プロローグ2_少年のくだらない戯言






自転車を押し、桜の花弁を踏んで歩く通学路。

俺、萬田翔まんだかけるは「低偏差値校の良心」と呼ばれる日向山ひなたやま高校で三年生になって2週間が経つ。

…もう受験生だとか、実感も湧かないし信じたくないというのが正直なところだが。


「おーっす翔!」


「おわっ!?」


ぼんやり考えながら歩いていると__突然誰かに名前を呼ばれながら背中を叩かれ、我ながらすっとんきょうな声をあげてしまった。


「なんだエンカか、びっくりさせんなよー」


「はは、わりぃわりぃ」


そう言って俺の隣に並びニカッと笑う、俺を叫ばせた犯人である爽やかな好青年。

こいつは遠藤一希えんどうかずき…通称エンカ。

エンカとは高一からの付き合いで、一緒にバカをやれる親友ってやつだ。


「なぁ翔、今日1限何だっけ?」


「確か数Ⅲ」


「うわ寝るわおやすみ」


そんな受験生とは思えないくらいにしょうもないし中身も何もない会話を交わし、ダラダラ学校に向かうのだった。



休み時間。やることもないので特に何も考えずにノートを開き、さらさらと絵を描き始める。


描いているのは俺の「創作キャラクター」の主人公にあたる少年。俺が小学生の時からいたキャラで、愛着があるというか…とにかく大切な存在だった。


「何描いてんのー?」


「…いやぁ?特に何も考えずに描いてた」


「ふーん、そういやさぁ」


良いところまで描けた時、クラスメイトがやってきてノートを覗き込んでくる。咄嗟にノートを閉じてそうはぐらかすと、何事もなかったように話し始めた。


同級生との会話は楽しいと思う。思うのだが……こいつらに俺の本当の趣味、創作や絵の話はできないと確信していた。

隠すつもりはないけど、生きてる世界が違うというか。とにかく…詳しく話すことはできない人たちなのだ。


この楽しさを共有できる人がリア友にいたらどれだけ良かっただろう。

なんて考えながら休み時間を過ごした。



「萬田、すまないがこのプリント職員室まで運んでくれ」


「あ、はいわかりましたー」


俺は学級委員をしている。…上げられる部分で内申を上げろ、という親の圧からだが。

せっかくの放課後。早く帰ろうと思っていたのにこれは正直萎えるが、受け取って階段を降りた。


自分の親ははっきり言って毒親に近いと思う。

定期テストの成績や評定が悪いとはたかれる。怒鳴られる。

学校を休もうとしても同様だった。微熱が出ても咳きこんでいても、相当な高熱が出ない限りは休ませてもらえない。体調不良を訴えても、頬を叩かれて終わり。

だから体調を崩さないようにしつつも夜中まで勉強して、親の機嫌を損ねないように日々を過ごす。


そんな生活が、なんだか息苦しい。息苦しいと感じてしまった。でもやめられる訳じゃない。わかっている。


職員室前でプリントの束を先生に渡し、一つため息をこぼした。



「ただいまぁ」


「おかえり翔。課題は出た?出たなら先に終わらせなさいよ」


「わかってるって」


帰宅直後の母親からの圧を振り払い、階段を登って自室に入る。

扉を閉め、スマホを取り出しとあるアプリを起動した。

ああ、やっと俺の時間だ。


『がこおわ!!!学級委員ってやっぱめんどいわ』


そんな誰得な報告をチャットに打ち込み送信する。すぐに複数既読がついて、メッセージが送られてきた。


『学級委員大変そう…お疲れ様ですわ~』


『K✕さんお疲れ様です!』


チャット通話型SNS「cafe:cord」。俺はその中のとある「創作キャラクターを語る」サーバーで、「K✕」という名義で活動している。


このサーバーは俺にとっての心の支え。ここで活動している間は息ができて、自分の本当の姿で話せる。そう感じていた。


労いの言葉にお礼を言おうとしたその時。もう一つメッセージを受信する。


『K✕さん~!学校も学級委員もお疲れ様です!!』


俺に負けないくらいテンションの高い文面。「みるくこーひー」さんのメッセージだった。

みるくこーひーさんはこのサーバーの管理者。一番最初にサーバーに入ってきた俺を温かく迎えてくれて、俺の創る世界観や描いた絵をたくさん褒め、好いてくれる大切なネ友さんだ。


幸せな気持ちを噛み締めつつ『皆さんおつありですわ!!』とチャットに送信したところで、


「翔ー?ちゃんと勉強してるんでしょうね!?」


激しいノックの音と共に母親の怒声が飛んできて、俺は慌ててスマホの電源を切った。



変わらず親の機嫌を見ながら弟の世話やら風呂やら夕飯を済ませて、自室に逃げるように戻った頃にはもう11時だった。


……11時。


「あっ!」


急いで机に向かい、スマホでcafe:cordを起動する。そしてみるくこーひーさんとの個チャで通話の部屋を開いた。

すると瞬時にピコン、という入室音と…


『こんばんは~K✕さん!』


高くて可愛い、女子の声。みるくこーひーさんの声が耳に入ってくる。


『こんばんは~』


『えへへ、ちょうど私も開こうとしてて…』


『偶然ですねぇ』


そして他愛もない会話が始まる。俺とみるくこーひーさんは、毎晩11時にこうして2人通話をすることが日常だ。


『ほんとクソですよ、今日に至っては何もしてないはずなのに叩いてきて』


『酷いですね…人の親ですしあんまり言うのもあれですけどクソですよ……私はいつでもK✕さんの味方ですからね…!』


俺はそこで彼女に日々の息苦しさを聞いてもらい、励ましてもらっている。もちろん逆も然り。

他にもしょうもない話や創作の話を好きなようにのんびりとする。そんな時間がせわしない日々の中の癒しだった。


『K✕さんはすっごく頑張ってます、私よりもずっと。だから、何というか…もっと頼ってほしいですし、自分を褒めてあげてくださいね』


そう言ってくれるみるくこーひーさんは明るくて本当に優しい。紛れもなく俺の救いだった。変に依存してしまいそうで怖いほどに。


もしそんなことを言っても、彼女ならきっと笑って受け入れてくれるんだろう。

だからこそ依存してしまわないようにしたいと思う。でも、


『もちろんですよ~。これからもたくさん頼らせていただきますし、ちゃんと自分のことも褒めます

…逆にみるくこーひーさんもですよ?』


こんな俺にこれからも付き合ってくれたら嬉しい…なんて思ってしまうのだ。


…まあくだらない戯言で妄言だから、全部聞き流してくれて構わないけども。

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シュガーレス✕ステップ Stella @chocola191205

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