第一章 第一節 ニコルド邸編

第1話 運命的な出会い



、それは人として生きていく上で誰しもが持っているであろ自由を奪われ、まるで道具かのように持ち主の所有物かのように使役されること。



あちこちに蜘蛛の巣がはり、まるで物置かのように木箱が山積みになった埃臭いその部屋の中で、毛布に身を包んでいた少年は、窓から太陽の光が差し込むと同時にその身を起こした。毛布を脱ぎ捨て、隅にポツンと置かれた化粧台の前に座り込んだ。顔を上げると中央にヒビが入ったその鏡に、自身の琥珀色の瞳と肩まで伸びた黒鉄色の髪が映る。



まだ寝起きのためか、ボーっとしている少年は、今にも閉じてしまいそうな目をかろうじて役割を果たしている時計に向けた彼は、ガタンと椅子を倒しながらいきなり立ち上がった。


「ね、寝坊したーーー。まずい、早くしないとまたどやされる!」


そう静かに叫ぶと、忙しなく身支度を始めた。


「クソ、昨日も夜遅くまで散々仕事を押し付けてきたってのに、少しでも遅れるとうるさく言ってくるんだよなー」


「はあ」とため息を吐きながら、自身の主人にあたる人物たちの思い浮かべると愚痴を吐き捨てた。

簡単に身支度を終わらせた彼は、首元にかかったペンダントを取り出すと数秒見つめると……


「よし、今日もぼちぼち頑張るとしますか」


と空元気を出すと、ニコルド邸で奴隷として雑用をしている、少年ジークは部屋の扉を開けると自身の仕事場へと向かっていくのだった。







「おはようございます」


「おはようございます、ジーク君。今日はいつもより少し遅かったですね?」


仕事場の扉を開き挨拶をすると、俺より先にいた執事服に身を包んだ白髪の老人が返事をしてくれた。


この人は、ニコルド邸の執事長であるクラウドさん。なんでも、現当主であるロレーヌの祖父にあたる代からここに勤めているらしい。一体いくつ何だと疑問に思い、昔聞いたことがあったが笑ってごまかされてしまった。


「いや、夜遅くまで雑用をしてたせいで寝坊しました。すいません!」


「大丈夫ですよ、謝らなくても。むしろ、まだお疲れでしょうに……」

「紅茶でもいかがですが?少しは疲れも取れると思いますよ」


「いつも、思うんですけど……奴隷の俺なんかにいいですか?」


「ええ、もちろんですよ。ただ、ご当主様には秘密ですよ?」


と笑って紅茶を注いでくれているクラウドさんは、この屋敷内で俺をひとりの人間として見てくれる数少ない人物の中の一人だ。



俺は紅茶を貰い、飲み終わるまでクラウドさんと話をしたら、仕事に戻ると彼に伝えると昨日任されていた荷物を運ぶために屋敷の倉庫へと向かった。



この屋敷の倉庫は、兎に角でかいことが特徴的だ。古今東西ありとあらゆるモノを集めているニコルド家は、そのモノの多さから他の貴族たちからは”世界の縮図地”と呼ばれているそうだ。



しかし、この屋敷にいる人にとっては厄介極まりない。

厨房の人に料理に使う木炭を切らしたということで頼みごとを受けた俺だったが、その広さとモノの多さから頭を悩まし、頼みを後悔している真っ最中であった。


「おいおい、本当に木炭なんてあるのかよ?」


「そもそも、こんな事だったらある程度、場所聞いときゃよかったなー」


探すのに疲れ果てた俺は、壁際によると腰を下ろし座り込んだ。どうせ、探してもすぐには見つからないだろうと思い至った。このまま少しサボってやろうかなと頭の後ろに手を組み考えていると、ひじの先に何かぶつかっている感覚を覚えた。


「なんだ、このでっぱりは?」


座る前は薄暗くて気づかなかったが、まっ平らな壁に異質に目立つそのでっぱりは明らかに不自然だった。俺は、好奇心からそれを触るとでっぱりは押し込まれ、いきなり足元が階段状に変わると咄嗟に反応できなかった俺は、階段下まで転がり落ちた。





「イタ、タタタ……それにしても長すぎだろこの階段!」


「――って、何だこの扉?」


と、汚れを払いながら立ち上がると、そこにはきれいな装飾が施された両開きの扉があった。そっと、取っ手に手を近づけようとすると扉が勝手に開き、中は所々に明かりが吊るされた白い空間が広がっていた。




「――また、来たのね?」


部屋の中に入ると、どこからともなく女性の凛とした声が聞こえてきた。俺が声の主を探そうと足を進めると、囚われている女性を見つけた。



囚われているといっても、彼女は檻の中にいるわけではなく、手足を鉄枷で拘束されているだけだった。純白の髪、綺麗な顔立ちに俺が見惚れていると、こちらに顔を向けその碧眼と目が合うとあたりに静寂が訪れた。


「あら?いつもの金髪の人ではないのね……あなたは誰かしら?」


「あ、俺はジーク。金髪の人、ロレーヌ様の奴隷でこの屋敷で働かされてる」

「君は?」


「私は、レイラ。……ジーク、早速で悪いのだけど私の話し相手になってくれないかしら?」


「私、長いことここに閉じ込められているのだけど、金髪の人はいっつも同じことしか聞いてこないし、話し相手がいなくて寂しかったの」


「どうかしら?」と尋ねてくるレイラに”なぜ、こんな所にいるのか” ”ニコルド家は何をしようとしているのか”など聞きたいことや考えたいことは山積みだったが、昔出会った同じく奴隷だったルナのことを思い出し、彼女の話し相手になることにした。



