれの服を食事と一緒にテレポートで届けた。服を着た三人は、プリンスの能力によって、記憶を操作されていた。だから、クロエのテレポートによって移動をしたことは、記憶に残っていない。
八幡宮から再びテレポート移動されて、最終的に発見された場所は、合宿所から山を下った、集落の公民館前だった。もちろん、リョウとリサの考えに基づく場所だった。
「何処かに、監禁されていたらしいのよ……。場所はわからないけど、食事はいつの間にか、用意されていたって……。しかも、わたしたちと同じメニューだったみたいよ!」
と、レイカが事件後、妹から訊き出した情報を披露する。
「だったら、あの別荘の何処かに、隠し部屋があって、そこに監禁されていたのよ……」
と、リサが言った。
「だとしたら、監禁した犯人は、管理人の羽佐間夫婦になるわよ!いったい、何のために、そんな面倒臭いことをあの夫婦がしなくちゃならないのよ……?」
「レイカ、その理由が知りたいの?何故、三人が、監禁されて、ユイカの髪の毛が切られて……、多分、二人の先生にも、何らかの罰が与えられている、その理由ってやつを……」
と、リサがレイカに確認するように言った。
「罰だったのね……?ええ、妹が何をして罰を受けたのか、知りたいわ!例え、我が家の恥になることでも……」
「我が家どころか、我が母校の恥になることよ!だから、理事長も校長も事件をうやむやにしているのよ……。台風の影響による、集団催眠現象の所為、夢を見たのだとして、ね……」
「訊かせて欲しいね!その、理事長も校長も隠したい、我が校の恥ってやつを……」
図書館の隅のテーブルにいた三人の前に現れて、そう言ったのは、合宿に参加していた、不良生徒のアキだった。いつもどおり、竹刀を肩に当てていた。
「あたしにも、知る権利があるだろう?お嬢のボディーガードをさせられたんだから、さぁ……」
そうアキが言ったあとから、合宿に参加していた生徒と、三人の女性教師が図書館に入ってきたのだ。
「わたしたち、理事長と校長先生から、合宿所の出来事は、台風の中の異常な雰囲気の所為で起きた、集団催眠現象だったんだから、他人に話さないように!って言われたのよ……。まあ、わたしが見た、ユイカの死体は、ユイカのお芝居だったとしても、よ!すべてが催眠術にかかった、夢の出来事なんて、信じられないわ……!」
と、トッコが一同を代表して言った。
「なるほど……、合宿に参加した全員が、事件の真実を知りたいのね……?そう、でも、他言無用!を約束してもらうわよ!『名・探偵助手リサ』の謎解きを訊きたかったら、明日、ある場所に集合よ……!」
28
「カンナさん、別荘をお借りして申し訳ないわ!大勢が集まって、邪魔が入らず、一室で、お話できるような場所って、ほかに思い浮かばなくってね……」
翌日、合宿に参加したメンバーが、スクールバスに乗って到着したのは、郊外の海に面した場所にある、『お嬢』ことカンナの祖父が建てた、洋風の別宅だった。祖父が亡くなってからは、別荘になっている。
その一室は、大広間。天井から、大きなシャンデリアがぶら下がっている。そこにソファーを並べて、半円形に二列になって、各人が座っている。
「ここを選んだ理由がもうひとつあるのよ!今度の事件と関わりがあることなんだけど、それはまた後ほどに……。では、『名・探偵助手リサ』の謎解きを始めるわよ……!」
リサは、ただひとり立っている。全員の視線がリサに注がれていた。
「さて、どの時点から始めようかしら……?あまり昔だと、長くなるから、今年の春のことから始めましょうか……」
そこで、一呼吸して、リサはゆっくりとした口調で語り始めた。
「そう!ある女子高生、名前は伏せて、A子。彼女はバス通学をしていたの。その日、たぶん、雨が降っていた放課後、鞄に入れていた『定期入れ』が見あたらない!朝は、バスに乗ったから、持っていたのは確か。周りを探したけど、見つからず、下校時間が迫って、担任の教師に早く帰るように言われた……」
A子は、傘をさして、学校から自宅へと歩いて帰ることにした。定期入れには多少のお金を入れていたが、財布は我が家に忘れてきた。誰かにお金を借りる勇気がなく、4キロほどの距離を歩く選択をしたのだ。
かなりの距離を歩いて、疲れ始めた頃、雨が止んだ。少し、気分が良くなって、顔を上げると、赤い鳥居が眼に泊まった。
(あら?こんなところに、神社があったかしら?バスの経路から、かなり離れているから、あまり通ったことのない場所なのか……?)
