第8話 戦いは、今こそ此処に



 まさにそこは戦場だった。



 逃げ惑う人々の怒号と悲鳴が連鎖する。降り注ぐ厄災を前に、人は成す術もなく飲まれていく。辺りの家屋は火に包まれ、瓦礫の下から鮮血が地面を蚕食していった。

 異形な形を成したブラードが無数の軍勢を連れて門を駆ける。兵士が喰われ、叫び声が響く。そして咆哮が轟く。兵士たちが雄叫びを上げてブラードの群れに突っ込んでいった。


 あまりにも無謀だ。

 いまのリヴァーレ騎士団には団長も副団長も不在で、指揮を取れる人間が存在していない。だから、こんな命を無駄にする為の行動をするしか兵士たちに道はなかった。


 厄災大魔獣ベルガルグ──『厄災』の権能を持った魔獣。

 『破滅』、『絶滅』、『崩壊』、『虚空』、『悪夢』、そして『災厄』。世界を脅かす根源悪。ベルガルグはその一体で、あらゆる自然の災害を引き起こし、いくつもの国を滅ぼしてきた最悪にして災厄の大魔獣。並の騎士や兵士では太刀打ちできるはずがない。



「クレイヴさん、あなたが本当にあの剣鬼なのですか?」



 荒れた街の中を駆け足で進んでいると、ついて来ていた兵士の一人がクレイヴの背中を睨んだ。

 だが、クレイヴは鼻で笑いながら「剣鬼……」と口の中で呟く。呆れた溜め息を漏らすと、その脚を止めることなく答えた。



「勝手な噂だけを信じる者たちが、勝手に作っただけだ」



 クレイヴの適当な言葉に兵士が僅かな怒りを滲ませて声を荒げた。



「じゃあ、あなたの噂はすべて嘘だったと!?」

「いや、それは本当」



 兵士が驚愕で目を見開いた。

 しかしその事実を再確認するよりも先に戦場の前線へと辿り着いたが、そこはさっきまでの惨状より酷いものだった。

 三人は目の前の光景に唖然とし、脚を止める。そして眼前で起こっている地獄と、道の奥でゆっくりと歩んでいる大魔獣ベルガルグを見つめた。



「さすがは厄災……」



 クレイヴがぽつりと声を漏らす。眼前に広がっていたのは、不思議としか言えない光景だった。

 いまクレイヴたちが立っている地点よりも手前は憎たらしいほど晴れているのにも関わらず、そこから先は暴風雨が巻き起こっていた。

 篠突く雨が視界を遮り、その奥で獅子の如き見た目をした巨大な影が唸る。敵の存在に気が付き、戦闘態勢に入っていた。



「二人は怪我人の避難を」

「一人で戦う気ですか!?」

「俺は姉さんのように仲間と戦う術を知らない。だから、独りで戦う。誰かを救う役割はあなた方に託す」



 背中を向けて語ったクレイヴを見つめ、二人の兵士は互いに視線を合わせた。

 何度か頷きながら「わかった」と、一言だけを告げて兵士たちは踵を返し走り出す。それを見ずに理解したクレイヴは剣を握り締めてゆっくりと雨の中に踏み入れた。


 冷たく、鋭い雨だ。

 やつがこのまま進めば、王国は水に沈む。いまだ津波や地震が起こされていないのは、奇跡といえるだろう。それが起こされるより先にベルガルグを倒すしかない。



「──戦いは、今こそ此処に」



 ゆっくりと歩み寄りながら、神経を澄ます。雨の音と、ベルガルグの唸りだけが水溜まりの音に混じって劈く。晴れた陽が雨の降り注ぐ厄災に差し込み、クレイヴの握り締めた鞘が瞬いた。



