第十話 不思議な梛

 ふ――、六月だ!私は軽く伸びをする。今は授業中なんだ。勉強大変だなぁ。

 「次の問題!符川!」

 「はい、本能寺の変」

 「せ、正解だ。次、五線」

 本能寺の変は有名だからね。

 「ユーコスラビア」

 「正解」

 すごい!難しい問題もスルッと解けるなんて!梛すごいっ。

 「すげ――」「バード様さすがですっ!」

 「エヘヘッ。お父さんが歴史

 !?梛が関西弁を使った!?皆が驚いて、教室が静まり返る。

 「バード様!?」

 次の瞬間、さっきとは違うざわめきが聞こえた。 梛はうつむいて、下を向いている。初めて梛が悩んでいる様子を見た……。

 驚いた空気の中、授業は続いた。 ずっとうつむいている梛が気になって仕方が無かった。


 〇┃⌒〇┃⌒


 「ねぇ、バード様」 「関西弁喋れたんだぁ」

 「いやっ……さ、最近!ドラマの主人公が関西弁でるから……………。その…影響でっ?」

 「そうなんだ!」

 授業後のご飯の時間になった。梛は数々の人に囲まれている。

 本当にどうしたんだろう……関西のドラマを見ているだけで焦ることはないと思うんだけどな。

 梛の顔を見るとうっすらと涙を溜めていた。

 え、ええ!? 何で泣くの?

 でも私は話している輪に入っていないので、何も言えない。

 皆は気づいていないみたい。きっと涙が見えないように梛が気をつけているんだ。

 いつも一緒にいるから分かる。

 「大丈夫でつ?」

 「わ、わぁ!」

 ミューちゃんが突然ブレスレットから出て来た。

 「梛ちゃん、しんぴゃいでつね」

 「うん……」

 「いつもブレスレットの中で聞いててでつ!」

 「え!?」

 じゃあ私がおばあちゃんのことで悩んでいたことも、全部知ってるの?

 何か防犯カメラみたい……。

  「ミューは、三人のブレスレットどこからでも入れるでつ!だから梛ちゃんのこちょも和音ちゃんのこちょも……歩翔君のこちょも…知ってるでつ」

 何だか今、歩翔君の所だけ声のトーンが下がったような……。でも触れない方が良いよね。

 ……じゃあ、三人のこと何でも知ってるのかな?

 「梛、最近悩んでた?」

 「梛ちゃんは感情を表に出さないでつ。見ているだけででは分からにゃいでつ…」

 「そっか……」

 窓の向こうの鳥も、心配そうに梛を見つめている気がする。本当に……どうしたんだろう。

 「じゃあね」「あっ…うん」

 梛が独りになった。 これは話しかけるチャンスなのかも!

 「梛」

 「なーに、和音ちゃん」

 いつもの変わらない声。でも笑顔は堅苦しい。よしっ、思い切って言おう。

 「関西弁好きなの?」

 「えっ………好き、な訳じゃ無いんだけど…」

 「どうしたの、梛らしく無いよ……。ねぇ、しっかり答えてよ」

 「『らしく』とか好き勝手言わないで!」

 えっ、えっ……。梛がバンと机をたたき立ち上がった。

 「な、何で!私は梛を心配して…」

 「そんな心配いらない!…何も、何もっ言わないで!」

 梛が扉を開けて教室から出ていく。

 えっ……怒った?梛が怒ったのを見たのは初めてだった。六年以上も一緒にいたのに、初めて。何で、何で怒ったの? 私は梛を追いかけようと思い一歩を踏み出す。

 すると、「ちょっとこっち来い」と歩翔君に言われた。


 〇┃⌒〇┃⌒


 「お前、知らないのか」

 廊下でそう歩翔君に言われた。

 ミューちゃんは梛を追いかけて行ってしまった。 どういう意味……?混乱が頭を覆い尽くす。でも怖くて、聞き返すことはできなかった。

 「梛は幼稚園年中まで関西出身だ」

 「えっ……!?」

 関西出身……?私と梛は小学一年生ですごく仲良くなった。それまで関西にいた?そんな話、一度も聞いたことが無い。

 「こっちに来てから関西弁でバカにされていた。だから小学生からは標準語になったんだよ。俺は幼稚園が一緒だから知っている」

そういえば、梛は歩翔君のことを初対面から「アル君」と言っていた。

 「バカにされた!?」

 関西弁って喋り方のひとつでしかないよ?それなのにバカにされるって……ひどい。

 ……じゃあ私の前でも本当の自分を隠してたの?目がショボショボしてくる。

――「どうしたの、梛らしく無いよ……」

 私が梛の言った言葉が梛を傷つけたんだ。私のせいだ……、涙が一筋垂れた。どう謝ればいいんだろう。梛が今までの六年以上、『本当』を隠して来ていた。それをどう言えば……。

 「歩翔君は知ってたの?」

 「ああ。…関西弁は少しずつ出ていたから符川も気付けたはずだが」

 出てたんだ……。私は気づいたけれど、深く考えたことなんてなかった。

 どんどん自分が憎らしくなる。梛……どう謝れば許してくれる…。

 「あ、アル君……。まさか話したの?」

 廊下の向こうからやって来た梛は眉を下げて、悲しそうだ。

 「ああ。話した」

 「そんな…」

 梛が足先に視線を下げる。気まずい雰囲気が三人と一匹を包んだ。でも、ここで謝る……。

 「梛…ごめんなさい」

 「………………………………」

 梛は私の言葉を聞き入れない。私のことを無視したことは無い。すっごく怒っているんだ。

 「アル君、言わないでって言ったよね……」

 「すまん」

 梛は無言で教室へ入っていった。許してくれてない……。それが初めての喧嘩だった…。

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