魔王様を落とし穴に落としてみた。

棗御月

魔王様を落とし穴に落としてみた。



 強者の情けない瞬間を見るのが好きだ。

 みんな見たくない? すんごい強かったり、メチャクチャに偉い存在が不意を突かれて情けない顔をしてるところ。


 というわけで、魔王様を落とし穴にかけてみようと思います。


「……おい、なんか変なこと考えてるだろ」

「滅相もございません」


 あちら、由緒正しき血統と確かな実力を持つ魔王様にして、俺の幼馴染。

 こちら、由緒不明の下級悪魔にして、麗しき魔王様の幼馴染。

 血統で実力の7割が決まる世界で、下級の悪魔でも幼馴染を名乗り続けたり側近の末席でいられるくらいには頑張っています。


 まあ、その相手に玉座の上からじとっとした視線を向けられているわけだけど。

 お互い実力はともかく体格が足りない。魔王様が大きな玉座にちんまりとした体で座ってるけど、大きく見せようと頑張っても足が床についていないのを見て笑うと怒られるから、極力そっちに視線は向けないようにする。

 魔王様はわざとらしく威厳がありそうな姿勢を作り、肘掛けに体重を預けながら質問を振ってきた。


「今度はなにをしようとしてる。また火遊びか?」

「滅相もございませんってば」

「お前のそういう表情は信用ならんと言っているんだっ」


 失礼な。至って真面目な表情のはず。

 親から魔王付きの従者就任祝いでもらった懐中時計を取り出し、表面の反射で表情を確認する。

 うん。いつも通りの表情だ。

 少しだけ口角が上がってて目尻が緩んでる、胡散臭さ抜群の……って誰が駆け引き全振りでカースト駆け上がったハリボテ魔族やねん。お前らの悪口は全部聞こえてるぞ。


 悪口言ってた奴らが立てる予定だった武勲を"火遊び"で全部奪ってやったから、あいにくとソイツらは今はここに居ないけど。今頃必死で武勲を立てるために前線に行ってるんじゃないかなぁ。

 ちなみに勇者がバチクソに怒ってるらしいから頑張ってね。お前らが"火遊び"したって看板も跡地に建てといたからすっごい狙われるだろうけど。


「言え。今度はなにをしようとしてる」

「なにもしてませんって」

「嘘だな。お前が映像記録カメラの魔道具を買い占めたことは聞いているぞ」


 ああ、もう落とし穴の近くに設置してあるやつね。

 8カメくらいまであるしスーパースロー対応のもあるから準備は万全だ。編集のしがいがあるに違いない。


「ちなみになんですけど。例えば俺がなにかを仕掛けているとして、なにを仕掛けていると思います?」

「やっぱり仕掛けてるだろ! うーん……あれだ、わたしのお菓子が全部焼き魚の味になる呪いをかけたな⁉︎」

「ハズレです」

「仕掛けたことは否定しないのか! まったく!」


 やべ、バレた。

 ちなみにこれまでに仕掛けたイタズラはぜーんぶ引っかかってくれてる。面白いぐらいに引っ掛かるから仕掛けがいがあるんだよね。

 小さい頃から一緒にいるから行動パターンは把握している。

 簡単すぎるから面白くないなぁ、と思って今までは落とし穴を仕掛けたことはなかったんだけど、128kとかいうぶっ飛んだ画質でスーパースローを撮れるって言われるとやりたくなってしまった。

 あとは、この向こうから話しかけてきたのを利用してなんとか落とし穴まで誘導するだけ。


「だって魔王様、あのお菓子の味嫌いでしょ?」

「まあ、うん」

「だから好きな焼き魚の味に変えておいてあげようかなって」

「その気遣いは嬉しいが! 南海竜王との会談中にするな!」


 南海竜王。名前の通り、魔王国の南海を統治する竜王だ。

 格で言えば魔王傘下のトップ6くらい。ついでに言えば魔王家が代替わりするたびに刺客を送り込んできて、あわよくば魔王になろうとしているくらいにはハングリー精神に溢れる奴だ。

 魔王様の好みを分かっているくせに、あえて苦手なお菓子を持ってきやがったので味をこっそり変えておいた。そのせいで魔王様が、南海竜王に「お味はどうですかな」って聞かれた時にメチャクチャに冷や汗垂らしてたのは見ものだったなぁ。