「不滅の栄光を右手に掲げ、描いた未来ゆめを左手に掴む」



 剣の柄を強く握り締め、鞘から抜いていく。



「我が眼前にあるは、絶対なる悪。故に、我は我の為すべきことのために剣を振るおう」



 ベルガルグがクレイヴの存在を無謀な人間から、完全な敵と認識。獅子は強く眼前の敵を睨み、姿勢を低く身構えた。

 だがクレイヴは雨の中で瞳を閉じながら、ゆっくりと息を吐いて言葉を続けた。



「──ダンヴァースの名のもとに、貴様を打ち滅ぼす」



 ベルガルグが咆哮を上げ、魔力を込める。鋭利な牙を備えた巨大な口を大きく開き、体内魔力を形に変換。ベルガルグの背中にある二本の筒が輝き始め、光に満ちた瞬間──それを光線として一気に放出した。

 紫色の閃光が一直線に突き進む。大気を切り裂き、雨を穿ってクレイヴを貫こうと突貫。だがそれを、クレイヴは視認しようとしなかった。

 一瞥すらもなく、ただその鞘から羅沁剱らしんけんハバキリを引き抜き────囁く。





「──正義プライム・執行ジャスティス





 瞬間、ベルガルグは鞘から剣が引き抜かれたのが

 剣身が鞘から見えた刹那──光線がクレイヴに命中した。

 否、

 あまりの速さで引き抜かれた剣は、光線を容易く一刀両断。切り裂かれた光線は二手に別れて、背後の民家を破壊。爆炎が巻き上がり、粉塵がクレイヴを飲み込んだ。

 蒼き瞳が光を灯し、剣の一振りによって粉塵が一気に払われる。その中から姿を見せるクレイヴに、ベルガルグは本能的に危険を察知して、複数の光弾を次々と放った。



「──光芒一閃エクセス



 ぽつりと呟いた詠唱と共にクレイヴの持っている剣が、淡い光に包まれる。焦る様子もなく、蒼く輝きだした剣を悠然と振るい、迫り来る光弾を切り裂き叩きつける。無駄な動きもない必要最低限な動作のみで繰り出される剣戟に、ベルガルグは驚愕を隠し切れなかった。



「世界に厄災を齎し、災害を以て人類を襲う者。お前はいったい──何人を殺してきた?」



 クレイヴが鋭い眼光でベルガルグを睥睨する。その視線にベルガルグが危険を感じて思わず後退った。

 だが直ぐに攻撃態勢を取り、天に向かって吼え猛ける。その咆哮に呼応して、一部の天を覆っている厚い黒雲に稲妻が奔った。

 同時に、勢いよく地面が揺れ出す。吹き荒れていた風がさらに勢いを増すと、それはベルガルグの前で渦を描き、一瞬のうちに竜巻へと成長。中で雷が轟き、放っておけば国一つを簡単に滅ぼすほどの災害へと変化した。



「竜巻、台風、地震、さすがは『厄災』だな。大気中の魔力を自由に操り、気圧や空気を自由に操る。魔獣でありながら、素晴らしい知恵だ。いや、獣としての本能か……?」



 大規模な自然災害を目の前にしておきながら、クレイヴはまるで焦ることもなく冷静に淡々とそれを口にしていた。

 本来の竜巻は一定の方向に回転し続けているが、ベルガルグが巻き起こす竜巻の特徴は二種類の風が層を成して、二方向に回転していることだ。



「普通であれば、そんな回転をする竜巻は形にならない。だが、やつの竜巻はそんな有り得ない現象を可能にしてしまう」



 一つは時計回り、もう一つは反時計回りに。そんな竜巻に飲み込まれてしまえば、人間の身体はバラバラに引き裂かれてしまうだろう。ここから逃げれば、セラフ王国は壊滅。滅びの道を辿ることになる。だがクレイヴにそんな選択肢は、最初からなかった。



「これを吹き飛ばすだけの威力を持った魔法は、俺にはない。ならば、竜巻が国を横断するより先にベルガルグを叩きのめす以外に方法はない」



 最初からそのつもりだったけど、そう呟いたクレイヴは剣を更に強く握り締めて腰を低く構える。そしてベルガルグの放った光弾が地面を穿ち、巻き上がった粉塵が視界を覆った。