A子は傘を畳み、制服のポケットからハンカチを取り出して、雨に濡れた肩の辺りをぬぐった。
「チャリン……」
という音がして、五円玉が石畳に転がる。
(あら?お釣りのお金が、ハンカチにからまっていたのね……。そうだ!この五円玉をお賽銭にして、神様にお願いしてみよう!きっと『ゴエン』があったんだ……)
「A子は、その『お稲荷さん』が奉られている神社の賽銭箱に、その五円玉を入れて、神様にお願いしたのよ……。定期入れが見つかりますように!って、ね……。結果は、わかるでしょう?定期入れは、翌朝、A子の枕元に置かれていたのよ……。中のお金もそのままで、ね……」
※
「本当に、御利益があるのかよ!」
と、学ランのボタンを上三つほど開けた格好の高校生が、もうひとりの、きちんと詰襟のフックまで閉じた男子高校生に訊いた。
「ああ、中学校の同級生のA子が、失くした定期入れが見つかりますように!ってお願いしたら、翌朝、枕元に置かれていたそうだぜ!家族に訊いても、誰も知らないうちにだとさ!それを友達のB子に話したら、B子も財布を失くしていて、神社にお参りしたんだ。そしたら……」
「翌朝、枕元に……っていうのかよ……?」
と、不良っぽいほうが、先走って、噺の続きを想像して言った。
「いや、翌日、交番から電話があって、財布が落とし物として、あがってるって……。その交番に届けた人間を、誰も見ていない。巡査がいた眼の前に、いつの間にか、財布が置かれていたんだよ……。神様の仕業としか思えないだろう……?」
と、真面目そうな生徒が同意を求めるように言った。
「よし!五円玉で願いが叶うなら、安いもんだぜ!お前は、何をお願いするんだ?」
ポケットから五円玉を取り出し、賽銭箱の前に進みながら、隣で財布を広げている、友人に訊いた。
「僕は、彼女ができますように……」
と、財布から五円玉を取り出し、友人の問いに、恥ずかしそうに答えた。
「なんだ!A子は彼女じゃないのかよ……?俺は、担任のS先生と一発ヤりてぇんだ!神様、お願いしマッセ……!」
と、最後は、関西訛りの語尾になって、少年たちは、賽銭箱に勢いよく、黄銅色の硬貨を投げ入れたのだ。
「 まあ、そんなワルガキの願い事は、叶えられなかっただろうけど、A子とB子の神頼みの御利益は、彼女たちの同級生から、学校内の生徒に、ホンの少し広まったんだよ……」
29
「噺は、今年のゴールデン・ウィークの頃に移るよ!」
と、リサが話題を変える。
「わたしが転校してくる前のこと……、栞という、女子高生が死んだわ……!表向きは、『病死』だったけど、『自殺』だったのよ……。わたしは、その自殺の原因を調べて欲しい!と頼まれたの。みんなも知っているだろうけど、その解明の結果、保健体育の保田先生や、高梨先生、山元先生が学校を辞めることになった。元、新体操部だった、キミコとセツ、それに写真部のエリたちも、ね……」
「それが、今度の合宿所の事件と繋がっているのか……?」
と、今はいつもの竹刀を玄関辺りに預けているアキが、男っぽい口調で尋ねる。
「そうね!わたしは、あれで、わたしの仕事は終わったと思っていたんだけど、ね……。まだ、学園には、闇の部分が残っていたんだよ……」
そう言って、リサは、一番左端に野球帽をかぶって髪の毛を隠している、ユイカのほうに、チラッと視線を向けた。
「去年のクリスマスのことよ!」
と、リサがまた新しい時間帯の噺を始めた。
「この別荘でクリスマスパーティーが催された。とても、変わった趣向だったようね!所謂(いわゆる)『仮面舞踏会』。あるいは、『仮装大会』かしら……?参加した全員が、変わった衣装を着て、顔には、仮面を付けている……。男女入り乱れて、二十人はいたはずよ……!ただし、参加者が誰々だったかは、パーティーの主催者以外は、わからない状況だったの……」
リサが、そのパーティーのことを知っているのは、神頼みを頼まれた、シダーからの情報だった。つまり、パーティーに参加していた、何者かが、稲荷神社を訪れ、お賽銭を入れて、願い事をしたのだ。
「そのパーティーで、とても口にはできない、破廉恥なことをした人間がいるのよ……!ただし、仮面を付けていたから、何者かの正体は、その場ではわからなかったのね……」
「その破廉恥な行為をしたのが、この三人の男性教師なんだな?殺されて、当然だったな!」
「アキ!先走らないで……。三人だけ、とは限らないのよ……。その夜、この別荘では、理性を喪失した人間がたくさんいたはずよ……。ある、薬の所為で、ね……」
「薬?つまり、麻薬?ってことか……?」
「厭ですわ!わたしの別荘で、そんな犯罪に当たる薬物なんて、使用させたりしませんわ!」