 ちなみに後日、南海竜王は誰かがかけた育毛の呪いで自慢の逆鱗に太い毛が生えたそうな。逆鱗の永久脱毛が終わるまでは部下の前に出られない、ということでしばらく静かにしている。


 こっちに疑いの視線を向けながら魔王様が齧っているのは買ってきてあげた好きなオヤツ。

 今日のおやつはサクサクのスナックに砂糖と塩、アミノの実の汁から抽出する成分を混ぜた粉をかけたものだ。発明した魔族の名前をもじって再度幸運フッピートゥーンと呼ばれている。

 魔王様は昔から好きなんだよね。あれが焼き魚の味になるのかも、と不安になったのだろう。

 違うけど。


「じゃああれか。勝手にわたしとの会話を城内放送していたやつか」

「あれも面白かったですねぇ」

「面白かった、じゃないっ。恥ずかしかったんだぞ⁉︎」


 あれは東方覇王との会談中だったか。

 先代魔王と仲が良かった東方覇王は孫みたいに魔王様を可愛がっているんだよな。

 で、ついつい話が長くなる。

 南海竜王が帰る時にポケットに雨で消える呪符を仕込んで、南海竜王の帰り道にゲリラ豪雨が降るように雨乞いして、ベシャベシャになった南海竜王の逆鱗に太い毛が生えて、それに気がついた従者が目を逸らしながら指摘をして、南海竜王が自室に引きこもってもまだ話が終わってないくらいには長い。やけに南海竜王の引きこもりの原因について詳しい奴がいるな?


 そんな東方覇王と話している最中にこっそり念話で「どこで席立っていいかなぁ」って焦った感じで言われたらまあ、場内放送するよねっていう。

 お化粧直しの時間を明確に作ったりとか、外から中断をかけないと東方覇王は止まらないわけで。あくまでただの従者として隣にいる俺は動けないから、その辺の茶々を入れてくれそうな人に自然に伝えるためにはこっそり城内放送をするしかない。

 まあ、その茶々入れが実際にされるまでの間にしていた念話の雑談も放送してたから恥ずかしがっているんだろうけどね。お菓子が美味しいとか、お酒飲めないのに〜とか色々言ってたし。

 途中から俺が脳内書記として会話ログを取る魔法を使ってあげたら、会話はログを見ながらできるからと安心したのか気を紛らわせるために脳内で熱唱し始めたもんね。そりゃ恥ずかしいか。