 だが、視界は然程重要ではない。

 強大な存在故に、巨大な魔力が相手の居場所を明確に教えてくれる。ベルガルグは縦横無尽に飛び回り、四方八方から光弾を放ち続けて来た。



「──乾坤一閃エクシード



 剣身が紫炎で包み込まれる。視界を遮られ、地面以外の全ての方向から光弾が迫り来る。並の人間ならば、一つたりとも叩き落せず、避けることもできない。だがクレイヴはその悉くを叩き落し、切り裂き、弾き飛ばした。

 瞬間、背後からベルガルグが飛び掛かる。防御魔法をも力で容易く切り裂く鋭利な爪を振りかざし、音速すら超えて一気に距離を詰めた。



「■■■■──ッ!!」



 眼前に迫った巨大なかぎ爪が振り下ろされる瞬間、クレイヴは逡巡を押し切って剣を振り上げた。

 かぎ爪を迎撃した訳ではない。十倍以上の体格をした魔獣の一撃を受け止められるほどの腕力はない。故に、クレイヴが選択した行動はベルガルグの攻撃に剣を当てることで、振り下ろされるかぎ爪の軌道を逸らした。



「──逆転リバーサル



 振り下ろされたかぎ爪の勢いを殺さず、クレイヴは瞬間的に足を組み換えて剣を振り上げる。相手の攻撃力をそのまま自分の攻撃として相手に打ち返す──クレイヴの人間離れした洞察力と技術があってこそできる絶技だ。



『────ッ!?』



 クレイヴの脱力によって振り上げられた剣はベルガルグの攻撃力に更なる威力を加えて打ち返す。小さな人間から繰り出される驚異的な一撃にベルガルグは吹き飛ばされ、民家の壁を粉砕しながら叩きつけられた。



「大人しく竜巻の中に籠っていれば良かったものを……」



 大きく溜め息を吐き、最後の一撃へと自身の魔力を剣に灯す。それを感じ取ったベルガルグは身体を震わせて咆哮──大気が震え、超振動波によってクレイヴの行動が阻止された。


 クレイヴの身体は辺りの建物と共に吹き飛ばされ、地面を勢い良く転がるが、直ぐに態勢を立て直しては地面に剣を突き立ててその勢いを無理やり殺した。



「──ちっ」



 舌打ち。視線を戻した瞬間──刹那で詰め寄っていたベルガルグがヘビのような尾を振るってクレイヴを一気に吹き飛ばした。

 民家の壁を突き抜け、建物内の壁に叩きつけられる──息が詰まった。



「クソったれ……油断した……」



 身体に降り注いだ粉塵を払い、適当に瓦礫を退かしてから立ち上がる。どうやら風呂場に叩きつけられてしまったらしい。

 剣を宙に放って一回転。頭上に投げた剣を握り締めてから、ふと視線を下ろすと、クレイヴは「ウソだろ……」と声を漏らした。



「まだ生きている人間がいたのか……」



 視線の先──浴槽の中で足を抱えて蹲っている少年の姿があった。

 クレイヴを見上げる少年は顔が青ざめていて、恐怖でカチカチと歯を鳴らしている。身体を小刻みに震わせている少年を見下ろし、クレイヴは直ぐにベルガルグを睨んだ。



「流石にあいつの相手をしながら、子供を守るだけの力はない」



 浴槽に隠れていたのが唯一の幸いか。家の中で最も安全なのは浴槽ともいえる。このまま隠れていてくれれば、まだ戦いに専念できるかもしれない。


 クレイヴは少年の肩を持ち、真っ直ぐに見つめた。



「いいかい? このまま隠れているんだ。そしたら必ず助けてあげるから、待っててくれ」



 できる限りの優しい声色で語りかけた直後──ベルガルグが咆哮。振り返り、慌てて少年を抱えながら飛び退いた。

 窓を突き破り、少年が下敷きにならないように地面に投げ出される瞬間に身体を捻って地面に倒れ込んだ。



「大丈夫か!?」



 慌てて少年の安否を確認すると、少年は涙目になって頷く。それに安堵したクレイヴは直ぐに立ち上がり、少年に手を差し伸べた。

 少年は差し伸べられた手とクレイヴの顔を見比べながら、ゆっくりと手を出す。少年が顔を上げた瞬間、その表情がみるみる恐怖で満ちていく。それに気が付いたクレイヴは振り返り様に慌てて剣を振るった。