と、カンナがいきなり反論した。
「お嬢!あんたの父上は、お医者さんだよね?あんたは、気分が高揚する薬を父親の病院から手に入れていた。たぶん、大麻の成分が入っている薬だ。その薬を使って、あんたは、お気に入りの女の子を部屋に招き入れて、いい気分にさせていたんだろう……?そのひとりが、チエさん、あんただよね……?」
リサの視線を浴びて、チエは、顔を背ける。反論は、しなかった。
「お嬢の使った大麻成分入りの薬は、まあ、ギリギリセーフの医薬品さ!それを治療以外に使うことは、もちろん違法だけど、ね……」
リサの言葉に、カンナはうつむく。
「チエ以外にも、カンナと関係を結んだ女子がいる。栞と、ユイカと、そして、ユメコだ!チエは、自分以外の女子が、カンナのお気に入りになっていくのが、許せなかった。気分が高揚する薬が、大麻だと知った、いや、気づいたチエは、不良の従兄から、大麻をもらって、自分がカンナの立場になったんだ!その相手が栞だった。大麻の成分が違うから、栞は、薬物依存性になった。大麻を吸うために、チエの従兄に抱かれた……。そして、見知らぬ男とも、お金のために……ってことだよ……。チエが売春の手引きをしている、って噂は、そのことだったんだ……!ユイカは、それを知っていたんだよね……?」
リサの視線の向こうの野球帽が、深く頷いた。
「じゃあ、去年のクリスマスパーティーでも、大麻が使われたんだね?」
「そう!チエが、そのパーティーに持ち込んで、栞とふたりで、飲み物や食べ物に混入させたのよ……。気分が高揚した、男たちが、まず下半身を丸出しにした。女たちは、おっぱいを見せる。そして、乱交パーティーよ!中には、嫌がる女性もいたはずよ!でも、数人の手が、身体の自由を奪う。大麻で本人も意識が飛んだ状態だったのよ……」
「嘘よ!わたしは知らないわ!この別荘で、そんなことが行われていたなんて……!」
「お嬢はその時、二階のベッドでユイカといいことをしていたから、広間での出来事は、知らなかったでしょうね……」
※
「悪夢のような一夜が明けた……。誰もその夜の記憶をおぼろげにしか、覚えていない。頭痛がしても、ワインの飲み過ぎ、と思った。未成年の飲酒、軽いワインでも法律違反だよ……!まあ、誰も、事件が起きていたとは、認識していなかったのさ!その時は、ね……」
リサがそこで、噺を止める。
「事件が起きたんだね……?」
と、アキが口を挟む。
「そりゃ、そうさ!乱交パーティーだよ!しかも、事前準備もなし!女性の中に、妊娠した者がいたんだよ……!春休みに、堕胎したんだ……」
衝撃的な告白に、一同は、一瞬、唾を飲み込んだ。
「な、なんてことを……!その男たちは、それを知っているのか?」
気を取り直した、アキが代表して、リサに問い質す。
「さあね?小さな噂には、なっただろうけど、誰も自分の精子(の所為)とは思っていないと思うよ……!」
「その、妊娠した女性は、誰なんだ?」
興奮状態のまま、アキは質問をぶっつけた。
「アキ!それを言わす気かい?つまりC子でいいだろ?」
リサが語気を強めて、吐き捨てるように言った。
「そ、そうだ、な……。名前なんて、知らなくていいんだ!だけど、そのC子は、我が校の生徒なんだ、な……?」
アキの言葉は、次第に、か細くなっていく。
「そこは、置いといて、いよいよ、今回の合宿所での事件に、噺を移すよ……」
30
「それで?どこまで真実を語ったの?いや、それより、なんで、ここにスズカさんだけじゃなくて、ルミさんまで、いるのよ……?」
オトが珍しく、興奮気味に訊いた。
場所は、県立図書館の談話室だ。カンナの別荘からの帰り、別荘での真相解明の結果を知るべく、オトは図書館で待っていたのだ。
リサとリョウとヒロが到着したあと、早速オトが会話を始めると、そこへヒロの恋人のスズカと、幼なじみで、高校の同級生、尚且つ、『ミステリー同好会』の会長、副会長という関係のルミという、『小野小町』風美人が、笑顔で登場したのだ。
「オトちゃん、お久しぶり!ますます、美少女になったわね?中三?か……。来年、一高に入学したら、また、ラヴレター伝説が再来ね……!」
「ルミさん、お会いできて、わたしも嬉しいんですけど……。ここは、秘密の噺をするところなんですけど……」
「大丈夫よ!わたしは、口は固い!どっかの『男の約束』も、可愛い恋人には、喋る輩よりは、ね……!」
と言いながら、ルミはチラッとヒロの顔を覗く。
「オトちゃん!ヒロは、悪くないのよ!わたしが無理やり白状させたの……」
と、スズカが素早く、言い訳をした。