 思い出しながら話していると、割り込む声があった。


「魔王様、少し宜しいでしょうか」

「……なんだ」


 引いて見ていた参謀が呆れたような顔で進み出てくる。

 参謀の癖にずっと魔王様の部屋にいて、魔王様と俺が話すのを見ているだけの奴だ。前線では部下たちが戦っているのに。


「あまり威厳を損なうような会話をされますな。兵たちの戦意に関わります」

「他の者はおらん。だいいち、勇者とやらが攻めてきている場所以外は順調も順調ではないか」

「その勇者がまずいのです。一気呵成に攻め、今さっきもまたひとつ砦を取り戻したと」


 あ、悪口言ってた奴ら大丈夫かな。


「……具体的には?」

「大陸右、東方覇王殿の領域の近くですね。以前人間共が不当に占領してきたところを取り返したところが、またもや奪われた形です」


 参謀が珍しく仕事意識にでも目覚めたのか、丁寧にも地図を広げている。

 両手で上辺の端をつまみ持ち上げているから、少し斜めみから見ている俺からすると結構滑稽だ。いい大人がバンザイしてるようにしか見えない。


「ここの部分でございます。破竹の勢いで進軍しています」

「ふむ」


 参謀の目が地図で隠れて見えないのをいいことに魔王様がこっちを見る。

 心底面倒臭い、という感じだ。そもそも人間共は、700年前に決めた平和協定を破って進撃してきたから滅ぼされているわけで。

 それで"勇気ある者"とやらを投入するとは、片腹痛い。

 というわけで。


「ご安心ください、参謀様」

「……」

「参謀様ー? おーい、聞こえてらっしゃいますかー?」


 けっ、階級意識を乱切りにして煮込んでスパイスぶち込んだ感じのジジイめ。下級悪魔の木端の声など聞こえませんよってか。

 無視して黙るということは聞こえているということだ。一応魔王様に視線だけで許可を取って、無視していようが関係なく声をかける。


「あのですね、最近前線に繰り出した奴らに珍しい魔道具を持たせてましてね」

「……」

「そろそろ発動する頃だと思うので、15分くらい待ってみません?」

「…………実力も家柄も足らぬガキは黙っていろ。魔王様の寛大な心がなければお前など、とうに前線のゴミ拾いネクロマンサーの肉壁にしておる」


 瞬間、魔王様が放つ圧が強まる。


 それに反応してか、目障りなガキを睨むためか、参謀は掲げていた地図を下ろし。


「んふひゅっ」


 噴出していた炎を霧散させながら魔王様が吹き出した。


 なんのことはない。

 地図を下ろした参謀の顔に可愛らしい落書きがされていただけ。ほっぺたに星マーク、頭の上に猫耳、頬にはヒゲ、そして鼻は赤く塗られているように見える。

 もちろん参謀がお茶目なわけでもドッキリを仕掛けているわけでもない。

 むかついたからこっそり情けないペイントが顔に現れる呪いをかけただけ。しかも、鏡には映らない特別仕様だから、誰かに指摘されるか水面で顔を洗いでもしない限りは気がつけない。

 魔王様からしたら、厳格で厄介オヤジな参謀が突然ふざけたようにしか見えないんだけど。


「んふっ……ふくく……そ、そうだな。15分で良いならとりあえず待ってみよ。あとな従者よ、お前はなんかしたらちゃんと報告しろ」

「……承知しました」

「分かりました」


 心底不満そうな顔で戻っていった。

 魔王様に一礼し、15分後になにもなければ即座に戻ってくるぞ、と言わんばかりの形相でじっくりとこちらを睨め付けてから去っていった。

 こえー。


 バタン、と大きな音を立てて扉が閉まる。

 その瞬間に、待ちきれなさそうな感じで魔王様が声をかけてきた。

 大きな椅子の上で肘掛けに両手を乗せ、軽く身を乗り出すくらいのワクワク具合だ。


「で、結局その持たせた魔道具とやらはなんだ? というか本当に持たせたのか?」

「本当に持たせてますよ。あいつらにイタズラで返すのも悪いかなって思ったんで、お助けアイテムとして持たせてあげたんです」

「待て、イタズラで返すって言ったか? 誰になにをされてなにをやり返している?」

「あ、やべ。まあそれは良いんですよ。魔王様は勇者ってどうやって造るか知ってます?」

「造る?」


 探すとか鍛えるではなく"造る"と言ったことが気になったらしい。首を捻っているのが可愛らしい。


「はい。そもそも我々魔族は平和を目指していたわけでして。そもそも強い種族なのもあって、わざわざ人間共は滅ぼしたり戦っておままごとしてあげる相手ではありません」

「うむ、そうだな。やろうと思えば明日にはわたしが人間共の主要都市くらいなら観光ついでに壊滅させられるし」

「はい。そんな人間共が我々魔族を相手に戦いを仕掛ける、あるいは局所的かつ短期的でも勝つには相応の代償を払う必要がありまして」


 ちゃんと説明すると長くなってしまうから、概要だけをざっくりと魔王様に解説する。

 ようは、才能がありそうな血統の者が孕った時から生まれる瞬間まで毎日、まあ口にはちょっとできないような感じの方法で血を集めて儀式をし続けて胎児を呪うんですわな。

 その儀式に使われた血の持ち主たちが本来持っていた運命力や能力を一身に束ね、呪いで体と魂に縛り固着させることで才覚の塊として造られるのが勇者。

 小さい頃から戦闘訓練や思想調整までした上で肉体の強制成長とかもさせてるらしい。人間共はやることがエグいねー。


 ただまあそれって、ようは数百人単位の力を呪いで縛って一個人の体内に無理やり詰め込んでいるということなわけで。


「今回わざと落とさせた砦には、持ち込まれた魔道具がこっそり隅を覆うように配置してありまして。たぶん勇者の身辺警護も兼ねて人間共の戦力のほとんどが入ってくきた頃……ざっくりあと2分後くらいに全部が一斉に起動して、勇者にかかっている呪いを強制解除します」

「……それ、大丈夫なのか? どうなるんだ?」

「ふふ、少し待ちましょうか」


 折りたたみ式の机を組み立てて追加のお菓子をセット。

 この様子も魔王様のお世話役とか教育役に見せたらめちゃくちゃ甲高い声でキレられるんだろうなー。今はみんな忙しいから叱りに来れないけど。

 ついでに前線に行った奴らにこっそり貼り付けておいた遠隔カメラを起動する。空間投影された画面が浮かび上がり、前線の現状がわかるようになった。

 ……なんか思ったよりこいつらボロボロだな? もしかして勇者、結構強かったりするのか?


