幕間 夏祭り
端的に言ってしまえば、夏は嫌いだ。
だって凄い馬鹿みたいに暑いし。やる気も生きる気力もどこかへ溶けて消えていくからだ。
「あーつい。あ、ねぇ?しましまくーん。」
「……何だよ。」
今は夏休み。正確に言うと、5日前から夏休みだ。まぁ、夏休みだからと言って真面目に勉強するでも無く、廃人として過ごすわけでも無く、いつも通り目が覚めてしまったせいで俺、
「暑いねぇ。もう脳みそまで溶けて出てきそうだよ。」
長い髪を鬱陶しそうに手で弄びながら天野は言った。俺は共感の意を込めて溜め息をつく。
「まったくだな。……おい、アイス垂れるぞ。」
「うぁ、っぶな。」
現在俺と天野はコンビニで買ったアイスを頬張りながら寮に向かっている。蝉が馬鹿みたいに鳴き続けており、俺の頭の中では蝉が雛壇に乗って合唱する絵面まで浮かんできた。天野はさっき買ったばかりの棒付きアイスを全部口に放り込んで、1人で騒いでいる。俺はそんな天野を鼻で笑いながらパック入りで吸うタイプのアイスを食べていた。
「……くっそー、私もそういうのにすりゃあ良かったな。」
「言わんこっちゃない。」
コンビニで意気揚々と大丈夫だと言ってたのは何処のどいつだよ。そう思いながらちょっとずつアイスを食べていると、ズボンのポケットに突っ込んでいた俺の携帯が震えた。
「ん……。」
パックを咥えたまま俺は携帯を出して内容を確認する。……
―『よっすマジマ』
―『今日祭り行くっしょ?』
「……行く訳ねぇだろうが。」
というかコイツどうせ天野狙いだろ。そう思い、その文面を天野に見せる。一瞬嫌悪にまみれた様な顔をしたが、気のせいだろう。
「面白そうじゃん。行くでしょ?しましま君。」
「は?行かねぇよ。」
この地域では、毎年夏に祭りが行われる。この町の隅の方にある小さい神社に所狭しと屋台が並び、それでも入りきらない屋台がずらーっと神社の下にある道に広がる感じで祭りが行われる。本会場はあくまでも神社であるのだが、傍にある公園で演目があったり、ゲームの屋台が並んでいたりするため、最近は神社に並ぶ屋台の数も減ってきている様な気がする。これじゃどっちがメインなのか分からない。
「大体……祭りとかそんなに好きじゃねぇんだよ。」
この町は人口密度が低いが、決して人口が少ないわけでは無い。さして広くない土地に、まばらに人が暮らしている様な感じなのだ。よって祭りもかなり賑わう訳なのだが、人が多いのと一方的な知り合いへの遭遇率が恐ろしく高い事を危惧して、俺は毎年適当に屋台で売られている食べ物を買って寮で1人夏祭りをすることに努めている。それを見透かした様に天野は笑った。
「まぁまぁ、そんなこと言わずにさ?私も行ってみたいんだよ。」
「いや、お前だけ行けばいいだろ。俺は行かないから。」
なぜ俺を巻き込もうとする。やめてくれよ。行きたくないって言ってんじゃん。
「あ。せっかくだから、
「良くない。行かない。」
天野は俺の話をフル無視して携帯を操作し、
―『え、嬉しい、』
―『ぜひぜひ、』
―『ちょうど、親から新しい浴衣が送られてきて、』
―『着るタイミングできて、良かった、』
天野の携帯を覗き見ると、相変わらず特徴的なメッセージが送られて来ていた。……親から浴衣が送られて来るって何。どういうこと。
「……なぁ、天野。この浴衣が送られて来たってどういうことだ?」
「何ていうかねぇ、柚巳ちゃんの部屋着って全部和服なのよ。」
なんでも池名柚巳という人は実家が立派な日本家屋だそうで。
「こう、和を絵に描いたみたいなお家なんだよね。」
「行ったのか?」
「いや、写真を見せてもらったのと話を聞いただけ。」
驚いたことに、天野は池名さんとかなり仲が良いらしい。俺の家に押し掛けるついでに池名さんの家にお邪魔することが一度や二度じゃないと、天野は言った。俺はただ驚いていた。
「家ではいつも浴衣着てるよ。あの子。」
「へぇ……。」
俺はただぼんやりと、池名さんが浴衣を着ている姿を想像する。具体的な姿が頭に浮かぶ前に天野が水を差した。
「まぁ、行こうよ。しましま君?」
