第2話 覚悟




昨日の一件から一夜たった俺は、その牢屋の中で昨夜のレイラの言葉を思い出していた。



『心のどこかに一つでも黒い点があれば、その点は徐々に他の白い部分を塗りつぶしていくわ。黒く塗りつぶされた暗闇の中でも進むそのをあなたは持てなかったんじゃないの?』



と、まるで自分の弱点を見透かされたかのようなその発言に、俺はモヤモヤとした何かを感じていた。


(覚悟って言ったって、一体どうすりゃいいんだよ!)


いつまでたってもその答えにたどり着けない事に俺は思い悩んでいた。


いくら俺の魔力量が多く、体が頑丈だからといって、痛覚や感情がないわけじゃない。逃げ出す度に、首輪を絞められ、鞭で叩かれるのは、痛いし怖い。そんな、恐怖心を植え付けられることを何度も体験すれば、屋敷から逃げ出そうと考えることもなくなるだろう。



のはずなのに、今俺の脳内は、レイラの言葉や両親、ルナとの約束、明るく輝く記憶とニコルド家の人たちへの恐怖心からくる、ドロッとした暗い感情がまざりあっていた。



「どうせ、もう会うこともないんだ。……昨日のことは忘れよう」



頭の中に、その綺麗な碧眼で俺を見つめレイラの顔がよぎったが、すぐに頭を横に振ると、かび臭い毛布を頭から被り一刻でも早く記憶から消そうと強く瞼を閉じた。




しかし、そんなジークの思いとは裏腹に、彼の心はチクリと痛みを感じるのだった。







奴隷の食事を食べたことがあるだろうか?

石のように硬いパンに、残飯を適当に煮込んだだけのスープはおいしいとは死んでも言えないものだが食べられないほどではない。しかし、牢屋に監禁されているときに出される食事はこれよりひどく、到底口で言えるものじゃなかった。

(どんなものかはご想像おまかせします)



俺は、餓死しないためにも、無理にその料理をここに入れられて5日間も食べ続けていた限界がきたのか、体が熱く、終始吐き気に襲われていた。



こんな様子では、牢屋から出される前に死んでしまうのではないだろうか、と弱っていく体と共に思考もネガティブなものになっていっていた俺の耳にだんだん近づく足音が聞こえてきた。


「体の方は大丈夫ですか?なんて、聞くまでもありませんでしたね」


「失礼しますね」と牢屋のカギを開け、毛布に横になっていた俺のもとに近づいてきたのはクラウドさんだった。


「ど、どうして、クラウドさんがここに?それに、いつもの執事服は?」


「実は、明日近隣都市への商談へ向かうため、今日一日は休暇をもらったんですよ」


「つまり、いまジーク君の目の前にいるのは私自身の意思ということです」


「ご飯もまともに食べられていないのでしょう?こちらの食事は、あなたに懐いている人見知りのあの子から渡してくれと頼まれたものと、私からはこのドリンクを」


「ドリンクの味は兎も角、飲めば体の調子が良くなることは保証します」


と、美味しそうな食事と真緑の液体を貰った。俺に懐いてる子といったら、屋敷の中じゃあのメイドの女の子しかいないだろう。そんな彼女の顔を思い浮かべ感謝を心の中で伝えると、目の前のご飯を夢中で食べた。


ドリンクは、味の方は最高に不味かったが、体の調子は自身もその変化に気づくほどすぐに良くなった。


飯を食べ終えた俺は、温かい食事にありつけた安心感からか、急に眠気に誘われると、「よく寝て、体をやすませなさい」と言うクラウドさんの声を聞き眠りに落ちた。







目を覚まし、その体を起こすと牢屋から見える空はオレンジ色に染まっていた。



「おや、お目覚めですか?体の方はいかがでしょう?」


「大丈夫です、ありがとうございます。……って、クラウドさん?!俺が起きるまで待っててくれたんですか?」


「ええ、もちろんですよ」


「あなたが元気に目覚めるまで、待っていようと決めたのは私の判断です。そこまで気にすることではありませんよ」


と、俺が目覚めたのを確認すると持っていた本を閉じると笑顔で近づいてきた。先ほどまで、本を読んでいた姿といい、紳士な対応といい、俺が女だったら惚れていたかもしれないと、割と本気でそんなことを思っていた。



「先ほどま寝ている間、魘されているようでしたが……この前の件で何かありましたか?」


「ッ!」


と近づいてきたクラウドさんは、笑顔から俺を心配するかのような顔に変え、尋ねてきた。俺は、魘されていた原因を的確に当ててきたクラウドさんの発言に動揺したが、彼が真剣にこちらを心配し相談に乗ろうとしてくれる姿を見ると、重い口を開いた。


