第0話 ジークと呼ばれる少年Ⅰ
アルスフィア大陸の東部に位置する、ダンジョン都市ラステリア。都市の中心である地下100層まで続くダンジョンには日々多くの冒険者が夢と希望を胸にその足を地下深くへと進める。
そして、ここはラステリア郊外に位置するニコルド邸。
俺は、ラステリアを納める貴族の一角である、当主ニコルド・ロレーヌの屋敷で雑用係として働いて?いる。まあ、実際のところ8年前に奴隷としてニコルドに買われた俺は彼の手足のように日々こき使われているわけだが。
早朝の5時に目を覚まし、身支度を済ませ最低限の身なりとして支給された所々破けている使用人の服に袖を通し、屋敷外の倉庫の扉を開く。壁に変えられている箒を手に取り、うっすらと顔を出している朝日を浴びながら屋敷の掃除を始める。それが俺こと、ジークと呼ばれる少年の一日の始まりだ。
そんな俺が毎朝の庭掃除をしていると、貴族特有の金髪をたなびかせながら近づいてくる小太りな男が一人いた。
「おい、奴隷1号。今日もそんなみすぼらしい姿で掃除かいw?実に無様だね。」
と俺のことをあざ笑ってきたこいつは、当主の一人息子であるロイド。
歳が近いためか昔からよく俺に突っかかってくる。
「――今日は、随分早いお目覚めですね?ロイド様。」
「当たり前だろう?なんたって僕は、偉大なるニコルド家の一人息子。今日も朝から夜まで予定がびっしりと埋まっているのさ。」
「まあ、奴隷の君には想像もできないだろうけどね。」
そんな、嫌味を言ってきたがもう慣れた。
この屋敷に来たばかりのころは、少しでも癪に障ることをいうと、難癖をつけられて体罰を受けたものだ。
俺が、「そうですね」とあっさりとした反応を返すとつまらなそうな顔をし、俺が集めていたごみを盛大に散らかすと、
「まあいいさ、君は一生家の奴隷として使い果たしてあげるから。せいぜい今は、ごみ集めでも頑張っているといい。」
そんな捨て台詞をはいて、ロイドはさっさとこの場を去った。
彼が、散らかしていったごみを箒で集めなおしながら、俺は大きく息を吐いた。
「なんで俺こんな所で、こんな事してるんだろう?」
「ねえ、父さん、母さん。」
そんな、言葉を俺の内心とは裏腹に澄み渡る青い空に向かってつぶやいた。
ここにやってくる前の俺は、父のレグルスと母のミラの3人で貧しいながらも幸せに暮らしていた。そんな平和な日常は今から9年前を境に徐々に崩れていった。
――9年前――
ここは、商業街の端に位置するとある酒場。冒険者たちの間では、隠れた名店として広く親しまれている。そんな店の中は、まだ昼ながらも多くの人が訪れるほど賑わっていた。
そんな店の扉が、カランと開く音がすると、がたいのいい男たちが入店してきた。
「お邪魔するぜ~!」
「あら、アルバートさんたち、今日は随分店に来るのが早いですね?」
「今日は一発当たってねw、俺のおごりで今日は昼から飲むことにしたんだよ!」
母とそんな会話をしていた店の常連であるおじさんたちは、俺を見つけると笑いながら近づいてきた。
「お、坊主!今日もミラさんの付き添いかい?」
「うん、そうなんだ!それよりさおじさん達!いつもみたいに昔の話聞かせてよ!」
「こらアルバートさんたちの邪魔しないの。いつも、ジークの相手してもらってすいません。」
謝る母に「気にしないでくださいよ」というおじさんたちに俺が目を輝かせながらそう言うと。
「本当に坊主は、冒険譚が好きだな!将来は、冒険者になりたいのか?」
「うん!俺、いつか父さん見たいな冒険者になるんだ!」
「そうか、そうか」と、微笑むおじさんたちの話に今日も耳を傾けた。
父は冒険者、母は酒場のウエイトレスを営んでいた。さすがに父にダンジョンには連れて行ってもらうことはなかったが、母の仕事場に連れっていってもらっては常連のおじさんたちの昔の冒険譚を聞くのは俺の数少ないうちの楽しみでもあった。
◇
そんなある日、稼ぎのためにダンジョンに潜っていた冒険者の父の訃報を急に知らされた。
なんでも、上層に突然現れた高ランクの変異モンスターから駆け出し冒険者をを守り庇い亡くなったそうだ。今思えば、そんな父の雄姿ある行動は俺の誇りだ。
