名・探偵助手リサの事件簿 Ⅰ
@AKIRA54
第1話 リサ、始動する〜少女拉致事件〜
1
「まったく、面白い事件なんて、全然ないじゃない!」
シャム猫のリズが、不機嫌な口調で、独り言を言った。
「姉御!何を怒っているんです?」
と、傍らで毛繕いをしている、大きなトラ猫が尋ねた。
「大森のばあさんから、依頼があってね!金庫破りの盗難事件だって言うんだ!それで、現場へ行って金庫を見ていたら、すぐに犯人がわかったのさ!」
「へえ〜、金庫を見ただけで……?」
「ああ、犯人は、その金庫の持ち主のどら息子さ!側にいて、様子もおかしかったんだよ!それで、ちょっと、カマを掛けたら、真っ青な顔になって、自白したのさ!内輪の犯行だから、警察には届けないで、解決してもらったんだよ……」
「へえ〜、たいしたもんですね?流石、名・探偵助手リサでゴザンスねぇ……」
「バカバカしい!あたしが関わるような事件じゃないだろう?もっと、複雑怪奇、警察では、手に負えない、ってミステリアスな事件じゃないとね……」
「そんな事件が、たびたびあるわけが、ねえでしょう?小さな事件を解決して、名声を上げれば、事件のほうから、姉御を名指しで、招待してくれますよ!」
「おや?フーテン!お前らしくない、真面目で、真っ当な意見じゃないか?」
「へへ、こいつは、ゾロの奴が、マサに言ってた台詞なんで……」
「やっぱり……。ああぁ、マサのほうも暇なんだろうねぇ……」
リズは、ため息まじりにそう言って、毛繕いをし始める。
すると、首輪についている、鈴のレリーフのペンダントがリンリンと音をたてた。
「あら、また、ばあさんから、探偵の依頼だよ!」
「いってらっしゃい!」
「おや、お前はいかないのかい?」
「オイラは、遠慮しときます!また、犯人を特定するために、手首に噛み傷をつけることがあったら、喚んでください!」
「ああ、それは、ダメだよ!お前に噛みつかれた人間は、皆、死んじまうからね!最初の『橘弥生』に『遠藤浩次』それに、『嶋岡トオル』、生きているのか、いないのかは、地球外生命体のシダーだけ……。そいつは、この神社のキツネ像に閉じ込められている。お前の牙は、使えないよ!」
「皆、悪人ばかりですぜ!天罰でしょうが……。まあ、オイラの牙がいるような、正体不明の犯人が現れる事件なんぞ、めったにオキャアしませんぜ!オイラは、クインの家で、鰹節の飯をご馳走になってきますよ……」
「ああ、そうかい!じゃあ、飛ばしてやるよ!とっとと、消えな……!」
2
「リサさん、今日は地味な格好ね?髪の毛も黒く染めたの?」
大森家を訪れた、リズは、若い女性に変身している。これまでは、大森清子の孫のルナという、フランス人と日本人のハーフの小学五年生が、十歳年を取った姿だったのだが、それでは、あまりに目立ち過ぎるので、髪の毛の色を、ブロンドから、ダークブラウンに変えたのだ。しかも、今までは、ボディーラインがはっきりとわかる、ドレス姿だったのを、男っぽい、スタジャンとパンツに変えた。その上、サングラスをしているから、男っぽさが、強調されているのだった。
「わたしの噂が少し広まったようで、前の姿は、目立ち過ぎるようになってきましたので……」
「そうね!わたしが紹介した、事件を、モノの五分で解決してしまったそうね?おかげで、依頼が殺到よ!つまらない事件は、お断りしているのよ!」
「奥様!例の『金庫破り』でしたら、五分ではなく、一分でしたわ!だって、その場に犯人の『どら息子』が、いたんですもの……」
「そ、そうなの?よく、わからないけど、名探偵ともなると、ひと目で犯人がわかるのね……?」
「それで?今回の事件は、どういったご依頼でしょうか?」
「誘拐よ!いえ、まだ誘拐か、失踪かは確定していないのだけど……」
「つまり、どなたかが、行方不明になっているのですね?」
「そうなの、若い女性よ!小さな子供じゃないから、誘拐、拉致なのか、本人の意思による、家出なのか、わからないのよ……」
※
「イテててぇ~、姉御ときたら、着地地点をもうちょっと、考えてもらいテェぜ!土間はいいけど、こんな狭い空間だと、身体をぶつけるぜ!」
オトとリョウが、ちゃぶ台に座って、テレビのニュースを視ていると、土間に、一陣のつむじ風が起こって、中から、トラ猫が現れた。勢い余って、土間と座敷の境──上がり框(かまち)──に身体をぶっつけたのだった。
「おや?フーテン、今日は早いね?」
ちゃぶ台の上で、宿題を済ましているリョウが、柱時計をチラっと眺めて言った。
「ああ、姉御に探偵の依頼があったらしくて、行き掛けの駄賃に、俺を『狐の秘術』で飛ばしてくれたんだよ!」
「へぇ~、また事件かい?先日、下宿屋で『下着泥棒』が現れて、リサさんが、調べたら、下宿人の学生さんが犯人だったんだろう?リサさんの透視能力を使えば、犯行の残像が残っているから、犯人は逃られないね!」
リョウが語ったのは、『金庫破り事件』のひとつ前の事件だった。
「そうなのか?あれは、名探偵の推理じゃあねぇのか……?」
「そう、だから、リサさんの探偵として、活躍する場所があるとしたら、犯行現場が、何処かわからない!ってシチュエーションが必要だね!」
「犯行現場が、わからないシチュエーション、ってなんだ……?」
「ほら、今、ニュースに出ている、女性の失踪した事件とか、さ……!」
3
「娘さんの姿が見えなくなったのは、三日前なのですね?『脅迫』の手紙とか、電話は、ないのですね……?」
リサは依頼人の女性にそう尋ねた。
「ありませんわ!警察に届けたのですけど、『家出人』程度の扱いで、捜査をしてもらえないんです……」
と、三十歳半ばの女性が言った。小宮サトミと名乗った。
「いくつか、質問させていただきます!失礼なものもありますけど、捜査に重要な事柄ですので……」
と前置きして、リサは、女性に家庭環境のことを尋ねた。
行方のわからない娘の名前は『ミホ』、高校生だ。学習塾に通っており、その帰りに、居なくなった。
家族構成を尋ねる。ミホの下に、小学生の女の子がいる。『ヨシミ』という名前だそうだ……。
「失礼ですけど、ご主人は……?」
「主人は、居ません!」
「あら?お亡くなりになったの?それとも……?」
「ミホは、いわゆる、私生児です!父親には……、認知してもらえませんでした……。ヨシミの父親とは、去年、離婚しました……」
「まあ、複雑な家庭環境ですのね……?姉妹の父親が違っていて、ふたりの父親は、ご存命なのね……!」
「まさか、ふたりのどちらかが、ミホを誘拐した!と、おっしゃるの?」
「いえ、まだ可能性の検証段階ですわ!ほかに、ミホさんの友人関係を教えてくれませんか?仲の良いお友達とか、ボーイフレンドとか……。そうだ!アルバムがあれば、お借りしたいですわ!それと、学校の名簿とか……」