「ずいぶん用意周到だな」

「それが持ち味なもんで」


 ついでに出入り口側にももう一個空間投影。もし誰かが入ってきても映像を見ればなにが起こっているか分かるだろう。

 映っているのは、勇者たちが取り返してきた砦。追撃を避けるべく大きな砦全体が一望できるほどに離れた場所にいるらしい。人間共もこっちがこの山の上にいるのは把握しているようで、少なくない人員が砦の上からこっちを睨むように見ている。

 さてさて。今は何時かなと。


「あと少しですね。5、4、3……」

「…………なんにもならないぞ?」

「あ、現場が遠いんで少し遅いんです」


 言っている間に、画面の中で。

 扉の内側から極光が爆発的に膨れ上がり。

 設置されている魔道具の副次効果で作られた結界の中で暴れ狂い、たっぷり数十秒は超広範囲を掻き回して。


「……ええ……?」


 結界を作っていた魔道具すら消し飛んだらしく、最後は花火のように極彩色の光が弾けた。

 跡には当然のようになにひとつ残っていない。そこになにがあったのかも分からない、完全な不毛の場所だ。

 想定よりかなり強かったらしい勇者も、優秀なはずのその取り巻きたちも関係ないね。塵すら残らず消し飛んだに違いない。

 というか、想定より強かったせいで派手に弾けたから見応えがあった。


 ドン引きと同時に面白いものを見たという顔が混ざった複雑な表情で、瞼を大きく開いたまま魔王様がこっちを見てくる。

 その視線を受け止めていると、ドタドタと音を立てて誰かが走ってきた。


「魔王様っ! 魔王様ーっ!」

「あっ」


 魔王様は今、お菓子を両手に持ち、肘掛けに両手をついて身を乗り出している状況。

 サブの机を組み立ててまでお菓子を食べてくつろいでいる様なんか他の魔族に見せられるわけもなく。

 焦りながら両手のお菓子を口に放り込んでいく魔王様を尻目に、机の上のものも机自体も片付けていく。折りたたみのやつでよかった、適当に畳んで玉座の後ろに放り込めばとりあえず誤魔化せる。

 玉座裏に放り込んで、勢いがつきすぎて行き過ぎそうになったのを足で止めたところで、廊下にも響くくらいの大声を出しながらさっきの参謀が飛び込んできた。ご老体なんだから焦ると危ないぞ。あとへんなメイクの呪い付きっぱなしだし。

 息を切らしている姿を見ながら、笑いをこらえつつ魔王様が嗜める。


「……おい、ノックも無しか? んぐ、不敬だぞ参謀よんげふっ」


 やっべ、むせてる。

 すぐに参謀の目と耳を呪って暗幕をかけた。不敬? 知るか。魔王様の尊厳の方が大切だ。

 ひとしきり好きに咳をしてもらって、水も飲ませて、目尻に浮かんでいる涙も拭ってあげてからようやく参謀にかけた呪いを解いた。


「……貴様ッ! 木端の悪魔ごときがこのワシに!」

「報告をせんかっ!」


 ほとんど条件反射のように下等な悪魔にキレてきたのを魔王様が一喝で止める。

 ギリギリという音が聞こえそうなほどに奥歯を噛み締めながらも、手元の資料と共にようやく報告を始めた。


「失礼しました、報告します。砦を占領した人間共の勇者一行、およびその他兵力が謎の爆発で吹き飛んだ模様です。詳しいことは分かっていないのですが」

「詳しいことはこちらの資料に。吹き飛ぶ瞬間も映像で残しております」


 詳細は説明したし書面も映像も用意済み。というか映像に関してはリアルタイムで見てたわけだし。

 参謀の顔は「こンのクソガキが……ッ」と言いたそうな顔をしているけど、さっき不敬をした手前余計なことは言えないよね。それをいいことにめちゃくちゃスカした顔をしてやるけど。