「クラウドさんにとって……覚悟とは何だと、思いますか?」


流石に、この前の地下での出来事をそのまま話すわけにもいかず、俺は今まさに抱えている答えの見つからない、その悩みを打ち明けた。


「覚悟、ですか。それは、また難しい話ですね……」


クラウドさんは、そんな俺の質問に対し顎に手をあて、数分間悩むと静かに俺の方を向いた。



「私にとって、覚悟とはをしないための選択ですかね」


「後悔をしないための選択……」


「ええ」と頷いたクラウドさんは、長話になるためか椅子を檻の近くにもって来ると、そこに座り話を再開した。



「人というのは、失ってから初めてその失ったものの重要性を知ります」


「もう遅いというのに、戻ってこないそのものに対し、悲観し、絶望する」


「そんな、哀れな生き物です……」


虚空を見つめながら話すクラウドさんのその姿は、昔を懐かしむと同時に悔んでいるようだった。


「気難しい話をしてしまいすいません」


「ただ、今のジーク君に私から言えるのは2つだけです」


人差し指と中指の2本をたてると、俺の目をまっすぐ見つめた。


「ジーク君。君は、その首輪は兎も角、心まで鎖で繋がってしまっていませんか?」


俺は、無意識のうちに自分の気持ちに枷をかけていたことに気づかされた。


「ここに来たばかりの頃の君は、辛い日々の中でも精一杯抗っていました。しかし、年が経つに連れ、君の顔からは希望の色はどんどん褪せていきました。……もし、君が今のまま何かをしようとしても、きっとその鎖が足を引っ張ります」


「そして、もう1つ。……過去はどう足掻いても変えることはできません。しかし、未来をその手で変えることができる可能性は無限に広がっています。そして、その未来を掴むためのカギこそがだと考えています」


「……私は、その覚悟を決められず、たくさんのものを失い、後悔してきました」


「私のようにはならんないでくださいね?」


と悲しげに、伝えてきた。

俺は、クラウドさんのの意味を聞かされ、目を閉じると自分自身と深く向き合うように考え込んだ。



両親を失ったとき、俺は何もできなかった無力さに後悔した。


ルナと「もう一度会おう」と約束したのにも関わらず、勝手に自分に限界を設け、諦めようとした。


そして、ここでレイラと出会い、俺自身の覚悟のなさを疲れると、恐怖心から無意識のうちに逃げようと彼女を拒絶した。



母を亡くしたあの日、もう何も無くさないようにと決めたはずなのに、俺は自分の身可愛さに覚悟から逃げていたんだ。もしかしたら、そんな俺の心を一瞬で見抜いたからこそ、レイラは俺に言葉を嘆かれてくれたのかもしれない。



「どうやら、悩みが消えたようですね」


「はい、クラウドさんのお陰ですきっりしました。ありがとございます」


「お役に立てたなら、幸いです」


俺は、どこか憑き物が落ちたような顔つきで感謝を伝えると、そんな言葉に互いに笑いあった。

「それにしても」と改まり、話を続けようとしたクラウドさん。


「ロレーヌ様は、一体何をするおつもりなのでしょうか?」


「先代のお父様が亡くなってからというもの、まるで人が変わってしまったかのような様子ですし……」


ポツリと溢したクラウドさんの発言が、妙に頭に引っかかり、気になった俺は彼に聞いた。


「何か、あったんですか?」


「ええ、先日から何やら儀式のようなものの準備を、私たち使用人に今日までに終わらせるよう手配させていまして……」


「それに何に使うかもわからない、大量の武器も用意させられましてね」


「何をしなさるのか尋ねても、「お前たちには、関係ない」の一点張りでして……」


(俺が牢屋にいる間にそんなことが)


さきほどの疑念は杞憂だったのだと思い、流石に俺とは関係ないかと思っていると……



「そういえば。今朝、ロレーヌ様が綺麗な少女を連れていましたね」



そんな、言葉に俺の体を硬直した。そんな訳ないと恐る恐る、その少女の容姿をクラウドさんに尋ねる。


「そうですね。純白な髪に、あとはそうですね……あ、とてもきれいな碧眼でしたよ。その瞳は、よく記憶に残っています」


「ッ!」


(レイラだ!……でも、なんで彼女が?……大量の武器、そして儀式、一体なんの関係が?)


俺は、自分の小さな脳味噌をフル回転させた。考えれば考える程、いやな予感は高まっていき、そんな動揺が顔に出てしまったようだった。


「すごい汗ですが、まだ体調がよくありませんか?」


と、心配してくれるクラウドさんに誤魔化すように動揺を隠そうとすると、


「だ、大丈夫です。ちょっと暑くなっただけなので!」


「――ちなみになんですけど、その儀式っていつから始まるんですか?」


俺は、一番肝心なそのことを尋ねた。





「確か、明日だったはずです」





俺は、その言葉を聞き、もう時間がないことに焦り、さらに動揺を露わにするしかなかった。







ジークの覚悟を問われるときは、刻一刻と近づいて来ようとしてきていた。



そして、この分岐点が彼のこれからの人生を左右することになるのだった。


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