第40話:ポーション
◇
俺たちは、ジャンさんに連れられて敷地内の演習場に移動してきた。
演習場は木々などがない拓けた場所になっており、実戦を想定した本格的な戦いにも十分耐えられそうな広さが確保されている。
なお、騎士団員たちの姿はチラホラ見られるが、職務中のためこちらをジロジロ見る感じではなく、チラチラと様子を伺っているようだ。
副団長自らが戦う姿は珍しいのかもしれないな。
「わざわざ悪いな。ジャンさんも九割方俺の話を信じてくれてはいるんだが……」
「すぐ終わるし、何の問題もないよ」
少し気まずそうにしていたグレイヴさんにそう伝えた後、俺はジャンさんと対峙した。
一人ずつ力を確認したいとのことだったが、おそらくジャンさんにとって最も謎に包まれた存在が俺。その俺が力を示せば話は早いはずだ。
俺は回復術師ということでそれほど戦闘面において期待されていないはずだが、逆に言えばここで戦闘力を見せれば一気に見られ方が変わるはず。
ジャンさんは高そうな銀色の剣を抜き、いつでも準備万端な様子。
ふむ……剣士か。こちらは魔法でも良いのだが、剣士が相手となるとこちらも剣を使った方が実力を伝えやすい。今日は剣でいくとしよう。
「ミリア、少し剣を貸してほしい」
「どうぞ」
「ありがとう」
俺は剣を持ち合わせていないため、今回もミリアから剣を借りることにした。
『レッド・ドラゴン』の売却益で十分なお金も入ったことだし、そろそろ自分用の剣も用意しておいた方が良いかもしれない。まあ、あまり使うことはないかもしれないが。
「なっ……レイン君は回復術師じゃなかったのか?」
ジャンさんは、俺が剣を持ったことに驚いたようだった。
まあ、驚くのも無理はない。
単属性の者しかおらず、全属性解放をするまでは全ての職業に適正があるこの世界でも、回復術師が剣を扱うのは一般的ではない。回復術師の攻撃方法は、『魔法』という点で共通点がある攻撃魔法が使うことがほとんどだからだ。
「まあな。俺は剣も使えるんだ」
端的に答えると、俺は剣を構えた。
「まあいい。では、行くぞ」
宣言してから、ジャンさんが攻撃を仕掛けてきた。
年齢的には四十歳手前くらいだが、肉体の衰えを感じさせない素早い動き出し。ギリギリまで攻撃を悟られない最小限の動作で一気に距離を詰めてきた。
ふむ……。さすがは王国騎士団の副団長。役所からして只者ではないということは分かっていたが、かなり強いな。
だが、ジャンさんはかなり手加減をしているようだ。おそらくは、俺を誤って殺してしまわないように配慮してくれているのだろう。
やれやれ。
まあ、どんな事情であれ、俺は己の力を見せるだけのことだ。
キン‼︎
「な、なにっ⁉︎ 俺の剣を受け流しただと⁉︎」
俺にとっては、あまりにも動きが遅すぎる。
剣技の習熟度では逆立ちしても敵わないだろうが、止まったかのように見える剣技ならゆっくりと考えてから冷静に対処できる。
さて、今度は反撃だ。
「くっ……! 速い……っ!」
ジャンさんの攻撃を受け流す前の段階から、俺は反撃までの動きの準備ができていた。
これに対して、まさか受け流されると思っていなかったジャンさんの対応は後手後手に回っている。これが結果を分けた。
俺は一瞬でジャンさんの背後に回り込み、勢いを殺しながらくるりと反転。
ジャンさんが振り向いた時には、首筋に剣を突きつけることに成功したのだった。
「くっ……こりゃ参った。降参だ」
ジャンさんは冷や汗を垂らしながら、両手を挙げて敗北を認めたのだった。
直後、俺とジャンさんの『手合わせ』を見物していた騎士団員たちの間にどよめきが起こった。
「ジャン様が負けた……だと⁉︎」
「あれが噂の……マジかよ」
「あの若さであの動きとは……異次元すぎるな」
うーむ、やや誤解されている気がするな。
俺としては、実力で勝ったとは思っていない。ジャンさんの中に少し油断があったのが勝敗を分けただけで、俺が圧倒的に強かったわけではない。
勝てるチャンスがあるのにみすみす逃すようなことはする必要もないので、的確に利用させてもらった結果としては降参させることになっただけ。
本気の決闘なら、俺が負けたかどうかはともかくとして、こんなにあっさりと決着がつくことはなかったと断言できる。
これは、剣を交えたジャンさんは当然分かっているはずだ。