 だが、ベルガルグが既に振り払った剛腕と衝突。炸裂した火花が巻き散り、圧倒的な力に耐え切れずクレイヴは吹き飛んだ。



「あっ、ああ……」



 吹き飛んだクレイヴは民家の壁を突き破った。

 そのクレイヴが出てこないことを理解したベルガルグは目の前で尻もちをついている少年を見下ろす。獣の鋭い眼光が少年を睨み、鋭利な牙が口から覗いた。

 唸り、少年を喰らわんとばかりに巨大な口を開く。その中は子供一人など丸々飲み込めてしまいそうなほど大きく、剣を逆さにつけたような牙がいくつも並んでいた。



「いや、だ……」



 少年の恐怖がさらに増幅する。だが、ベルガルグは一瞬で殺せてしまうだろう少年を喰らわなかった。その鋭いかぎ爪を伸ばして少年に触れた。

 直後──が叫んだ。



「──ロビー!! 今です!!」

《 グァラァァァァァッ!! 》



 青白い閃光が瞬き、強大な魔力がロビーの体内で生成。大気が唸りを上げ、ロビーが身体を突き出すと同時に口から光線が一気に放たれる。放出された膨大な魔力が彗星の如く空間を突き抜けて猛進。

 ベルガルグを横転させ、すかさずソニアは少年の手を取って駆けた。



「こっち! はやく!」



 突然のことに困惑しながらも、少年は手を引かれるがままにソニアの言う通りに走る。そして出てきたマンホールへと目指して全力で駆けた。

 だが、直ぐに起き上がったベルガルグが怒りの限りを吼えて飛び掛かった。



《 ソニア避けろ!! 》



 巨大な影が二人を覆う。振り返り、ベルガルグがその豪腕を振り被った。

 たとえ加護を得ているとはいえ、ベルガルグほどの魔獣の攻撃をまともに受ければ死は免れない。しかしこの場には、自慢の叔父が立っている。



「ソニアに手を出そうなんざ100年はやいッ!!」



 ベルガルグの横から一気に詰め寄ったスナットが大剣を振り下ろし、ベルガルグを地面に叩き付ける。その一瞬の隙にソニアはマンホールへ少年を押し込んだ。



「叔父さん!」

「今行くぞ!」



 まともに打ち合ってベルガルグに勝てるはずがない。それを理解しているからこそ、スナットは余計な真似をせずにベルガルグから距離を離してマンホールへと飛び込んだ。



「ソニア! お前もはやく来るんだ!」

「──はい!」



 スナットの声に頷いて、差し出された手に手を伸ばす。だが、憤慨したベルガルグがかぎ爪で地面を抉り、瓦礫を力任せに吹き飛ばした。



「──ソニア!!」



 紙のように瓦礫に吹き飛ばされ、ソニアは身体を地面に打ち付けながら転がる。苦痛に顔を歪め、立ち上がろうと地面に手を付けた時、漆黒の影がソニアに降り注いだ。



「…………まずい……」



 ベルガルグが眼前で咆哮。耳を聾する叫びと、鼻を突くような獣臭に顔を歪め、直ぐそこに死が迫っているのを全身で実感した。

 容赦なく振り上げられたかぎ爪を見上げ、慌てて立ち上がろうとするがベルガルグの逆の前足が服を抑えつけている所為で立ち上がれなかった。


 まだクレイヴが来ない──それをなぜなのかと問いながら、その場から逃げようと服を引っ張った。

 千切ろうにもそれだけの力が子供であるソニアには無かった。



「■■■■──ッ!!!」



 かぎ爪が一気に振り下ろされる。空気を切り裂き、容赦なく、問答無用で、ソニアという小さき対象を殺すことだけの為に全力で振り下ろした。

 ただ踏み潰すだけでも殺せる相手に、全力で。


 ソニアは瞳を閉じることすらできず、と記憶にフラッシュバックした。


 冰剣の聖騎士リラレスタ・ダンヴァースに救われる直前のあの瞬間のようだと。あの時も、眼前に『死』が迫っていた。


