弓塚シノの悪戯
2学期が始まって大体2週間ほど経った。俺、
「あー……。げほっ、げほっ。……しんど。」
ピピピ、と体温計が鳴った。38.2℃。中々熱が引かない。
「――おーい、入るよー。」
「あ?え、ちょっと待て。」
「あれ、駄目だった?――もう入っちゃったけど。」
俺はベッドから体を起こして座り、来訪者の姿を確認すると溜め息を付いた。こげ茶色の長髪、久しぶりに見た白川高の女子制服、鈍く光る眼。やはり癪に障るニヤニヤとした笑顔を浮かべるソイツ――
「うおっ、何すんだよ。」
「ナイスキャーッチ。別に元気そうだね。」
天野はそう言ってカーペットに腰を下ろすと、ローテーブルに放置していた俺のゲーム機を引き寄せて操作し、呑気にゲームをし始めた。俺はまたベッドに倒れ込む。
「いや元気じゃねぇよ。……買い物サンキュ。」
「良いってことよ。復活したらご飯奢って。」
「全然良くねぇじゃん。」
つか、いつの間にか俺のゲーム機に自分のアカウント作ってるじゃんコイツ。図々し過ぎねぇか。
「で、いつ治るのそれ。」
天野は興味無さそうな声で俺に聞いてきた。俺はちょっと考えて、天野の方に寝返りを打って答える。
「さぁな。少なくとも今週中じゃ治らねぇだろ。」
「軟弱だねーしましま君。」
「やかましいわ。」
暫く天野はゲームしながら一方的に学校の話をし続けた。
「あぁそういや、りっさんにも会ってきたよ。」
俺のバイト先のろくでなし――
「相変わらず人として終わりかけだねあの人。ちょうど遊んだ時、パチンコで大負けした直後だったみたいでさ。全部私持ちで遊んできた。」
「……お前凄いな。」
「金遣いそんなに荒くないからね。この前りっさんから貰った3万で遊び倒してきたんだー。」
大人、という肩書だけのクズみたいな人と、サシでテーマパークに行ってきたという天野の気量が知れない。ただただ天野には頭が下がり、律さんには軽蔑の念が膨らむばかりだ。
「1日一緒にテーマパーク回ったのにさぁ、――結局どっちか分かんなかった。」
「まだ気になってんのかお前。」
「いやさぁ、普通トイレぐらい行くと思わない?全然行かないし、酒飲ませて酔わせても言わなかった。」
「……よくもまぁ酔っぱらいの面倒見たな。」
「いや、駅に置いてきたよ。」
「おい。」
日頃の報いってことなのか。何か可哀想と思ってしまう自分が居る。
「……ん。」
ふとベッドの傍に放っていた携帯が鳴った。俺よりも天野が先に反応したかと思うと、距離的には俺の方が近かったはずなのに天野の手には俺の携帯が握られていた。
「……おい、何してんだよ。」
「いやびっくりしちゃって。」
そう言って、画面を俺に向けた。何をしているのかに理解が遅れたが、直ぐに顔認証を解かれたことに気づいた。
「――返せ。」
「ふふ、やだ。」
天野は通知をじっと見て、それをタップして飛んだ。俺は溜め息を付いてベッドにまた倒れ込んで体勢を戻す。天野は目を忙しく動かしながら画面を見ていたが、直ぐに口角を弓の様に吊り上げたかと思うと、俺の方へと近づいてきた。
「ねぇねぇしましま君。」
「何だよ……。」
それから画面を指さして笑った。――その画面は、俺が最近仲良くなったネッ友とのチャット画面だった。
「君……、本当面白いね。」
「……はぁ。」
俺は何となく察して諦めて、天野が持ってきたビニール袋の中からパックタイプのゼリーを取り出して封を切った。天野はニコニコしながらチャット履歴を遡っている。……何が楽しくてそんなに笑ってんだか。いつもより2割り増しぐらい明るい顔で笑ってるぞコイツ。
俺は未だにブログサイトを漁る事を楽しみにしている。以前、池名さんについて知ってしまったあのサイトだ。そのサイトで俺は、深夜テンションに身を任せて、天野の傍若無人さを書き連ねていた時がある。今はもう消しているため、そんな黒歴史は抹消されているのだが。まぁ、その書き込みにリアクションをしてくれたのが――〈みかの〉というアカウント主だった。
――『こんばんは〈