「悪いな。こんなやり方で——」
結果的に部下たちにみっともない姿を晒してしまったことを謝罪しようとしたところ。
「完敗だよ」
剣を収めたジャンさんはなぜか頭を下げてきた。
「え、いや……これはただの手合わせで……」
「俺は、シオン君のことを正直甘く見ていた。回復術師……それも、冒険者学院を卒業してすぐの若者に負けるはずがないと思っていた。だが、油断など何の言い訳にもならない」
「いや、そんなことは——」
「これが敵との戦いなら命を落としていた。それに、私は剣一筋で二十年間鍛え抜いてきたのだ。気を抜いたとしても回復術師の君に背後を取られるようなことは本来あってはならん」
まあ、それは確かに。ただそうは言っても、この歳で、この立場で恥を晒されて素直に負けを認めるなんてなかなかできることじゃないだろう。
「実は、この手合わせをお願いしたのは、話に聞いていた君たちの力を確かめるためだったんだ。……疑ってしまってすまない。まさかこれほどの実力者だとはな」
「分かってもらえたならそれでいいんだ。それより、頭を上げてくれると助かる」
最初から疑われていることは分かっていたし、別に謝るようなことでもない。
そんなことよりも、チラチラと見てくる施設内の騎士団員たちの視線が痛かったのだ。
ようやくジャンさんが頭を上げてくれたので、俺は借りていた剣をミリアに返した。
「次は、私の番ですかね?」
俺とジャンさんの手合わせが終わったので、予定なら次はミリアかリーシャが同じように手合わせをすることになっていた。
しかし——
「いや、レイン君との手合わせでもう十分に分かった。レイン君が認めた仲間だということは、それだけで信頼に足る。希望があれば後ほど予行演習に加わってもらえればと思うが……ここからは具体的な作戦について考えていきたい」
「そ、そうですか……」
なぜか、シュンとするミリア。
やる気満々だったようで、少しガッカリしてしまったようだ。
剣がもう一本あれば、代わりに俺がミリアの相手をしてもいいのだが……まあ、今はそれよりも作戦を考える方が優先か。
「レイン君たちが提供してくれた闇奴隷の件を理由に、ジルドがいるタイミングを狙って調査の名目で突入しようと考えている。問題はいつにするかなのだが……レイヴンとルーガス以外の幹部を引き込むまでどのくらいかかりそうだ?」
「昨日の時点で既にブラウンの引き込みに成功した。多分、今日か明日には全員引き込めるはずだ」
「なっ……! そんなに早いのか⁉︎ さすがだな……強いだけじゃなく仕事まで早いとは」
これに関しては俺たちが凄いのではなく、レイヴンたちの頑張りのおかげなのだが……まあ、細かいことは別にいいか。
「こちらも早急にポーションの準備を進めねばな……」
「ポーションですか?」
ジャンさんの言葉に、ミリアが反応した。
おそらく、ミリアはポーションと言われて回復ポーションを想像したのだろう。
「ジルドの対策に必要なの。回復ポーションと違って、状態異常回復用のポーションは大量に用意するとなると時間がかかるのよ。希少材料が必要になるし、元々の生産量が少ないから」
的確にリーシャが答えた。
「クランマスターのジルドは、『剣士』、『魔法師』、『付与術師』のトリプルジョブを持っているの。そのどれもが一流で厄介なのだけど、剣と魔法に関しては大人数で攻めるから対応できるとして、問題は付与術ね。毒や麻痺、出血……状態異常回復用のポーションが十分にないと厄介だわ」
「なるほど……それで必要なのですね」
そう、これこそが『Sieg』のシナリオ上で王国側が苦しみ、リーシャが犠牲になった直接の理由である。分かっていても対策は難しい。故にポーションを大量に用意するというある種の力技が一つの解決策になる。
とはいえ、リーシャが言うように元々の生産量が少ないた短期間での大量生産は難しい。まあ、普通なら——だが。
「ポーションの用意さえできれば、すぐにでも動けるのか?」
俺は、ジャンさんに尋ねた。
「ああ。ジルドの能力に関しては既に情報が出揃っているし、状況が変わる前に動きたいのはやまやまなんだ。まあ、急がせれば十日もあれば……」
「なるほど。俺なら、すぐに用意できるぞ」
「……は?」
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