「……。」
やけにしつこい。何だコイツ。そういう系の誘いは3回断れば、コイツは引くはずなのに。
「……何を企んでるんだ。」
「別に何も?」
あーもう。コイツの素を知らなければ嬉しくなりそうな笑顔だ。――逆に言えば、その偉く眩しい笑顔が天野の顔に張り付いている=良からぬ事、または命に関わりかける事が起きる、という事なのだが。
「まぁ、そうだなぁ。しましま君。」
唐突に天野が言った。俺は嫌そうな目つきで天野を見る。
「私まだ、一度も夏祭りってものに参加したことが無いんだよね。」
「……は?」
天野は手に持っていたアイスの棒を口に咥えてそのまま話し続ける。
「いやねぇ、夏祭りがどういうものなのかは大体理解してるつもりなんだけどさ。実際に祭りに参加したことは無いんだよね。」
「マジで言ってんのかお前。」
俺でさえあるっていうのに。天野はただ笑って頷いた。俺は迷ってしまう。ここで俺が断ればきっと天野は勝手が分からずに困るんだろう。それも面白いが、何となく俺は天野に夏祭りがどういうものなのかちゃんと分からせたかった。あわよくば、祭りに参加したいなどという考えを捨てさせたかったのだが。――というか、まぁどっちにしろ屋台飯買おうとしてたしな。手間が省けて良いか。
「……分かったよ。行く。」
「ふふ、やったね。」
嬉しそうに微笑む天野。俺は溶けて温くなったアイスの残りを飲んだ。
「クッソ甘……。」
「ははっ、棒付きの方が良かったんじゃない?」
「……やられたな。」
池名さんの家、まぁ俺と同じ寮のボロアパートの一室を訪ねると、本当に浴衣姿の池名さんが出てきた。
「あ、間縞君に凛子さん。け、結構、早かったね。」
いつも通りの気弱な声。だが学校の時とは違って、肩に付くぐらいの髪を1つに髪留めでまとめており、天野の話の通り浴衣を着ていた。淡い水色の生地に朝顔が描かれた綺麗な浴衣だ。
「ごめんね、柚巳ちゃん。思ったより早く着いちゃって。」
「あ、いや。全然いいよ。――暑いし、部屋上がる?」
「あぁ、じゃちょっとだけお邪魔しようかな。」
……あれ、これ誰だ。俺の知ってる天野凛子じゃないんだけど。そう思いつつも、天野の後を追い池名さんの家に上がる。
「えと、間縞君。」
「はい?」
玄関で靴を脱ごうとした俺に突然池名さんが話しかけてきた。え、何。上がっちゃ駄目だったか。
「さっき凛子さんが、もう1人来るーみたいなことを言ってたんだけれど、誰かなって。」
眼鏡の向こう側にある池名さんの両目がキョロキョロとせわしなく動く。……しまったな。
「あぁ……それは……。池名さん、――歌坂瑞月って知ってる?」
「え……?」
池名さんの顔色がさーっと悪くなっていく。ですよねー。何となくそうなるんじゃないかと思ってましたよー。学校内での有名人と突然一緒に祭りを回ろうというのだ。池名さんにとってはハードルが高すぎるだろうなとは思っていたが。
「何で凛子さんのストーカーさんと一緒に回るんですか。」
……ん?何かおかしいぞ。池名さんのその爆弾発言とも取れる一言に、脇で聞いていた天野が吹き出した。当の本人は驚くほど真剣な顔をしている。
「ははははっ!違う、違うんだ柚巳ちゃん。まだストーカーじゃないよ。」
「え?あれ、そうなの?」
口元を手で押さえながら少し顔を赤くする池名さん。俺は少し笑って詳しく事情を話す。
「――なるほど、じゃあ祭りに行くって言いだしたのは、歌坂さんなんだね。」
「そう。……まぁ十中八九天野と回りたかっただけだと思うけど。」
俺が溜め息をつきながらそう言うと、池名さんはふふっ、と笑った。それから少し、顎に手を当てて何か考え事をし始めた。
「あ、ねぇ凛子さん。」
「なぁにー。」
部屋のローテーブルに出されていた池名さんの漫画を勝手にパラパラと読みながら天野は言った。……いや、何してんだよ。池名さんはそれを気にせずに言葉を続けた。
「凛子さんも浴衣着ない?」
「浴衣ぁ?」
やけに大げさな口調で聞き返す天野。いつもよりも目がキラキラしている池名さん。それをただ傍観する俺。