という、1件のコメント。俺はこのコメントが物凄く嬉しかった。それから2週間ほどで〈みかの〉は俺のネッ友になった。とは言っても、俺が〈みかの〉について知っていることは、女子であること、文芸部の部長をしていること、同い年であることのみだ。逆に、〈みかの〉が俺について知っていることもその程度だ。
「〈みかの〉さん、っていうのかな?随分仲良しだね。」
「まぁな。」
その仲良しの発端は、お前に対する愚痴なのだけど。俺は天野の手から携帯を奪い返してスマホを閉じた。
「……ところで、〈みかの〉さんって
「そんなとこまで見たのかよお前。」
ニッコリ笑顔で頷く天野。俺は軽く頭を抱えながら答えた。
「まぁ……そうらしいな。そこで文芸部の部長をしてるとか何とか。」
「……え?」
珍しく天野がガチトーンで聞き返してきた。俺は少し驚いて天野を見る。
「どうした。」
「あー……、そういえば私、しましま君に転校してきた理由って言ったっけ?」
「いや、聞いてないけど。」
天野は少しバツが悪そうな顔をしながら軽く俯いたかと思うと、顔を上げて話し始めた。
望月校――望月学園、というのは、海沿いの町にある私立の中高一貫校だ。規模としては小さいのだが、校風が特殊であるため、結構人気のある学校だったりする。
天野は、中学生時代を望月で過ごしたらしい。勿論中高一貫であるため、大半の中等部生はそのまま高等部に進むのだが、天野はとある理由があり、この辺鄙な田舎にある白川高校に進学してきたのだ。
そのとある理由と言うのは――縁を切りたい人が居たから。
小学生からの腐れ縁だというその人との縁を切りたかったのだそう。深くは言わなかったし、聞かなかったから詳しくは分からないが。
「後は文芸部なんて中等部の時は無かったからさ。びっくりしただけ。」
「へぇ。そうか。」
天野は少しだけ俯いて息を吐いた。俺は居た堪れない気持ちになる。コイツはコイツなりに重たい何かを背負っていたのか、なんて考えてしまって罪悪感が広がっていく。
「あ、しましま君。私今日は帰るよ。」
「そう、か。分かった。――買い物助かった。」
「いいえ、どういたしまして。」
そんなこんなで天野が帰ってしまった。俺は1人になって部屋で、重たい気持ちを引きずっていた。
それから5日ほどして熱も咳も治り、周りよりもかなり遅れて2学期初の登校をした。俺が来て喜んだのはせいぜい池名さんぐらいだった。歌坂は一応素直に喜んでいたのだが。
「あ、え。でもお前来たら天野さんに近づくのやりづれぇ……。でも、お前来てくれてすげぇ嬉しいんだよな……。なにこの複雑な気持ち。」
相変わらずの馬鹿っぷりで安心した。机の中にはパンパンにプリントが突っ込まれており、天野をパシれば良かったと後悔する。それから何事もなく授業が終わり、天野のノートを「可愛くお願いして?」という鬼畜過ぎる条件をクリアして借りた。放課後教室に残って天野に邪魔されながらも全て書き写し、図書館に寄って寮に帰る頃にはかなり暗くなっていた。
「……天野。」
「んー?」
少し前を歩く天野に、俺はふと声を掛けた。天野は学生鞄を物凄く器用、かつ綺麗にバトンみたく振り回しながら俺を見る。コイツの隣を歩くことができないのはこのせいだ。だが、もう1つ俺は心理的な距離を抱いていた。
「……なんでもない。」
「あっそ。」
天野は大きく前に跳んだ。バレリーナの様な跳躍。……いや、なんで助走の1歩も無しにそんな跳べんの。
「はぁ……。」
俺はコイツのこの呑気さが凄く羨ましい。呑気で楽観的で、何よりも今を楽しんでいるのが羨ましかった。それなのに――。
「はっはぁ。しましま君、野暮だね。」
「は、何がだ。」
俺はまた考えるのを辞めた。考えちゃいけない。天野は天野だ。それだけだ。
「うーん……何て言うのかな。雰囲気が。」
「失礼だなお前。」
そんなどうでも良い事を話していると、直ぐに天野は学生寮とは反対方向に去ってしまった。いつもの調子で、ひらりと手を振りながら。
「――はぁ……。」
