第4話 出航は夜風と海の歌

だいぶ街明かりが近づいてくると潮の香りが俺の鼻をくすぐりだす。


「良い場所だな」

「そうだろう?ここは夜中だとしても活気がある。この時間帯に船がつくことは普通だ。」


所々から歓声が聞こえてきたり笑い声が漏れている場所が見受けられる。


大体まだ明かりがついているのは居酒屋か

出港場だけのようだ。


「酒か...」

「今から船乗るんだから我慢しといた方が良いんじゃないか?」

「面白くない男だ。行くぞ。一杯ぐらい付き合え」


酒場に入るといきなり静寂と化す


歩いてバーカウンターに向かうがおじさん達の視線が痛い。


「...何を飲むんだい?」

「...ヘメリコを二つ」


いきなり歓声が沸き、歌い出す


「わかってるな嬢ちゃん!!旅人か?」

「ああ。いいから早くくれ」


俺は横に座っていたおじいさんに絡まれる


「お前さん、良い顔立ちから横の女性、とっ捕まえてきたのか?俺が若い頃はな...」


さらに奥からは


「いつ結婚すんだい?」


茶化されているのか。

前の世界ではこんな事はなかったが、もしかしたら酒場に行けば陽気な人たちと出会えたのかもしれないな。


「ほれ、呑んでみろ。度数は高いがフルーティーな味わいだ」


俺は差し出された酒を一気に飲み干す。


「きついが...良い味だ」

「そうだろう?弟子がセンスないのは困るからな」


陽気な音楽に明るい人達。そして初めての味。

こう言うのも悪くないな。


「おい、坊主。海の歌って知ってるか?」

「海の歌?」

「ああ。俺たちはよぉ。無事に帰って来れたら海の歌を歌んだ。海に感謝してな」


横の彼は大声で豪快に歌い出す。

そしてつられるように周りの者も歌い出す。


「はぁ。全く人間ってやつは...」


俺は彼女をじっと見つめる


「なんだ?」

「歌えるのかなって」

「当たり前だ。歌は得意だ」

「なら舞台は揃ってる」


彼女は一人ボソッと笑う。


「歌うのは一人の時だけだ」


彼女は次々にお酒を頼んでいく。

それほど金を持っているのだろか?


「これ全部払えるのか?」

「いや?誰かに奢ってもらうさ。そういうものなのさ。酒場は」


無計画な人だ。


「なに貴様、もう酔っているのか?」


俺はバーカウンターにうつ伏せになりながら

手で伝える。


「少しだけ。」

「はぁ。全く弱いな。私はまだまだいけるぞ」

「それは師匠だけでしょ」

「師匠か...私も歳をとったものだ」


彼女が儚げに見えるのはなぜだろうか。

お酒のせいか、それとも...


「そろそろ行くぞ。今のうちから出航しとかなければな。」


横のおっさんは顔を真っ赤にしながら俺の肩を組んでくる。


「べっぴんさんには言うておけ!俺がお会計済ましてやるからなって!」


(まじで奢ってもらえるんだ...)


まぁ彼女の場合だけど。


夜の港は冷える。冷たい夜風と潮の香りを

感じながらあの男達は海を渡っているのか。


少し贅沢だなと思ってしまった。

いやこれくらいのご褒美がなければ、とも思う


「なんだ?考え事か?」

「いいや。気持ち良すぎて考え事忘れちゃったな」


少し待っていると小さな船がやってくる。

そしてその船長と彼女は交渉し出す。


「聖都まで頼む。3千ヘルキでどうだ?」

「3千か。それなら朝の出発だな」

「そう言うな。なら三千五百ヘルキは?」

「4千は無理か?」

「そうだな...午前中に着くことができれば

4千ヘルキで良い。」

「わかった。さぁ乗れ」


賢いな。この魔女は。

元から4千ヘルキ?を出すつもりだったのだろう。

だがお客が俺達しかいない今、わざと少ない金額にして釣り上げる。

そして急ぐようにしたわけか。

そもそもヘルキってなんだ?お金の単位なんだろうが...


「なぁ。ヘルキってなんだ?」

「ん?この大陸の共通の金額の単位だ。大体...100ヘルキで飲み物が買える。500ヘルキで食べ物が買える。20万ヘルキで小舟が買える」

(まぁ大体円みたいなものか...)


前に立っていた船長が振り向かずに問いかける


「どうして聖都なんかに行くんだ?」

「知り合いがいてな」

「そうか。今は大変だぞ〜」

「どう言うことだ?」


「皇帝ルシフェルンが暗殺された」


皇帝とつくのだからかなりの権力者だろう。

それが暗殺?最悪な場合戦争の火種にもなりかねない。


「大変だな...犯人は分かっているのか?」

「いや〜それがなぁ。見つからなくてな。

皇帝の側近達は最近活発になっているのせいではないか、と睨んでる」

「変な団体?」

「ああ。この世界の崩壊を回避するために活動してる奴らだ。」


おかしな話だ。

暴君などであれば暗殺する理由は分かる。

この世界の前に多くの人が亡くなり、国が崩壊するからだ。

だが、もし仮にそうではなかったら?


「その皇帝は暴君や批判を買うような人物だったのか?」

「いいや?聖都の皇帝だぞ?善人しかなれまい」

「それが暗殺されたと...」

「オタクらも気をつけるんだな。変に行動すると濡れ衣着せられるぞ。国民の不安を和らげるために」

「確かにな。下手に行動するのはだめだな。」



船長は大きなあくびをしながら夜の海に向かって歌う。


「それは海の歌か?」

「ああ。俺達は歌うのさ。あんたらはこれを

子守唄代わりに寝るんだな。休める時には休んでおけ」

「ありがとう。助かるよ」

「気にすんな。海があれば俺達は仲間だ」


この世界には優しい人達もいるのだな。

もしかしたら...前の世界にも居たのかもしれない。このような人が。

前の世界でも冒険に出てみれば良かったな。

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