※
「ふうん?それで、アルバムと名簿を預かって来たのね?」
「そう、あの稲荷神社には、置いておけないでしょ?ここで預かって欲しいのよ……」
近所の小宮家から、アルバム類を抱えて、リサはオトとリョウのいる座敷に現れた。
「それで、アルバムから、何か感じるものがあったの?」
と、オトが尋ねた。
「まだないわ!あまりに範囲が広すぎて、人間関係を絞り切れないのよ!オト、リョウ、スターシャも手伝ってね!久しぶりに、手応えのある事件になりそうなの!」
リサは傍らの座布団で丸くなっている白猫に視線を向けて言った。
「誘拐か?失踪か?身代金の要求がないことを考えると、誘拐だとしても、金銭目的ではないわね……?と、したら、怪しいのは、父親ね!」
「オトもそう思うでしょう?わたしも父親が犯人だと思うのよ……」
「どっちのだい?認知をしない、真の父親?それとも、義理の父親?どっちにしても、誘拐する動機がないねぇ……」
「今のところ、動機は我々の知らないところにあるのよ!遺産相続とか、お金が絡んでいるんじゃないの?」
「リョウは、どう考えるの?」
「失踪!というより、家出だろう?誰か、友達の家を当たれば、見つかるんじゃないのかな……?」
宿題のプリントに回答を書き込みながら、リョウが推測を語る。
「リョウ!ヤバいかもよ!」
と、座敷の座布団の上で毛繕いを、し始めていたスターシャが急に会話に参入したのだ。
「スターシャ、どうしたの?」
「ほら、テレビのニュース!一週間前に、行方不明になった女子大生が、死体で発見された!って……」
4
「死体が発見されたのは、高知港のフェリー乗り場の岸壁前の海上だ!死因は頚を細縄で絞められた、絞殺だ!しかも、性行の痕跡がある!暴行殺人、死体遺棄事件として、特別捜査班が立ち上げられたよ!」
県警前の喫茶店で、顔見知りの若い北村刑事がリョウとリサに説明している。
被害者は、下柳恭子、十八歳の女子大生だ。二週間前に大学を出た後、行方がわからなくなり、家族から、捜索の依頼が出ていたらしい。公開捜査に切り替えた矢先に、死体が発見される結果になった。
「実は、他にも行方不明者がいてね……」
北村刑事が言うには、現在行方不明の申し出があって、捜査対象になっているのは、女子大生が一人、女子高生が一人だそうだ。ただ、恭子を含む三人に接点はなく、共通しているのは、十代後半の女性ということだけだった。
「リョウ君が言っている、小宮ミホという女子高生については、まだ、事件として扱われていなかったんだ!失踪者の届けを受理している段階でね!まあ、今後は、十代女性の拉致事件として、捜査の対象になるはずだ!何かわかったら、連絡をくれよ!まだ、警察も初期捜査の段階だから……」
そう言って、北村刑事は、仕事に戻って行った。
「さて、連続拉致事件なのか、単なる、偶然の連続なのか……」
テーブルに置かれた行方不明の女性たちの顔写真を眺めながら、リョウが呟いた。
「変質者の犯行だとしたら、わたしの扱う事件じゃないわ……」
「いや、マサさんには無理だろうけど、リサさんなら、解決できるかもしれないよ!」
「どういう意味?不特定多数の容疑者がいるのよ!警察の捜査に任せるしかない、と思うけど……?」
「犯人の動機や目的は、いまいちはっきりしないけど、目標は、十代後半の女子学生だよ!しかも、四人とも、まずまずの美人のようだ……」
「なるほど!わたしがその『美人の女子学生』に、なればいいのね?」
「そう!ただ、何処で拉致されるのかが、まだわからない。学校帰り、塾の帰り、だから、時間は夕暮れ時だろうけど……」
※
「今日で、一週間!まったく、拉致される気配はないわね……」
リサは、大学のキャンパスから、やや人通りの少ない路地へと足を進めながら呟いた。県立の女子大学の学生に成りすまし、囮捜査を開始して、一週間が経過している。リサのエスパーの感覚にも、魚影は反応しないのだ。
「わたしが『美人過ぎる』から、かしら、ねぇ……?被害者の四人は、美人といっても、『十人並みの上』くらいだから……」
と、勝手な想像をしている。
「姉御!ゾロからの伝言ですぜ!」
急に足元に小さなつむじ風が起きて、トラ猫のフーテンが現れた。
「おや?フーテン!おまえ、とうとう、リョウの『遣いパシリ』になったのかい?」
「何を言っているんです?こんな大事(でぇじ)な仕事は、オイラにしかできないでしょう?」
「嘘つくんじゃないよ!『鰹節ご飯』をご馳走になっていて、スターシャが何か閃いたんだろう?それで、急遽、暇なおまえが、サンシロウのテレポート能力で、飛ばされたんだろう?わたしに嘘は通用しないよ!」
「暇な?オイラが?違いますよ!確かに、鰹節ご飯を食べてましたよ!スターシャが、閃きました!でも、ゾロがオイラを指名して、姉御の手助けには、オイラが最適だって……」
「バカだね!リョウは宿題があるから、来れないんだよ!オダテられたことに気づかないんだから……。まあ、リョウの考えも正解だけどね!それで、スターシャは何を閃いたんだい?」
「場所が違うみたいですよ!三高って高校の裏手で、何か起こる未来が見えた!ってことなんで……」
「三高?じゃあ、高校生に変身しないといけないんだね?」
「いえ!そのままで、大丈夫ですよ……って、言ってました……」
「フーテン!跳ぶよ……!」
5
「ここが、スターシャが予見した場所かい?確かに、人通りはめったにない場所だね……」
リサはスターシャとテレパシーによる連絡をとり、事件が発生すると予見された場所へ、フーテンと共にテレポートしてきたのだ。
そこは、三高の裏手から、少し離れた雑種地で、古い鉄工所がポツンと建っている。民家とは、少し距離がある道路だった。夕暮れ時で、辺りは街路灯が点灯し始めていた。
「姉御!誰か来ますぜ!」
リサの足元にいるフーテンが鼻を膨らませながら言った。
鉄工所の陰から現れたのは、濃紺のブレザーの三高の制服を着たショートカットの少女だ。茶色の学生鞄を提げている。
「おや?もうひとり、登場したよ!怪しいのは、アイツだね!」
「姉御、犬を連れていますぜ!シェパードのようだが……、あの女、眼が悪いんじゃあないですか?白い杖をついているし、犬は『盲導犬』の器具をつけていますぜ!」
女子高校生のすぐ後ろに現れたのは、黒いスーツに黒いタイトスカート、幅の広いつばの黒い帽子を斜めにかぶっている。顔には、丸いサングラス。色白の肌に、ルージュだけが、赤く目立っていた。
彼女の足元には、ジャーマン・シェパードが、盲導犬の器具を装着して、女性の左手と繋がっていた。
「フーテン、身を隠すよ!」
リサはそう言って、フーテンと共に鉄工所の扉の陰にテレポートして、身を潜めた。
