第十六話 コンクール、やって来た!

電車に乗って、三十分。うげっ、ぐ、ぐるじいっ。十月半ばの今日、私達は中学生吹奏楽コンクール支部大会があるんだ!私はソロもする重要な役割なのに……。

 なぜかこんな時に電車酔い。私は梛に背中をさすってもらった。

 「大丈夫?」

 「ううん、大丈夫じゃ……ないよぉ~」

 奏真奏太そうきょうだいに助けられて会場へ行く。会場まで何とか歩き、会場の席にヘナヘナと座り込む。

 何でこんなに大事な日に限って……!うう――――、大丈夫なはずっ。うん、大丈夫だ……っ。こんな時にミューちゃんがいればなぁ……。ミューちゃんとジクちゃんは風邪にかかって、今日はブレスレットの中。早く治ると良いな。

 「はい、水」

 姫香さんが水を手に乗せてくれた。つ、冷たいっ。それを一口飲むと、気分が鎮まる。

 「ソロ、頑張って。私もソロ二年の頃吹いたから、気持ち良く分かるわ」

 姫香さんはそう言って笑った。少し気持ち悪さが取れてきたかも。

 「この曲、聞いてみて」

 そう言って姫香さんがスマホを差し出した。メロディーが流れ出す。

 これは…バッハの『フランス組曲第二番』だ……!元気が心の底から湧き出てくる。ソロパート、いつもと同じように頑張ろう

 「三十分余裕があります。三十分自由とします

 宇神先生の声に皆がバラバラと崩れ出した。


〇┃⌒〇┃⌒


 私はミュージック使いの六人で会場内を歩き回った。緊張を和らげるためにその場になれることが大切なんだって。

 奏兄弟も楽しそうに回っていた。そして、もう三十分。私達は急いで座席に戻る。

 ………………でも。半数ぐらいしか座席にいない。私達は目を見合わせる。私はとりあえず席に座った。しかし、五分経っても帰ってこない。あと十分で開演時間だ。

 「符川」

 「うん?何、歩翔君?」

 「これは……邪楽だ」

 私は衝撃のあまり口を塞ぐことが出来ない。普通ノーマルは音符を奪って、格上シニアは楽器を奪う。邪楽は、何も出来ないはず…。

 私の考えを見込んだように歩翔君が呟いた。

 「忘れているようだが邪楽には『音楽への楽しさを奪う』という能力わるさもあるんだ。音楽なんでどうでも良いと考えたら演奏なんて来るはずが無い」

 そうだった!私は後ろに座っている希沙ちゃんを見る。希沙ちゃんは私達の話を聞いていたみたいで、奏兄弟に伝えてくれた。梛もうなずき、立ち上がる

 「すみません!皆が心配なのでちょっと見ても良いですか?」

 「行ってきます!すぐに帰ってきます!」

 梛が、ペコリとお辞儀し私の手を引く。梛……ありがとうっ!

 私は席から抜け、急いで駆けだした。


〇┃⌒〇┃⌒


 奏真君がクルリと体を私の方に向けた。奏真君は分かれ道を左に向かおうとする。どうして左に行くんだろう……。私は不思議がって聞いてみることにした。

 「どうしてこっちに行くの?」

 「この会場からは出られない。ならあまり人がいない方に行くと思ったんだ!」

 「すごい…………。歩翔君より役にたっ」

 あ、危ない危ないっ。心の声が漏れそうになった。

 歩いて行くと生徒が何人も集まっていた。吹奏楽部部員の皆が席に座っている。

 「ハ――――、もうめんどくさくない?」「ああ、休日に一日かけるの嫌だ」

 やっぱり……邪楽のせい。邪楽が音楽を楽しく感じられないようにしたんだ。

 怒りが喉まで上がる。邪楽…………許せないっ!

 「邪楽を探さなくちゃ。このままじゃ楽器が無くなったりするかもしれないよ!」

 「そやな。どこ行く?」

 どこ行く……か。邪楽が自分から来てくれると良いんだけど、もう開演へ十分も無い。待っているだけではだめなんだ。

 「開演までこの人達はこのままにしておきたいと邪楽は思っている気がする!」

 「いや、誰でも分かる」

 「そんな掛け合いやってる場合じゃないでしょ~!?」

 奏太君と歩翔君の言い争いを希沙ちゃんが止める。

 ああ――――、どこにいるんだろう…っ。どうしよう!

 焦るほどに考えが思いつかなくなって来た。汗がツ――と顔につたる。邪楽がいる場所……?邪楽がいても怪しまれない場所……。いても不自然じゃないんだったら、あそこ?

 「お手洗い?」

 「はっ、バカじゃないか」

 す、すみません……っ。そうだよね、全然違うよね…。

 中庭とかは、無い。ただ大ホールと小ホールしか無い。あと、今いる場所だけ。 

かくれんぼすると考えてみようかな…。

 「席の下?」

 梛の声に、私は席を探した。今この場にあるのは、一つだけ。

 邪楽に操られた部員の席。まさか、ここにいるの?

