シュガーレス✕ステップ

Stella

プロローグ1_少女のとある1日


ああ、なんてこの世は生き辛いんだろう。



日常生活だとか、人間関係だとか、学歴社会だとか。

どうにもこうにも、それらに真っ直ぐ向き合えない。

それでも生きるしかないらしい。


なら、生きることを諦めなくて良いように。“あの人”が言ってくれたように。


自分の、自分なりの歩き方を見つけられたら。












ひらひら、すっかり少なくなった桜の花弁が舞い散る。

新学期が始まって2週間。私、宮野百花みやのももかは偏差値そこそこの「可もなく不可もない高校」で知られるゆきした高校で、二年生に進級した。

早速クラスで友達もできて、それなりに良い4月のスタートを切ることに成功している。…と思う。


なのに、どうして私は今日学校に遅刻しているんだろうか。

学校に「体調が悪いので遅れて行きます」と連絡して、安堵したように駅のトイレに籠って、20分ほどスマホを弄ってからやっと今学校に着いた。

これじゃ、一年生の時と何も変わっていない。そんな自己嫌悪に陥る。




私は高校に入ってから、毎日怠惰と理由の分からない神経衰弱に悩まされるようになった。

何をするにもなんだか億劫で手に付かない。授業を受ける気になれない時は保健室に行くかトイレに籠ってやり過ごし、家でも家族に家事は任せきり、ずっと自室に引き籠もる。

部活も退部し、提出物はろくに出さず、成績はもちろん底辺。

そんな『入学してから底辺に堕ちた高校生のお手本』みたいな一年間を過ごした私は、「なんとか進級できたことだし二年生こそは」なんて意気込んでいたはずだった。


はずだったのにこの有り様だ。もうすでに2限目が始まろうとしている。

…さすがに焦らないと。

先生たちとすれ違わないように、慌てて階段を駆け上がった。




「百花ちゃん、大丈夫だった?」


待ち侘びた放課後。荷物をリュックに詰め込んでいた私の席に、美奈みなちゃんがやってきた。

美奈ちゃんは二年生になってからできた友達だ。優しくて可愛くて、成績も良い。…私みたいな駄目人間には不釣り合いなくらい、良い子だった。


「…うん。大丈夫だよ、心配させちゃってごめん」


「いやいや。なら良かった!」


そう言う美奈ちゃんの笑顔が眩しくて、私の中の劣等感が少しずつ膨らんでいく。…そんな自分に嫌気が差す。


「……あ、私もう帰るね。ばいばい!」


「うん、また明日!ばいばーい!」


そんな思いを消し飛ばそうと笑って手を振り、リュックを背負って足早に教室を出て行った。




「ただいまー」


帰ってくると、まだ誰もいなかった。適当に手洗いやらを済ませてさっさと自室に戻る。

さぁ、ここからは私の時間。スマホのロックを解除し、とあるアプリを開く。


『学校終わった~!』


そう打ち込み、チャットに送信。すると、すぐに複数の既読がついた。


『みるくこーひーさん!お疲れ様です!』


『お疲れ様です~』


そんな労いの言葉に、ついニヤニヤする。


チャット通話型SNS「cafe:cord」。私は、その中で「みるくこーひー」という名義で活動し、絵を投稿しながらとあるグループサーバーの管理者をしているのだった。

基本は「自分の創作キャラクターを語る」ためのサーバーなのだが、雑談をしたりしょうもないことで盛り上がったりと自由な場所になっている。


チャットを眺めていると、またサーバーに一つの新規メッセージが届いた。


『がこおわ~!!!

あ、みるくこーひーさんもお疲れ様です!』


「あ、K✕さん…!」


思わず、本当に口に出してしまう。

「K✕」さん…「けーばつ」と読むらしいこの方は、私の作ったこのサーバーに一番始めに入ってきてくれたネッ友さん。


私はこの方が大好きだ。神絵師様で絵柄も好みだし、すごく面白いし、とにかく優しくて素敵で憧れの方。


『ありがとうございます、K✕さんもお疲れ様です~!!』


そう返すと、玄関のドアの開く音が聞こえてくる。

上がっていた口角を一旦下げて、現実に戻ることにした。




家族と当たり障りのない会話をしながら晩ごはんを食べて、お風呂に入って。

やるべきことは全て終わらせた。いつも通り自室に籠り、時計を気にしながら絵を描いている。


「よし、11時!」


置き時計が11時を指した瞬間、私はすぐさまcafe:cordを起動しK✕さんとの個人チャットへ。

すると、すでにK✕さんが通話を開いてくれていた。慌ててヘッドフォンを付け、通話の参加ボタンをタップする。


「こんばんはー!」


『あ、こんばんは~みるくこーひーさん』


マイクをオンにし挨拶をすると、男性にしては少し高めの_穏やかで落ち着く声が返ってきた。

そう。私とK✕さんは毎日夜の11時から、2人で通話をすることが日常になっている。


「今日も学校遅刻して行っちゃって…」


『あら…やっぱりしんどかったですか?』


「はい…どうしてもダメで…」


そこで私はリアルの人や他のネッ友さんには言えない悩みや愚痴を打ち明け、K✕さんが打ち明けてくれるのを聞く。

もちろん他愛もない雑談や、お互いの創作キャラクターの話もする。


そんな時間がなんだか心地よくて大好きで、毎日の心の支えだった。


『みるくこーひーさんの人生はみるくこーひーさんの人生ですから。ゆっくり歩き方、探していきましょ?』


そう言ってくれる優しい声。普段のハイテンションな文面からは想像がつかないほどに、あまりにも優しい。


顔の見えないネットの人を信用し過ぎるのは良くないとわかっている。わかっているけど。


それでも私はK✕さんを信じたい。顔も本名も知らないけれど、本当に大切な人だから。それに、


「…はい、ありがとうございます。…へへ、なんか明日も頑張れそうです!」


聞こえる言葉の全てが嘘だったとしても。私がK✕さんの言葉に、明日を生きる勇気をもらっていることは紛れもない事実だから。



色々喋って、なんだかんだで午前3時になってやっと解散。

…明日もまた授業寝ちゃうだろうなぁ、なんて考えながらも、幸せでたまらない気持ちで布団に潜り込むのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る