「すみません!和泉湯って、銭湯さんは、どう行けば、いいんでしょう?この子が道を間違えたみたいで……」
と、盲導犬を連れた女性が、女子高生の背中に声をかけた。夕暮れの空に、その銭湯の煙突が、白い煙をなびかせている。三高の裏手を真っ直ぐ行けばよかったのだ。途中で左に折れてしまったようだった。
女子高生は、道を引き返して、左に曲がるように説明した。その足元にシェパードが近づいて来て、少女と女性が重なりあった。
ビクッ!と、少女の身体が痙攣する。女性の白い杖が少女のみぞおちあたりに触れ、電流が流れたのだ。その杖は、スタンガンのような装置になっていた。
気を失った少女の身体を、シェパードの背中に乗せると、女性は鉄工所の前を走り去ろうとしたのだ。
その足元に、黒い影が飛び出してきて、女性の足首に噛みついた。
「イタタ!何なの?どら猫じゃあないの?なんで噛みつくのよ!」
噛みついたのは、フーテンだ!シェパードが、威嚇する構えを見せた。
「カイザー(=皇帝)!お止め!急ぐよ!」
女は、白い杖を構えて、フーテンを威嚇しながら、鉄工所の前の道を、三高とは反対の方向へ、走り去った。その道の外れに、黒塗りのセダンが停まっていて、後部シートのドアが開いていた。女とシェパードと、女子高生を乗せると、車は急発進して、フーテンから遠ざかって行った。
「姉御!逃げられましたぜ!」
「大丈夫!あの女子高生のポケットにわたしの首輪のメダルをテレポートさせて、忍ばせたからね!発信器の代わりになるのさ!しかも、おまえの噛んだ傷が、右足首にしっかり付いているからね……」
※
「あの屋敷なんですか?」
と、警察車両のジープの運転席で、北村刑事が助手席に座っている、スタジャン姿のリサに尋ねた。
ジープの前方に、古びた西洋家屋が小高い丘の斜面の一角に建っている。
「ええ、間違いなく!誘拐された、三高の女子生徒はあの屋敷にいるわ!」
リサは、県警の北村刑事に連絡して、拉致の現場を目撃した!犯人が逃げ込んだ屋敷を発見したことを報せた。ただ、大勢の警察官が向かうと、拉致された女性を人質にされてはいけないからと、まずは、リサと北村刑事のふたりが、調査にやってきた。数人の警察官が、少し距離を取って、パトカーで待機している。
「あの屋敷は、空き家だそうですよ!管轄の交番の巡査に確認しました。門扉にしっかり、鎖と鍵がかかっているそうです!しかも、幽霊屋敷って噂もある、と言ってましたよ……」
「幽霊屋敷、ね……?それは、人を近づけさせない、手っ取り早くて、とても簡単な方法ね!でも、門柱の前に、車の轍(わだち)が残っているのは、どういうことかしら……?」
「なるほど……。それより、後ろに積んでいる檻(ゲージ)は、何に使うのですか?犯人を収容するとしたら、犯人は、野獣のような男なんですか……?」
「まあ、それに近い獣がいるのよ!そいつを先に始末しないといけないからね……。さあ、車をあの木陰に停めて、訪問しましょう!家宅捜査の令状はないから、あくまで、近所の人から異臭がするって、通報があったことにしてくださいね!」
「誰も出て来なかったら、どうします?」
「強行で、侵入するのよ!空き家だから、浮浪者がいるかもしれないでしょう?警察の特権で、緊急時の捜査にするのよ……」
北村刑事は、不安気な顔をして、門柱の呼び鈴のボタンを押した。案の定、変化はない!電気が繋がっていないのだろう。門柱には、鉄製の格子状の門扉が閉められていて、鉄柱の閂(かんぬき)に鎖と、南京錠で厳重に鍵がかかっている。
「呼び鈴なんて、無駄よ!たいした高さの門扉じゃないし、格子状だから、足をかけれるから、乗り越えましょう!」
そう言い終わる間もなく、リサは門扉の閂に、右足を乗せて、格子を両手に掴むと、一気に門扉を乗り越えて、中に飛び降りた。
「さあ!行くわよ……」
6
「こんにちは!っていうんですかね……?」
屋敷の玄関の前で、北村刑事が小声でリサに確認した。
「空き家なんだから、必要ないんじゃない?犯人に警戒されるから、そのまま侵入しましょう!誰かいたら、そっちのほうが、不法侵入罪で事情聴取できるわよ!」
玄関の鍵は、壊れているようで、施錠できていなかった。ドアノブを手前に引き、ドアを開ける。「キィー」と蝶番(ちょうつがい)が軋む音がした。
「意外と、床は綺麗ね!埃がたまってないけど……、微かに、足跡があるわ!少なくても、二名以上の人間、ほか、一匹……」
シャーロック・ホームズの如く、大きなルーペを取り出し、リサが床を見つめた。屋敷の中は、外光がうまく射し込むようで、それほど暗くない。だが、ふたりは手に懐中電灯を持ち、それを点灯させた。
「床には、轍のような線があるわ!たぶん、車椅子の跡ね!」
「人の気配はしませんよ……、留守なのかな……?」
「バカね!誰かは、居るはずよ!拉致された女性がいるから……、見張くらいはいるんでしょ……」
ふたりは土足のまま廊下を進む。まず、最初のドアを開けると、応接室に使われていたと思われる、広い部屋だった。家具類はない。
奥に進むと、キッチンとダイニング、その反対側にバスとトイレのあった空間が、むなしく残っていた。
廊下を引き返し、二階に繋がる木製の階段をゆっくりと上る。二階は、プライベート・ルームが三つと、クローゼットのような部屋がある。だが、人影はもちろん、生活臭は感じられなかった。
「誰も居ませんよ!しかも、生活している様子もありませんよ……」
「空き家だからね!ここは、仮の根城かもしれない……。さあ、もう少し調べましょう!誰もいないのなら、大胆な捜査ができるわ!ほら、裏庭は広いし、納屋のような建物もあるわ!車は、あの中にありそうよ!轍があるから……」
二階の一室の窓越しに、裏庭を見下ろしながら、リサが言った。
「それと、さっきのダイニングと思われる部屋……、床が微妙だったわ……たぶん、地下室があるのよ……」
「ええっ!地下室?そんなことまでわかったのですか?」
「音が違う。それから、埃の乱れかたが違うのよ……」
いや、実は、拉致された女子高生のポケットに忍ばせた、ペンダントの共鳴音が、床下から微かに聞こえてきたのだ!しかし、それは刑事には秘密にしておく必要があった。
「さすが、名・探偵助手ですね……」
※
「黒塗りのセダン!空き家には、ふさわしくないものね!」
裏庭の建物の扉を開くと、中に乗用車が停められていた。懐中電灯でナンバープレートを照らし、刑事は番号を控えた。
リサは、車のドア付近の地面を熱心に懐中電灯で照らしている。どうやら、車から降りた人物の足跡を調べているようだ。
「足跡は、扉のほうではなく、奥に向かっているわ!」
納屋のような建物は、車を停めても、まだ充分スペースがある。懐中電灯を照らして、リサは奥のほうに進んで行った。
