保険の女

さかもと

保険の女

 変な女だった。


 俺の前に姿を現す時には、いつもきちんとした身なりをしていた。

 皺ひとつないスーツ、綺麗にまとめられた髪、ピカピカに磨かれたパンプス。

 いつ見ても、寸分の隙もない格好で、俺の前に現れた。


「お客様、私どもは、常に時代に合わせた形で保険商品を開発しております。こちらの商品など、お客様の今現在抱えておられる潜在的なリスクに対応できるものとなっておりまして……」


 そう言いながら、何やら絵柄や図表が入り交じったタブレットの画面を見せてくる。

 今は昼休みだ。会社にいる間の貴重な休憩時間だ。ひとりで自席でゆっくりと音楽でも聴きながら仮眠を取りたいと思っているにもかかわらず、その女は遠慮なく俺に話しかけてくる。

 俺の職場に出入りを許可されている、保険会社のセールスレディというやつだ。

 今時、そんな職種が残っていること自体が時代錯誤なんじゃないか。保険なんて、必要になった時に、必要なものだけネットで契約できる時代だ。こんな、人力で、押し売りみたいな商売が、いつまでも成立するとは思えない。

 少し、からかってやろうと思った俺は、その女にこう言ってやった。


「今度の休みの日に、俺と一日遊びにつきあってくれたら、契約してあげてもいいよ」


 すると、その女は表情も変えずに、「承知しました」と一言だけ言った。

 枕営業というやつなのだろうか。それこそ、今時そんな話があるとは思えない。

 少し頭がおかしいんじゃないのかこの女は。そう思いながら、俺はスマホを取り出して、女に向かってLINEのQRコードを差し出していた。




 次の日曜日、女は約束した場所に現れた。スーツ、髪、パンプス。いつも職場で目にするのと全く同じ格好だった。

 俺は、女を車に乗せて、郊外にある古民家を改装したレストランに連れて行った。

 野菜を使った会席料理。小洒落た感じの料理が次々と運ばれてくる。

 女は、それら出された料理を機械的に口に運んでは、ゆっくりと咀嚼して飲み込んでいった。

 俺が、「おいしいね」と言うと、「見た目がとても綺麗ですね」と言うだけで、特にうまいともなんとも思ってはいないようだった。

 食事が終わり、二人で車に戻ると、俺は女に尋ねた。


「今日はどうして食事につきあってくれたの?」

「お客様が、契約してくださるとおっしゃったからです」


 事務的な口調だった。


「お客様こそ、どうして私を食事に誘ったんですか?」


 女が逆に尋ねてきたが、俺は返事をしなかった。助手席に座っている女の膝に手を伸ばす。

 女は表情ひとつ変えなかった。


「以前に、奥様がいらっしゃるとお伺いしましたが、どうして私にこういうことをされるのか理解できかねます」


「保険だよ」


 俺は答えた。


「もし将来的に、俺の妻が俺より早く亡くなったらどうなる? 俺は一人になるのが厭なんだ。もしもの時に備えて、妻の代わりをキープしておきたいんだよ」


 女の眉間に皺が寄る。きつくなった目線が俺の目元をまっすぐ覗き込んでくる。


「私は、お客様のもしもの時に備える保険なんですか?」


 俺は答えなかった。

 まだ何か言おうとした女の唇を塞ぐ。




 それから数日後のことだった。

 会社の昼休み中、一人で仮眠を取っていたところ、急にスマホに着信が入った。

 病院からの連絡で、妻が交通事故にあって危篤状態だという。

 急いで事情を上司に報告し、病院に向かおうとしている俺の元に、あの女が現れた。

 いつものスーツ、髪、パンプス。

 事務的な口調で、こう言った。


「この度は、お悔やみ申し上げます。それでは、先日お客様にご契約いただいた保険の、保障に入らせていただきます」

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保険の女 さかもと @sakamoto_777

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