「こいつ、二晩続けて、スズカちゃんとベッドに入って、結局、キッスしただけで、眠ってしまったんだってさ!不審に思ったスズカちゃんが、翌朝、問い質すと、事件の調査で、ろくに寝てなかったらしい。スズカちゃんも『ミステリー同好会』のメンバーだから、事件に興味を持って、問い詰めたのよ……。ヒロが、それを秘密にできるわけがない!よね……」
「ええ、ヒロさんがスズカさんに話すことは、織り込み済みでした……」
「ええっ!リョウ君!織り込み済みかい?僕って、そんなに信用されて、なかったのか……?」
と、ヒロがうつむく。
「いえ!それほど、ヒロさんは、スズカさんを愛している!スズカさんに隠し事はできない!とわかっていたんです。ただ、そこで、止まる!と思っていたのに……」
「あらあら、リョウ君もオトちゃん同様、名探偵ね!こいつ、スズカちゃんに『ベタ惚れ』だから、ね……。ごめん!わたしが知ったのは、昨日のことよ!こいつと久しぶりに会って、呑んでいたのよ……。そこでオトちゃんの近況を尋ねたの。わたしの新作のネタのために、ね……」
ルミは、大学でも『ミステリー同人誌』の発行のメンバーのひとりで、オトをモデルにした、『美少女名探偵』のシリーズを執筆しているのだ。
どうやら、昨日は、高校時代の同好会のメンバーが集まり、細やかな?親睦会をしていたようだ。ヒロとスズカとオトの従兄のマサも出席していた。
「マサ君は、大学へ真面目に行っているようね?教員資格を取るって、頑張っている……。探偵稼業は、助手のリサさんって、美少女がしている!って訊いたのよ……。高校で事件があったらしい、って……。マサ君がヒロが詳しい!って言ったけど、こいつ、喋らない……。そこで、噺を変えて、事件と関係ないふりをしながら、カマをかけたのよ……。そしたら、K女子高の夏合宿で、不思議な事件が起きて、自分でも理解できない出来事だった!って……」
「なるほど、ルミさんの得意技ですね?不思議な事件と訊いたら、真相を知らずには、置けない!ですもの、ね……」
「ごめん!わたしって、そういう性格なのよ……」
「うちの姉に、そっくりだ……!」
と、リョウが独り言を呟いた。
「まあ、ルミさんの口の固さを信用します!リサさんをご存知?荒俣堂二郎の『名・探偵助手のリサ』さんです!」
と、オトがリサを紹介した。リサとルミが握手を交わした。美女ふたりの瞳が、キラリ、と光った。
「では、リサさん!K女子高の関係者には、どこまで真実を語ったの?そして、その結末は……?」
※
「結論から先に言うと、ね……」
と、テーブルの周りに座った一同の熱い視線を受けながら、リサが話し始めた。
「うやむやよ……!」
「えっ!また、いつもの結末……?」
と、オトが驚きと落胆の声をあげた。
「姉貴!仕方ないだろう?その場には、殺人を依頼した人間と、殺されかかった人間と、それの原因を作った、複数の人間がいるんだよ!しかも、犯罪者として告発できない……、警察では、事件性はなかった!と結論づけた事案なんだよ……」
「でも、悪い行為をした人間に、何の罰も与えられないなんて……!被害者は、泣き寝入り!ってことよ!」
「罰は与えられたさ……!いや、今後も、悔い改めなければ、更に罰を受けるかもしれない!って、精神的な罰を、ね……」
「よく理解できないんだけど……?」
「姉貴!いつもの『ミステリーなら、こうなったら、面白い!』って発想は、どうなっているんだ……?」
「ううん……?悔い改める……?神様のバチが当たる……?」
「そう!流石、ミステリーマニアだ!正解だよ!」
「はあ?ミステリーで神様が解決する結末は、タブーよ!」
「まあ、今回の事件は、ミステリーというより、SF・ファンタジーだから、ねぇ……。犯人は、超能力を持つ黒猫だったから……」
と、オトのミステリーのタブー発言に対して、ヒロがポツンと口を挟んだ。
「ええっ!超能力を持つ黒猫?そんなものがこの世に存在するの?」
と、何も知らないルミが、先ほどのオト以上の驚愕の声をあげた。
「しっ!ルミ!声が大きいよ!これは、国家的以上のトップ・シークレットなんだよ!」
「トップ・シークレット?その割りに、あんたは、口が軽いわね……!」
「ははは、ルミさんのおっしゃるとおりですね……。内緒の噺ですから、真実はうやむやにする必要があるんです……!ただ、K女子高のメンバーには、ある程度、納得してもらう結論を提供しないといけなかったんですよ……。ねえ、リサさん……!」
「そう!納得させる、唯一の方法が、神様を使うことだったのよ……」
「神様……?つまり、シ……!じゃない!稲荷神社の神様……ね……?」
オトは、地球外生命体のシダーのことを言いかけて、慌てて、言い換えた。
「オトちゃん!何か、言い淀んだわね……?まだ、トップ・シークレットの続きがありそう、ね……?まあ、いいわ!リサさん!続きをどうぞ……」