俺は少し前に見た、天野の古い負の部分が拭いきれずに疲れていた。あんなの見たら対応に困る。制服のままベッドにダイブし、息を止める。こういう時、どんな顔をしたらいいのか俺は分からない。長年の人嫌いの仕打ちが今更帰ってきた。
「……?」
携帯が学生鞄の奥底で振動した。俺は鞄のチャックを開けて携帯を取り出す。――件のネッ友、〈みかの〉からのチャットが送られてきていた。
――『お前2日後とか暇?』
短い文章ではあったが明らかにいつものふざけた文章とは違う、というのを直感した。思わず返信につまる。
『暇、だけど。』
『どうした?』
――『白川高の辺りに旅行に行こうと思って。』
――『オフ会しねぇ?』
俺は固まる。まさかこの〈みかの〉からそういう誘いがあるとは思わずに驚く。
『良いなそれ。』
めちゃくちゃに時間を掛けて返した返事がこれだ。俺はその後携帯の画面を伏せてサイドテーブルに置いた。眠気なのか倦怠感なのかよく分からない感覚で頭がいっぱいになっていく。
「……はぁ。」
俺はそのまま飯も食わずに寝てしまった。じわじわと体に広がっていく憂鬱感が全部どうにかしてくれるだろうと思って、そのままそれに呑まれて堕ちる感覚に抗うことなく、瞼を閉じた。
日は変わり、オフ会当日になった。俺は待ち合わせ場所の駅に向かう。
「……いや、ちょっと待て。」
よく考えたら向こう女子じゃん。一応外に出ても恥ずかしくない恰好はして来たけど。どうしよう、もしもキラキラ系の女子だったら。いや、流石にないと思うけど。あー待って怖い、緊張してきた。……天野呼べば良かったな。
「って、駄目だろ絶対。」
アイツにとって良くない思い出のある、望月学園の生徒。最悪の場合、〈みかの〉が天野と知り合いかもしれない。それはただただ天野を苦しめるだけだろう。
「……まぁ、考えるだけ無駄って事か。」
俺は溜め息を付いて、正面にある出口を見た。すると、携帯に通知が入った。
――『駅到着』
――『お前どこ?』
一気に口の中が乾き、思わず携帯を落としかける。どうやら向こうは俺に悶々とする時間さえ与える気が無い様だ。俺はゆっくり息を吐いてから返信を打ち込む。
『西側の出口に居る。』
『灰色のジーンズとベージュ色のTシャツ着てっから探せ。』
――『承った。』
……〈みかの〉ってどんな人かな。俺のイメージとしてはウルフカットで目がぱっちりした感じの、元気っ子みたいな感じの女子だと思っているのだが。いや勿論ネット越しである。そんなん分かったもんじゃ無いことぐらい100も承知なのだが……。夢を見るぐらいは許されるだろう。きっと。
「……いやぁ分かんねぇな。」
俺は小さく呟いて、携帯から目を逸らした。出口から出て来る人たちに目を泳がせる。昼前と言う時間もあり、大体は学生っぽい人たちか母子連れが多い。俺はとりあえずキョロキョロと周りを見回していた、のだが。
「おぉ……すげぇな。」
出口から、少し目を引く感じの人が1人出てきた。淡いチャコール色のパーカーに、黒いぴったりとしたパンツ。ハイカットのスニーカーを履き、カジュアルな感じの、これまた黒いポシェットを肩から掛けていて、右手はパーカーのポケットに突っ込み、左手では携帯を操作している。無線のヘッドフォンを首から掛けて、少し癖のある黒髪をヘアゴムで1つに高く括っていた。恐らく、解けば背中ほどまでの長さはあるだろう。そして――良く言えば「きりっとした」、悪く言えば「目付きの悪い」、と言う感じの目をしていた。その上、両耳に開いたかなりの量(片耳5個ずつはある)のピアスが相まって、もう不良にしか見えない。だがまぁ、それ以前に今どきこういう厳つい雰囲気の人がまだ居たのか……という謎の安堵感があった。その人の事をまじまじ見ていると、案の定目が合ってしまった。
「……。」
その人は3秒ほど俺を見て静止すると、手に持っていた携帯の画面を見た。それからまた俺の方を見て、画面を見てを何度か繰り返す。
「……マジかよ。」
俺はその人の動作から1つの結論を出した。それと同時に、その人が俺に近づいてくる。
「……初めまして、だな〈縞〉。」
「……ふ、えぁ。〈みかの〉なんだな……?」