 普段からちゃんと働いていたら、前線に送り込んだ奴らが変な魔道具を何個も持っていっていることを知っているはずなんだよなー。

 そのことは魔王様も当然把握しているわけで。


「参謀よ。貴様、昨今の動きの悪さ、目に余るものがあるぞ」

「すみませぬ……!」

「謝罪は良い、働きで示せ。行け」

「はっ」


 あ、なんかもうひと睨みしてったけど効いてないよ。

 でもムカついたから出入り口に置いておいた方のモニターを空間投影から実体に変えておいた。顔面強打してんな。おもろ。

 強くぶつけたらしい鼻を押さえながら参謀が部屋を退出する。

 その様子を見ながら、魔王様がポツリと呟いた。


「……なあ、昔よりイタズラの力が上がってないか?」

「そうですか?」

「昔はいじめっ子の踵踏むぐらいだったのに」

「そう聞くと昔の俺、だいぶしょーもないですね?」


 魔王の子をいじめる奴らも奴らで凄いけど。まあ、当時は子供だったしそういうの分からなかったんだろうな。

 俺はあくまで下級の悪魔な訳で。当時の年齢でいじめっ子をできるくらいガタイが良い種族の奴らを相手に魔王様を守るには、イタズラだろうがなんだろうがしなきゃいけなかっただけ。

 誰もいなくなったし、さっきしまったお菓子や机を取り出す。

 珍しく一喝なんてことをしたからか内心ドキドキしているらしい魔王様が姿勢を崩し、机のお菓子に手を伸ばした。

 一口齧り。


「──からい⁉︎ ねぇ!」

「はっはっは」


 再度幸運フッピートゥーンに少しだけスパイスをかけて渡しただけ。まあ、スパイスと言っても市井では中辛、もしくは甘口と銘打たれて売られているものなんだけど。

 昔から子供舌な魔王様は、少しだけ赤くなっただけのお菓子スパイスでも辛いらしい。獣人族を中心に辛いもの好きな種族は多いし、少しずつでも食べられるようになっていってもらわないといけない。

 う〜、という表情で睨んでくる魔王様に今度こそ普通味のをあげる。入念に裏まで確認した後で嬉しそうに頬張った。


「というか。今日だけでもかなりのイタズラが発覚しているんだが」

「そうですか?」

「勇者爆発だろ、参謀にイタズラするし、辛いの食べさせるし」

「ちなみに参謀ですけど、この間の南海竜王が送り込んできた刺客を手引きしたのアイツですよ」

「……左遷しようかな。昔は有能だったらしいけど、最近変だしなぁ」

「南海竜王と参謀のシンパの切り崩しと後釜の選定はできてますし、やろうと思えば今夜中にでも」

「早くないか? なあ、いくつの情報を隠してる。答えよ」

「イテテ」


 頬をつねりあげるのはやめてください。指先がお菓子のせいで脂っこい。そんな指先でもほっぺたが逃げられないくらいには強いから流石だ。いてて。

 ほっぺたをつねりあげられながら、ついでにムニムニと遊ばれながらも後釜候補の情報を書いた紙を渡す。


「気難しいやつばっかなんだが」

「仕事はちゃんとしますよ」

「でもコイツ、すぐ帰るし。魔王城で休んで良いぞって言っても帰るから、たぶん嫌われてると思うのだが」

「あ、その方は家にお子さんがいるんですよね」

「……アイツ、そんなこと一度も言わんかったんだが? なんで知っておる?」

「飲み友達なので」


 北限女帝の息子はそろそろ成人から5年。仕事にも慣れてきた頃だし、厳しい北方の環境で育ったおかげもあって割り切りや仕事の確実さが売りだ。

 ついでに超絶イケメン。学生時代はメチャクチャにモテていたけど、方々から送られる秋波を全て袖にした上で昔からの幼馴染と3年前に結婚して今では一児の父だ。時代は早いなぁ。

 ちなみになんでか波長が合うので気が付けば飲み友達だ。北方と魔王城付近の情報をやり取りできるし話してて楽しいからお互いにいい関係だと思う。

 子供が生まれたから早く帰りたいのと、魔王様は持っている属性に火があるから生物的な相性で同じ空間に居にくいんだとか。こういうところでは自分が下級悪魔で属性とかがないのが有利に働くよね。


