第五話 ミュージック使い
どうしよう……!ブレスレットが色違いなんて、どうでもよかった―――!
幽霊が、私を冷たい目で見る。 そして、
「ガオ―――――ッ」 と鬼のように鳴き、走ってきた。
ああ、呪われちゃう!どうしよう、姫香さんみたいになっちゃう!?
もう幽霊が私の右手をつかもうとしていた。もう一秒せずに触られる。目をつぶったけど。
――レレソ―――――ッポムッ。
というきれいな音がする。え……触られていない…………!?
そろそろと目を開けると、目の前に等身大の水色の八分音符が立っていた。
私の真ん前に、存在するはずのない大きさのものがある。
現実では無いような出来事に、私は目を瞬いた。
「君達……見つけた」
声のした方向を向くと、サラサラの髪の毛の男の子が立っていた。
身長から見て、同級生ぐらい。あの人、誰?
「アル君…………………………」
アル君ということは、『
「ゔおおおおおお――――――――」
血走った眼で幽霊が駆けてくる。
そして、アル君(?)に近づいて行く。ひょえ―――――!少し離れていても怖い姿。でもアル君は一切動かない。すごいな…………。
――ドミ―――ッ。
音がアル君の近くからした。その直後。
――ポンッ。
という音と一緒にアル君の指から水色の音符が出て来た。
指から、音符!?ありえないことだ。まるで夢の中にでもいるみたい。
小さい指から、等身大の音符が出ることなんて、あるわけがない…。
でも、今、目の前で起きている。信じられない……。
「君達!つけているブレスレットの、色が違う部分を押してくれ!」
私と梛を指差しながら、アル君が叫んだ。ブレスレットの色が違う部分……?白色のビーズのところかな…。何が何だか分からない。でも体が勝手に動いて、押してしまった。するとシュンッと音をたてて、丸い楽器が出て来た。
「タンバリン!?」
「トライアングル……?」
えええええええ――――――!?何このブレスレット!
こんな大きさのものが出てくる!?
私はタンバリン、梛はトライアングル。瞬きすら出来ない。
「ガオ―――」
「
鳴らす……!
――タンタンタンッ、ポンッ。
――チ―――ンチ――ンッ。
たちまち私のタンバリンから網のようなものが出て来て幽霊を捕まえる。-
梛のトライアングルからは六角形の箱が出てきて、私達を覆っていた。
ブレスレット、一体何!?おばあちゃんからもらったもの、不思議な力でもあるの!?
「ハァハァハァッ」
アル君が近づいてくる。すごく顔が赤い。猿みたいだ。
「今から状況を短く話す。この女は音楽から生まれた『
え!?何ですか、それ?
ジャガイモの生まれた産地を教えて?幽霊はジャガイモ好き?
分かるわけが無い。私の思考を読んだのか、あきれ顔でアル君が怒鳴る。
「『邪楽』はある音楽から生まれる!その音楽を当ててほしい、と言ったんだ!」
ふう――ん。じゃなくて!どういうこと?この幽霊が、音楽から生まれた?頭がクラクラ。
「見た目で音楽の題名を考える。泣き声からも分かる。これが出来るのは、選ばれし俺達だけだ!」
よ、良く分からない!選ばれし者とか、アル君、病気なのかな。でも、この恐怖から逃れるためにも、とにかくどの音楽から生まれたかを考えなきゃ!
「ガオ――――」
少し離れた場所から幽霊が叫ぶ。白いブラウスに鬼のパンツ。上半身は白くてきれいな肌なのに、下半身は茶色に焦げた肌だ。
「鬼のパンツ、とかは?」
ほら、あるでしょ?幼稚園でよく歌う曲!『鬼のパンツは良いパンツ強いぞー強いぞー』。
「う――――ん、単純すぎかな?白いブラウスだからな…」
「そうだよね…、鬼のパンツに白いブラウス……。天使と鬼に関係するのかな」
う―――ん。自分で天使と鬼が関係すると言っておきながら、思いつかない。
私は脳内の音楽をガサゴソ探る。『赤鬼と青鬼のタンゴ』?
でも、天使要素が無い。心浮かれて踊りだしてはいないし。
う――――ん、う――――ん。考えていると、突然幽霊……邪楽が声を張り上げた。
「ガオ――――!ウオ―――ッ」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
私は思わず尻もちをつき、その反動で鞄から全てのものが出てしまった。
――メキメキメキッ。
私のタンバリンが生み出した網が細くなる。
どうしよう!もうすぐで襲われちゃう……!?急いで考えながら鞄の荷物を拾い上げる。
思考をめぐらし、筆箱を拾ったその時。
「あっ!」
梛が『MY music ファイル』を手に取る。え、どういうこと?