しかし、そんな知らせを受けた当時の俺は事実を受け入れきれず、泣くことしかできなかった。母も悲しみに暮れた顔をしながらも「大丈夫よ、何があってもあなたは私が守るから」と俺が泣き止むまでいつまでも抱きしめてくれた。
――――しかし、不幸はそれだけでは終わらなかった。
父とパーティーを組んでいた男が、なんでもSS相当の貴重なドロップ品を持っていた父が亡くなり、代物失くしたため賠償金1億コロン支払えとのこと。
ふざけた話だと思ったが、とても家では支払える額ではなかった為、母はギルドに交渉しに行った。しかし、父の所属していたパーティーは町でもそこそこ名を馳せており、ギルドへの貢献度も高いこともあり、ギルドも強く言うことができなかったそうだ。
そうして、1億という借金を背負うことになった俺と母さんはそこから地獄のような日々を過ごすことになる。
母は、酒場の仕事だけでは一週間に一回の集金にはお金が足らなかったため、次々と仕事を増やしていき一刻でも早く借金を返そうと一生懸命に働いてくれた。朝起きれば母はもう仕事に出ており、夜中に俺を起こさぬようにと静かに帰ってくる。
働く母の邪魔をする訳にもいかず、酒場に行くこともなくなってしまい習慣となっていたおじさんたちの冒険譚を聞くこともなくなってしまった。
必然的に家に一人でいることが多くなった俺だったが母はご飯をしっかり毎食作っておいてくれた。最初は、俺も寂しかったが頑張る母に心配かけないように自分が少しでも家事をできるようにし、母の負担を減らせるように少しずつ練習を送る生活を送っていた。
この時に、そのことに早く気づき母を止めていればと何度思ったことか、後に俺は後悔することになった。
――1年後――
ある冬の日に、いつもより遅い時間帯に仕事に出かけようとした母を見送った俺は、外でバタンと何か倒れる音を聞き、扉を開けると母が真っ青な顔をして倒れていた。
俺は倒れた母をすぐさま家の中に運び、ベッドに寝かした。
久しぶりにみた母の顔はやつれ、目には隈もできていた。少しでも母を休ませるために不出来だったが粥も作り母に食べさせると、母は泣きながら笑ってくれた。家事の練習の成果が少しでも出せた気がうれしかった。
すこしでも早く健康になってほしいと思い医者を呼ぼうと考えたが、稼いだお金は借金取りにほとんど持っていかれてしまうため、回復師すらも呼べなかった。
数日経っても体調は一向に優れず、なんなら体調が余計に悪化している母に、俺は焦りとともに何もできない虚無感を感じ、ただひたすらに泣いていた。
母はそんな俺を呼ぶように、手招きしてきた。
「――ジーク、お母さん、もう長くないと思うの……。」
信じたくないそんな事実をか細い声で伝える母に俺は泣きながら首を横に振った。
「いやだ!いやだよ!――母さんまでいなくなったら俺、おれ……」
我儘だってのはわかってた。
ただ、父もいなくなり母までもいなくなってしまって、ひとりになってしまうのが途轍もなく怖かった。
そんな、俺の気持ちを察したのか母は首元からペンダントを取り出し俺に渡してきた。
「――はい。ジークの誕生日には少し早いけれど。お母さんのお母さん、あなたのおばあちゃんに貰った大切なペンダント、本当は剣とかもっといいものをあげたかったのだけど……」
「……ごめんね、……本当にごめんね。」
受け取ったペンダントを握りしめ、泣きながら謝る母に俺は首を横に振る。
母は、最期の力を振り絞り、俺にこう言った。
「体には、気を付けるのよ。ご飯もしっかり食べて、大きく強くなってね。」
「私たちに囚われず、あなたは、あなたの好きなように生きるのよ。」
「――わたしたちは、あなたが覚え続けてくれている限りあなたの心の中で生き続けているから。」
「――忘れるわけないじゃん!俺の大切な家族だもん!」
「(愛してるわ)」
俺が、泣きながら伝えるとそう口を動かし、ゆっくりと瞼を閉じた。
母は、微笑みながら静かに眠るようにして息を引き取った。
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