「道具入れかしら?以前、裏庭を菜園にでもしていて、農機具とかを保管していたのかしらね……?」
納屋の奥に、木製のロッカー風のドアのついた箱形のものが建っていた。幅は百八十センチ、高さは二メートル、奥裄は百二十センチくらいだ。ドアは手前に観音開きになっていた。
「どうやら、ここが、地下室への入口みたいね……」
扉を開くと、中はカラッポ。だが、床には取っ手のついた木製の蓋のような扉と、取っ手に繋がっているロープ。ロープの先は、天井にぶら下がった、滑車を通って、壁に取り付けている、ローラーに巻きついていた。ローラーのハンドルを回すと、床の一部分が斜めに盛り上がってくる。中を懐中電灯で照らすと、急な階段が地下に伸びていた。地下の空間はかなり広く、通路がその先があることを物語っていた。
「裏庭の地下を通って、母屋のダイニングの地下室に繋がっているようね!さあ、行くわよ……!」
7
「何の音でしょう?唸り声のような……?」
地下道は、コンクリートで補強されて、ドーム状のトンネルになっている。高さは、充分立って歩けるが、灯りはついていない。懐中電灯の光を頼りに、前を歩いていた、北村刑事が、ふと立ち止まり、耳をすまして、そう言った。
「犬の唸り声ね!どうやら、見張りは、ジャーマン・シェパードのようね……」
「ジャーマン・シェパード?唸り声で、犬の種類までわかるんですか?」
「シィ!敵地に近いのよ!しかも、犬の臭覚で、我々が侵入しているのを気付かれたわ!かなり、危険な状況だ!ということよ!」
「そ、そうですね……。どうします?引き返して、応援を頼みますか?」
「シェパードの声以外には、物音がしないわ!人間はいないかも、ね……。とりあえず、シェパードに御目にかかりましょう!作戦行動は、それからの成り行きよ……」
リサに背中を押されて、刑事は腰を引きながらも前に進む。懐中電灯の光に扉が写った。地下道の終点。地下室の扉のようだ。中から、犬の唸り声が聞こえてくる。しかし、吠えかかる、というほどではなかった。
「開けますよ……」
と言って、ドアのノブを手前に北村刑事が引いた。
「ワァ~!」
大きな黒い影のような塊(かたまり)が、刑事に襲いかかってきて、刑事は床に仰向けに押し倒された。
「飛んで、お行き……!」
リサの左手が、シェパードの身体に向けられると、瞬時に、シェパードの姿が消えてしまった。テレポート能力で、シェパードを用意していた、ゲージに飛ばしたのだ!
「ふう!どうやら、刑事さんに怪我はなさそうね!ただし、頭を打って、気を失ったか……。さて、人間の登場は……?」
※
「予想どおり、拉致された女子高生がいるわね……」
扉の中は、十畳ほどの長方形の部屋だった。壁際に簡易ベッドと、病人用のオマルのような便器がある。ベッドの脇には、小さなテーブル。ベッドの上には、女子高生が寝かされている。
シーツに包まれた毛布をめくると、白というより、半透明の繊維で作られた浴衣のような着物だけを着た──下着をつけていない──女性が、大の字に革ベルトで、手足をベッドの支柱に拘束されていた。
「酷いわね!大事な部分が、スケスケじゃない!刑事さんには、見せないほうがいいわね!あら?これは……?体温計ね……?」
ベッドの脇のテーブルに乗っているガラス製のものを手にして、リサが呟いた。
「目盛が細かいから、婦人用の基礎体温を測るためのものね……。なるほど、なんとなく、あの女の魂胆が見えてきたわ……」
そう言って、体温計を元に戻す。ベッドの上の少女は、軽い寝息をたてている。睡眠薬を飲まされたようだ。リサはパンツのベルトにセットしていたケースから、万能ナイフを取り出し、少女を拘束している革ベルトを切り裂いた。ベッドの下に、少女が着ていた、制服と下着を見つけ、少女の下半身に重ねて置いた。
「さて、地下道に、続きがありそうね!ここは、二之丸か三之丸。本丸は、まだ先のようね……」
部屋のベッドと反対側の壁には、もうひとつのドアがある。リサはそのドアを押し開いた。
「この空き家は、出城。どうやら、近くに別の住処があるのね……。とりあえず、ここは刑事さんに任せて、リサから、リズに戻るとするか……」
※
「姉御!こっちですぜ!」
地下道の先には、入口と同じような急な階段があり、蓋のような扉を押し上げると、そこは神社の祠だった。
祠の扉を開けると、かなり広い敷地内に、本殿と、社務所兼住居のような日本家屋がある。その本殿の階(きざはし)の陰から、フーテンが現れたのだった。
「おや?フーテン!何で、お前がここに……?ああ、スターシャが、また予見したんだね?」
「そうなんで……、こっちがあの女たちの住処だそうで……。しかも、もう一匹、シェパードがいるから、気をつけて!ってことですぜ!」
「もう一匹?あのゲージには、一匹しか入れないよ!まあ、飛ばす場所をあの木のテッペンにでもするか……。降りて来れなくて、餓死されては困るけどね……」
「犬はどうにかなりますが、姉御!猫のままでいいんですか?名・探偵助手のリサに変身しなくても……?」
「ああ、家屋に忍び込むには、猫のほうが楽だからね……。それで?あの女と、運転手、もうひとり、車椅子の人間がいるはずなんだけどね……」
「あの女は、この神社の巫女のようですぜ!運転していた男が神主を務めています。スターシャに言わせると、似非(えせ)の神主と巫女だそうですよ……。あと、男の子がいますね!足が不自由ですが、ほかにも、障害があるみたいです」
「ほかに、拉致された女性はいないかい?北村刑事の話だと、ミホ以外にふたり行方不明の少女がいるそうだけど……?」
「本殿の裏手に、神殿があって、そこに人間の匂いがしますね!ただ、シェパードが見張っています!近づいて、吠えられると、ヤバいかもしれないと思いまして、まだ、探っていません……」
「そうだね!周りをのら猫がうろちょろしても、怪しまれないけど、神殿を荒らそうとしたら、警戒される……。フーテン!なかなか、思慮深いじゃないか……」
「いえ!これは、ゾロの『アドバイス』なんで……」
8
「おや?何か儀式のようだね……?」
リズとフーテンは、人間の気配がする、本殿の奥の別院の天井の梁の上から、床を見下ろしている。本殿前の庭から、一気にテレポートしてきた。神殿前にいる、シェパードの臭覚を回避するためだった。
神殿の中には、太い燭台が数ヶ所灯っていて、五人の人間がいる。その中のひとりは、少女で、裸同然の薄い浴衣を着て、猿ぐつわの代わりに白い手拭いで口をふさがれ、細紐で後ろ手に縛られて、床柱に括りつけられていた。気を失っているのか、床に尻をつけて、足はダラリと、だらしなく投げ出されている。下着はつけていないようだ。