「うん。凛子さん、絶対似合うと思うし。まだ何着か新しい浴衣あるからさ。」
天野は一瞬物凄く嫌そうな顔をしたが、浅く息を吐いて言った。
「柚巳ちゃんがそこまで言うなら。とりあえず着るだけ着てみるよ。」
「ほんとに⁉」
うわぁ、めっちゃ嬉しそうな顔してる。こっちもこっちで笑顔が眩しい。
「あ、っと。間縞君、ごめんなんだけど……。」
申し訳なさそうに俺を部屋から追い出す池名さんの背後で、天野は嫌そうな顔を俺に向けて舌を出して見せていたが見なかったことにしておこう。俺は池名さんの部屋の扉に背を預けながら外で待っていた。
「……暑いな。」
扉の向こう側では、女子特有のキャッキャしてる声が聞こえるような聞こえないような。俺は天野の浴衣姿を想像する。あの美形の事だ。どうせ何でも似合うんだろうな。さっき池名さんが着ていたような淡い色味の浴衣を着る天野が脳裏に浮かぶ。髪とかも弄るんだろうか。いつも下ろしっぱなしの焦げ茶色の天野の髪。結構長いよなアレ。そんなことを4、5分取り留めも無く考えていると、背中が押された。扉が開いたのだ。
「あ、間縞君。終わったよ。」
池名さんが扉の隙間から顔を覗かせて言った。俺は振り返ってそのまま部屋に戻る。部屋には綺麗に浴衣を着付けした天野が居た。
「…………。」
「……ねぇ、何で黙ってんのさ。……おーい。しましま君?」
「……いや、悪い。」
天野は浴衣を着て、池名さんの部屋の中に立っていた。――のだが、俺の想像とは少し違っていた。淡い色の浴衣では無く、暗く落ち着いた紺色に、白い紫陽花が描かれている。長い髪は低い位置で緩めの団子にまとめられて、紫陽花を模したであろう髪飾りがついていた。
「……はぁ。」
俺の口から溜め息が零れる。うっとりしてとか、そういう意味ではない。ただ純粋に呆れたことによる溜め息だ。
「えぇ、何さ。ちょっと傷つくんだけど。」
そう言ってまた顔を顰める天野。俺は少し首を横に振った。
「いや……もう俺はお前が怖いよ。」
「え?」
その整った顔立ちと白い肌と対照的な深い紺色の浴衣は――有り得ないぐらい天野に似合い過ぎていた。いつもは上げない髪をここまでがっつり上げているのも新鮮で、本当に一瞬別人に見えたほどだ。すげぇな美人って。
「……ふふ。」
俺の隣で池名さんが変な笑い方をした。俺はゆっくりとそっちに目線をやる。
「……ふふふ。良いでしょ。」
この人も怖い。天野にここまで似合う浴衣を見定めたのだ。恐ろしい。それに、何か喜びを噛み締めてるみたいなオーラが凄い隣から来るんだけど。口角が弓の様に吊り上がっている。
「似合ってない、かな。これ。」
天野が嫌そうな顔のまま両腕を広げて俺に見せる。俺は反射的に真上を見上げてしまった。それからゆっくりと顔を天野に向けるて言った。
「似合ってる。めちゃくちゃ。」
……あれ、何か場の空気が。何か変な事言ったか俺。そう思った時、天野が笑い出した。
「あはははっ。本当、しましま君ってそういう事、恥ずかしげも無く言うよね。」
その天野の言葉で少し前の事が思い出された。コイツと出会った5月の事だ。
『君は私が教室に入った時に何を思った?』
―『率直に言うと、綺麗な人だなと思いました。』
『……よくもまぁ、恥ずかしげも無くそんなこと。』
あぁ、そういえばそういうやり取りあったな。ぼんやりと思い出しながら天野を見る。天野は嬉しそうに笑って俺に言った。
「まぁ、ありがとう、しましま君。」
ちなみに――このやり取りの時の池名さんが背後でジタバタ悶えながら騒いでいたのは、気のせいだと信じたい。
そこから寮を出て、俺は天野と池名さんと一緒に祭り会場へと来ていた。2人の浴衣少女を後ろに連れて歩くというのはどうにも目立つらしく、神社の周りに居た祭りの参加者たちの視線が痛い。何かもう敵意が凄い。やめて欲しい。歌坂から指定された場所に近づくと、そこで既に待っている歌坂が見えた。
「歌坂―。」
俺は少し離れたところに居る歌坂に声をかけた。聞こえないだろうと思っていたが、歌坂は俺に気づくとニッコリ笑いながら手を振って――固まった。しかも真顔で。