(このメンバーだと、ルミさんが一番貫禄があるなぁ……。姉御肌!というか、土佐の『はちきん』さん!だ……)
と、リョウは隣に座っている、姉のオトとルミを交互に見つめながら、心の中で呟いていた。
「はい!オトの言うとおり、お稲荷さんのパワーを使わせてもらいました……」
と、リサが続きを語る。
「元々、お稲荷さんの御利益から始まったことなんです……」
と、リサは事情を知らない、ルミにA子、B子の噺をする。そして、カンナの別荘で起きた、クリスマスの夜の出来事まで、噺は進んだ。
「なるほど、ひどい噺だわ、ね……!それで、その妊娠させられたC子が、お稲荷さんにお願いしたのね?」
と、そこまで訊いて、ルミが結論を推理する。
「本人じゃないんです……!本人は死んでしまったんです……。つまり、C子とは、栞のことなんです……。栞が自殺じゃなくて、病死とされたのは、堕胎手術のあと、ずっと、体調が悪くて……、学校も欠席することが多かったから、みんな納得したんです……」
「まあ、それじゃあ、殺人と同じよ!妊娠させて、それが原因で、自殺したのなら……!」
「で?本人じゃないとしたら、誰が、神様に、お願いしたんだ……?」
と、憤慨気味のルミを無視して、ヒロが尋ねた。
「保健室の先生、保田先生です!栞の体調のことを一番よく知っていたし、本人もパーティーに参加していた友人から、その夜のことを訊いていたそうです……」
「その友人って……?」
「合宿に参加した、川村先生です。そして、そのあと、キャサリン先生と吉永先生も被害者だったと、保田先生は知ったのです……。それと、栞が堕胎した産婦人科は、川村先生の伯父さまの病院だったんです。これは、栞が亡くなったあとでわかったことなんですけど……」
保田先生は、B子──それはユメコのことだ──から、稲荷神社の御利益のことを訊いていた。ユメコは、保健室の常連さんだったから、日常会話で、その噺をしたのだ。
「保田先生は、例の事件で学校を辞めることになった……。栞の仇打ちができないことが、心残りになったんです。栞を妊娠させた男は、梅本、明石、藤堂の三人の内のひとり!これは、キャサリン先生や、吉永先生が、彼らを誘惑して訊き出した、確かな情報でした……。三人とも、パーティーに参加して、三人とも、女性に乱暴して……、避妊具を着けずに、女性の中に射精したことを告白したのです!それが、薬物による、朦朧とした意識の中の行為だったと、言い訳したようですけど……」
「つまり、三人の内、誰かが、栞さんを自殺に追いやった『殺人犯!』ってこと、ね……?」
と、ルミが確認した。
「わかりません!」
「わからない?何故?」
「パーティーに参加した男性は、三人以上いたんです……!三人は、その中にいて、その行為をした……!でも、ほかにも、その行為をした男が、いるかもしれないのです……」
「ああ!最悪!最低……!」
「で、保田先生と三人の女性教師は、梅本たち三人に罰を与えることにしたんです!例え、栞を妊娠させた本人でなくても、同等の罪はある!ましてや、自分たちは、幸い妊娠しなかっただけ……!被害者である三人の女性教師は、自分たちの復讐でもあるんです……!」
だが、復讐の方法が思いつかない内に、保田先生は、辞表を提出した。そのあと、彼女から、復讐劇の提案があったのだ。毎年恒例の夏休み合宿。場所は、自分の父親の所有する別荘だ。そこへ、男性教師三人と、パーティーに参加したと思われる生徒たちを招き入れて、復讐劇を上演しよう!と、いうものだった。彼女の父親の権力を使えば、合宿への参加メンバーは、ほぼ、自在に選択できる。しかも、三人の男性教師も、三人の女性教師も、三年生の学級担任としての関わりがあった。怪しまれることもなく、人選は、決定したのだ。
合宿の数日前、保田先生は、もう一度、稲荷神社に参拝して、1万円札を賽銭箱に入れて、願い事をした。
同じように、ほかの三人の女性教師も、特に、この稲荷神社の管理をし始めた、川村美津の姪に当たる芳美は、何度も神社へ参拝して、賽銭箱にかなりの額を入れて、復讐劇の成功を願ったのだ。
その願い事のパワーの強さに、石像に閉じ込められている、地球外生命体のシダーが反応した。
「願い事を叶えてやろう!と、お稲荷さんが、そのパワーを発揮して、二匹の黒猫に超能力を与えたんです……!」
と、リサは、地球外生命体のシダーの代わりに、稲荷神を持ち出した。
「へえ~?お稲荷さん、つまり、荼枳尼天さんのパワーってすごいのね……?まるで、科学が、超、進んでいる、宇宙人みたい、ね……?」
(おいおい、ルミさん、気づいているんじゃないだろうねぇ……?)