床の中心部に、白いシーツの布団が敷かれていて、もうひとり、少女がその上に仰向けに寝かされている。両手を手首のところで縄で縛られ、頭上に縄尻が固定されている。柱に縛られている少女と同様に、猿ぐつわをされているが、衣服はつけていない。全裸である。しかも、両足に、竹竿が固定されていて、竹竿の中心に縛りつけられたロープが天井の梁に通されていた。そのため、少女のお尻は、天井に向けられているのだった。
その尻を覗き込むような位置に、巫女装束の女。少女の頭元に、烏帽子(えぼし)を被った、水干姿の神主と思われる男が、大麻(おおぬさ)と呼ばれる、紙垂(しで)のついた『お祓い棒』を少女の顔の上で左右に振っている。
もうひとりの人物は、不思議な格好だ。黒いシャツに黒いズボン。車椅子に乗って、巫女装束の女の後方にいるのだが、その頭の部分は、袋状の頭巾、或いは、マスクで、スッポリと覆われていた。
巫女装束の女が、傍らに置いてある、三宝から、右手にコケシのようなものを取りあげた。三宝には、素焼きの杯(さかずき)が乗っている。
「こいつは、酷いね!フーテン!おまえを刑事の元に飛ばすよ!このメモを渡してくるんだ!間違っても、人語を喋るんじゃあないよ……!」
※
「ワン、ワン」
と、犬の鳴き声がする。
「おや?あの鳴き声は、『カイゼリン(=皇后)』のようだけど、鳴き方が、おかしいね……?何かに、怯えているような声だよ……?」
巫女装束の女が、作業を止め、神殿の扉のほうに視線を向けた。扉は、中から閂の角材で閉じられている。
「チョイと、うるさいんで、木の上に乗っけておいたよ!」
「誰?何処から入ってきたんだい?」
扉は閂がかかったままなのに、扉の前──つまり、内側──に、スタジャンのポケットに両手を入れた若い女性が立っていたのだ。巫女装束の問いに、リサは右手をポケットから出して、人差し指を上に向けた。
「上?屋根裏から忍び込んだのかい?そんな隙間があったっけ……?」
疑いながらも、それ以外の侵入口はなかった。
「それで、何の用だい?今、祈祷中なんだよ!それにこの神社は、一般向けのご祈祷はしていないんだ!勝手に入ってきたことには、目を瞑るから、出て行っておくれ!」
「その、ふたりの少女を返してくれたら、おとなしく帰ってもいいよ!隣の空き家の地下室にいた娘は、返してもらったからね……」
「な、何だって?隣の空き家の地下室……?何のことか、よくわからないけど、変ないいががりは、止(よ)しておくれ!さっさと帰らないと……」
「さっさと帰らないと、警察を呼ぶかい?心配しなくても、警察はそこまで来ているよ!しらばっくれても、無駄さ!三高の裏手で、女子高生を拉致した時、猫に咬まれた跡が、右足に残っているだろう!さあ、今なら、地下道を通って、逃げられるかもしれないよ?」
「警察……?」
と、神主の男が怯えるように言った。外では、犬の鳴き声が続いている。
「その猿ぐつわのふたりは、行方不明の捜索依頼が出ているんだ!警察が来たら、言い訳は通用しないよ!」
「お前は……?何者なんだ?」
「探偵さ!正確に言うと、名探偵『荒俣堂二郎』の助手、リサっていうのさ……!」
9
「ふうん!それで、事件は解決したの?」
シャム猫に戻ったリズとトラ猫のフーテンが、オトとリョウの家で鰹節ご飯をご馳走になっている。
オトの問いかけに、
「まあ、警察が追っていた、女子大生の拉致、殺人、死体遺棄事件は解決した、と思うわ……!」
と、リズが答えた。
「フェリー埠頭に浮かんでいた、女子大生の絞殺死体の事件ね?確か、被害者の名前は……、下柳恭子?」
「そう!その犯人は、他に、三人の少女を拉致していたのよ!わたしが目撃した、三高の生徒を含めてね……」
「三人?四人じゃなくて……?それじゃあ、ミホさんは?いなかったの?」
「そういうことよ!だから、北村刑事からの依頼の事件は、解決したけど、大森のおばあさん経由の、小宮サトミからの依頼のほうは、未解決なのよ……!」
「で、女子大生やら、女子高生を拉致した犯人の目的は、何だったの?身代金目的では、なかったようだけど……?」
「オトやリョウには、話したくない内容なんだけどね……」
「いやらしいことなのね?変質者?」
「あの巫女装束の女と神主姿の男は、夫婦なの。車椅子に乗っていたのは、女の弟で、先天性の障がい者、身体の筋肉に異常があるのよ……。それで、その治療の特効薬が、処女の……、破瓜の時の血液……。それを飲むと良くなる、って教えられたらしいのよ……。どうも、悪徳な占い師か、霊媒師が吹き込んだ話だと思うけど……」
「処女の……?つまり、処女を犯して、その時の血液を採取して……ってことなのね?」
「まあ、実際は、コケシのようなものの頭に、綿を被せて……膜を破ったらしいわ!それでも、少女にとっては、屈辱だし、苦痛を伴うのよ!殺された、下柳恭子は、暴れて抵抗したらしいわ……。それで、首を絞めて、殺してしまって、死体を破棄したのよ……」
「でも、拉致されてから、何日も経っているわよね?なんで、数日間も監禁していたのかしら……?」
「オトは、わかるでしょう?女性には、月経があって、その時の血液が混じらないように、婦人体温計で排卵日を調べて、その日に、破瓜するようにしていたみたいなのよね……。リョウには、わからないだろうけど……」
「はい!全然わかりません……!」
※
「リサさんのおかげで、殺人犯を逮捕できましたし、三人の少女も無事救助できました……」
県警前の喫茶店で、リサは北村刑事と会っている。
「下柳恭子を殺したのは、障がいのある、清永俊朗という男です。少女たちを誘拐したのは、その姉で詩子(うたこ)。車を運転していた共犯者は、詩子の夫で宮里英機(ひでき)って男です。ふたりとも、素直に犯行を認めて、供述しています……」
「じゃあ、彼女が誘拐か拉致かをしたのは、四人だけなのね?ミホという娘はいないのね……?」
「ええ、彼女の供述によると、ミホがいなくなった日には、下柳恭子の排卵日が近づいたので、準備していた頃で、拉致は実行していないそうです……」
「やっぱり、ミホの失踪は、別の事件ってことなのね……」
「リサさんに頼まれていた、ミホの義理の父親、ヨシミの父親は、片桐直也といって、今は神戸に住んでいます。それと、ミホの本当の父親と思われる男なんですけど、片桐孝也。つまり、直也の双子の弟らしいんですよ!」
「ええっ!双子の弟?何故、双子の兄弟とミホの母親の、サトミさんは関係を持ったの?」
