第0話 ジークと呼ばれる少年Ⅱ
「――わたしたちは、あなたが覚え続けてくれている限りあなたの心の中で生き続けているから。」
「――忘れるわけないじゃん!俺の大切な家族だもん!」
「(愛してるわ)」
◇
それから、俺は母を心配してやってきた酒場の店主さんがくるまで泣き続けた。
店主さんにも手伝ってもらい母を家の庭に埋めると、「家に来ないか」と店主さんが提案してくれたが、両親との思い出の場所から今はただひたすらに離れたくなかったため断った。店主さんは、静かに頷き俺の頭を撫でながら、「気が変わったら、いつでもきていいから」とだけ残し帰っていった。
その日の夕方、いつも通りやってきた借金取りに母が亡くなったこと、お金が払えないことを伝えた。正直、母が亡くなる原因となったこいつらを恨む気持ちもあったが、それ以上に母の言葉があったお陰で俺は冷静にこれからのことを考えていた。
男たちは何やら話し合いをはじめると、すぐに話がまとまったのかこっちを振り返ると不気味な笑みを浮かべて俺を布で眠らせた。
◇
俺が、目を覚ますとそこは薄暗い檻の中だった。
目覚めて咄嗟に俺が動こうとすると手足に鉄枷がついているのに気づかず思いっきり後ろに引っ張られ、尻餅をついた。
ここがどこで、どれくらい眠らされていたのかと、いまいち状況を理解できていない俺に、先ほどの借金取りの男たちが檻に近づいてきた。
「おやおや、ぼくちゃん。お目覚めですか?w」
へらへら笑いながら話してくる男を睨む。
「ハハハ、そんな睨むなよ。今自分がどんな状況にいるのか知りたいんだろ?w」
「ここは、町の地下にある闇市場。奴隷やら薬やら、兎に角表市場では取引できないぶつを売ってんのさw」
「で、ぼくは借金が払えないということなので奴隷としてオークションに出すことにしました~w」
パチパチと手をたたき、覇気がないしゃべりをする男にイラっとしながらも、状況を聞いた俺は一つ疑問に思った。
「――俺を仮に売ったところでお金になるんですか?ただの子供ですよ?」
普通、奴隷売買などではエルフや人魚などといった特別な種族が重宝されると思ったからだ。そんな、俺の疑問に男はニヤつきながら答えた。
「それがなんと、ぼく魔力量が普通の人よりはるかに多いんだよねw」
「魔力って生命力な訳、つまり魔力量が多ければ多いほど体は丈夫で体力も多くなるのね?w」
「俺たちも初めは、うちで使えなくなるまで働かせようと思ってたんだけどね?
疲れることのない奴隷を貴族たちに労働力として売ったほうが莫大な利益になるのよw」
男のしゃべり方も相まって胡散臭い話だとも思ったが、確かによく考えてみれば昔から階段から転げ落ちてもケガ一つなかったし、病気にだって一度もかかったこともなかった。
(もし……もっと早くこのことを知ってたら母さんを助けられたのかな?)
「うまく行けば当分遊べるぞ〜」と浮かれている男たちをよそに、そんな後悔の念を抱きながら俺はこれから自分がどうなるのか考えた。
こんな状況にも関わらず、冷静を保っていられた俺は、改めて今の自分の姿を見下ろすと母が何度も縫い直してくれた服と手足には頑丈な鉄枷がつけられていた。
ただ、母からもらったペンダントだけは、どこを探しても見つからなかった。母の唯一の形見が見つからないことに焦っていると……
「ぼく、お探し物はこれかな?」
そんなことをいう男は、俺に見せつけるかのようにペンダントをぶら下げていた。
「っ、それだけは、返してくれ!それは、母さんの形見なんだ!」
「ふ~、怖い怖いwただの貧しい一家かと思ったら、いいもんつけちゃってよ~」
「こいつは、まあまあいい金になりそうだしなw」
「ありがとな、ぼ・く・ちゃ・ん?」
俺は、折に掴みかかり男にせがんだが、そんな俺の言葉を一蹴りすると心底愉快そうに仲間と笑いあっていた。
両親だけでは飽き足らず、母からもらったたった一つの形見ですら奪われるのかと、
先ほどまで冷静でいられた俺も地面に手をつき絶望していた。
すると、
――――――コツコツ
――――コツコツ
――コツコツ
「――お前たち、こんな所で無駄に集まって、残りの仕事はどうした!」
足音とともに、女性の厳しい声が聞こえてきた。
「ね、姉さん?ど、どうしてこちらに?今日は、帰ってこないんじゃ?」
「ほう?私が、帰ってくると何かまずいことでもあるのか?」
「い、いやいや~、そんなわけないじゃないですか~、勘弁してくだせよ~」
男たちは、焦りながら”姉さん”と呼ばれる女性に腰を低くし頭をかいていた。
「で、お前たち、揃いもそろってこんな所で何をしている?」
女性は、腰に差している剣に手をかけると、圧をかけるように男たちに問いただした。そんな、様子に「ひぃ」と情けない声をだすと、男は小さく口を開くと早口で答えた。