「……ん?何してんの、あの馬鹿。」
俺の背後から天野が歌坂を見て言った。俺は歌坂が固まった理由を理解して溜め息をついた。
「あ、間縞君。あの人鼻血出してるよ。」
「ほんとだ。大丈夫かアイツ。」
「……。」
俺はふと、歌坂瑞月という人間は、馬鹿という2文字が似合い過ぎるなと思った。俺はそのまま歌坂に近づいて、思い切り頭を叩いた。ばしん、という軽快な音が響く。
「いっで!何すんだよマジマぁ。」
「いや、ほら。鼻血はそうやった方が早く止まるっていうだろ。」
聞いたこと無いけど。
「つか……、あぁ……天野さん……。」
だんだん顔が赤くなっていく歌坂。俺はまた溜め息をついて、歌坂から離れた。逆に歌坂は怒涛の勢いで天野に走り寄っていく。
「何ですかその恰好!似合いすぎでしょ、マジで可愛いし綺麗だし神々しいんですけど、結婚しませんか本当にぐ、ぶっ。」
「しません。」
とうとう天野が歌坂に手を上げた。見事な腹パン。歌坂は腹を抱えて蹲りながら笑っていた。
「天野さんにっ……殴られたっ……幸せっ……。」
いや……うん。流石に引く。ごめん歌坂。
「あ、の……。歌坂さんでしたっけ……。」
遠くから見ていた池名さんが突然声を出した。それを聞いた歌坂が顔を上げて池名さんを見る。
「はじめ、まして。池名柚巳って言います。今日は、その、一緒に祭り回りますので。よろしくおねがい、します。」
人見知り全開の自己紹介ではあったが、池名さんはそう言ってぺこりとお辞儀をした。歌坂はゆらゆらと立ち上がってニッコリ笑う。
「俺、歌坂瑞月。よろしくね、池名さん。」
「あ、こちらこそ。」
何とかなりそうだな。多分。そう思いつつ天野に目をやると、1人だけ重たい空気が漂っていた。こっちもどうにかなるだろ。多分。
「歌坂、花火何時からか分かるか?」
「花火?えっとね……20:00からだよ。」
現在時刻19:08。花火まで時間がある。
「とりあえず屋台巡るか?」
「おぉ、良いね。」
「あ、俺焼き鳥食いたーい。」
「私、かき氷とか久しぶりに食べたいな。」
そんな他愛もないことを話しながら神社の石段を上る。俺は密かに、ガラにもなく楽しもうとしていた。
「……いや、困ったな。」
「困ったね。」
神社をひとまず1周して色々食べ物を買ったのだが、途中で歌坂と池名さんとはぐれてしまっていた。俺と天野は神社の石段を下りたところで初めてはぐれていることに気づき、携帯で連絡を取ろうとポケットに手を突っ込んだ時に、正面にあるゲーム屋台の射的コーナーの人だかりが目に入って動きを止めた。射的コーナーでは、見覚えのある2人――池名さんと歌坂が恐ろしく真剣に銃を構えて1等の景品の的を狙っている。軽い銃声が聞こえて、周りの人たちが湧く。どうやらなかなかの接戦らしい。列に並ぶ小学生たちが不服そうにその2人を見ている。
「何であんなに人が集まってんだろ。」
「偉い盛況だな。」
それから少しその2人を眺めていると、俺と天野の前の方に立っていた見物人たちの会話が聞こえて来た。
「おい、聞いたか。この高校生たち、もう20分近く射的してるらしいぞ。」
「はぁ?何にそんな真剣に狙い定めてんだよ。」
「いやぁ、それが、1等のメイド服でよ。なんだっけか……。」
「片方は誰とかに着て欲しいけど、もう片方は貞操がどうとか言ってたな。」
「それであんな白熱してんのか。すげぇなぁ。」
そんな会話が耳に入り、俺と天野は反射的に踵を返して公園に向かっていた。
「天野。」
「なぁに、しましま君。」
「俺たちは2人で祭りに来たよな。」
「うん。最初から2人だよ。」
そんなことを言っているうちに公園に着いていた。ステージでは演目が行われていて、屋台も結構な数ある。それ故に人が多い。落ち着いて座れるところは無さそうだった。俺は少し考えて天野を見た。
「ん?どうかした?」
「いや……お前、展望台行った事あるか?」
天野は首を傾げた。実はこの公園には展望台というものがあるのだ。本当にひっそりとしていて、知る人ぞ知るという感じのスポットであるため、恐らくそこなら落ち着いて飯が食えるし、花火も見えるだろう。だが、老朽化により立ち入り禁止になっている。その旨を天野に話す。