「つまり、まず、サトミと孝也が男女の関係になった。しかし、孝也は、その時、政略結婚と噂される、大物代議士の娘と結婚して、婿養子になることが決まっていたんだそうです!それで、一夜限りの関係のつもりだったのが、サトミは子供を宿してしまった。認知はされず、ミホは私生児となった。しかし、運命というのは不思議なもので、数年後、孝也の双子の兄が現れて、サトミにプロポーズした!双子だから、顔も性格も良く似ていた。サトミは、承諾して、直也と結婚。二年後に、ヨシミが生まれたのですが、その後、直也の浮気が始まったようです!ヨシミが五歳の時にふたりは別居状態になって、去年離婚した、という流れですね……」
「複雑な家庭環境ね!ミホにとっては、伯父が父親になったってことよね……。ミホはそのことを知っているのかしら……?」
10
「宮里英機って男の妹が、霊媒師だそうよ!例の処女の血液……っていうのは、その妹が神託があったと言い出したからみたいね……」
北村刑事からの報告を受けて、リサはシャム猫に戻って、オトの家の座敷で作戦会議をしている。
「それで、ミホさんの失踪のほうは、どうなっているの?」
と、オトが尋ねた。
「不思議なのよね……」
と、リズが答える。
「何が不思議なんだ?」
と、リョウが尋ねた。
「わたしの透視能力では、ミホは今回の詩子たちの犯罪に関わりがある、と感じていたのよ!なのに、詩子の犯行では、なかった……。わたしのテレパシーが外れちゃったのよ!」
「わたしもよ!」
と、白猫のスターシャが言った。
「ふうん、なら、少しは関わりがあったんじゃないかな?例えば、詩子たちのターゲットのひとりにミホがいて、偶然、ミホはその前に、何か、他の理由で失踪していた……」
と、リョウが推理を働かせる。
「逆にミホのほうが関わっていた!ってのは、どう?」
「オト、それはどういう意味?」
オトの発言に、理解できない、という感じで、リズが問いかける。
「被害者じゃなくて、詩子たちの共犯者だった……。標的となる処女たちの情報を教えていた……。ミステリーだと、そっちのほうが面白いんだけど、ね……」
※
「小宮ミホと今回拉致された四人の接点を探してみたら、ありましたよ!三高の生徒は、ミホと中学校が同じで、テニス部の部活仲間だ。女子大生は、高校の部活の先輩。女子高生は、塾が同じ。下柳恭子はなんと、従姉……!」
県警前の喫茶店。北村刑事はリサとコーヒーを飲みながら、調査の結果を語る。北村刑事は、独身で彼女はいない。リサのような美人と、恋人関係ではないにしても、こうして会話をするのは、楽しみになってきている。ましてや、今回の拉致事件では、犯人逮捕、三人の被害者を無事救出、という、奇跡を起こして、周りから、賞賛されているのだから……。
「つまり、『処女拉致事件』の中心にミホがいた!ってことね……?」
「偶然かもしれないですよ!世間は狭いから……。それに、ミホが事件の共犯者だとしたら、彼女が失踪する理由がわかりませんよ!」
「偶然はないわね……、ふたりくらいなら、有り得るけど……、四人の、しかも、処女よ!ミホの失踪の理由は、別のところにあるとしても、全く関係ないことではないと思うわ……。ああ、そうだ!ミホのふたりの父親については、どう?ミホの失踪に関わりがあるような事象は、見つからないの……?」
「そっちは、兵庫県警に、『未成年の失踪事件』として、関係先の調査を頼んでますけど、今のところ……」
「ミホの本当の父親らしい、孝也は今どうなっているの?大物代議士の婿養子になってから……」
「片桐孝也は、二瓶孝也になって、次回の選挙で国政に乗り出す予定だそうです。義理の父親である現職議員が引退して、地盤を引き継ぐようですね……」
「予定の路線を進行中か……?まさか、それにミホが関わっているんじゃないでしょうね……」
「認知していない、隠し児がいた!って、スキャンダルになるのかな……?」
「スキャンダル?ならないけど……、なるかもしれない、と誰かが感じたとしたら……?例えば、占いとかで……」
11
「姉御!こんなところに忍び込んで、どうするつもりです?」
と、トラ猫のフーテンがシャム猫のリズに尋ねた。そこは、留置所。取り調べ中の詩子が独房の狭いベッドの中で、スヤスヤと眠っている。
「この女に訊きたいことがあるのさ!警察には喋りたくないことを、ね!あたしが、テレパシーで、この女の心の中に侵入するから、その間、お前は、看守が来ないか見張っていておくれ!猫が留置所に居たって、大騒ぎになっても困るからね……」
そう言いながら、猫どころか、スタジャン姿のリサに変身して、彼女は、ベッドサイドに立つ。
「ちょいと、詩子姐さん!起きとくれ!大事な話があるんだよ……」
と、リサが詩子の肩を軽く揺する。詩子が、「うぅん」と、寝言のような声をあげて、細目を開いた。目の前に、女性の顔がある。驚きと同時に、女性の眼が金色に輝き、大きくなった。詩子は、再び、眠りに落ちた。
「あんた、小宮ミホって、女子高生を知っているだろう?たぶん、あんたが拉致した、四人のことを教えてくれたと思うんだけどね……。今、何処にいるか、知らないかい?」
詩子の夢の中で、リサが語りかけてくる。詩子は、これは夢の中の出来事だと思っている。
「あんた?そうだ!探偵助手のリサ、って言ってたね?ミホ?ああ、名前は知らないけど、亭主の妹のミレイが最初に拉致してきた娘だね?残念ながら、処女じゃなかったのさ!で、『殺(や)っちまおう!』ってことになったんだけど、その娘が、命乞いをしてね!『処女を教えるから、決して喋らないから、助けて!』って言って、ミレイも、『その娘を利用したら、成功する!』って、ご神託が出た!ってことになったんだよ!それで、最初に従姉のキョウコって娘を教えてくれた。上手く拉致できたし、処女だったよ!あと三人を教えてもらって、解放したのさ!」
「それで、今ミホは?」
「たぶん、ミレイと一緒だと思うわ……!ミレイがその娘を気に入って……、ミレイが言うには、その娘には、ミレイと同じ能力があるそうよ……」
「姉御!看守が来ますぜ……!」
※
「奥さま、調査の結果をご報告に参りました……」
スタジャン姿のリサが依頼人の小宮サトミに言った。
「それで?ミホは無事なの?わたしの亡くなった姉の娘の恭子さんが、殺されたって訊いて……。義理の兄は再婚して、縁遠くなっていたから、行方不明になっていたのも知らなかったんですよ!ひょっとしたら、ミホも同じ犯人に拉致されたんじゃあないかって……」
「下柳恭子さんが殺害された事件の犯人は、逮捕されました。わたしが、警察に協力して、行方不明だった、三人の少女を救出できました……。ミホさんは、彼らに拉致されていませんが、拉致されかけて、ある女性に連れられ、他所に潜伏しています」
「まあ!では、ミホは無事なのですね?何処にいるのでしょう?犯人が捕まったなら、もう大丈夫だから、帰ってきてもいいのでしょう?迎えに行かなければ……」
「さあ、まだ、帰る気にはならないでしょうね……彼女たちの目的がまだ、達成できてない、と思いますから……」