31
「では、ここから、今回の合宿場での出来事の噺に入ります……」
と、リサが一同に視線を巡らせた。ルミは軽く頷いた。
「合宿が始まる前の夜、保田先生と、川村先生の寝室に、黒猫が現れて、人語で神様からのお告げを語ったの。『クロエ』と『ブラッド』と、わたしたちは、名付けたから、今後は、その名前で呼ぶわね……。クロエは言った……」
神が、お前(=保田先生)の願いを聞いて、叶えてやることになった。ただし、神が人の命を奪うことはできない!よって、悪行を起こした輩には、殺される恐怖を与え、復讐者には、その死の様子を見せてやろう!悪党でも人の命!願いは、そこまでじゃが、良いか……?
保田先生は、良い!と答えた。
同じように、川村先生の元にブラッドが現れ、同様のことを告げ、川村先生も同意したのだ。そして、黒猫たちの指令に従い、協力するよう、命令した。
翌日、ふたりは、キャサリンと百合に、そのことを伝えたのだ。
「でも、保田先生は、合宿には、参加できないでしょう?」
と、ルミが尋ねる。
「それが、居たのよ……!羽佐間竹子と名乗って、家政婦として、ね……!」
父親の別荘だ。家政婦として、入るのは、簡単だろう。そういえば、竹子は、一行が到着した際に、出迎えただけで、ほとんど、みんなの前に姿を見せなかった。メイキャップをして、老け顔にするなど、かなりの変身をしていたのだろうが、なお、気を配っていたのだ。
「ユイカが最初のターゲットになったのは、わたしに栞が自殺した本当の理由を話しかけたからよ……。クリスマスパーティーでの出来事が、わたしに知れたら、ひとり目の死体が現れた瞬間、犯人、または、動機がバレる!罰を与えることが難しくなる……!ユイカは、チエと組んで、パーティーの飲み物に薬物を入れた張本人。三人の男性教師同様、罰を与えることになったのよ……」
保田先生は、リサの探偵能力を警戒していた。バレる、と思ってなかった、キヨコやエリたちと自分の関係を、いとも容易く、解明したからだ。だからといって、成績優秀の彼女を合宿メンバーからは、外せなかった。
ユイカは、トイレに行ったところで、キャサリンに変身したクロエに頚を細縄で絞められた。頭の中に、自分が殺されるシーンが、テレパシーで送り込まれた。
ぐったりとなった、ユイカの身体を温泉施設の脱衣場に運び、裸にする。その姿を見て、ブラッドが、ユイカの死体に変身したのだ。ブラッドは、目の前にその人間がいないと、変身できなかった。だから、ユイカの服は、バラバラに脱ぎ捨てられていたのだ。クロエもまだ、人間に変身するのは初めてで、服を纏めるという習慣を身につけていなかった。
ユイカの死体を、川村芳美は確認した。死体の確認役は、三人の女性教師の中で、一番芯の強い、彼女が務めることになっていた。梅本に死体を見せたのも、彼の恐怖心を煽るためだった。
「それで、本物のユイカは、どこにいたの?」
「神様の能力で、遠く離れた場所に飛ばされて、監禁状態ですよ……」
「あらあら、全能の神様ね!瞬間移動、テレポートまで、できるんだ……!」
※
「次のターゲットは、梅本の予定だったのよ……。『コ足らずの姫』に惚れている彼を脱衣場に誘い出して、クロエが、後頭部を殴るってシナリオだった。だけど、その一歩手前で、わたしとアキが現場に現れたのよ……」
百合は、咄嗟に、逢い引きをしていたことにした。梅本の一物が大きいなどと、嘘を言って……。
クロエは、リサという生徒が、邪魔になりそうな気がして、次のターゲットである、明石の殺人犯人をリサの友人である、目立たないハルだと、思わせようとした。クロエは、ハルを、殺した(=ふりをして、ブラッドが変身した)ばかりの殺人現場に案内したのだ。
だが、明石の死体を確認しに行った芳美の前には、ハルもリサもいなかった。そんなに素早く、現場を離れられるわけがないのに……。
しかも、不味いことに、リサの友人で、探偵の経験があるといった、ヒロという男が、生徒たちに、尋問するという。ユイカはいないが、チエとユメコが、クリスマスパーティーのことを話す可能性がある。ユメコは、眠っていることにして、ブラッドが変身した。チエには、クロエが変身して、もし、ヒロとリサに尋問を要求されても、本人には会わせないことにしていたのだ。そして、藤堂の殺害シーンを急いで完結させることにしたのだ。