「あぁ。まぁ、今はリアルだから――
「お、おぉ……。俺、間縞。間縞伊織。」
「マジマ……、ん、え、間縞?」
「へ、え?そう。間縞。」
「あぁ……。なるほどな。」
対面早々苗字を連呼される。俺の事をその目付きの悪い双眸で観察する様に見てから、〈みかの〉――弓塚シノは、少しだけ微笑んだ。
「まぁそうだな……。今日は会えて嬉しいよ、間縞。お前とは何というか……ちょっとした接点がまだあるようだし。」
「は、ぁ。そうなのか?」
俺はとりあえず弓塚を連れて、駅の近くにあるコーヒーショップに入った。飲み物を買って、俺の学生寮に行くことになったため、道中歩きながら会話をする。
「ところで1つ聞きたいんだが、間縞お前、知り合いに――天野って奴は居るか?」
「っ――ぶふっ。」
俺はその弓塚の唐突な問いに、先ほど買ったばかりのアイスカフェオレを吹き出した。弓塚はそんな俺を見て苦笑すると首を掻きながら困り顔になった。
「なっ……なぜそれを。」
「あー、言ったろ?接点があるって。」
弓塚はアイスコーヒーを1口飲むと、俺の方を見て悪戯っ子の様に笑った。俺はその弓塚の笑顔に思わず見とれる。……いや、変な意味じゃなくてだな?弓塚は、目付きこそ悪いものの、顔立ちはかなり整っている。そのため、その目付きの悪い双眸にどことない艶やかな雰囲気があるのだ。まぁ美人。なんか、カッコいい美人。天野とはまた毛色の違う美人だ。……何を熱弁してんだ俺は。
「天野……、とは小学生からの付き合いでな。なんか、高校に上がるタイミングで急に上京していったんだが、その理由が――何だったか、私と絶縁したいとか。」
「……おいおい、冗談だろ?」
その話を聞く限り、天野が言ってたのって――コイツじゃねぇか。
「この前、私の地元で花火大会があったんだが、その時急に駒……じゃねぇ天野から電話が掛かってきて、『マジマという名前の友達が出来た』って楽し気に言ってたんだよな。」
「ちょっと待て。」
弓塚はくすっと笑って俺を見た。俺は顔面蒼白になりながら弓塚に尋ねる。
「お前その……天野とどういう関係なんだ?」
「はは、恐らくは概ね今のお前と同じ立場だな。アイツの悪だくみに付き合わされてたって感じだ。まぁ、一緒になって暴れてたのもあるが。」
……どうやら俺はかなりの勘違いをしていたらしい。
「……お邪魔します。」
「散らかってっけど、そこらへん座ってくれて良いから。」
「分かった、ありがとう。」
弓塚シノと天野凛子は、俗に言う腐れ縁の関係だった。
もっとも、そう呼ぶにはあまりにもタチが悪いと弓塚が言った。
「小学校の低学年ぐらいから、中等部の3年間だから……大体6、7年ぐらいだな。」
「じゃあもしや……お前天野の事、駒って呼んでるのか?」
「おぉ、随分仲良しなんだな。そんなことまで知ってるとは。」
「仲良しだ?ふざけんな。」
俺はローテーブルに、冷たい麦茶が入ったグラスを2つ置いた。弓塚はゆっくりそれに口を付けてゴクゴクと飲み干した。流石に駅から徒歩では時間がかかったため、来るまでにコーヒーは飲みきってしまったのだ。俺もグラスに手を伸ばす。
「……はぁ。だがまぁ、駒と命名したのは私じゃない。もう1人腐れ縁の奴が居てな。ネーミングセンス皆無のそいつが付けたんだ。」
「へぇ……。」
弓塚は何かを思い出した様に携帯を操作して、俺に1枚の写真を見せた。そこには今より少し幼い天野と弓塚、見覚えのない男の子が写っていた。
「この髪短いのが駒、こっちの黒い仏頂面が私。で、この茶髪のガキがもう1人の腐れ縁の奴。」
「なんつーか……。面影すげぇな。お前とかまんまじゃん。」
「そうか?このころはまだ可愛かったんだがな。私も駒も。」
暫く弓塚は天野の中学生時代の話を俺にしてくれた。かなり面白い話が沢山あって、俺はほとんどずっと腹を抱えて大笑いしていた。
話に聞く限り、天野は中学生でも天野だった。というか中学の方が酷かった。