「先ほど、借金のカタに連れてきた魔力量の多い小僧から取り上げたもんが金になりそうなんすけど……親の形見だから返せとかうるさいんすよね。」
「ほう、どんな物のか見してもらおうか?」
「こ、このペンダントなんすけど……」
そう言って、男が女性に品を渡すと一瞬だけ驚いた様子を見せたがすぐに表情を戻した。
「確かに、価値がありそうな品だな。こちらは、私の方で預かっておこう。」
「え、そ、それは困るというか、なんというか……」
「ん?私に、楯突くというのか……?文句がないならお前たちは、さっさと残りの仕事に戻れ!」
女性の言葉に逆らえない男たちは、「は、はい」と返事だけすると、すぐさまその場を逃げるように去っていった。
「おい、少年。」
その場に残った女性は、俯いている俺に声をかけると手にもっていたペンダントを静かに渡してきた。
「もう、取られぬよう気をつけろよ。」
「え、な、なんで……。」
「それでは、私も仕事に戻る、明後日のオークションまで大人しくしておけよ?」
俺が顔を上げ、ペンダントを受け取ると、そう言い残し背を向け、歩いていく女性に「ありがとうございます」と感謝を伝えると、彼女の口は小さく笑っていた気がした。
◇
あっという間に時は経ち、オークション当日。
俺は会場の裏で鎖で繋がれ、座らされていた。
俺の周りにも、エルフ、人魚、巨人など数多くの種族の人たちがいた。中には、俺よりもはるかに小さいであろう子供までおり、俺は表情を曇らせるしかなかった。
ようやく、一人目が終わったのか、俺の通路を挟んで向かいにいた鬼人族の女性が連れていかれようとしていた。
「――いや、やめてください!……私には、帰りを待つ子供たちがいるんです。どうか、どうかお願いします!」
「おい、その騒いでる女を無理やりにでも連れていけ!」
「ただ、商品に傷はつけるなよ?価値が下がっちまうからな。」
鬼人族の女性は、黒服の男に囲まれ両腕を拘束され引きずられ連れていかれようとすると、女性は鬼人族特有の額にある角を光らせると、ものすごい力で男たちを吹き飛ばした。
「”拘束しろ”」
焦っていた男たちの中で、咄嗟にリーダーであろう黒ずく目の男が前に出てそう言い放った。すると女性は、つけられていた首輪が薄く紫色に光ると、彼女の首を絞めはじめ苦しみだすといきなり倒れた。
「いちいち、手こずってんじゃね。このままこいつを連れてけ!」
そう指示を出すと、周りで怯えていた男たちは、倒れた女性をそのままステージへと運んで行った。
今の光景を見せつけられた俺は、自分の首にも付けられたそれを恐る恐る触れる。
いとも容易く鬼人族を鎮圧した様子を見た俺は、ここから逃げることも出来ないのだと実感させられ、いきなり湧き上がってきた不安感に手を震わせていた。
そんな俺の手を急に小さな手が包んできた。
「お兄ちゃん、大丈夫?手、震えてるよ?」
「ルナがお兄ちゃんのこと、頭ナデナデしてあげよっか?」
その手を辿り、横を向くとふわふわとしたケモ耳とモフモフとした尻尾を揺らす獣人族の女の子がこっちを見つめ、心配そうに声をかけてきた。
「ううん、ルナちゃんのおかげでもう大丈夫。心配してくれてありがとうね。」
「うん」と頷く、ルナと呼ばれる自分よりも小さい女の子に慰められたことに情けなさを感じた。しかし、実際のところ彼女のおかげで落ち着きを取り戻せた俺は、逆にルナと自分のことを呼ぶ、その少女の頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。
「お兄ちゃんは、なんて名前なの?」
と、尋ねてきたルナに「ジークっていうんだ」と返すと、嬉しそうに俺の名前を繰り返すと、もっと頭を撫でてほしい上目遣いでお願いしてきた。
その可愛さにやらてた俺は、しばらくルナを撫で続けた。流石にと思い手を放すと名残惜しそうに手を見つめるルナとお互いのことを話し合った。
俺の話を聞くやいなや、ルナは、俺のことを悲しんでくれて泣いてくれた。
ルナが泣き止むまで彼女の頭を撫で続けると、ルナは自分の過去を話してくれた。
どうやらルナは、半年前に人攫いにあい両親と離れ離れになった後、このオークションに売られたそうだ。
まだ、こんなに小さい子がこんな悲惨な目にあってもなお元気に振舞っている姿に心を痛めた俺は、ルナに聞いた……
「ルナは、お父さんたちと会えなくて悲しくないのか?」
「パパとママに会えないのは悲しいけど、そういう時こそ笑ってないと。」
「それにね、おばあちゃんが言ってたんだ……『悲しくて立ち止まりたくなることもあるかもしれないけど、それを受け止めなながら前を向き進み続けば、きっといつか光が見えてくる』って!」
そんな眩しい笑顔でいルナの言葉に俺はハッとさせられた。
(なんで、全部諦めようとしてたんだ、!)