俺の昔の聞かれたり、ここに囚われる前は世界のあちこちを冒険していたレイラは、俺の知らない外の話をたくさん話してくれた。


「ラステリアよりさらに東にある島国では、サムライと呼ばれる人達はカタナと呼ばれる特殊な武器で戦っていたわ」


「本当か!……一度でもいいから会ってみたいなーー」


俺は、そんなレイラの話を聞き、忘れていた昔の子供心を思い出し目を輝かせていた。ただ、レイラは話の中で一度も自分の話をしなかった。よっぽど話しづらいことなんだろうと俺は察し、彼女に深く追求しなかった。



そのあとも、砂にまみれた国の話やしゃべる動物の話など、俺はレイラの話を聞き続けた、俺はまだ自分の知らない土地やものについて想像や妄想を広げていた。


「フフフ、本当にあなたは冒険話が好きなのね?話してるこっちも楽しかったわ。ありがとう」


「いや、お礼を言うのは俺の方だ。昔を思い出させてくれてありがとう。これからまた、奴隷として頑張れそうだ!」


レイラのお陰で、活気を取り戻せた俺はほんの少しだけ前を向けた気がした。そんな俺の言葉に、レイラは首をかしげると……


「あなたは、外に出たいとは思わないの?」


俺に、そんな言葉を突き付けた。

そんなこと何度、考えたことか。昔は、ここを抜け出そうと何回もチャレンジした。しかし、首についてるこの首輪こいつのせいで、俺はニコルド家の人間には逆らえないようになっていた。逃げ出す度に、俺に命令し首輪を絞め俺を気絶させると檻の中に突っ込んできた。


「――そんなこと無理だよ。……出来っこない」


いつの間にか、俺は諦めていた。


「あなたの、ご両親や昔出会った女の子との約束はいいの?」


「俺のことを知ったかのように言うなよ!!」


「……ご、ごめん。つい、熱くなりすぎた。」


つい、レイラの発言にカッとなってしまい怒鳴ったことを謝った。

気まずい雰囲気になり、お互いが黙っているとレイラが口を開いた。



「私もそんなことが昔あったわ。……私の母は、私を産んだ直後に亡くなったわ」


「残された父は私を、男手一つで育ててくれたわ」


「ただ、心配性な父は一度も外に出してくれなかった」


「昔の私は、部屋の中だけが私の世界で外に出ることをどこか諦めてたのね」


「ただ、ある日外からやってきた客人がくれた絵本を読んだ私は狭かった世界が色づいた気がしたの」


「まだ知らない世界を一度でも見てみたいと思い、私は父に相談したわ」


「すると、父は以外にもすんなり了承してくれたわ」



先ほどは、一度も語ることがなかった彼女の過去の話を聞いた俺は、何が言いたいのかいまいち理解できず、首をかしげた。



「まだ、わからないって顔してるわね。」


「つまり、私が言いたいことは……

 確かにあなたとは似ても似つかない状況だけれども、あなた最初から心のどこかでどうせここから出るなんてとか思っていなかった?心のどこかに一つでも黒い点があれば、その点は徐々に他の白い部分を塗りつぶしていくわ。黒く塗りつぶされた暗闇の中でも進むそのをあなたは持てなかったんじゃないの?」


俺をまっすぐに見つめるレイラの目から自分の目をそらそうとした。


確かに俺は、首についたこいつを理由にしてはいつも逃げられない言い訳ばかりを考えていた気がする。


「ジーク、あなたがあなた自身が、ここを本気を抜け出すためのその覚悟を持てるのなら、私はあなたに手を貸すは」


「おれは、俺は……」


彼女の言葉に俺は決意が出来ず、どう答えれば迷っていると……



「こんな所で何をしている!」


ニコルド家、当主ニコルド・ロレーヌが立っていた。


「貴様、他の使用人たちが探していると思ったら……こんな所にいようとは」


「それも、吾輩が話しても口一つ聞かぬ、この女とも仲良くしているとは……」


俺とレイラを交互に見て、そう言った。


「貴様は、1か月間牢屋で監禁だ!そして、ここでのことを外で話そうとしようとみようものなら……わかっているな?」


ロレーヌは俺の首輪を指すと、すぐさま俺に手枷をつけるとこの部屋から一刻も早く出ようとしていた。俺は、チラリと後ろを振り向くと俺を見ているレイラと目が合った。彼女は、俺が部屋から出るまでずっとその碧眼で見つめ続けた。



結局、レイラに何も答えることが出来ずに、乱暴に牢屋に放り込まれた。

牢屋の小窓から見える空は、いつの間にか暗くなっており、その暗闇はまるで今の俺の中を映しているかのようだった。







倉庫の地下に戻ってきたロレーヌ。


「彼とは、随分仲良さげだったようだね?……そろそろ吾輩の質問にも答えてくれたもいいのではないか?」


「何度も同じことを……しつこい男は嫌われるわよ?」


「ああ、もう嫌われていたわね?それは、失礼したわ」


「っ、き、貴様!」


と、ロレーヌを煽るレイラに彼は近づくとそのきれいな顔に平手打ちをかました。


「ふん。貴様が素直に吾輩の質問に答えればよかったのにな……もう潮時だな。」


「少し、計画より早くなってしまうが、一週間後に儀式を執り行うことにするかのう」


そう邪悪な顔をしながらいうロレーヌは、倒れたままのレイラを一目見るとあざ笑うかのように去っていった。




取り残された、レイラはそのまま横になると……


「あとは、あなた次第よ……ジーク」


と告げるが、その言葉は闇に溶けていった。









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