「彼女たち?誰かと一緒なのですか?」
「一緒というか……、協力者はいます。ミレイという霊媒師が……」
「霊媒師?ミホは何をしようとしているのですか?」
「本当の父親に……、まあ、復讐というか……、ちょっと、罠に、はめようとしています」
「本当の父親?ミホが父親のことを知っているわけはありませんよ!」
「あなたが話さない限り?でも、どちらか、ふたりの内のひとりですよね?片桐孝也か、片桐直也のどちらかの、はずですよね……?」
「何を言っているの?直也はヨシミの父親ですよ!ミホが生まれた後で知り合って、結婚したのですから、ミホの父親なわけがないわ!」
「奥さま!我が探偵社を甘く見ないでくださいね!ミホさんが生まれる前、奥さまが付き合っていた男性は、片桐孝也。ただ、彼は政略結婚を目論でいて、奥さまとは結婚する気はなかった……」
そう言いながら、リサはサトミの眼をじっと見つめる。その心の深層部分、遠い過去の記憶をテレパシー能力で読み解いて行くのだった。
「なるほど……、孝也と直也は同一人物……。もちろん、片桐直也という双子の兄は存在しているが、あなたが肉体関係を持った人間は、片桐孝也だけだったのですね?元夫の直也は贋者、孝也が直也を騙ってあなたと結婚した。しかし、二重生活に破綻が生じ、離婚した……」
「な、何故、そこまでわかるの……?孝也が自白?いえ、するわけがないわ……!」
「奥さま!秘密というものは、自分たちが思っているほど、堅固なものではないのですよ……。わたしより先に、ミホさんが……、いえ、妹のヨシミさんが知っていたのですから……」
「ヨシミが……?」
「たぶん、まだ幼い頃、父親が頻繁に家を空けることに、ヨシミさんは、寂しさから、尋ねたのですよ!孝也は、秘密のホンの一部分を幼い娘に語った。ヨシミさんは、それを姉のミホさんに伝えた……。今回の拉致事件で知り合った霊媒師のミレイにミホさんは、自分の父親の真実を知りたい、と言って、その秘密の一部分を話したのですよ……」
「そ、それで、ミホは、秘密にたどり着いたの?」
「それを確かめるために、家を出て、孝也の周辺にいるはずですよ!家庭内の問題で、事件ではないのですから、わたしの仕事はここまでです……」
12
「姉御!何で、こんなところまで、『狐の秘術』を使って、跳んで来なきゃあならねぇんです?事件は解決したんでしょう?」
トラ猫のフーテンが、テレポートで跳んで来た、見知らぬ土地を見回しながら、シャム猫のリズに尋ねた。そこは、神戸市の北、六甲山に近い高台の高級住宅地だった。
「まあ、小宮サトミからの依頼には、答を出したけど、ね……。わたしの中じゃあ事件は終わっていないのさ!ミホの思惑が今一、わからないし、ミレイっていう霊媒師のことも気になるんだよ……」
「ミレイ?イカサマな霊媒師でしょう?処女の破瓜の血が『特効薬』だ!なんて……吸血鬼じゃあ、あるめぇし……」
「吸血鬼は、処女の生き血を首筋から吸うんだよ!だから、もっと異常な考えなんだ……。ミレイって女の本性を知りたい、と思わないかい?」
「ただの変質者ですよ!」
「男なら、変質者だろうね!だけど、まだ若い娘のようだ……。何か、暗い過去の経験が……、そんな気がするのさ……」
「へえ?処女喪失の経験が、異常だったんでしょうか、ねぇ……?」
「フーテン!なかなか面白い推理だよ!うん!たぶん、それだ!オトやリョウには、秘密にしないといけない、場面になりそうだね……」
「姉御!ここでしょうかね?表札に『二瓶』ってありますぜ!」
坂の上にそびえ建つ、洋館。屋根には風見鶏が揺れている。その鉄格子の門を見上げながら、フーテンが言った。
「ああ、オトが見つけた、元運輸大臣、二瓶鋼太郎の屋敷の新聞記事のままだね!サテと……、ミレイとミホがここに来るのかねぇ……?」
「スターシャが未来予知をしたんでしょう?ふたりの女が、新聞に載ってた屋敷を訪ねて来る!って……」
「まあ、それは確かだろうね……。ただし、この時間帯とは限らないよ!」
「とりあえず、屋敷に忍び込んで、様子を伺いますか……?」
「犬がいるよ!ドーベルマンが三匹……!人間のガードマンか、ボディーガードか?強面の男がふたり……。安全そうな場所は……、あの『風見鶏』の下の部屋だね!女の子がいるよ!ミホって娘にどこか似ているから、孝也の娘だね……」
リズがコンクリートの塀に飛び上がり、屋敷全体を透視しながら言った。
「よし!あの部屋へ跳ぶよ……!」
※
「あなたは、誰?どこから入って来たの?」
風見鶏のある屋根の下の部屋にいた、中学生と思われる、長い黒髪の少女が尋ねた。
「驚かせてゴメンよ!わたしの名前は、リサ。探偵の助手をしているモンさ……!ちょいと、この屋敷に用があってね!ドーベルマンとかいるから、この部屋が一番安全な場所だったものでね!屋根から、窓を通って、入らせてもらったよ……。ところで、お嬢ちゃん!あんた、この屋敷の娘さんだろう?名前は?」
「探偵?パパかおじいちゃんが、悪いことをしているの?わたしはユカリっていいます。中学2年生だけど、学校へは行ってないのよ」
「学校へ行ってない?病気なの?」
「イジメられるし、授業も面白くないし、先生も嫌いだし……、病気ってことになっているわ……。それより、探偵さんが、我が家に何の用なの?表から入って来ないなんて、探偵と言うより、スパイみたいね?」
「探偵は、警察とは違うのよ!捜査令状なんてないから、秘密裏に調べたりするわけよ!何の用かは、教えられないわ!少なくとも、ユカリちゃんを捕まえに来たのではないから、安心して……」
リサはそう言って、玄関を見下ろせる窓のカーテンを開けた。
「ちょっと訊くけど、ユカリちゃんのパパは孝也っていうんだろう?おじいさんは鋼太郎さん……。お母さんは?」
「探偵さん、よくご存知ね!ママは志摩子よ!今日はいないわ!出かけるところをその窓から見たから……」
ユカリは言葉を濁す。
「ふうん……、外で男と……」
「えっ?わたし、そこまで言っていないわ!」
リサがユカリが言い淀んだ言葉をテレパシー能力で読み取ったのだ。
「探偵の勘よ!まあ、それも事件と直接関係ないから、それ以上は詮索しないわ……。それより、ユカリちゃん、あなた、ご兄弟は?」
「いないよ!この家には、ね……」
「あら?じゃあ、外にはいるの?」
「パパがママ以外の女性に産ませた子供がいるらしいわ!そのことで、喧嘩しているところを訊いてしまったの……」
「そう、ユカリちゃん、その姉妹に会えるかもよ!今日、その娘がここに来るはずなの……」
13
「あなたが、わたしのお姉さん……?」
「ユカリ!何で、部屋を出て来たんだ?いつも部屋に閉じ籠っているのに……、大事なお客と話をしているだ!部屋に帰っていなさい!」