「へぇ、良いじゃん。そこ行こうよ。」
「バレたらめちゃくちゃ怒られるけど良いか。」
「ふふっ、しましまくーん。バレなきゃ犯罪じゃないっていう言葉を知らないのかい?」
「言ってることやべぇよお前。」
まぁということで、展望台に向かう。人波に逆らう様にして1歩踏み出した時に、天野が俺の手を握ってきた。
「どうした。」
「いや、はぐれそうだから。」
それだけだった。それから少し手を繋いで歩いて、やっとの思いで展望台に着いた。天野は人が少なくなってくると凄い勢いで手を振り払った。……何か、そっちから繋いできた割には扱い酷くないか。地味に傷つく。
「おぉ……静かだね。」
公園からさして遠くないが周りに人が居ないため、遠くから祭りの喧騒が聞こえてくる程度なのだ。俺は展望台から公園を見渡した。沢山の人たちが居るのが見える。
「すごい眺めだねこれ。」
「だな。」
2人で並んで公園の見えるベンチに座り、食べ物の入ったビニール袋を広げた。俺はたこ焼きのパックを取り、天野は唐揚げとポテトのパックを取って食べ始める。
「うま……。」
夕方のアイスから何も食べていなかったので、たこ焼きが胃に染み渡る。天野も隣で似たような顔をしながら唐揚げを堪能していた。
「おいし……。たこ焼き1個ちょうだーい。」
俺が返事する前に食いやがったコイツ。まぁ良いけど。俺は天野の唐揚げを1個横取りして食べた。……うん、美味いな。
「えぇ、さすがに聞こうよ。しましま君。」
「何言ってんだ。お前もう2個も食ってんだろ。」
「バレてたか。」
それから焼き鳥、アメリカンドッグ、焼きそば……他にも何品かを頬張った。全部食べ終わる頃には腹8分目になってしまった。
「……あぁ、食った食った。」
「美味かったな。」
現在時刻19:56。もう花火の時間だ。俺は口元を手の甲で拭いながら空を見上げる。
「ねぇ、しましま君。」
唐突に天野が口を開いた。俺は天野に目をやる。天野は空を見上げたまま、言葉を続けた。
「君の、幸せって何?」
「幸せ?」
突然何を言い出すんだコイツは。そう思いつつも、真面目に質問の意味を考えて答える。
「飯食ってるとき。」
「あははっ、なにそれ。」
いや、結構マジだぞこれ。
「そういうことじゃなくてさ。ほら、もっとこう……感情的な話だよ。」
俺は天野から顔を逸らして空を見た。ただ暗い、単調で平凡な空。それから俺は声を出した。
「間縞伊織という存在がちゃんと居る、って実感できる時。」
「ふぅん?」
天野が俺の方を向いた。俺は空を見たまま話し続ける。
「ちょっと前まで、本当に俺って存在があるのかどうか分かって無かったからな。今こうして、お前と喋ってる俺が居るっていうのが実感できるっていうのは幸せっちゃ幸せだ。」
「とどのつまり、君は私と出会えたことが幸せって言いたいの?」
「いや、違う。それは断固として無い。」
天野の方を向いて、きっぱりと答える。天野はそれを聞いて笑った。そして、軽く息を吸い込んで、笑いながら何か呟いた。
「 」
天野が何か呟いたと同時に花火が上がり、俺の視界に明るい色と光が飛び込んでくる。俺は天野が何と言ったのかを聞き取れないまま、花火をただ眺めた。天野も隣で花火を眺めている。ふと、視線を天野に移した。
「……っ。」
不覚にも。花火を眺める天野が綺麗だと思った。花火の赤い光に照らされたその表情は何とも言えない儚さがあって、見入ってしまう。
「……なぁに見てんのさ。」
こっちを見ないまま天野が言った。俺はそっと目を逸らす。
「しましま君は、しましま君のままで居てね。」
花火の音に負けない様に少し大きな声で、天野は俺に言った。俺も少し声を張って答える。
「心配しなくても変われねぇよ。」
「はははっ、確かにその通りだ。」
こうして、俺の夏休みは始まりを告げた。俺は――少しだけ、夏を好きになれた気がした。
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