気に食わない教師の背中に、重加工したその教師の証明写真を貼り付けて朝会に出させたり、いじめっ子が体育終わりに着替えようとした制服を、フリフリのメイド服にすり替えたり、しまいには弓塚と男装して、校門前で面食い女子生徒を釣ったり。
話に聞く分には面白いのだが、弓塚の話に時々出て来る『リラ』という人物が可哀想でならなかった。そのことの始末は全て『リラ』に回ることが多く、この2人の狂人をたしなめる役割を一手に引き受けていたらしい。
「……あぁ、はぁ、面白いなほんと。」
「はは、だろ。」
弓塚は嬉しそうな顔をした。俺は少しだけ、天野が弓塚と絶縁したかった理由が垣間見えた気がして弓塚に微笑みかける。
弓塚シノという人物は、こういう悪戯を考える天才なのだ。それ故、傍に居ると嫌でも巻き込まれ、嫌でも面白いことになる。きっと天野は、弓塚の傍に居るのが好きだったが、それと同時に弓塚以外の面白さを求めたのだろう。
「まぁ、私は駒が居なくなっても飽きることなく色々やってるんだがな。」
弓塚は括っていた黒髪を下ろした。癖のある黒い髪。天野とは対照的な暗い色だった。俺は少し考えてから薄く笑って、弓塚に言った。
「多分、天野はお前の傍に居た方が楽しいだろうな。」
「……いや、多分それは無いぞ。」
「え?」
弓塚は顎に手をやって少し考えると、何かに気づいたのかニヤリと笑った。俺はただ困惑する。
「最後電話した時のアイツの声、心底楽しそうだったからな。」
「……そう、か。」
恐らく、弓塚と天野の間には「親友」という肩書ではない、もっと深くて性格の悪い間柄があるんだろう。因縁とかそういうものでは無く、ただただ漠然とした何か。友達を毛嫌いしていた俺には分からないが、友情と言うのは案外そういうものなのかもしれないな、なんて思って笑うと、弓塚が俺の方を覗き込む様に見た。
「まぁ気を付けた方が良い。お前は多分この調子だと、駒に呑まれるぜ。」
「それは……嫌な話だな。」
アイツと一緒になって悪戯できるほど俺は狂っちゃいないし、楽しめないだろう。せいぜい隣で溜め息ついて呆れるぐらいがベストだ。弓塚はそんな俺の気持ちを見透かした様に笑った。その笑顔を見て、俺はただ驚いて、呆れた。
「――お前はやっぱり駒に似てる所も、私に似てる所もあるんだな。面白い。」
その笑顔は――天野が時折浮かべる、悪戯っぽいというにはあまりにも性格の悪い笑顔に、まるでそっくりだったのだ。
「だれがあんなんと似てるんだよ。それに、お前と似てるってのも考え物だ。」
「はは、つれないな。」
そう言って弓塚は嬉しそうに、それはもう楽し気に笑っていた。まぁ、弓塚がこんなに笑う奴じゃないというのを知るのは、もう少し先になるのだが。
「いやでも、お前が方向音痴って何か意外だな。」
「心外だな。土地勘が無いだけだ。……ついでに宿の場所も忘れただけだ。」
「駄目じゃん。お前その文芸部の他の部員さん方に怒られんじゃねぇの?」
「何とかなるだろ。……ん?…………はぁぁぁぁぁ。」
「え、どうかし――。……うわ。」
「……しましまくーん。うわはこっちの台詞なんだけどー?」
「あ、天野……凄い偶然だな……。」
「そんなんはどうでも良いよ。私が言いたいのはそれ。そこのクソピアス。」
「はぁぁぁぁぁ……。連絡しなかったのに……。」
「いや、昼間に
「……何してんだアイツら。マジで行ったのかよ。」
「まぁまぁ、久しぶりの親友との再会、喜んでよねー。シノちゃん?」
「喜べるか阿保。」
「ははっ、またまたご謙遜をー。あ、しましま君、後は私が送るから良いよ。」
「あ、そうか?なら頼んだ。」
「え……。駄目だ間縞戻って来てくれ帰るな。」
「……え、ごめん。何て?」
「ふふ、また会おうねってさ。じゃ、夜家行くねーしましま君。」
「はぁ?……分かった、待ってる。――弓塚も気を付けてな。」
「あぁ……。はぁ……。また、な。」
「おう。またな。連絡する。」
こうして、俺と弓塚のオフ会は終了した。
帰り際、天野が心底嬉しそうに弓塚の隣で笑っているのが見えた。
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