第十九話 人間、なのに。【Side歩翔】

 久しぶりに父さんに会えた。再開の喜びと、どうしていなくなったのかという不思議さ、母さんを苦しませた怒りが交互に俺、坂本歩翔を襲う。今、何をしたんだ……?

 父さんが頭に手を置いた吹奏楽部部員は、

 「コンクールなんてどうでもよくない?」「近くにカフェあるし、行こ」

 と言った。

 まさか、邪楽?いやいや、そんなことはあり得ない。父さんは昔ミュージック使いをやっていて、人間だ。

 でも、今、和音ふがわ達は動かない。まるで石みたいになってしまった。あれは完全に父さんがやった……。

 「気づいたか、歩翔、父さんが邪楽なこと」

 ……………………!?ミューやジックが驚いた表情になる。

 固まっている皆からも体から驚いた雰囲気を放っていた。足の感覚が無くなり、後ろへ倒れ込む。

 「ミュー!!しっかりするでつ、歩翔君っ」

 「あ、ああ…」

 俺は立ち上がりながらも、衝撃が体内を走り回っていた。父さんは人間、なのに。

 「信じられない、だろ?フッ」

 嘘だ。父さんは元ミュージック使い。それなのに邪楽だなんて、ありえない。十年ぐらい一緒にいた父さんに裏切られるなんて……。

 「じゃあ、ここで始末するか」

 「やめるでつ――――――――――!」

 「前を見るニャッ!」

 前…………?俺はジックの言葉通り、前を見た。すると父さんが俺に手を振り下ろしている。符川と同じように、石のようにされるのか?でも…。

 「…………っ」

 俺の目の前で手を止め、父さんは泣き出したのだ。

 「……父さんっ。本当に邪楽なのか…?」

 父さんは何も答えない。ただただ俺に手を振りかざしてきた。

 腰が抜けて、よけようと思っても体が動かない。どうしようか、と思ったその時。

 「やめて――っ!」

 「やったらダメ――――!」

 「………符川、希沙ゆたとも、奏兄弟に、なぎ……」

 固まっていたはずの仲間ごにんが俺の前へ現れた。

 ミューが、フフンと笑う。父さんの手は俺の頭に当たることは無かった。

 「……クッ、なぜ動いたんだ!?」

 「何故かあなたが泣いたときから、自然と動けるようになったの」

 豊共がバッと父さんの手を振りほどく。すると符川が立ち上がって、こう言った。

 「本当は……誰かに操られて邪楽の役目をしてるの?」

 操られる……。その言葉に父さんの瞳が揺らぐ。俺はその言葉が出てくるとは思わなかった。父さんが、誰かに操られている?

 でも…操られているか分からない。とりあえず一回、父さんから離れることにした。

 「どういうこと、和音ちゃん?なぎ全く分からへん」

 「歩翔君と歩翔君のお父さんは家族でしょ、傷つけるなんて出来ないよ」

 符川の言葉には珍しく説得力がある。いつもより強く決意したような言葉が俺の心に残った。父さんが操られている、なら解除する方法を見つけ出そう。

 「父さん……手で何かすること多くないか……?」

 「そ、そうかな?」

 「う――ん、確かにそうかもしれないね。僕ちょっと見てみる」

 「ああ」

 そう言って奏真が父さんの方へ行く。俺達の会話を聞いていなかったようだ。

 父さんは鼻で笑って俺達を見た。父さんの手に何か手がかりがあるかもしれない。俺も動かないといけない、そう思った。父さんのもとへゆっくりと近づき父さんを真っすぐ見た。

 「父さん、父さんはミュージック使いだったよな?」

 「そうだ、それがどうしたと言うんだ」

 「それなのに、邪楽の仲間になったのか?」

 「それは……っ、お、お、音楽がっ………………いらないから」

 震えながらも、父さんは言った。その動きが操り人形みたいだ。

 俺は自分が危険になっても父さんを救いたい。これは父さんの本心じゃないはずだ。

 「「………っ!?」」

 「歩翔君!危ないよ、それはっ!」

 皆の声を聞きつつも、俺は手を伸ばして父さんの手をつかんだ。何をされるか分からない。父さんの方が力は強い。俺はすぐに手を見た。すると、右手の親指に、指輪が付いている。

 こんなの父さんは持っていなかった。持っているのは一つ、母さんとの結婚指輪だけ。

 「これを外す!」

 「やっ、やめろぉ」

 父さんの声を無視して俺は指輪を外そうとする。すると父さんの左手が伸びてきて、俺をつかんだ。つ、強い……!皮膚がギリギリ痛む。

 「ダメ――ッ!」

 なぎが急いで父さんの左手を抑える。それに遅れるように、符川と豊共もやって来た。俺は、この指輪を抜くだけだっ……!

 「とれる、行けるぞ!歩翔、俺様も手伝うから」

 「僕も……」

 「あ、ありがとう…」

 俺は必死に指輪を引く。これが何かの手掛かりになるかもしれない。ここで下がれない!

 「「「ぬ、抜けた…」」」

 力が抜けて、俺は後ろに倒れ込む。すると、父さんの表情がみるみる変わった。

 「な、何だったんだ…お俺は何をしてたんだ…?」

 父さんがあたふたとした目になる。

 これはまさか、邪楽にならせるための指輪リングなのか?俺は指輪を見つめた。父さんが、元に戻ったのか…!?

 「歩翔、ごめん!本当にっ……」


〇┃⌒〇┃⌒


 あれから二十分、俺達は父さんに話を聞いた。

 父さんはある日、ミュージック使いとして邪楽のボスまでたどり着いたらしい。でもそこで指輪をはめられ、思うように動けなくなる。さらには、邪楽としての活動をやらせられたみたいだ。

 俺に父さんはすっごく謝ったけれど、俺は気にならなかった。それどころか俺はそれを聞いてボスがどんなにひどいのだろう、と思う。ミュージック使いを仲間にして、卑怯なことをさせる。そんなことをしているなんて夢にも思わなかった。

 「ボスってどんな人なんですか?」

 そう符川が尋ねた。でも、父さんは首を振る。

 「覚えていない、性格には記憶があいまいなんだ。ボスが短髪なのは分かっているんだが、どうやら記憶を消されたみたいな感じだ」

 「そうですか……」

 まだボスまでたどり着けていない。今まで坂本家に代々受け継がれているミュージック使い。それを俺の代で終わらせることを心に誓った。

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