今度は、藤堂が惚れている、キャサリンが、彼を誘い出す。芳美も共犯者だから、数分間のアリバイ工作は、簡単だった。実際に、後頭部を殴るのは、テレポートしてくるクロエで、一瞬の出来事だ。あとは、テレパシーで、カミソリで頸動脈を切り裂かれるシーンを頭の中に送り込んで、ブラッドが死体に変身。本人は、遠く離れた場所に転送されるだけだった。
その現場を梅本にまた見せる。鈍い男でも、次は自分の番だと、悟ったことだろう。体調を崩すことになった。
三人の女性教師も、偽物とはいえ、カミソリで頸動脈を切り裂かれた死体を見せつけられて、辟易していた。最後のターゲットである、梅本は、もうクロエに任せて、死体を見る必要もないことにした。早く、終わりにしたかったのだ。
「キャサリンに変身したクロエが、梅本を上手く誘い出して、後頭部を殴ったところで、『名・探偵助手リサ』が登場。神様の神通力も、バレた時点で、はい!終了!となったわけよ……」
「あらあら、神様って、バレたら、終わりなのか……?まあ、そうだよね……。人間に気づかれないように、願い事は、叶えないと、ね……。魔法のネタがバレちゃあ、オシメェ!ってことか……。でも、ほぼ、三人の女性教師プラス保田先生の願い事は叶ったってことだろう?梅本もかなり、恐怖体験をしたようだし……」
33
「リサさん!まだ、隠していることがあるんじゃないの……?」
と、ルミたちと別れて、我が家に帰り着き、いつものちゃぶ台の前に座って、お煎餅を齧りながら、オトが言った。
「たぶん、ね……。事件が終結したから、封印していた超能力を開放した。そしたら、誰かの頭の中が覗けたか……、あるいは、過去か未来の映像をキャッチした、か……?」
と、リョウが続いた。
「まあ!オトもリョウも『超能力者』なの……?」
と、リサが驚く。
「姉御!今更、何を驚いているんです?クイン(=オト)は、猫の化身、姉御と同類ですぜ!ゾロ(=リョウ)は狐の化身だ!普段は、まったく人間のふりをしていますが、ね……」
「フーテン!まだ、そんなことを信じているのかい?あれは、猫屋敷の連中の狂言だったんだよ!オトとリョウは、あの優しいおばあさんの孫なんだ!人間に間違いないよ……!」
「姉御!ひょっとしたら、あの婆さんも、大古猫の化身なんじゃあ、ねぇですかい?あんなに、猫に優しい、人間なんて居りませんぜ……!」
「確かに、直弼以来だねぇ……。でも、直弼も人間だったよ……。あのおばあさんも猫の気持ちがわかる、優しい人なんだよ!めったにいない、我々には、貴重な人間だよ……」
「はいはい、ウチの祖母を褒めていただき、ありがとうございます!噺を元に戻しましょう……!」
「ああ、そうだったね……。リョウの言うとおり、能力を開放したんだ!そしたら、いろんな情報が飛び込んできたのさ!たぶん、猫屋敷のプリンスって宇宙猫が調べたことを、テレパシーで送ってきたようだね……!あいつも、地球の暮らしに退屈しているんだよ……」
「そうだ!プリンスは、クロエとブラッドの能力をどうしたんだろう?」
「あのあと、クロエの能力を改善して、事件の全貌を訊き出した。そのあと、普通の猫よりは高い能力を持たせて、解放したようね……。今は、野良猫のボスってところよ……」
「それで、プリンスからの情報は……?」
「クリスマスパーティーに参加した人間の情報よ!」
「つまり、栞さんを妊娠させた容疑者たちね……?」
「そう!我々には、解けない謎だったから、ね……」
「三人の男性教師のほかには、カンナの幼なじみの同学年の男性がひとりいたそうよ!例の神様に彼女が欲しい!って言った真面目そうな男の子……」
「ええっ!もしかして、定期入れを失くしたA子って……、カンナのことだったの?」
「そう!定期入れは、アキが、意地悪して、鞄から盗んでいたのよ……。アキは、その負い目があって、合宿でのカンナのボディーガードを引き受けたそうよ……」
「そうだった、B子は……確か……?」
「ユメコよ!カンナから、訊いたのよ……お稲荷さんの御利益を、ね……」
「それで、その高校生以外の新たにわかった参加者は……?」
「男の残りは、三人!ひとりは、理事長の保田豪之助!」
「ええっ!理事長も参加していたの?」
「本来は、校長先生が、監視役で出席する予定だったんだけど、急に、ぎっくり腰になって、理事長が代役よ!ただし、乱交パーティーが始まる前に、気分が悪くなって、帰ったみたいね……。二十人ほどいた参加者も、実際乱交パーティーまでいたのは、十三人だったそうよ……」