(俺は父さんと母さんの分まで生きて、いつか天国で二人にあったときに楽しい思い出話を、たくさん持っていくんだ!)
「ありがとうな、ルナのお陰ですきっりしたよ。」
そうルナに感謝を伝えると、その後もルナと昔の楽しい思い出を語り合った。
ルナとの楽しい時間はあっという間終わってしまい、ついに俺の番が来てしまった。
男たちが俺のことを連れて行こうとすると、目に涙を浮かべたルナが俺の袖を掴んでいた。そんな、ルナに俺は彼女の目線に合わせるように身を屈めた。
「大丈夫だよ、ルナ。それに諦めなければきっといいことがあるって教えてくれたのはルナ自身だろ?」
「だから、指切りしよう!また、俺がルナと会えますようにってな?」
そう俺がルナに小指を差し出すと彼女は頷くと小指を絡めてきた。
『指切りげんまん、嘘ついたら激苦ポーション飲ーます、指切った!』
そういうと俺たちは互いの顔を見合い、笑いあった。
「おい、何をしている早くしろ!」
と注意を受けると、俺は体を起こし男たちに引っ張られながら、オークションのステージ上まで足を進めた。
◇
ステージに上がると、客席には大勢の貴族たちが座っていた。
彼らは、まるで新しいおもちゃを買いに来た子どものようにはしゃいでいた。
これから、そんな奴らに買われるのかと思うと、気分が悪くなった。
「さて、次の商品はこちら!」
司会者の言葉と共に、ステージに立たされた俺はスポットライトを当てられた。
何の変哲もないただの一般人の俺をみた貴族たちは、先ほどまでとは打って変わり静かになったことで、明らかに興味を無くたことが分かった。
「皆様、興味を無くすのはまだお早いですよ?」
「なんとこちらの商品、かのS級冒険者にも並ぶほどの魔力量を有しております。」
「その証拠にと」俺に近づいてきた司会者は、懐から短剣を取り出しすと、いきなり切りかかってきた。
咄嗟に目をつむり身構えたが、少したっても痛みは伝わってこなかった。
目を開くと、俺には傷一つ付いておらず、司会者の手には折れた短剣が握られていた。
「おお!」歓声を上げた貴族たちは、急に獲物を見つめる目で俺のことを見てきた。
「では、商品1000万コロンからでどうでしょう?」
そう司会者が、競りを始めると次々に貴族たちは番号札を上げると額を言い合った。
「1100」
「1500」
「1700」
「2500」
「2500、2500、他に2500以上のお客様はいないでしょうか?」
そう司会者が聞くと、体が大きく化粧の濃い貴族の女が一人札を上げると……
「5000」
「5000、5000以上のお客様はもういらっしゃいませんでしょうか?」
自慢気に、女は堂々とそう言った。
その額を聞いた人たちは「流石に無理だ」「諦めよう」と口々に言っていた。
そんな、周りの様子に貴族の女は勝ち誇った顔をしていると。
「1億」
会場の一番後ろに座っていた、他とは雰囲気を画する初老の金髪の貴族の男は静かにそう告げた。
「い、1億!これ以上の額をお出しになる方はいませんね?」
俺たちが負った借金の額をポンと出す様子に俺は驚いていると、先ほどまで勝ち誇っていた顔をしていた女はその男を睨むと、悔しそうに唇を嚙んでいた。
「では、93番のニコルド様のお買い上げということで、こちらの商品の競りは閉じさせていただきます。」
ダンジョンで父を一年前に亡くし、借金を負った俺と母、借金返済を目指し休む間もなく働きからだを壊した母は先日亡くなり、借金のカタとして奴隷として売られた俺は、こうしてニコルド家に買われたのであった。
――現在――
あれから、8年。
時間というのは早いもので、あれだけルナと約束したことも今ではもう諦めかけている。
このまま、俺は死ぬまでここでこき使われるんだろうなと考えていた俺は……
近いうちに運命的な出会いをするとは、この時には少しも考えていなかった。
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