『MY music ファイル』にはトランペット協奏曲とストラヴィンスキーと…。
ああっ!そうか、分かった!この曲だ!
「「天国と地獄!」」
私の『MY music ファイル』に入っている曲。
こんなに身近な曲を思い出せなかったなんて!東大の医学部……そうそう灯台下暗しだ。
「分かった。このマークに人差し指を置いてくれ!」
アル君は鞄から、厚そうな本を取り出す。
ええっと『music dictionary』……?音楽の辞書?その本を彼がめくった。
「天国と地獄、と叫んでくれ」
八分音符というシンプルなマークが二ページのど真ん中に描かれている。
ただ、黄色と水色、白色のグラデーションだ。
私は言われた通りに人差し指をマークに乗せる。
「叫んだあとに、天国と地獄を演奏してくれ!!では行くぞ、せ―の」
「「「天国と地獄」」」
――ポンッ。
トランペット、クラリネット、フルートの三つの楽器が出て来た。
私の手にそろそろとトランペットが降りてくる。ナニコレ……!?
そう考えていると『music dictionary』のページがめくられ天国と地獄の楽譜が出て来た。
始まりの合図に、私は息を吹きいれる。
――♫♫
三つの音重なってメロディーを奏でる。いつも吹いている天国と地獄、ではない雰囲気。梛がこちらを向いて笑う。きれいだねと伝えているようだ。
――♫♫
吹いていると、『MY music ファイル』が宙に浮いた。
天国と地獄のページが開かれている。吹いた箇所に無くなっていたはずの音符が戻ってきている!嘘……!こんなことってある?そう思っても演奏する指は止まらない。
――♪♫
あ、一音はずしちゃった。
でも、気にならないほど、楽しい!心が軽やかに弾む。
……あ。音楽を楽しむことが、今できる。
おばあちゃんにトランペットを教えられているような感覚だ。
そうか分かった。私は、一緒に演奏する仲間がほしかったんだ。
――♩
え、吹き終わった?あっという間に演奏が終わった。まだ最初の方を吹いている気持ちのまま。
「あっ……」
梛の声にどうしたんだろうと思って梛の視線の先を見た。邪楽が……透明になって、そのまま消えて無くなっていった。
「どうして……」
「これが邪楽を倒すということだ。これが選ばれし三人、俺達三人で行うミュージック使いのお役目なんだ」
アル君が当たり前のように話す。軽い言葉だけど、内容はすっごく重たい。
「うん?」
私はアル君の言葉を思い出して、首をかしげる。 選ばれし三人とは……私と梛、アル君のこと!?ミュージック使い……!?疑問がいっぱい浮かぶ中、アル君が歩き出した。
「ちょっと来てくれ」
〇┃⌒〇┃⌒
アル君のあとをついて行くと、着いたのは誰一人いない静かな公園だった。
そこにあるベンチに私達は腰かけた。
「名乗るのが遅くなって悪い。俺は
「符川和音ですっ。かずねじゃなくて、わおん!よろしく!」
「五線梛です。よろしくお願いします……」
少し沈んた言葉が梛の口からこぼれた。
冷たい空気が周りをただよう。
「なぎか……」
歩翔君がポツリと言った。
え、どうしたの?梛と歩翔君は知り合い……?
「えーコホンッ。俺達三人は同じブレスレットを持っている。初代のミュージック使いから使われていた。これがミュージック使いの証なんだ」
私の手首にはおばあちゃんからもらったブレスレット。
それがミュージックうんとかかんとかの証?
「符川さんは『〇』、なぎは『┃』、俺は『⌒』がブレスレットの中央にあると思う。これをつなぎ合わせると、『♪』になるんだ」
おお―――、三つ合わせて八分音符!
すごい!謎解きみたい!
「邪楽は音楽に対する恨みを持った
音符を消す一番低い階級の、『
楽器を消す二番目に低い、『
そして、音源を消す『
へぇ――――、階級なんてあるんだ……。
「今回の邪楽は
そのことを聞いて、私はあっと思った。
姫香さんが吹奏楽部に来なかった日がある。あれは、音楽への楽しさを消されたからだったんだ……!私の頭のパズルがカチリとはまる。
「この選ばれし三人で邪楽を消したいんだ。このままだったら……」
「このままだったら?」
「……この世界から音楽が消えてしまう」
え……!?この世界から音楽が消える……?
トランペットを今楽しいと思えたばっかなのに、吹けなくなる……!?そんなの嫌だ!
「分かった。なぎ、やりたい」
「私もやる!」
こうして私の長くて短いミュージック使い物語が始まった。
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