第二十二話 それ良いの?

 私は急いで会場から出た。すると後からミュージック使いのメンバーも来てくれる。

 「あれは、確実に神様エキスパートの仕業ですね」

 淡々と告げる奏真君だけど、口元はかすかに震えている。私まで緊張して来ちゃった。邪楽のボスが近くにいる。ミューちゃんもブルッと身震いした。

 「武岡さんも、園部さんも、森さんも全員ボス候補だけど行動していなかったわ」

 「そうなんか……俺様の観察が外れちゃったんかな、ごめん!」

 「全然!奏太君のせいじゃないでっ」

 「そうニャ、これまでミュージック使いは何代にも渡って続いている、と言うことはそれだけ終わらせるのが難しいのニャ」

 私は必死に奏太君に声をかけた。

 でも、奏太君は顔を上げない。自分のせいだ、って考えているのが見ていて伝わって来る。

 「おや、どうしましたか?」

 その空気を壊すように宇神先生がやって来た。宇神先生は悪意の無いような爽やかな笑みを浮かべる。なんだ、ここにいたのか……。あれっ、でも他の先生たちは?

 「宇神先生、他の先生方はどちらにいらっしゃいますか?」

 「ああ、さっき、そこで他の先生にも会ったよ。そこらへんにいると思う。……後、今は演劇公演が始ま」

 「ありがとうございます!」

 歩翔君は、ザッと宇神先生の言葉をかき消すようにお礼を言う。

 「歩翔君、どこに行くの!?」

 「先生から離れただけだ」

 「ねえ、早く見つけないと!せやないと先生はそのままやで…」

 「そうだな、奏真。一応……この指輪を持ってきた」

 そう言って歩翔君が見せた指輪。あれは、太衣さんが付けていたボスに操られる指輪だ!

 「これを付ければ……、ボスの声を聞けるかもしれないんだ。ただ、それちょっとの可能性パーセント。やるのは危険だ」

 「僕…やる」

 「奏真、本気ニャ!?最悪奏真が邪楽になるニャッ!」

 「でも、やる。だって、このままじゃボスも分からずに、音楽が消えて行くだけだよ?つけてもしも危なくなったら、皆に指輪を外してもらいたいんだ」

 奏真君が、はっきり告げた。そんなに覚悟してやりたい、と言うことは簡単じゃない。いつも優しくニコニコ笑っている奏真君からは想像出来ない姿で、思わず瞬きをした。

 でも、そんなの…危険すぎる。ミュージック使いが、邪楽になるなんて考えたくも無い。

 「……分かった」

 「歩翔君!?」

 「俺達が指輪を抜けば良いんだろう。それならやる」

 私なら絶対にやりたくない。絶対に危ないことだから。

 「俺がやろうか、俺が。そうしたら別にいいだろう?」

 「だ、駄目!僕がやるから」

 歩翔君の発言に奏真君が慌てる。そんなに本気でやろうと思ってるんだ……。その覚悟に反対したいけど、でも反対したくないっ。心がゴチャゴチャになって来た。

 「……私は賛成するわ」

 「っ、なぎもやっていいと思う。なぎ頑張って指輪抜くでっ!」

 「…俺様も」

 「……………分かった、私もやることに賛成するよ」

 私の声と同時に、奏真君が指輪をはめる。

 するとだんだん目つきが鋭くなった。私達は、ヒュと冷たい空気に包まれる。

 「ヴ、ヴォーーーーッ!」

 奏真君が叫びながら私達に手を振りかざす。

 これは、まさに、邪楽化じゃがくか…。私はブレスレットを押して、タンバリンを取り出す。でも仲間なら、攻撃しちゃダメだよね……。タンバリンを押す手が震えた。

 攻撃しないで、自分を守らなきゃ!

 「ヴォッ!」

 「梛、危ないよっ」

――タンッ。

 私は勢い余ってタンバリンを叩いた。

 奏真君の体に網がかかる。や、やっちゃった……。こんなに暴れているなら、指輪を取ることは簡単じゃなさそう。でも、取らなくちゃ危ない。私は網の中に、自分で入った。

 奏真君の瞳が揺れる。奏真君は何も暴れなくなった。これはチャンス!私は手を取って、勢いよく指輪を抜いた。

 「ハァ、ハァ、ごめんっ」

 「大丈夫だよ、取りあえず網の中から出よう」

 「い、いやっ……、ううん分かった」

 網目の隙間から出た後、奏真君のもとに皆が駆け寄る。希沙ちゃんが心配しながら尋ねた。

 「誰が、ボスか分かった?」

 「あ、あの……僕が倒されたら元も子もないから今から来ると頭に響いたんだ……」

 「えっ、今からでつ?」

 「うん。多分ボスの声……。もうすぐ来ると思う」

 今から来る!?ボスが、私達に会いにくるのっ!?心臓がバクバクして来た。

 「僕の事『太衣』と呼んでいたから、多分歩翔君のお父さんが元に戻ったことを知らない気がする」

 奏真君がそう呟いた時。会場の入り口の扉が開いた。ザッと一歩後ずさる。邪楽のボスが来るかもしれない、と思うと体の中に稲妻が走った。

――ギギッ。

 開いた、扉が、大きく。舞台のまぶしい光と一緒に出てきたのは……。

 「「「「「「「「う、宇神先生…!?」」」」」」」」

 「ああ、君達まだここにいたのか。早く中に入って舞台を見なさい」

 宇神先生は何も気にしない様子で、私達を見つめる。

 邪楽の神様エキスパート……ボスは、宇神先生!?いや、ありえない。宇神先生は吹奏楽部顧問で、音楽好きだから、ありえない!