「十三人……?不吉な人数だわ!『最後の晩餐』と、同じだわ……!」
「そうね!その中に、栞と三人の女性教師。三人の男性教師と高校生の男の子。チエとユメコもいたはずよ!それから、ヒロコも……」
「ヒロコ?あの優等生が……?」
「ヒロコは、『コ足らずの姫』のお気に入りよ!ヒロコも先生が大好き!その関係で、パーティーに参加した……。でもヒロコは、真面目だから、ワインは勧められても飲まなかった。だから、ただひとり、乱交パーティーの中で、正常だったのよ……!そして、彼女は、真実を知る、ただひとりの目撃者……!もちろん、誰にも、内緒にしているわ!プリンスの読心術以外は、ね……」
「でも、参加者は、仮面をかぶって、仮装していたんでしょう?誰だか、わからないはずよ、ね……?」
「オト!裸になって、乱交パーティーよ!仮面なんか、外すわ!キスの邪魔になるし、ね……。それで、ヒロコは、そこにいた男たちの正体を知る。三人の男性教師以外にいたのは、助平の高梨と、真面目な山元先生だったのよ……」
※
「つまり、十三人の内訳は、ヒロコを除くと、男性六人、女性六人の同数!我々が想像していたよりは、ちゃんと、カップルに分かれて、その行為をしていたのよ!もちろん、途中で、パートナーが入れ替わることは、あったようだけど、ね……。ヒロコの頭に残っているのは、まず、高校生の男子よ!パートナーは、ユメコだった。どちらも初体験だったけど、ユメコは、カンナに女の部分の開発をさせられていたから、彼をリードして、ずっと、ふたりで交わってたそうよ……!あっ!リョウには、早すぎた……!」
「いいよ!この子は、耳年増になるくらいが、オクテを克服するのには、ね……」
「はいはい!よくわからないけど、わかっているふりをして、聞いていました……!」
「ごめんね!じゃあ、結論を急ぐわよ!肝心な栞の相手は、山元先生よ!ふたりは、パートナーの交代もなく、ずっと……、うん!だったそうよ!」
「じゃあ、栞のお腹の赤ちゃんは、山元先生の子供だったの……?それなら、おろす必要は……なかった……?」
「そうね!ふたりは、結婚するつもりだった……!それが、少し早くなるだけだったかもしれないわ、ね……。でも、翌朝には、誰も、夜の記憶がないのよ……。ヒロコ以外は……。ヒロコは決して、口を開かない!ヒロコは、ずっと仮面をしていたから、誰も正体を知らない……!栞は、誰の子供を宿したのか、知る術がなかったのよ……。堕胎の道を選んで、身体を壊して、自ら、命を絶った……」
「悲しい結末ね……」
「そうね……!探偵業って、楽しいことばかりじゃない!ってわかったわ!この事件も『うやむや』で終わりにしましょう!わたしたちだけで、栞の冥福を祈りながら、ね……」
と、三人と一匹が、黙祷していると、玄関脇の惣菜売場から、声がして、
「オト!リサさんに、お友達だよ……」
と、祖母が声をかけた。
その後ろから、長身の女子高校生が、ついてきた。
「あら?アキ!どうしたの?」
「大森さん家(ち)に行ったら、ここを教えられて……。リサに……、大事な話があるんだ……!」
「何?大事な話って……?」
「リサ!す、好きだ!あたしと付き合ってくれ……!」
「はあ?意味がわかんない……?」
「みんなが、レイカもお嬢も、ハルも、トッコやミホも、みんながリサに惚れているんだ!でも、たぶんだけど、リサを一番、愛しているのは、あたしなんだよ!あたしのパートナーになっておくれ!何だって、望みを叶えてやるからさ!いや、命をくれ!って言われたら、命をやるよ!リサのためなら……、死ねる!」
「アキ!本当にごめんなさい!嬉しいよ!アキは、正義感が強い!ってことが、今回の事件でよくわかったわ!いい友達にはなれる!でも、わたしは……」
「そうなんだよ!リサさんには、将来を約束している男性がいるんだよ……!」
リョウが、リサが猫の化身だと告白するのか、と早とちりして、アキに説明した。
「あの、ヒロって探偵かい?」
「ち、違うよ!け、刑事さん!県警の将来有望な刑事さんなんだよ……!」
(はあ?それって、北村刑事のこと?ヤダ!女のアキも嫌だけど、北村刑事は、全然、タイプじゃないよ……)
(姉御!このアキって女に、噛みついて、いいですかい……?)
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