 「ここにいるかも、聞いてみるわ。すみません」

 「あっ、豊共さん」

 「ちょっと探し物をしていて…席の下にあるかもしれないので、少しどいてもらっても良いでしょうか」

 「良いよ?」

 希沙ちゃん、嘘上手……。これで邪楽を探す一歩だ!

 「っ! ……ありがとうございました」

 「いえいえ」

 そう言って希沙ちゃんは席から離れて来た。…………ん?手で人を握っている人誰?

 「席の下に隠れてた。きっと……」

 希沙ちゃんは一息ついて、こう言った。

 「邪楽」

 席の下に隠れていたのが、邪楽、見た目からして明らかに邪楽。

 「はなっ、離してぇ」

 邪楽は暴れ出した。それでも希沙ちゃんはつかみながら、こちらへ連れて来た。部員の皆が見えなくなる。

 「皆、邪楽が暴れるのを止めて!」

 希沙ちゃんの声に私はタンバリンを取り出す。

 希沙ちゃんが疲れ切る前に、食い止めようっ!私は急いで邪楽の方へ音を鳴らした。 

 「「「「「ああっ!」」」」」

 私は口を押える。ど、どうしようっ。

 私のせいで、希沙ちゃんと邪楽が一緒に網の中へ入ちゃった!

 私のミスだ……。網って効果いつ切れるの?

 「わた、しっのことは良いから、早くきょ、曲名を!」

 「……っ分かった」

 私に気を使って、そう言ってくれたのかな?ごめんなさいっ……。希沙ちゃん、すぐに当てて助けなきゃ!

 優雅な雰囲気の服を着ている。外国の男性みたいだ。そして、何といっても独特的な服装。五つの布がマントに、交互に張り付けられている。五つの布は優しそうなオレンジ色や強そうな紫色もある。何か、関係あるのかな?

 五つの部分に分かれている曲、だと思う。ということは、組曲なのかな?組曲は、いくつかの曲を組み合わせたもの。組曲…………いっぱいありすぎるや。

 「どこの国やろ?」

 「う―――ん、アメリカ?中国?俺様あんまり分からない―――」

 国かぁ。国はいっぱいあるから難しそうだな。う―――――んっ、どこだろう……。

 「フランスじゃないかな?」

 「奏真くん、分かったの?」

 「いや………なんとなく」

 なんとなく、かい!そう思わずつっこみたくなった。

 でも希沙ちゃんが網の中に捕まっている。時間は無いから、そんなことは言ってられない。

 …………フランス?

 フランスと組曲…フランス組強第二番!姫香さんが聞かせてくれた曲!

 「フランス組曲第二番だよっ」

 「え!? 和音ちゃん分かったん?」

 「う、うんっ」

 「やっても良いと思うが……豊共がいないぞ?」

 歩翔君が呟く。

 ……希沙ちゃん無しで、邪楽は倒せない?

 希沙ちゃんを網から出さないと!

 「行くしかないっ!!」

 私は急いで網の方へ向かった。

 皆が止める声は気にしない。私のせいで希沙ちゃんは嫌な気持ちになってるから……!

 私は網目の間を引き裂いた。

――ビリッ。

 「わ、和音ちゃん?どうしてっ」

 「早く行かなきゃ!」

 私は希沙ちゃんを引っ張って、網をくぐった。

 邪楽が追いかけて来ないようにもう一度タンバリンを鳴らす。邪楽だけになった……。 

 「フランス組曲第二番は長いから、速めに演奏する。行くぞ」

 「「「「「「フランス組曲第二番」」」」」」

――♪♪♬

 ミューちゃんがいないのは久しぶり。私達は心でリズムを合わせる。一、二、という声が頭に響いた。もうすぐで開演する時間。私は息をいつもより荒めに入れる。

――♬♬♬♬

 終わった……っ。邪楽はス――――と消えて行く。良かったぁ……。

 私は、座っている部員たち声をかけて、ホールへ向かった。


〇┃⌒〇┃⌒


 「次は……」

 私達の出番が来た。姫香さんがこっちを見て笑った。

 希沙ちゃんも奏兄弟も、歩翔君も梛もいる。

 私は拍手に包まれながら、私はステージに出た。まぶしいスポットライトに当たりながら、私は席に着く。

 宇神先生の指揮に合わせて、息を吹き込んだ。皆が、演奏を止める。私のソロパートが来た。いつもより冷たい息が出る。皆に任せられたソロパートを全力で吹いた。指を高速で動かす。

 お、終わった……!?すると、会場が拍手に包まれる。良かった……っ。緊張が解けて、心が温かくなった。


〇┃⌒〇┃⌒


 私は、席に座る。

 司会者がステージに立った。今から支部大会の金賞が発表される。私は緊張のあまり耳を塞いだ。司会者が口を動かす。

 すると、姫香さんが席から立ちあがった。結果は……?

 「やったっ!」

 私は周りを見る。梛の笑顔を見て、やっと思った。私達が………代表になったの?

 私達は全国大会出場の切符を手にしたんだ……!

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