屋敷の玄関脇の応接室に、ユカリが現れて、父親の孝也が、焦りの色を浮かべている。応接室には彼の他に、ふたりの女性とでっぷりと太った髪の毛が薄い年寄りの男がいる。
「その『大事なお話!』とやらを、お伺いしたいわ……」
ユカリの後ろから現れた、まだ二十歳くらいの、スタジャンにパンツ姿の女性が、孝也に向かって言った。
「誰だ!どこから入って来た?」
「失礼!わたしの名前は、リサ!探偵の助手ですわ!『名・探偵助手のリサ』と、覚えておいてください……」
「探偵だ!と……?何の用だ?誰に断って屋敷に入って来た?」
「もちろん!ユカリさんのお友達として、ですわ!ユカリさんに、腹違いの姉がいることを調べるようにご依頼を受けて、そのお姉さんが、今日、この屋敷に来ることをお教えに伺いましたのよ!ミホさん!小宮ミホさんよね?一緒にいるのは、ミレイさん?姓は、宮里かしら?お兄さんは宮里英機って名乗っていたけど……?」
リサは、ユカリと打ち合わせて、ユカリの依頼による調査だと、装っている。
「何で、わたしの名前や兄の名前まで知っているのよ?」
そうリサに訊いたのは、リサとそれほど歳の違わない、巫女装束に赤い袴姿の女性だった。
「ミホさんのことを調べていたら、十代の女性の拉致事件に出くわしてね!警察に協力する羽目になっちまったのさ!あんたの兄貴とその妻の詩子は、警察に捕まったよ!詩子の弟もね……!あんたも事件の関係者のようだね?ミホさんも関わっているようだね……?」
「兄貴たちが?捕まった?」
「いったい、何の話だ?この女ふたりを捕まえに来たのなら、外で待っていろ!こっちの用か済んだら、警察にでも通報するがいい!」
と、リサとミレイの会話を孝也が遮るように言った。
「いや!ふたりを捕まえに来たんじゃないんだ!あんたとミホの関係……、そして、爺さんとミレイの関係を……、はっきりさせたいのさ……!」
「な、何の話だ?この巫女姿の女が、ワシと関わりがある、というのか……?」
「元運輸大臣、二瓶鋼太郎さん!あんた、この娘に見覚えがあるだろう?四年前の総選挙の時、選挙応援に雇われた、女子大生を無理やり手ごめにしただろう?その娘がこのミレイさ!」
リサは、テレパシーによる、読心術で、ミレイの心を読み取ったのだ。
「な、何……?あの時の……?」
「そうよ!あんたに処女を奪われた、女子大生のアルバイトよ!秘書の男に金を渡されて、黙っていろ!と脅されて……。でも、そのことをどうやって、調べたの?探偵さん?そのことを知っているのは、わたしと、この爺さんと、秘書の男だけだよ!秘書が喋るわけがないし、ね……?」
「だから、言っただろう?名・探偵助手だって……!わたしに隠し事はできないんだよ!孝也さん!あんたがこのミホの父親であることも、双子の兄の直也の戸籍を使って、小宮サトミと二重婚をしていたことも、調べがついているのさ!どうやら、それをネタに、金を要求されたんだね?それが『大事なお話』ってやつなのか……。もうすぐ、大事な選挙が、あるものねぇ……」
「よ、余計なお世話だ!あんたは、この女ふたりを捕まえに来たんじゃないのか?ミホという娘は、認知しないことで、サトミも了承しているんだ!それなりの金も渡した。今さら、父親の名乗りなど、できるものか……!」
「あんたの罪は、そこじゃあないよ!ミホの義理の父親を装って、血の繋がりがないからと言って、男女の関係を迫った……。まあ、抵抗されて、未遂に終わり、そのことで、サトミとも離婚することになった……。ミホは、その所為で、好きでもない、クラブの先輩に、自棄気味に処女を捧げた……。まあ、そのおかげで、拉致されても、無事だった……。いや!ミホの代わりに従姉の恭子が殺されたんだ……。因果は回る。あんたの重婚と不埒な行いが、全ての始まりなんだよ!そんな男が代議士なんかになれるとは、思わないことだね……!」
※
「それで?名・探偵助手リサは、どう事件をまとめたの?」
オトとリョウの家のテレビのある居間で、シャム猫とトラ猫が『鰹節かけご飯』をご馳走になっている。神戸から、テレポートで帰って来たのだ。
「重婚の罪で警察に訴える!って手もあるけど……、まあ、揉み消されそうだね!」
と、リョウがオトに続いて、言った。
「脅すほうのミレイも、拉致事件の共犯者だし、脅されているほうも、警察のお世話には、なりたくないから、ね……。結局、あたしが裁定を下したのさ!まず、ミホの父親だ、と認めること。それと、重婚と不埒な行為を謝ること!鋼太郎は、ミレイに謝って、選挙には、ふたりとも出ないこと……!」
と、シャム猫のリズが答えた。
「それを両者とも受け入れたの?」
「まあ、しぶしぶに、ね……。会話を録音している!って脅かしておいたから、たぶん、上手くいくわ!」
「しかし、選挙に出ないと、婿養子になった意味がなくなるね……」
「そうね!たぶん、離婚すると思うわ!ユカリの母親の志摩子が不在だったのは、別の男と不倫していたからのようよ!」
「じゃあ、孝也は、孝也として、ミホの母親のサトミと再婚するわ!」
「あら?オトにも、未来予知ができるようになったの?」
「リズ!未来予知じゃあなくて、いつもの『こうなったら、面白い!』っていう、姉貴の勝手な推理さ……!」
「なるほど、さすが、仲の良い姉弟ね!」
「あら?でも、ミホが共犯者で、拉致する候補者を教えていた、って推理は、当たっていたでしょう……?」
「まあ、ここら辺で、事件は終了ね!あとは、家庭内の問題!二瓶家と小宮家と、霊媒師のミレイが今後どうなるか?は、名・探偵助手リサには、関わりのないことだわ……!」
「結局、また、うやむやで、お仕舞い?荒俣堂二郎と、同じね……」
「いいのよ!今回は、なかなか面白かったわ!下着泥棒や金庫破りよりは、ね……」
「オイラの出番が、少なかったですけど、ね……」
「おや?フーテン!おまえ、最初は非協力的だったのに……?探偵助手をしたいのかい?」
「別に……。ただ、この『鰹節かけご飯』の分くらいは、働かねぇと……。借りを作っているようで……」
「いいのよ!フーテンは家族みたいなものだから……、遠慮はなし!よ!」
「クイン!オメエは、本当にいい女だぜ!マサなんかヤメて、オイラの女房になりなよ!」
「バカだねぇ……。このご馳走は、あの婆さんからもらっているんだよ!感謝するのは、オトとリョウのおばあちゃんに、だろう?でも、感謝の言葉は、喋っちゃあダメだよ!心臓が止まったら、困るから、ね……。あっ!婆さんのことを話していたら、もうひとりの婆さんから、呼び出しだよ!首飾りの鈴が鳴り出したよ!また、『名・探偵助手リサの活躍』が始まるのかな……?」
了
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