 「待て、ボス。邪楽のボスなんだろう?そんなこと分かってる」

 歩翔君が、ズイッと宇神先生へ詰め寄る。怖い歩翔君のことも動じない宇神先生がすごい。

 「何の事ですか?」

 「ほら、アル君。違うみたいやから、やめとこう?ねっ!?」

 「なぎ、止めるな。……前からずっと気になってたんだ!合宿の時に符川がブレスレットを外しているのを見て笑っていただろ!その後に、すっごく俺達に邪楽が自分から近づいてきたのも不思議に思ったんだ!どこかで気づかれたのかって。いい加減に名乗れ!俺は今、ここに来たことで確信した!お前が邪楽のボスだ!

 宇神先生が面白おかしく笑った。歩翔君がそんなことに気が付いていたなんて、思いもしなかった。……でもまだ宇神先生と決まった訳じゃ無い。

 「お前、いい加減にしろ!」

 「そこまで気づくなんて、さすが太衣の息子ですね。ここまで言われたら仕方がありません。そうです、私が邪楽です」

 宇神先生は自分で邪楽のボス、と言った!?えっ、嘘!?

 「そっか……小学校の先生って中学の教員免許も持ってるから、太衣さんが一度会っていてもおかしくないのね」

 希沙ちゃんは冷静に考え込んでいる。

 そうなんだ、先生って移動もできるんだ……。では無くて!

 宇神先生が邪楽なら、いつ襲ってくるか分からない。すぐに、私達も守備をしないと。

――ビュシッ。

 宇神先生が風を切り、私達に近づいてくる。先生は百八十センチ以上も身長があるから、百六十ちょっとの私には、かなわなそう。そう思うと、緊張がどんどん膨らんできた。

 「符川危ない!」

 歩翔君がグッと私の手をひいて助けてくれた。ふぅ、危ない!

 取りあえず、私はブレスレットから出てきたタンバリンを鳴らした。

――タンッ。

 でも、宇神先生……いやボスには当たらない。

 ヒョイヒョイと交わされて、網は床に転がった。身体能力が高い!私はザッと着地する。

 「符川、音楽を考えろっ!」

 「僕達がやってる間は和音ちゃんがやって……!」

 「そうよ、和音ちゃんが一番感が良いんだから」

 歩翔君に奏真君、希沙ちゃんが勇気づけてくれた。私が、やっていいの?

 梛は頭が良いし、歩翔君だって……。でも、私を選んでくれたんだ。精一杯やろう。

 見た目はただの教師。宇神先生って人間なの……?

 「すみませ――ん、宇神先生って人間ですか――――!?」

 「ちょっ、和音ちゃん?それ聞くのは危ないんとちゃう?」

 「今は、邪楽だ。……昔は人間だ…」

 「答えた…?」

 おっ、答えてくれた。今は、邪楽。

 でも昔は人間なら……音楽から生まれた訳じゃないんだ。人間から邪楽になった理由が分からない。とりあえず音楽を当てることを目標にしよう。見た目では、考えられない。

 名前、とか……?宇神……宇宙関係なんだろうか。

 「きーらきーらひーかーる……みたいな…そう、『きらきら星』!」

 私が呟くと、宇神先生が突然グッと座り込んでしまった。えっ、急なことで私は何が起きたのか分からなくなる。 私は、宇神先生に駆け寄る。

 「宇神先生、どうしたんですか!?」

 「あっ、あ……昔のことを思い出して………」

 昔のこと……?ミュージック使いの皆が私達のもとに来た。宇神先生は私達をいやそうな目で見つめる。

 「昔のことって……何ですか?」

 「聞く必要は無い」

 「私が聞きたいんです!」

 私は頭より先に口が動いた。音楽の才能があるから分からないものって、何?それがただただ知りたい。宇神先生がどんな思いをして邪楽になったのかも知りたい。

 「……小学校の頃リコーダーできらきら星を吹いた。そこで失敗して笑われた。それだけだ」

 リコーダーで失敗?確かに私でも難しかった。……それで、邪楽になった、ということなの?信じられない、失敗して笑われるなんて許せない気持ちが湧いてくる。

――バッ。

 「この人は邪楽なのよ。離れないと!」

 私は希沙ちゃんに言われて離れた。。

――リンッ。

 梛が私のことをガードし、口パクで『か、ん、が、え、て、きょ、く』と伝えてくれた。

 生まれた曲を考える、それが今私に与えられた仕事。でもっ……曲を当てて、倒したとしても宇神先生の記憶かなしみは消えないんだよね?

 そのままで良いのかな。私の頭の中で迷いが生まれてしまった。

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