「ちなみにお子さんですが、そろそろ3歳の誕生日でして。根回しも兼ねて贈り物をされてはどうかと思います」

「リサーチがちゃんとしてるな」

「こちらがオススメの贈り物候補なので、選んでいただけると」

「準備が早いし、まずどこにそんだけの量を置いてあった? 今の今まで見つからなかったが?」


 北方の風習などを踏まえた贈り物リストをプレゼント。

 絶妙に俺が候補を出したと思われないようにする配慮付きだ。


「選んだら早速渡しに行きますか。今日であれば軍部の方で仕事をしているはずなので、今日の戦功を讃えつつプレゼントしに行きましょう」

「うむ」


 真剣にカタログと睨めっこして、色々な質問をしながら選んでくれる。

 いつ持ち帰るか、好みはなにか、3歳児がいる家庭に送っても良いものか、と色々頭を悩ませて。


「これにする」

「承知しました。では奥にありますので、取りに行きますか」

「うむ」


 魔王様の手を取る。

 椅子から降り、数歩踏み出したところで。


「カメラ起動」

「へ?」


 魔王城最深部。

 玉座の間に仕掛けられた8台のカメラが一斉に起動。

 魔王様は、変なことを言う従者の方に呆けた顔を向けながら、歩き出した勢いのままに数歩だけ進んで。



「──ふぎゅっ!?」



 腰まで埋まるくらいの落とし穴に落ちた。


 出入り口に表示したままだったモニターにすぐさま撮影したばかりの映像を送信!


 1カメ!

 綺麗な姿勢で落ちていく魔王様が目を開く様をドアップで撮影!

 2カメから4カメ!

 左右と上から同じく激写!

 5カメから7カメ!

 同じようなアングルでスーパースロー! 中に敷き詰めてあるクッションで軽くバウンドするところまでバッチリ撮影!

 最後に8カメ!

 落ちた後の魔王様の顔にフォーカス!


 みるみる赤くなっていく頬。

 たぶんだけど無意識で、中にあるクッションを抱っこしてる。

 ようやく思考が追いついたのか、手の中のクッションを投げつけて来ながら叫んだ。


「────ヴィルリーヒっ! ねぇ、もうっ!」

「あっはははは、待って豪速球すぎる当たったら死ぬやばいマジやばい!」

「もうっ! もうっ!」


 ゴウ、とかギュオン、とか、おおよそクッションから想像できない風切り音と共に投擲されるのを避け続ける。

 最後の一個、怒りが収まってきたあたりのをあえて受けて吹っ飛ばされてからようやくカメラの電源を落とす。

 投げるものが無くなってキョロキョロしている魔王様にクッションをパス。今度は軽く投げつけてきたのを受け止め、投げ返して、受け止めてを気が済むまで繰り返した。

 お互い飽きてきたところでようやく魔王様を抱え上げて穴から脱出させて、ついでに埋め戻しておく。


「いつもからかって。魔王様だよ、わたし。偉いんだからね」

「他の人が居ない時くらい気を抜いておかないとすぐダメになっちゃうぞ?」

「……ちゃんと気は抜いてるし。お菓子だって食べてるし」

「俺が出張してた一週間で過労でぶっ倒れるくらい真面目さんなんだから、休みすぎるくらいでいいの」


 不満そうな魔王様。

 みんなにとっては、才気あふれる怖い怖い魔王様の血筋の天才で。

 俺にとってはただの幼馴染。


「ほら、行きますよ」

「ん!」

「……あの? その手は?」

「どうせヴィルのことだから、他の魔族ヒトがいないところくらい分かってるんでしょ。落とし穴に嵌めたのチャラにしてあげるから繋いで」

「りょーかいです」


 まあ、これくらいなら幼馴染の領分か、と思いつつ、小さいその手に自分のを重ねた。



 ……なお、魔王様は思ったよりお怒りだったようで。

 そろそろ他の魔族ヒトがいるから、と離そうとしたけど強パワーと超技術で握りしめて離してくれず。

 軍部や廊下で、魔王様と手を繋ぎながら歩いている従者が居た事が即座に話題になり。

 権力闘争に勤しむ奴等や魔王様信奉者たちの嫌がらせ、果ては先代魔王からの圧にビビる生活をしばらく送ることになるわけだけど。


 木端の下級悪魔に、そんな未来を見通せるような強い能力は当然のように無いわけで。


「今度、落とし穴の作り方教えて」

「勇者でもハメにいきます? あと6人くらいいますし」

「ヴィルを落とすに決まってるでしょ! ってかあと6人もいるの!?」

「似た感じで造られた聖女もいるとか。15人くらい」

「……全員落とし穴に落としてやる」


 これはちゃんと教えないとなぁ、と思うのだった。


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魔王様を落とし穴に落としてみた。 棗御月 @kogure_mituki

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