 どうすることもできず、足掻くことも、逃げることもできない。ただ死を待つだけの刹那。だが、あの時と違うことが一つだけあった。



 それは、まだことだ。



 振り下ろされるかぎ爪を睨み、ソニアは叫ぶ。獣の如く吼え、腰にぶら下げていた短剣を素早く取り出すと一気に突き出した。

 直後、ソニアの首にぶら下げられていた蒼い輝石が輝き出し、燐光がソニアを包み込むとベルガルグのかぎ爪を弾き飛ばした。



「…………えっ?」



 魔力障壁のような燐光はかぎ爪を弾き飛ばすと、輝石と共に輝きを失い、ソニアが困惑に対する答えを得る前に消えてしまった。

 思いがけなかった反撃に怯んだベルガルグが、思考を切り替えてまたもやソニアに飛び掛かった。



 だが、辿り着くことはできない。

 音を置き去りにして、空間をも切り裂きながら一直線に投擲された羅沁剱ハバキリがベルガルグの硬い皮膚に深々と突き刺さる。激痛に悲鳴を上げたベルガルグに神速の踏み込みで眼前まで詰め寄ったクレイヴが右脚を振り上げた。




「──冰華一閃ひょうかいっせんッ!!」




 クレイヴの魔力が右脚に集束。蒼き輝きを灯すと、それは光の刃と化してベルガルグを一閃。目にも止まらない速さで振り抜かれた一蹴りいちげきが、ベルガルグを横一閃に切り裂き、氷の華を燦然と咲かせた。



「きれい……」



 その一瞬に、ソニアは目を奪われた。

 あの時、リラレスタ・ダンヴァースの軌跡に心を奪われたように。

 鮮血が飛び散り、ベルガルグが痛みに苦痛の悲鳴を上げる。そしてその一撃が決定的となった。

 超巨大な竜巻を形成する魔力が形を保てなくなり、内側から爆発するように霧散した。



「────ッ」



 綺麗に一閃して切り裂かれた傷から鮮血が吹き出し、ベルガルグは足下がおぼつかない様子で震えていた。

 最後の一撃を以て命の灯火を絶つ──その為にゆっくりと、歩み寄るクレイヴがベルガルグに突き刺さったハバキリを一気に引き抜いた。



「■■■■■■■■■──ッ!!」



 鮮血が水のように噴き出る。悲鳴のような咆哮を上げ、乱雑に豪腕を振るう。だがそれは対象に命中せず、クレイヴは簡単に一歩飛び退いて避けた。

 その一瞬の隙をベルガルグは見逃さなかった。



「GrrrrrrrrrrrrrRaaaaaaaaaaaaッ!!」



 天に向けて雄叫びを上げたベルガルグに呼応するかのように、一瞬で暗雲が天を覆い尽くす。そしてその暗雲の中で雷鳴が轟いた。

 なにをしようとしているのか理解できずにいると、膨大な魔力によって形成された暗雲から、紫紺の雷がベルガルグに落ちる。目も眩むほどの閃光に全員が視界を覆った。



「──なにを!?」



 驚愕で声を荒げながら慌てて目を開くが、あまりの輝きに視界はぼやけていて、何度か瞬きを繰り返すしかなかった。

 そして視界が鮮明になった時、そこにベルガルグの姿はなかった。


 辺りを見渡し、魔力の反応も席巻する殺気も消えた。

 なにより辺りの空を覆い尽くしていたベルガルグの暗雲も完全に消滅した。まるで最初からなにもなかったかのように──太陽の光が荒れて閑散とした大地を照らす。惨劇を広げる災厄は消えた。

 最後に残ったのは、静謐さを取り戻した惨状だけだった。



 

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彗星を継ぐ剣 〜故郷を失った少女は、聖騎士になる為に剣を振る 〜 渚 龍騎 @NagisaRyuki

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